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「希望は戦争」についての雑感(1)

 『論座』1月号に掲載された31歳フリーターの赤木智弘というブロガー『希望は戦争 丸山真男をひっぱたきたい』という論文が話題になっている。

 全文を読んだわけではないが、抜粋や赤木氏のブログを見ると、この趣旨は、バブル崩壊後の就職氷河期に就職期を迎えた団塊ジュニア世代が、フリーター、不安定雇用、派遣労働などに就かざるをえず、近く景気回復するという政府のアナウンスが繰り返されたにもかかわらず、いっこうに景気が良くならない中で、長期間、フリーターから脱出できないでいるので、戦争で兵士になれば、政府が雇用・所得を保障してくれるので、自分にとっては「希望は戦争」だということである。

 さらに赤木氏は、自らは左翼であると自覚しているが、既存左翼(正社員労組など)は、自分たちを見下しつつ現場でこき使う存在であり、また、自分たちの境遇を改善するためになにもしてくれなかったことを批判する。それに対して、大金持ちや富裕層は、直接関係することもない遠い存在なので、批判すら思い浮かばないという。

 90年代、バブル崩壊後の長期不況の時代に、経済状況は、基本的に下降線を描きつつ、停滞していたわけだが、企業はリストラに走り、「連合」は、正社員の労組員の雇用を守ることを最大の課題にしていて、その外にあるフリーター・パート・アルバイト・臨時・派遣などの労働者対策を取り上げてこなかった。雇用形態がこのような構成に変化することを「連合」は想定していなかったと思う。「連合」は、ここ数年、正社員減少に伴う労組員減少の中で、ようやく、増加している非正規雇用労働者の組織化に乗り出したにすぎない。いわゆる、「連合」は、高度経済成長時代の型のままだった。いわゆる高度経済成長の蓄積様式は、フォード・システムと呼ばれるが、正社員の終身雇用・年功序列という型を前提としていた。それに対して、新自由主義型の蓄積様式においては、雇用流動化、能力主義などに、成果主義賃金、などになっているのである。

 1990年代後期、95年1月17日の「阪神大震災」、3月の地下鉄サリン事件、金融危機、アジア通貨危機、等々と続くわけである。それに対して、フォード主義型の対応策は、有効ではないとして、新自由主義への転換が急速に進められる。

 この時期、右派は、フォード主義の責任を、55年体制、社民党などの左派になすりつけ、その清算、断絶が、右派から強調された。それは、レーガン、サッチャーから学んだものであったが、自社さ政権の村山首相の「阪神大震災」への対応の遅れの責任追及、対米関係のぎくしゃくなどの批判を通じて、浸透させられていったのである。そして、自由主義史観研究会などによる「新しい歴史教科書をつくる会」の右派運動が起きる。とくに、オウム真理教との対決を通じて、公的なものが希薄化していることに危機感を抱いた小林よしのりの言説は、青年会議所の中小経営者を中心に支持が広がり、若者の間にも一定の影響を広げた。

 1990年代、アメリカで民主党クリントン政権、そしてイギリス労働党は、新自由主義と社民主義の折衷の「第三の道」に移行した。日本では、社会党分裂、多党化、新進党、分裂、民主党結成へと政局が混迷し、自民党も一時下野の後、連立政権の時代に入っていった。経済的社会的政治的混迷の時代にあって、パート・フリーター・臨時・派遣などの不安定雇用者の問題は、忘れ去られていて、新自由主義的な自己責任論などで切りすれてられていた。当初、この問題は、自由な時間を求める若者の自発的な選択と言われ、自己実現の形であると喧伝された。しかしそれは一部の話であり、バブル期流の古い言説であった。

 「オール・ニート・ニッポン」の「フリーターの希望は戦争か?」というポッドキャスト番組(クリックドットTVにある)で、雨宮処凛さんのパーソナリティ、赤木智弘さん、「フリーターズ・フリー」の杉田俊介さんの三人のトークがあり、聞いてみた。全員、1975年生まれである。90年に15歳、高卒卒業が、93年。短大卒が、95年。4大卒は、97年。

 生まれた頃は、オイルショック、日本列島改造ブームとその崩壊、革新自治体の誕生、インフレであり、十代の頃はバブルの真っ最中である。高校生の間に、バブル崩壊、以後長期不況に入る。1995年、二十歳の時に、阪神大震災と地下鉄サリン事件が起きた。その後、アジア通貨危機、金融危機、山一証券の経営破綻、長期信用銀行・北海道拓殖銀行などの金融機関の破綻、不良債権問題深刻化、リストラ本格化、就職氷河期、財政危機、派遣業法改悪。2000年、25歳の時、9・11事件。アフガニスタン侵略戦争、イラク侵略戦争。

 この中で、赤木さんは、ナショナリズムはあくまでも手段であって、それを信じ込んでいるわけではないと言っている。実際、右派は、不安定雇用者問題に真剣に取り組むことも取り上げることもなかった。自民党は、派遣業法改悪によって、不安定雇用層を大幅に拡大した。右派は、イデオロギーや道徳問題ばかりを取り上げた。それに対して、赤木さんは、平等を強く訴える。そして、戦争においては、全般的平等が実現されるであろうから、「希望は戦争」だと言うのである。現実の戦争は、もちろん、不平等なものであり、差別的なものである。それはそうなのだが、赤木さんが指摘する問題は、そういうことを言わざるをえないところに彼を追い込んでいる現実に対して、解決策を示さない既存左翼の問題である。もちろん、社共は、派遣業法改悪に反対したりしたが、議会では勝てなかったのである。

 そして、赤木さんのいるところの具体的な環境がある。彼は、栃木県でアルバイト生活をしているわけだが、栃木県は、自民党が圧倒的に強い保守王国であり、しかも、この間の都市と地方の格差拡大、地方切り捨ての中で、とくに経済環境が厳しい地方である。都市部では、労働力不足が問題になり、パート・アルバイトなどの時給が上がりつつある。だが、構造的に、都市と地方の格差は、固定化し、拡大しているのである。

 雨宮さんは、90年代後期の就職氷河期に、学校で教えられた「がんばればなんとかなる」ということが、通用せず、フリーター化する他ない中で、自由主義史観派の戦後教育批判がすっと入ってしまったという。つまり、右派の台頭の要因は、90年代のバブル崩壊後の長期不況の中で犠牲を強いられた若者の怒りと不満のはけ口になったということだ。この時期、左翼世界では、ソ連東欧体制崩壊後の反省の時代であって、代行主義批判だとか代表制批判とか、左翼言説の抑圧性批判とか、そんなことが左翼系知識人の間で強調されていた。それに対して、雨宮さんと赤木さんは、どうして自分たちの思いや要求を代表し、代弁して、状態を改善してくれなかったのかと左翼を批判する。

 これは、強烈な左翼知識人へのパンチである。彼らの言説は、赤木さんら、「ワーキング・プア」に追い込められた若者たちには、冷淡にしか見えなかったのである。丸山真男批判は、そういう左翼知識人批判の象徴である。左翼が、自分たちにとって何の役にも立たず、あれこれと内輪向けの談義にふけり、抽象的平和論を振り回しているのに彼は苛立っている。それに対して、彼のように、底辺に落とされ、希望のない不安定雇用、「ワーキング・プア」状態から抜け出せない中で、ルサンチマン(怨念)を抱きつつ、鬱々としている人々に目を向けなかった。赤木さんはブログで、ニーチェを引いて、そのことを指摘する。ただ、ニーチェは、元々は、当時のドイツのアカデミズムの超エリートであった。その後、そこから転落していき、強烈にドイツ・アカデミズムを批判するようになったのである。

 佐高まこと氏は、赤木論文に対して、イラクに行って戦争を体験して見ろ、なにも持っていなくても命はある、若者のゲーム感覚、等々と批判した。それを雨宮さんと赤木さんは批判する。うーん、佐高氏がこんなことを言うのは、やはり問題だ。これでは、憲法9条・25条以下の状態を容認しているように見える。イラク戦争への自衛隊派遣は、9条違反で、若者が、イラクに行って、戦争に参加することはあってはならないことだし、「文化的で健康的な最低限の生活」を保証している25条以下の生活の人があってはならないわけで、護憲派たる佐高氏がそれを言ってはならないことである。

 他方で、雨宮さんは、自分が右翼に行ったのは、フリーター化せざるを得ない状態に追いつめられた現実に対して、生き方の不安にあって、それをナショナリズムで誤魔化したという。すると、若者の右傾化と言われた現象は、一つには、若者の現実とその要求を取り上げず、冷淡だった左翼への反発ということがあった。そして、かれらは、ナショナリズムが持つ「国民」平等幻想、「国民」一体化幻想に入ることで、自分たちの状態を夢の中で解放されると思ったということらしい。したがって、それは、既存の右翼と違うし、むしろ、小林よしのりらは、こうした若者たちが自己主張するために利用されただけだったということになる。

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コメント

こんな記事を載せる論座がまだ存続しているのがいじらしいというか、いたたましいというか。

投稿: 知足 | 2007年7月 8日 (日) 10時14分

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