« 無意味な少年法改定を評価する『読売』の愚 | トップページ | 今度は、党首討論問題で、イデオロギーを露わにした『読売』 »

『読売』の価値観で裁断された松岡農相自殺事件社説

 松岡農相が議員会館で自殺した。この事件を受けて、全国紙5紙がすべてこの件についての社説を掲載した。おおむね、似た内容なのだが、『読売』だけが特異である。
 
 まず、この社説は、松岡農相の自殺について、「何とも痛ましい、悲惨な出来事だ」という認識を述べる。ここは、他と変わりはない。
 
 次に、社説は、松岡氏の農相起用が、WTOやFTAの農業交渉で、農業自由化を進めるために国内反対勢力を押さえることを安部総理が期待したからだといったことを述べる。
 
  そして、「グローバリゼーションの中で、日本の農業はどうあるべきか。これからが正念場という局面での死だった」というのである。安部総理にしてみれば、農業政策を推進するにあたって、最適の人物と考えて彼を農相に起用したわけだから、後任はいずれにしても松岡氏に劣る人物となる他はないわけである。それで、農政の「正念場の局面」を無事乗り越えていけるのか、難しくなったのは疑いない。
 
 新農政の一環として、農地の大規模化が始まり、中小規模農家は、集落営農団体にならなければ、補助金が受けられなくなるという施策が始まったばかりである。ところが、これは、農家の理解が進んでいないし、実際にも進んでおらず、ただ現場の戸惑いと混乱を生んでいるだけである。そういう状態の中で、世界的なバイオエタノール燃料開発ブームが起きて、今度は、休耕田・耕作放棄地を再開墾して、バイオエタノール用の農産物栽培を拡大するという方針が農水省から出てきた。
 
  前者は、小泉構造改革路線で、農産物輸出を促進するという方針に基づくものであるが、後者は、主に内需向けの農産物作付け拡大策であって、これまで収入にならないため、あるいは減反のために、耕作規模を縮小してきた中小農家が、再び、耕作放棄地を耕作するようにするというもので、両者の間には、大きな方向の違いがある。
 
 こうした問題を含めて、この社説が言うように、今、日本の農政が「正念場の局面」を迎えているというのは確かである。
 
  次に、社説は、松岡農相の事務諸費問題や緑資源機構談合問題などの疑惑について書いている。他紙の社説は、これらの疑惑の解明、政治とカネの問題の解明について書いている。

 『読売』が特異なのは、「今国会は、事務所費ばかりが問題になっているが、民主党の角田義一前参院副議長が北朝鮮と密接な関係のある団体から献金を受けていた事実は、はるかに重大だ。こうした問題の究明が、きちんとなされていないのは解せない」という松岡農相の件とは別の民主党議員の政治献金疑惑を、「はるかに重大だ」として、その究明を求めていることだ。
 
 この社説は、事件を受けて、「考えるべきは、同じ悲劇が二度と起きないよう政治は何をすべきかだろう」と言う。一見するともっともな意見なのだが、先日の少年法改定を支持した社説では、少年犯罪での警察による真実解明のために調査権限の拡大が必要だと、まず真実解明が大事だと書いていたのに、1日後のこの社説では、真っ先に考えるべき真相解明を求めていないのである。真相が解明されなければ、「同じ悲劇が二度と起きないよう政治は何をすべきか」を考えられないし、決められないのは自明であるにも関わらず、である。
 
 こういうおかしなことを書くのは、松岡農相の事務諸費問題よりも、はるかに民主党角田議員の朝鮮総連系団体からの献金問題の方が重大だと、これらの事件を政治とカネというカテゴリーに入れた上で、事件の重要度を価値判断しているからである。『読売』の価値観では、重要度の低い松岡農相の事務諸費問題ばかりが、国会で取り上げられて騒ぎになっているのは、価値の小さいことなのである。その価値観とは、日本の安全・安保という国益から価値の序列を決めるというものであることは、この間の『読売』の社説から明らかである。
 
 『産経』ですら、現役閣僚の自殺という衝撃的な事件から、さすがに、この問題に、安保だのグローバリゼーション下の農政だのという政治的話題を入れるようなことはせず、政治とカネの疑惑の解明という点にしぼって社説を書いているというのに、『読売』の社説子の頭はどうなっているのだろうと不思議に思う。こんな大人がいるから、世の中、よくならないのではないだろうか? とつい思ってしまう。「戦後、例のない閣僚の自殺」という重大事件だと自ら書いているのに、まだ松岡農相に関わる疑惑が解明されていない段階で、「他にはるかに重大事件がある」はないだろう。
 
  問題は、自殺によって松岡農相が葬り去ろうとした政治の闇の解明であり、それは、安部政権自身の問題でもあるということだ。

 松岡農相自殺 悲惨な死が促す政治の信頼回復(5月29日付・読売社説)

 戦後、例のない現職閣僚の自殺である。

 松岡農相が、都内の衆院議員宿舎の自室で自殺を図り、死亡した。理由は不明だが、何とも痛ましい、悲惨な出来事だ。

 世界貿易機関(WTO)や自由貿易協定(FTA)の農業交渉の推進に当たって、国内の農業改革など農業政策が重要な課題となっている。

 安倍首相が、農水省出身の松岡氏を農相に起用したのは、農業問題に精通する力量を買ってのことだ。自由化を進める際、松岡農相なら国内の抵抗を抑えられるという判断もあったという。

 先の豪州との経済連携協定(EPA)交渉開始の合意も、農相の力があったと評価している。

 グローバリゼーションの中で、日本の農業はどうあるべきか。これからが正念場という局面での死だった。

 松岡農相は、政治とカネをめぐって、今国会で厳しい追及を受けていた。

 光熱費などが無料の国会議員会館内に自らの資金管理団体の事務所を置き、多額の光熱水費や事務所費を計上していた。野党の追及には、一貫して「法律上、適切に処理している」と繰り返し、具体的な説明をすることはなかった。

 最近は、官製談合事件で東京地検の強制捜査を受けた農水省所管の緑資源機構発注事業の受注業者などから、献金を受けていた事実も明らかになっていた。

 参院選を間近に控え、自民党内からさえ、国会終了後に閣僚を辞任すべきだとする声が出ていた。

 軽々な推測は避けねばならないが、こうした一連の問題が、精神的な重圧となって追い詰められたのだろうか。

 考えるべきは、同じ悲劇が二度と起きないよう政治は何をすべきかだろう。

 松岡農相の事務所費問題を契機に、政治資金規正法改正が焦点となっている。経常経費支出の公開基準は5万円以上か、1万円超か、資金管理団体に限るか、すべての政治団体とするか。与党案と民主党案の内容は異なる。

 だが、政治とカネをめぐる問題は、何よりも、党派を超えて政治が身を正し、有権者の信頼を確保するという視点から考えるべきである。参院選を念頭に置いた政争の具などにしてはなるまい。

 今国会は、事務所費ばかりが問題になっているが、民主党の角田義一前参院副議長が北朝鮮と密接な関係のある団体から献金を受けていた事実は、はるかに重大だ。こうした問題の究明が、きちんとなされていないのは解せない。

 松岡農相の死をどう受け止めるか。政治が取り組むべき課題は多い。

|

« 無意味な少年法改定を評価する『読売』の愚 | トップページ | 今度は、党首討論問題で、イデオロギーを露わにした『読売』 »

雑文」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。