複線発展の世界史―新たな「複数世界論」を構築し、「世界同時革命論」を!

一九九一年のソ連邦崩壊後、世界は、「冷戦」終結に伴って生じる「平和の配当」をどのように分配したらよいかという喜ばしい悩みの解決に心砕けばよいはずであった。しかし、湾岸戦争が生じると共に、イラクは今日に至る長い戦乱の地となり、イスラエルはパレスチナの地を占領し続け、パレスチナ人を抹殺、労働奴隷化する戦いを繰り返し、「IS(イスラム国)」が台頭し、シリア、イラクは戦争状態に陥れている。ウクライナは内戦に陥り、アフリカ大陸は無秩序状態になりつつある。資本主義世界は、旧ソ連・東欧を新たに世界市場に統合し、地球上の大部分を資本の世界へと完全に作りあげる総仕上げになるはずであった。しかし、そうはならなかった。世界は、新たな階級闘争の時代に突入したのである。まるで一九世紀資本主義への先祖がえりをしたかのように、先進国では、貧富の格差が拡大し、リーマン・ショックから金融恐慌が発生し、南北格差が拡大してきた。そうした中で世界的に民族問題が浮上してきた。すでに、「冷戦」終結後の世界で民族問題が世界史の大きな問題として浮上してくるだろうことを、『いま、なぜ民族問題か』(蓮見重彦・山内昌之編 東京大学出版会)の序論で山内昌之が次のように指摘していた。

「スターリンの強権的な措置が可能だったのは、暴力的な強制もさることながら、あたかもソ連では「民族問題が解決された」という虚偽と幻想がソ連内外の人びとに受け入れたからである。ペレストロイカが始まるまでは、日本でも知識人や学者の間でソ連や中国など共産主義圏内部の民族問題を解決済みと考える風潮が強く、民族問題を考えることをタブー視する風潮があった」(同七頁)。

ソ連でも民族問題は解決などされていなかったのだ。そのことは、バルト諸国の独立、チェチェン人の独立運動、ウクライナ紛争など、民族運動が、台頭してきたことが現実に示している。民族に関するスターリンの「民族とは、言語、地域、経済生活、および文化の共通性のうちにあらわれる心理状態、共通性を基礎として生じたところの、歴史的に形成された人びとの堅固な共同体である」(同五頁)という定義は、今も生きている。資本主義のグローバル化によって、世界市場と交通の発達によって、民族は普遍的な人類共同体に解消されていくという見通しは遠く、「世界市民」「コスモポリタン」の理念はいまだ幻想の域を出ず、民族対立、民族差別が、ナショナリズムの高揚と共に、先進資本主義国内でも拡大してきたのである。イスラエルとパレスチナ、アラブの対立、中国におけるチベット問題、ウイグル問題、ビルマにおけるロヒンギャ族への迫害、インドの南部のタミール問題、アメリカでの黒人差別、日本での差別排外主義の台頭や沖縄の自己決定権の要求の台頭、イギリスのスコットランド問題、等々、数多くある。そこには、資本主義的帝国主義の性格である他民族への抑圧・差別、従属が如実に現われている。市民主義は、こういう民族抑圧・差別の強まり、台頭を、民主主義の理念からの後退として批判するが、その原因にまで踏み込めず、自由で民主的な資本主義という近代初期の理念をもって現実を裁断し、あるべき民主社会の理念を対置するに留まっている。それは、資本主義的帝国主義の本性であって、帝国主義の支配を覆し、その性格を完全に除去する革命なしには、なくせないということに目をふさいでいる。市民主義者は、「市民」から「民族」的属性を消そうとする。他方、日本共産党は、米帝従属論を教条化して、日本独占資本は帝国主義ではなく米帝に従属する独占資本主義と規定し、愛国主義・民族主義を米帝従属からの解放・自立の歴史的原動力とし、「反米愛国」の民族民主革命の第一段階を達成した上で、社会主義への平和的移行という二段階革命論に立ち、この間の差別排外主義の台頭に対しても、「反米愛国」のナショナリズムの立場で相対しているため、真正面から闘えない。国境に左右されない結合を利害とするプロレタリア的国際主義に立たなければ、排外主義とは闘えないのである。民族問題は今もアクチュアルであることはそれらのことを見れば明らかである。それと階級闘争を結び付けることは今日の重要なプロレタリアートの任務である。

一方では、リーマン・ショックで、恐慌が発生することが明らかになった。恐慌は、周期的に起きるものだから、資本主義の永久繁栄論は破たんしたことが明らかになったわけだが、大内力国家独占資本主義論では、ケインズ政策によって、恐慌を防ぐことが可能であるとされていたが、それはもう現実に破たんした。それによって、日共の「新福祉国家論」もリアリティが弱まったことは明らかである。国独資が政策的に持続可能な安定成長を実現することができないことが恐慌の勃発によって明らかになったからである。周期的恐慌を伴う景気循環が資本主義経済の法則として作用しているのである。『共産党宣言』でマルクスは以下のように述べている。

「ブルジョア的な生産諸関係と交通諸関係、ブルジョア的所有諸関係、すなわち、このような巨大な生産手段と交通手段を魔法のように忽然と出現させた近代のブルジョア社会は、自分で呼びだした地下の悪霊をもはや制御できなくなった、あの魔法使いに似ている。この数十年来の工業と商業の歴史は、近代的生産諸関係にたいする、ブルジョアジーとその支配との存立条件である所有諸関係にたいする、近代的生産諸力の反逆の歴史にほかならない。周期的にくりかえし襲ってきて、ブルジョア社会全体の存立をますます威嚇的に脅かす、あの商業恐慌をあげるだけで十分である」(『マルクス・エンゲルス全集』大月書店、四八一頁)

金融恐慌後の景気後退によって、中間層が分解し、下層が増大した。そして、富と貧困の対立、階級の鮮明化が進んだことが誰の目にも明らかになった。それで、階級闘争の復権が不可避であることを否応なく認識せざるをえないようになってきたのである。他方で、抑圧民族と被抑圧民族の対立も鮮明となってきた。豊かな一部の先進資本主義国と貧困化するアフリカ諸国などの貧しい国と新興資本主義の内部矛盾(階級的にも民族的にも)の激化と、世界の内では幾層にも重なる矛盾・対立が鋭くなってきている。経済的にも、ギリシャ債務問題に見られる危機がEUをも危うくしている。ギリシャやスペインで左派政権が誕生している。だが、そのような状況は、イタリアでの北部同盟の躍進やフランスでの国民戦線やドイツでのネオナチの台頭など右派排外的で民族差別的な右派を台頭させている。こうして、階級問題と共に民族問題への対応が共産主義者にも問われていることがますます明らかになっている。階級闘争と民族問題の結合という課題が浮上している。

そうした中で、アメリカのマルクス研究者で、ロシアからの亡命者でトロツキー主義者のドゥナエフスカヤという女性研究家の系譜上にあるケヴィン・アンダーソンという学者の『周縁のマルクス ナショナリズム、エスニシティおよび非西洋社会について』(社会評論社)という本の翻訳書が出版された。そこで、アンダーソンは、マルクスの初期における民族問題に関する理解が後期に大きく変わったことを資料を詳しく分析する中で解き明かしている。これを手掛かりに、マルクス主義において、民族問題に関する理解を再構築する作業を開始することが必要であると考えるので、いくつかのポイントを示していきたい。特に、実践的には、日本の場合、もともと、沖縄問題があり、「在日」の問題があり、アイヌ問題があったが、二一世紀に入ると、差別排外主義が台頭してきて、歴史認識の自民族中心主義的な改ざんやヘイトスピーチの拡散、嫌中・嫌韓キャンペーンなどによる人々の国際的な結合の解体を目論む活動を活発化させているので、差別排外主義との闘いはプロレタリア国際主義の復権の闘いとしてより重要性を増している。私は、一九八七年の沖縄「国体」反対闘争の前後に、帝国主義と民族問題について、マルクスのアイルランド問題への態度やレーニンの民族自決権の問題に関する論考などを検討・議論して、抑圧民族のプロレタリアートには、被抑圧民族の民族自決権の承認、民族間の同権、差別排外主義と闘う民主主義的任務があるという一般的な結論を得ている。

 

現在、アンダーソンも編集に加わって、マルクスの未刊行ノートを含む『マルクス=エンゲルス全集』(新MEGA)の刊行が進められている。その後期のノートには、とりわけ、『共産党宣言』におけるオリエンタリズム的でもあった単線的発展史観は完全になくなっているという。「マルクスはこれらの晩期著作のなかである一点については確固たる信念を持っていた。つまり、すべての資本主義社会が不可避的に資本主義へと移行していくわけではないということである」(同八頁)。また、アンダーソンは、「晩年のロシア、インド、古代ローマについての著作とノートが示していることは、マルクスの関心が、社会・歴史的特殊性に関係なく世界中のすべての社会に適合可能な一般的定式ではなく、それぞれの社会それ自体についての詳細かつ特殊な分析にあった」(同一二頁)と指摘している。さらに、アンダーソンは、「私の主張は、ナショナリズム、人種およびエスニシティのもろもろの特殊性を十分包括するとともに、ヨーロッパからアジアに至る、またアメリカ大陸からアフリカに至る人類の社会的歴史的発展の多様性を十分包括することのできる資本概念および階級概念を含んだ社会批判を行った、グローバルな理論家としての二一世紀のマルクス理解に向かって進むことである。こうして私は、マルクスを、一般に想定されているよりもはるかに複線的な歴史理論家および社会理論家として、西洋資本主義社会のみならずアジア社会の具体的社会的現実の研究に没頭した人として、そして階級のみならずナショナリズムとエスニシティを考慮した理論家として示すであろう。さらに私は、マルクスが次のような理論家であったことを主張するであろう。すなわちこの理論家によれば、一つの社会システムとしての資本主義の概念は、抽象的普遍ではなく、普遍性と特殊性とが一つの弁証法的総体性の内部で相互作用しあう豊かで具体的な社会的な見方が組み込まれた概念だということである」(三一~二頁)と述べている。

世界史が、「大づかみにいって、アジア的、古代的、封建的および近代ブルジョア的生産様式を経済的社会構成のあいつぐ諸時期」(『経済学批判序言』一六―七頁 大月文庫)を順番に通って、世界全体が進むというふうに解釈、理解され、それがマルクス主義の中で広まってしまったが、これは、生産様式の歴史的発生順序を示したもので、世界が必ず避けがたく通る道で、この順番で全面的に移行していくというふうに読むのは誤りなのである。この順番の最後で、「ブルジョア的生産諸関係は、社会的生産関係の最後の敵対的形態である」(同)が、その廃止をもって世界史の前史が終わるというのも、その前のつの社会的生産関係もまた敵対的形態であって、その最後に現れた敵対的形態がブルジョア的生産関係なので、それら四つの敵対的形態の同時廃止で世界史の前史が終わるということなのである。アンダーソンが明らかにしたように、『資本論』のフランス語版序文で、『資本論』の叙述の適用を西欧に限定しているように、マルクスも、世界全体がこの順序で全面的に進むというふうには考えていなかったのである(註)

実際、二一世紀の今日に至るまで、非資本主義地域は世界の圧倒的に広い地域と人口を持っており、しかも、資本主義は中枢地域で衰退し始めている。リーマン・ショック後の金融恐慌の発生は、資本制経済が、景気循環過程で恐慌を繰り返すものであることが再確認されたように、周期的恐慌で「死の痙攣」に襲われることになる。それが、革命の成功に結び付くかどうかは、あらかじめ決まっているわけではないが、帝国主義化している資本主義は、戦争によって矛盾の解決を図ろうとする誘惑にかられることだろう。それが成功するかしないかもあらかじめ決まっているわけではない。しかし、恐慌、戦争の時代へと突入したことは明らかである。それが、革命に転化できるかどうかは、革命的プロレタリアートの形成がどれだけ進められるかによる。あらゆる政治情勢において、政治暴露を通じて、資本主義批判・帝国主義批判を通じても、革命的な政治意識を高め、宣伝によっても、教育によっても、実際経験によっても、それを推進する勢力の形成もまた求められている。帝国主義は、侵略・戦争・抑圧・差別・反動・反革命を政治的性格の基礎としている。もちろん現代の帝国主義の経済的土台が資本主義であることは言うまでもない。それから人類を解放するプロレタリアートの闘いを発展させなければならない。それには、格差問題で顕わになった階級闘争の新たな様相や破たん国家が進むアフリカ諸国のような「第三世界」問題などの「南北格差」も含めて、今日の世界情勢を正確に分析し、そこから全人類を脱却させる道を示して、その旗の下に多数を結集し、その力を革命力として発展させていかなければならない。その際に、マルクス主義者は、今も世界の大きな部分を占める非資本主義社会を、ブルジョア革命→市民革命→資本対賃労働の対立の展開=階級闘争→社会主義革命という単線的発展図式に当てはめるという世界史の発展に対する空想的で反動的な立場を取ってはならない。「三つの世界論」のように、世界史の複線的発展コースを想定し、その革命的な相互作用を想定し構想する方が現実的なのである。それを現代の新たな世界同時革命論の具体的内容として、その綱領・戦術・組織を作り上げる必要があるのだ。

 

(註)アンダーソンは、『資本論』フランス語版の序文にマルクスが加えた変更をマルクス自身が最終的な変更としてエンゲルスに示していたにも関わらず、エンゲルスが無視し、ドイツ語版を決定的なものとしてしまったことを指摘している。マルクスが変更を加える前の部分は以下である。

「イングランドは私の理論的展開の主要な例証として役立つ。しかしもしドイツの読者が、イギリスの工業労働者や農業労働者の状態についてパリサイ人のように眉をひそめるか、あるいは、ドイツでは事態はまだそんなに悪くなっていないということで楽天的に安心したりするならば、私は彼にこう呼びかけなければならない。De te fibula narrathr! 資本主義的生産の自然諸法則から生ずる社会的な敵対の発展程度の高低がそれじたいとして問題になるのではない。問題なのは、これらの諸法則そのものであり、鉄の必然性をもって作用し、自己を貫徹するこれらの傾向である。産業のより発展した国は、発展の遅れた国にたいして、ほかならぬその国自身の未来の姿を示している。(MEW23.S,14,『資本論』第一巻、九―一〇ページ)」(同二六六頁)。

この最後の部分。「産業のより発展した国は、発展の遅れた国にたいして、ほかならぬその国自身の未来の姿を示している」を、マルクスがフランス語版で、「産業的により発展した国は、産業上の経路(Path)の上でこれに続く国々にたいし、それらの国々自身の未来の姿を示すだけである」([1872-751985q,36.)と改訂したのである。それについて、アンダーソンは、以下のように述べている。

「・・・・・・ロシアやインドのような、マルクスの時代にいまだ「産業上の経路」に乗っていなかった社会はいまや明示的に括弧に入れられており、それらの社会にはオルタナティヴな可能性があると考える余地を残している。私は二つの可能性をここでみる。第一に、このテクストの変更は、マルクスが一八六七年までにすでに到達していた立場を彼自身で明確化したものだと言うことができよう。第二に、もっとありそうな可能性は、一八六七年から一八七二年にかけてのこの変更は、『共産党宣言』における単線主義から離脱していくという、一八五〇年代から進行していた、彼の思想の発展の一例であるというものである」(同二六七―八頁)。

 もう一つの改訂は、本源的蓄積について述べた「封建的搾取から資本主義的搾取への転化」(MEW 23,S.743. 『資本論』第一巻、一二二〇ページ)の部分である。ドイツ語版の箇所は以下である。

 「農村の生産者である小農からの土地収奪がこの全過程の基礎をなしている。この収奪の歴史は国が違えば違った色合いをもっており、この歴史がさまざまな段階を通る順序も歴史上の時代も国によってさまざまである。それはイングランドにおいてのみ典型的な形態をとっており、それゆえわれわれはイングランドを例にとるのである」(MEW  23, S. 744. 『資本論』第一巻、一二二一ページ)(同二六八頁)。

 改訂部分は以下である。

 「だが、この発展全体の基礎は耕作民の収奪である。この収奪が根底的になしとげられたのは、いまなおイングランドだけである。したがって、必然的に、この国が、われわれのスケッチのなかでは主役を演じるのであろう。だが、西ヨーロッパの他のすべての国も、同じ運動を通過する。この運動が、特殊な環境に応じて地域的色彩を変えるか、あるいはもっと狭い範囲内に閉じ込められるか、あるいはさほど目立たない特徴を示すか、あるいはちがった順序をたどるとしても」(Marx 1872-751985b, 169.)(同二六九頁)。

 アンダーソンは、この改訂について、以下のように述べている、

 「この変更されたテクストは、マルクスにとって、本源的蓄積についての自らの物語は西欧の発展の記述として述べられたものであり、それ以上のものではなく、どうみてもグローバルな大きな物語として述べられたものではない、ということを明確にした」(同二七〇頁)。

 アンダーソンは、アイルランド問題、アメリカの黒人奴隷問題、インド問題、ロシア問題、古代史問題などのマルクスのノートなどをもとに、前期から後期にかけて、民族問題、植民地問題、歴史発展モデルの問題(特に、単線主義から複数主義への変化)などにおいて、大きな変化があったことを詳しくテキストを検討しながら明らかにしているが、長くなるので、ここまでにする。興味のある方は彼のこの著作に直に読まれることをお薦めする。

 

 

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階級闘争の復権を!

 日本では、21世紀に入って反貧困運動が高揚、中国では、都市下層の暴動が頻発している。その中で、階級が主体としてその姿を鮮明に現してきていることは今や誰の目にも明らかである。ブラジルでは、高成長を続けているが、2014年サッカーのワールド・カップを前にファベーラなどの貧民街で暴動が起きている。ゲリラ出身の左翼系大統領が誕生したブラジルだが、BRICSの一員として経済成長を続ける中で階級矛盾が激化しているのである。中国でも、鄧小平の「改革開放路線」の下で高成長を続けてきたが、農民工などの暴動が頻発している。このように、世界的に、貧富の差の拡大、富の少数者への集中が起きている。これらのことは、階級の消滅というような言説が虚偽であることを示している。 

 橋本健二氏は、『階級社会 現代日本の格差を問う」(講談社選書メチエ)で、階級という言葉はほとんど死語扱いだったが、明らかに階級という概念がないとリアルに現実を理解できない状況が今はっきりと現れつつあるというようなことを述べている。今では、「格差社会」という言葉は普通に使われているが、それは当然、階級社会という概念と結びついている。日本では、1990年代に入り、バブルが弾けると、その後の「失われた十年」と言われた経済停滞の長期持続の間に、非正規雇用の拡大が進行するのに伴って、格差の拡大、下層の増大が、進んでいった。その結果、世帯所得格差は、戦前では1937年の0・547%がピークだったが、1956年0.313%、1962年0.382%、1980年ごろまでは、0.35から0.38%程度、2001年にはほぼ0.5%と、1920年代の水準に達した(同書23頁)。(ただし、こうい

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う統計の数字には、元データの問題などがあって、単純に結果を導き出すことは難しいということに注意)。

   『日本の経済格差』(橘木俊詔 岩波新書 1998年)が出版されると、「格差社会」という言葉が流行するようになったが、2006年1月内閣府は「格差の拡大は高齢化が原因で見かけの問題に過ぎない」とする見解を公表し、議論を呼び起こした。内閣府と同じ格差「見かけ説」を唱えたのは、大竹文雄や八代尚宏などである。いずれも新自由主義的な自由市場論者である。すなわち、ハーヴェイが『新自由主義とはなにか』の序文で与えている「新自由主義とは何よりも、強力な私的所有権、自由市場、自由貿易を特徴とする制度的枠組みの範囲内で個々人の企業活動の自由とその能力とが無制約に発揮されることによって人類の富と福利を最も増大する、と主張する政治経済的実践の理論である。国家の役割は、こうした実践にふさわしい制度的枠組みを創出し維持することである」(同010頁)作品社)という簡潔な定義に当てはまるイデオローグである。大竹文雄は、この間の格差拡大の特徴について、「所得格差の主要要因は人口高齢化であり、年齢内の所得格差は小さい」(『日本の不平等』日経新聞社 35頁)と述べ、高齢化→単身世帯化→高齢者内の格差の拡大と世代間格差の拡大が主因と捉えているが、これは一部の現象の性格を全体にまで直接当てはめようというものである。それは八代も同じである。大竹は高齢化を大きく見てそれを全体を基本的に規定する要因とみなし、八代は、若者とその上の世代の間の世代間格差を主要な問題とみなしている(「急速に進展する少子高齢化社会では、年金や医療の社会保障制度の下で、高年齢者の高い給付を維持するために若年世代が大きな負担を担う「世代間格差」が生じているが、これは企業内の労働市場についても同様である」(『労働市場改革の経済学』東洋経済新報社145頁))。八代の解決策は、新自由主義的なもので、自由市場を活性化するための規制を調整して「神の見えざる手」を自由に動かせるようにするというものである。「市場神」信仰を強化し、神の力を増すこと、神に「どうかうまく解決してくれますように!」と祈りをもっと捧げることである(『新自由主義の復権』(中公新書 2011年)。その方策の一つが、終身雇用・年功序列の正社員の日本型雇用と企業内労働市場を廃止して企業外労働市場に一本化して労働市場を自由市場化すれば、高すぎる賃金が下がり、平準化して、平等が進むというのである。そうなれば、企業は賃金コストが低い労働者を雇用しようとするから、高賃金の労働者の賃金は下に引っ張られるようになるのは確実である。そこで、世代間格差が縮小するというわけだ。非熟練労働の場合、特にそうなることは明らかである。もちろん、現実には、労賃はその社会の生活水準や文化レベルも含むので、価格だけで評価し決定できることではないことは明らかだ。したがって、こういう考えは非現実的である。しかも、彼は労働者の抵抗や反発などのことを排除しているので二重に非現実的である。彼は、労働組合などは自由労働市場の邪魔者でしかないと考えているのだ。かつてのブルジョア経済学は一応全体の幸福の増進ということを掲げたしそれを追求はしていたのだが、八代の議論に見られるように、今の新自由主義は、一部の利益のために他を犠牲にすることを平気で主張する。新自由主義は、金融資本主義的で帝国主義的な性格を持つイデオロギーなのである。だから、構造改革論者の小泉元首相は、「格差はあって当然」と階級社会を公然と認めたのである。また、橘木氏は、2006年出版の『格差社会』(岩波新書)で、「格差見かけ論」を、高齢単身者の貧困者の数が増えているという現実を見ていないなどと批判している。「見かけ論」は、こうした貧困の増大の事実を無視して、そこから別の一面を誇張して、それを見えないようにするものなのである。 

 日本では格差社会化が進行していることは今や誰の目にも明らかになっているが、それは、階級とどう関連しているのであろうか?   
 橋本健二氏は、『新しい階級社会 新しい階級闘争』(光文社)で、階級を「同じような経済的地位を占め、このために同じような労働のあり方、同じような収入水準のもとにあるような人々のグループ」(同107頁)と定義している。ただ、橋本氏は、プーランザスやライトの議論などを踏まえて、資本家階級と労働者階級の中間に、「旧中間階級」に加えて、労働者階級を搾取している「新中間階級」という新たな階級ができているという見解を示している。さらに、労働者階級の下には「下層」が存在する。氏によれば、現代の階級は4つある。資本家階級は、従業員規模が5人以上の経営者・役員・自営業者・家族従業者、旧中間階級は、従業員規模が5人以下のそれら、新中間階級は、専門・管理・事務職に従事する被雇用者、労働者階級は、それ以外の被雇用者である(『階級社会 現代日本の格差を問う』(講談社新書メチエ 38頁)。また、現代資本主義は「純粋資本主義ではなく、前近代的な要素や脱近代化的な要素を含み込んだ複合的な経済だ」(光文社118頁)という氏独自の資本主義観を提示する。この場合の前近代的な要素とは、自営業者や農民のことであり、脱近代的要素とは、「高度な技能や才能、新しい発想などの重要性が増す傾向」(同120頁)などを指す。いずれにしても、氏の言うように、今の格差の拡大を社会科学的に表現するには階級概念が欠かせないということが誰の目にも明らかになってきているのである。橋本氏によれば、階級とは、社会科学的には、「同じような経済的な位置を占め、このために同じような労働のあり方、同じような生活水準、同じようなライフスタイルのもとにある人々の集群のこと」(講談社選書メチエ 六頁)である。ところが、1970年代から90年代ごろにかけて、日本では、「日本は階級社会である」と言うと、「とんでもない変人か、あるいは極端な政治思想の持ち主とみなされかれなかった」(同12頁)というのである。当時、「経済学者や社会学者の間でも、現代日本には階級がないか、あっても小さな意味しかもたないというのが、大方の合意となっていた」(同)。当時から、社会学者の間で、例えば、盛山和夫(『社会階層』東京大学出版)や富永健一(『日本の階層構造』東京大学出版会)は、階級(class)という概念ではなく、社会階層(sociao stratification)という概念を使っている。盛山は、同書で、その理由を、高度経済成長によって「豊かな社会」となって「貧困」がなくなったので、階級という概念は有効性を失ったと述べている。その際に、彼は、「階級とはむしろ貧困という階層的問題を政治的な言説にのせるための想念であった」(同書 213頁)として、「貧困」が、階層問題を階級という政治言説化する想念にするのだと、階級関係が「貧困」の原因ではなく、「貧困」という現象が階級の原因であるというふうに、原因と結果を逆転させているのである。つまり、高度経済成長と所得再分配によって豊かで平等な社会になって「貧困」が消えれば、それが階級という想念と結びつかなくなるというのである。そういうことを、渡辺雅男は、『階級!』(彩流社)で、階層論者は、階級論が本質理論であり、全体理論であり、実体理論であることを否定して、現象論、部分論、機能理論としての階層論を対置していると批判している(同67頁)。それから、氏は、階層論者の狙いは、「マルクス主義批判というイデオロギー的動機こそ、実体論排斥の政治的意図だった」(69頁)と述べている。確かにそういう面もあろうが、それに対して、マルクス主義側がしっかり対抗できなかったということもあるので、渡辺氏のこの指摘は、マルクス主義側の弱点をどう克服するかという問題意識がないと、ただのイデオロギー的反応になってしまう危険性がある。   
 他方、橋本氏は、「欧文の本や論文には「class(階級)」という言葉がひんぱんに出てくるのだが、研究者たちはこれを「階級」と訳することを嫌い、「階層」と意訳したりしている」(『階級社会』13頁)と述べているが、少なくとも、リーダー的な研究者には、「階層」を使い「階級」を使わないのには、高度経済成長と福祉国家化や渡辺が指摘するような政治的な意味が込められていたと思われる。また、三浦展氏は、格差拡大を「中流社会」から「下流社会化」への変化と捉え、階層概念を使い、階級概念を使わないで、もっぱら階層意識別の消費行動の違いを分析して、下流社会化が進んでいるという結論を下している(『下流社会』光文社文庫 六頁)。しかし、統計数理研究所の坂本慶元氏は、「階級帰属意識」の場合には財産、地位、収入などのいわば客観的な地位を直接示す項目が上位を占めるのに対して、階層帰属意識」の場合にはくらしむきの主観的な評定や満足度といった感覚的な項目が上位を占めている」(『階層帰属意識の実像』 統計数理第35巻第2号〔1985年〕所収http://ismrepo.ism.ac.jp/dspace/bitstream/10787/1435/1/TS35-2_004.pdf)と、階層意識と階級意識との間には規定要因に違いがあることを指摘していることから明らかなように、階級意識の方を一切無視しているのは主観的すぎる。   
    
 最後に、ここまでの簡単な結論として、格差が拡大している現在、階級概念の復権は、今日の社会認識において欠かせないものになっており、早急に研究を進める必要があるということを強調したい。   
 また、本稿では論じられなかったが、アンリ・ルフェーブルによる空間論・都市論を継承している空間地理学者のデヴィッド・ハーヴェイによる空間論と都市空間の分析は、「都市とは、階級構造と空間構造の複合なのだ」(『階級都市』ちくま新書 011頁)という橋本健二氏の「階級都市」論やそこで紹介されているサスキア・サッセンやカステルの格差拡大のおグローバル・シティ論やマイク・デイヴィスの「都市貧困のグローバル化」を論じた『スラムの惑星』(明石書店)などが提示する階級と都市の関係(資本=Capital問題)については稿を改めて論じることにする。

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スラジュ事件を知ろう!  難民講座のご案内

 ほとんどフェイスブックばかりやっていて、こちらはご無沙汰してますが、以下、難民講座の案内ができましたので、お知らせします。皆様のご参加お待ちしております。

 スラジュ事件を知ろう!
 難民講座のご案内
 ぜひ御参加を!

 2010年3月22日、ガーナ国籍の男性スラジュさんが強制送還中に死亡した「スラジュ事件」は、新聞やテレビでも報道され、皆さんもご存じかと思います。

 スラジュさんの遺族(妻と実母)は、入管職員のあまりにも乱暴な取り扱いがスラジュさんの死因だとして裁判に訴え、今年の3月19日、東京地裁は遺族の言い分を認めました。しかし国側が控訴したため、今後も東京高裁で裁判が続きます。

 今回の難民講座「スラジュ事件と入管・法務省」は、遺族を支えながら献身的に裁判を担ってきたAPFS(ASIAN PEOPLE'S FRIENDSHIP SOCIETY)の吉田真由美さんに講師をお願いし、事件のくわしい経過やその背景を報告していただきます。ぜひ、ご参加下さい。

:■6月1日(日) 1時半~4時半

:■新宿区立元気館(電話03-3202-6291)
・副都心線西早稲田駅のエレベーター口すぐ(徒歩0分)。
・高田馬場駅からバスで学習院女子大前下車。徒歩1分。
・高田馬場駅から徒歩15分。都立戸山高校となり。

■報告「スラジュ事件と入管・法務省」
吉田真由美さん(APFS)

■参加費300円
主催:難民を支援し連帯する会(℡:04‐2998‐5501 さかい)

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都知事選と階級問題

 いよいよ東京都知事選だが、その前に名護市長選挙があり、これで現職稲嶺氏が勝つかどうかは、都知事選にも影響を及ぼすだろう。
 東京都に巣くっている「悪党」どもは、東京オリンピック利権を確保するために、うごめている。東京は、『階級都市』(橋本健二 ちくま新書)となっており、「グローバルシティ化」(サスキア・サッセン)していて、東部(ブルーカラー・貧困地域)と西部(新中間階級・中間層)と中央(ブルジョア・富裕階層地域)にはっきりと分かれてきている。階級・階層の空間化・地域化は今やはっきり目に見える。階級論としては、渡辺雅男氏の分析もあり、都市社会学の研究も進んでいる。
 都知事選は、今のところ、階級性の曖昧なまま、原発政策を焦点とするものになりつつあるが、原発問題の階級性ということは疑いもなくあり、そこまで原発問題の掘り下げが進んでくれば、それも焦点化しうる。

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階級社会について

 以下は、橋本健二氏の『階級社会 現代日本の格差を問う」(講談社選書メチエ)という本からの引用である。階級という言葉はほとんど死語扱いだったが、明らかに階級という概念がないとリアルに現実を理解できない状況が今、はっきりと見えつつある。今後、他の本も集めているところで、まず、この問題を検討する入り口として、橋本氏の以下の主張を参考に引用しておく。

1 「階級」が死語だったころ

社会科学の「常識」
 21世紀に入ってからの日本では、格差の拡大が注目を集めるようになった。「格差社会」「下流社会」などという流行語も生まれた。隔世の感がある。ほんの少し前まで、日本は平等な社会だというのがこの社会の常識だったからである。
 格差を分析するために、社会科学が古くから用意してきたのは「階級」という概念である。より幅広い意味をもつ「格差」という言葉が、使いやすさもあって広く使われているが、「階級」という言葉も、雑誌記事や一般教科書などでしばしば見かけられるようになった。しかし、この「階級」という言葉だが、最近までお日本ではほとんど死語に近かった。
 日本にも階級がある。日本は階級社会である――。一昔前にこんなことをいうと、とんでもない変人か、あるいは極端な政治思想の持ち主とみなされかねなかった。当時、具体的にいうと1970年代から90年ごろにかけては、大部分の日本人が平等幻想・中流幻想にどっぷり浸かっていて、日本には階級はないというのは、特に証明を必要としない自明の事実のようにみなされていたからである。経済学者の間でも、現代日本には階級がないか、あっても小さな意味しかもたないというのが、大方の合意となった。
 私が大学院に入って階級研究を志したのは、ちょうどそんな時期だった。教員や大学院の先輩たちに、マルクス主義に関心があって、階級の研究をやりたいなどと話すと、「今どき何を考えているんだ」というような顔をされた。ゼミや研究会の場でも、日本は9割が中流の平等な社会であり、西欧のような階級はなく、マルクス主義の階級理論は日本にはあてはまらないというのが自明の前提とされていて、誰もそれについて実証が必要だとは考えていないようだった。社会科学者にとって、社会の現状に関するあらゆる命題は実証を必要とするはずなのに、なぜかこれに限っては例外扱いされていて誰もそれについて実証が必要だとは考えていないようだった。社会科学者にとって、社会の現状に関するあらゆる命題は実証を必要とするはずなのに、なぜかこれに限っては例外扱いされていた。そして階級という概念に依然としてしがみついているのは、何かの政治党派のメンバーか、でなければ教条主義に凝り固まった一部の学派だけだというのが、私の身の回りにいたほとんどの研究者たちの理解だった。実際、歴史研究や西欧の研究の紹介の場合を除けば、論文に「階級」という言葉を使う人はほとんど皆無だった。欧文の本や論文には「class(階級)」という言葉がひんぱんに出てくるのだが、研究者たちはこれを「階級」と訳することを嫌い「階層」と意訳したりしていた。(12~13ページ)

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