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滋賀県知事選について

 今日の大新聞の社説は、『読売新聞』を除いて、すべて、7月2日の滋賀県知事選での社民党が支持する無党派の女性知事の誕生について書いている。

 『朝日新聞』「滋賀県知事選「もったいない」が勝った」。『毎日新聞』「利益誘導型より「もったいない」」。『東京新聞』「続く地方選へ警告だ『相乗り』敗退」。『産経新聞』「滋賀県知事選 読めなかった現職候補」。

 『産経新聞』が、社民党支持の嘉田新知事の路線を支持しているのが少々驚きである。『産経』社説は、嘉田知事の「一人一人の変えたい、どうにかしたいとの思いが社会を動かした」と語った言葉に、「今回の選挙の勝因」を見ている。「財政困窮な中での公共事業への多大な税金投下など、「もったいない」という主張は、選挙戦に入ると、多くの県民の支持を得、反対に国松陣営は、これら県民の風を読み切れなかったところに敗因があった」。そして、「有権者は無駄遣いを認めないという意思表示をしていることを、今回の滋賀県知事選は浮き彫りにした」と書いた。

 この選挙の最大の焦点は、栗東市に建設が始まった「南びわこ駅」(仮称)を推進するか凍結するかであった。凍結派の嘉田知事の誕生によって、こうした大規模開発の凍結が進むことになるかもしれない。ただし、嘉田氏を支持する県議会議員は少ないので、前途は容易ではない。

 このような、自公民相乗りの大組織に支えられた現職の敗北を、『毎日新聞』社説は、昨年の郵政解散選挙のような政策選択の直接投票的な要素が、選挙に加わってきた小泉改革の定着の一環だとしている。しかし、住民投票などの直接民主主義は、90年代の原発建設や市町村合併をめぐって行われたのであり、それを小泉改革のせいにするのは、違うと思う。それに、単独の課題のみを掲げて、議員の選挙を行うのは、他の多くの課題を忘却させる点で、ポピュリズム的な衆愚政治のやり方であり、それは、何らかの政策課題について、直接国民投票をするのとはちがう。この社説がそれらを混同していることは明らかだし、間違っている。

 嘉田新知事は、環境社会学を専攻する京都精華大学の教員。「環境社会学の第一人者。水環境と地域社会の関係を調べ、「暮らしの知恵」や「共同体」の精神を大切にしながら環境を考える「生活環境主義」の提唱者としてファンも多い」(7月4日『毎日新聞』「人」)。このことからも、嘉田知事の政治思想は、小泉改革(都市優先・地方切り捨て・競争主義・個人主義等々)とはまったく異なるものであることは明白である。これは『毎日新聞』社説が言うのとは真逆の小泉改革に対する地方の反乱・一揆である。小泉改革の反対派、財政出動主義の公共事業ばらまきではなく、「共同体」精神、すなわち人々の結合関係の変革による社会的力の発揮、それによる環境・社会・地域の力の再生である。

 これは、地方が反対した郵政民営化を強行した小泉改革などとは、全く違う。郵政解散総選挙が、もし郵政民営化賛成か反対かという国民投票だったら、否決だったという説もある。実際、小泉自民党は、都市部で圧勝したが、地方ではそれほどでもない。だから、『毎日新聞』社説が、阪神のベッドタウン化によって環境問題に意識のある人々が増え云々というのは、なにかしら図式的な思いこみが頭にあるような書き方だ。いくらベッドタウン化したといっても、こんなに多くの票があるわけがない。それに、長野は、ベッドタウンではない。無理やり、図式を現実に当てはめようとすれば、陳腐になるだけだ。

 この県知事選の自公民相乗り候補の敗北の結果は、与党に衝撃を与えたという。滋賀県の環境、琵琶湖の環境は、京阪神の水問題につながっている。近江のあたりは、中世には、進んだ農業地帯であり、水運も発達していた。惣村が早くにでき、農村自治が早くから発展した地域である。そういう風土についての感覚も認識も、大都市の空気につかっている大新聞の記者たちにはない。もちろん小泉総理にもないのであり、だから、滋賀県知事選の結果は、小泉自民党にも大新聞の記者たちにも、謎なのである。滋賀県や長野県の方が、東京などの都市部より進んでいるという事態が、飲み込めないのだ。彼らはあくまでも彼ら流のやり方でこういう現実を納得しようとする。しかし、彼ら流のやり方を反省しつつ、現実を見ないと、陳腐になってしまうのである。遅れた保守的な農村に、都市部からの新規住民が、進んだ環境意識などを外から持ち込んだという図式に、無理やり現実を当てはめてしまうという愚におちいるのだ。そういう人たちは、頭が現実に合うようになるまでは、何度でも、「謎」にぶつかり、「謎」は「謎」のままだろう。

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