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『朝日』社説「中南米「選挙の年」の教訓」によせて

 11月26日付『朝日』社説「中南米「選挙の年」の教訓」は、このところ続いている中南米での左派・中道左派政権の誕生について書いている。

 今年は、中南米諸国では、チリを皮切りに、コスタリカ、ペルー、コロンビア、メキシコ、ブラジル、ニカラグアと大統領選挙が続き、12月3日のベネズエラで終わる。アルゼンチン、ウルグアイ、ボリビア、ブラジル、キューバが左派政権で、右派政権は、メキシコとコロンビアなど少数である。ベネズエラでも、現職のチャベス大統領の再選が確実と言われている。メキシコの先の選挙では、票差がわずかだったために、敗れた左派候補陣営は、不正選挙疑惑を追及している。さらに、新政権は、オアハカ住民の決起に対して、武力弾圧に乗り出している。メキシコは、北部と南部の分裂が拡大しており、右派政権は、北部を代表しているにすぎない。

 こうした左派政権続出の中南米で、「左派といっても、冷戦時代のように社会主義を目指す政権は少ない」と社説はいう。確かに、社会主義を目指している政権は少ない。「中南米に共通する悩みは、市場経済を重視する「新自由主義」で貧富の差が拡大したり、外資導入への反発から排外的な経済ナショナリズムが強まったりしていることだ」というのもそのとおりだろう。90年代、中南米の右派政権の多くは、新自由主義路線をとって、貧富の格差が拡大したり、外資が主要な産業をコントロールする事態に陥った。そのことが、今の左派政権続出の背景にある。

 それに対して、『朝日』は、「この地域の繁栄のカギを握るのは、まず農村の安定だろう。競争力の弱い農業を抱えるメキシコやペルー、ボリビアなどでは、農村の貧困を背景に急進的な政治闘争が強まり、都市部では流民のスラムが深刻な社会問題になっている」という。確かに、この地域の農村は、多国籍資本に従属させられている。市場支配力を握っているのは、多国籍農業資本(アグリビジネス)である。農産物の巨大消費市場である欧米諸国は、農業補助金、輸出奨励政策などで、国内農業の保護を行っていて、第三世界の農産物を自由に流通させないようにしている。EUの場合には、さらに環境・安全問題に絡めて、農産物の質に高い制限を設けている。それだけの農産物の質を高めるためには、農業投資が多く必要になるが、そんな余裕のある第三世界農民は少ない。EUでは、農産物輸出国に、EUの課した基準が守られているかどうか、産地に検査官を派遣して、厳しくチェックしている。

 「競争力の弱い農業を抱えるメキシコやペルー、ボリビアなどでは、農村の貧困を背景に急進的な政治闘争が強まり、都市部では流民のスラムが深刻な社会問題になっている」。 また、「改革の一つのモデルはブラジルだ。外資導入で工業製品の輸出を伸ばす一方で、貧困層には補助金を出して、不満をやわらげている」のだが、この場合も、大規模産業は、外資に握られていて、政策選択の幅がかれらの意向によって限られている。

 そして、『朝日』は、「貿易自由化の押しつけと映る米州自由貿易地域(FTAA)構想、農村の実態とかけ離れたコカ栽培の撲滅作戦、キューバに対する過度な禁輸措置など、米国の強引な政策が地域からの反発を招いているのは明らかだ」とアメリカの中南米政策を批判する。確かに、アメリカは、中東対策で手一杯で、中南米を忘れていたような感じである。90年代にこの地域に新自由主義を押しつけたのは、アメリカだったのだが。

 「「選挙の年」の教訓は、農村の実情と市場経済とを調和させる政策の重要性だ。そして、米国には従来のような押しつけではなく、地域の安定や繁栄につながる現実的な政策へ転換を求めたい」というのが『朝日』の教訓だ。「農村の実情と市場経済を調和させる」のだそうだ。『朝日』は、目の前の日本の農村の実情と市場経済の関係を教訓にできたはずだが、そうしない。日本では、市場経済と農村の実情は、調和できたのだろうか? できたと答えたら、日本の農民から失笑を買うだろう。欧米は、農業対策にいくらつぎ込んでいると思っているのか? 多額の予算を使ってまで、域内農業を保護しているのは、世界市場の支配権を握り続けるためであり、また、資本主義体制を維持し続けるためである。古典派経済学が、収穫逓減の法則による資本制経済崩壊におびえ続けていたことを思い起こすといい。かれらが、自由市場経済を野放しにしていおけば、やがて資本主義自体が崩壊してしまうという理論的結論に達してから、市場外に、幾重にもセーフティーネットを張らなければ、大変なことになるとして、中には、社会主義者まで出たことを。

 最近の新自由主義経済学者の中には、収穫逓減の法則はないと否定する者もいるようだ。それなら、完全市場経済化をやってみるがいい。実験はしたが、みんな途中でそれを放棄したではないか。ニュージーランドも、イギリスも、そして中南米諸国も。日本は、一周遅れで、市場経済の進歩性などということを言っているが、これこそ「井の中の蛙 大海を知らず」である。それとも、『朝日』は、中南米は遅れていて、こういう過去の政策で間に合うとでもいうのだろうか。メキシコでは、サパティスタが、共同体復権と協同組合経済の建設を進めている。ベネズエラのチャベス政権は、豊富な石油からの収入を貧困対策にあてている。ボリビアの新大統領は、コカ栽培を主に行っている先住民共同体を破壊するアメリカのコカ撲滅策に抵抗を続けている。要するに、これらは、農村共同体を破壊する市場経済化ではなく、共同体を再生し、共同労働・共同消費の組織化によって、農村の建て直しをしようとしているのである。それが、本来の共産主義である(共同体主義、コミュニズム)。

 それに対して、『朝日』は、リベラルであり左翼であっても、資本主義内左派・改良派であって、反共ではないだろうが、非共産主義なのである。そのことは、西尾幹二氏のような保守思想家でもわかる人にはわかる。

 11月24日「西尾幹二のインターネット日録」「日本の良さ 競争主義によって崩壊する」 は、冒頭で、「日本では「保守」といえば「反共」と思われがちだが、本来は違う」と述べている。

 氏の考える保守とは、「簡単に言えば「昨日までの暮らしを変えたくない」という「暮らしへの守り」のようなものだ。「保守的態度」というものはあるが、「保守主義」というものはない。「保守思想」というものがあっては逆にいけない。思想になった途端、保守は「反動」になる」という。そして、「公平の観念とマーケット至上主義は、完全に逆の位置にある。日本が地域の文化を大事にするのは欧州と似ている。米国のような極端な平等主義、観念的な競争主義がないのも欧州と似ていた。米国は保守ではない」という。この基準からすれば、「日本の保守はこの十数年で崩れ、今後はもっと崩れてしまう恐れがある。私たちの文化、暮らし、歴史を守ることと「アメリカニズム」は両立しないのだが、安倍首相は分かっていないのではないか」ということになる。

 日本の保守化という人がいるが、それは間違いで、実は、ここ十数年で保守は崩れていっているというのである。確かに、例えば、日本教育再生機構のHPには、「改革」の文字が踊っている。「新しい歴史教科書をつくる会」もまた、西尾氏が止められなかったほど、変化を強く打ち出している。経済界はこぞって、「ぶっ壊す」ことに夢中である。どこが保守なのか疑問である。むしろ、戦後60年のシステムを守れと言っている革新側の方が、保守的に見える。

 「改革病」は、左右を問わず感染していて、その点では『朝日』だろうと『産経』だろうと変わりがない。アメリカに対して、『朝日』がつきつけているのは、アメリカのリベラル派・アメリカ民主党が、共和党政権につきつけている要求のレベルとたいして変わらない。しかし、中南米の深部で起きていることは、はるかに根源的で、共産主義的なものであることを、メキシコのサパティスタの存在が示していることを、見逃してはならない。

 なお、西尾氏は、与党政府の教育基本法改「正」に反対だそうだ。理由は、良いことばかりが書かれていて、悪が書かれていないからだという氏独特の価値観によるものだ。 

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