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人為的で自然でない教育基本法改悪に反対

25日『産経新聞』社説「教育基本法改正 「愛国心」は明記すべきだ」は、ほぼ民主党案を支持している。

 この社説の「愛国心」は、「民主党案にある「涵養」は、水が自然にしみこむように育てるという意味だ。愛国心というものは、子供たちが日本の歴史を学び、伝統文化に接し、豊かな自然に触れることにより、自然にはぐくまれるものである」というもので、『国家の品格』が言う、パトリシズムの意味のようである。

 それが「日の丸・君が代」の学校行事での強制はなじまないことは明らかだ。「日の丸・君が代」「国家・国旗」には、日本の長い歴史がないし、伝統文化でもなく、豊かな自然でもない。それを「愛国心」教育と位置づけている学習指導要領が間違っているのである。だから「愛国心」を教えることは、卒入学式で「日の丸・君が代」を強要することとは一致しない。それを混同して、上から、脅し、処分などで、権力的に強制することは、混乱を増大させているのであり、その点を『産経』は見誤っている

 今、「君が代」は歌いづらくなっているし、「日の丸」も掲げづらい雰囲気になりつつある。それは、緊張し、プレッシャーを感じる行為になっているのである。卒入学式にビデオや音量計をもった教育官僚が監視し、校門付近で、公安警察が大勢うろついて、ビラまきを妨害したり監視しているような物々しい雰囲気の中で、歌を強要されたら、「暗い」気持ちが起きるのである。

 教育官僚は、強要している立場だから、されている方の気持ちがわからないのである。教育官僚の立場に立っている『産経』も、それがわからないのだ。

 他方では、この社説は、「愛国心」は、強要や強制なしで、自然にはぐくまれると言うわけで、分裂し、矛盾した物言いをしている。

 「愛国心」が自然に涵養されるものなら、法律化しなくても別にいいではないか? 法律などという人為のものにすると自然さが失われると考えるのが「自然」だろう。

 ところが、この社説は、教員の指導義務を明確するために、「愛国心」の明記が必要だというのである。生徒・児童は、内心の自由に立ち入って評価する必要はないが、教員は別だというのだ。それなら、教育基本法は、教師向けの指導基準を定める法律なのか?従来の学説では、教育基本法は、憲法理念を実現するための教育についての基本法である。

 『産経』は、その点が混乱しているが、その原因の一つは、今日の教育の問題を日教組の教育支配とするかれらのイデオロギーにある。『産経』は、教育の場を、政治闘争、イデオロギー闘争の場と考えているのだ。そこには、現教育基本法が、個人の形成に偏り、国民の形成を阻害しているという考えがある。その際に、他国では愛国心教育を堂々と行っているのに、日本だけが特殊だということが言われているが、別に、他国の物真似をすることがいいとはかぎらない。なぜなら、パトリシズムという意味での「愛国心」は、現行教育基本法下、あるいは日本国憲法下で、「自然」に育っているので、あえてこれらの法律に「愛国心」を明記することもないからである。

 そこで、『産経』は、教育基本法の「愛国心」明記が必要なのは、教員の指導義務を明確化するためだとしている。しかし、この社説が自ら認めているように、「愛国心」は、「自然」に育まれるもので、法律によって強制するものではない。そのことを表しているのが、社説が引用する内閣府の以下の世論調査結果である。

 「内閣府の調査では「国を愛する気持ちをもっと育てる必要がある」と答えた人は八割を超えた。日本を誇りに思うことを聞いたところ、(1)長い歴史と伝統(42%)(2)美しい自然(41%)(3)優れた文化や芸術(40%)(4)国民の勤勉さ、才能(28%)の順だった」。

 世論調査の信頼度はそれほど高くないということ、また、フーコーによれば、アンケートはミクロな権力の行使であること、を踏まえた上で、この結果を見ると、「国を愛する気持ちをもっと育てる必要がある」8割超という回答には、後の回答と合わせると、パトリシズムを育てる必要があるという意味が多く含まれていると思われる。しかし、(1)~(4)の各項目については、これまでも学校教育で、知識としては教えられてきた。そして、そういう戦後教育を受けた結果として、自虐的になっているどころか、パトリシズムが広く生み出されているのである。これは、自虐史観批判派の現状認識の偏りと誤りを明らかにする調査結果である。教育基本法に「愛国心」を今あえて明記しなければならない理由が希薄なことは明らかだ。

 だから、『産経』は、教員の指導義務明確化を、「愛国心」明記の理由として押し出したのである。それに、内心の自由の価値を高く評価しないと、靖国問題で、中国・韓国を内政干渉、内心の自由への介入だと非難してきた『産経』のこれまでの主張の根拠が危うくなるという認識を持ったのかもしれない。教員の指導義務明確化のための「愛国心」明記は、少なくとも表面上は、与野党とも法改正の理由にはあげていない。『産経』は、なぜか動揺しているように見える。

 『産経』は、「愛国心」の中身として、日本の歴史を学び、伝統文化に接し、豊かな自然に触れることで自然に育つものとしている。 

 ところが、人口の多数を占める都市では、日本の歴史・伝統文化・豊かな自然などはどんどんなくなっているというのに、どうしたら自然に「愛国心」が育まれるというのだ! アメリカや西欧の歴史ばかりが先進的と評価され教えられ、ハリウッド映画や欧米文化ばかりに接し 豊かな自然の映像にしか触れない。それらは、教科書だの歌だの旗だのの干からびた抽象的知識の詰め込みで、自然に育つものではない。古森義久というアメリカ人と結婚した男が、アメリカの代弁者となって、西欧崇拝・アメリカ崇拝の記事を垂れ流している『産経』には、こういう事態をどうすればいいのかを、責任を持って答えてもらいたいものだ。これらを取り戻すためには、便利さも経済的豊かさもある程度、犠牲にする覚悟がなければ、無理ではないだろうか。

 教育基本法を今変えなければならない理由は希薄であり、他の新聞の世論調査では、改定を急ぐ必要はない、十分な議論を尽くすべきだとする世論が多数を占めている。教育基本法改悪には反対である。 

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» 愛国心とはなにか、あるいは、『国家の自縛』、官僚の自縛。佐藤優と米原万里 [試稿錯誤]
                                         雑誌、新潮45 2006.10月号。 佐藤優(外務省職員、休職中)は、米原万里(エッセイスト、ロシア語通訳者)との交流を描いている。 (以下、抄録) ### 「文筆に従事するようになってから、人と会うことが多くなったが、人見知りの激しさに変化はなく、現在、職業作家で個人的交友があるのは2人だけだ。4ヶ月前まではもう一人、私のほうから積極的に出かけ、話をする作家がいた。今年5月25日に他界された米原万里さん... [続きを読む]

受信: 2007年1月18日 (木) 08時27分

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