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2007年6月

総連関連だと空想癖が強く出る『産経』『読売』。その他

   『産経』『読売』の現実離れした空想ぶりを示す社説が出た。

 元公安調査庁長官の緒方弁護士が、地上げ屋と組んで、強制執行を免れようと総連施設の売却先を探していた土屋元日弁連会長と総連幹部を騙して、一儲けをたくらんで、偽装売り買いをしたとして、三人が逮捕された件である。

 逮捕された不動産ブローカーは、札付きの地上げ屋であって、過去に、緒方弁護士と組んで、六本木のビルを地上げして大もうけしたことがあったという。

 『毎日新聞』の記事によると、緒方弁護士、不動産ブローカー、元銀行員の三人が、総連と間に入った土屋弁護士をはめて、土地の名義変更を行った上で、35億円の買収資金を支払うという約束をし、それぞれ億単位の謝礼などの名目で、総連から数億円をもらっていたが、実際には、買収資金はなく、架空取引だった。

 土地建物を差し押さえられる瀬戸際に追い込まれていた総連の弱みにつけ込んだ犯行で、欲にまみれた詐欺犯罪である。

 だいたい、検察側の事件の認識は、こんな感じのようだ。

 当初、総連側が、元公安調査庁長官を利用して、騙した加害者であって、緒方弁護士らはそれに引っかかって、騙された被害者だという見方が流れていた。検察側も、そういう見込みをもって捜査したと言われるが、実際に調べた結果出てきたのは上のようなことであった。

 『読売』は、「しかし、朝鮮総連は単なる被害者の立場なのか」と疑問を呈す。「この売買を仕組んだのは、もともと総連側で、総連側の誘いに乗ったのが緒方容疑者だとみられていた」のは、まったくの間違いなのかと疑っているのである。しかし、検察は、捜査の結果、逆だったと結論づけた。

 しかし、『読売』はあきらめない。「加害者と被害者の関係が、逮捕容疑のような単純なものなのか。総連側に違法性はないのか。特捜部には、全容を徹底的に解明してもらいたい」というのである。いかにも、総連側が真っ白のはずはないと言いたげである。たたけばほこりが出るはずだというのである。

 そのほこりとは、朝鮮総連が、整理回収機構が返済を求めている長銀信組の破綻処理の費用35億円の返済作業を妨害するために、総連側が積極的に工作活動をしたのではないかということである。

 しかしそうだとしても、たんなる土地建物の売り買い行為自体に、違法性はないわけだし、実際に、もし買収費が全額支払われていれば、それはたんなる商行為にすぎないわけだ。それに、この土地建物がかりに売られてしまったとしても、今度は売却代金が差し押さえの対象になったはずである。返済義務も、それで消えるわけではない。

 『産経』も『読売』と似たようなことを言っているのだが、最後に、「検察エリートでもあった元長官がなぜ、朝鮮総連と深いかかわりを持つようになったのか。検察当局はこの深い闇を明らかにすべきだ」としている。はたして、緒方弁護士と総連に、深い闇のつながりがあったのかどうか、なんとも言えないが、今のところ検察が描いている今回の事件の構図は、たんなる悪質な詐欺事件である。

 『産経』『読売』は、総連が絡んでいる事件と聞いただけで、深い闇だの秘密のベールだとのというイメージを思い浮かべるのが癖になっているわけである。そういうときに、まてよ、こうしたワンパターンなイメージにとらわれているのではなく、まず、頭をからにして、虚心に事実に向かおうとはしないわけだ。禅寺で座禅を組んででも、いったんそういう状態にした方が、よい。そうすれば、後で読み直して恥ずかしくなりそうなことを書かないですむだろう。実際のところ、これらの記事は、後で読み直すと恥ずかしくなるだろう。

 すでに、最高裁が審議を差し戻した段階で、死刑確実と言われる光市母子殺人事件の公判で、審議引き延ばしをするなと言えば、少年を早く死刑にしろ! 早く殺せ!と言っていることになってしまうため、これを伝えるテレビ・キャスターなどの表情は苦しげである。

 『産経』『読売』の主張と反対に、JR西日本福知山線脱線事故の原因として、懲罰的な「日勤教育」が事故調査報告書で指摘された。しかし、社会保険庁の年金未記録問題では、屋山太郎をはじめ自民党幹部から、懲罰を強めろという声ばかりだ。現実から学べないどうしようもない連中だ。教育されなければならないのは、この連中の方である。

 【主張】元長官逮捕 総連との関係も解明せよ(『産経新聞』6月29日)

 朝鮮総連中央本部の土地・建物をめぐる仮装売買事件で、東京地検特捜部は元公安調査庁長官、緒方重威容疑者ら3人を詐欺容疑で逮捕した。予想されたこととはいえ、北朝鮮などを監視する日本の情報機関の元トップが逮捕されたことは衝撃である。

 緒方容疑者は資金調達の見込みがないのに可能であるかのように装い、総連中央本部の土地・建物をだまし取ったとされる。この詐欺容疑に関しては、総連は被害者である。しかし、売買そのものは、整理回収機構(RCC)から627億円の返還を求められていた総連の中枢が、強制執行を免れるために計画した疑いが強い。総連の関与も徹底解明されるべきである。

 緒方容疑者とともに逮捕された満井忠男容疑者は、住宅金融債権管理機構による差し押さえを免れるために財産を隠した強制執行妨害罪に問われ、有罪判決を受けている。緒方容疑者はその裁判で、満井容疑者の弁護士を務めた。今回の総連中央本部の仮装売買に通じるものがあり、この点からの2人の関係解明も必要だ。

 公安調査庁は破防法施行に伴い、法務省の外局として設置された行政機関である。北朝鮮や総連以外に、過激派やオウム真理教(アーレフに改称)の動向など国内外の公安情報を収集する重要な役割を担い、その情報は内閣にも上げられる。

 緒方容疑者はそのトップとして公安庁内の最高機密を把握できる立場にあった人物だ。検察庁では最高検公安部長、広島高検検事長などを歴任し、公安庁では北を重点的に監視する調査第2部長も務めた。

 その元公安庁長官が監視対象の朝鮮総連への強制執行を免れる行為に手を貸していたこと自体、公安庁の信頼を失墜させる行為である。

 緒方容疑者は公安庁長官時代の平成6年の衆院予算委員会で、朝鮮総連について「北朝鮮と一体関係にあると見ている」「非公然組織『学習組』約5000人が非公然活動に従事していると承知している」などと踏み込んだ答弁をしていた。

 検察エリートでもあった元長官がなぜ、朝鮮総連と深いかかわりを持つようになったのか。検察当局はこの深い闇を明らかにすべきだ。
  緒方元長官逮捕 総連事件の闇を徹底解明せよ(6月29日付・読売社説)

 「架空取引ではない」としきりに強弁してきたが、通るはずもなかった。

 公安調査庁の緒方重威・元長官が東京地検特捜部に逮捕された。在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の東京・千代田区にある中央本部の土地と建物を、総連側からだまし取ったとする詐欺容疑である。

 法務省外局の情報機関である公安調査庁は、北朝鮮、朝鮮総連の動向も主要な調査対象としている。そのトップだった人物が、朝鮮総連がらみの事件で逮捕されるという異例の展開だ。

 特捜部によると、緒方容疑者は中央本部を35億円で購入するとみせかけ、緒方容疑者が代表の投資顧問会社に所有権だけ移転させたという。

 しかし、朝鮮総連は単なる被害者の立場なのか。この売買を仕組んだのは、もともと総連側で、総連側の誘いに乗ったのが緒方容疑者だとみられていた。

 実質的に総連の最高責任者とされる許宗萬・責任副議長が自ら関与していたという構図だった。

 許氏は北朝鮮の国会議員である最高人民会議の代議員も務めるなど、本国と密接なつながりを持つ人物だ。

 加害者と被害者の関係が、逮捕容疑のような単純なものなのか。総連側に違法性はないのか。特捜部には、全容を徹底的に解明してもらいたい。

 そもそもの発端は、破綻(はたん)した朝銀信用組合の債権を引き継いだ整理回収機構が朝鮮総連を相手取り、約627億円の返還を求めて起こした訴訟である。

 総連全面敗訴の判決が今月18日に東京地裁で出たが、この判決を前に、総連は中央本部が差し押さえられるのを逃れようと企て、緒方容疑者が買い取った形にして、5年後に買い戻す念書まで交わしていたとされる。

 朝銀信組の破綻処理では1兆円以上の公的資金が投入されている。整理回収機構が総連を訴えたのも、この国民負担を少しでも軽くするためだ。総連は返済義務を忠実に果たそうとせず、機構の作業を妨害しようとしたのではないか。

 35億円の仲介役とされる元不動産会社社長らも共犯の容疑で逮捕されたが、この仲介役には総連から4億8400万円の資金が支払われている。こうした資金の流れや許氏の動きなど、まだ不明な部分があまりに多い。

 東京地裁は、整理回収機構の申し立てを受け、中央本部について強制執行を認める決定を出した。もともと、総連の乱脈運営が招いたことである。整理回収機構も、中央本部を含め、総連からの債権回収を着実に進めてもらいたい。

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従軍慰安婦決議問題で事実をねつ造する『読売』『産経』

 米下院外交委員会で、慰安婦問題で首相に公式謝罪を求める対日非難決議案が圧倒的多数で可決された。

 『産経新聞』はさっそく右派があっちこっちの断片を都合良く拾い集めて、それをつなぎ合わせて作り上げた「お話」を事実だとして、反論を企てている。

 慰安婦は主として民間の業者によって集められ、軍は性病予防対策などで関与しただけだというのである。まず、軍が、慰安所設置を決め、民間業者にやらせたという時点で、軍の関与が明白であり、さらに、憲兵による「強制連行」があったこともわかっている。

 『産経』が、それがなかったことを示す証拠というのは、日本政府が集めた約230点の資料であり、公式文書である。公式文書に載らないものは、証拠能力がないというのが、『産経』の主張である。言うまでもないことだが、公式文書に載らないことの方がはるかに多いのである。証言もまた重要な証拠であることは、裁判でも明らかである。

 右派は、元従軍慰安婦と名乗りを上げた人々の証言はあてにならないとして、なんとか無視しようとしている。その理由は、彼女らの証言の一部が二転三転したからである。かれらは、変わった部分のみを集めて、変わらない部分の証言を無視している。変わったところだけを抜き出して強調して、他の部分、全体の証言の信用度が低いという心証を作り上げているのである。なんとも見え透いたやり口だ。おそらく、こういうソフィスト的やり口は、ディベート術とか法律家の法廷戦術から取り入れているのだろう。

 どのような方法をとったのかを明らかにせず、結果だけを示すというのも、卑怯なやり口である。それでも、アメリカの機関誌である『産経』は、日米関係が揺らぐことを恐れ、あまりアメリカ側を刺激しないように、気をつかった書き方をしている。『産経』は、誤解を解けといっているだけだ。

 『読売』は、それに比べて、はるかに強い態度で、反論せよと主張する。「「軍や官憲による強制連行」を直接示す資料は、これまでの調査で何も見つかっていない」と『読売』は断言する。公式資料はないからだという。しかし、なぜないのかということを追求する中で、逆に隠された事実があったことを証明するというやり方がある。あって当然なはずの資料がないという場合に、資料破棄ということが証明されるということがある。

 西岡昌紀は、元従軍慰安婦の証言の信憑性を部分的な証言変更をひたすら強調して、心理的に、証言の信憑性への信用を崩すという方法を使っていて、真実をきちんと証明するという方法を取っていない。印象操作をやっているのだ。これは、本来、ジャーナリストや学者などは禁じ手とする倫理があってしかるべきなのだが、最近の学者やジャーナリストは、平気でこの手を使う。要するに、「あるある大事典」のねつ造と似た手口なのである。この事件の時、番組に利用されただけだと学者は言うのだが、なかには積極的に利用していたのではないかと思われる学者もいる。それに、この時、ねつ造に気が付いているのに、抗議もしないし、事実を公表しなかったことは、非難されてしかるべきだった。それを誰も言わなかったのは、甘かった。

 証言は部分的に取り上げるのではなく、全体を通して、信用できるかどうかを慎重に判断すべきで、そのような手続きを取らないで、部分の積み上げ、恣意的な強調等々を行っている文章は、それ自体、信用度が低いということを自己暴露していると見るべきである。こういう人を馬鹿にしたレトリックや詐術を使っていて、ばれたら、地獄を見ることは、関西テレビや牛肉コロッケ偽装のミートホープの運命を見れば明らかだ。

 この決議が、部分的に間違っていたとしても、全体としての正当性があれば、いいのである。だから、『産経』が言う事実というのは、事実もどきか部分的事実であって、そんなものをいくら繰り返しても、誤解を解くことはできないのである。左翼は死んだだの終わっただのとかいう念仏を百回唱えたら、それが真実だと思いこんでしまったあわれな幽霊信者の右派と同じなのだ。ただ、『産経』の方が、『読売』ほどは、幽霊を信じ込んでいない分だけ冷めている。『読売』は、願望と現実を完全に取り違えている哀れな幽霊信者になっている。この間、現実を読み違えて、はずしてばかりいるのである。

【主張】慰安婦決議案 事実を示し誤解を解こう(6月28日『産経新聞』)

 米下院外交委員会で、慰安婦問題で日本の首相に公式謝罪を求める対日非難決議案が賛成多数で可決された。残念な結果である。

 可決された決議案は「日米同盟がアジア太平洋地域に占める重要性」を盛り込むなどの修正が加えられ、民主党のマイク・ホンダ議員が提出した当初の決議案より表現がやや緩やかになっている。しかし、「慰安婦制度は日本政府による軍用の強制的な売春」と決めつけるなど、多くの誤りを含んでいる。

 慰安婦問題をめぐり、日本の官憲が奴隷狩りのように強制連行したという説が一部で流布されたこともあるが、日本政府が2年がかりで集めた約230点の資料の中には、そのような事実を示す証拠は1点もなかった。慰安婦は主として民間の業者によって集められ、軍は性病予防対策などで関与していたのである。

 決議案は来月にも下院本会議で採決される見通しだ。議会の決議に法的拘束力はないが、国際社会では、誤った事実に対して何も反論しないことは、それを認めたことになりかねない。日本の外務当局はこれまでに集めた公式文書などを有効に使って誤りを正すべきである。

 米下院外交委員会では、慰安婦問題をナチス・ドイツが行ったホロコースト(ユダヤ人大虐殺)と同列に論じる非難の声も上がったといわれる。南京事件などをめぐり、これまでも米国の州議会などでしばしば繰り返されてきた誤解である。

 米国でベストセラーになった中国系米国人、アイリス・チャン氏の著書『レイプ・オブ南京-第二次大戦の忘れられたホロコースト』の影響がいまだに残っているようだ。

 4月末の日米首脳会談で、安倍晋三首相は「慰安婦の方々が非常に困難な状況の中、辛酸をなめられたことに対し、人間として首相として心から同情している」と述べた。ブッシュ大統領もこれを評価した。最近、外務省が米国で実施した対日世論調査でも、日本を「信頼できる」と答えた一般人が74%と過去最高を記録した。

 日米同盟を一層揺るぎないものにするためにも、歴史問題で正しい事実を示し、誤解を解く粘り強い外交努力が必要である。

  慰安婦決議 米議会の「誤解」の根元を絶て(6月28日付・読売社説)

  いわゆる従軍慰安婦をめぐる対日決議案が米下院外交委員会で採択された。全くの事実誤認に基づく決議である。

 日本政府は、将来に禍根を残さないよう、米側の誤解をときほぐし、当面、本会議での採択阻止に努めなければならない。

 決議案は日本政府に対し、「日本の軍隊が若い女性を強制的に性的奴隷化」したことへの歴史的責任を認め、謝罪せよと言う。「慰安婦制度は20世紀最大の人身売買事案の一つ」と表現している。

 事実をきちんと確かめることもせず、低水準のレトリックに終始した決議案だ。米議会人の見識を疑わせる。

 安倍首相は4月、米大統領や議会首脳らとの会談で、元慰安婦への「心からの同情」と「申し訳ない思い」を表明した。「20世紀は人権侵害の多い世紀で、日本も無関係でなかった」とも述べた。

 だが、こうした首相の発言も、決議案の採択見送りにつながらなかった。

 米議会で採択される数多くの決議の一つにすぎない。法的な拘束力もない。従って、重く受け止める必要はない、という指摘もある。

 これは間違っている。反論することを控えれば、この誤った「歴史」を独り歩きさせるだけだろう。

 戦前、親やブローカーの手で、自らの意思に反して、慰安婦にさせられた女性は多数いた。しかし、これと、日本軍による、いわゆる「強制連行」とは、明らかに意味が違う。

 「軍や官憲による強制連行」を直接示す資料は、これまでの調査で何も見つかっていない。政府は、今年3月の答弁書でも、この点を明確にしている。

 一体、対日決議案は、何を論拠にしているのか。大きな拠(よ)り所とされているのが、1993年に出された河野官房長官談話だ。そこには「官憲等が直接加担した」などと、「強制連行」があったと誤って受け止められる記述がある。

 当時、慰安婦問題での韓国側の圧力をかわすために考えられた政治的文言が、その後、誤解を広げた根元にある。

 安倍首相は、「河野談話」を継承すると言う。外交的配慮からだろうが、その立場をとる限り、「強制連行」という誤解は消えない。談話に誤りがあるなら、見直しを躊躇(ちゅうちょ)するべきではない。

 麻生外相は3月、決議案をめぐる動きについて、「日米を離間させる工作」と指摘した。背後で、中国・韓国系の反日団体などが影響力をふるっている。

 このままでは、謝罪要求が繰り返されることになりかねない。筋道を立てて歴史の事実を明らかにしていくべきだ。

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屋山太郎さん、それで年金は本当に安心なんですか?

 なんじゃこりゃという「正論」が出た。保守系論客の一人の屋山太郎の『産経』「正論」社保庁問題は国鉄問題にそっくり である。

 屋山太郎氏は、年金記録漏れ問題は、70年代以来の自治労国費評議会の組合運動に発した組織腐敗によるものだという。そこで、70年代の、スト権ストなどの国鉄闘争と自治労の労働運動が、社会党政権実現のための政治的狙いをもった労働運動であることを示唆している。

 そして、氏は、当時の国労の富塚書記長が、「国鉄が円滑に機能しないことは国の力を弱め、資本主義を崩壊させるのに役立つ」と語ったことを聞いて、倒錯していると思ったという。これのどこが倒錯しているのかわからない。当時、日本経済は、スタグフレーション(インフレと不況の同時進行)に見舞われていて、資本主義に対する疑問がわき起こっている時代だった。企業は、合理化と称して、首切りに走っていた。国鉄は、自民党の利権の元になっていて、政治路線が、次々と建設され、その後、赤字化していく。国鉄の赤字の最大の原因は、この無謀な鉄道建設にあり、それを止められなかったのは、財界が政府・自民党と癒着していたからである。

 屋山氏は、「傘下の社保庁自治労が同じ動機で仕事をサボっていたのは想像に難くない」と空想している。

 資本主義が人々の幸福を実現できないなら、それは人々が選択するなら、廃止されるのは当然である。

 国鉄の赤字の多くは、鉄道建設に伴う借金であって、人件費ではない。それに、80年代後期のバブルによって、赤字問題も解決しつつあったのである。そして、国鉄分割民営化後、政府が保有する土地の売却が、地価高騰への悪影響などを理由に先延ばしにされ、土地バブル崩壊後に安く売られたのである。そして、国鉄の借金は、たばこ税増税分に転嫁されたのである。

 なんとしても、国労を潰したいという臨調行革路線を優先させた政治的な措置であって、国民の借金を減らすという目的は二の次だったのある。国鉄は、80年代後期には、よくなっていたのである。それを再び、悪くさせたのは、政府であり自民党である。そのツケが、信楽高原鉄道事故・JR宝塚線脱線事故という悲劇の背景になったのである。

 屋山という人は、どうも言うことがおかしいのであるが、それは、頭がすでに古くなってしまっていて、過去のことばかりが鮮明に思い出されるという状態にあるからだろう。そこで、ついつい70年代の記憶を今起きていることに当てはめたり、比較したりして、「そっくり」に見えてしまうのである。

 「国労は機関車、客車の定期検修の時間まで労使協定で決めさせたが、これを真っ正直にやっても1日の実働は4時間かからなかった。新幹線の窓ガラス取り替えは8人×4時間で1枚と決められていたが、民間委託にしたら3人×1時間で済んだ」と外注化の成果だけを強調し、民間委託・外注化による安全性の低下・危険性の増大という点には触れていない。光の部分しかみず、影の部分を見ていないのである。

 「自治労国費評議会が79年当局と結んだ「覚書」は窓口装置を操作するのは「1日最高300分、キータッチ1万回」」というのを批判するのだが、79年だと、まだコンピューター操作に専門性が強く要請されていた時代で、90年代のウインドウズ発売以降のパソコン普及後のキータッチの仕方とはずいぶん違うものだ。今はどうか知らないが、当時、コンピューターのプログラマーの仕事は、30代までが限界で、それ以上は続けられず引退すると言われていた。そんな時代である。もちろん、窓口装置というのがどういうものだったかわからないので、単純比較はできないだろうが、それでも、珍しかったのは確かだろう。

 屋山氏は、コンピューターの仕事のことなどわからないで、適当に空想して言っているだけなのだろう。なにせ、想像で物を言う人だから。

 そして、屋山氏は、「国家公務員退職手当法では禁固以上の刑以外は退職金の返還を求めることができない。公務員が民間以上に保護されるいわれはない。即刻、手当法を改正して没収すべきだ。またずっこけ職員の給与も最低3割カットすべきだ。カットの理由付けが困難という意見があるが、民間会社が大損失した時、全職員が連帯して責任をとるのは当たり前だ。民間並みに責任をとらせる公務員法の改正を求める」という。臨調行革の夢よもう一度ということか。またも過去に逆戻りである。公務員の待遇を民間並みにするなら、スト権その他の労働三権も付与することを忘れずに。そうすれば、今度は、堂々と、合法ストを打てるようになるわけだ。そうすればいいじゃないか。

 今度は、「民主党がやるべきことはまず支持母体の自治労に世間一般の常識を教育してやることだ」と民主党への説教だ。「これだから~」と思わず口から出そうだが、世間一般の常識では、想像で、あれこれ決めつけるような人は、敬遠されますよ。

【正論】政治評論家・屋山太郎 社保庁問題は国鉄問題にそっくり(『産経』6月22日)

■全職員の賃金、3割カットせよ

 ≪組織腐敗の根源≫

 国会で毎日のように激しく論争されている年金5000万件記録洩れ問題は、完全に焦点がずれている。社保庁問題はかつての国鉄問題そっくりだと認識すべきだ。調べれば調べるほど2つの問題は同根同種であり、きのうきょう腐敗したというものではない。

 組織腐敗の根源は70年代にまで遡(さかのぼ)る。社保庁の自治労国費評議会(今年4月「全国社会保険職員労働組合」と改称=組合員1万1000人)は72年から79年まで合理化反対のための(1)オンライン化反対と(2)身分を国家公務員から地方公務員に移せという闘争を激しく行っている。75年、国鉄では国労・動労が「スト権奪回スト」を行い違法のストを8日間ぶち抜いた。自治労と国労・動労は共に総評の傘下で運動に参加した。73年、国労の富塚三夫書記長は順法ストやストをうつ覚悟を披瀝してこう述べたものだ。

 「国鉄が円滑に機能しないことは国の力を弱め、資本主義を崩壊させるのに役立つ」

 この倒錯した論理には耳を疑ったが、総評はこれで社会党をバックアップできると信じていた。傘下の社保庁自治労が同じ動機で仕事をサボっていたのは想像に難くない。

 違ったのは、違法闘争のあと、国鉄が毎年赤字を2兆円たれ流し、借金が37兆円も溜まっていることが顕在化し、改革に着手されたことだ。一方の社保庁の内臓疾患は外部に全く見えなかった。国鉄は87年に分割・民営化によって蘇生したが、社保庁は20年経ってようやく同様の手術を受けざるを得なくなった。

 国鉄が腐敗したのは国鉄官僚が国労・動労に迎合したからである。国労とさえうまく付き合えば出世は保証された。労働省の労政担当でさえ国労の機嫌をとった。内部の事情は高木文雄総裁(当時)にさえ報告されず、高木氏は国会や土光臨調の場で「国鉄は徐々に良くなっております」と答えていた。

 ≪社保庁の3層構造≫

 社保庁は(1)長官と厚労省キャリア(2)社保庁採用のプロパー(3)各地方事務所の現地採用-の3層構造になっている。長官は1年在任してハクをつけて天下る。キャリアはことなく済めば2年で本省に帰れる。プロパーもこれらの“お客さん”をうまくあしらう。この状況の中で(3)はますます過激な運動に走った。

 公企体労組の運動に共通しているのは、賃金は人事院や公労委で決まるから必ず労働密度をスカスカにする運動に走ることだ。

 国労は機関車、客車の定期検修の時間まで労使協定で決めさせたが、これを真っ正直にやっても1日の実働は4時間かからなかった。新幹線の窓ガラス取り替えは8人×4時間で1枚と決められていたが、民間委託にしたら3人×1時間で済んだ。

 自治労国費評議会が79年当局と結んだ「覚書」は窓口装置を操作するのは「1日最高300分、キータッチ1万回」というのだが、これは国鉄の労使協定を上回るずっこけ勤労体制だ。

 基礎年金番号は96年度菅直人厚生相の時にシステム化し、小泉純一郎厚相時代に導入した。菅氏に責任があるとか小泉氏だとかいっているが、国鉄の破産前、歴代運輸大臣の責任が問われたことがあったか。菅も小泉も関係ない。

 国鉄といい社保庁といい“外局”の責任は総裁や長官が負うべきもので、高木総裁は時々、国会に呼ばれていた。社保庁長官が呼ばれなかったのは、与野党の責任ではないのか。各長官はほぼ1年務めて天下っている。その無責任体制は国鉄を上回る。

 国家公務員退職手当法では禁固以上の刑以外は退職金の返還を求めることができない。公務員が民間以上に保護されるいわれはない。即刻、手当法を改正して没収すべきだ。またずっこけ職員の給与も最低3割カットすべきだ。カットの理由付けが困難という意見があるが、民間会社が大損失した時、全職員が連帯して責任をとるのは当たり前だ。民間並みに責任をとらせる公務員法の改正を求める。

 ≪民主党がやるべきこと≫

 社保庁改革法は非公務員型の「日本年金機構」を作って、6分割する主旨だ。国鉄の7分割・民営化をなぞった解決法だ。民主党の国税庁と一緒にして「歳入庁」を作れというのは米国式の発想だが、現実問題として大学に中学生を入学させるようなもので無理だ。民主党がやるべきことはまず支持母体の自治労に世間一般の常識を教育してやることだ。小沢一郎氏はこの自治労を選挙の手足にしているが、これではさながら「小沢自治労」だ。

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沖縄慰霊の日を騒がす教科書検定問題

 6月23日は、沖縄戦終結の日であり、沖縄の慰霊の日である。ところが、慰霊の日にふさわしくない戦争の犠牲者たちの静かな眠りを妨げる騒ぎを起こす者たちがいる。

 『産経新聞』は、社説で、「沖縄戦集団自決 文科省は検定方針を貫け」として、「沖縄県議会、教科書の沖縄戦集団自決に関する記述に付けられた検定意見の撤回を求める意見書が、全会一致で採択された」のに対して、自民党までが加わったのは残念だと述べている。それを『産経』は、「沖縄県の特異な政治状況をうかがわせる」としている。沖縄県の特異な政治状況が、沖縄戦で12万人を超える犠牲者を出したことから、戦後の米軍占領統治、そして、日本への再編入以後も基地の島として、米軍基地が集中する状況等々からきているものである。

 『産経』は、あくまでも、文科省が「日本軍の命令によって住民が集団自決を強いられたとする誤った記述に対して付けられたものだ」と言う。これは言うまでもなく、自由主義史観研究会の藤岡信勝氏らが主張する一見解にすぎない。

 『産経』は、姑息にも、これは「軍の関与や体験者の証言を否定しようとはしていない」と弁明する。では、検定合格した教科書で、軍の関与があったというような記述すら消えているのは、あくまでも教科書会社の勝手だというのだろうか? ある教科書では、検定前には、軍による集団自決の強制という記述が、検定後には、集団自決に追いつめれたという表現に変わっているものがある。『産経』の言うとおりなら、正確には、軍の関与する住民集団自決もあったとでもするのがよいことになろう。つまりは、検定は見直さなければならないだろう。

 教科書には、渡嘉敷島・座間味島の住民集団自決という具体的に地域を限定して、軍の強制による住民集団自決があったとは書かれていない。住民集団自決があったのは、この二島だけではなく、他の地域でもあった。

 「文科省の検定は、こうした最近の研究や証言に基づいて行われたもので、当然の措置といえる。沖縄県議会の意見書に限らず、さまざまな抗議運動が起きているが、検定はこうした政治的な動きに左右されるべきではない」というが、最近の研究というのが、いい加減なもので、到底、実証的といえないようなずさんなものであった。それについては、『労働情報』最新号の[ブログ版 労働情報] 「ルポ 戦後60年の沖縄(前・後編) 歪められた集団自決」(安田浩一・著)http://blogs.yahoo.co.jp/rodojoho05/48444132.htmlを読めば明らかである。

 その中で、最近の研究や証言が、例えば、自由主義史観研究会が、軍命令を否定する証言者として担いでいるKさんが、当時15歳の少年であり、実際には何があったのかをまったく理解していなかったことや宮城証言というのが、直接的な軍命令を否定してはいるが、全体的な状況から、軍による住民集団自決の強制があったと述べていること、それから、自由主義史観研究会による現地調査は、わずか3人から聞き取りしたにすぎない等々、あまりにもお粗末な研究にすぎないことである。

 そして、かれらは、そんなずさんな研究で、しかも、証言の一部の都合のいい部分だけをひたすら強調し、その部分をもって、軍による住民集団自決の強制を否定するのである。他の地域での事例はどうなるのか、軍による住民集団自決強制があったとする他の多くの証言を、一顧だにせず、無視しているのである。

 藤岡信勝は、『産経』「正論」で、「座間味・渡嘉敷に配置された日本軍は海上挺身隊という名の「海の特攻隊」で、彼らの任務は米艦に突撃して死ぬことだった。隊長は事実として住民に自決命令を出さなかったというだけではなく、そもそも住民にそのような命令を下す権限を持たなかった。制度上・組織上、「軍命令」などあり得ないのである」と書いている。しかし、軍隊は、超法的強制力である。だからこそ、いろいろと制限が加えられているのであって、軍事作戦中に、いちいち議会を開いて一つ一つ法律化して、それに基づいて行動するわけではない。制限を付けられても、その範囲で、非常的権力を行使する。通常は、殺人や放火や窃盗に当たるような行為も、軍命令で執行するのである。直接司令官が命令したかどうかのみをもって、軍による住民集団自決の強制を否定することはできない。

 さらに、藤岡の「住民を指揮する権限を持っていたのは村長・助役などの行政側だった。軍を悪者にして精神の平衡を得ようとするのは戦後的な錯誤と欺瞞である。沖縄の良心にこのことを訴えたい」というのは、藤岡自信が錯誤と欺瞞に陥っていることの裏返しである。軍隊がすべてに優越して、人々はそれに従い、軍隊を助けることが美徳とされていた時代だ。だから、助役らは、軍におうかがいをたてに行ったのだ。その心情もわからない者が、どうして戦後的な精神について偉そうに断定できるのか、良心を取り戻さなければならないのは、父親でありながら、自分の息子に、戦争に行って死ぬ覚悟をしろなどと非情なことを言った藤岡の方だ。

 曾野綾子さんの『ある神話の風景』については、彼女の信奉するすべてをお見通しのカトリックの神が裁きを下すことであろうが、いい加減な、研究と称する事実わい曲の罪は、この世のわれわれ自身が正さないといけない。

 「沖縄では、集団自決の後、住民を巻き込んだ地上戦が展開され、軍民合わせて18万8000人が戦死した。このうち、沖縄県民の犠牲者は12万人を超える。戦後も27年間、米国の施政権下に置かれた。きょう23日は沖縄慰霊の日。沖縄県民の苦難の歴史を改めて思い起こしたい」と『産経』はそらぞらしく言う。沖縄戦の真実に向き合わないで、どうして「沖縄の苦難の歴史を改めて思い起こす」ことができようか。

 藤岡は、「日本人は沖縄の悲劇を心に刻むべきだ」と言う。藤岡にとって、沖縄の悲劇とはなんなのだ? 一言もない。一体日本人は、沖縄のどんな悲劇をどのようにして心に刻むべきなのだろうか? それには、軍による住民集団自決の強制という悲劇が含まれていなければならない。

【主張】沖縄戦集団自決 文科省は検定方針を貫け(『産経新聞』6月23日)

  沖縄県議会で、教科書の沖縄戦集団自決に関する記述に付けられた検定意見の撤回を求める意見書が、全会一致で採択された。

  県議会で与党最大会派の自民党までもが国の検定方針に異を唱えたことは残念であり、沖縄県の特異な政治状況をうかがわせる。

 意見書は「集団自決は日本軍の関与なしに起こり得なかった」「教科書記述の削除・修正は体験者による数多くの証言を否定しようとするものだ」などとしている。

 しかし、文科省の検定意見は、日本軍の命令によって住民が集団自決を強いられたとする誤った記述に対して付けられたものだ。軍の関与や体験者の証言を否定しようとはしていない。

 集団自決は昭和20年3月下旬、米軍の第1陣が沖縄本島西の渡嘉敷、座間味島などに上陸したときに起きた悲劇的な出来事である。軍命令説は、昭和25年に発刊された沖縄タイムス社の沖縄戦記『鉄の暴風』に書かれ、大江健三郎氏の『沖縄ノート』などの本に孫引きされた。多くの教科書もこの軍命令説に基づいて書かれていた。

 しかし、作家の曽野綾子さんが『鉄の暴風』の記述に疑問を提起したノンフィクション『ある神話の背景』を出したのをはじめ、学者らによる実証的な研究が進められた結果、軍命令説は信憑(しんぴょう)性を失った。また、集団自決当時の女子青年団員や沖縄の元援護担当者らから、軍命令はなかったという証言が相次いでいる。

 文科省の検定は、こうした最近の研究や証言に基づいて行われたもので、当然の措置といえる。沖縄県議会の意見書に限らず、さまざまな抗議運動が起きているが、検定はこうした政治的な動きに左右されるべきではない。

 この問題をめぐり、文科省で教科書検定を担当する企画官を外郭団体に異動させようという動きが伝えられた。検定への抗議運動に対する配慮だとすれば、禍根を残すことになろう。

 沖縄では、集団自決の後、住民を巻き込んだ地上戦が展開され、軍民合わせて18万8000人が戦死した。このうち、沖縄県民の犠牲者は12万人を超える。戦後も27年間、米国の施政権下に置かれた。きょう23日は沖縄慰霊の日。沖縄県民の苦難の歴史を改めて思い起こしたい。

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国会会期延長問題『読売』社説はわけがわからない

 この『読売』社説は、なにを言わんとしているのかを理解できない。できもしないことを主張して、どうするのだという感じだ。

 まず、重要法案を処理するためには、国会会期を延長するのは、政治の責任だという。ついで、積み残しになっている法案として、社会保険庁改革関連法案、年金時効特例法案、国家公務員法改正案などをあげている。

 社保庁改革法案には、賛成のようである。社保庁廃止・解体・非公務員化で、「お役所体質」をなくそうというのである。それというのも、年金記録漏れ問題の原因は、「一般常識とかけ離れた長年の労働慣行にあると言いたげである。

 日本テレビ系の「太田総理」のなんとかという番組で、石破元防衛庁長官は、労使慣行の一つであるパソコンのタッチ数を5000から最高1万に制限していたことについて、5000タッチだと10分か20分で終わると言った。以前、テレビ朝日系の「テレビタックル」で、屋山太郎は、1時間ぐらいだと言った。どちらも根拠もなく、ただいい加減に、そんなもんだろうという感じで言ったのだと思う。一般常識では、何タッチが適切なのだろう。パソコン説明書などでは、やりすぎは体に負担になるとか注意が書いてあるのだが。たしか、一時間毎に休憩や軽いストレッチのようなことをするように注意書きがあったりしたと思うが・・・。

 この社説は、それのどこがどうおかしいかということを具体的に指摘していないし、労働慣行と年金記録漏れや不祥事との因果関係をまったく証明も説明もしていない。これでは、『読売』の主張を検証することができない。ゆっくりでも、正確に年金記録作業が行われていれば、記録漏れなど起きるわけがない。

 この間、うっすらとわかってきたのは、急激な制度改革による混乱が背景にあったのではないかということである。組織的対応をきっちりと整える間もなく、改革・改革と煽られて、慌てて、作業に取りかかったのではないかということだ。

 要するに、それは民間でもよくあることで、例えば、銀行で、合併後にATMの不調が起きたりしたような事態との共通性があるのではないかということだ。

 だから、被害を拡大しないためには、急ぐことではなく、適切なスピードをもって、確実に作業をこなすことである。これ以上、慌てて、改革だの解体だのと、より混乱を加速させるようなことをすれば、さらなるミスが起きる可能性が増えるのである。

 民間だって、環境の激変の際には、大きなミスを犯す。

 『読売』は、そうは考えないようだ。「民主党は、国税庁と社保庁を一体化した「歳入庁」構想を主張しているが、事実上、公務員労組を温存しようとするものだ。これでは、問題の根本的な解決にはなるまい」と言うように、問題の根本は、公務員労組にあるという考えだからである。もちろん、これは完全に問題の的を外している。だから、別に急ぐ必要はない。新組織にあわてて移行して、混乱を持ち込むよりも、社保庁をまずきれいにしてから、スムースに新組織に移行した方が、混乱を避けられるだろう。

 年金時効特例法案は、民主党によれば、運用で、ある程度は対応できるという。

 社説は、「年金問題は、国民生活の基本にかかわる。いたずらに政争の具にするのではなく、問題解決のための建設的な議論が必要だ」「この間、与野党の応酬は、年金記録漏れに集中した。肝心の年金制度改革の論議はどこへ行ったのか。政治の本来の責務を忘れたものと言わざるを得ない」と国会論議を批判する。

 まだ人々が、自分の年金記録の確認に追われている段階で、国会だけが、年金制度改革などという長期プランの議論に移れるものではない。おそらく、議員たちは、今、人々から、不安・不満・怒りの声をたたきつけられている状況にあるだろう。参議院選挙後、年金国会を召集したっていいわけである。なんなら、年金解散して、衆議院選挙をやるのもいい。今、あわてて、生煮えの法案を次々と無理矢理通したところで、後から、そのツケが回ってくるだけである。

 建設的な議論のためには、それを可能にする環境をつくらねばならない。そういう条件のないところで、いくらこんなきれい事を並べても、実現できっこない。

 『読売』が、「大事なのは、参院選に向け、重要政策の選択肢を示す論戦だ。いたずらに混乱劇を演じてはならない」と主張するだけでは、事態はそのとおりには動かないのである。そのことは、これまで、同じ事を言い続けてきたにもかかわらず、けっしてそうはならなかったという事実が証明している。それなのに、無効な主張を繰り返すのは、現実が見えていないという自分の欠陥によることに、いいかげんに気づくべきなのであるが、特定の変なイデオロギーに染まりきっている頭では、それも難しいのである。

 国会会期延長 年金記録漏れだけが争点なのか(6月23日付・読売社説)

 重要な課題があれば、会期を延長してでも処理するのは、政治の責任である。

 国会の会期が7月5日まで12日間延長された。この結果、参院選は7月29日投票となる。

 与野党対立のあおりで、国会には、社会保険庁改革関連法案、年金時効撤廃特例法案、国家公務員法改正案などが、積み残しとなっている。

 社保庁改革法案は、社保庁の廃止・解体、非公務員化によって、“お役所”体質の払拭(ふっしょく)と転換を図るものだ。

 一般常識とかけ離れた長年の労働慣行の下で、5000万件余もの年金記録漏れの問題や、職員の不祥事などが相次いで起きたことを考えれば、速やかに成立させ、改革を急がねばならない。

 民主党は、国税庁と社保庁を一体化した「歳入庁」構想を主張しているが、事実上、公務員労組を温存しようとするものだ。これでは、問題の根本的な解決にはなるまい。

 年金時効撤廃特例法案も、年金記録漏れの点検と、正確な納付記録に基づく年金支給の作業を進めるための基本的な前提条件を整えるものだ。これも、早期成立が必要だ。

 民主党など野党は、参院選に向けて、年金問題を争点に政府・与党を追い込もうとしている。安倍首相の側にも、年金問題で内閣支持率が急落しているため、社保庁改革法案などの成立で巻き返す意図がうかがえる。

 だが、年金問題は、国民生活の基本にかかわる。いたずらに政争の具にするのではなく、問題解決のための建設的な議論が必要だ。

 この間、与野党の応酬は、年金記録漏れに集中した。肝心の年金制度改革の論議はどこへ行ったのか。政治の本来の責務を忘れたものと言わざるを得ない。

 ただ、安倍首相が今国会中の成立に執心し、会期延長を決意したとされる国家公務員法改正案には、やはり疑問がぬぐえない。

 天下りを根絶するために官民人材交流センター(新・人材バンク)を作るという。だが、早期勧奨退職の慣行の見直しや、スタッフ制の創設、定年延長などがないままで、新・人材バンクが円滑に機能するとは思えない。

 野党は、「延長してもなお審議時間は足りない」とし、法案の時間切れ、廃案に追い込む姿勢だ。内閣不信任決議案提出のタイミングもうかがっている。延長国会では与野党対決が強まるだろう。

 大事なのは、参院選に向け、重要政策の選択肢を示す論戦だ。いたずらに混乱劇を演じてはならない。

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櫻井よし子さんのおかしな日中関係論

 櫻井よし子さんというのは、どうも、人の神経を逆なでするのが得意な人のようだ。

 元紅衛兵の富豪で日本に留学して以来の友人だという中国人との会話が紹介されている。

 この富豪は、留学当時は、日本の環境に不満で、別の国に移住して、国籍を取得し、その後、北京・香港でビジネスに成功したのだという。

 彼らは、中国に進出して結局は失敗したヤオハンを悪し様に非難するので、一時、交流が途絶えたという。

 櫻井氏は、「経営者としての和田氏の判断ミスも当然ある。しかし、中国人相手の取引の難しさは、いまや常識である。法律も約束事も一顧だにしない理不尽極まる彼らによって、文字どおり身ぐるみ剥がされたのがヤオハンである。中国人の親切さとともにあこぎさも見聞してきた私は、和田氏らに対して気の毒だという想いを捨て切れない」と言うのである。

 中国人は、「法律も約束事も一顧だにしない理不尽極まる」奴らだというのが、櫻井氏の見方である。ヤオハンは、そんな連中に「身ぐるみ剥がされた」犠牲者だというのである。中国人は親切であると同時にあこぎであると櫻井氏は言う。

 しかし、日本人の中にも、あこぎな連中はいるわけで、年金記録をわからなくしてしまった社会保険庁から、牛肉と偽って、豚肉・鶏肉・ラム肉を混ぜたコロッケを売っていた会社もあれば、温泉をくみ上げる際に出るメタンガスの危険性を意識すらしていなかった温泉会社もあれば、広大な土地建物の固定資産税を一部しか支払っていなかった元町長の自民党議員もいれば、女子学生にセクハラする大学教授もいれば、ちかんにあっている女性を助けるどころかそれに加わった男もいれば、・・・。と、つい数日の間に日本人が起こしたあこぎな事件が、次々と発覚しているのである。

 この夫妻は、日本定住を決め、「今、東京の海を見晴らす高層億ションを探している」という。そして、「中国では、どんなに資産を蓄えても、どんなに権力を手に入れても、環境汚染から逃れることはできない。大富豪も共産党幹部も、汚染された空気と汚染された水で暮らさなければならない。現在の中国での成功は意味がないのです」と言うのである。一体かれらは、どうやって、富豪になったのだろうか? 空気を汚染する煙を吐き出し、水を汚す廃液を垂れ流す工場や企業に投資したからではないのか? あるいは、そうした工場から仕入れた商品を売ることで儲けだのではないだろうか? そのことに、この富豪は、無関係で、責任はないと言うつもりだろうか? そして、櫻井氏は、どうして、そのことを指摘するなり聞くなりしないのだろう? 

 こういうことを今中国であくせくと富豪の持つ会社で汗水流して働いている労働者や東京の海を見晴らす高層億ションなどけっして手が届かず、「汚染された空気と汚染された水でくらさなければならない」多数の人々は、どう感じるだろうか? まず、カチンとくるに違いない。もちろん、日本で、「働けど働けどわが暮らし楽にならずじっと手を見る」(石川啄木)という状態にある人々が聞いても、腹の立つ話であろう。

 さらに富豪氏は、「結局、日本がいちばんいい。どこも本当に清潔。食べ物も安全。社会も安全。第一、人間が優しいですよ」という。しかし、カネさえあれば、世界中どこに行っても、親切なサービスを受けられるのである。日本が、こうなるまでには、水俣病やイタイイタイ病、ヘドロ、光化学スモッグ、排ガス問題などの公害被害者を出し、それらの被害者などの闘いがあったのである。それらに一言も触れず、成果だけを横取りして、日本は清潔だ、安全だ、人間が優しいなどというのは、おかしい。

 富豪氏は、今回初めて、「日本も悪いが、中国人も悪い」と言ったという。それを櫻井氏は、「政権の中枢に近く、一般の中国人にとっては夢のような生活をしている富豪、権力者、高官たちのなかには、じつは中国の抱える矛盾も問題も非常に明晰に理解し、日本こそが理想の国だと考える人が少なくない。日本を高く評価してはいても決して口にしなかったその認識を、彼らはようやく口にするようになったのだ」というのである。

 中国の抱える矛盾に苦しんで、必死に闘っているのは、農民や労働者たちであって、富豪、権力者、高官のなかの日本を理想と考える人たちなどではない。富豪・権力者・高官たちは、生活の場から離れることが難しいこれらの人々の闘いを支持するなり助けるなりすることもなく、むしろかれらを弾圧する側にいる連中だ。かれらは、自分たちだけは安全で快適に生活できるところに引っ越して、高層マンションから下界を見下ろし安全で高級な無農薬食品などの食事をたしなみながら、あれこれと評論しているだけだ。櫻井氏も、そうしたお気楽な上流階級の一員として、日本なるものを楽しく空想で理想的に描いているにすぎないのである。

 ある留学生は、「中国にいたときは、日本は軍国主義の国だと頭から信じていた。しかし、来日して驚いたのは、何週間か過ぎても、軍人らしき人物を一人も見かけなかったことだ。靖国神社にもおどろおどろしいイメージを抱いていたが、行ってみて、その静かな佇まいに驚いた」と言ったという。

 なるほど、今は、そのあたりを制服姿の軍人が歩くことはない。しかし、安部政権、そして、東京都の石原都知事は、そういう状態が来ることを思い描いているのは明らかである。しかし、護憲平和勢力が、自衛隊が制服姿で、街を自由に闊歩することのないように、運動をしてきたから、今はそうなっていないのである。靖国神社については、遊就館の展示のことが書いていない。どんな宗教施設も、だいたい静かな佇まいである。もっとも、香港の道教の寺院は、人がやたらと多くてにぎやかだったが。

 最後に、櫻井氏は、「人的交流を進めることで、中国人の反日感情は必ず消えていく。日本人は日本のあり方に自信を持ってよいのだ」という。櫻井氏が勤めていた「クリスチャン・サイエンス・モニター」というアメリカの新聞社は、公平中立を貫いているというところらしいが、なるほど、櫻井氏は、最後には、日中の人的交流こそが、反日感情を消す有効な手段だと言うのであるから、バランスがとれているように見える。

 彼女は、日中対立を煽り、中国から資本を引き上げて、インドに投資せよと叫んだようなファナティックな連中とは、また違うようだ。それが、首相就任早々、中国を訪問した安部首相の立場と妙に重なるところが、妙である。権力に迎合したわけではあるまいが。

 それから、一番最後の「日本人は日本のあり方に自身を持ってよいのだ」というのは、どのような「あり方」なのだろうか? これは、アメリカ流の楽観主義で行けばよいという意味なのだろうか? 元来日本人は、慎重な民族という見方もあるのだが、ここだけはアメリカ流がいいというのか? 櫻井氏に、日米折衷のようなブレを感じるのは、私だけだろうか?

「 日本を知れば消える反日感情 日中の人的交流が示す可能性 」
『週刊ダイヤモンド』     2007年6月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 692

 過日、久しぶりに25年来の中国の友人に会った。ビジネスで大成功を収め、富豪となった友人夫妻は、文化大革命当時、紅衛兵だった。農村に下放され、現在も農村では日常茶飯の飢えの苦しみを存分に経験したそうだ。

 彼らはやがて北京に戻り、大学を卒業し、日本に留学した。私との出会いはそのときである。この上なくすばらしい友人である夫妻は、しかし、日本の諸環境に不満で、日本を去り第三国に移住、国籍を取得した。その後、香港、北京を舞台にビジネスに乗り出し、大成功を収めたのだ。

 ヤオハンとのかかわりもあった。周知のように、ヤオハンの和田一夫氏は中国進出で、ほぼ全資産を失った。小さな八百屋の時代から、家族全員が努力し、従業員の勤勉さに支えられて築き上げた全てが、中国ビジネスの拡大でつまずいたことで、あっという間に消滅したのだ。

 経営者としての和田氏の判断ミスも当然ある。しかし、中国人相手の取引の難しさは、いまや常識である。法律も約束事も一顧だにしない理不尽極まる彼らによって、文字どおり身ぐるみ剥がされたのがヤオハンである。中国人の親切さとともにあこぎさも見聞してきた私は、和田氏らに対して気の毒だという想いを捨て切れない。しかし、友人は、このヤオハンと和田氏を悪し様に非難するのだった。

 失敗し尽くした人々への容赦のない非難は聞くのもつらく、私たちの交流は少しばかり遠のいた。で、過日の再会はしばらくぶりだったのである。

 夫妻は今、東京の海を見晴らす高層億ションを探している。日本定住を決めた友人は言う。「中国では、どんなに資産を蓄えても、どんなに権力を手に入れても、環境汚染から逃れることはできない。大富豪も共産党幹部も、汚染された空気と汚染された水で暮らさなければならない。現在の中国での成功は意味がないのです」。

 大病で手術をしたばかりの友人はさらに言う。「結局、日本がいちばんいい。どこも本当に清潔。食べ物も安全。社会も安全。第一、人間が優しいですよ」と。

 友人とは、これまでに靖国神社、南京事件、尖閣諸島など、こもごも語り合ってきた。意見は常にぶつかり、友人はあくまでも中国が正しいと突っ張るのだった。だが今回、友人は言った。「日本も悪いけれど、中国も悪い」と。「中国も悪い」と認めたのは、長い付き合いのなかで、これがおそらく初めてのことだ。

 なぜ、こんなことを長々と紹介するのかといえば、それは、友人のような人が、中国にはきわめて多いからだ。政権の中枢に近く、一般の中国人にとっては夢のような生活をしている富豪、権力者、高官たちのなかには、じつは中国の抱える矛盾も問題も非常に明晰に理解し、日本こそが理想の国だと考える人が少なくない。日本を高く評価してはいても決して口にしなかったその認識を、彼らはようやく口にするようになったのだ。

 中国共産党政権は情報封鎖を徹底させることで、国民に内外の実情を知らせず、日本を敵に仕立て上げてきた。日本人は軍国主義から離れることのできない邪悪な民族だと教育してきた。そうすることで、かろうじて共産党の権威を保ってきた。しかし、日本の実情を知れば、中国人の想いも変化する。

 知ることでどんな変化が生ずるか。ある留学生の言葉を紹介したい。

 「中国にいたときは、日本は軍国主義の国だと頭から信じていた。しかし、来日して驚いたのは、何週間か過ぎても、軍人らしき人物を一人も見かけなかったことだ。靖国神社にもおどろおどろしいイメージを抱いていたが、行ってみて、その静かな佇まいに驚いた」

 人的交流を進めることで、中国人の反日感情は必ず消えていく。日本人は日本のあり方に自信を持ってよいのだ。

2007/6/2
櫻井よしこ

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分裂の危機に瀕するパレスチナ

 パレスチナ情勢は、極めて緊迫の度を強めている。ファタハ(PLO)のアッバス議長は、ハマス多数の内閣を解散し、非常事態を宣言すると共に非常事態内閣を組閣した。

 それに対して、アメリカ・ブッシュ政権は、歓迎する意向を示し、早速、これまで締結してきたパレスチナ自治政府への援助を再開する意を表した。ガザ地区はハマスが制圧し、西岸地区をファタハが支配するという分裂状態に陥っているわけだが、ブッシュ政権は、この上からのクーデターとも言うべき事態を肯定し、ハマスを多くのパレスチナ人が支持しているにもかかわらず、一方的に、ファタハを支持し、支援しようとしている。

 それに対して、アメリカの機関誌としてアメリカの世界政策・安保政策を支持し続けてきた『産経新聞』が、不思議なことに、この問題については、「パレスチナ分裂 両派和解意外に道はない」として、ブッシュ政権のパレスチナ政策に真っ向から異議を唱えている。もちろん、『産経』は、まったくこの間のハマスの行動を支持していない。もっぱら、事態の原因はハマスにあるとして、ハマスに向かって、報復よりも反省と和解をすべきだと主張しているにすぎない。

 ブッシュ政権は、イスラム原理主義武装組織をテロ組織として、対決姿勢を取っており、それはレバノン政府によるパレスチナ難民キャンプへのイスラム武装勢力への武力攻撃を支持し、政府への物的支援を行ったことで明らかである。パレスチナでも、ハマスに対しても、ハマス中心の自治政府への援助を凍結するなど、あからさまな抹殺政策をとり続けてきた。

 ブッシュ政権は、ハマスを徹底的に干上がらせ、パレスチナ住民の支持を引き離そうとしてきたのである。

 ファタハは、この間、欧米と結んで、援助・支援の利権を貪るようになり、腐敗・汚職にまみれたために、パレスチナ人の支持を失ったのであり、今回の事態は、腐敗したファタハの再来ということになる。その腐敗過程を促すのが、アメリカの支援再開であることは明らかである。パレスチナ自治政府をこうしたギャングの巣に変え、腐敗させていくことが、アメリカとイスラエルの狙いである。アメリカとイスラエルが容易にコントロールできるパレスチナ国家を求めているのである。

 事態は流動的であり、住民の支持が弱いファタハ中心の非常事態内閣が、統治をどれだけ安定的に実現できるかは、未知数だ。ファタハが自己改革し、自浄作用を発揮していないなら、腐敗した自治政府を住民の多くが見限るに違いない。ブッシュ政権は、なにせ自分の都合のいいようにしか事態を評価できないことは、イラクやアフガニスタン情勢で誰の目にも明らかになっているから、パレスチナ人の思いを読み違える可能性が大きい。イスラエルは、ガザ地区を封鎖して、経済困難に陥れようとしているが、これまで何度も封鎖しても、パレスチナ人の闘いは止むことはなかった。

 両派の和解というのは、だから、この地域をめぐる情勢の安定化を考えれば、なかなか良い考えである。それは、この地域の問題は、アラブ世界、イラク、シリア、レバノン、エジプト、イランにまで影響を与える可能性が高いからである。そして、昨年夏のレバノンでのイスラエル対ヒズボラの戦いで、イスラエルが事実上の敗北を余儀なくされたように、へたに軍事行動に打って出て、戦線が拡大するような事態にでもなれば、イスラエルの存在そのものまで危うくなりかねないのである。ガザ地区の封鎖というこれまで何度も実施してきたおなじみのやり方しかイスラエル政府が実行できないというのは、実際には、それだけイスラエルが追いつめられている証拠なのである。

 去年夏のイスラエル・レバノン戦争では、パレスチナ対イスラエルの戦闘のエスカレートから、ヒズボラとの戦闘に拡大していったわけで、今度もそうならないとは限らないわけである。ヒズボラは、去年夏以降も、武装を強化している可能性もあるわけだ。それに、ブッシュ政権の中東民主化構想を押しつけられたお隣のエジプトで自由選挙をやったら、イスラム原理主義者の議席が大幅に増えてしまって、エジプトもイスラエルにとっての安全度が低まっているのである。

 それなのに、早速、ファタハの非常事態内閣を支持し、自治政府への経済支援再開を表明したライス国務長官は、どうかしている。これは、危険な賭けである。そう考えると、『産経』の主張はなかなかである。もっとも、これは日本の外務省が、中東政策では、アメリカと違う日本の独自の立場からの独自外交を主張してきたことを引き写しているだけのことではある。それは、最後に、「日本がパレスチナで計画する「平和と繁栄の回廊」構想など国際社会からの支援も現状では進められない」と述べいることに表れている。日本政府が、ようやく調印にこぎつけた「平和と繁栄の回廊」構想に日本独自の国益の実現を込めているのを支持しているのである。この構想がいかにいかがわしいかは、パレスチナ情報センターのHPhttp://palestine-heiwa.org/にある特集平和と繁栄の回廊構想を見ていただきたい。アラブ諸国がファタハを支持しているといっても、多くの国では、ハマスに同情的な多数民意を無視しているのであり、民意と真逆の態度を示している場合が多いのである。

 欧米の中東政策は、ほとんど成功する見込みなどない。それは、去年のイスラエルのレバノンへの軍事侵攻で明らかだし、泥沼に陥っているイラク情勢やタリバンが復活してきたアフガニスタン情勢に明らかである。

【主張】パレスチナ分裂 両派和解以外に道はない(『産経新聞』2007/06/17)

 イスラエルとの和平問題を抱えるパレスチナ自治区が、内部の主要2派の抗争から、それぞれが支配するガザ地区とヨルダン川西岸地区に事実上分裂した。このままではパレスチナ国家を建設し、イスラエルとの共存を目指す中東和平構想は根本から揺らぐことになる。

 両派が自ら、まず和解への努力を始めるとともに、国連やアラブ連盟を含む国際社会が両派の和解へ向け仲介に動くことが急務である。

 パレスチナの内部分裂は、自治政府にとって、パレスチナの自治が決まった1993年のオスロ合意以来最大の危機といえる。

 今回の分裂は、パレスチナの評議会(議会)の多数を握ったイスラム原理主義組織ハマスが、長年パレスチナ解放を主導してきた穏健派ファタハの治安権限に挑み、ガザ地区を武力制圧したことから生じた。

 それを受け、ファタハを率いるアッバス自治政府議長(大統領に相当)が非常事態を宣言、ハマス最高幹部のハニヤ自治政府首相の解任と両派による統一内閣の罷免を発表した。しかし、ハマス側がこれを拒否したため、3月に発足したばかりの“挙国一致”政府は崩壊、分裂に陥った。

 今回の事態に対し、米国がいちはやくアッバス議長支持を表明したのに続き、米欧露と国連による中東和平4者会合(通称カルテット)もアッバス議長支持を打ち出した。

 ハマスは選挙により評議会の多数を握ったとはいえ、和平交渉の前提となるイスラエル承認を拒否し、今回は武力でガザを制圧したとあっては、国際社会の支持を得られるはずがない。日本政府もアッバス議長支持だ。

 ハマス支配のガザ地区に対してはイスラエルが早くも封鎖の動きに出た。国際社会からの経済支援も得られない状況では、同地区は早晩、経済的に行き詰まることが必至である。

 今回のガザでの戦闘による死者は1週間で100人を超えたといわれる。両派の和解は容易ではないだろうが、ファタハ側もこの事態を招いた原因を徹底的に反省し、報復ではなく和解へ向けた努力を開始すべきだ。

 日本がパレスチナで計画する「平和と繁栄の回廊」構想など国際社会からの支援も現状では進められない。

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ついに30%を切った安部内閣支持率に思う

  最近は、いろいろな世の中の動きが流動的すぎて、様々な事件が次々と起きては、情勢が変わってしまうので、それを追いかけるだけでも大変である。

 日本では、まさかの大きな年金記録漏れが発覚し、次々と年金制度の不備やいい加減さや厚生省官僚のひどい年金観が暴露され、一気に、年金問題が参議院選挙の最大争点になりつつある。

 そして、介護大手のコムスンの介護報酬不正請求問題での一部業務停止処分をきっかけに、介護福祉現場のお寒い実態が次々と明らかになっている。親会社は、かつてバブル時代に一世を風靡したマハラジャなどのディスコ経営を成功させ、さらに人材派遣業に乗り出すなど、時代の最先端の事業で、成功を収めてきたグッドウィルである。この件で日本経団連は、折口会長の理事退任と同グループの無期限の活動自粛処分を公表した。この点について、「経団連の御手洗冨士夫会長は同日の記者会見で、「(介護事業という)仕事の性質上、普通の会社より厳しい法令順守や社会的責任に基づいて経営すべきだった。(コムスンの行為は)大変残念で許し難い」と指摘」(6月11日『日経新聞』)というのだが、御手洗会長のキャノンでも、偽装請負問題が発覚しており、「厳しい法令遵守や社会的責任」という点で、模範的とも言えない情況にある。官も民も腐っているわけである。

 アメリカでは、エンロン事件など企業不祥事が次々と発覚したため、いろいろと対策を取ってきたわけだが、しかし、イラクなどで軍事関係の様々な事業を請け負っているチェイニー副大統領の関係するハリバートンの不正が発覚している。

 しかし、日本では、年金・福祉に関する不祥事が次々と発覚して大問題になっているが、アメリカやイギリスの新聞の見出しを占めているのは、イラク・アフガニスタン問題であり、レバノンでの政府軍によるパレスチナ難民キャンプへの軍事攻撃であり、パレスチナ・イスラエル情勢、などである。そしてアメリカの新聞では、もちろん、大統領選挙レースについてである。

 イラクでは、連日、アメリカ兵や住民が次々と殺害されており、先月の米兵死者数は、一月で、100人を超え、今月に入っても、すでに二桁の死者が出ている。イスラエル軍は、パレスチナへの攻撃を再び活発化しており、パレスチナでは、イスラム組織のハマスとファタハ(PLO)の間での戦闘が激化し、先日には、ガザ地区をハマスがほぼ制圧したという。それに対して、ファタハのアッバス議長が、ハマス内閣を解散させ、ファタハ系の内閣の組閣を開始し、それにハマスが強く反発しているという。パレスチナのハマス・ファタハの連立政権は、ついに崩壊の危機にあるという。このようなパレスチナの混乱に乗じて、強く介入するのがこれまでのイスラエルの常套手段だから、パレスチナ情勢は、極めて難しい局面にきたということが言える。事実上の政権崩壊、政権の空白、様々な武装勢力の闊歩、それに介入するイスラエル軍の攻撃、等々、の危険性が増大していると見るべきだ。だから、欧米の新聞は、パレスチナ情勢を連日報道しているのである。

 アメリカ政府は、レバノンの事態では、反シリア的なレバノン政府を支持し、パレスチナの事態では、もちろんイスラエルとファタハを支持している。このようなパレスチナ情勢に対して、イランが核武装することで、影響力を強めることをアメリカ・ブッシュ政権が強く警戒していることは、ドイツでのG8の総括文書にもあからさまに出ている。ただ、環境問題を主要テーマとうたっていたので、こうした点にはあまり注目が集まらなかったのである。だが、中東情勢は、今、極めて危険で深刻な状態にあり、アメリカとしては、当面、この事態に対処するために力を注がねばならず、他のことにはあまり手が回らないという状態にある。

 『時事通信』の世論調査では、安部内閣の支持率はついに危険水域と言われる20%台に入った。参議院選を闘えないという地方組織の悲鳴が党中央に上がってきているようだ。公明党からは副幹事長が、公認を得られなかったことなどに反発して、離党し、野党からの参院選出馬を目指すという動きが起きた。沈みかかった船からネズミが逃げ出すというのは、こういうことを言うのだろう。公明党自身、当初、公認候補全員当選と言っていたのが、最近では、全員当選は難しい、反自民の風に巻き込まれて、議席を減らすかもしれないと弱気を見せている。自民党自身については、橋本内閣が退陣に追い込まれた参院選の惨敗並に議席を減らすかもしれないという読みをする者もいる。この時、ある時点で峠を越えたら、一気に雪崩を打って、自民党は大敗北を喫した。それは、誰かが、狙ったからといって、成功するというものではなく、様々な力が一つに集中し、人々を方向付ける流れによるものとしか言いようがない。自民党はこの支持率低下をできるだけ回復させたいのだが、そのために、自民党内では、国会会期の延長が取りざたされている。低支持率の間に選挙を早くやりたい野党と人気回復のために時間をできるだけ使った上で選挙に持ち込みたい自民党との綱引きが活発になっているのである。しかし、投票をのばしたために、その間に、自民党にとって不利になる事態が発生しないとも限らないわけで、かえって、不利になる可能性だってあるのだから、会期延長が、参議院選挙で自民党に有利に働くとは限らない。

 なんだか、憲法問題まで吹っ飛びそうな感じなのだが、いずれ、国民投票法にしたがって憲法審査会が国会に設置されれば、改憲案の審議が始まるわけである。しかし、ごくおおざっぱな意味での護憲派が参議院で、3分の1を占める可能性がないわけでもない。自民党内にも、改憲消極派がいるからである。例えば、いわゆる旧鴻池会系や山崎派などの議員である。ただ、近年の自民党は、党議拘束を強くかけることが多いので、どれだけの力になるかはわからない。しかし、与野党逆転した場合には、執行部は、郵政法案での参議院議員の造反組処分の時のような厳しい対応はしにくいだろう。

 それにしても、自民党をこういう状態に追い込んだのは、「自民党をぶっ壊す」と叫んだ小泉前首相である。自民党参議院議員には、職域組織出身の議員が多く、その職域組織を「ぶっ壊し」、さらに地方組織を分裂させたりしてそれも「ぶっ壊し」たので、足腰が弱っているのである。沖縄ではまだ利益誘導がある程度可能だったが、それ以外の多くの地方では、自分たちの利益にならないとなると特に土木・建設関係の企業が動かなくなってしまったのである。それで、福島・山口等の地方選挙で自民党は大敗したのである。

 年金未記録問題は、自民党支持が高かった女性支持者を減らしてしまった。これではどうにもならないのではないだろうか。7割台という高支持率で出発した安部政権が、わずか10ヶ月ほどで、こんなぼろぼろの状態になってしまうとは、誰も予測できなかったのではないだろうか。世の中一寸先は闇である。

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割り箸は森林破壊の元凶ではないという話から

 おもしろい本が出たようだ。

 『割り箸はもったいない?―食卓からみた森林問題』(田中淳夫著 ちくま新書714円)の書評が、6月10日の『毎日新聞』にあった。

 確かに、われわれは、漠然と、割り箸が森林を破壊すると思うようになっている。それが、最初は、国内森林を破壊しているという説が流布されたが、それが端材利用されていることが明らかになると、今度は、東南アジアの熱帯雨林を破壊しているという話に変わっていった。

 しかし、東南アジア諸国での割り箸材の日本向け木材の中での割合は、インドネシア0・8%、フィリピン0・6%などで、ごくわずかなものにすぎない。建築資材用や紙パルプ用が大部分を占めているのだろう。これらが熱帯雨林破壊の主要な要因であるから、それを防ぐためには、建築用・紙パルプ用の木材伐採を減らすのが本筋である。これほど明快な事実もないぐらいなのだが、なぜか、割り箸材が、森林破壊の元凶のごとき話が、“都市伝説”化して巷に流布されているばかりではなく、それが、外食チェーンや自治体での割り箸追放運動まで引き起こしているという。

 評者は、このような“都市伝説”の大元に、どこぞの建設業・製紙業の大企業がいるのではないかと、疑ってみようとはしていないが、しかし、それはありうる話である。というのは、以前から、環境保護運動などが、企業が大量輸入する建築用・紙パルプ用などの東南アジアからの日本向けの木材切り出しが、森林破壊していることを告発してきたからである。その矛先を、割り箸に向けて、誤魔化し、情報を攪乱しているということも考え得るからである。

 人気のHP『きっこの日記』では、安部総理と個人的に親しいみのもんた氏が、年金未記録問題の責任は、国民にあるということを言っていることを批判しているが、こうして自らに向けられた批判をかわすために、目を別の者に移すように誘導して、責任逃れをはかるというのはよく見られることである。

 この問題で、自民党などが社保庁労組に責任転嫁を図ろうとしたのもそうである。労働時間が、短くても長くても、年金記録ミスするかどうかは無関係である。長時間過重労働では、大ミスの危険性が高くなる。実際に、過重労働からの大きな過失、例えば、トラックの大事故の例がある。パソコンの打ち込みをやりすぎるとかえって効率が下がり、注意力散漫となり、打ち込みミスが増えることは、パソコンをやる者なら誰しも経験でわかっていることだ。

 「私が気になるのは、新聞とテレビがすぐさま反応したことだ。たしかに定性的には(性質としては)箸は森林を壊す。しかし、定量的には(量としては)問題はない。問題はほかにある。こうしたテーマをジャーナリズムは、定性的に扱ってニュースとするが、地球環境は科学的でなければならない。科学は、定性と定量を分けて論ずることで科学たりえてきた」というのは、いろいろと当てはまることがある。例えば、禁煙問題である。それから、未だに誤りを認めていない『朝日』のキャンペーンで大問題化した埼玉県でのダイオキシン問題である。どちらも、定性のみを問題とし、事実上その定量を無限と暗黙に前提するということをして、人々の過剰反応を引き起こした。後者の問題は、定量的に大量にダイオキシンを発生させる産業廃棄物の焼却であって、その辺の庭先で焚かれるちっぽけなたき火の問題ではなかった。ところが、そんな定量的に問題のないちっぽけなたき火まで禁止する条例が各地につくられ、そんな不条理な条例が未だにそのままになっているのである。

 禁煙問題の方は、露骨な病人・病気差別であって、病と共に普通に生きる、病の状態で幸せがあり喜びがあり、その人固有の有意義な人生があるということを否定するものである。健康=善、病=悪という図式による価値秩序付けを人に押しつけるものである。それを批判したスーザン・ソンダクを読んでみるとよい。そのような言説が近代においてどのようにつくられてきたかについては、ミッシェル・フーコーでも読んでみればよい。しかし、そういう小難しい本を読まなくても、「定量的視点を欠いた報告はウソ半分になること」を意識しながら、ちまたにあふれる情報を注意して見ているだけで、“都市伝説”の類のいかがわしさはある程度見抜けるだろう。

 いうまでもなく、これは、健康に生きることを否定しているわけではなく、逆に、健康に生きるためには、「あるある大辞典」のデータねつ造事件があったように、健康を売り物にしているだけの、エセ健康情報に引っかかって、かえって、健康を損なうということにならないようにするために必要なことを考えなければならないということである。

 ちっぽけな個人レベルの悪を異常に追求し、大悪の追求の矛先を鈍らせる。割り箸を悪玉にして、建築用材・紙原料向けの大量木材使用に世間の追求の矛先をかわす。もしそんなことがこの問題に含まれているとしたら、大変な間違いを犯していることになるということだ。そんなことを考えさせてくれる書評である。

 藤森照信評(『毎日新聞』6月10日)
割り箸はもったいない?ー食卓からみた森林問題 田中淳夫著(ちくま新書714円)

 割り箸が森林を破壊する、という論を聞いたことのある人は多いだろう。この論、そのてのテレビドキュメンタリーを見たこともあるし、“マイ箸運動”というのもあった。外食で割り箸を使わないために、自分の箸を持参しようという運動である。
 こうした一連の割り箸を使わないために、自分の箸を持参しようという運動である。
 こうした一連の割り箸反対の動きを見聞した時、ヘンな話だナ、とは思ったものの、それ以上踏み込んで考えることもなくいつしか忘れてしまったが、はたしてあれはいったいなんだったのか。検証の一冊が出た。
 まず、日本にしかない割り箸の歴史が確かめられる。これまでの明治十年説や幕末説に対し、一七〇九(宝永六)年以前の吉野地方にさかのぼることが明らかにされる。この段階ですでに商品として流通していた。三〇〇年前となると現行のスシ(にぎり鮨)やソバ(ソバ切り)に負けない歴史があるあるわけで、今後の研究の展開によっては、江戸時代に新たに成立した日本独自の食文化を割り箸が支えたなんて可能性も出てくる。
 割り箸が森林を壊す説は、いつどこから発生したのか。十数年前にはじめて耳にした時もあいまいだったし、その後もウヤムヤなのだが、いまだにはっきりしないらしい。世界自然保護基金が一九八九年四月に出した内部資料にそういう指摘があるらしいが、どうも公式的には一度もそんな説は出されなかったというのである。
 都市伝説というかエコロジー伝説というか、根拠のはっきりしない説は根拠のはっきりしないゆえに千里を駆け、いくつもの自治体や外食チェーンでは割り箸追放運動が起き、食堂から例の姿が消える。
 日本産の割り箸が槍玉に上がったが、端材が使われていて問題がないことが分かると、次に東南アジアからの輸入材が問題視される。割り箸が熱帯雨林を破壊する、と。熱帯雨林の樹種から割り箸は作れないらしいが、それはともかく東南アジア諸国から日本に出される木材のうち割り箸用の割合を見ると、インドネシア0・8%、フィリピン0・6%などなど。1%を切り、誤差の範囲というしかない。
 割り箸の使用は、日本だけでなくしだいに台湾、韓国、中国にも広がりはじめているが、中国の場合、全木材使用量の0・16%が割り箸で、そのうち日本向けは6割。
 現在、日本食の世界への進出は目ざましく、ロシアなど異常なまででスシのテンプラなどどいう“一挙両得”メニューも私は体験しているが、ハシだけは純日本式でかならず割り箸が付く。日本食の普及によっては今後、世界の箸需要が増えるとしても、建築用や紙パルプ用にくらべ誤差の範囲を出ることはないだろう。
 このていどの割り箸がどうして問題視されたのだろうか。身近な品で誰にでも分かりやすいし、口に入れるものという点もあった。尻をふくトイレットペーパーがかつてパニックを起こしたことと通底するような大衆心理がひそんでいるのかもしれない。
 私が気になるのは、新聞とテレビがすぐさま反応したことだ。たしかに定性的には(性質としては)箸は森林を壊す。しかし、定量的には(量としては)問題はない。問題はほかにある。こうしたテーマをジャーナリズムは、定性的に扱ってニュースとするが、地球環境は科学的でなければならない。科学は、定性と定量を分けて論ずることで科学たりえてきた。
 定量的視点を欠いた報告はウソ半分になることを、この本は教えてくれる。

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G8サミット閉幕・予測不可能な抗議活動の高揚

 ドイツでの先進国首脳会議G8が閉幕した。

 地球温暖化対策では、2050年までに、二酸化炭素の排出量を半減するように真剣に検討することで合意した。この合意については、すでに、いつの時点から半減なのかが示されていない、「検討する」だけで、実際の決定ではないので実効性がない、等々の批判が出ている。ただ、「京都議定書」で、二酸化炭素の排出削減義務が課せられているのは、37の国・地域にすぎず、二酸化炭素排出量の1位アメリカと2位の中国は、「京都議定書」に参加していない。さらに、発展途上国も、加わっておらず、G8だけで、実効性ある対策を取ることは不可能だということがある。とりあえず、これまで「京都議定書」の外にあったアメリカと中国が、地球温暖化対策に取り組むことを促すことができたというだけでも成果があったという評価もある。

 同サミットでは、他に、アフリカのエイズ・結核・マラリア対策として、600億ドルの支援を決め、北朝鮮とイランに対して、核開発を中止するよう求める文書を採択した。

 大きな議題としてかかげられながら、WTO交渉については、年内に交渉締結を目指すということで一致したが、地球温暖化防止、イラク問題などで手一杯で、各国も熱意がなく、議論にならなかったという。G8は、もともとは、経済問題を主要に議論する場だったので、サミットも様変わりしたものだ。

 同サミットに対して、連日数万人規模の集会・デモや行動が行われたことが報道されている。下は、レーバーネットからの転載であるが、これによると、主催者も参加者も、これほどの大規模な抗議行動になるとは予想していなかったようだ。最近、日本各地の集会デモなどでも、主催者の予想を大きく上回る参加者があったというコメントをよく見る。前に訳してみたアメリカ労働党の文書でも、1年前には、2006年の移民の何百万人の街頭行動を誰も予想していなかったというコメントがあった。さらに2007年に、移民労働者は、メーデーに多数参加した。これも1年前には予想もつかないことであった。

 今、不祥事によって事業停止処分に付されている介護サービス大手のコムスンを傘下におさめるグッドウィルに対して、非正規の青年労働者たちのグッドウィル労働組合が、本社への抗議行動を行っていることなども、1年前には、誰も予想しなかった。ただ、以前には、漠然と、非正規労働者たちの立ち上がりを予想できただけである。だが、今や、若者たちは、労組をつくり、デモや集会に参加してきている。フリーター労組、首都圏青年ユニオン、その他、非正規の若者たちの労働運動が、広がってきているのである。

 フランスでの移民の若者たちの「持たざる者」の運動、イギリスでの空前のイラク反戦運動、そして、ドイツでのG8に対する闘い、等々、数年前まで、誰も予想していなかったことが目の前で次々と起きている。まさに、アメリカ労働党創設者のトニーが言うように、大きな社会運動の発生は、予測不可能である。こういう予測不可能性の中で、物事を考え、判断していくのは大変だが、しかしやりがいのあることでもある。明日どうなっているかわからないという状況は、可能性に満ちてもいるからである。

 映画「いちご白書」は、1960年代のベトナム反戦・学生運動を舞台にした映画だが、その中に、昨日まで体制的であったボート部の学生が、学生運動側に急速に変わるというシーンがあったが、それは、社会的変化が、諸個人を捉え、変えていくという予測不可能性をよく描いていた。昨日までの自分と今日の自分、そして明日の自分が変わっていくことを、驚きと喜びをもって感じることは楽しい体験であろう。まあ、これは推測にすぎないが、反G8行動の中で、行動に参加する若者たちは、こういう体験をしているのではないだろうか。そうでなければ、怪我をしたり、逮捕されたりするかもしれないような危険な場に、自主的に飛び込むようなことはしないのではないだろうか。

 予測不可能性ということで言えば、この前まで、米軍再編の一環の普天間代替基地建設のために、辺野古の反対運動を恫喝するために自衛艦を派遣するなどとは、予想を超えた政府の対応である。年金記録問題にしても、数年前には、いくつかの事例が知られ、一部の人が追求を始めていたとはいっても、まさかここまで大規模とは予想できなかったことである。松岡農相の自殺も予想外である。安部政権の支持率が、短期間で、これほど低下するというのも、予想外で、記者たちもそうコメントしている。

 詳しい事情はわからないが、「「ディセント」などのラディカルな活動家も、ドイツアタックがラディカルからNGOまで幅広く架橋していくうえで中心的や役割を果たしたことを評価していますし、2日の「暴動」を受けて、アタックがブラックブロックと公式の統一行動をとらなくなったあとも、それでもアタックの個々人の活動家たちの多くは直接行動に勇んで参加していました。こうした公式と非公式を使い分けた柔軟な戦術をドイツアタックがとっていること、そこにアタックの意義があるんだなあということを強く実感しました」というのは、多少、夜郎自大なところも感じるし、「公式と非公式を使い分けた」というのは、ちょっとずるいんじゃないのという気もする。

 2日の「暴動」については、一部の過激派が暴走したという話とドイツの警備当局が過剰弾圧して挑発したという話も出ており、現時点では事実経過がはっきりしていないので、あせって、われわれは「非暴力・無抵抗平和手段」しか認めないみたいな「公式」声明的なものを出す必要はないように思う。あの人たちとわれわれは違う、しかし、主要なメンバーが、個人的に直接行動に参加するというのは、わかりにくいのでは? このあたり、誰に向かって弁明しているのか? どこに顔を向けているのか? がわかりにくいように思われるがどうだろう。

 青森に着いた北朝鮮からの4人の脱北者について、新しい情報を加味したおもしろい『毎日新聞』記事が、阿修羅掲示板にあったので、転載した。なお、「北朝鮮人権法」に対して、右翼は「日本国民の税金で脱北者=外国人を保護するのは反対だ」などと主張して反対運動を行い、デモなどをした。ご参考までに。

*世界社会フォーラムMLから

木下茅=ピープルズプラン@ロストックです。

大屋君が先に帰国したので、G8闘争最後の報告をします。
私は基本的にシンポジウムなどには一切でず、デモや阻止行動をまわって、現場の活動家の話を聞くことに専念しました。率直にいって団体間を問わず、シンポジウムに出ているのは年配の方で、直接行動に出るのは若者、といった構図があることがわかりました。ですから、「ブラックブロック」とは何か、を知ることを含めて、反G8行動で顕在化する若者の運動の実相を知るには、とにかく足でかせぐしかないということを実感しました。

さて、今日闘争の主催者から聞いた話で最も感動的だったのは、2日の「暴動」と労働組合のことです。当初からこのG8の闘争に参加することを決定していた大労組はIGメタルなど3組合だけでした。ところが、2日の警察のあまりにひどい弾圧を受けて、それに怒った20の組合が警察の弾圧に対する抗議声明を出し、参加をよびかけ合流してきました。しかもその20の組合のなかに警察組合も含まれていました(主催者の一人に聞いたら、「なんでかよくわかんないけどねえ」と言っていました)。このようにあまりにも獰猛な弾圧に対して激怒した労働組合が参加するというのは、1999年のシアトルの再現といえます。

 全体としてドイツの若手の活動家の今回の行動についての評価は「こんなに成功するとはおもわなかった」というものでした。今日スタッフたちと一緒に全体の総括映像をみていましたが、みな、自信に満ち溢れ、会場は笑いと歓声に満ち溢れていました。

 加えて、そうしたなかで痛感したのはドイツアタックが果たした役割です。「ディセント」などのラディカルな活動家も、ドイツアタックがラディカルからNGOまで幅広く架橋していくうえで中心的や役割を果たしたことを評価していますし、2日の「暴動」を受けて、アタックがブラックブロックと公式の統一行動をとらなくなったあとも、それでもアタックの個々人の活動家たちの多くは直接行動に勇んで参加していました。こうした公式と非公式を使い分けた柔軟な戦術をドイツアタックがとっていること、そこにアタックの意義があるんだなあということを強く実感しました。

以上

  早い話が:脱北者が来た海の道 金子秀敏(『毎日新聞』2007年6月7日)

 脱北者4人を乗せた木造船が青森県の深浦に来た。ある新聞に、出発点の咸鏡北道(かんきょうほくどう)・清津(せいしん)港と深浦港を一直線で結んだ地図があった。距離は約800キロになる。だが、全長7・3メートル、旧式の船外エンジンだけの老朽船で、本当に日本海を横断してきたのだろうか。

 清津は、日本海を挟んで能登半島と向かい合う。奈良・平安の時代、清津は渤海国の一部だった。すぐ西の吐号浦(とごうほ)(現・鏡城)には5都のひとつ、南京南海府が置かれていた。

 渤海国は、日本に三十数回も使節団を送ってきた。その渤海船が出た港が吐号浦である。第1回の渤海使は727年に出羽の国(山形県)に着いたが、その後は能登、若狭に来ることが多かった。ずっと西の出雲のこともある。

 渤海使のルートには、日本海を横断するのと、朝鮮半島の東海岸を南下するのとがあった。日本海横断の場合は、冬場の季節風を利用して日本に来て、夏の季節風で戻った。

 脱北者たちは「韓国を目指したが、警備が厳しくあきらめた」と言っている。だとすれば、最初は朝鮮半島東岸ルートを選んだはずだ。そうなると、新聞の渡航図は不正確になる。

 このルートだと、リマン海流に乗り最大2~3ノットで南下できる。大人が歩くくらいの速さだ。対馬の沖まで来れば日本列島沿いに北上する対馬海流がある。これに乗れば自然に能登半島付近へ漂着する。韓国のゴミが流れて来る海の道である。(朴承武著「ソンビとサムライ」東海教育研究所)

 だが、航海する距離は直航の倍以上になる。脱北船は5月27日に清津を出たという。青森着は6月2日未明だった。最初の4日間は海が荒れ、船にしがみついていたというから、エンジンはほとんど役に立たなかったろう。だとすると、実質2~3日で青森まで来たのだろうか。

 船には羅針盤があった。沿岸漁が生業だという。それなら羅針盤はいらない。一人は覚せい剤と中国の通貨を所持していた。覚せい剤の売買は中国の通貨でやるのだろうか。本当に貧しい人々なのか。

 渤海使は、毛皮などの貢ぎ物を持ってきて、大量のおみやげを持ち帰った。日本側はその費用が大変なので、あまり来てくれるなと頼んでいる。渤海船の目的は商売が主だった。だが、今回の脱北船には、えたいの知れないところがある。(専門編集委員)

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混乱する脱北者情報

 青森の沖合でつかまった4人の北朝鮮からの脱北者の問題で、情報が混乱している。
 
 当初は、貧しさからの脱北をうかがわせる脱北者の証言が伝えられたが、次に、かれらが、北朝鮮政府の人権抑圧を批判しているという話が出てきた。
 
 コメが主食の北朝鮮で、二日に一度しかパンを食べられないという脱北者の話は、どうも怪しいなという気がしていたが、4日にテレビ取材に応じた李英和関大教授は、かれらが貧困層ではなく、北朝鮮当局による逮捕を逃れて脱北した可能性があることを指摘した。
 
 5日になると、船に積んでいた物が、けっこう高価なもので、かれらが貧困層に属しているという見方に疑問が出てきた。かれらの言う貧しいタコ漁師の一家で、貧しさから脱北したという証言の信憑性が疑わしくなったのである。
 
 それから、次男が、覚せい剤を持っていたことが明らかになった。5日付『毎日新聞』は、日本に住む脱北者の「北朝鮮では、一般市民の覚せい剤所持は珍しくない」という証言を伝えている。
 
 北朝鮮の政府による覚せい剤製造疑惑は、アメリカ政府も言及しているところだが、その見方では、覚せい剤製造は、政府が秘密に行っていて、外貨獲得の重要な収入源になっていることになっている。それが、下の証言にあるように、製造工場から横流しするヤミのルートがあって、しかもそれが一般市民が普通に手に入れることができるようになっているとはどういうことだろうか。これだと、北朝鮮では、幻覚に襲われての麻薬中毒による犯罪や事件が多発しているはずである。それも、当局の情報統制によって完全に覆い隠されているのだろうか? 真偽のほどはわからないが、少なくとも、もし、北朝鮮政府が外貨獲得源として、麻薬製造密輸に関与してるとすれば、このような貴重な収入源の管理を厳密に行っていると思われる。

 下にある証言では、ヤミの覚せい剤価格は、2000年頃で、1キロ1万円ほどだったという。これは、北朝鮮市民にとってはかなり高価なものなのではないだろうか。
 
 いずれにせよ、北朝鮮問題というと、むちゃくちゃな空想ストーリーでもなんでもOKという感じで、いい加減な情報が垂れ流されるので、気をつけなければならない。
 
 6日の『産経』社説が、比較的冷静に、麻生外相の「偽装難民の可能性もある」との見方を伝え、「覚醒剤に限らず、脱北の動機やその準備、費用などについても、十分に時間をかけて事情聴取すべきである」と主張している。ところが、同じ『産経』系の「izaニュース」の方では、一般のタコ漁師一家が、生活苦から決死の脱北を行ったというストーリーを描いていて、新しい情報を加わて問題を考えていない。怠慢もいいところだ。

 4人は6日、茨城県牛久の入管センターに入った。覚せい剤所持にも関わらず、異例の早さである。早いところ厄介払いしたいという当局の姿勢の現れだろう。この牛久の入管「収容所」には、難民認定を認められず、不当に収監されている外国人もいる。そこに、とっとと韓国に転送して、厄介払いしたい「北朝鮮人権法」対象者とされた脱北者が入ったのである。
 
 この経過を見ていると「北朝鮮人権法」というのは、実際には、このように運営されて、脱北者を素早く厄介払いするシステム法なのではないかと思う。脱北者のうちで、日本行きを希望する者は、おそらく極少数だろうからである。これは、脱北者を国内法をスルーして素早く韓国に転送する仕組みなのではないだろうか?

 脱北家族 高波に揺られ吐き続け…決死の日本海1週間800キロ(「iza」ニュース、6月6日)

 1日おきにしか食べられないパン。裏腹に簡単に手に入る覚醒剤。「無力な支配者が社会を後退させている」と粗末な小船で日本海を渡り、青森県深浦町に漂着して警察に保護された北朝鮮人一家4人は6日、法律上の保護期限を迎えた。4人は韓国での生活を求めており、韓国側も受け入れる方向だが、移送には時間がかかる見通しで、政府は7日以降も合法的に日本に滞在させる「一時庇護(ひご)上陸許可」を出す方針だ。一家が日本海を漂流すること1週間、その距離800キロ。4人の供述で、脱北の動機や経緯が次第に明らかになり、北の一般住民の生活の一端が浮かび上がってきた。

 警察の調べでは、4人は50代後半の元漁師の男性と妻の60代前半の女性、30代の専門学校生の長男と、20代後半のタコ漁の二男。5月27日夜、北朝鮮北東部の清津(チョンジン)から木造船で脱出した。

 船の操縦資格を持つ二男が金を貯め船を購入。漁で家計を支えたが生活は苦しく、「1日おきぐらいにパンを食べるのがやっとだった」。

 警察に保護された二男は、微量の覚醒(かくせい)剤を所持していた。「長旅なので眠らないようにするためにもっていた。共和国で簡単に入手できる」。

 「オルム(氷)」。そう呼ばれる覚醒剤が近年、中朝国境地帯を中心に広がっている。韓国の北朝鮮人権団体によれば、「(清津のある)咸鏡北道では、働き盛りの青年層の約5%が覚醒剤を服用」と指摘。北の覚醒剤密輸への国際的な取り締まりが強化され、だぶついた覚醒剤が国内で安く流通している。

 パンを1日おきにしか食べられない生活にもかかわらず、覚醒剤が容易に入手できる異常な環境。「共和国には人権がない」「無力な支配者が社会を後退させていることに疑問と不満があった」。4人は日本の警察官に心情を吐露する。貧困が広がり、特権階級が住む平壌以外の地方都市では、金正日総書記の陰口が目立ち始めたと伝えられるが、その現状を裏付ける「供述」だ。

 木造船は長さ約7・3メートル、幅約1・8メートル。黒色で、エンジンは2機(1機は予備機)。屋根はない。コンパス、パンやソーセージなどの食料、飲料水、衣類がぎっしり詰まったリュックサック、雨がっぱや傘、タオル、大量の軽油、そして食への執着ともとれる箸(はし)が積まれるなど用意周到だった。「捕まったときには自害」を覚悟し、毒薬も持った。

 一家は当初「韓国を目指すつもりだった」。だが、国境警備が厳しいため、日本と北朝鮮を結ぶ「万景峰号」が出入りしていた新潟を目指す。昨年の日本海に向けたミサイル発射や核開発問題、日本人拉致問題で、北朝鮮船舶の入港を日本が禁じていることは知らなかった様子。北の情報統制は相変わらずだ。

 決行の夜、清津は濃い霧。当局の目を盗むにはもってこいだった。が、以降の4日間は悪天候。二男と長男が交代で操縦したが、船は大きく揺れ「食事はおろか、話もできなかった」。両親は船にしがみつき、吐いた。

 高波で浸水した。何隻かの船ともすれ違った。追跡の不安を抱えながらの航海。脱出から7日目の今月2日、新潟から約300キロ北の深浦町に漂着した。母は疲れ切った表情でしゃがみ込んだまま動けなかった。そこがどこか分からなかったのだろう、見かけた日本人に「ニイガタ? ニイガタ?」と繰り返した。

 住民は「よくこんな小さな船で…。海流が急で、深浦には流されてきたのではないか」と推測する。

 一家は覚醒剤や多少の中国人民元を所持していたことから“特別”との見方もあったが、警察幹部は「一般住民」とみている。県警五所川原署の会議室で寝泊まりしている4人は、提供される幕の内弁当を毎食たいらげているという。

【主張】脱北者と覚醒剤 法治国家の姿勢を示そう(2007/06/06『産経』)

 青森県に漂着した北朝鮮からの脱北者家族の所持品から少量の覚醒(かくせい)剤が見つかり、警察当局は覚せい剤取締法違反(所持)容疑で書類送検する方針だ。脱北のケースでない通常の入管難民法違反(不法入国)事件なら、強制捜査の対象になる重大事犯である。任意でも法治国家として厳正な捜査が必要である。

 覚醒剤所持を認めた家族の一人である20代後半の二男は「北朝鮮で覚醒剤は簡単に入手できる。長旅なので、眠らないようにするため持っていた」と話している。密売目的ではないにしても、捜査当局はどこでどのようにして入手したかを詳しく聞くべきだ。

 北朝鮮では、国家機関が外貨獲得のために覚醒剤を製造・密売している。北朝鮮ルートの覚醒剤密輸は平成9年ごろから急増し、海上で大量に取引されている現場などが摘発された。日本の警察当局は、今回の脱北者4人が出航した清津付近など3カ所に覚醒剤製造工場があるとみている。

 最近は、国際的な取り締まりが強化されたこともあって、大量に余った覚醒剤が北朝鮮の国内に出回っているといわれる。こうした北の内情も、今回の脱北者は知っているだろう。

 6年前の平成13年5月、金正日総書記の長男、金正男氏とその家族とみられる4人が偽造旅券で不法入国し、東京入国管理局に身柄を拘束された。しかし、当時の日本政府は4人を事情聴取しただけで、北京に強制退去させる処分にとどめた。

 日朝関係に悪影響を与えたくないとする当時の外務省などの判断が働いたといわれる。厄介払いするかのような対応は、「主権国家としての任務を放棄した」「北朝鮮との外交カードを失った」などと批判された。このような愚を繰り返してはいけない。

 今回の脱北者4人は、昨年成立した北朝鮮人権法に基づき、希望する韓国への亡命が実現するよう、外交努力が行われている。麻生太郎外相は5日の閣議後会見で、4人の韓国移送について「武装難民でなかったことははっきりしているが、偽装難民でないという保証はない。きちんと捜査当局が調べたうえでの話だ」と述べた。

 覚醒剤に限らず、脱北の動機やその準備、費用などについても、十分に時間をかけて事情聴取すべきである。

 <脱北者>一般市民の覚せい剤所持「北朝鮮では珍しくない」(6月5日毎日新聞)

 青森県深浦町で保護された脱北者家族4人の所持品から微量の覚せい剤が検出されたことについて、脱北に成功し日本に戻って来た人たちは「北朝鮮では珍しくない。(一般市民の所持は)あり得る」と口をそろえる。警察当局は、次男を覚せい剤取締法違反容疑で書類送検する方針だが、北朝鮮のこうした事情も考慮してのものと思われる。
 
 数年前に脱北・帰国した東京都内の40代の元在日朝鮮人男性は「ヤミで覚せい剤を扱う人がいる。彼らにお金さえ払えばいくらでも手に入る。普通の人でも手に入れて使っている」と指摘する。
 男性によると、北朝鮮の製造工場で作られた覚せい剤は品質によって価格は異なるが、00年ごろには1キロ1万円程度で取引されていたこともあった。「社会が不安定で日々の暮らしに希望が持てず、眠気覚ましに使ったり、興奮状態になろうとして覚せい剤を求める人もいる」と話す。
 
  また、04年に脱北した大阪府の女性は「国を挙げてアヘンの原料となるケシの栽培を奨励しており、覚せい剤にも怖いというイメージはなかった。アヘンは下痢の治療などに利用されている。自分も使ったことがある」と語った。【工藤哲】

 脱北4人全員が腕時計 相当な資金?中流家庭か(6月5日『東京新聞』)

 青森県深浦町で保護された脱北者家族4人が、北朝鮮では高価な軽油や予備用エンジンを木造船に積んでいたほか、地方の貧困層は持っていないとされる腕時計を全員が持っていたことが5日、分かった。

 4人は県警の調べに「1日おきぐらいにパンを食べるのがやっとだった」と生活苦を訴えているが、識者は「北朝鮮では中流層の生活を送っていたのではないか」と推測している。

 警察官職務執行法に基づく五所川原署での4人の保護は6日に期限を迎えるため、県警などは7日以降の扱いを関係省庁と協議している。

 北朝鮮の生活に詳しい山梨学院大の宮塚利雄教授(朝鮮近現代経済史)によると、軽油は1リットル当たりの値段が平均的な給与の1カ月分で、「予備エンジンも含め、かなりの資金が必要だったはずだ」という。

 4人は「タコ漁の収入で家計をほそぼそと支えてきた」と供述しているが、宮塚教授は「腕時計も北朝鮮では高価な物。普通の市民は食べるだけで精いっぱいで、貧しかったとは思えない」と懐疑的だ。

 脱北者か、青森で木造船の4人保護…「生活苦逃げてきた」(6月2日『読売新聞』) 

2日午前4時15分ごろ、青森県深浦町の深浦港沖合で、国籍不明の不審な船が航行しているのを、地元の釣り人が見つけ、110番通報した。

 青森県警と海上保安庁が誘導し、船は午前8時ごろ、深浦港に接岸した。船には男性3人と女性1人が乗っており、県警は4人を保護し、鰺ヶ沢署で事情を聞くとともに、船を実況見分している。

 警察当局によると、男性の1人が片言の日本語で、「生活が苦しくて北朝鮮を脱出してきた」という趣旨の話をしており、北朝鮮から密入国を図った可能性があるとみて調べている。また、毒薬とみられる薬品を持っており、警察当局で分析している。

 県警によると、4人は20~60歳代。男女2人は中高年で、男性2人は若者とみられる。武器などは持っておらず、違法行為も今のところ確認されていないという。北朝鮮にいたことを示す証書類を持っているとの情報もある。

 海上保安庁に入った情報によると、110番通報の前、4人が乗っていたとみられる船が、深浦港から9キロ北東の風合瀬(かそせ)海岸付近に近づき、釣りをしていた人に「新潟はどこか」と尋ね、釣り人が「南の方」と答えると、南方に向かっていったという。

 4人が保護され、深浦港に上陸したのを目撃した地元住民によると、3人は長袖シャツを着て革靴を履いており、男性1人は作業服のような服装だという。4人はいずれも日焼けしていた。女性は接岸後、疲れ切った様子で座り込んでしまったが、男性3人は比較的元気な様子だった。

 船は全長約6メートルの木造船。船内には、水のほか、燃料とみられる油のようなものが置いてあったという。旧式とみられるエンジンが付けられていたが、櫓(ろ)もあった。

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米国労働党10周年文書(意訳)

 以下は、先日ちょっと触れたアメリカのlabor party(米国労働党)のホームページhttp://www.thelaborparty.org/にある文章を参考までに意訳してみたものです。

 最近は、民主党支持が大回復していて、ご承知のとおり、先の中間選挙では、上下両院で、民主党が過半数の議席を占め、ブッシュ政権との対決姿勢を強めています。こうした政治状況の中で、民主党からの労働者大衆の自立を求めて立ち上がった労働運動を基盤とする労働党の二大政党制を打ち破る闘いがどうなっていくのか、予断を許しません。

 これまでも、アメリカでは、ラルフ・ネーダーなどの市民運動を基礎とした第三潮流建設の試みが繰り返されてきたけれども、うまくいきませんでした。たいていは、民主党が、市民主義的主張を取り込んで、支持をさらってしまいました。しかし、労働党は、労組運動を基盤にした第三潮流の試みで、それとは違います。これは、この間の、AFLーCIOという最大の労組ナショナルセンターの分裂などの動きと連動しています。

 アメリカの選挙制度は、二大政党制に有利に出来ていて、しかも現職有利になっています。大統領選挙は、膨大なカネがかかり、労働者大衆には不利です。ただ、地方政治では、民主党・共和党以外の政党や無所属の議員もけっこういるようです。

 以下、つたない意訳ですので、参考程度ということで。

「労働党10周年」
  マーク・ドゥジック(Mark Dudzic)、全国組織者(ナショナル・オルガナイザー)
  2006年6月

 10年前の今月、1400人の参加者が、労働党を設立するために、オハイオ州クリーブランドに集まった。クリントン政権に飽き飽きし、労働運動の価値のある変化によって鼓舞され、私たちは、企業の二つの政党を決定的に破壊する呼びかけによって、歴史を作った。私たちが、クリーブランドを離れた時、私たちの多くは、ついに、流れが変わって、労働者大衆が、その戦闘性を再獲得する態勢ができたと感じた。
 
 もちろん、私たちは、皆、今日、1996年が、労働者の偉大な再生のスタートではないことを知っている。また、誰も、労働党がそのすべての約束を果たしていないことに、文句を言うことはできない。しかし、私たちは、労働運動が、広範に後退している間に、力強く成長した。

 この後退には多くの理由があるのだが、全体的に、労働運動が、民主党との固定的な関係に、いまだに直面しているということがある。2004年の選挙の大失敗後、まもなく、労働運動は、その未来についての議論を開始した。その提案と対案の激しい性格同様のそのものすごい量の多さは、励みになっていた。この分裂の中で、労働党は、運動に、政治の新しいビジョンを喜んで受け入れるさせることに挑戦した。われわれは、今日、実際の労働党を持ってはいないが、それを強く主張した。なぜなら、労働運動は、それを建設する仕事に未だに取りかかっていないからである。

 不幸にも、それらの議論は、政治的独立の問題へのリップサービスを与えただけだった。私たちは今、最も急進的な「新しい」政治理念から古い政党政治、一時的な共和党支持までの広い幅を持つ二つの大きな労働同盟を持っている。そして、その現実が、続いている。私たち自身の真の党を除いて、労働者大衆は二つの企業の政党のなすがままであり続けている。

 私たちが過去の10年の出来事を思い起こす時、自慢にしていることが多くある。私たちは、既存のものにどうしても私たちの望むような党ができないことを理解した。それは労働階級の団体および運動の拡張の網の内で成長しなければならない。私たちは、選挙政治を、破れかぶれではなく、強い位置から行なわれなければならないという立場を守った。そして私たちは、偽の進歩的な窓飾りを持つ企業の政策と民主党を再包装する終わりのない策動に反対する強固な声である。

 また、私たちも公約の深さと私たちの中核的メンバーと加盟組合の支援を誇りに思っている場合がある。私たちの活動家と組織者はほとんど郷愁的な時代遅れのものとして労働党を保存するのに関心を持っていない。むしろ、私たちは皆、労働者大衆が、私たちの世界を支配する企業に立ち向かう力をつくることを心がけている。

 これらの精神的原則と、主要な作業の支援と共同体のリーダー(州のAFL-CIOと国際港湾労働者協会のチャールストン地区を含む)とで、去年の12月、労働党は、サウスカロライナでおもしろく珍しい企てに乗り出した。今日、私たちは、私たち自身の投票の列に投票者を並ばせる権利を持った最初の公認の州労働党へうまく前進しているところである。

 私たちは、この挑戦が、労働党のメッセージがサウスカロライナの人々に響くだろうと確信して、ことを始めた。そして今、6ヶ月後、組合ホールで何千という聴衆によって、公衆、人々の家、そして、労働者大衆が生活必需品を買いに集まるたくさんの蚤の市で、私たちは、1万5千人のサウスカロライナの人々が、投票箱で、もう一つの選択をする時がきたと断言した報告をすることを誇りにしている。
 
 私たちは、当初から、すべての多様な賃金労働者階級を代表する州レベルの党を創設するのを目指して、州全体の創設大会のために計画を立て始めている。私たちは、この大会が、 全国政党の意義と原則と一致する、戦略的な選挙のキャンペーンに向かう針路を企画するものと期待している。私たちの選挙公約がそれを表現すれば、私たちの候補者たちは、「党綱領で概説された地位を継承し、また党籍を証明するだろう」。これは、労働者階級のために語ることにクレームをつける他の政治的組織的企てから私たちの努力を区別するものである。
 
 私たちは、サウスカロライナが労働者階級の政治の新しいビジョンを促進することができる真の候補者たちの最初の場となることに満足している。サウスカロライナのように州レベルですることができるのは、労働運動と他の活動家たちが政治的自立に真に参加する時、何を起こすことができるかを示すことである。この努力は、政治的荒野から出る最初の確実な一歩となるだろう。

 しっかりと実現可能なサウスカロライナ労働党を創設するのに必要な基金を調達するだろうこの州の私たちの支援者たちにゆだねることは、労働党臨時全体会に拍車をかける可能性がある。これは打ち勝ちがたい仕事ではない。もし、私たちが労働運動が「安全な議席」の多くのCAFTA(中米自由貿易協定)支持の、また、戦争支持の民主党の上院議員の一人を改選するのに浪費しているのと同じくらい多く立ち上がることができるなら、サウスカロライナの政治を変えることができるだろう。
 
 そのために、何百もの個人と多数の加盟組合が気前よく私たちの基金集めの呼びかけに答えた。委任された労働党の活動家は、フィラデルフィア、シカゴ、デトロイト、ニュー・ヘイヴン、サンフランシスコ、エディソン、アマースト、ニューヨーク、ワシントンなどで、この夏と秋に予定されている資金集めパーティーのために、彼らの家と組合ホールを開けた。 5月に、国際港湾倉庫労働者組合(ILWU)は私たちのサウスカロライナのキャンペーンへの資金援助を承認し、誓約した。私たちへの支援に関する詳しい情報に関しては、ここをクリックしてください。

 私たちの創立仲間のトニー・マッツォッキが1990年代前半に労働党のアイデアを広めるために国内を旅行したとき、彼は、それをわれわれの未来への投資と呼んだ。それはまだそうであるが、どちらかといえば、10年間の出来事は、労働党の必要性を百倍に補強した。
 
 また、トニーは強力な社会運動の予測不可能性に永続的な信念を持っていた。彼は、だれも大恐慌の深層からCIOの台頭を予測することができなかったと私たちに言った。1年前に、だれも、何百万人もの移民労働者が今春に街頭デモをすると予測していなかった。また、10年前には、だれも、最初の州全体の労働党選挙の努力がサウスカロライナにあると予測していないだろう。
 
  社会の進歩は予測できないかもしれない。しかし、私たちが食べるために働く人々のかなりの大部分の必要性と切望を無視する世界に住んでいる限り、それは必然である。

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「新しい歴史教科書をつくる会」と扶桑社が絶縁

 右派で歴史修正主義者の集まる「新しい歴史教科書をつくる会」とフジ・産経グループの出版社の扶桑社との教科書発行問題の話し合いが決裂した。

 「つくる会」は、扶桑社から、歴史・公民の教科書を発行してきたが、採択率が低く、扶桑社側の負担が重くなっていたと思われる。しかも、教科書の記述内容についても、かねてから、扶桑社側に不満があって、その意を受けて動いた八木秀次元会長派と藤岡・西尾派との内紛があり、八木一派が「つくる会」を事実上追い出されるという事態にまでなった。

 「つくる会」を出た八木グループは、新たに日本教育再生機構を設立し、八木氏は、代表に就いた。日本教育再生機構は、与党・政権と融和的で、親米的な保守派が多い。扶桑社も、このグループと手を組む模様である。

 5月30日、「つくる会」も、日本教育再生機構と融和的な動きをしてきた小林正会長を解任し、藤岡信勝副会長が会長に就いた。「つくる会」は、別の出版社を探すという。

 31日の「つくる会」ニュースは、「このような結果となった責任を明らかにし、今後の「つくる会」の運営を円滑にするという趣旨に基づく、小林会長の解任動議が提出されました。慎重に審議した結果、解任動議は可決されましたが、小林会長に辞任の意思があれば辞任による退任を優先することとしました。その後、小林会長に辞任の意思がないことが判明し、会長並びに理事の解任が確定しました」と、またしても、会長を引きずりおろすという内紛による人事変更が繰り返された。

 同ニュースには、「続いて理事会では新会長の選出が議題となり、藤岡信勝副会長が推薦され、反対は無く満場一致で選出されました。また、欠員となった副会長には杉原誠四郎理事が選出されるとともに、新理事として大月短期大学教授の小山常実氏を選出しました。/この結果、新執行部は、藤岡会長と、高池・福地・杉原3副会長の4名体制で構成されることになりました」とある。この4名体制も安泰は続くまい。

 最後に、「なお、今回理事会までに、石井昌浩理事、小川義男理事が辞任されておりますのでお知らせします」とついでのように記されているが、粛清に次ぐ粛清というスターリンばりのやり方が、またも繰り返されたのである。

 31日付「<会長声明>創立の初心に立ちかえり、「つくる会」10年目の挑戦にお力添えを」という声明で、藤岡新会長は、「つくる会は10年前の平成9年(1997年)1月、日本の歴史教科書の現状に危機感を抱いた同憂の士相集い、任意団体として発足しました。近代日本を悪逆非道に描き出す「自虐史観」を克服し、次世代の子どもたちに誇りある日本の歴史の真の姿を伝えようという会の訴えは、たちまち国民的な反響を呼びました」と自画自賛している。これが錯誤であることは、今では、多くの人がわかっている。「同憂の士」たちの本は、売れなくなってしまったのである。

 錯誤の上に、彼は、「こうして10年、つくる会は今、『新しい歴史教科書』というかけがえのない運動の柱を持つに至りました。この教科書は、「階級闘争史観」や「自虐史観」の拘束から自由になり、世界史的視野のなかで日本国と日本人の自画像を品格とバランスをもって活写しています。面白く、通読に耐える唯一の歴史教科書でもあります」と自己陶酔に浸っている。

 彼にとって、「階級闘争史観」や「自虐史観」は自らを拘束するものであり、それから自由になったというのであるが、今度は、「自由主義史観」という別のものに拘束されたということを自覚できない。その拘束からも自由にならなければならないということに気づかないのである。彼の中では、自由主義イデオロギーだけが、自由を真に実現するものなのだろう。このイデオロギーが、「世界史的視野の中で日本国と日本人の自画像を品格とバランスをもって活写する」ことを可能にすることになっている。ところが、現実は、日本人の中に、固定的な格差があり、上層と下層の間では、お互いに同じ「日本人」と言われても、あまりにも違いが大きすぎて、相互理解ができないほどの深い溝が生まれ、それが固まりつつある。地方の住民から見ると、石原東京知事などというのは、ほとんど怪物のようにしか見えないようになってきたのである。

 そんなリアルな現実は、藤岡会長の視野の外にあって、ただ、好き勝手にいいように描いた空想的な自画像を信じろと人々に押しつけているだけなのである。「つくる会」の「新しい歴史教科書」は、100万部売れたというが、右派宗教団体が、一人で何冊も買って、売り上げを水増しし、「つくる会」に反対する人にまで、送りつけていたのである。

 新たな出版社を公募するという。採択率の向上が見込めそうもない教科書の出版を引き受ける奇特な出版社があるかどうかはわからない。運動として、経営的な損得を越えて、公募に応じるところがあるかもしれないが、しかし「桜チャンネル」が、金銭的に行き詰まって、事業縮小を余儀なくされたことを考えると、それも難しいのではないだろうか。

 対する日本教育機構の方は、親米保守派という既存保守の主流で、財界や自民党にも多くいる権力も金もある上層に支持基盤をすえている。こちらは、自民党や教育再生会議への働きかけなどを行っており、政権内部の支持者たちと連携しつつやっていくようだ。したがって、与党文教族・森派の文教利権を解体するのではなく、そこに食い込むつもりなのだろう。文科省役人の天下り、利権、官民癒着は、他の省庁と変わらないのだが、それが問題化しないのは、森派の力によるのではないだろうか? 昨年、「やらせタウンミーティング」問題が発覚した時に、電通との癒着を示すとおぼしき、高額費用の問題が出ていたのだが、経費縮小した途端に、疑惑追及が止んで、そのままうやむやになってしまったが、怪しい話である。教科書会社への文科省からの天下りはどうなっているのか?

 「つくる会」は、既存の教育利権構造から排除されたのではなかろうか。

 つくる会、扶桑社と絶縁/会長解任、別出版社で発行(『四国新聞』2007/05/31)

 「新しい歴史教科書をつくる会」は31日、同会が主導する日本史や公民の教科書を発行している扶桑社(東京)と関係を断絶し、別の出版社から教科書を発行することを明らかにした。

 また30日付で会長の小林正・元参院議員を解任し、副会長の藤岡信勝・拓殖大教授が新会長に就任した。

 つくる会によると、扶桑社が2月「これまでの教科書は採択率が低く、つくる会内部も混乱していることから、新しい会社を立ち上げ、別の内容の教科書を発行する」との意向を伝えてきたという。

 会見した藤岡新会長は「いくつかの出版社に打診し、前向きな感触を得ている。扶桑社も方針を撤回するなら、交渉の用意がある」と話した。

 昨年4月から使用されているつくる会主導の教科書の採択率は歴史が0・4%、公民が0・2%にとどまる一方、同会は、運営方針などをめぐる対立で会長が相次いで辞任するなど“内紛”が表面化していた。

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