« 10月23日三つの教育関連記事 | トップページ | 教育再生論議その他について »

日本教育機構正式発足

 10月21日、日本教育再生機構が正式発足した。顔ぶれは、「日本会議」系などの保守派の中でも、自民党右派と結びついた親米だし、妙なへりくつばかりを並べている者だの、幽霊信者たちである。翌日に第1回の「教育再生 タウンミーティング」なるものを都内で開催したが、鳴り物入りで、大同団結を目指したわりには、700人の参加者しかなかった。そこに、教育担当の首相補佐官の山谷えり子参議院議員が祝賀メッセージを寄せている。その中身は、ほとんど、安倍総理の所信表明演説の教育の部分と同じである。この機構が、そもそも安倍総理の誕生に期待し、その民間支持組織たることを目指していることから、当然である。山谷首相補佐官は、安倍総理の分身として選ばれたのだから。

 そして、それは当然、安倍総理の教育再生策が、学力主義か規範主義かという点で、どっちつかずであることを反映している。しかし、山谷補佐官の方は、むしろ学力主義の方に傾いていて、「高い学力と規範意識を身につける機会を保障するために、公教育を再生します。学力の向上については、必要な授業時間数を十分に確保し、基礎学力強化プログラムを推進いたします」と述べている。学力向上のために授業時間数を増やすとなれば、規範意識を身につける機会は減る。偏差値と規範意識には比例関係はない。要するに、ただの混乱だ。「ゆとり教育」もだめなら「学力主義」もだめというのは目に見えている。規範意識を計画的意識的に教育しなければならなくなったということは、それだけ、地域や家族が壊れてきていることを意味している。それは、教育だけでは解決がつかないのである。

 それに対して、まともな解決策を述べている者が、少なくとも、教育再生機構のホームページ内の文書を見る限りは一人もいない。ひどいのは、どうせこんなことは実現困難だと認めつつ、自説を述べている小浜逸郎という人だ。「こりゃだめだ!」という文章である。渡辺昇一上智大教授は、得意のコミンテルン陰謀史観で、問題を他人のせいにするというサムライ魂に反することを平然とやっている。二宮清純氏は、サムライとは勝ち負けを超えた境地に生きる者なのに、ワールドカップでの負けにこだわって、「サムライを!」と書いている。

 渡辺拓殖大学長は、日本語は、もともと共同体言語であり、だからこそ主語抜きで通じるというのに、共同体抜きに、「はるか遠い過去から現在にいたるまで、日本の無数の民草が営んできた「生」の現在における意味の集約が、いま私どもが毎日使っている日本語である」などと言い出す始末。共同体をつくることが、日本語を生かすことなのだ。だから、「真の改革者とは、純正な保守主義者でなければならないのである」というのは間違いである。間違った改革は、死んでもやってはならないのである。

 「新しい歴史教科書をつくる会」の小林正会長は、「子どもたちに「誇りと希望」を与えるべきである」というが、子どもたちがそうなるためには、子どもたちの孤立状態を解消することだ。歴史教科書の記述は、それとは無関係だ。屋山太郎氏は、「現場の慣習や惰性を一切捨て去り、新しい発想で教育を見直して欲しい」という「革新」主義者である。慣習や自生的秩序を強調する西部氏とは同じ保守でも水と油である。まさに、屋山氏はアメリカ流の保守主義で、進歩主義者なのである。しかし、この点は、「学校4・4・4制」を主張する小浜氏も同じである。保守派が、改革論をそれぞれぶちあげるというのは、どうしたことか? 彼らは、混乱し、どうにかしてしまったのだろう。これでは保守派のイメージが台無しじゃないか!

 「新しい歴史教科書をつくる会」が内紛騒ぎをきっかけに支持を失いつつあるように、保守派の著作物も売れなくなっている。この「タウンミーティング」もわずか700人。また、「日本会議」のメンバーの新興宗教団体のいくつかが内紛でがたがたしている。後は、安倍政権にすり寄るしかないのか? いやらしい話だ。しかし、今後、安倍政権の「不道徳」が発覚するのは避けられないだろう。「道徳・道徳」と大声で叫ぶ者が、もっとも不道徳であるということは、これまでの新興宗教団体の教祖の犯罪行為の発覚でも、政治家の腐敗やスキャンダル事件でも繰り返しみてきたことである。安倍政権からは、そんな腐敗臭が臭っているのではないか? 

 山谷えり子氏(内閣総理大臣補佐官)より会場に寄せられた祝賀メッセージ

 教育再生民間タウンミーティングin東京が、教育行政にかかわる皆様や教育改革に高いご関心をよせていただいている多くの皆様のご参加のもと、盛大に開催されますことを心よりお慶び申し上げます。
  「美しい国、日本」を創るために、次世代を背負って立つ子どもや若者の育成が不可欠です。子どものモラルや学ぶ意欲が低下している昨今、子どもを取り巻く家庭や地域の教育力の低下も指摘されております。
  教育の真の目的は、志ある国民を育て、品格ある国家、社会をつくることでございます。
  家族、地域、国、そして命を大切にする、豊かな人間性と創造性を備えた規律ある人間の育成に向け、教育再生の船はすでに出航いたしました。
  多くの国民の期待をうけ、今般内閣に発足した「教育再生会議」では、すべての子どもに高い学力と規範意識を身につける機会を保障するために、公教育を再生します。学力の向上については、必要な授業時間数を十分に確保し、基礎学力強化プログラムを推進いたします。
  また、教員の質の向上に向け、教員免許の更新制度の導入や、学校同士が切磋琢磨して、質の高い教育を提供できるよう、外部評価を導入いたします。
 航海は太陽の光がふり注ぐ穏やかな日々だけではございません。嵐の日も暗黒の海に臨まなくてはならない時もあります。政府もしっかりと舵をにぎり、クルー全員が一丸となり目的地まで進んでまいりますので、国民とともに皆様のお力添えを賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
内閣総理大臣補佐官・参議院議員
山谷えり子

|

« 10月23日三つの教育関連記事 | トップページ | 教育再生論議その他について »

「教育」カテゴリの記事

コメント

「まともな解決策を述べている者が一人もいない」に同感だ。「間違った改革」を繰り返さない、「間違った改革」で時間を空費しない手筈も皆無だ。
◇教育再生の鍵は何であるかなどの戦略性を一切欠いた平凡な人寄せパンダ的催し物
http://medialiteracy.blog76.fc2.com/blog-entry-451.htmlという拙論を参考にして欲しい。

投稿: 知足 | 2006年10月25日 (水) 11時37分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 10月23日三つの教育関連記事 | トップページ | 教育再生論議その他について »