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第2章の補論B 競争と独占(1)

 競争は、経済的法則の内容を決定するのではなく、経済主体(資本家、労働者、地主、消費者など)をこの法則に従わせるような圧力を形成させるものである。競争は、資本主義の諸法則の執行者であり、実現手段なのである。
 
 マルクスが関心を向けたのは、「法則」であり運動法則であって、その実現手段ではなかった。それに対して、競争が「完全」だとか「純粋」だとか、一義性や安定性等々を論じうるような均衡状態に至るといったことを主張する者がある。「この種の妄想は、ブルジョア社会の歴史とその運命の形成に当たって経済の果たす真の役割を、暴露することよりもむしろ隠蔽しようと志す人々が、はるか後年に経済学の中にわざわざ持ち込んだものである。マルクスも古典派経済学者も、このような知能犯的ゲームにくみするものではなかった」。
 
 「各産業は、次々に少数の巨大企業の支配下に陥り、こうして資本主義の初期を特徴づける競争条件がすでに急激に変わってしまった」。アメリカでは、ソースタイン・ヴェブレンが『企業の理論』(1904年)、オーストリアでは、ヒルファーディングの『金融資本論』(1910年)が、この問題を取り上げた。

  「競争的資本主義から独占資本主義への移行に当たって問題になるのは、競争の排除ではけっしてなく、むしろ競争の形態と方法における変化なのである」。
 
 集積と集中が進み、各産業の企業数が減少すると、商標名、広告などの販売合戦、大口お得意へのお礼の割り戻し等の方式で、市場の一角に地歩を築き、しかる後、そのシェアを固め拡げようとするようになる。この競争様式の初期には、価格引き下げによって市場での地位を高めるように努めたが、やがて、それが共倒れにつながるものと気付くようになる。アメリカでは、そのおかげて、南北戦争後の戦後ブームをピークに、19世紀末まで、物価が急落した。1873年の卸売物価を100として、1898年には、それは53にまで下がった。企業破産が続出した。そこで19世紀末には、法律や団体(同業者組合)、申し合わせ(プライス・リーダー制)などをつくって、対処した。

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