« 保守の低レベルを示す一記事 | トップページ | 中間層主義の『朝まで生テレビ』 »

映画「たそがれ清兵衛」を観て

 藤沢周平原作の映画「たそがれ清兵衛」(山田洋次監督)をやっていたので観た。

 この作品での山田監督の作品に多い印象的な自然の描写の一つは、藤沢作品の多くの舞台となっている海坂藩の盆地のへりにそびえる山の姿であった。それは、中央アルプスのような険しい高山ではなく、山頂まで落葉樹・針葉樹が混じる程度の山々である。このような山の麓沿いにはたいてい集落があり、家が並んでいる。
 
 しかし、主人公清兵衛が住んでいるのは、山側ではなく、平地の城下町で、丘の上に築かれた城の周囲に拓かれたところである。海坂藩は、藤沢周平の故郷、山形県鶴岡市がモデルだという。江戸時代は、酒田氏の鶴岡藩(庄内藩)である。
 
 この話の時代は、幕末で、3年後の官軍対奥羽列藩同盟との内戦で、清兵衛が官軍の鉄砲で撃たれて死んだというから、慶応末年頃である。慶応2年(1866年)6月7日に、第二次征長戦争が起きた。いうまでもなく、ペリー来航、日米和親条約締結、開港、安政の大獄、蛤御門の変、一揆・打ちこわしの頻発、等々、世情は騒然としていた。
 
 奥羽の小藩にすぎない海坂藩も、この幕末の激動に無縁ではなく、藩上層部の派閥抗争に巻き込まれた元浪人が、藩主の死によって敗北した派閥の一員として切腹させられようとしたのに反発して逃亡をはかり、廃屋に立てこもるという事件が起きるが、この男は、もはや藩や武士の時代が終わることを見越して、武士の論理による切腹を拒んだのである。男を討ち取るために、刺客が送られたがことごとく返り討ちにあい、清兵衛にその役が命じられることになる。
 
 物語は、妻を病気でなくしたばかりの小禄の下級藩士の清兵衛が、二人の幼い娘と認知症の母親と同居しながら、清貧の暮らしの中で、日々を送っている姿から始まる。清兵衛は、毎日、登城して、事務仕事を定刻までこなし、同僚と酒を飲むこともなく、まっすぐ帰宅し、小さな畑を耕している。
 
 小うるさい本家の叔父が縁談を進めても断る。髪を整え、足袋や衣服の破れを繕ってくれる者もない。同僚たちは、清兵衛に「たそがれ清兵衛」とあだ名を付けている。ただ、その彼も、若い頃は、小太刀を使う戸田流の師範を努めるほどの腕前である。

 そこに幼なじみで親友の妹が、酒癖の悪い上級武士の暴力夫の元から逃げ帰って、実家に出戻ってきた。再開した二人は、惹かれ合うが、清兵衛は、一緒になるのは、彼女を不幸にするだけだと考えて、自分の感情を抑えている。
 
 そこに、派閥争いに敗れた側で、切腹を命じられた男が、それを拒否して、廃屋に籠城して、派遣されてくる刺客を返り討ちにした。そこで、小太刀の使い手の清兵衛が、刺客を命じられる。死を覚悟した彼は、彼女を呼びだし、身支度を頼む。そして、出発間際に、自らの思いを告げるが、彼女は、数日前に縁談を承諾したばかりであった。
 
 籠城する男は、清兵衛に逃がすよう頼むが、清兵衛が自身を持っているように感じて、プライドを傷つけられたと思って、清兵衛に斬りかかる。しかし、清兵衛が、見抜いていたように、食事も食べず、睡眠も取れていない男には、清兵衛を倒す力がすでになかった。清兵衛は、なんとか男を逃がそうとするが、男は清兵衛に斬りかかり、ついに、清兵衛に斬られ、死ぬ。
 
 任務を果たして帰宅すると、すでに居ないと思っていた彼女が待っていた。そして彼は彼女と一緒になり、三年後に、官軍との戦闘で、鉄砲に撃たれて死ぬのである。その後、彼女は、二人の娘を連れて東京に出て働き、育てたという後日談が語られる。
 
 この頃、山形県でも、一揆・打ち壊しが頻発していたが、鶴岡藩でも、慶応2年(1866年)に、長州戦争にともなう米価騰貴に、米価引き下げと施米を求める都市・山村漁村の日雇雑業者たちの騒動があり、慶応4年(1867年)には、平野部農民の年貢全免を求める一揆が結ばれ、それが、明治2年(1869年)10月に天狗党による騒動に繋がる。
 
 庄内では、幕末までに、広範に地主小作関係が成立していて、巨大地主が、一村全てを小作化している例も多く、かかる巨大地主は、商人・町人地主になっていたという。それを示す入作与米制度があった。
 
 物語は、家老はじめとする上層武士の腐敗・堕落に対して、藩がなくなったら農民になるという「たそがれ清兵衛」の清貧だが自己の信念を貫く生き方を対象的に描き、後者に暖かく、評価して描かれている。武士よりも農民的な生き方の価値を高く評価しているが、大地主と小作人に分解した農民の共同体的諸関係、小作農民たちの抵抗、一揆に表れた共同体的価値観と規律・倫理といったものがないことで、清貧なる下級武士の個人的倫理観の顕揚に止まっている。いわば、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムと資本主義の倫理』で描かれたようなプロテスタンティズムの個人主義的な倫理に似たようなものであり、それが武士階級内の上層下層対立の下層側にあるというような感じである。
 
 したがって、共同体的農民が、入会地などの共有地、山など自然との深い関係から来るところの倫理観をその民話や歌や儀式・祭りなどに残したのに対して、清兵衛は、庭先の小さな畑を一人で耕すだけの個人生産者としての農民を夢見るだけなのである。残された妻は、都市に出て、労働者として子ども二人を育て、女学校を出した。農村的関係から離れ、都市に出ていく。そのころ、庄内の小作農民たちは、一揆を結んで天狗党騒動に立ち上がるのである。
 
 この映画は、近代の出発点を見せてくれるもので、いわば近代神話の原型を純粋に示してくれるものである。強く惹かれるものだが、しかし、すでに時代は、ポスト近代に入りつつあるので、どうしても批判的に観ざるをえない。

|

« 保守の低レベルを示す一記事 | トップページ | 中間層主義の『朝まで生テレビ』 »

雑文」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。