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第2章の補論A 利潤率の傾向的低下の法則

 次は、利潤率の傾向的低下の法則についてである。これは、マルクス『資本論』第三巻第三編にあるものだが、第三巻は、欠落の多い草案をエンゲルスがなんとか整理してまとめたものである。『資本論』草稿研究は現在も続けられている。
 
 スウィージーは、この法則についての三つの誤った解釈を処理する。
 
 第一の誤った解釈。利潤率の低下と蓄積に向けうる利潤(剰余価値)量の減少を混同し、マルクスはこの法則によって資本主義の窮極的没落の説明を意図したと結論づけるというもの。しかし、マルクスは、「かくして、利潤率の累進的低下にもかかわらず、資本によって雇用される労働者数の絶対的増加、資本によって動かされる労働の絶対的増大、資本に吸収される剰余労働量の絶対的増大、その結果としての資本によって生産される剰余価値の絶対的増大、したがって生産される利潤量の絶対的増大―は、ありうる。単にありうるのみではない。資本主義生産の基礎の上では―一時的な変動は別として―そうならざるをえないのである」と述べている。
 
 第二の誤った解釈。この法則を予言として扱うこと。しかし、マルクスは、「傾向」という言葉を使っていて、「法則」とは名付けなかった。
 
 第三の誤った解釈。「マルクスはこの法則を、恐慌と景気循環の両者あるいはいずれかの理論とすること、または少なくともそうした理論の基礎とすることを意図していたとするものである」。「この法則の内的矛盾の展開」という章は、「前の二つの章で述べられたこの法則にもとづくものではなく、むしろ、普通、実現の問題と呼ばれるものあるいは信用制度の気まぐれに関連しているもの、ということを示している。そしてこれらの問題は、すべて利潤率の長期的な傾向とはまったく別のものなのである」。
 
 この法則の重要性
 
 リカードを先頭とする古典派経済学者たちは、この法則を不可避的な趨勢と規定し、その教義ゆえに「陰鬱な学問」と呼ばれていたという。それがどのようなものかの説明は省いて、結論だけをあげると、経済過程は、資本家が蓄積の誘因を失う点まで達し、J・S・ミルが述べた静止状態に至る。それを避けるには、穀物法を廃止して、肥沃土の劣る土地に依存しないようにすることである。「こうして、イデオロギー的にも政治的にも、古典派経済学は、勃興しつつあるブルジョアジーにとり、その自由貿易と土地貴族への支配とを求める闘いにおける、偉大な武器となったのである」。
 
 マルクスは、これを否定し、資本は、科学・技術の進歩を、労働の犠牲のもとにそして資本に有利なように、利用して、収穫逓減の法則を働かせなくすると言った。マルクスは、マルサス派の人口法則を否定し、資本主義を激しい力を内部に秘めつつ、人間労働の生産力をいちじるしく増大させるという歴史的使命をもった制度として把握した。もちろん、マルクスは、それが排除も克服することもできない本質的に矛盾を背負った制度であることを明らかにしたのだが。
 
 「マルクスは、利潤率の傾向的低下の法則を、これらの矛盾の激しさと不可避性とをはかる決定的に重要な指標とみなしていた」。
   
 この法則の根拠

 商品価値w=不変資本c+可変資本v+剰余価値s
 
 利潤率pは、剰余価値の総資本に対する比率であり、上価値率s’は、可変資本にたいする剰余価値の比率である。また、不変資本の可変資本にたいする比率は、資本の有機的構成oである。これらの内的関連を表す式は、
 
 p=s/c+v=s/v/(c+v)+(v/v)=s’/o+1
 
 ここから、利潤率は剰余価値と正比例で変化し、資本の有機的構成と反比例で変化することが導き出される。
 
 計算式上は、いろいろと空想的な結論を引き出すことができるが、現実には、有機的構成の変動の範囲は、剰余価値率のそれとだいたい同程度である。マルクスは、有機的構成が、剰余価値率より急速に上昇すると考えたが、それは、彼が、産業革命の絶頂期を体験していたからである。19世紀のイギリスでは、マニュファクチァー段階から、近代工業への移行期であり、成熟した資本主義になる途上にあった。生産手段を生産する第Ⅰ部門は、経済の決定的な部門になるまで成長した。それに対応していたのが、社会の総資本の有機的構成の高度化であった。「このような状況下では、マルクスが、問題はなぜ利潤率が低下するのかではなく、なぜその低下がもっと急激かつ急速ではないのかと考えたのは、少しも不思議ではない」。
 
 要するに、マルクスの利潤率の傾向的低下の法則は、19世紀の資本主義の条件に根ざしていたのである。手工業から機械工業への移行期には、労働生産性の増大は、資本の有機的構成の高度化をもたらすとみなすことができた。それは、通常、剰余価値率の上昇をもたらすが、後者が前者を上回るとする理由はない。だから、利潤率が低下する傾向について述べることは理にかなっている。
 
 産業の機械化が広まれば、局面が変わる。資本家が労働生産性を高める方法(利潤率を上げる方法)は、生きた労働力を機械に置き換えるだけではなく、機械と行程をより生産性の高いものに置き換えることでも行う。この場合に、資本の有機的構成が高くなるか低くなるかを特定する理由がない。剰余価値率は増大するとみなすことができるから、利潤率の傾向的上昇について語ることは理にかなっている。
 
 統計資料からは、19世紀から20世紀に入るまでは、マルクスの想定どおり、資本の有機的構成は上昇している。アメリカでは、資本の有機的構成は、1919年までは上昇したが、20年代は水平に推移し、それ以後は下降している(深刻な大恐慌によってその傾向が消し去られた1930年代初期を除いて)。このことから、発達した資本主義諸国で、現在、資本の有機的構成が必然的に低下するとか、将来、低下のみが可能だというかいうことはできない。
 
 利潤率の歴史的な変動にかんしての信頼できるデータはない。現実の利潤率の歴史的変化は、剰余価値率や資本の有機的構成の変動によってのみではなく、マルクスが「反対に作用する諸原因」に含めた要因を含む多様な諸要因によって規定されている。

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