25日『毎日』の二つのコラムによせて
柳沢伯夫厚生労働相の「産む機械」発言が大いに物議を醸していたころのある日。深夜に突然、戦前の哲学者、戸坂潤の『日本イデオロギー論』(岩波文庫)を本棚の奥から引っ張り出した。自分でもなぜ読みたくなったのか、訳が分からない。ページを繰るうちにこんなくだりを見つけて、ようやく納得した。
<(東京市内で小学6年生2万人の家庭を調査した結果は)九割までが両親とその子供だけからなっている純然たる単一家族であって……>
調査時期は文脈からみて1930年代。一般的な戦前の家庭イメージとは違い、この時期の東京ではかなりの核家族化が進んでいたようだ。戸坂はこれを論拠に、当時の「家族主義者」たちの主張が現実を見ていないと批判している。
さて、私がこの本を読みたくなった理由はここから。戸坂はマルクス主義に傾倒した人物だ。マルクスは、労働者の休養や食事を「労働力の再生産」と呼ぶ。さらに、子育てを「世代間の労働力再生産」ととらえる見方もある。私は「産む機械」発言でつい、この言葉を連想した。ついでに、戸坂が家族問題を語った一節が頭のどこかによみがえり、それを無意識に確認すべく本を開いたのが、ことの次第である。
そういえば近代経済学にも、「人的資本」なる言葉があった。「人的資源管理」は経営学の一分野。つまり社会科学には、結構、人間をモノのように見なす用語がある。だからといって、柳沢発言をそれらと同列に扱ったり、ほめたりするつもりは全くないが。
ちなみに、私も娘1人を「再生産」している。厚労相の言う「健全」な気持ちはあれど、現実の諸事情により2人目の再生産は難しそうである。【鈴木英生】(『毎日新聞』2007年2月25日)
コラム「千波万波」は、マックス・ウェーバーの『プロテスタントの倫理と資本主義の精神』に対する批判である。通称『プロ倫』の中で、ウェーバーは、資本主義は、厳格なカルビン派のオランダ、イギリス、アメリカで発展したのは、禁欲的労働が神による救済を革新させたからだと書いた。
北欧諸国も、苦しい時期があり、それなりの新自由主義的な荒療治も導入したのだが、福祉国家という基本は崩さなかった。それでも、国際競争力を高めることができ、経済活力が強まった。英米のように格差拡大固定化にあまりならずにそれができたのである。それは、サッチャー・レーガン・モデル、新自由主義の現実的破綻を意味する。
ルター派的レジャー精神=潮田道夫<せんぱばんぱ>
専門家の間では、略して「プロ倫」というそうだ。確かに、正式名称は長過ぎるきらいがある。
マックス・ウェーバーのあの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」のことである。
キリスト教の改革派プロテスタントたちは、禁欲的労働に明け暮れた。それが神による救済を確信させてくれたからだが、結果として資本主義が大いに発達した。そういう説である。
プロテスタントのなかでもより厳格なカルビン系のオランダ、英国、米国と、相対的に穏便なルター系のドイツや北欧諸国を比べると、カルビン派の資本主義がより発展した。
と、教科書は教えるのだが、近年の北欧諸国の発展のめざましさはどうだ。国の競争力でも政府の清潔度でも、世界ランキングの上位を独占している。子どもの学力テストをすると、米国や日本を上回る。
先月のフィナンシャル・タイムズが、これは軟弱に見えるルター主義のカルビン主義に対する勝利ではないか、と書いていた。
北欧諸国では「日曜に教会に行ってもカラッポ」で宗教心旺盛とはいえないそうだ。しかし、レジャー精神に富んでいる。労働時間は日米独より短いが、仕事場ではムダ話をしない。効率よく働いてさっさと山歩きにでかける。これが21世紀型の活力を生む。
政府は「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入を考えていたが「残業代ゼロ法案」と批判され、提案を引っ込めるそうだ。
政府が言うように、賃金を労働時間の長さでなく、労働の成果で決めるということであれば、ルター的で現代に適合した考え方ではなかったのか。それが信用されなかったのだから、この政府の徳のなさにも困ったものだ。
話はずれるが、三島由紀夫がある座談で古代ギリシャのスパルタを批判していた。スパルタは遊ぶ間もなく子どもを集団教練に追い立てた。しかし、スパルタからはついにオリンピックで金メダルをとる選手があらわれなかった、と。
社員がやたら残業をしている会社は、結局、よい製品を生み出せない。そういう会社だらけの日本国も危うい。諸君、国を思わば明日から残業をやめ、週末は山を歩こう。(論説室)
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