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9条改憲阻止、反安保反戦、4・28沖縄デー

 今年の5月3日憲法記念日は、大きな節目となる記念日となりそうだ。自民党は、公明党に配慮して、改憲のための国民投票法案の5月3日までの成立を先延ばししたが、同時に民主党案に譲歩しつつ、自公民による圧倒的多数での成立を目論んでいる。

 自民党幹部は、民主党が賛成しなくても、与党単独採決もあり得るとして、民主党を牽制している。このところ、強気の姿勢で、安部カラーを前面に出している安部総理としては、自分の政権の目玉である改憲に向けたこの手続き法を早期に成立させることで、さらに安部政権としての実績づくりとしたいところだろう。しかし、世論は、憲法論議にはあまり関心がない。つまり、この件で、安部政権は、丸裸だということだ。政治闘争のターゲットとして狙いやすいのである。

 連立を組む公明党は、集団的自衛権の行使を容認しておらず、太田代表は、先日、9条1項2項の改訂は認めないと主張し、自民党との憲法論議は厳しいものになるという見通しを述べている。国民投票法案の自民党案と民主党案の対立点は、投票年齢を18歳とするか20歳とするか、これを憲法に限らない一般的な国民投票法とする(民主党案)かどうか、等々である。民主党案と自民党案のもっとも大きな違いは、憲法観にあって、自民党案が、憲法を国民が国家への奉仕者とする基本的観点で書かれているのに対して、民主党案は、憲法は国民が国家を制限し、国家が国民への奉仕者であるという観点で書かれているということである。したがって、民主党案と自民党案は根本的に異なるもので、妥協の余地はほとんどないと言っていいものである。

 改憲手続き法についても、憲法が定める改憲手続きの法文化であり、民主党案の一般的な国民投票法とは趣旨が異なるものだ。この点でも自民党案と民主党案には、よほどの政治判断がなされない限り、ほぼ妥協の余地はないと言っていい。他に、憲法が規定するもので、法文化されていないものとしては、公務員の罷免権の具体的手続きというのもある。公務員罷免手続き法がないのである。憲法には、まだ具現化されていない規定がいくつもあるのに、改憲とはおかしな話だ。使い切っていないものを捨ててしまおうというのである。

 「日本国憲法」「第15条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

 15条の規定は、「すべて公務員」として、官僚を含む全公務員を対象とするように書きながら、実際には議員のみを指しているように見える。しかし、実際には、アメリカでも、教育委員は公選制であり、保安官もそうである。公務員一般という規定であれば、官僚も含まれると見るしかない。議員は、特別公務員であって、一般公務員と区別されているし、さらに消防団員などの見なし公務員というのもあって、公務員の中身も様々である。しかし、ここでいう「公務員」は、「すべて公務員」であるから、役人も含む公務員全員を指していることになる。つまり、この憲法規定上、国民の権利として、役人を含む全公務員に対する罷免権があるということになる。そこで、第16条は、「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない」と罷免を求める平穏な請願権を認めているわけだ。

 公務員に関する規定は、政治的規定であって、それぞれ法律・規則その他の権力規定を与えられている。間接民主主義・議会制民主主義の下では、公務員に関する諸規定・法の適用・改廃を通じて、その権限や職務・処罰その他について規定される。例えば、教職員に関しては、民間での解雇ではなく、地方公務員法の分限免職という処分規定があるが、これはあくまでも公務員の身分保証という基本観点からの行政権限による裁量措置であって、公平性の確保という点が地公法にあり、恣意的な措置に対して厳しい制限が付いているものである。東京都は、卒入学式における「日の丸・君が代」反対の教職員に対する分限処分を行っているのだが、それでも教員免許はそのままであった。ところが、安部政権は、問題教師の排除を主張して、分限免職者の教員免許を剥奪しようとしている。これは、地方公務員法の分限免職の身分保障という基本的観点を突破するもので、地公法の破壊に等しいものだ。もちろん、安部総理がどう考えようと、法案化する段階で、様々な意見が出てくる中では、安部総理のアイデアとは違ったものになる可能性がある。現在のような民間でも人手不足が深刻化しつつある情況では、民間との人材確保競争で、こういうことをやれば、公務員志望者が減っていくことも考えられる。いずれにしても、公務員をめぐる問題は、政治闘争を通じて解決される他なく、保守派が盛んに「日教組」の政治闘争を非難しているが、経済闘争と政治闘争が密接に絡んでいる公務員の場合は、そうならざるをえないのである。できないことをやれと言うのは、たんなる政治的策略であるから、言う方が悪いことははっきりしている。そんなことは制度的にやりようがない。そうしたいなら、制度を変えて、民間身分にしてから言えと返せばいい。それに気にすることなく、政治闘争と経済闘争を結びつけてやっていけばいい。

 安部総理は、「第96条 この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する」の国民投票の規定が具体化されていないから、これを実現したいというのだが、上記のように、他にも具体化されていない規定がある。それどころか、反対に、憲法第9条2項の軍隊放棄の規定に反する自衛隊が存在しているという既成事実を憲法条文化して、自衛軍保持を明記しようと狙っているのである。さらに安部総理は、改憲とあわせて、政府解釈を変更して集団的自衛権行使に踏み込むべきだとしている。それで、9・11事件のようにアメリカが攻撃されたら、集団的自衛権を行使して、イラク戦争やアフガニスタン戦争のような場合に、アメリカ軍と自衛隊が共同で軍事行動をとれるようになるわけである。アメリカは、対テロ戦争を終わりなきアメリカへの脅威を取り除く自衛のための先制戦争と位置づけているわけで、あくまでも防衛戦争だとしている。とすれば、日本が集団的自衛権を行使できるとなれば、NATOのように、アフガニスタンに自衛隊を派遣することもありうるということになる。

 安部政権の改憲の狙いは、戦争のできる国づくりであり、公に奉仕する愛国者が戦争に立つという「美しい国」をつくることである。しかし、今のアメリカのイラク戦争でもそうだが、戦争で儲けていい思いをするのは大金持ちであり、上級官僚であり、上の者たちである。命を失ったり、けがをしたりで、ひどい目にあうのは、そうではない多数者である。多数者が今のうちにしっかり声を上げて、そういう目にあわないようにしないといけない。

 改憲が政治焦点化してくる中で、昨年の6・15反安保・反9条改憲・反戦などを掲げる60年安保世代の集会デモが始まった。今年も、6・15集会・デモと10・21国際反戦デーの集会デモの準備が始まると共に、「9条改憲阻止の会」は、3月19日に国会前でのリレー・ハンストに突入した。この流れの中で、塩見孝也氏は、第二次ブントにとって転換点の一つになった4・28沖縄デーを復活させ、今年の4月28日に、集会デモを呼びかけている。ちなみに、1969年の4・28沖縄デーは、こんなものだったという。

 一九六九年四月二八日の「四・二八沖縄デー闘争」は、中核派、ブントに破防法―破壊活動防止法が適用され、当日の実行行為に関係なく中核派、ブント両議長など五人の両派幹部が同法第四〇条の「凶器もしくは毒劇物を携える多衆共同して検察もしくは警察の職務を妨害する罪」容疑で事前逮捕されたという点に、歴史的事件の重要性をもつ。
 この四・二八沖縄闘争に対し、中核、ブント、ML、第四インター、社労同の五党派が「総決起せよ」との共同声明を出し、さらにこれに共労党、統社同、反帝学評、さらに東大、日大、中大、教育大などの各全共闘が加わって「二九団体共同声明」を出した。
 四・二八当日、東京には全国から約二万人の学生、労働者が集まり、都心でデモを展開した。同夕、中核派の約二〇〇〇人を中心とする武装部隊が東京駅を占拠、杭木に放水(ママ)するなどして機動隊と衝突、数時間にわたって新幹線、国電などをストップさせた、全共闘、ベ平連などノンセクト部隊数千人も、群衆を加えて銀座でデモ、その一部は交番を襲い、敷石をはがして機動隊に投げるなど、衝突を繰り返した。他の赤ヘル部隊は、世田谷区代沢の佐藤栄作氏宅を火炎瓶で襲うなどした。(高沢皓司/高木正幸/蔵田計成『新左翼二〇年史』新泉社)

 佐藤政権が沖縄返還交渉を本格化させる中で、69年4・28沖縄デー、70年4・28沖縄デー(沖縄3万人、全国約20万人、全国全共闘・全国反戦・六月行動委員会(ベ平連)共催の明治公園5万人)、12月20日コザ暴動、71年9月25日、沖青委による皇居突入闘争、11月14日~19日の渋谷―日比谷大暴動、72年4・28沖縄デー闘争、5・15沖縄施政権変換協定粉砕闘争に全国で約20万人、等々。

 まあ、すごいものである。これぐらいのことがないと、衆議院で圧倒的多数を占めている与党は、国民投票法や改憲を強引に押し進めていくかもしれない。もっとも、発足当時70%前後あった阿部内閣の支持率も、30~40%台程度に下がっており、それはほぼ与党の支持率に近いから、もう「国民的人気」はないと言っていいだろう。ほぼ、自民党プラス高齢者が支持の中核である。公明党支持層すら安部離れを起こしつつある。統一地方選と平行する60年・70年安保世代の9条改憲阻止の国会行動・リレーハンスト、そして阿部内閣打倒を鮮明に掲げる塩見氏らの4・28沖縄デー闘争は、今流動化しつつある人々の政治意識と相互反響しつつ、それに方向性を与えるものとなるかもしれない。それは、6・15安保デー闘争に刺激を受け、8月参議院選挙の結果次第では、さらに人々の政治意識を活性化・流動化させ、10・21国際反戦デー闘争に一つの集約点を見いだすことになるかもしれない。どうなるかなどということは、あらかじめわかるものではない。人生と同じで、歩きつつ、走りつつ、時々休みつつ、動きながら考え判断していくしかないのだと思う。

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