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高校での必修科目履修不足問題

 大新聞が、一斉に社説で、高校での必修科目履修不足問題を取り上げた。事件を起こした学校のルール違反を非難しているのは、すべて共通である

 『産経』「履修逃れ 公教育は受験だけではない」、『読売』「[高校「必修」逃れ]「受験偏重が招いたルール無視」」、『朝日』「必修漏れ 生徒にしわ寄せするな」、『東京』「高校履修漏れ ルール無視は教育でない」、『日経』「履修漏れで問われる学習指導要領」、『毎日』「架空履修 全国の実態を明らかにせよ!」。

 『毎日』は、「もっと巨視的な見方や提起もあってよい。/例えば、世界史を知らず、あるいは日本の歴史を語れず、自然と社会を地理学的にとらえる視点がない、そのような人材育成に高校教育が甘んじていていいのか。選択より必修を増やすべきではないか、と。一方、大学入試科目のあり方も問うべきではないか、とも」と、これを契機に教育改革論議につなげるべきだと主張する。「今回の問題で学校側は「生徒が望んだ」というが、そんな言い訳は通らない。生徒や親が誤ったとするなら、それを教え諭すのが教師だ。事を軽視し、イージーな選択でルールを曲げ、揚げ句は多くの生徒たちの卒業資格を危うくした学校側の責任は小さくない。/その一点をもってもこの問題は深刻に受け止めるべきで、転じて実りある改革の礎としたい」と主張する。

 『朝日』は、「必修科目をきちんと学んできた他の高校の生徒たちは、「不平等だ」と怒るに違いない。その気持ちはよくわかる」としながら、「必修漏れの生徒がこの時期に受験でしわ寄せを受けるのは忍びない」として、「必修科目を勉強しないまま卒業した生徒は過去にもたくさんいたはずだ。こうした生徒をどうするか。本来なら卒業できないのだが、いまさら蒸し返すのは現実的ではあるまい」と主張する。しかし、必修科目をきちんと受けた上で、受験した生徒たちは、どうなるのか? その生徒たちが、受験で不利を受けために試験に落ちた、どうしてくれると訴えたら? 「まじめに努力した者が報われる社会を目指す」というスローガンはどうなるのか?

  なるほど、『朝日』の言うように、すでに卒業してしまった者に、改めて、卒業を取り消すだの、必修科目を履修させるというのは、極めて難しいことだ。しかし、多くが進学校であったことを考えると、卒業生の多くが、大学に入っている可能性が高いのだから、なんらかの打つ手があるかもしれない。一応、それを具体的に考えてみる必要がある。その上で、どうしようもないという場合にだけ、特例を認めるということにすればいい。『朝日』は、あきらめが早すぎる。なるほど、これを契機に背景などについて考えてみるのはいいことだ。しかし、「大学は入試の科目と問題を指導要領に沿ったものにする。指導要領は共通に学ぶべき内容を厳選する。公立校に週5日制を義務づけている法令もゆるやかにする」というのは、明らかに二重基準であり、混乱の元である。大学入試科目を減らすなら、公立校は週5日制でよいし、それに私立を合わせるのがいい。全体に、『朝日』は、エリート主義的で、それは、公教育というあらゆる階級階層がいる場にふさわしくない。

 『読売』は、「受験科目以外の教科を学ぶ必要性を、生徒に説得することが教師の役目だったのではないだろうか。「受験に不要」の理屈がまかり通れば、体育や芸術、家庭科などの授業も意義を失うことになる」、『産経』は、「高校は予備校と違い、社会生活に必要な幅広い知識やマナーを身につけさせる公教育の場である。受験対策も大切だが学習指導要領に定められた必修科目はきちんと履修させてほしい」と述べ、高校教育の目的は、受験科目だけではなく、もっと幅広い知識やマナーの収得にあるという点を指摘している。

 ただ、両紙は、必修科目に日本史を入れるという最近の保守派の考えをにじませていて、この問題の本質ではないところに議論をそらせるようなやり方をしている。必修科目が世界史か日本史かなどということは関係なく、受験科目に合わせて必修科目を履修させなかったことが問題なのである。どんな教科が必修となっても、同じことが起きるということである。なんで関係ない話をついでのようにちょろっと入れるというような姑息なことをしてしまうのだろう。

 単純に考えると、すでに必修に当てるべき時間を受験科目の学習にあてていた高校の受験生とそうでない受験生の間には、倍の差がついていることになる。もちろん、試験の成績は、実際には、授業時間数に単純に比例するわけではないだろうが、それでも競争条件に不平等が生じたのは間違いない。すでに受験科目で進んでいる方にハンデをつけるか、まじめに必修科目をすべてこなした不利な側の受験生に特別な配慮をするなりして、入試の競争条件をできるだけ平等にならすことである。事件が発覚した以上、これらの進学校などでずるがあったことは、そうでないところの高校でも知ったのだから、その情報をもとに、新しい対策を立てることが可能である。全高校に特例として、これ以上の必修科目の履修を中止して、受験科目の授業に振りかえることを認めるか? いずれにしても、問題は深刻で、教育再生会議の議論にも影響が出ることは必至である。『産経』『読売』は、迅速に結論を出すように主張していたが、そうはいかなくなったようだ。

 

<履修不足>「逸脱」の手段さまざま 学校側なりふり構わず(『毎日新聞』 10月27日)

 全国各地の公私立の高校に広がっている履修単位不足問題。単純に卒業に必要な科目を教えなかっただけではなく、「世界史的に地理を学んでいた」などの理屈で異なる科目を一体化させて履修させたことにしたり、表向きの時間割と実際の授業の内容が異なっていたり、学校によりさまざまな手段で「逸脱」が行われていた。「受験優先」のためには、なりふり構わない学校側の姿勢が浮かび上がった。【佐藤敬一】
 履修不足は最初に発覚した地理歴史だけではなく、情報や保健など多くの科目にわたっている。このうち、地理歴史では必修の世界史1科目に加え、日本史、地理から1科目を選択する計2科目履修しなければならないが、1科目しか履修させていなかった。
 栃木県の県立宇都宮女子高では「世界史的に地理を学んでいた」として異なる2科目を一体化させて教えることで2科目とも履修とした。県立大田原女子高でも理系の3年生80人が「地理の授業で世界史もまとめて学んだ」として地理Bと世界史Aを履修したことにしていた。
 2科目を合わせながらも内容が1科目だけに偏っていた学校もある。
 長野県立伊那弥生ケ丘高では、全員が1年時に地理を、2年時には世界史を履修した形になっている。しかし、2年時には(1)世界史だけを学ぶクラス(2)日本史と世界史を学ぶクラスに分かれ、(2)については事実上は日本史の授業が行われていたという。
 宮崎県立宮崎大宮高でも、社会科の授業で受験に必要な科目に絞った内容の授業が行われていた。児玉淳郎教頭は「受験を考えた時に絶対的に授業時間が不足しており、偏った内容の授業をしてしまった」と説明した。
 掲げた「看板」と内容が違っていたケースも多いとみられる。福岡県立鞍手高では、時間割では必修科目である世界史Aとなっていながらも、実際には地理Bの授業を行っていたという。
 静岡県立下田北高では、昨年度初めに教育課程表の「地理歴史」部分に2科目と書いて県教委に提出したが、実際は1科目しか履修させずに卒業させていた。村野好郎教頭は「受験科目を優先して指導したところ、もう一つの科目にいく前に卒業がきてしまった」と説明する。

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コメント

はじめまして。
実際、受けていない教科を、受講したと、記載したのですから、先生たちのやっとことは、公文書偽造の罪(刑法第155条第1項)そのものではないでしょうか・・・。教育の反面化現象とでも言いましょうか。倫理社会と言うのもありましたが、有名無実化か。

投稿: 反ちゃん | 2006年10月27日 (金) 23時12分

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