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民法722条問題の婚姻制度の根幹とは何か?

  民法722条問題の行方が混沌としてきた。法務大臣が、民法722条改訂に難色を示し、運用の改善で対応する方針を示し、自民党の中川政調会長がそれにあわせて、党内の法改正論議にストップをかけたのである。

 長瀬法務大臣は、法改定ではなく、運用改善で対応する方針を決めたことについて、「民法の根幹は、婚姻中に懐胎した場合は夫の子というのが基本」と述べ、安倍晋三首相も記者団に「婚姻制度の根幹にかかわることについては慎重な議論が必要」と語った。

 さらに長瀬法務大臣は、「性道徳、貞操義務」が崩れると述べたという。ここには、婚姻に対する保守派の考え方が現れている。結婚によって成立した男女間の関係においてのみ、性的関係を公認するということである。家族を性的共同体(カント)とする考えがあるのだ。保守派にとっては性的なものも公的制度なのである。しかし、性的でない家族形態が存在する。家族は、性的共同体とは限らない。家族の範囲には、古代的家族では、奴隷や血縁以外の者を含んでいた。日本でも、古代の家族が、そうした血縁以外の多様な人々を含んでいたことは、古代の戸籍から明らかになっている。また、この「性道徳、貞操義務」は、もっぱら女性側に求められているという点で、女性差別である。

 私有財産制の発展にともなって、性的なものも私有制・私権の対象となり、家族も私的家族の形態に転化していったのである。だから、カントの家族論は、物件としての身体は私有の対象になりうるが、人格は所有の対象ではないから、使用権だけを認めるということになっっているのである。カントは、人間を対象とする場合と物件を対象とする場合とを区別しつつ、しかし、両方が交錯していて分かちがたい特殊領域についての特別な考え方を導入せざるをえなかったのである。そこで、カントは、『人倫の形而上学』「第一部法論の形而上学的基礎」の第三節で「物権的様相をもつ対人権」を論じ、物に見えるような対人権という概念を立てることになる。もともと、物権は、実質的定義としては、「ある物件における権利とは、私がすべての他人とともに〔根源的なもしくは設立された〕総体的占有をなしている或る物件を、私的に使用する権利である」(同)というものとされ、対人権(債権)は、「或る他人の意志の占有は、自由の法則に従って私の意志により他人の意志を規定して或る特定の行い(給付をさせる能力として〔他人の意志の原因性に関する外的な私のもの・汝のものとして〕、一個の権利である〔そして、私は数個のこうした権利を同一人物に対し、または他の人たちに対して、もつことができる〕。しかし、このような占有を私になし得させる諸法則の総体〔体系〕は、対人権法〔債権法〕であり、これはただ一つあるだけである」とされていた。

 それに対して、物件的様相をもつ対人権(債権)とは、「物件として或る外的対象を占有し、人格としてこの外的対象を使用する権利である」(同)。これらは、公的状態にある場合におけるものであるとされている。カントにおいて、基本にあるのは、個人の自由のア・プリオリな存在である。そこから、私人としての権利・私権が展開され、これらのことが言われている。つまり、これらは、私法論の中で扱われることになるのである。私と外的物件、私と外的物件であると共に外的人格である汝との関係としての諸法則として扱われるのである。

 カントは、婚姻制度を、もっぱら性的関係の法則として扱い、性器ないし性的能力という外的物件を人格としての夫と妻が相互使用する権利関係として扱っている。

 「性的共同態(commercium sexale)とは、或る人間が他の人間の生殖器および性的能力についてなす相互的な使用(usus membrrorum et faculatum sexualium alterius)であって、それは、自然的な使用〔これによって同人と類似のものが産出される〕、であるか、あるいは不自然な使用であるかのいずれかであり、後者は、同性の人格に対して行われるか、あるいは人類以外の動物に対して行われるかのいずれかである」。

 そして、カントは、後者は、人格のうちなる人間性の侵害であって、全面的に断罪されねばならないという。

 それから、カントは、自然的な性的共同態は動物的自然にしたがう性的共同態〔放蕩、相手構わぬ淫乱、売春〕であるか、あるいは法則にしたがうものかであるという。後者は、婚姻であり、「性を異にする二人格の、彼らの性的特性を生涯にわたって相互的に占有するためになすところの結合である」という。

 子供については、子供が人格であるということから、「子供は決して両親の所有物として見られるもことはできないが、にもかかわらず、両親の私のもの・汝のものに属するのであるから〔なぜなら、子供は物件と同様に両親の占有のもとにあり、そして、いかなる他人の占有からも、子供の意思に反してすら両親の占有のもとへと連れ戻されうるからである〕、両親の権利は決して単なる物権ではなく、したがって譲渡しうるものではないが〔最も全人格的なる権利 ius personalissimum〕、さればといって、他方、単に対人的な権利でもないのであって、物権的様相をもつ対人権である」ということになるという。

 婚姻制度が、性的共同態と限定されているのは、それがもっぱら血縁的家族制度の秩序を公的に規定するためで、嫡出子を正統化し、婚外子を差別する今日の戸籍制度の差別性を表している。女性にのみ再婚禁止期間があるのは、公的制度としての婚姻制度が、その制度の血統主義を維持することに目的を置いていることを意味している。それに対して、カントは、婚姻制度の目的は、子供の産出とは直接的な関係はないと述べているし、子供は人格であるといい、人格間の平等ということを書いている。

 基本的に、民法が、私権としての私有権としての性的私有制を婚姻制度の基本に置いていて、それを性道徳の基礎としている点に問題があり、しかもそれが、男性による女性の私有・所有という女性差別をともなっていることの法的表現であるという問題を持っている。婚姻制度は、男性が女性の性的特性の占有を公的に認知し所有化し公認化し、これを強制力で保護する制度であるということである。だから、女性の性道徳や貞操義務を法務大臣が言い立てるのであり、それが家族制度の根幹に関わるなどと言うのである。その他もろもろ家族制度・婚姻制度・民法にある諸問題について、広がりのある諸課題を想定できるのだが、民法722条問題に限れば、法務省対応に対する批判があり、離婚件数の増加にともなって、無戸籍の子供がたくさん発生している現在、この問題が緊急に解決する必要のある課題になっていることは明らかである。法務省の対応に対する批判の一部として、下の記事のような意見がある。

 「性道徳、貞操義務」崩れる 長勢法相、300日問題で(『朝日新聞』2007年04月06日)

 「離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子」と推定する民法772条の規定を議員立法で見直そうとする与党プロジェクトチーム(PT)の動きに対し、長勢法相は6日の閣議後会見で「性道徳や貞操義務についても考えないとならない」と述べた。法務省は同日に一部見直しをする民事局長通達案を正式発表。同省側は「通達を出せば立法は必要ない」と対決姿勢を強めている。

 民事局長通達案は「離婚後に懐胎したことが証明できた場合」に限って「現夫の子」と認める案。対するPTの特例新法案は、前夫との離婚が成立する前に懐胎した場合でもDNA鑑定などで現夫の子と認められ、救済範囲が広い。

 長勢法相はPT案を「民法の根幹を真っ向から違う仕組みにするもの」と批判。「再婚禁止期間短縮」問題も含めて「日本の家族をつくり変えようという国民の理解があるとは思えない」とした。

 民法772条:「通達では救われぬ」支援団体訴え 離婚前の妊娠、ほとんど(『毎日新聞』2007年4月7日)

 「離婚後300日以内に誕生した子は前夫の子」と推定する民法772条を巡り法務省が月内にも運用を見直す民事局長通達を出す方針を決めたことを受け、6日、法の運用見直しを求めてきたNGO「mネット・民法改正情報ネットワーク」の坂本洋子共同代表らが同省内で記者会見した。坂本共同代表らは同ネットワークに寄せられた相談では、ほとんどが離婚前に別居し、離婚前の妊娠が珍しくないと説明。「離婚後の妊娠のみを対象にした法務省通達では1割しか救済されない」と指摘した。(2面参照)

 同ネットワークは、与党のプロジェクトチーム(PT)の特例新法案を支持し、子供の救済のため、同法案を最優先で成立させるよう9日に法務省やPTの責任者などに文書で要請する。

 法務省の通達は、離婚後の妊娠が明確なら300日以内に出産しても、裁判せずに現夫の子として出生届を出せる内容。一方、与党PTの特例新法案は、再婚後でも前夫が自分の子でないことを認め、DNA鑑定書を添付すれば現夫の子として出生届を提出でき、事実上法務省の通達より幅広く救済される内容だ。

 会見に同席した棚村政行・早稲田大教授(家族法)は「実際には離婚前に妊娠して再婚後に生まれたり、離婚に時間がかかるケースがほとんど。法務省の通達では、離婚後300日以内に生まれた子で救われるケースは1割程度と非常に限定されてしまう」と実効性を疑問視した。

 坂本共同代表は、2月下旬に同ネットが実施した電話相談に寄せられた18件のうち、離婚まで同居していたケースはわずか1件にとどまっていることを紹介。「別居後に妊娠し、離婚手続きが遅れたというケースがほとんど。緊急を要する問題で、再婚禁止期間の議論と772条の見直しを切り離してでも子供を救うという原点に戻ってほしい」と訴えた。

 また坂本共同代表は、自民党の中川昭一政調会長が議員立法に向けて検討を進めてきた同党PTに再検討を指示したことについても、「与党が丁寧に議論を積み上げてきたのに、鶴の一声の形で議論をひっくり返す行為は政治不信につながりかねない」と批判した。

 長勢甚遠法相は6日の閣議後の会見で、「民法の根幹は、婚姻中に懐胎した場合は夫の子というのが基本」だとして、離婚前の妊娠への救済には否定的な見解を示している。また法務省は、離婚後300日以内に出産した事例などの調査を進めているが、結果はまだ公表されていない。【工藤哲、森本英彦】

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(損害賠償の方法及び過失相殺)
第七百二十二条  第四百十七条の規定は、不法行為による損害賠償について準用する。
2  被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。


(嫡出の推定)
第七百七十二条  妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2  婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

投稿: | 2008年6月23日 (月) 17時27分

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