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2007年8月

成島忠夫選挙総括によせて

   「ちきゅう座」http://chikyuza.net/modules/news1/article.php?storyid=193
のホームページに、「9条ネット・成島忠夫選挙運動を終えて〈矢沢国光〉」という文書が載っている。

 参議院選挙での自民党惨敗によって、改憲問題もどこかに吹っ飛んでしまったようだが、安部総理をはじめとする改憲派は、9条改憲の意図を捨てたわけではない。参議院を制した民主党にしても、内部には、前原グループをはじめ、改憲積極派がけっこういるし、いつ改憲論議が再燃してくるかわからない。

 当面の9条改憲の危機は防ぐことができただけだということだ。これは、「9条ネット」を含む闘いの成果といってよい。さらに、衆議院選挙で、この成果を固め、拡大したいものだ。しかし、政権が見えてきた時、小沢民主党が、9条改憲・日米同盟強化という「現実的」路線に舵を切り、転換を図らないとも限らない。油断はならないのである。

 「9条ネット」や「9条改憲阻止の会」の9条改憲阻止の闘いも、続く。その中で、しろうと集団であった成島忠夫氏の選対だった矢沢さんの総括が以下の記事である。

 成島氏の立候補は、ぎりぎりであった。あわてての選挙戦になり、しかも、選対は、しろうと集団であった。「9条ネット」自体も、選挙準備が遅れ、選挙登録団体としての最低要件である10名の候補を揃えるだけで大変だった。選挙区は、兵庫で1人だけである。天木直人(元レバノン大使)さんの知名度頼りと言っていいようなものであった。こういう団体から出馬を決断した天木氏の勇気には感服する。

 郵政解散総選挙の際に、たった一人で、小泉前総理との選挙区での闘いに立ち上がった天木氏らしい潔さである。無鉄砲と言えば無鉄砲だが、基本的には「情」の人である天木氏らしい行動である。夏目漱石の「坊ちゃん」のようなさわやかさである。

 参議院選挙は、小沢民主党の「生活第一」のスローガンが、年金問題、政治とカネのスキャンダル、社会格差の問題、等々の世論の関心に答え、受けたために、憲法問題は、選挙争点としてはあまり浮上せず、安部政権の改憲路線に真っ正面から対決する形で、9条改憲阻止を対置して、選挙戦を戦う「9条ネット」は、残念ながら、脇に追いやられてしまった。

 とはいえ、しろうと集団の闘いで準備期間も少なかった中で、「9条ネット」の27万票あまりの得票数は、大きな数字と言える。9条改憲への危機感が、人々の中に、けっこう広がっていることを感じさせるものである。地方の小さな自治体でも、「9条ネット」に投票した人がけっこういたのである。むしろ、京都市などの大都市部で、有権者数に比して票が少なかったような気がする。兵庫は、選挙区候補がいたせいか得票数が多かった。

 選挙戦の反省点として、成島氏が、「生活者としての選挙民への話しかけにまだなっていなかった」と述べたという。改憲阻止という一点で、選挙戦を闘ったのだから、生活者としての視点が薄れたのはやむを得ないものではあるが、政治が、人々の生活のあり方に大きく影響するものであることを思えば、生活問題について、その他、具体的な政策も必要だろう。

 成島氏はかつて「生活と権利の実力防衛」というスローガンを掲げるところにいたことがあるが、政治と生活が関連していることは自明だから、選挙戦となれば、生活問題についてのスローガンの研究も必要なことは明らかである。

 矢沢氏は、「この連帯・人的結合を大切にし、9条改憲阻止の運動の一翼をにない、「次の衆院選」も視野に入れた、――しかし選挙のためだけではなく、調査研究や日常的な実践、各地の地域的日常的な憲法実現的な活動も含む運動体、したがって、「○○後援会」ではない――へと、一歩進めることが、成忠選挙を終えたわれわれの、今後の課題だと思う」と、それを含めての活動を継続していくことを表明している。期待したい。

 参考資料として、憲法問題について、政治評論家の森田実さんの見解をHPから引用しておく。

 「9条ネット・成島忠夫選挙運動を終えて〈矢沢国光〉」

 「ひょんなことから、護憲派の新団体から立候補したN候補の選挙運動に関わることになった」(「初めての選挙運動選挙に関わることの効用、私論。ちきゅう座コメント http://chikyuza.net/modules/news3/article.php?storyid=185

 以下は、その選挙運動の、私なりの「総括」である。

1 開票結果は、「安倍・自民党の歴史的大敗北、民主党の一人勝ち」であった。我が9条ネットも、我が候補者・成島忠夫も、この政局的大変動にはじき飛ばされて、ようやく「9条ネットの総得票273,755票、成島忠夫 2,981 票」という数字を新聞の片隅に見つけることが出来るだけである。選挙運動が、国会に議員を送り込むことを目的とする運動であるという限りでは、9条ネット・成忠(=成島忠夫、以下同じ)選挙運動は、完全な敗北――しかも、「次の機会につながる」などと楽観的に語れぬ敗北――であったというほかない。

2  しかし、選挙運動が、9条改憲阻止という運動のための一つのステップであると考えれば、そこには、大きな成果があったと、認めることが出来る。その意味で私たちは、開票直後に出された9条ネットの「声明」【註】に、完全に同意できるだろう:

 議席獲得をできなかったことは残念でした。しかし、9条ネットに寄せられた27万余人の皆さんの支持は、歴史を切開く意味を持っています。
‥‥
 私たちは、真正面から「9条を生かそう」と全力で訴えました。9条を唯一の紐帯として確認団体を旗揚げしたことによって、9条はあらゆる課題に優先するということを有権者に示すことができました。
‥‥
 私たちを勇気付けたのは、全国津々浦々から押し寄せた共鳴の電話、メールでした。猛暑の中、各選対にボランティアでかけつけていただいた無数の方々の熱意でした。すべてが、絶対に戦争をさせてはならないという、強い気持ちのあらわれであり、いのちをないがしろにし、生存権を侵し、殺伐とした社会をつくりだしてきた政治への怒りのあらわれでした。

  私たちは、これらの激励と期待を全身に受け止め、開始したばかりの歴史的な仕事をさらにやり続けます。

  「猛暑の中、各選対にボランティアでかけつけていただいた無数の方々の熱意」の一翼に、我が成忠選対も位置を占めることが出来た。このことを私たちは誇りを持っていうことが出来る。

3 成忠が5月も末になって立候補を決意し、それを受けてわれわれがあたふたと成忠後援会・選対を立ち上げ、参院選に参戦したについては、いくつかの背景・要因のあったことを確認しておく必要がある。

  第一は、安倍政権の「改憲」強硬姿勢に対する危機感である。安倍政権は、自らの内閣の使命が改憲であると宣言した初めての内閣であった。自民党改憲草案の発表、国民投票法案の強行採決、「三年後の改憲発議をめざす」等々。

  第二は、「護憲勢力」の不在という現実である。55年体制の崩壊、自社大連立政権(村山内閣)⇒自衛隊合憲論への転換・非武装中立路線の放棄、社会党の解体⇒反自民大連合としての民主党への統合。その民主党は、9条改憲を公言してはばからぬ前原氏を一時は党代表に選出するほどの改憲推進ないし改憲容認体質をもっており、「護憲勢力」というには危う過ぎる。

  第三は、6.15共同行動(日比谷野音、千名の銀座デモ)に示される60-70年闘争世代の政治的覚醒と「党派」を超えた結集である。

  60-70年からの30-40年余の歳月(およびその間のソ連崩壊、中国の資本主義化、「マルクス主義」「革命理論」の解体等)、そして上に述べた「安倍改憲への危機感」が、敵を見失った党派間闘争の不毛さの認識を共有し、眼を政治の現実に向け、連帯を求める心を呼び覚ましたと言えよう。

  ブッシュのイラク戦争暴発、それへの小泉政権の追随という予想外の事態が、「護憲=日米安保反対勢力」の不在を、明るみに出した。60-70年代闘争の世代にとっては、自分たちが30、40年前に直面したのとと同じ課題が、眼前に登場したのである。

  以上、9条ネットとその一翼としての成忠選挙の背景は、一言でいえば「安倍改憲への危機感」であった。9条ネットの結成と参院選参戦の経過については、つまびらかにしないが、「あと一人で届け出政党になれる」という9条ネットからの要請に成忠が応じたとき、成忠と9条ネットと、そしてその両者を支持する我々「成忠選対(成島忠夫後援会)」は、安倍改憲への危機感を共有したのだ。

4 選挙戦の総括は、当然ながら、選挙戦に関わった立場により異なる。

  「成忠選対」という立場からすれば、すでに述べたように、9条ネットの「あと一人の候補者を」の要請に応えることから出発したのであり、もとより成忠の当選など正直に言って眼中になく、9条ネットで一人の当選――その場合は多分天木氏の――が実現すれば良い、というほどの「目標」ではあった。しかもそれさえ、選挙の素人である我々成忠選対には、ほとんど根拠のない願望であった。

  成忠後援会の発足した6月16日から7月28日までの四十余日の間、成忠選対に集まった面々――その多くは、60代70代と、決して若くはない――が、街頭宣伝、文書の発送、資金集めと、数十年ぶりに寝食を忘れて没頭したのであるが、いかんせん、選挙素人集団の悲しさ、結果的にはほとんど票には結びつかぬ「空回り」であった。

 それにもかかわらず、「成忠選対」としては、国政選挙への参戦というまたとない貴重な体験をさせてもらったわけで、「票は出なかったが、とても良かった。こうした体験の機会を与えてくれた9条ネットと候補者・成忠に感謝する」というのが、私も含めて、成忠選対参加者の多くの実感ではないか。

5 しかし「9条ネット」を立ち上げ、参院選参戦へと漕ぎ着けた方々のご苦労と、それにもまして、厳しい選挙結果を突き抜けて、これからなお初志の実現を図る道を見いだす際の困難を思うとき、私たち「成忠選対」としても、自己満足的な総括にとどまっていることは、ゆるされない。何よりも、9条ネットのせっかくの期待に十分に応えられなかった選挙運動の終始を反省し、「選挙」という私たちにとって未知の政治運動の領域に対して、よほど根本的に頭を切り換えて、学んで行かねばならない。

  成忠本人も、振り返って、「生活者としての選挙民への話しかけにまだなっていなかった」と述懐している。

  私たち自身の政治にたいする意識改革を、参院選への関わりは突きつけた。この意識改革をどのように押し進めるのか、60年70年安保の世代が、「孫達のために役立つことをする」ためには、まずここから始めねばなるまい。

6 成忠選対は収支報告書を提出して解散するが、成忠後援会は、これからどうするのか。9条ネットはどうなるのか。成忠・9条ネット選挙というまたとない貴重な体験が、いささかなりとも今後の日本の政治を良くするために役立つ道はないのか。それに応えることが、成忠に投票してくれた2,981人、9条ネットに投票してくれた27万人、成忠選対に資金カンパを寄せてくれた200人の人たちにたいする私たちの政治的責任であると思う。

7 これからのことを考えるには、まず、あらためて、今回の参院選の結果を総括しておかねばならない。

  「改憲が私の内閣の使命」と大上段に振りかざして登場した安陪政権は、参院選の始まる前に、すでに「改憲」公約をかなぐり捨て、年金失態・閣僚失態の防戦に精一杯というところに、追い込まれていた。改憲でまとまらぬ民主党は、これ幸いと、改憲問題に口をつぐんだ。憲法は、参院選の焦点からは消え去ってしまったのである。

  安倍がこけたから9条ネットもこけた、というのが参院選の事実である。

  2010年改憲発議どころか、国会での憲法論議も、目処が立っていない。改憲は遠のいたのである。

  では、9条ネット選挙は、安倍改憲宣言への過剰反応であったのか。早すぎた対応だったのか。

  成忠選対は、9条ネットの受け皿の一つでしかなく、9条ネットの創設者ではない。したがって、このことについては、コメントする立場にない。

  安倍改憲は潰え去ったが、9条改憲そのものが消えてなくなったわけではない。

  というのは、9条改憲は、冷戦体制崩壊後の、そして経済グローバル化・日本を取り巻く世界経済の再編成下にあって「日米安保体制」の、そのままの存続が許されない、という世界史的背景の中で登場してきたからである。

  アメリカは、ソ連崩壊によって、一時的には「唯一の超大国」となったが、経済力の低下は留まるところを知らず、世界に冠絶すると見られた軍事力に於いても、イラク、イラン、北朝鮮等への対応を見ると、意外なもろさを露呈している。アメリカの弱体化にたいして、どうするか。日本の政権政党やその周辺においても、これへの対応をめぐって亀裂が生じている。弱体化したアメリカにたいして、日本の経済力・軍事力(の増強)をもって補いつつ、アメリカ追随を続けようとする部分と、アメリカから距離を置こうとする部分への亀裂である。後者の中には、反米自主防衛論者も含まれる。

  つまり、[小泉-安倍政権のように]弱体化したアメリカの経済力、そして軍事力の一部まで肩代わりして、今まで以上にアメリカに追随し、日米軍事同盟強化の枠組みの中にグローバル企業主導の経済発展戦略と市場原理主義的な格差・個人責任社会に日本の未来を見いだすのか、

それとも

  米の軍事世界戦略への追随を止め[しかし独自の軍事力の構築・保持ではなく]、アジア諸国、とくに中国との友好関係構築を政治的枠組みとして、その中で経済的国際分業と福祉的社会の実現を追求するのか、

という岐路に、日本は立たされている。

  今時参院選で、年金、公務員改革、格差、消費税が論点として浮上したのは、政党間の選挙票目当ての中傷合戦という面もたしかにあるが、これからの日本社会の選択に関わる論点が、これらの問題に、断片的にではあるが、姿を現している、と言うことでもあろう。

  世界と日本の、21世紀の姿を、鋭く大きく展望することが問われている。

 その上にたって、日本の政治への関わりが問われている。

8 成忠選対の中心となった我々の年代――60代、70代――は、これからは政治の第一線には、もはや立てない。

  しかし、我々の年代にしかできないこともある。それは、多くの方が6.15日比谷集会でも語ったが、戦争体験とそこから得た経験知ともいうべきものである。

  安倍首相にたいする批判、そして前原前民主党代表にたいする批判は、「政治的未熟さ」「戦争を知らない」である。

  若松監督は、7.8成忠選対会議で、「戦争は、人が死ぬことであり、人が死ぬとはたまらない臭気を放つことである」と語った。まさに、身体の記憶する戦争――これが、判断の根底にあらねばならない。

  と同時に、我々は、記憶を伝えるだけであってもならない。記憶をただ我々の内部から取り出して伝えようとしても、若い人々は、拒否するかも知れない。

 今の世界、これからの世界がどうなっておりどうなろうとしているのか、その「今」をしっかりと受け止める努力が、問われている――いくら歳をとったからといって、その努力をしないならば、戦争体験・記憶も、年寄りの懐古趣味にしかならない。

9 成忠が政見放送の録画撮りの後「チーム9条ネットの素晴らしい作品がてきた」と、思わず叫んだが、私たちは、共に参院選を闘った9条ネットに、天木氏を始めとして、素晴らしい「同志」を見出すことが出来た。

  選挙が終わって三週間後の八月一八日、成忠選挙の総括会議があり、選挙の「惨敗」にもかかわらず、三十名もの人たちが出席した。

  60年、70年安保闘争のあとの長い間、ばらばらであった者たちが、成忠選挙という降って沸いた機会に、二,三十年ぶりにたまたま行動を共にし、終わってみれば、そこに日本の政治状況への共通の意識と相互信頼の感情が生まれていた。

 この意識・感情を生み出したものは、なんといっても、候補者・成島忠夫の功績である。

 この連帯・人的結合を大切にし、9条改憲阻止の運動の一翼をにない、「次の衆院選」も視野に入れた、――しかし選挙のためだけではなく、調査研究や日常的な実践、各地の地域的日常的な憲法実現的な活動も含む運動体、したがって、「○○後援会」ではない――へと、一歩進めることが、成忠選挙を終えたわれわれの、今後の課題だと思う。
(2007.8.2 執筆したものに2007.8.20 加筆)

【註】 

声 明                       2007年7月30日

        9条ネット

  この間多くの皆様から寄せられた声援、支援にもかかわらず私たちは敗北しました。

  2月に旗を揚げてからわずか5カ月足らず。9条を生かそうとの思いは必ずや多くの方の共感をうるだろうと信じて、必死に走りました。

  けれども議席獲得をできなかったことは残念でした。

  しかし、9条ネットに寄せられた27万余人の皆さんの支持は、歴史を切開く意味を持っています。

  今次選挙では、民主党が圧勝しました。しかし民主党は改憲自体には反対しておらず、そのため、日本がアメリカの戦争に巻き込まれ平和国家日本の将来が危ういという、差し迫った最重要問題の是非は覆い隠されました。

 有権者が自民党を大敗させたことは一歩前進です。しかし、9条改憲反対を掲げる政党はまた後退を余儀なくされました。「2大政党」化のもとで、9条を生かそうという勢力が一致団結して選挙に臨む必要はいっそう切迫しています。

  私たちは、真正面から「9条を生かそう」と全力で訴えました。9条を唯一の紐帯として確認団体を旗揚げしたことによって、9条はあらゆる課題に優先するということを有権者に示すことができました。このような選挙共同こそが、憲法9条を守る唯一の方法であるとの考えを、一層強くしました。

  私たちを勇気付けたのは、全国津々浦々から押し寄せた共鳴の電話、メールでした。猛暑の中、各選対にボランティアでかけつけていただいた無数の方々の熱意でした。すべてが、絶対に戦争をさせてはならないという、強い気持ちのあらわれであり、いのちをないがしろにし、生存権を侵し、殺伐とした社会をつくりだしてきた政治への怒りのあらわれでした。

 私たちは、これらの激励と期待を全身に受け止め、開始したばかりの歴史的な仕事をさらにやり続けます。

 2007.8.29(その2)
 森田実の言わねばならぬ[509]

 平和・自立・調和の日本をつくるために【340】
【7.29参院選後の政治情勢と政治課題(1)】
新しい政治情勢の特徴

 「新しいものは常に謀叛である。…我等は生きなければならぬ。生きる為に謀反をしなければならぬ」(徳富蘆花)

 最近、連日のように全国各地で公演している。ほとんどの講演の演題は「7.29参院選後の政治展望」である。最近の講演で話した「7.29参院選後の政治情勢の特徴」を、ここで整理して記しておきたい。

[1]自公2党だけで法律を制定することができなくなった。小泉内閣、安倍内閣の6年半の間、自公連立政権は衆参両院で過半数を握っていた。この間、自公両党は力ずくで法律を成立させてきた。とくに安倍内閣になってからは、自公連立与党だけの強行採決で法律を成立させてきた。国会は、衆議院も参議院も行政府主導の法律づくりの下請け機関のように扱われてきた。「国会は国権の最高機関」との憲法第41条は空文化してしまっていた。自公両党独裁政治が罷り通っていた。自公両党の政治家は傲慢になった。
 だが、7.29参院選の結果、自公2党だけで強引に法律をつくることはできなくなった。衆議院で強行採決しても参議院の協力が得ることができなくなったからである。参議院の協力がなければ法律制定は不可能である。自公連立独裁時代が終わったのである。

[2]7.29参院選の結果、憲法改正はほとんど不可能になった。3年後の参院選で憲法改正派が大量に当選する可能性は低いので、これから6年間は、憲法改正を発議しても、参議院で否決される可能性がきわめて高いのである。
 7.29参院選前は、憲法改正派は参議院で3分の2以上を占めていた。しかし、7.29参院選後は改憲派は約2分の1になった。憲法第9条改正派は約4分の1までに落ちた。憲法第9条の1項、2項の改正を含む憲法改正を発議することは不可能である。これから6年間、憲法改正を発議することは――よほどの大変化が起きない以上――ほとんど不可能になったのである。

[3]秘密行政、秘密外交が困難になる。7.29以前の衆議院、参院選は行政府に従属していて、行政府の秘密行政、秘密外交を許してきた。行政府は、情報公開に背を向けてきた。自公両党の過半数体制=強権体制が秘密行政、秘密外交を守ってきた。
 だが、7.29参院選の結果、民主党が大勝し、野党側が参議院の国政調査権をフルに活用できるようになった。参議院は国権の最高機関としての役割を果たすことができる。秘密行政、秘密外交をやめさせる第一歩が切り開かれたのである。(

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ふたたび天木ブログから

  またしても、天木氏のブログからである。

 以下の記事は、23日の記事で、天木氏が、小沢民主党代表は、テロ対策特措法に反対すべきではないと主張したことに対する読者からの反応に応えたものである。

 これを見ると、天木氏の政治的資質が高いことがよくわかる。

 天木氏は、テロ特措法にも、9条改憲にも、日米安保条約にも反対という基本姿勢を貫いている。その上で、参議院選で大勝した小沢党首が、テロ特措法反対という基本を維持しつつ、これを現段階では反対せずに、もっと大きな目標である対米自主・平和外交の実現をはかるべきだというのである。

 「私はテロ特措法には最初から反対である。だから延長も反対である。しかしより重要な事は、この問題をきっかけに、わが国の外交の基本政策が、国民の多数の理解と賛同を得て、日米軍事同盟一辺倒から、憲法9条を世界に向けて高らかに掲げた平和外交へと転換されていかなければいけない、それを夢物語ではなく現実のものにして行かないと日本の将来はない、という事である」と言うのである。

 テロ特措法反対に対して、さっそく、では、日本の防衛はどうするのか? 日米同盟なしに日本は守れるのか? 東アジアの軍事的脅威に対して、どう対処するのか? 等々の疑問が出てきている。

 小沢安全保障構想は、基本的に、国連軍の存在を前提としていて、国連軍が加盟国の安全保障を担うというものになっている。したがって、国連改革が進まないと、日本の安全保障は日米安保に依存したままということになる。それか、核武装した自存自衛ということになるが、それはリアリティが少ない。それには中国が猛反発するだろうし、アメリカが賛成する見込みは少ない。

 そういう状態で、テロ特措法延長が阻止できたとしても、日米軍事同盟依存の対米従属状態は、変わらない。もちろん、インド洋での自衛艦による給油活動は、日米同盟のために行われているものだが、国際法上は、アフガニスタンの多国籍軍の「対テロ活動」の後方支援という位置づけなのである。テロ特措法延長が危ういことに、真っ先に反応したのはもちろんアメリカ政府だが、その他に、パキスタンのムシャラフ政権も、インド洋からの自衛艦の給油活動から撤退しないよう日本政府に求めている。

 つまり、テロ対策特措法が今阻止されると、いくつもの国を困らせることになるだけだ。

 それよりも、多数意志によって、日本の対米外交を根本的に変えることが重要だというのである。

 天木氏は、この問題について、人々の意見が分かれている時に、突出して、小沢代表が、テロ特措法延長反対を強調する必要はなく、まもなく、アメリカの「対テロ戦争」の失敗が明らかになり、それに追随した小泉・安部政権の憲法違反も明らかになるから、その機会を待てばよいというのである。

 「小沢代表だけが突出してテロ延長特措法反対を叫び続ける事は、この重要な国家の大事が政治がらみで不当に矮小化、疎外かされ、結果として、本来目指すべきところの健全な日米関係の構築が遠のく危険がある。それを危惧するのである」と氏は言う。

 小沢代表の考えでは、テロ特措法は、日米同盟のためのものであり、国連の活動ではない。国連という超国家的機関に権力を移していけば、アメリカの武装も国際的制限・コントロール下に入り、日米同盟は不要になるわけである。もともと、国連憲章では、自衛権の発動は、急な侵略行為に対して、国際社会が介入するまでの間に許されているだけのものである。

 自衛権の論議では、国家の自衛権なるものを、永久不変の国権のごとく論じる向きがあるが、国連憲章は、ただ緊急時の一時的な自衛権発動の権利を認めているにすぎないのである。自衛権の発動によって初期段階の対応ができたら、その後は、国連が対応に当たることになるのだ。それは、今のところ、国連憲章に言う恒常的な国連軍という形ではないが、国連安保理決議に基づく多国籍軍という形で、対応に当たるのである。

 国連憲章に基づく自衛権の発動による侵略の排除・撃退後の国連多国籍軍による対応に任せるまでの間に、集団的自衛権の発動が必要かどうかという問題がある。

 これは、どういう脅威を対象にしているかによって異なる。まず北朝鮮の軍事力に対して、アメリカ軍の核を含む侵略の撃退などというのは、妄想の類である。中国の場合が問題だが、対中安保は、アメリカにとって極めて重要な問題であるから、日本がどうこうということではなく、アメリカ自身が対応することは間違いない。つまり、対中安保は、日本の自衛云々よりも、アメリカの世界戦略上の問題であるということだ。

 よく、元自民党議員の浜田幸一は、東京にノドン・ミサイルが飛んできたら、日本の自衛隊には国境を越えて他国を攻撃する能力がないから、アメリカにミサイル基地を攻撃してもらわなければならない。だから、日米同盟は大事だということを言う。なんのために、北朝鮮が東京にミサイルを落とすのか戦略的な意味がわからない。当ブログでは何度も主張しているが、アメリカの軍事基地が集中している沖縄が真っ先に狙われるだろう。万が一、朝鮮半島有事ということがあれば、沖縄の基地から爆撃機や戦闘機が飛んでいくし、海兵隊が出撃していくことは誰が考えても明らかだから、まずは沖縄を狙うことは必定である。北朝鮮のミサイルは、沖縄を中心に日本各地の米軍基地に照準を合わせているだろう。

 結局は、アメリカの世界軍事戦略遂行上、日本に基地と軍隊を置く必要があるから、あるいはそれが便利だから、日米同盟を結んでいるわけである。そのことは、日米安保を改定した岸信介総理が、アメリカのCIAのスパイとして金をもらいながら、それを押し進めたことでも明らかである。日本側から、表向きは対等な日米安保を求めたという話になっているが、実際には、岸がアメリカの手先として、対米従属化したのである。

 それがはっきりしていたから、民族派の中でも日米安保改定に反対する者が、後に出てきたのである。

 この日米関係を根本から変わるというのはなかなか難しいのは、天木氏の言うとおりである。

 というのは、日本の議会政治家も財界も、アメリカに「魂」を売ってしまっていて、浜田幸一のように、公然とアメリカの国益を代弁し、日米同盟の意義を説いて止まないからである。もちろん、浜田は、「国民」が死ぬ気で日本を守る気概があるなら、日米同盟なしでもいいと言っているのであり、「国民」の覚醒がないことをいいことに、そう言っているのである。そうして、「国民」の国防意識の否定の意思表明として、憲法9条があると見なしているのである。だから、対米従属から脱して、「国民」が覚醒するには、憲法9条の改正が必要だと言うのである。

 安部総理も、同じように考えている。しかし、これは、「国民」意識とまったく違う。多くの人々が、現憲法を支持したのは、国際的友愛の発展こそが、自衛の本当の道であり、そうした理想に向けて、国際社会が進歩することを願って、支持したのである。

 岸の安保改定に多くが反対したのは、これが、それと逆行し、そうした「国民」意志を踏みにじるものだったからである。

 しかし、時代が過ぎて、世代交代が進むにつれ、人々の間で、以前のような気持ちや意志が薄れてきた。

 日米同盟支持派、9条改憲賛成派も以前より増えてきた。社会党も、政権入りするや日米安保を外交機軸とすると態度変更してしまう有様だ。天木さんが言うのはそこだ。結局、いくら野党で、対等な日米関係をなどとかっこよく叫んでいても、いざ、政権に入ると、あっさりと野党と与党では立場が違うなどと言って、態度が変わってしまうことが起きるので、よほどしっかりした戦略を持たないと、大きな政治目標の実現はできないということだ。

 大きな政治目標の実現のために、時には「耐え難きを耐え、忍び難きを忍」んで、ねばり強く、活動できるかどうかということが、政治家の資質を見極める基準の一つだということである。これは、マキャベリが、「狐」の資質と呼んだものだ。晩年の仏の哲学者アルチュセールも、それを強調した。それは、連立を組んでいた左翼エスエルの猛反対、党内の反対をかろうじて抑えて、大衆の厭戦気分・平和意志だけを頼りに、ドイツとの単独のブレスト・リトフスク講和を実現したレーニンが持っていたものである。この後、左翼エスエルのメンバーによって、レーニンは銃撃を受ける。

 天木さんは、日米軍事同盟の解消、対米従属的な日米関係の根本的転換は難しいと言っているのである。夢を持つこと、夢を語ることは、もちろん、必要であり、重要なことである。政治においては、その実現のための、手段や条件をつくることや、そのための布石を打っていく必要がある。

 天木さんは、「一方的に反米を唱える事は容易である。憲法9条を守るだけが目的であればやり方もある。しかし、日米軍事同盟関係を本気で解消出来なければ何も変わらない。そしてその事は戦後最大の課題であるのだ。少なくともこれまでの指導者でこの問題に本気で取り組んだ者はいない。/果たして小沢代表はそこまでの覚悟があるのか。そこまで小沢代表が考えているのであれば、私はその小沢代表を応援したい。その為の助言である。イラク特措法延長問題は、あくまでも一里塚である。しかし小沢代表の覚悟を見極める重要な一里塚なのである」という。

 天木さんは、あくまでも、議会政治という枠内で考えているわけだが、それだけではもちろん狭すぎる。もちろん、政権が外交を代表するのではあるが、天木氏は、「国民」の覚醒を大きな鍵と考えているのであるから、大衆運動も考えに入れるべきである。

 アメリカの反戦運動は、日本よりはるかに規模が大きく、しかも、地域コミュニティーに深く浸透しており、反戦の象徴である「反戦の母」シンディさんは、民主党のペロシ下院議長の第三極からの対抗馬として、次の下院選出馬を表明している。アメリカの反戦運動が9条の実現を掲げれば、それは大きな影響を持つかもしれない。シンディさんの選挙戦で、アメリカ合衆国憲法に憲法9条を採用せよというような宣伝が行われたら、どうなるか?

 日本側からだけ、問題を考えていると、「国民」の覚醒の進み具合だけが、この問題解決の力のように思いがちだが、アメリカ「国民」の覚醒の状態というのも、問題解決の力である。

 一方では、政府間の外交関係ということがあるけれども、他方では、「国民」間の外交関係という次元もあるわけで、両方を見ていかないといけないわけである。

 そこで、重要なのは、やはり天木さんが立候補した「9条ネット」のあり方ということである。もちろん、「9条ネット」は、選挙で、27万票あまりしか取れなかったのは確かであるが、見るところ、超宗派の「宗教者9条ネット」など、大衆とコミュニケーションを広げるのにふさわしい組織がある。実質的に選挙を担ったと言われる新社会党も、地方議員数十人を抱え、全労協という労組のナショナル・センターを支持基盤に持っている。候補者も、なかなかよいひとたちをそろえたように見える。

 結局、社民党・日本共産党に共同候補擁立を断られて、単独での選挙戦となったわけだが、逆に言うと、社民党・日本共産党のようなセクト主義的な独善性の弊害が小さいということだから、大衆基盤を広げられる可能性が高いように見える。もっとも、新社会党がどこまでそうかということは、よくわからない。共産党は、新社会党からの共闘申し入れに対して、新社会党はセクト主義的利害からそうしたので受け入れられないと断っている。

 この時の新社会党の申し入れの文面から見る限りでは、お互いの主張の違いは違いとして認めた上での共闘申し入れであって、共産党側の主張の方が独善的に見える。

 「9条ネット」の選挙戦の実際から見る限りでは、多様な主張の候補者が出ていて、独善性やセクト主義的排他性はあまり感じられなかった。支持組織全体が、特定の政党候補をおすというようなやり方は、覚醒しつつある「国民」に反発・反感を買うだけだ。それよりも、「9条ネット」型政治運動スタイル・選挙スタイルというものを考えて、押し出していった方がいいのではないか。

 排除ではなく、地域コミュニティーに根ざした形で、反戦・「9条改憲阻止」等々の運動と連携しつつ、地方議員・地域の世話役・文化・生活支援、コミュニティー建設、等々と結びつく形で、広がっていくようなスタイルである。そうして、地域から「国民」の覚醒を促し、それと結びつきつつ、全国的な政治勢力を形成するということだ。

 小沢代表は、大統領型政治家というスタイルを実現した。彼は、農村や地方を一人でひたすら回って、支持を積み上げたのであり、地方での民主党勝利の大きな部分は、小沢支持の民意である。人々の多くは、民主党支持と言うよりも、小沢支持である。つまりは、小沢か自民党かという選択肢で選挙戦が戦われたのであり、小沢という政治家を支持したということだ。もちろん、その政治主張も支持されたのでもあるが。

 天木氏は、そのことがわかっているからこそ、小沢代表一人に向けて、こういう提言をしているのである。

 天木氏は、自ら運動・組織を作っていくというやり方は取らず、民主党に向けて、こういうボールを投げて、政策協定の可能性を探っているのかもしれない。もちろん、天木氏は、「9条ネット」を離れ、社民党から出るという噂もあるし、当選を最優先に考えて、民主党からの出馬ということも選択肢にあるのかもしれない。その辺は、本人次第なのだが、それにしても、「9条ネット」の可能性はまだ汲み尽くされていないのではないかという気がするので、なんとかならないものかと思う。

 問題は、社共系の反戦や護憲運動が、支持組織に限られ、あるいは、議会闘争・院内闘争になっていて、しかも、排他的・独善的で、ひとつも広がっていかないし、元気が出ないということである。土井社会党時代、あれほど元気のあった社民党が、「今度だけは社民党」などと言うようになってしまった。それでいて、「9条ネット」の共同候補擁立協議を蹴って、ほぼ単独で、候補者を擁立して、負けてしまうのだから、排他的セクト主義・独善主義の病にかかっているとしか思われない。

 負けたとはいえ、「9条ネット」から出た成島忠夫氏は、元気である。勝ち負けはほぼ度外視で、組織を残し、運動を残し、政治主張を残し、次にまた闘うための基盤を残したからである。

 天木さんは、こういうことをする人ではなく、まだ官僚的なスタイルが残っているようだ。官僚が、政治家に政策を書いてやって、それを政治家が実現するというやり方が。そうではなくて、支持基盤を作り、様々な政治家や人や団体を結びつけ、自らの政治を実現するための条件を自分でつくっていくのが政治家である。それを基本的には言葉でつくっていくということである。

 天木氏は、まだアメリカからの自立のための「国民」の覚醒の機は熟していないという。そうではなく、政治家なら、機を熟させるために、どういう言葉が必要か、何が必要かということを提示しなければならないのである。それは、議会という場だけで行われるものではない。郵政解散総選挙での自民党大勝の後の、インタビューに応えた人々は、勝ちすぎだと驚いていた。しかし、今度の参院選の民主党大勝の後のインタビューに応えた人々は、当然だと答えていた。このような態度の違いは、国民」の覚醒が進んでいることを示している。今は、政治家は、この覚醒した「国民」意識に遅れないように気をつけなければならない時である。

   最新の『朝日新聞』の世論調査では、「秋の臨時国会で最大の焦点となるテロ対策特別措置法の延長に「反対」は53%と過半数を占め、「賛成」の35%を上回った」という結果が出た。機が熟しつつあるのかどうか判断が難しいところだ。

 テロ特措法延長問題の行方―読者からの反応に答えたい

 テロ特措法延長問題については、既に繰返して述べているように、このブログでこれからも折に触れて書いていく。様々な状況の変化によりこの論点はどんどんと動いていくであろう。政局と絡んで問題の焦点も多様化して行くことすらありうる。だから最後の落としどころが決まるまで書き続けていく。目が離せない大きな問題だ。
 今日のブログでは、23日のブログで書いた「小沢代表に対する私の助言」について、あらためて私の意図するところを書く。あのブログの趣旨を正しく理解してくれた読者が多かった反面、何人かの読者から「あの助言には賛成できない」という意見が寄せられた。私がテロ特措法延長を助言することは到底理解できないというのである。残念ながらそのような読者は日米関係に対する私の考えを正しく理解していない。
 冒頭で述べたように、私はテロ特措法には最初から反対である。だから延長も反対である。しかしより重要な事は、この問題をきっかけに、わが国の外交の基本政策が、国民の多数の理解と賛同を得て、日米軍事同盟一辺倒から、憲法9条を世界に向けて高らかに掲げた平和外交へと転換されていかなければいけない、それを夢物語ではなく現実のものにして行かないと日本の将来はない、という事である。米国が終わりのない「テロとの戦い」を唱えだした事は、健全な日米関係の構築にとって千載一遇のチャンスであり、このチャンスを生かすには周到な戦略が必要であるということである。
 その観点から見れば、小沢発言はいかにも唐突であり、また日米軍事同盟を自主・平和外交に大転換する覚悟が小沢代表にあるのかどうかも不明である。その事は日米同盟関係を重視してきたこれまでの小沢代表の言動から見るとなおさらである。更に言えば護憲政党の反応は鈍く、また一般国民の意見も分れている。
 そのような中で、小沢代表だけが突出してテロ延長特措法反対を叫び続ける事は、この重要な国家の大事が政治がらみで不当に矮小化、疎外かされ、結果として、本来目指すべきところの健全な日米関係の構築が遠のく危険がある。それを危惧するのである。
 イラク特措法の延長は無理をして小沢代表が拒否しなくてもよい。国際情勢はまもなく米国の失敗を決定づけることになる。そしてその米国に追随し、憲法を踏みにじった小泉前首相、安倍現首相の誤りを白日の下に晒すことになる。国民を目覚めさせるには、もはやそこまではっきりと事態を進展させなくては駄目なのである。
  もう一つは米国を甘く見てはいけないと言うことだ。米国は不当な要求をする国だ。正論を唱えてもそれが自らの利益に反するならば受けつけない。一時的にせよ対日関係は悪化する。米国との関係から利益を得ている国民は一時的にせよ不利益を受ける事になる。そこで腰砕けになるようでは対日従属関係はよりひどくなる。固定化するおそれさえあるのだ。それだけは避けなければならない。
 確かに今のブッシュ政権は追い込まれている。しかし米国の政権が共和党から民主党に変われば米国の対日政策が変わると考える事は間違いだ。米国はテロとの戦いについては一致している。イラク戦争の評価を一変するかと言えば決してそうではない。ましてや日米軍事同盟の名の下に日本を従属させ続ける事が米国の国益であると考える点では同じである。だから日本の政治が対米自立に向かう事を決して容認しないであろう。
 その米国が唯一恐れるのは日本国民の覚醒である。自立である。米国はあらゆる手を使って日本国民を眠ったままに置こうとするであろう。日米軍事同盟が日本にとっても利益があると言い続けるだろう。果たして国民は自らの判断でこの呪縛から解放されるであろうか。今はまだその期が熟してはいない。言い換えればテロ特措法の延長問題は、本当は自民党と民主党の政権をかけた政争の問題ではなく、米国と日本国民が日米関係の将来について真剣に向かい合う形で解決されなければならない我々国民の問題なのである。そしてその時期はいまだ熟していない。
 もっとも、寄せられたいくつかの指摘については私もそれを受け入れる。たとえばイラク特措法の延長を認めたからといって、それで米国に恩を売ることにはならないという指摘があった。たしかにその通りだ。米国はそれを当然視するであろうし、たとえ延長が米国にとってありがたい事であったとしても、米国はそれに恩義を感じて見返りをくれるような国ではない。
 また、小沢民主党はあくまでも延長を拒否すればいい。対米配慮を最優先する自公政権に衆議院での三分の二の多数決による再決議をさせればいいのだ。という意見があった。それが確実に見通せるのであれば、それも一つの選択である思う。延長の責任を自公に押し付けるという意味でより戦略的であるかもしれない。
 しかし、そのような指摘はこの問題の本質論ではない。戦後62年間絶対的であった日米軍事同盟関係を、どうしたら変えられるのか。基地なき日本を実現できるのか。その一里塚としてこのテロ特措法延長問題を捉えなければならないのだ。それは憲法9条を守ると言うことよりもはるかに難しいことである。たとえ憲法9条が国民の手で維持されたところで、米軍再編に協力する形で日米同盟関係が維持、拡大されていけば、守られた憲法9条は更に空洞化する。
 一方的に反米を唱える事は容易である。憲法9条を守るだけが目的であればやり方もある。しかし、日米軍事同盟関係を本気で解消出来なければ何も変わらない。そしてその事は戦後最大の課題であるのだ。少なくともこれまでの指導者でこの問題に本気で取り組んだ者はいない。
 果たして小沢代表はそこまでの覚悟があるのか。そこまで小沢代表が考えているのであれば、私はその小沢代表を応援したい。その為の助言である。イラク特措法延長問題は、あくまでも一里塚である。しかし小沢代表の覚悟を見極める重要な一里塚なのである。
 

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天木氏の気になる言動について

 下は、天木直人氏のブログ記事である。

 最近の氏の言動には気になることがある。それは、文学や芸術や知識人や詩人などをやたらに高く評価し、それと政治の世界を対比し、美醜という基準で裁断していることである。

 氏は、瀬戸内寂聴さんが荒畑寒村氏と最初に会ったときの印象を引用している。

 「・・・80歳とは見えない美男子で、細身に上質の紬の対の和服がよく似合い、何となく粋で、革命家というより、詩人という風情があった・・・正確な記憶力で、矢継ぎ早に話してくれる。声が明晰なのと、話術が噺家並みなので、ひたすら聞き惚れているばかりであった・・・ちょっと声がとぎれた時、やっと私が質問した。

 『今、先生が一番望んでいらっしゃることは何でございますか』

 今までと違う一段低い沈痛な声がかえってきた。

 『もう一日も早く死にたいですよ。ソ連はチェコに侵攻する。中国はあんなふうだし、日本の社会党ときたらあのざまだし、一体自分が生涯をかけてやってきたことは何になったのかと、絶望的です。人間というやつはどうも、しようのないもんですね。この世はもうたくさんだ・・・』

 まず、天木氏は、瀬戸内さんの「80歳とは見えない美男子で、細身に上質の紬の対の和服がよく似合い、何となく粋で、革命家というより、詩人という風情があった」という文学的な表現、レトリックにすぐに引っかかってしまっている。彼女は、革命家というものについて、ありきたりのイメージを使っていて、そこから、想像の世界に読者を引き込んでいるのだ。

 言うまでもなく、革命家というのは現実には、そんなものではない。詩人も同じだ。破天荒な詩人、中原中也のような生活破綻者の詩人、生命力あふれるおっさん顔の吉本隆明も詩人だ。

 詩という作品と詩人・作者は別物だということは、今日の文芸界では常識に属する話である。氏も指摘しているとおり、もう死にたいですよと言った荒畑寒村は、それから10年も生きたように、健康で、丈夫な人だったのである。上の発言は、はったり半分で言ったことなのだ。

 もちろん、天木氏は、そんなことは承知の上で、書いているのであろう。

 荒畑寒村は、「日本の社会主義、共産主義の草分けであるにもかかわらず、常に脇役の人生を送り、政治活動家というよりも作家的な荒畑寒村は、永井荷風と並んで、私が惹かれる想像上(つまり会った事のない)の老人である」と書かれているからである。

 もしかして、天木氏は、「9条ネット」での参議院選挙での落選がよほどこたえているのだろうか。まさか、自分も荒畑寒村のように、脇役で、気楽に自由に物を言うご意見番的な立場に立ちたいと思っているのだろうか。

 荒畑寒村は、詩人的に美しいのではなく、まさに革命家として美しいのである。瀬戸内さんがそれをストレートに言わないから、天木氏の誤解が生じるのだ。正しい政治家は、美しいのである。ただ、天木さんの見るところでは、今の政治の世界にはそういう人がいないというだけなのである。天木氏自身が、それを目指されるよう期待する。 市井の俗世界にこそ、美しい人はいるし、生活の中にこそ、美はあるのだ。詩人吉本隆明が、『言語にとって美とはなにか』を書いたのも、日常使われている言葉に美があるからだ。コミュニケーションにこそ美があるのである。晩年のヴィトゲンシュタインが日常言語にこだわったのもそこだ。今、政治的コミュニケーション、政治の言葉に、美がなく、倒錯したイメージしかないということが問題なのである。

   天木氏には、新しい政治の言葉、美を持つ政治言語、新しい政治的コミュニケーションを創造してもらいたい。

 もちろん、脇役には脇役の美はあるが、今度の参議院選挙で、民意は、新しい政治・社会、新しい生き方、新しい人生、新しい生活、新しい美、新しい政治家を求め、そのための変化と激動の政治舞台を用意してくれたのだから、選挙戦で立候補して主人公たらんとした天木氏には、それに応えて欲しい。

 それから、松岡正剛氏の「千夜千冊」はすばらしいものだが、そこから、知識人を高く持ち上げ、反対に、政治を低めるというイメージ操作はやめた方がいい。これは美醜の基準ではなく、氏自身が言うように、主観的な「よく言えば感性とか直感とか言う事だが、悪く言えば単なる勝手な思いこみ」を基準とするものだからだ。こういわれると、コミュニケーションが難しくなるのである。「師を持たず、弟子を持たず」などというのは、コミュニケーションの拒否としか思えない。それでは人間界あるいは社会から超越してしまう。もちろん、そんなことは頭の中だけ、空想の中だけで可能なことである。それはひとつもいいことではない。

   もちろん、そんなことは、天木氏は百も承知で、師弟間コミュニケーションではない別のコミュニケーションの形態を求めているのであろう。だから、ブロガー同士のコミュニケーションを提唱しているのだろう。

 荒畑寒村の言葉

 よく言えば感性とか直感という事だが、悪く言えば単なる勝手な思い込みである。大学で国際政治の授業を取った時、私はなぜかもっともらしい事ばかり喋る現実主義者の高坂正尭よりも、ロシア政治思想史を教えながら保守的なことばかり喋っていた勝田吉太郎の授業を好んだ。もっとも不勉強な私は勝田の著作さえまともに読了することなく、ドストエフスキーとトクビルの事ばかり一人ごちていた勝田の記憶しかない。

 その勝田の言葉で今でも時々思い出すのが、荒畑寒村が好んで使ったという「師を持たず、弟子を持たず」という言葉である。この言葉に荒畑のひととなりを見る思いがするのだ。日本の社会主義、共産主義の草分けであるにもかかわらず、常に脇役の人生を送り、政治活動家というよりも作家的な荒畑寒村は、永井荷風と並んで、私が惹かれる想像上(つまり会った事のない)の老人である。

 その荒畑寒村のあらたな言葉を見つけてどうしてもブログに書きたくなった。25日の日経新聞に瀬戸内寂聴の「奇縁まんだら」という連載記事の34回に荒畑寒村のことが書かれていた。瀬戸内が荒畑寒村に初めて会った時は1968年、瀬戸内45歳、荒畑80歳の時であるという。その時の印象を瀬戸内は次のように書いている。

「・・・80歳とは見えない美男子で、細身に上質の紬の対の和服がよく似合い、何となく粋で、革命家というより、詩人という風情があった・・・正確な記憶力で、矢継ぎ早に話してくれる。声が明晰なのと、話術が噺家並みなので、ひたすら聞き惚れているばかりであった・・・ちょっと声がとぎれた時、やっと私が質問した。
『今、先生が一番望んでいらっしゃることは何でございますか』

今までと違う一段低い沈痛な声がかえってきた。

『もう一日も早く死にたいですよ。ソ連はチェコに侵攻する。中国はあんなふうだし、日本の社会党ときたらあのざまだし、一体自分が生涯をかけてやってきたことは何になったのかと、絶望的です。人間というやつはどうも、しようのないもんですね。この世はもうたくさんだ・・・』

 いかにも荒畑寒村らしい言葉だ。今の護憲政党の衰退ぶりを見たら荒畑はなんと思っているとだろうかと重ね合わせてこの言葉を読んだ。もっとも荒畑が亡くなったのは1981年であるからそれから十年以上も生きたことになる。これもまた荒畑らしい。

 ところでこのブログを書くにあたって荒畑寒村の略歴を確かめようとウキペディアで調べているうちに、松岡正剛という著述家、編集者の存在を知った。これが凄い知識人なのだ。2000年2月の中谷宇吉郎の「雪」から始まり、2004年7月の良寛の「良寛全集」で終わる千冊の書評集「千夜千冊」はジャンルを超えた膨大な知識に裏打ちされた著作であり、熱心な読者の間で静かな反響を呼んだという。「荒畑寒村自伝」の書評もその中の一つとして収められている。

 それにしても世の中には多くの敬意を表したくなるような知識人がいるものだ。毎日、毎日、つまらない政治的なものに関わって限られた時間とエネルギーを費消することは、ひょっとして大変な時間の損失なのかもしれない。最近そういう気がしてならない。

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OhmyNewsの一記事に思うこと

 以下は、市民記者の投稿記事でつくられている「OhmyNews」http://www.ohmynews.co.jp/news/20070819/14188にあった記事である。とてもいいことを言っていると思うので転載した。

 記者の長島さんは、幼い頃、酒におぼれる父親の家庭内暴力(DV)から逃れた母親に連れられて、家を出て実家に戻った。外で働く母親の代わりに祖母が彼女の面倒を見ていたが、祖母は、しつけと称するDVをふるった。

 DVの特徴は、彼女の言うとおり、「血のつながる家族からの暴力は、真っ先に、自己の喪失感を生み出す。なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか理由さえ分からないまま、愛してもらいたいがゆえに、ひたすら自分を責め、許しを請い続けるのだ」というところにある。被害者なのに自分が悪いと自分を責めて苦しむということだ。

 そして、近代的家族制度の狭い檻の中からは、その外の大人たち、「教師や近所の大人たちの目には、「ひとりの人間としての私」ではなく、「誰々の孫・姪・娘」という姿でしか映っていなかったのだろう」というふうにしか見えない。これが近代的家族制度の姿の一面である。それ以前は、多くは、共同体があって、その一員となる子どもは、共同体の子どもであって、共同体が育てるものであった。

 それはもちろん「ひとりの人間としての私」ではなく、村の一員としての誰それである。子どもたちは、村の掟に縛られると同時に村全体で保護されてもいた。ところが、近代になると、こうした共同体は解体され、家族が社会の最低の単位となり、子どもは「誰々の孫・姪・娘」という形で、家族に帰属するものとされ、責任も家族におわされるようになる。他の家族のことに干渉することは、よくないこととされ、家族は孤立し、家族間のコミュニケーションが切断されているために、それに代わって、噂などが流通し、それに子どもたちが影響されて、「いじめ」などが起きたりもする。

   プライバシーは、一方では、私家族を外からの干渉から守るものであると同時に、外界から私家族を遮断する。その限界を示しているのが、家庭内暴力の問題である。プライバシーによって、DVの被害が見えなくなってしまって、被害者を救い出せないことがしばしば起きているのだ。

 しかし、必ずそうなるというわけではないし、個別的には、いろいろな場合がある。

 この場合は、時代的そして場所的な要因も絡んでいるように思われる。近代的私家族制度は、歴史的には進歩的であり、解放的な役割を果たしたが、すでにこの制度も長くなり、その矛盾も強まってきた。都市部では、すでに、家族の解体は、かなり進行しており、この歴史的な家族制度も大きな変革の時を迎えていると思う。

 思春期をこんな情況で過ごした彼女は、感情を喪失する。

 「感情の存在を否定され、人格を認めてもらえないまま生きるということは、心をグチャグチャに踏みつけられ、心を殺されたまま、体だけが成長するということだ」。

 「自分への愛情、他人への愛情、思いやり、喜怒哀楽という、あらゆる感情を身につけ、育むべき多感な時期を奪われた心は、憎悪と復讐の念だけに支配された。「もう誰も信じない」と決めた10歳のころから10年余り、私は泣くことが出来なくなった。見た目はどこにでもいる普通の人間だったかもしれないが、心の中は真っ暗闇だった」。

 彼女の青春期に、彼女の人格や感情を認め、肯定してくれる人がいなかったというわけである。これは、彼女が、PTSDによって、他者とのコミュニケーションが切断されたことによるものだ。感情の表出、表現、言葉・しぐさ・表情などが、死んでしまったのである。それは「どこにいても誰かの視線に怯え、安心して身を隠せる居場所がなかった」せいである。彼女の人格と感情を認めてくれる他者=誰かとの交流・友愛があれば、こうはならなかったのである。

 たぶん、雨宮処凛さんの場合も似たような心的体験があるのではないかと思う。彼女の回復の過程には、いろいろな人との出会いがあって、他者との友愛関係があったようだ。

 長島さんの解離性健忘症からの回復は、「私が生まれた時、どんな思いだった?」という父親への質問への「お前は望まれてない子だったから、嬉しくなかった」という答えの衝撃で、涙を流し、記憶が戻ったという体験から始まった。つまりは、身体的な反応から、回復が始まったということだ。言葉のやりとりは、聴覚の身体的物質的体験であって、感覚的であり、それが、身体を動かし、動かすことで、脳内で苦の元になっていたなにかを解消の方向に動かしたのだろう。

 そして、父親がプライドから自らの弱さや誤りから目を背けるために、酒に逃げたことを悟り、自分も、プライドが高い父親の娘で似ていることに気づいたという。すっと、記憶の回路が正常化し、そうして快く記憶回路が動きはじめ、良い循環を生みだしたということだろう。そうするとこれまで思い出すのも苦しかった事柄が、すっと思い出せるようになり、それをまっとうに整理・評価できるようになった。

 「私も、人格を否定され続けた体験を自分の過去として認めようとせず、いつしか自己逃避の道に逃げ込んだ。誰からも見向きもされなかった「幼い私の思い」を、自らが心の底に仕舞いこみ、存在を直視することを避け、記憶ごと葬った。形は違ったが、逃避の道を選んだことに変わりはない」と考え、「全ての体験を自分の過去として認めようと決めた。蓄積されて来た憎悪や復讐心という感情も、それらを生み出す切っ掛けとなった人々の存在も許そうと思った」という。

 これは、彼女が、苦痛を快楽としてしまう倒錯に陥っていたことを意味していると思う。そこからの脱出には、過去の人生を肯定することであり、生を肯定することであり、他者の肯定であり、友愛の感情への踏みだしである。もちろん、人格・感情を認めることも。彼女は、「自ら、憎むことを選択した」ということに気が付いたのである。要するに、彼女も父親も祖母もプライドが高すぎて、他者の人格を認められず、他者とのコミュニケーションができず、それは同時に、自分の人格や感情を自己否定することだったことに気づいたということだ。プライドを保つために、憎悪や復讐の感情が必要だったのである。もちろん、自己愛は、自らを守るために必要な感情であるが、過剰になれば、かえって自分を周囲から隔離して、自らを傷つけることになるのである。そんなふうに読める。

 最後に「これからも、心の視線の先を記事にしていこうと思う。記事の中に私はいる。記事にその都度込める何らかの私の思いに、それぞれの視点で真っ向から向き合ってくれる読者の存在は、「私の感情」を無視したり、殺したりせず、生かしてくれていることの証明だから」と言う。彼女は、他者とのコミュニケーションができるようになったわけである。

 生き生きと人生を生きていただきたい。  

「私」は記事のなかにいる
PTSDを乗り越えた自分が伝えたいこと長島 美津子(2007-08-26 23:00) 
 創刊前の準備ブログ向けに初投稿した記事は、創刊日、大炎上で迎えられた。

 ブログとはいえ、署名付きでメディアサイトなる場所に投稿することを選んだのは、自分自身だ。「掲載したのは編集部だから責任は編集部にある」と責任を全て転嫁し、雲隠れすることは容易だったろう。

 だが、逃げようという選択肢は浮かばなかった。私は25歳の秋、「あらゆる人生の苦難から、もう絶対に逃げない」と自分自身に誓ったからだ。

 「彼女は死ぬまで女であり続けた」を御読みいただき、長い間、家族愛に溢れていた家庭という風に感じた方もいたようだが、事実はそうではない。「目に写ることだけが真実ではない」と何度も発言してきた背景の紹介になるが、「子供たちの未来のために出来ること」でも触れた、私を虐待し続けたのはこの祖母だった。

 実父は精神的に弱い人で、困難にぶつかる度に責任を外に向けた。自身を省みることなどなく、年を追うごとに酒に溺れ、解消しきれない不満を麻痺させた。母は、酔った勢いで家族に暴力を振るうようになった父の元から離れ、私を連れて実家に舞い戻った。

 大人たちは母の前では笑顔で接し、陰では他人の家庭について何を語ったのだろう。子供たちはどんなに幼くても大人の行動を見ているし、話も聞いている。

 だから中学を卒業するまで、私のあだ名は、「捨て子」だった。「子供たち」を純粋・無垢といった代名詞で一括りし、彼らのいじめの世界を「悪意はないだろうが」などと無責任に語る評論家に、ときどき腹が立つ。「父なし子!」と満面の笑顔ではやし立てながら、崖の近くだろうが、屋上だろうが、どこまでも執拗に追いかけて来る彼らに、「いつか殺されるかもしれない」と怯えた。

 教師や近所の大人たちの目には、「ひとりの人間としての私」ではなく、「誰々の孫・姪・娘」という姿でしか映っていなかったのだろう。誰ひとりとして、SOSに気づかなかった。

 成長するとともに、笑い方や雰囲気が父に似てくる私を、祖母は嫌悪した。「どんなに慕っても、ご飯をお腹いっぱい食べさせて、学校に行かせてくれるのはお母さんなんだよ」と、幼い私にはどうすることも出来ないことを理由に挙げては、躾という名の暴力を振るった。

 雪が降った冬の夜、食事中の私の言動に癇癪を起こした祖母は、外灯も消した真っ暗闇の庭に、裸足のままの私を放り出した。肌に突き刺すような寒さ。この恐怖は言葉で表現しきれない。人生を振り返って、あの時ほど腹の底から泣き叫んだ記憶は他にはない。

 アカの他人からの暴力ならば、憎悪の感情で対処が可能かもしれない。だが、血のつながる家族からの暴力は、真っ先に、自己の喪失感を生み出す。なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか理由さえ分からないまま、愛してもらいたいがゆえに、ひたすら自分を責め、許しを請い続けるのだ。

 こんな生活は高校入学のころまで続いた。学校と家庭での苦痛。板挟みの生活の中、窓ガラスや鏡に映る自分の顔を見つめ続けた。「みんなの目に映っている私は誰なんだろう」と思いながら。

 だが、登校拒否という選択も、死という選択も出来なかった。どこにいても誰かの視線に怯え、安心して身を隠せる居場所がなかった。結果的に「流れのまま生きる」ことを選択した。

 感情の存在を否定され、人格を認めてもらえないまま生きるということは、心をグチャグチャに踏みつけられ、心を殺されたまま、体だけが成長するということだ。

 自分への愛情、他人への愛情、思いやり、喜怒哀楽という、あらゆる感情を身につけ、育むべき多感な時期を奪われた心は、憎悪と復讐の念だけに支配された。「もう誰も信じない」と決めた10歳のころから10年余り、私は泣くことが出来なくなった。見た目はどこにでもいる普通の人間だったかもしれないが、心の中は真っ暗闇だった。

 22歳の夏、東京駅の駅前交差点で信号待ちをしていたとき意識を失い、数日間を病院で過ごした。担当医の勧めで精神科を受診した結果、「心因性健忘症」と診断された。今でいう、解離性健忘症である。

 【解離性健忘症とは】 PTSD(心的外傷後ストレス障害)の元となった体験自体は思い出せないが、体験と密接な関係を持つもの(音、光、風景、イメージ、匂いなど)に触れると、フラッシュバックで、恐怖感や不快感に襲われる症状。解離した記憶は完全に失われたのではなく、忘れたいという強い意識によって、思い出すことができない。

 学校と家庭の生活風景の記憶が失われた。名前や本籍地、両親の顔、上京してからの体験の記憶は残っていた。

 「日常生活を送るには問題ないと思いますが、あなたのように長期に渡る、特定の期間の特定の生活体験だけが全て失われるということは稀です。無理に思い出すのは危険です」

と医者は言った。

 「その日々を忘れたいという思いがあまりにも強かった結果、記憶が解離されたんです。心の準備が出来ていないうちに無理に思い出そうとすると、思い出した時、生きることを拒絶したくなるかもしれません」と……。

 特定のものに対する記憶とはいえ、何だか自分が欠陥品のように思えた。そんな自分を他人に見透かされないよう通院治療も拒否し、朝から晩まで仕事に没頭した。視野も広げようと、仕事だけでなく、人並みに恋愛もした。

 失われた記憶の代替に、他のたくさんの思い出を記憶に埋め込もうとしたのだろう。過去の自分を消去し、新しい自分に生まれ変わろうと必死になっていた気がする。

 そんな矢先、何年も接触のなかった実父から、電話が来るようになった。父の最後の記憶は、太陽のように暖かい笑顔だった。だが年老いた父はアルコール依存症に成り果て時折、電話の向こうで幻覚や幻聴と格闘した。症状が出ない日は妙に優しい声で、金を無心した。

 ……疲れた。

 心底から、そう思った。父の相手をすることにではなく、「人生に疲れた」という感覚。それと同時に、何か大事なものを置き去りにしたまま人生を歩んでいるような気持ちになった。父と話していた時、ふとそんな風に感じたのだ。

 「私が生まれた時、どんな思いだった?」 気づいたら、そんな質問をしていた。「お前は望まれてない子だったから、嬉しくなかった」 そう父が答えた時、心が受けた衝撃の大きさによって全て思い出した。同時に、何年ぶりかに頬を涙が伝った。涙は温かいものだということも忘れていた。

 親とは思えない発言に父を憎んだのも、つかの間。全ての記憶を取り戻した私は数日間、「人生」というものを考えた。自分の人生。父の人生。その過程でハッキリと、「あの人の娘なんだなぁ」と親子の関係を認めざるを得ない事実に気がついた。

 誰しも人はプライドを持って生まれてくる。プライドという言葉すら知らない、どんなに幼い子供時代でも、その意識はある。父はプライドが高すぎた結果、自分の弱さや欠点を認めようとしなかった。そして「酒」に逃げ、溺れ、自己逃避の世界から抜け出せないまま人生を歩み続けた。

 私も、人格を否定され続けた体験を自分の過去として認めようとせず、いつしか自己逃避の道に逃げ込んだ。誰からも見向きもされなかった「幼い私の思い」を、自らが心の底に仕舞いこみ、存在を直視することを避け、記憶ごと葬った。形は違ったが、逃避の道を選んだことに変わりはない。

 ここで逃げを選べば、同じことの繰り返しになりそうな気がした。逃げた直後は苦痛を感じずに済む。しかし、絶対にまたいつか同じこと、もしくはそれ以上の苦痛を味わうことになる。そして父のような人生は歩みたくないとも強く感じた。

 全ての体験を自分の過去として認めようと決めた。蓄積されて来た憎悪や復讐心という感情も、それらを生み出す切っ掛けとなった人々の存在も許そうと思った。

 誰かを憎み、復讐したところで失われた年月は戻らない。自分の人生の、あらゆる可能性を自らの手で葬ることになるだけ。憎悪という感情が生み出された背景には、いろんな体験があったけれど、あくまでもそれは切っ掛けであり誰かが私に、「憎め」と命令したことではない。自ら、憎むことを選択したのだ。

 そんな風に物事の見方を変えることを選んだ結果、長い期間、認めることが出来ずにいた記憶を、すんなりと受け入れることが出来た。あれから11年。いつの間にか心の健康を取り戻した36歳の私は、ここオーマイニュースで皆様と出会った。

 自分の人生は不幸だったわけじゃない。苦労が多かったわけでもない。ただ単に、「なんだこりゃ」と言いたくなるほどの、延々と続く急な上り坂が、生後間もなく待ち受けていただけ。

 自分の人生という道を歩いてくる途中、何度か息切れも起こしたが、その中で身についた価値観や視点をもとに記事を書いてきた。時に読者との意見交換も、多くの時間を要することが多々あった。

 それでも記事を書くことを止めようとは思わなかった。「反論されるかも」というネガティブな可能性に心を支配され、貴重な問題提起の思いなどを発信できる機会を自ら放棄するのは、もったいないと思ったからだ。

 これからも、心の視線の先を記事にしていこうと思う。記事の中に私はいる。記事にその都度込める何らかの私の思いに、それぞれの視点で真っ向から向き合ってくれる読者の存在は、「私の感情」を無視したり、殺したりせず、生かしてくれていることの証明だから。

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保守論壇曲がり角に思う

 当ブログに、時々、コメントを寄せて下さる知足さんのブログ「マスコミ情報操作撃退作戦メディアリテラシー研究会」http://medialiteracy.blog76.fc2.com/ に興味深い記事が転載されている。

 このブログの主催者の方は、当ブログの思想とは、180°反対の保守思想の持ち主のようだが、世に言う流行りにのって調子づいて騒いで自己満足している「ネットウヨ」の類とは違う人で、当ブログの記事を部分評価していただいたり、転載していただいている。思想や政治的立場は違うが、メディアリテラシーという考えには賛成である。

 「右」か「左」かというのは、政治的な立場であって、これは歴史的な経緯によってそうなっているので、思想的なものと必然的につながっているわけではない。基準をどこに取るかによって、違ってくるのである。ナショナリズムを基準に採るなら、日本共産党は、「右」ということになる。日本共産党は、われこそが真の愛国の党と主張してきたから。

 だから、当ブログでは、「右」か「左」かというようなことは、基準の取り方次第だから、曖昧かつ適当に使っている。

 例えば、平等を基準に取ると、小泉ー竹中路線は、反平等主義的だから、「右」であり、赤木智弘君のように、「国民主義的」な平等を主張するのは、「左」ということになる。しかし、戦争を基準にとると、「靖国参拝」などに際して侵略戦争への反省と二度と戦争をしないと繰り返し語った小泉は、平和主義者で「左」となり、「国民主義的」な平等のための戦争は希望だと主張する赤木智弘君は、「右」ということになる。

 この間、自称「右」の人たちが、ネット内言論や雑誌言論などで、「左」に対して、優勢に立ち、東京都知事を右派・霊友会の石原が三期当選したり、右派の期待を集めた安部政権が誕生するなどしていて、支配的な位置を占めていた。小林よしのりの保守主義的なマンガが若者の間で流行るなどのこともあった。

 90年代後期からは、「左」は防戦一方だったと言ってよいだろう。しかし、2000年頃から、潮目が変わりはじめ、ついには、以下の記事にあるように、書店の最も目立つところを独占していた保守・右派雑誌の勢いが落ちたという。

 知足さんは、「保守論壇は曲がり角に来ているのに、一向に気がつかないようです。4,5年前から比べると本当につまらなくなりました」と率直に認めている。保守派を自認する「文芸評論家=山崎行太郎氏の政治ブログ」でも似たような意見が見られる。

 保守論壇の曲がり角は、「新しい歴史教科書をつくる会」の内紛騒ぎの時には、すでに兆候として現れており、今から思えば、あれは、潮の変わり目を示す一例だったということだろう。

 しかし、それを小林よしのりはある程度察したのかもしれない(彼は部分的に「左」転回したから)が、多くの保守言論人は、「曲がり角」に気が付かなかったということだろう。

 それを示すのが、米下院での「従軍慰安婦問題謝罪要求決議」に対する抗議文に署名した民主党の松原仁衆院議員が、テレビで、参院選に大勝利したにも関わらず、大汗をかきつつ、しどろもどろになっていたことである。彼も、まさか、国連中心主義で国権制限を容認する小沢路線が、これほど支持されるとは思いもよらなかったのである。

 民意の劇的な動きに対して、右派保守派はまったく対応できず、面食らったということだ。

 参議院での与野党逆転という新たな政治状況は、あまりにも劇的であり、ダイナミックな動きであり、先行き不透明であり、大変化の舞台の誕生である。思想もまたこの激動の中で、現実の検証にかけられることになろう。そこで、まず、時代遅れになった保守思想がふるい落とされたということを下の記事は示しているものと思う。だから、「諸君!」「正論」は、新路線を模索し始めているのだろう。

 これは、「左」にとっても他山の石である。フェミニズムであれ護憲論であれ、時代からふるい落とされないためには、新路線を探り続けなければならないのである。参議院選挙結果は、民意の中に、大きな時代変化、新しい生活や希望、新しい生き方、新しい社会を求める意志が表明されているととらえて、自らを更新していかなかったら、時代に取り残されてしまうことを示したと思うのである。

 「マスコミ情報操作撃退作戦 メディアリテラシー研究会」ブログより転載

  「諸君!」(文芸春秋)と「正論」(発行・産経新聞社)は勢いが落ち、新路線を/一方で、より過激なナショナリズムをあおる雑誌が台頭/右派の内部分裂というか、内輪もめの話/記事のタイトルがどんどんセンセーショナルというか、品のないものに
 以下はhttp://blog.goo.ne.jp/messneko/e/8865fa2ed276235dd008b8009276a58bより。保守論壇は曲がり角に来ているのに、一向に気がつかないようです。4,5年前から比べると本当につまらなくなりました。

保守が保守するもの

曲がり角の保守系論壇誌 過激にあおる雑誌台頭(朝日新聞)
保守系論壇誌の風景が変わり始めている。90年代後半から「新しい歴史教科書をつくる会」の運動や拉致問題、反日デモなどを追い風に部数を伸ばしてきた「諸君!」(文芸春秋)と「正論」(発行・産経新聞社)は勢いが落ち、新路線を探り始めた。一方で、より過激なナショナリズムをあおる雑誌が台頭している。背景には、左派という敵を失った保守論壇の空洞化や、安倍政権への失望、ネット世代のセンセーショナリズムといった問題があるようだ。 

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秦邦彦氏は年貢の納め時か?

 「Stiffmuscleの日記」 http://d.hatena.ne.jp/Stiffmuscle/20070817/p1
というブログが、ブロガーに協力を求めている。拙ブログは、この趣旨に賛同して、以下に当記事を貼っておく。

 従軍慰安婦問題で、軍による強制はなかったとする自由主義史観研究会の村山・河野談話を否定する言説が、保守派によって、流されており、それを根拠に、右派系国会議員や知識人らによるアメリカ下院での従軍慰安婦問題への謝罪決議への抗議文が、議会に送られ、またアメリカの新聞に広告されている。

 秦郁彦教授は、軍の慰安婦の強制連行はなかったことを実証したと主張し、それも上の動きに根拠を与えている。

 しかし、秦教授は、自らは、価値判断に捕らわれない客観的なデータを基礎とする実証主義という立場を標榜しながら、その実、自らの価値観を研究に持ち込み、データを恣意的に扱い、データをねつ造、都合の悪いことを隠蔽する、誤魔化す、等々のことを行いながら、従軍慰安婦問題に取り組む人々を厳しく批判してきた。

 さすがに、彼も、沖縄戦問題では、馬脚をあらわしているし、見え見えのでたらめを並べていることが簡単に暴露された。それについては、拙ブログでも取り上げた。

 しかし、秦氏の名前を一躍有名にした従軍慰安婦問題の領域で、資料ねつ造の疑惑が出てきたことは、いよいよ氏も年貢を納める時が来たということかもしれない。

 関連して、林博志氏の秦氏の批判文章を転載しておく。

 秦郁彦『慰安婦と戦場の性』批判

『週刊 金曜日』290号、1999年11月5日   

 林 博史  

 この著者は時々、まともな仕事もするのですが、しばしば人が変わったように、ずさんな仕事、あるいは人を誹謗中傷するような、因縁をつけるようなこともやります。この本は、ずさんな仕事の代表的なケースでしょう。この小文でも紹介したような、写真や図表の無断盗用、資料の書換え・誤読・引用ミス、資料の混同、意味を捻じ曲げる恣意的な引用・抜粋などの例をリストアップしてみたのですが、膨大な量になりあきれてしまいました。どこかで公表しようかとも考えたこともありましたが、バカらしくなってやめました。それにしても人に対してはさんざん因縁をつけながら、自分の間違いを指摘されても無視して開き直るのには、驚くばかりです。なお前田朗さんがこの本の「図版盗用」「写真盗用」「伝聞・憶測・捏造」などの問題点を詳細に批判されていますので御参照ください(『季刊戦争責任研究』第27号、2000年3月、『マスコミ市民』370号、1999年10月、に掲載された前田論文参照)。 2002.12.17

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 南京大虐殺の中で日本軍兵士によって地元女性に対してすさまじい強姦等の性暴力がおこなわれ、そのことが日本軍による組織的な性暴力である軍慰安婦制度を本格的に導入する理由となったことはよく知られている。南京大虐殺と慰安婦問題の認識は切り離せない。

 さて中学校の教科書から慰安婦の記述を削除させようとする運動の仕掛人は秦郁彦氏であった。藤岡信勝氏は一九九五年六月の南京事件についてのパネルディスカッションで秦氏から「次の企画として「従軍慰安婦」問題をとりあげることをサジェストされ」「その後も秦氏からは折にふれて慰安婦問題の情報をいただいていた」(『教育科学』一九九六年一一月号)と、秦氏の役割を正直に述べている。「朝まで生テレビ」(九七年二月)で秦氏が藤岡氏や小林よしのり氏らの側で登場し、「慰安婦」を「売春婦」とののしったのは記憶に新しい。その秦氏が『慰安婦と戦場の性』(新潮社)という本を出した。「事実と虚心に向き合う」(同書あとがき)と自分では言っているが、果たしてそうだろうか。この本は、内容以前に物事を研究するうえでの基本的なモラルに関わる問題、すなわち写真や図表の無断盗用、資料の書換え・誤読・引用ミス、資料の混同、意味を捻じ曲げる恣意的な引用・抜粋などが目につく。

 前田朗氏の『週刊金曜日』の論文から「国連の人権機構」図(三二二頁)が無断盗用され、しかも秦氏が改ざんした箇所が間違って直していることは前田氏がすでに批判している(『マスコミ市民』一〇月号)。また当時の慰安所などの写真や現在の人物の写真など出典がなく、本人の了解もなく、無断盗用であり、かつ肖像権の侵害だろう。

 資料の扱いもずさんさである。たとえば、一九三八年に内務省が陸軍からの依頼をうけて慰安婦の徴集の便宜を図った資料がある。この本では内務省警保局の課長が局長に出した伺い書が、内務省から各地方庁への「指示」に化けている。さらに五府県に慰安婦の数を割当てているが、その人数がでたらめで、資料では合計が四〇〇人になるのに、氏の数字では六五〇人とされてしまっている。引用も言葉を勝手に変えたり、付け加えたり、およそ研究者の仕事とは思えない(五六頁)。

 私がイギリスで見つけて本誌でも紹介したビルマ・マンダレーの慰安所資料がある。これらの資料は時期も違う四点の別のものなのだが、氏は混同して一つの資料であるかのように扱っている。それは置くとしても、氏はその中の規定の一部を取り上げ(これも適当に書換えているが)、「兵士の乱暴や業者の搾取から慰安婦を保護しようとする配慮が感じられる」(一二〇頁)と解釈している。しかし原文は「慰安所に於て営業者又は慰安婦より不当の取扱を受くるか或は金銭等の強要を受けたる場合は直ちに其の旨を所属隊長を経て駐屯地司令部に報告するものとし如何なる場合と雖も殴打暴行等の所為あるへからす」となっている(原文はカタカナ)。これを素直に読めば、業者や慰安婦が兵士に対して不当な取扱や金銭等の強要をおこなった時の対応の仕方について記した条文であることは明かである。慰安婦が軍によって保護されていたと言いたいために、原文を正確に引用することを避け、そう結論付けたのだろうか。

 引用の恣意性もひどい。西野瑠美子氏が下関の元警察官に聞き取りをし、済州島での慰安婦の狩り出しについて「『いやあ、ないね。聞いたことはないですよ』との証言を引き出した」(二四二頁)と元警察官がはっきりと否定したかのように書いている。この聞き取りには私も同席していたが、西野氏の本ではその引用された言葉の後に「しかし管轄が違うから何とも言えませんがね」と続いている。証言者は、自分は知らないが管轄が違うから断定できないと謙虚に話しているのだ。ところが秦氏は後半をカットすることによってまったく違った結論に導こうとする。

 同様の手法はほかにもある。「慰安婦はどのように集められたか」という欄で、シンガポールにおいて、軍が慰安婦を募集すると「次々と応募し」「トラックで慰安所へ輸送される時にも、行き交う日本兵に車上から華やかに手を振って愛嬌を振りまいていた」という元少尉(小隊長)の回想録を引用している(三八三頁)。ところが原文ではこの文のすぐ後に「ところが慰安所に着いてみると、彼女らが想像もしていなかった大変な激務が待ちうけていた」と続き、さらに部下の衛生兵の話として、「悲鳴をあげて」拒否しようとした慰安婦の「手足を寝台に縛りつけ」、続けさせたと話が続く。秦氏はなぜかこれらの部分はカットしてしまう。

 慰安婦の人数について「狭義の慰安婦は多めに見ても二万人前後であろう」(四〇六頁)としている。その一つの論拠として陸軍省の医事課長だった金原節三日誌を使っている。この日誌の一九四二年九月二日の項に計四〇〇ケ所の「慰安施設」を作ったという記述が出てくる(一〇五頁、四〇〇頁)。氏はこの四〇〇という数字が「所在地なのか軒数なのかが、必ずしもはっきりしない」と言いつつ、「一軒あたりの平均慰安婦数は、実例から見ると一〇―二〇人だから、四〇〇か所に掛けると」と言って計算をしている。慰安所が全部で四〇〇軒とみなすには少なすぎるが、それは別としても、“軒”か“所”が「はっきりしない」と言いながらすぐ後に“軒”と見なして計算してしまう。そうすればはるかに少ない数字が出てくるからだろう。

 記者会見などやっていないのにそこでしゃべったと書かれた上杉聰氏の例(二四二頁)や、吉見義明氏はそんなことは言っていないと否定しているが、朝日新聞で慰安婦史料の発見記事が出ることを事前に「旧知の吉見氏から………聞いていた」(一二頁)と書いていたり、秦氏が頭の中で作り上げた「事実」が一人歩きしているようだ。

 ここで紹介した以外にも単なるミスではすまされないような問題が数多くあるが、誌面の関係でくわしく触れられないのが残念である(別の機会にくわしく紹介する予定である)。

 秦氏の主張は結局のところ「強制連行はなかった」(三七七頁~)「兵隊も女も、どちらもかわいそうだった(伊藤桂一の言葉)」(三九五頁)、慰安婦の四割は日本人であり(四一〇頁)、「慰安婦の九割以上が生還したと推定」(四〇六頁)というものである。

 元慰安婦の証言は「身の上話」と呼ばれ、「女郎の身の上話」とダブらせたイメージ付けがなされている。「当の私自身も若い頃に似たような苦い思いをかみしめたことがある」(一七七頁)と正直に書いているので、「女郎の身の上話」に騙された原体験が、彼女たちの証言を頭から信用しようとしない、氏の慰安婦議論を規定しているのかもしれない。

 ところで一九九〇年から翌年にかけて中国新聞で「BC級戦犯裁判」という長期連載がなされたことがある。そこではマレー半島における華僑虐殺を正当化するための資料の改ざんなど膨大な「内容の改変」「事実誤認」があり、高嶋伸欣氏と私が抗議をした結果、中国新聞社は誤りを認めてこの連載を全面的に取消し、かつ総点検して約千五百箇所にわたる訂正をおこなうという誠実な対応をおこなった。このとき、膨大な「改ざん」のある連載を弁護する役割を買ってでたのが、秦氏だった(『正論』一九九二年八月など)。

 さらに付け加えると、秦氏はその『正論』誌上で、私が第三者に出した私信を無断で公表した。私は同誌上(同年九月号)で直ちに「研究者以前の市民のモラルに反する」と抗議をしたが、氏はいまだに知らん振りを決め込んでいる。そうした秦氏だからこそ、こういう本が書けるのだろう

2007-08-17■文書公開のお願い

 秦郁彦氏、尾形美明氏、加瀬英明氏に対し、" Composite Report on three Korean Navy Civilians List No. 78, dated 28 March 1945, "Special Questions on Koreans" (U.S. National Archives)というタイトルのついた文書の公開を切望する。

 お願いにいたるまでの経緯

 秦郁彦氏の『慰安婦と戦場の性』(1999年、新潮選書)において、秦先生は、官憲が「強制連行」するはずがないとする主張の根拠を、米国国立公文書館(National Archives and Records Administration、以下NARA)にあるという文書に求めている。そのくだりを引用してみる。

 いずれにせよ、平時と同じ身売り方式で女性集めが可能なら、植民地統治が崩壊しかねないリスクをはらむ「強制連行」に官憲が乗り出すはずはないと考えられる。

 それを裏書するのは、四十四年夏、テニアン島で米軍の捕虜になったリー・パクドら三人の朝鮮人による陳述である。「面長は自由選挙でえらばれた指導力のある実力派の老人」とか「労務動員を拒否すると投獄される」と語ったあと、朝鮮人慰安婦について次のように述べている。(10)

 太平洋の戦場で会った朝鮮人慰安婦 (prostitutes) は、すべて志願者 (volunteer)か、両親に売られた者ばかりである。もし女性たちを強制動員 (direct conscription)すれば、老若問わず朝鮮人は憤怒して立ちあがり、どんな報復を受けようと日本人を殺すだろう。

 尋問官が「今まで尋問した百人ばかりの朝鮮人捕虜と同じく、反日感情が強い」と評している朝鮮人軍属の証言だけに、何よりも説得力を持つのではあるまいか。

(10) Composite Report on three Korean Navy Civilians List No. 78, dated 28 March 1945, "Special Questions on Koreans" (U.S. National Archives).

(秦郁彦 『慰安婦と戦場の性』、1999年 新潮選書、380ページおよび381ページ) 

 秦先生の他にも、この文書を引用し、強制連行がなかったことの傍証とする論がある。

The Truth about the Question of “Comfort Women”

http://www.sdh-fact.com/CL02_1/24_S5.txt

Ogata Yoshiaki

Additionally, in 1945, in depositions of three Korean civilians in the employment of the Japanese Army, they stated “In the battle zones of the Pacific War, the Korean comfort women we met were all either volunteers, or women who had been sold by their parents. If any of the women had been victims of coercion, all Koreans, young and old, would have risen up in rage, regardless of whatever retaliation, and killed the Japanese.”

This is taken from “Composite Report Three Korean Civilians List No. 78,” dated 28 March, 1945, “Special Questions on Koreans” (U.S. National Archives).

慰安婦決議案提出者マイク・ホンダ議員への公開質問状

http://www.tamanegiya.com/maikuhonnda19.4.1.2.html

平成19年2月16日

史実を世界に発信する会

代表 加瀬 英明 

URL http://www.sdh-fact.com

「太平洋の戦場で会った朝鮮人慰安婦はすべて志願か、両親に売られたものばかりである。もし女性達を強制動員すれば老人も若者も激怒して決起し、どんな報復を受けようと日本人を殺すだろう」(朝鮮人軍属の証言)などの情報は、正しくないということを貴殿は証明する義務があるということである。さもないとアメリカの公式記録を貴殿は最初から価値なき虚偽文書とみなしていることになるからである。

The second can be found in depositions taken from three Korean civilian employees of the Japanese army, who stated the following: In the battle zones of the Pacific War, the Korean comfort women we met were all either volunteers, or women who had been sold by their parents. If the women had been victims of coercion, all the Koreans both young and old would have risen up in rage, and regardless of whatever retaliation, killed the Japanese (from Composite Report on Three Korean Civilians, List No. 78, dated 28 March 1945, “Special Question on Koreans” in the U.S. National Archives).

 この3つの引用文を見比べてみて、腑に落ちない点があるので、それをまとめてみた。

著者(敬称略) 出版年月日 引用文献の英語タイトル
秦郁彦 1999/06/30  Composite Report on three Korean Navy Civilians List No. 78, dated 28 March 1945, "Special Questions on Koreans" (U.S. National Archives).
尾形美明   Composite Report Three Korean Civilians List No. 78,” dated 28 March, 1945, “Special Questions on Koreans (U.S. National Archives).
加瀬英明 2007/02/16 Composite Report on Three Korean Civilians, List No. 78, dated 28 March 1945, “Special Question on Koreans” in the U.S. National Archives).

three かThreeか?
Navyが原文にあるのかないのか?
Civilians List No. 78 か Civilians, List No. 78か?(カンマがあったほうが自然ではあるが)
3名に対する尋問調書なのに、"composite report(尋問調書集約報告)"というタイトルは不自然。

著者(敬称略) ___ 引用文
秦郁彦 英語 なし("prostitutes", "volunteer", および"direct conscription"の各語が原文中にあることを示唆)
  日本語 太平洋の戦場で会った朝鮮人慰安婦は、すべて志願者か、両親に売られた者ばかりである。もし女性たちを強制動員 すれば、老若問わず朝鮮人は憤怒して立ちあがり、どんな報復を受けようと日本人を殺すだろう。
     
尾形美明 英語 In the battle zones of the Pacific War, the Korean comfort women we met were all either volunteers, or women who had been sold by their parents. If any of the women had been victims of coercion, all Koreans, young and old, would have risen up in rage, regardless of whatever retaliation, and killed the Japanese.
  日本語 なし
     
加瀬英明 英語 In the battle zones of the Pacific War, the Korean comfort women we met were all either volunteers, or women who had been sold by their parents. If the women had been victims of coercion, all the Koreans both young and old would have risen up in rage, and regardless of whatever retaliation, killed the Japanese
  日本語 太平洋の戦場で会った朝鮮人慰安婦はすべて志願か、両親に売られたものばかりである。もし女性達を強制動員すれば老人も若者も激怒して決起し、どんな報復を受けようと日本人を殺すだろう

 秦の引用文中で示唆されている"prostitutes"および"direct conscription"が、尾形引用文、加瀬引用文のいずれにも見当たらない。
秦引用文と加瀬引用文(日本語)は英語原文からの翻訳がほぼ同じであるの対し、尾形引用文と加瀬引用文(英語)は英語原文に細かな差異が複数ある(原文を引用するだけの作業で、これだけの差異が単なるミスとは考えにくい。)
英語原文が不自然である。
the Korean comofort women we met - 1945年に"comfort women"という表現があったのか? 原文の"comfort women we met"は"comfort women we had met"であろう。
either volunteers, or women - カンマは不必要
victims of coercion - 「強制であることの被害者」というのは意味がわからないし、 「強制動員」という訳にはならない。"victims of abduction" とか "victims of kiddnapping"なら理解できる。
regardless of whatever retaliation - 節として不完全 they recieved などがつくはずである。

 以上のような疑問から、このようなタイトルがついた、上記の内容のような文書があるかどうかを、2007年7月17日に、メールでNARAに問い合わせてみた。(問い合わせの英文はこちら)

 2007年の8月14日(日本時間8月15日)にNARAより返事が来たが、その内容は以下の通りであった。

Date: Tue, 14 Aug 2007 14:26:20 -0400

From: "WXXXXX MXXXXXX" <wXXXXX.mXXXXXX@nara.gov>

To: <XXXXXXXX@aol.com>

Subject: Composite Report

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August 14, 2007

(整理番号)

Dear Stiffmuscle(原文はわたしの本名),

We were unable to locate the report among the records in our custody.

Sincerely,

WXXXXX MXXXXXX

Modern Military Records

Textual Archives Services Division

 NARAが保管している記録文書の中にその報告書は見当たらなかった。

 ちなみに、「太平洋の戦場で会った朝鮮人慰安婦は」を検索語にしてGoogleで検索した結果、裁判の根拠資料、新聞記者のブログ内で言及、県議会議員の発言の根拠資料、としてすでに用いられていることがわかる。

Personalized Results 1 - 10 of about 137 for 太平洋の戦場で会った朝鮮人慰安婦は. (0.05 seconds)

http://www.google.com/search?q=%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E3%81%AE%E6%88%A6%E5%A0%B4%E3%81%A7%E4%BC%9A%E3%81%A3%E3%81%9F%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6%E3%81%AF&sourceid=navclient-ff&ie=UTF-8&rls=GGGL,GGGL:2006-22,GGGL:ja

-原告  石川の教育を考える県民の会会長  諸橋 茂一

http://www.kardia.biz/~jiyuu-shikan/042609kono.html

-「史実を世界に発信する会」は実に偉い 阿比留瑠比記者のブログ国を憂い、われとわが身を甘やかすの記 2006/10/22

http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/61303/

-県議会の活動 平成19年6月 和歌山県議会定例会会議録 第3号

http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/200100/www/html/gijiroku/0706/1906-03.html

 尾崎太郎県議

 今月号の「正論」で、茂木弘道氏が2件の米軍公式記録を紹介しています。米陸軍インド・ビルマ戦線所属の戦争情報心理班の報告は「慰安婦とは売春婦にすぎない*1」、「月平均1500円の総収入を上げ、マスターに750円を返還する*2」とあり、朝鮮人軍属の証言として、「太平洋の戦場で会った朝鮮人慰安婦は、すべて志願したか両親に売られた者である。もし女性たちが強制動員されれば、すべての朝鮮人は老人も若者も激怒して決起し、どんな報復を受けようと日本人を殺すだろう」とあります。ちなみに、日本の軍曹の月給は30円で、慰安婦は実にその25倍を稼いでいたことになります。

 もちろん、慰安婦は日本人も多数いましたし、戦後、焼け野原になった我が国で、米兵相手に春をひさぐ女性がいたことは周知の事実であります。日本人として愉快な話ではないですが、だれかの責任を追及するようなたぐいの話でもないでしょう。

 原文が公開されておらず、NARAがその存在を確認していない文書が、このような形で事実として流布している現状は、各人の主張云々以前に、事実に基づいて議論するという万人が納得する議論への姿勢を根底から破壊する危険性を秘めている。

 再度申し上げる。秦郁彦氏、尾形美明氏、加瀬英明氏においては、この文書を早急に公開することを切に希望する。

 この記事を読んでいただいて、ご賛同いただける方は、ご自分のブログで紹介していただくなど、多くの方に知らせていただけると有難い。 ご協力のほど、よろしくお願いします。

関連エントリー(元記事)
-どくしょのじかん 1
http://d.hatena.ne.jp/Stiffmuscle/20070716/p1

-どくしょのじかん 12
http://d.hatena.ne.jp/Stiffmuscle/20070815/p1

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*1:文の一部を切り出した恣意的翻訳

*2:正確に翻訳していません

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「連合」の格差是正に取り組む新方針

  労働組合の「連合」は、秋の大会で、パート・アルバイトなどの非正規雇用問題への取り組みを最優先の課題とすることを発表した。

 これは、もちろん、先の参議院選挙で、「連合」組織候補が多く当選した民主党が大勝利をおさめた勢いを背景にしている。もう一つは、非正規雇用労働者が、約1700万人に上るようになり、「連合」が正社員主体の労組になってしまい、正社員が減少する中で、組合組織がじり貧になってしまっているという背景がある。

 非正規雇用労働者を組合に獲得しなければ、「連合」が衰退してしまうのである。

 これには、組合員減少の問題で、ナショナルセンターの全米労働総連合が分裂したアメリカの労働運動の教訓も含まれているのかもしれない。アメリカの場合、労働者間の格差問題は、移民問題と重なる部分が多く、分裂した労組は、移民労働者の組織化に力を入れている。

 日本の場合、基本的には、日本人同士の間に格差が生じているわけで、とりわけ、女性の場合に、それが強く表われていることが下の記事でわかる。

 記事によると、最低賃金以下の賃金しかもらえない労働者の7割が女性だという。最低賃金制は、国の決めた強制力ある制度である。それにも関わらず、遵守されていないのである。コンプライアンス(法令遵守意識)の徹底とか、スローガンだけは立派だが、それをかいくぐってでも、利潤をあげようという企業の必要・利害が、現場では優先されているわけである。こんな状態では、民は民に任せろなどというのは、泥棒に追い銭になることは明白である。官は、民から、こんな違法行為を学ぼうというのだろうか?

 まずは、こんな状態は、速やかに解消して、最低賃金の引き上げなどに取りかからねばならない。それが、「生活第一」「格差解消」を掲げた小沢民主党を大勝させた民意である。それをしないというのであれば、「連合」もまた労働者から見捨てられるばかりであろう。女性労働者を組織するためには、こうした労働での女性差別をなくすように運動を組まねばならない。

  最低賃金に満たない労働者、7割が女性(『読売新聞』2007年8月22日)

 最低賃金法が保障する賃金を得ていない労働者のうち、過半数がパート労働者やアルバイトで、7割は女性が占めていることが22日、厚生労働省の特別調査でわかった。

 この調査は、全国の労働基準監督署が今年6月、過去に違反率の高い繊維、食料品製造などの業種を中心に計1万1120事業場を対象に実施した。

 その結果、対象企業の労働者16万8454人のうち、最低賃金に満たない労働者は2051人(1・2%)で、パート・アルバイトは1168人と56・9%を占め、女性は1384人(67・5%)だった。

 また、同法に違反する事業場は6・4%となったが、定例調査(毎年1~3月に実施)と比べ、07年の7・3%、06年の6・8%よりわずかに減少した。

 今回の調査結果について、同省は「最低賃金を順守する意識がまだ企業に浸透していない。監督対象の企業数を増やすなど指導を強化したい」としている。

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佐藤発言と集団的自衛権論について

 先の参議院選挙で自民党比例区から当選した元自衛隊のサマワ先遣隊の佐藤正之議員のテレビでの発言をめぐって、ブロガーたちによる批判の声が広がっている。

 天木直人氏もとりあげて批判していたことは、先日取り上げたが、ブロガーの動きは早かった。とくに、「情報流通促進計画byヤメ記者弁護士」http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/b6b645b6bde4ae3c306b2d8dbfa8d3bfである。

 佐藤発言は、基本的に、現場指揮官として、現場部隊の立場から、政治批判をするというもので、氏の政治の理解が浅いことを表している。現場で、攻撃されている友軍を助けないわけにはいかないという感情から、それを不可能にしている政治が悪いと判断しているわけである。オランダにはオランダの事情があってそこにいるのであり、オランダの国内法に従って活動しているのである。日本はオランダと同盟国ではないし、オランダを助けなければならないという法的な根拠はない。情としてどうなのかというなら、例えば、同盟国アメリカが、イラクの一般住民を誤爆している時に、イラク人に同情して、「駆けつけ警護」を行うのかどうかという問題も立てられる。

 サマワでの自衛隊の活動は、非戦闘地域での活動で、そもそも自衛隊が攻撃を受けるとか、オランダ軍が攻撃されるという事態がそもそもないという前提で行われることになっている。小泉元総理は、非戦闘地域だから、安全だということを繰り返し強調し、反対を押し切って、サマワへの陸上自衛隊派遣を強行したのである。こんな無茶苦茶な政治で、自衛隊を危険にさらした自民党からの立候補というのは、佐藤氏の発言趣旨からしたらあり得ない。この辺も、政治を理解していないことを示している。

 さらに、オランダ軍への「駆けつけ警護」によって、事実上の集団的自衛権行使をやってしまえというのは、関東軍の謀略の発想と似ている。問題は、集団的自衛権と個別的自衛権に分かれる自衛権の問題だ。確かに、国連憲章は、他国からの侵略に対して、国連が出動するまで、国家に、集団的・個別的自衛権の行使を認めている。ただし、これは、国家主権という為政者主権を認めるという国家連合たる国連原則が、古いことを意味している。自衛権は、人権であって、非人間である国家や政府にそもそも自衛権などあるわけがない。これは、国家が人格を持つという法人権として擬制されているか、あるいは為政者が身分として固定されていた時代の主権者=国家という前時代的な観念を取り入れているかである。

 法人においては、それらは自然的基礎を持たず、人工的に権利関係が規定されている。人間が、生命という自然的肉体と切り離せない自然的基礎の防衛をするということは当然であるが、かつて歴史的に存在していなかった民族国家などという創作物に対して、人権にあたる自衛権なるものがあるとされたのは、それもまたただの歴史的な創作に他ならないのである。ただし、人権が個人を単位とするという考え自体、歴史的であることも忘れてはならない。ここでは近代的個人主義を前提としている。

 佐藤議員の問題発言は、これらのことについて、しっかり考えた様子もない幼稚な発言である。一から勉強しますというべきところだが、佐藤議員は、まったく逆に、政治家の方が、現場に来て学ぶべきだと言う。もちろん、サマワに自衛隊を送り込んだ政治家は、現場を直に見ることも含めて、よく知るべきだが、しかし、現場を見ないからといって、現場を理解できないというわけではない。

 NHKの憲法討論会で行使賛成派は、同盟国を助けなければ同盟自体が破綻するという個人間の道徳的レベルでの心情をそのまま国家間関係に敷衍するという形で議論を立てている。それは、基本的に違うレベルの問題を同一視する間違いを犯している。国家は人ではないというのは、誰が考えても当たり前であり、それを踏まえていない議論は、どうしたって現実離れになる。
 
 佐藤議員は、責任ある立場の人間として、自衛隊に謀略させるというような危険で誤った道を説くのは止めなければならない。その上で、もっとよく政治を理解することだ。それができないなら、議員・政治家として不適格である。

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天木ブログ記事から知る民意の恐ろしさ

 先の参議院選挙で、「9条ネット」から立候補して、残念ながら落選した天木直人氏がブログでこんなことを書いている。

 テレビ・新聞などの「表のメディア」では流されない真の情報が、インターネットなどの「裏のメディア」では流されている。その一例として、あるブログにあったという情報を紹介している。

 ひとつは、「ニューヨーク・タイムズ紙のティム・ワイナー記者の近著でピューリッツアー賞受賞作、「灰の遺産、CIAの歴史」第12章の中に、「岸信介元首相は米国CIAの助けで日本の首相となり、CIAの金をもらって日本を対米に従属させた」という事が縷々書かれているという。岸元首相と米国のつながりについてはこれまでも断片的に紹介されてきたが、この書では更に具体的な事実が明らかにされているのだ。安倍首相は誇るべき祖父の名誉のためにも、「岸信介=CIAの犬」説はでっち上げであると証明し、ワイナー記者を名誉毀損で訴えるべきではないかと、この情報を提供しているブロガーは冷やかしている」というものである。

 岸がCIAのスパイで、当時の自民党が、アメリカから金をもらっていたのは有名な話である。自民党へのアメリカからの資金提供については、CIAの公式記録に載っていると報道された。CIAが、右翼系の政界フィクサーらに金を渡して、日本の政治を動かそうとたくらんだが、あまり役に立たなかったと嘆いていたことを示す公文書も公表された。

 岸信介は、60年安保闘争が空前の盛り上がりを示し、連日国会にデモ隊が押し寄せる中で、6月15日の自然成立を前に、自衛隊を治安出動させ、この反安保運動を武力鎮圧することを決意し、赤城防衛大臣にそれを要請したが、拒否された。そして、岸は、安保改定と引き換えに、退陣に追い込まれるのである。そして先日、岸の孫の安部総理を窮地に追いやったのは、赤城防衛大臣の孫の赤城元農相である。

 因果はめぐるのだろうか。

 岸の孫の改憲策動に対して、祖父を倒すために国会を取り囲んだ60年安保全学連の元闘士たちが、国会前に座り込み、あるいは6月15日安保デーに日比谷野音に結集したのである。

 安部政権は、参議院選挙で歴史的惨敗を喫しながら、本人は続投するとして居座ったが、赤城大臣が事実上更迭されても、内閣支持率低下は止まらず、危険水域、20%台に突入した。反安保闘争、政権内の求心力低下、内部からの離反、総理への協力拒否、などの、祖父の政権崩壊と同様の道を孫もまたたどることになるのだろうか?

 安部自民党惨敗に、チャンネル桜の右派・保守派の連中が、大きなショックを受けているらしい。愛国主義イデオロギーよりも生活第一を求めた「国民」を批判しているという。どうしようもない連中だ。これで、連中が後退することがはっきりした。政権交代後、下野した岸信介は、統一協会はじめ右派宗派や民間右翼などと結びつきつつ、右からの国民運動を育成することに力を注ぎ、自主憲法制定運動などに取り組んでいった。その資金源にもCIAの陰がつきまとっているという人もいる。アメリカは、今でも、世界で、民主化支援などの名目で、親米勢力育成のために資金を提供したりしている。議会予算を使いながら、民間に事業委託している場合もあり、政府介入なのだが、そうとみえにくいようにして、行っている場合もある。

 次に、天木氏は、先の参議院選挙で、自民党の比例候補として当選した自衛隊の元サマワ先遣隊長であった佐藤正久氏の驚くべき発言というのを紹介している。

 佐藤氏は、「集団的自衛権の論議の中で、国民を騙して戦争状態をつくりだすつもりだったとTBSの報道の中で発言していたというのだ。このニュースはすでに削除されているらしいが、なんでも次のような発言を堂々と行っていたという。「・・・もしオランダ軍が攻撃を受ければ『情報収集の名目で現場に駆けつけて、あえて巻き込まれる』という状況をつくり出す事で、憲法に違反しない形で警護するつもりだった・・・巻き込まれない限りは正当防衛・緊急避難の状況はつくれませんから・・・日本の法律で裁かれるのであれば、喜んで裁かれてやろうと・・・」。

 要するに、もしサマワで治安維持任務に当たっていたオランダ軍が、攻撃されたら、自衛隊は、情報収集の名目で、オランダ軍を守りにいって、あえて巻き込まれるつもりだったというのである。これは、集団的自衛権の行使であるが、直接の目的は情報収集なので、情報収集活動中の自衛隊活動に対して攻撃されたのに反撃するという個別的自衛権の行使にすぎないという理屈を立て、それを日本の法律で裁かれても構わないと思っていたという。

 これはいかにも本質的に超法規的実力部隊の軍人らしい発想である。軍人は、まず戦闘任務の実現という目的をどう達成するかを中心に考える。それは、戦略戦術主義と言ってもよい。オランダ軍が、万が一にも、戦闘で敗北するようなことがあったら、自衛隊も敗北することは明らかであるから、何があっても、まずは、オランダ軍が勝つことが優先で、だから、自衛隊はオランダ軍に加勢しなければならない。名目は、なんでもいいのである。後付で構わないわけだ。これは石原莞爾ら関東軍の謀略の発想と似ている。やってしまって、既成事実をもって事後承認を取り、後から、正当化し、法的根拠をつくるというやり方である。危うい。

 例えば、この自衛隊の反撃によって、巻き添えで、無関係なイラク人が死んだとしよう。それも、やむを得ざる犠牲にされてしまうわけである。付近の住民すべてを安全に避難させてから、戦闘に入るということは滅多に実現できるものではない。この想定では、すでにオランダ軍は戦闘に入っていて、それに加勢するわけだから、自衛隊だって、余裕がない情況である。このような事態が持つ政治的な意味は、現場の指揮官にはわからないだろう。佐藤元先遣隊長は、現場指揮官らしく、その行動が持つ政治的意味よりも、現場の必要や現場の発想を優先的に考えている。だから、やったことに対して、後で日本国内で裁かれても良いなどということを言うのである。そしてそれは、オランダ軍のように反撃権・集団的自衛権行使ができるという世界の常識を日本の国内法体系に持ち込むチャンスと考えているのである。

 これに対して天木氏は、「この発言は驚愕的だ。憲法違反を実行する事を堂々と述べる人間に国会議員の資格はない、とこのニュースを報じているブロガーは書いているが、おりしもテロ特措法延長が臨時国会の焦点となる。佐藤発言こそ野党は真っ先に取り上げなければ嘘である」と述べている。

 軍人の感覚・論理・発想というのは、佐藤元先遣隊長のこのような発言に示されている。法律よりも、現場の戦闘の利益、戦闘目的の達成、の方が優先されるということだ。シビリアン・コントロールその他の制約ということを簡単に忘れてしまうのである。もちろん、これは天木氏が言うように、憲法違反を公然と述べたもので、公務員(自衛隊も公務員である)の憲法遵守義務をすっかり失念したもので、まして、国会議員としては、不適切きわまりない発言である。政治が、軍事を指導できず、軍隊の論理が優位に立ったら、大変なことになる。その行き着く先は、軍国主義国家である。政治主導が貫かれねばならないが、自民党には、石破元防衛庁長官のように、ふらふらしている防衛屋が幅を利かせていて、危ういものがある。民主党の前原グループなども似たようなもので、危うい。

 臨時国会が始まると、安部与党は、これまでどおりに国会運営が進まないという事態に直面し、それによって、否応なく、参院選大敗の大きさに気づかされることになろう。今の段階では、この意味について、頭ではわかっているだろうが、政治経験としては、十分理解していないだろう。安部退陣を求める党内意見が出ているが、それもまだ余裕で言っているという感じがする。それはもちろん、衆議院での圧倒的多数の議席があるからだろう。だが、秋には、そんな余裕の表情は消えることだろう。

 民意は恐ろしい。昨日まで見せていた笑顔も、翌日には、怒りの表情に変わる。

 天木氏は、「裏のメディア」が「表のメディア」に取って代れば、「何よりも為政者による情報操作ができなくなる。国民が覚醒する。世の中が一変するに違いない。のぞましい本来のメディアの姿がここにある」と最後に述べている。

 今回の参議院選挙で、民意が反自民・民主支持に極端に傾いたのも、「国民」の覚醒の一つの表われである。小選挙区制を何度も経験して学んだ「国民」は、この制度では死票が多いということに「覚醒」し、死票を避けるという投票行動を示した。先の郵政解散総選挙で、郵政民営化反対票が過半数を制していたのに、小選挙区制のために、郵政民営化賛成の与党議員が大量当選してしまった。民意が反映されなかったのである。「国民」がそれから学んで、「覚醒」が進んだように見える。

 その中で、社共は、批判票の受け皿になり、少ないとはいえ議席を伸ばした。しかし、この参議院選挙では、後退した。その大きな要因の一つは、社民党も共産党も、その狭いセクト主義的排他性と独善性にあったと思う。自分は正しいことを主張しているのだから、それは「国民」に支持されるはずだと思い込んでいるように見える。それは、今回民意がノーと言った安部首相の「政策は正しいから、それを訴えれば、必ず理解されるはずだ」という独善的姿勢と共通するものがあるのではないだろうか。民意をくみ上げつつ、それを政策化するという努力が足りなかったのではないだろうか。政治や政策が、大衆の生活や意識から独立していると見るような転倒があったのではないだろうか。こういう点が根本から改められないと、社共に明日はないような気がする。

  裏のメディアが表のメディアになる時、世の中は激変するhttp://www.amakiblog.com/archives/2007/08/12/#000488

 新聞、雑誌やテレビといったメディアを、仮に「表のメディア」と呼ぶ事にしよう。我々はどうしても表のメディアに頼る。信頼できる情報であると思ってしまう。それがすべてであるとさえ思う人が多い。

 活字を読まなくなった国民にとって、とりわけテレビから流される情報は圧倒的だ。スウィッチをつけるだけで洪水の如く一方的に情報が入ってくる。それが娯楽番組であればまだ害は少ない。しかし政治ニュースや政治番組となると話は違う。

 日曜日に各局が流す政治番組を見るが良い。どの放送局も、毎回同じような顔ぶれの政治家やタレントまがいの評論家が出てきて、限られた情報を話題に、縦、横、斜めから、あたかも一億総評論家のごとく話す。そこから得られるものは何もない。それどころか、多くの視聴者は、それがもっともな意見であると受けとめるから実害さえある。

   特に最近の参院選後の政治番組は酷いものだ。民主党の勝利、新人議員の出演、安倍首相の居直り、内閣改造、などの話が、繰り返し、繰り返し、報道される。しかし、もう一度言うが、そこから得るものは何もない。テレビに出ているお馴染みの政治家や評論家、司会者などが口にする意見は、誰でも言える代物なのだ。毒にも薬にもならない。そのようなコメントを聞くのは時間つぶしでしかない。

 その一方でインターネットを覗いてみると「表のメディア」では決して知る事のない情報が駆け巡っている。たとえばこういう情報である。

 ニューヨーク・タイムズ紙のティム・ワイナー記者の近著でピューリッツアー賞受賞作、「灰の遺産、CIAの歴史」第12章の中に、「岸信介元首相は米国CIAの助けで日本の首相となり、CIAの金をもらって日本を対米に従属させた」という事が縷々書かれているという。岸元首相と米国のつながりについてはこれまでも断片的に紹介されてきたが、この書では更に具体的な事実が明らかにされているのだ。安倍首相は誇るべき祖父の名誉のためにも、「岸信介=CIAの犬」説はでっち上げであると証明し、ワイナー記者を名誉毀損で訴えるべきではないかと、この情報を提供しているブロガーは冷やかしている。

 もう一つは最近めでたく参議院議員になった元サマワ先遣隊長、佐藤正久氏の、とんでも発言の発覚である。集団的自衛権の論議の中で、国民を騙して戦争状態をつくりだすつもりだったとTBSの報道の中で発言していたというのだ。このニュースはすでに削除されているらしいが、なんでも次のような発言を堂々と行っていたという。「・・・もしオランダ軍が攻撃を受ければ『情報収集の名目で現場に駆けつけて、あえて巻き込まれる』という状況をつくり出す事で、憲法に違反しない形で警護するつもりだった・・・巻き込まれない限りは正当防衛・緊急避難の状況はつくれませんから・・・日本の法律で裁かれるのであれば、喜んで裁かれてやろうと・・・」

 この発言は驚愕的だ。憲法違反を実行する事を堂々と述べる人間に国会議員の資格はない、とこのニュースを報じているブロガーは書いているが、おりしもテロ特措法延長が臨時国会の焦点となる。佐藤発言こそ野党は真っ先に取り上げなければ嘘である。

 インターネットで流れる情報を仮に「裏のメディア」と呼ぶ事にする。インターネットで流れる情報はおびただしい。匿名情報や信憑性に欠ける情報も多い。しかし「表のメディア」では見られない良質な情報や、世界中の情報を網羅した一級の情報が、何気なく流されている。

 「裏のメディア」で流される一級情報を、誰かが見つけて選別し、それをまとめて流すような事が出来ないものであろうか。それが「表のメディア」として、一般の国民に流されるようになったとき、おそらく今のテレビや新聞の役割はなくなるであろう。「表のメディア」はすべて娯楽番組だけになるであろう。マスコミでもてはやされているお馴染みの出演者の出番はあっという間に終る。それよりも何よりも為政者による情報操作ができなくなる。国民が覚醒する。世の中が一変するに違いない。のぞましい本来のメディアの姿がここにある。

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テロ特措法は対米奉仕法

  民主党小沢代表とシーファー米駐日大使との会談が行われ、秋の臨時国会で焦点となるテロ対策特措法延長問題が取り上げられた。

 シーファー大使は、小沢氏に対して、民主党が、テロ対策特措法の延長に賛成するよう求めたが、小沢氏は反対を表明した。

 小沢氏は、その理由として、テロ特措法に基づくインド洋での米英などの艦艇への給油活動には、国連決議の裏付けがないという理由をあげた。

 それに対して、さっそく、『読売』『産経』が噛みついた。ただし、『産経』の方は、弁解がましく、テロ対策特措法は、対米従属ではなく、あくまでも国際社会との協調のためだと述べている。しかし、『読売』の方は、このテロ特措法反対という一点をもって、民主党には政権担当能力がないのではないかと述べている。

  しかし、議会制民主主義において、主権者は「国民」であって、政権担当能力を最終的に判定するのは「国民」である。新聞を商品として購入しているだけの消費者ではない。ましてや、『読売』読者という少数者ではない。しかし、それは建前の話だという意見もあるかもしれない。

 先日頂いたコメントでは、マスコミに騙されて安部批判をするのは馬鹿だという指摘があった。このように、世論は、マスコミに操られているという見方がある。

 マスコミはもちろん世論形成に大きな影響力を持っているには違いないが、その効果は限定的だし、長続きするものでもない。

 その昔、マスコミは第4権力だというような話が流行ったが、それは、マスコミが、権力同様、世論を作り上げて、人々の行為を望みの方向に誘導するからというような意味だった。しかし、権力は、強制であると同時に処罰するのであり、監獄的装置などの物理的手段を備えているものだ(レーニン)。

 マスコミは、世論を煽り立てて、一つの方向に誘導していくことが可能ではあるとはいえ、そうしなかった人々を投獄したり、処罰したりすることはできない。したがって、権力としての要件を満たしていないのである。だから第4権力という言い方は、比喩に止まるのである。

  『読売』社説は、小沢代表が、「国連安全保障理事会決議の承認を得ていない現在の海自の活動には反対する」と述べた事に対して、「この主張は明らかにおかしい」として、国連安保理決議1368があるじゃないかと反論している。その安保理決議1368は、以下の翻訳で読むと、きわめて抽象的で曖昧なもので、解釈の幅が広いものである。

 小沢代表が述べたように、アフガニスタン戦争は、「米国の戦争」であって、国際社会の戦争ではない。それが実態であって、米の同盟国ばかりが参加しているのである。

 『読売』は、インド洋での自衛隊などの活動実態が、機密の保持を理由にして明らかにされていないにも関わらず、「現在の海自の給油活動は、はるかに危険が小さい。国際的な評価も高く、国益に合致した人的貢献策と言える」と評価している。『読売』は、活動実態を知らないくせに、国際的な評価といううわさ話の類を根拠に、意義があるなどと言っているのである。

 「小沢代表と大使の会談は、民主党の要請で、報道機関に全面公開された。「米国に言うべきことは言う」という姿勢を示し、民主党の存在感をアピールする狙いなのだろう」と『読売』は言う。人々の多くが、「言うべきことは言う」という対等な日米関係を歓迎するだろう。安部総理は、総理就任直後に、アメリカではなく、中国・韓国を歴訪し、対米一辺倒ではない日本独自の外交方針を示して、ある程度の高い評価を受けたことを『読売』は、忘れてしまったようだ。安部政権のその後の対米従属的な外交姿勢が、人々に失望感を与えたことも忘れてしまったようだ。

 『読売』が言う国際社会の対テロ共同行動の一環とされたイラクでの多国籍軍から、撤退する国が相次いだ。イラクでは、米軍大増派を余儀なくされるに至り、ほぼ米英だけが、イラクの対テロ共同行動を担うような有様になっている。もちろん、陸上自衛隊の撤退後も、空自の支援活動は続いているのであり、こちらも、『読売』の理屈では、正念場から逃げるわけには行かないという状態に追い込まれている。

 アフガニスタンでは、タリバンが盛り返してきていて、多国籍軍にも犠牲者が増えている。旧軍閥の武装解除が問題になっていたが、軍閥の復活、再武装ということも進むかもしれない。また、『毎日新聞』伝えるところでは、タリバンへの対応を巡って、パキスタンとアフガンの間に不信感が強まっているという。なるほど、『読売』が言うように、アフガンは正念場を迎えているようだ。

 それに対して、テロ対策が、軍事に偏って論じられていること自体が、もはや限界なのではないだろうか? パキスタン政府・アフガニスタン政府、その他、関係国との外交その他の包括的な政策の推進ということをもっと論じなければならないのではないだろうか? 『読売』のように、テロ特措法による自衛隊の海上給油活動だけをことさら対テロ国際共同行動の支援であり、人的貢献策の決め手だというようなとらえ方は、視野狭さくであって、それこそ、非現実的に見える。

 最後に『読売』は、「だが、小沢代表から、日本が「国益」を踏まえてどう行動するか、という発言はなかった。極めて残念である」と述べている。別に『読売』に、人々の利害を判断してもらわなくても結構だ。それが残念かどうかは、民意が判断する。

 国際連合安全保障理事会決議1368(2001)

 2001年9月12日、安全保障理事会第4370回会合で採択

  安全保障理事会は、

  国際連合憲章の諸原則と諸目的を再確認し、

 テロリストの行為によってもたらされた国際の平和と安全に対する脅威とあらゆる手段でたたかうことを決意し、

 憲章に基づく個別的あるいは集団的自衛の固有の権利を確認し、

1.2001年9月11日にニューヨーク、ワシントンD.C.およびペンシルベニアで発生した恐るべきテロ攻撃を断固として明確に非難し、このような行為は他の国際的なテロ行為と同様、国際の平和と安全に対する脅威であるとみなし、

2.犠牲者とその家族およびアメリカ合衆国の人々とその政府に深い同情と哀悼の意を表明し、

3.すべての国に対しこれらのテロ攻撃の実行者、組織者、支援者を裁判にかけるために緊急にともに活動することを要求し、これらの行為の実行者、組織者および支援者を援助し、支援しあるいは匿うことに責任を負う者にも責任があることを強調し、

4.国際社会に対して、協力の拡大と適切な反テロリズム条約および国連安保理決議、とりわけ1999年10月19日の決議1269(1999)の完全な実施によって、テロ行為を防止し鎮圧するための努力を増大させることを同時に要求し、

5.2001年9月11日のテロ攻撃に対して、国際連合憲章の下の責務にしたがって、すべての必要な措置を行うこと、およびあらゆる形態のテロリズムとたたかうことの用意があることを表明し、

6.事態を解決することを決議する。

 小沢VS米大使 政権担当能力に疑問符がついた(8月9日付・読売社説)

 これでは民主党に政権担当能力はない、と判断されても仕方がないだろう。

 民主党の小沢代表とトーマス・シーファー駐日米大使が、テロ対策特別措置法の延長問題をめぐって党本部で会談した。

 シーファー大使は、海上自衛隊が多国籍軍への洋上給油活動を継続することに、民主党の協力を要請した。

 しかし、小沢代表は「ブッシュ大統領は『これは米国の戦争だ』と、国際社会のコンセンサスを待たずに戦争を始めた」と強調した。「日本は米国中心の活動には参加できないが、国連に承認された活動には参加したい」とも語った。

 国連安全保障理事会決議の承認を得ていない現在の海自の活動には反対する、という理屈のようだ。

 この主張は明らかにおかしい。

 海自の活動は、多国籍軍のテロ掃討作戦の一環である。2001年9月の米同時テロ後に採択された安保理決議1368に基づいている。アフガン国内で米英仏加韓など約20か国が、インド洋では日米英仏独パキスタンなど8か国の17隻がそれぞれ活動している。

 テロ掃討作戦は、小沢代表が言うような「米国の戦争」ではない。国際社会による対テロ共同行動である。

 小沢代表は、国連安保理決議1386に基づくアフガニスタン国際治安支援部隊(ISAF)への参加は可能だ、との考えを示した。

 しかし、それは、日本にとって、現実的な選択肢ではあるまい。

 米政府は再三、陸上自衛隊の輸送ヘリコプターのISAF派遣を打診しているが、日本側は「危険だ」と断っている。現在の海自の給油活動は、はるかに危険が小さい。国際的な評価も高く、国益に合致した人的貢献策と言える。

 アフガンでは、旧支配勢力タリバンが勢いを盛り返している。国際社会の対テロ活動は、今が正念場だ。

 シーファー大使は会談で、「日本の貢献は、日本と世界の治安にとって重要だ」とも指摘した。小沢代表は、日本自身が国際テロの標的とされている当事者であることを忘れたのではないか。

 民主党は参院選公約で、「相互信頼に基づいた、強固で対等な日米関係」の構築を訴えた。小沢代表と大使の会談は、民主党の要請で、報道機関に全面公開された。「米国に言うべきことは言う」という姿勢を示し、民主党の存在感をアピールする狙いなのだろう。

だが、小沢代表から、日本が「国益」を踏まえてどう行動するか、という発言はなかった。極めて残念である。

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西部邁氏の選挙分析批判

 かつての安保全学連の闘士で共産主義者同盟員であった西部邁氏は、今ではすっかり保守思想家となってしまったが、参院選の氏の評価を『産経』「正論」に書いている。

 西部氏は、参院選の争点は、格差をもたらしたアメリカ流の「カイカク」の是非にあったが、「年金」や「政治資金」の管理問題という歴代内閣の失態の問題が表舞台の争点なって、それに隠蔽されてしまったという。

 西部氏は、「小泉改革を頂点とする平成改革は、富者と貧者、大集団と小集団そして中央と地方それぞれのあいだに(国柄から外れているという意味で、過剰な)格差を、少なくともその感覚を、国民意識にもたらした。その被格差感は「公正と安定」から程遠いのが日本国家の現況なのではないか、との疑念をこの列島の津々浦々にまで広めた」と言う。人々が求めたのは、「公正と活力」であったと氏は言う。

 氏は、安部首相を、教育基本法改正や改憲問題で、「日本の「国柄の回復」を目指したのは正しいが、日米同盟を自由と民主の価値を共有するものと主張したのは軽率だったと批判する。

 というのは、「「自由と民主」の理想は、「秩序と輿論(よろん)」の現実が国柄に拠るからには、両者の平衡としての「活力と公正」こそが実現さるべき政治的な価値・規範であり、それを日米間で共有することなどできはしない」からだというのである。これはちんぷんかんぷんだ。なんとか無理矢理解読すれば、活力というのは、経済活力のことで、それと結果の平等を公正として、両者を平衡させるのが政治の役割だということだろうか? ここで氏が言う現実が「国柄」に拠るという「国柄」とは、現行の資本主義体制という意味だろうか? 

 つまり、資本主義国という「国柄」が現実を支えているので、その「秩序」とそれを支える「世論」を保つためには、経済的活力と公正・平等のバランスを保つ政治が必要で、そうしないと自由と民主という理想は、崩壊してしまうということが言いたいことなのだろうか? 結局は、「国柄」が現実を支えているのだから、「国柄」が違う日米の間での価値観の共有はありえないということが言いたいのか?

 安部首相は、「地域の復興」をめざしているにも関わらず、集票のために「改革断行」を叫んでしまった。「カイカクは、マルクスが「自分の予言通りだ」と墓の下で大喜びするような事態に、この列島を引きずり込んでいる」。そのとおりである。今、日本の状態は、マルクスの言ったとおりになりつつある。新右翼の鈴木邦男氏まで、マルクスを勉強しなければと言い出すようになっている。現在の近代経済学は、このような現実をまったく説明もしないし、認めようとしない。現代の主流経済学は、かたくなに、成長のための改革や市場が、調和の世界を実現すると説教するばかりである。だが、「それに気づきはじめた列島人には、首相の発する改革の声もカイカクとしか聞こえない」のだ。

 人々は、占領軍が押しつけた「平和と民主」の観念的枠組みに「反動」したと西部氏は言う。氏は、こうなるのは、小沢一郎がかつては「カイカク」の旗手であり、それが、今度は生活第一を叫んだというような二枚舌が、人々に受け入れられてしまっているからだという。

 こうした二枚舌を突破するためには、明治以来140年にわたる保守思想の未熟をなくす必要があるという。だが、西部氏が言うような保守思想なるものは、世界のどこにもなく、一部思想家や政治家などの頭の中にあるにすぎない。氏が理想化するイギリスにしても、清教徒革命や名誉革命、「囲い込み」や産業革命などの「カイカク」を経ているのである。フランス革命もアメリカの独立革命も南北戦争もなしにすることはできないのである。その意味では、西部氏流の保守思想は、夢にすぎない。

 西部氏は、「国柄の回復」と「地域の復興」のためには、3つの要諦を踏まえねばならないという。

 ①「人間の認識はつねに不完全なのだから、どんな改革にも「懐疑と議論」を差し向けよ」。

 ②「社会は有機体としての「自生的秩序」を持っているのだから、社会全体への構造改革は国家の自殺行為と心得よ」。

 ③「(国柄を)保守するための(現状の)「改革」は部分的で漸進的でなければならないのだから、「革命(レボルーション)」には、古き良き価値・規範を新しき状況において「再巡(レボルーション)」させるための〈技術知〉ではなく〈実際知〉が必要と知れ」。

 ①については、懐疑主義の勧めである。どんな「改革」も疑え、西部氏自身にも懐疑の目を向けよ、西部氏の保守思想も懐疑せよ、ということになる。

 ②は、社会有機体説である。「自生的秩序」の信仰告白である。これは、決定論の一種でもある。氏は、革命的社会変革は、国家の自殺行為であるというのだが、それは、かつて明治維新から近代化の道をひた走ってきた日本の歴史を頭で否定するものではあるが、現実には社会全体の構造変革をやったわけで、今更、それを否定したところで、どうにもならない話である。

 ③は、漸進主義・改良主義の勧めである。「「革命(レボルーション)」には、古き良き価値・規範を新しき状況において「再巡(レボルーション)」させるための〈技術知〉ではなく〈実際知〉が必要と知れ」。古き良き価値・規範を新しい状況の下に再生するためには、テクニックよりも、実際的知識が必要だというのであるが、これもちんぷんかんぷんだ。これは、書いたご本人の頭の中でだけ、理解されているのであろう。西部氏の混乱は、まさに観念論者の混乱のいい例であり、やはり唯物論でないと物事は理解できないということを改めて思わせるものだ。

 古き良き価値・規範は、それが生きていた時代の社会状態を反映している。だから、それを新しい状況に持ってくれば、違った社会的意味と機能を持つようになってしまうのであり、それは、実際知なるものに頼っても変えることは難しいし、実際知は無力な説教にすぎないのでである。

 西部氏の真の保守思想の現実化という願望は、明治以来140年どころか、今後も「未熟」なものに終わるだろう。「国柄」なる観念はいつまでたっても、この世には降りてくることはないだろう。
 
 【正論】西部邁 カイカクに終止符を打て

 ■価値新たに「再巡」させる改革が必要

 ≪隠蔽された争点≫

 過ぐる参院選で自民党が大敗した真因は何か。「年金」や「政治資金」の管理問題は、安倍内閣の責というよりも(現野党のものも含めた)歴代内閣の失態ということである。それらの醜聞を選挙の争点とするのに、野党とマスコミはなぜかくも容易に成功しえたのであろうか。

 その答えは、多くの選挙民が日本国家の現状に、漠たるものとはいえ根強い不平不満を、抱きはじめているということ以外ではありえない。

 小泉改革を頂点とする平成改革は、富者と貧者、大集団と小集団そして中央と地方それぞれのあいだに(国柄から外れているという意味で、過剰な)格差を、少なくともその感覚を、国民意識にもたらした。その被格差感は「公正と安定」から程遠いのが日本国家の現況なのではないか、との疑念をこの列島の津々浦々にまで広めた。

 安倍首相は「構造改革に疑義あり、平成改革は軌道修正さるべし」と、(おそらくは)本心を表明すべきではなかったのか。そうしておいても民意に敏感なマスコミ勢力は、首相に激しくは抵抗しなかったであろう。また政治家諸氏も、マスコミ世論に追随するのを旨としているので沈黙したに違いない。

 しかし「小泉継承」の立場にいた安倍首相には、平成の構造改革に対決する気力が乏しく、準備も足りなかった。この改革がアメリカ流であることをさして(片仮名英語で)「カイカク」とよべば、カイカクの是非という真の争点は舞台裏に仕舞われて、表舞台では、あれこれの醜聞をめぐるドタバタ喜劇が盛大に演じられる仕儀となった。

 ≪心理的バックラッシュ≫

 安倍政権が(教育法や憲法などにかかわって)「国柄の回復」に努めたのは、それ自体としては、立派な業績である。しかし「日米両国は“自由と民主”の基本価値を共有する」などといった安倍発言は、いかにも軽率であった。「自由と民主」の理想は、「秩序と輿論(よろん)」の現実が国柄に拠るからには、両者の平衡としての「活力と公正」こそが実現さるべき政治的な価値・規範であり、それを日米間で共有することなどできはしない。このことを見逃すと、たとえば憲法第9条の改正も、対米追随を完成させるためのカイカクなのではないか、と疑われる。

 「地域の復興」をめざす安倍内閣の努力も、歴代内閣による「地域の破壊」に、歯止めを与えんとする企てである。しかし安倍首相は、集票のために「改革断行」と叫んでしまった。カイカクは、マルクスが「自分の予言通りだ」と墓の下で大喜びするような事態に、この列島を引きずり込んでいる。それに気づきはじめた列島人には、首相の発する改革の声もカイカクとしか聞こえないのである。

 いや、一億こぞってカイカクを支持してきた列島人は、アメリカ製の「平和と民主」の観念枠組みのなかへ、バックラッシュ(反動)しようとしている。つまり旧占領国からのあてがい扶持である平和「主義」と民主「主義」のなかで安らいで、時折にこの宗主国への不平不満を紡いでいたいというのである。必要なのは、列島人の心理における表面でのカイカク支持と裏面でのカイカク拒否という欺瞞(ぎまん)を暴くことだ。

 ≪「保守するための改革」≫

 かつて小沢一郎氏は「国民は自己責任で生活せよ、“小さな政府”へ向けてカイカクを断行せよ」と叫んでいた。その民主党代表が、今度の選挙では「生活が第一」と宣うていた。カイカクの“弊害”を減らすべく励んでいる安倍首相が、選挙となれば「カイカク断行」と叫ばざるをえなかった。こうした二枚舌の流行をこの列島から追いやるにはどうすればよいのか。

 「国柄の回復」や「地域の復興」のためには、保守思想の次のような3つの要諦をわきまえておかねばならない。

 第1に、人間の認識はつねに不完全なのだから、どんな改革にも「懐疑と議論」を差し向けよ。第2に、社会は有機体としての「自生的秩序」を持っているのだから、社会全体への構造改革は国家の自殺行為と心得よ。第3に、(国柄を)保守するための(現状の)「改革」は部分的で漸進的でなければならないのだから、「革命(レボルーション)」には、古き良き価値・規範を新しき状況において「再巡(レボルーション)」させるための〈技術知〉ではなく〈実際知〉が必要と知れ。

 平成を平穏から遠ざけた政治的混乱の一切は、近代日本の140年における保守思想の未熟に起因している。(にしべ すすむ=評論家、秀明大学学頭)

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田原総一郎氏の政局分析批判

 参議院選挙での自民党惨敗について、いろいろなことが言われている。その中でも、田原総一郎と言えば、これまでは、政治家の本音を引き出すことで、名声をかちえ、建前ではなく、世の中の真実を暴き出す鋭い論評を行うことで、名声を得てきた評論家でありテレビ司会者であった。

 この人のどうしたのかと疑問に思わざるを得ない選挙結果分析が、日経BPネットのコラムがある。「田原総一郎の政財界「ここだけの話」「安部続投で動き出した解散総選挙へのシナリオ」である。

この中で、田原氏は、民主党が「1人区」で圧勝した原因を、小沢戦略が見事に功を奏したと評している。どういうことか?

 小沢民主党代表は、3つの約束を掲げた。それは、①年金を2階建てにして、1階部分を全部税金、2階の部分を厚生年金・国民年金・共済年金で一本化するというものである。この問題について、岡田克也元代表と前原元代表は、1階部分を消費税3%増税でまかなうと答えたが、小沢代表は増税しないと言っているが、財源については、何度質問しても分からなかったという。

 この場合、今でもそうだが、野党には、財政の具体的な部分がなかなかわからないようになっていて、官僚の秘密主義を破るのは容易ではない。しかも、前原前代表は、反小沢勢力であって、小沢代表の考えに同調していないのである。だから、具体的な答えができにくいのは当然であって、質問が、具体的条件を無視した抽象的なものになっているのであり、質問が悪いのに、それを質問した方に一つもその自覚も反省もないのである。田原氏は、自分は絶対正しいという抽象的な正義の立場に立って、無茶な質問をして、その答えがないと批判しているのである。田原氏の自省が先で、それから、どういう立場と条件の下にある相手なのかを理解した上で、質問しなければならないのである。

予算の組み替え、予算の節約などで調達可能だというのが、小沢氏の答えで、具体的にどこをどう削って、どう予算を組み替えられるかは、官僚の握っている具体的な情報を精査した上でないと具体的な数字は出せないのである。だから、答えは、これから、出すしかない。

  ②は、農家一戸一戸に助成金という形で金を渡すこと、③子育て支援

 ②について、田原氏は、「これはどうみても“ばら撒き”である」と述べている。彼は、800兆円の借金があるのに、ばらまくカネはどこから出すのかという。節約が必要なのに、その反対のことをやろうとするのは選挙目当てだというのである。しかし、今回の自民党の「1人区」惨敗は、自民党農政へのノーであることは明らかで、小泉農政改革の目玉であった農地の集約・大規模化による農産物輸出促進のための集落営農化が農民に受け入れられなかったことを意味している。

 それと、自民党の農村での支持の後退は、長期的傾向であるという指摘もある。働き手の高齢化・跡継ぎの不在ということは、農村崩壊の危機を深めており、それに対して、自民党農政が納得できるものではなかったということを意味している。『読売新聞』は、それに対して、WTO交渉での農業分野での交渉妥結のためには、大規模農業への集約しかないと繰り返し主張しているが、それは、農業の切り捨てで、工業・サービス分野などでのWTO自由化交渉を進めたいという都市部大企業の利害を代弁するものである。

 田原氏は、都市部でのそうした連中、高級官僚や財界との交流で、かれらの利害を吹き込まれて、それが刷り込まれてしまっているのである。

 その基礎には、エゴ・利害・ブルジョア的功利主義的経済主義的人間観があり、卑俗な物の見方、一面的な経済主義イデオロギーがある。そしてそれへの還元主義がある。

  彼は、参議院選挙での自民党大敗・民主党大勝の一番の理由を、自民党はムードに負けたと考えている。自民党支持組織がぶっこわれているのだから、民主党のブームが終わっても、自民党の大勝とはなりにくいのである。もしかすると第三勢力に風が吹くことになるのかもしれないのである。

 田原氏がこういう見方に陥ってしまうのは、自民党を権力欲の塊としか見られないからである。大敗した自民党は、今、民主党との大連立を模索しているはずだと田原氏は言う。政権党であり続けることが自民党の存在理由だからだというのである。すると、小泉「改革」も、しょせんは、政権を維持するためにすぎなかったというのだろうか? おそらく、田原氏は、小泉政治は、自民党政治としては例外的な特殊例だと言うのだろう。小泉は変わり者だと。しかし、自民党自身の本質は変わっていないというわけだ。

 であれば、森内閣支持率が、8%まで下がったように、安部政権の支持率も、下がり続ける可能性が高いということになる。そこで、解散総選挙を避けるために、大連立を模索するだろうというのである。しかし、安部続投だと、支持率が低迷し続ける可能性が高いとなると、ほっといても、2年後には総選挙があるわけだから、自民党は大敗するのではないだろうか? それなのに、その自民党を救うために大連立するメリットは、小沢民主党にはあまりないように思える。やはり、早期解散総選挙に追い込むのが、早道だろう。安部内閣の支持率が低迷すれば、「加藤の乱」のような動きが強まる可能性が高いからである。野党を支持して、安部不信任決議に賛成する自民党議員が大量に出てくる可能性もある。

 田原氏の分析では、政党や政治の動きを、権力欲とか利権への固執とか、小沢代表の選挙戦術とか、そういうものに還元して分析するだけになっていて、かれらを突き動かしている大衆の利害や感情や行動や心理がまったく無視されている。ただ、小沢や安部などの個人心理や狙いや思いや作戦などしか見ていないのである。それと共通するもの、その延長としてしか政党を見ておらず、政党を通して、自己主張している大衆、集団、人々の姿を見ていないのである。田原氏は選挙前に全農の講演会に講師として呼ばれて、農協が、圧倒的に民主党支持だったのに驚いたと書いているにも関わらず、農民利害と政治が無関係でもあるかのように書いているのだ。

 こういうイデオロギッシュな経済主義的人間観・世界観で、物事を見たり、語ったりしている人は、多い。しかし、現実を動かしているのは、農民などの大衆であって、政治は、その中のどれかの集合利益を代弁しているものなのである。安部自民党は、大都市・大企業・大農・大地主の利益を多く代弁したのであり、民主党は、中小企業・労組・中小農の利益を多く代弁したというのが、この選挙結果であり、多数派を代表したのである。しかし、実際には、民主党が多数派の利害を代表させられたとはいえ、今後もそのままとは限らない。上層の利害を反映するように、大企業の代弁人の経済学者などや買収などによって、変質させられるかもしれないのである。等々。

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安部続投は、民意を無視している

 土屋さんからこんなコメントを頂いた。深謝です。

 「この頃の若い政治家、ブッシュもだが、直球しか投げられない、投げようとしない単純思考が多いみたいだ。かっこよくはみえるけど。変化球も交えられる政治家で無いと、怖い。変化球ばかりじゃ、頼りないけど。せっかく9条があるのに、いざとなったら、国連法でも何でももってきて戦争はできる。教師に更新制をしても、要領のいい先生がふえるだけ。美しい国は政治家が礼儀、法を守り、過去をまなび反省し、金儲けに走らず、公務員もすべてがそんなに優秀でなくてもいい、住民の方を向いた人を採用しないと無理だ」

 ごもっともなご意見ですが、現実の安部政権と官僚たちは、参議委選挙の民意に逆らって、それとは正反対の方向に向いたままだ。なんとか、土屋さんの考えどおりにしないといけないことは明らかだ。

 

 どうすればいいか? その場合に、まず、議員もまた、国家権力の最高機関の特別公務員であって、官僚制度の一部であるということが忘れられがちだが、その点を意識に置いておかねばならない。議員は、国や自治体から俸給や活動費を得ているばかりか、政党も国から政党助成金をもらっており、それだけではなく、企業・団体献金をも受け取っている。企業献金を通じて、財界は自民党などの政党を公然と買収できるわけで、他の公務員なら許されないことが、制度上、特別公務員たる議員に対しては、政党を介した形ではあるが、公然と認められているわけである。

 参議院選挙で大敗したにもかかわらず、安部総理ははやばやと続投を宣言し、政権の座に居座った。それが、安部政権のモラル崩壊を意味することは誰の目にも明らかであり、そのことは、自民党議員自身がよくわかっている。そのことは、桝添参議院政審会長、加藤紘一、石破元防衛庁長官などの安部辞めろの発言でも明らかである。

 FNNの世論調査では、ついに、安部政権の支持率が、22%にまで下がった。それにも関わらず、安部総理は、辞めないという。だが、総理の表情はこのところまったく曇ったままで、内心の葛藤が深いことを表している。要するに、今、安部総理は、自殺した松岡元農水相に近い心理状態にあるのだ。本当は、総理を辞めて、さっぱりしたいのだが、まわりが辞めないように圧力をかけているという板挟み状態なのである。

 安部総理が、降りるに降りられない状態にあるのは、適当な後継者がいないとか、改憲などやりたいことがあるとか、意地があるとか、プライドが許さないとか、いろいろあるだろうが、大臣とか総理がすぐに辞めないということを習慣化しようとする動きは、小泉政権でもあったことである。小泉前総理は、何度、閣僚をかばったことか。

 安部総理は、参議院選挙に際して、「自分を取るか、小沢さんを取るか」と政権選択をせまったのであり、その答えが、小沢を取るという民意として示されたわけであるから、辞めるか、解散総選挙で、「安部か、小沢か」の決着をつけるのが筋というものだ。

 だが、後継者として一番手に上がっている麻生外相は、はやばやと、続投を支持して、舞台に上がろうとしなかった。桝添参院自民党政審会長は、続投を批判したけれども、自分が後継に手を挙げることはしない。派閥が無力化しているなら、個人が手を挙げたっていいじゃないか。当選回数も、衆院議員か参議院議員かも関係ないはずではないか。それとも、自民党は、「改革」されていないのか? 桝添氏は、もはや昔の自民党とは違う、変わったのだと言いながら、なお、自分か、あるいは意中の人を担ごうともしないのでは、それこそ、続投批判は、単なる言葉だけのもの、評論であって、それはいわゆる「ガス抜き」に終わるだけではないか。

 麻生外相は、それこそ派閥の領袖であって、それが総理総裁になるとすれば、昔の自民党の派閥政治と変わらなくなってしまう。それでいいのだろうか? 小泉政権時、最初の組閣は、派閥均衡人事を打ち破る斬新なものであったが、途中からは、段々、派閥均衡型の古い人事に戻っていった。

 安部政権は、党内派閥均衡の原則を打ち破って、論功行賞による組閣を行った。派閥に関係なく、安部総裁誕生に功績のある者を、出身派閥の意向を無視して、登用した。派閥推薦ではなく、安部総理自身が好きな者を組閣したのである。それが出来たのは、70%前後の高い支持があったからである。

 派閥が推薦するに当たって、閣僚としての適格性を事前に審査するシステムが作動しないようになったのだから、それをすべきは安部総理の仕事であるはずだった。ところが、道徳よりも、総裁選の論功行賞や族議員としての専門能力の方が高く評価され、結果的に、「美しい国」のスローガンに反する「醜い内閣」ができあがってしまったのである。内閣には、道徳が強く問われなかったのに、教育基本法改正では、「国民」には道徳心を強く求めた。

 どうしてこんなことができるのか? 政治家・官僚・財界、これらの連中が、いかに不道徳で腐敗しているかは、連日報道されている諸事件で明らかであり、それが何度強く言われても一つも直らないのはなぜか? それなのに、「国民」にばかり増税から、モラルから、なにから、高い水準の負担や自己犠牲を求められるのはなぜだろうか? 

 例えば、地球温暖化防止の推進として、水道を節約しろの電気を節約しろの車にあまり乗るなだの、クールビズでクーラーをあまり使うなだの、いろいろと「国民」に努力と忍耐と犠牲を求めておきながら、他方で、水道や電気をたくさん食う豪邸を平気で建てる馬鹿者たちを批判するどころか、これみよがしに、テレビ番組などでセレブ豪邸拝見などといって、紹介してみたりする。どうなっているのだ? 温暖化防止で指導的立場、先進的な意識を持つ人の暮らし方としては、まず、豪邸など、もってのほかである。高層ビルは、風を遮るので、あまりよくない。

 いくらなんでも、こんな不条理や矛盾に、いつまでも耐えられるものではない。怒りや不満は、奥深いところで、蓄積し続けて、堰を切ったように、噴出してくるのである。それが、安部政権不信任の参院選の自民党大敗の結果である。この人々の怒りと不満の強さを甘く見たら、何度でも痛い目にあうことだろう。赤木農水大臣の辞任ぐらいで、収ると思ったら大間違いである。それが、FNN世論調査での、22%という内閣支持率に表われている。

 高支持率の小泉政権下での幹事長という気楽な経験しかしていないで、総理に担がれた安部首相の甘さが出ているのである。小泉時代は終わりつつあるし、小泉再登板支持が1割以上という世論調査結果があるが、こういう過去の夢の中に生きている亡霊信者が、残されているところに、自民党の危機があるということが、安部総理にはわかっていないのである。小泉の亡霊を完全にあの世に追っ払ってしまわないうちは、小泉亜流政権でしかないということだ。だから、参院だけしか小沢民主党が握っていないのに、アメリカのシーファー大使は、小沢民主党代表との会談を望んだのである。シーファーは、小泉首相とだけ会っていたように、真に政治的に実力のある者をかぎ分けてきたのであり、彼が、小沢代表をそのような人物として評価したということは、逆に言えば、安部総理の実力を低く見ている証拠である。しかし、同じように、安部総理も、訪米した際には、レームダック化しているブッシュ大統領に会うと同時に、民主党多数の議会関係者とも会っているわけで、その辺は、お互い様である。

 いずれにせよ、安部続投は、政権のモラル崩壊を意味し、ますます「醜い与党」「醜い政権」の継続を意味し、それは、自民党の腐敗や内部矛盾や傷を深め、その崩壊を加速するだけだろう。かつて、そうした自民党の腐敗過程から、新自由クラブが生まれたことがあった。だが、今度は、そういう新しい刷新の動きがどれだけ出てくるだろうか? 森政権に対して、「加藤の乱」が起きたようなことは、繰り返されるのだろうか? 

 このような政界再編の動きの中で、「9条ネット」から出馬して落選した天木直人氏は、自民党・民主党から護憲派の新政治勢力が誕生することを期待しているようだ。それは、当面は、超党派の9条改憲反対議員連盟のような形をイメージしたものなのだろうか? その点は、天木氏はなんとも言っていないのだが、いずれにしても、政界の流動性が高まっているのは確かであり、その動きの中で、9条改憲反対派を強化していくという働きかけを氏は行っていくのだろう。

 なお、民主党の新議員には、労組出身や市民派などの「反日」議員が多いので警戒しろと注意を呼びかけている記事があった。これは、民意=「国民の多数意志」が、かれらを当選させたのであるから、こんなことを言う方が、「反日」になってしまったという現実を認識できていないことを意味する。しかし、こんな意味の薄い基準は、基準自体どうでもいいことだ。今、大事なことは、生活だということ、「生活第一」が政治の重要テーマ、基準とすることが、多数の民意であることを参院選挙結果が示したのである。政治は、格差問題、年金、社会保障、その他の生活関連イシューに真剣に取り組むことである。
 

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小泉=安部「改革」政治不信任の審判が下った

 参議院選挙が終わって、新聞・ネットなどでは、自民党大敗の原因分析が始まっている。

 拙稿「参議院選挙結果について」で、この参議院選挙で、①民意が安部政治にノーを突きつけたこと、②民意が「社会主義」を求めたこと、③反戦・9条改憲反対運動にはずみをつけたことを指摘したところ、さっそく、コメントを頂いた。コメント歓迎します。

 頂いたコメントは、①は正しいが、②③は違うというものでした。

 ②については、あくまでも括弧付きの「社会主義」であり、これは、小泉自民党が、郵政解散総選挙の際に、郵政民営化に反対する者は、「守旧派」であり、労組などの既得権を守る「社会主義者」、日本型の官僚「社会主義」者であるというような図式を立てて、「改革」=市場主義・資本主義か? 「守旧派」=「社会主義」か? と問い、民主党は、「守旧派」=「社会主義者」と批判して圧勝したことから、小泉「改革」路線の継承者である安部政治にノーを突きつけた今回の参議院選挙結果は、その図式から言えば、民主党=「守旧派」=「社会主義」の勝利になるということになるということは明らかだということになるということである。

 ③については、先日、『毎日新聞』の新議員へのアンケート結果で、9条改憲反対派が、6割以上で、9条についての改憲発議はしにくい状態になったことが明らかになったことで、「9条ネット」の掲げたメイン・スローガンである「9条改憲阻止」の実現の条件が一定前進したということである。選挙は、議員になることが自己目的になってはおかしいので、なんらかの政治目的の実現するために、闘うのである。『共同通信』の同種の調査でも同様の結果が出ており、新議員の中で、9条改憲反対派は、3分の2を占める多数派である。したがって、9条改憲阻止運動は、目標を達成したのであり、勝利したのである。それが、次の衆議院選挙にはずみがついたことを意味するのは明らかである。

 安部総理は、「改革」路線は、支持されているが、大臣のスキャンダルや不適切な対応が批判されただけだと強調して、居座りを決め、内閣・党役員人事の問題に逃げているわけである。しかし、民主党は、生活第一を掲げ、格差問題を強調してきたわけで、その民主党が大勝したのだから、民意は、閣僚スキャンダルだけに反応したわけではないのである。年金問題は、格差問題の中心テーマであったわけで、選挙中も選挙後も、各種世論調査で、有権者の関心が、年金・福祉・教育・格差・景気対策などに多く向いていたことは、それを証するものである。

 憲法問題は、選挙開始後、関心のあるテーマの下の方から少し上に上がったが、今回は、それほど高い関心事項にはならなかったのは確かである。

 総じて、与党を惨敗させた民意は、生活関連問題で、民主党を支持したことになり、小泉=安部の「改革」路線を拒否したと言える。

 小泉「改革」路線を推進した竹中平蔵は、『毎日新聞』のインタビューで、「格差の拡大こそ、小泉、安倍晋三政権が進めた構造改革への批判ではないですか」と問われて、「それは違いますね。改革路線を正しいと思っているから、安倍さんは続投を表明するのでしょう。ただ地方の衰退は深刻で、十分な処方せんが示されていません」ととんちんかんなことを答えている。民意が、小泉=安部の構造改革路線を批判したのではないかと訊いているのに、安部総理は改革路線を正しいと思っているから続投したのだと答えているのである。

 さらにこの地方の格差問題を「敗れた自民候補から「小泉改革で地方は切り捨てられた」との不満が出ています」と突っ込まれると、「例えば四国では小泉改革、郵政民営化に反対した人たちが負けたが、このことは大変重要な意味があります。小泉さんは、自民党を無党派層の支持拡大に向けてかじを切ったんですよ。地方にも無党派層がたくさんいるのに、旧来の支持基盤にかじを戻そうとしました。その中途半端さが大きな敗因になっています。参院自民党の候補者選びそのものが旧態依然です」とまたしてもとんちんかんなことを答えている。四国では、郵政民営化反対で、「守旧派」「社会主義」のレッテルを貼られた民主党が全部受かったのである。

 それに、無党派層なんて、地方にはあまりいない。自民党支持者の中のかなりの割合が、今回は民主党に入れたのである。都市部と地方の生活形態や生活内容や生活条件の違いをまったく知らないか、あるいは無視して、日本全体を都市部だと見なしているのではないだろうか? 

 さらに、「小沢民主党の躍進で従来の改革路線の見直しを迫られませんか」と畳みかけられると、「改革のゆり戻しは非常に懸念されますが、野党のばらまき中心の政策を実施すれば、国土の均衡ある衰退につながり、みんなで沈みますよ」と小沢路線を批判する。しかし、実際に、「改革」を実行した国々では、結局は、沈んでいったので、政策修正が行われた。

 政治は、どのような生活を実現するかということであり、経済学の理念=数式を実現するためのものではない。諸学問が近代化の過程で、科学として独立していって、生活過程と無関係のものとして純化していき、人々の生活がかえって、学問に従って形成され、規定されねばならぬというように逆立ちしていったのである。マックス・ウェーバーの社会学しかり、竹中平蔵の経済学しかり、である。

 マルクス主義においても、スターリン主義経済学は、日本共産党において、科学的社会主義なる形で、やはり、マルクス主義の近代主義的な独立科学化に陥った。

 このような近代主義的な学問の独立科学化が転倒であることを明らかにしたのが、マルクスの経済学批判であった。

 それとは、竹中平蔵の「改革」論は、まったく違っていて、竹中経済学の実現こそが、政治の役割であるという転倒である。

 竹中の経済主義的世界観は、政策マーケティングと呼んでみたり、「今後の政治はどうなりますか」という問いに、「自民党も民主党もこのままではやっていけない。両党のきちっとした人たちが健全な保守政権を作ってほしい。まず参議院で民主党がいい法律を出し、いいものは自民党ものめば、官僚と族議員の結託を打ち破る政策転換になります。反対するだけでは政策が停滞し市場経済にも悪影響を及ぼします。与野党が大いに切磋琢磨(せっさたくま)してほしい」と答えていることに表われている。

 こういうい宗教信者ばりの価値転倒に対して、「ばかじゃないの」とはっきりと皆が指摘するようになれば、こういう幽霊信者の「改革」のご託宣は、「霊力」をたちまち失うことだろう。参議院選挙結果は、人々の多くが、竹中教の呪縛から解放されつつあることを示したものと思う。

  どう見る・民意と政権:/1 竹中平蔵=慶応大学教授

   ◇自民、魅力ある政策不足

 --2年前に小泉純一郎前首相による郵政総選挙で大勝した自民党が、参院選に大敗しました。そのギャップをどうとらえますか。

 ◆2年間、経済が悪くなっていないし、むしろ良い方向が確認されている。政策は大幅に変わらず、大増税もないのに、国民の投票行動がここまで変わったというのは、興味深い事実です。

 あえて違いをキーワードで言うなら、政策マーケティングが変わりました。郵政民営化とか不良債権処理とか、国論を二分しながら、国民に次はこう変えるんだという大きな政策が提示できませんでした。政策的な関心が非常に低い中、社会保険庁や閣僚のスキャンダルが噴出し、その怒りが自民敗北を招きました。

 --格差の拡大こそ、小泉、安倍晋三政権が進めた構造改革への批判ではないですか。

 ◆それは違いますね。改革路線を正しいと思っているから、安倍さんは続投を表明するのでしょう。ただ地方の衰退は深刻で、十分な処方せんが示されていません。

 --敗れた自民候補から「小泉改革で地方は切り捨てられた」との不満が出ています。

 ◆例えば四国では小泉改革、郵政民営化に反対した人たちが負けたが、このことは大変重要な意味があります。小泉さんは、自民党を無党派層の支持拡大に向けてかじを切ったんですよ。地方にも無党派層がたくさんいるのに、旧来の支持基盤にかじを戻そうとしました。その中途半端さが大きな敗因になっています。参院自民党の候補者選びそのものが旧態依然です。

 --安倍首相は「構造改革」という言葉を好まず、小泉改革の継承者と言えないのでは?

 ◆安倍さんはリフォーマーかと言われればリフォーマー、改革者ですよ。でも、政府の経済財政諮問会議が改革を具体化するためのアジェンダ(政策目標)を設定しなければいけないのに、その責任を果たしていません。

 --安倍政権にとって何がポイントですか。

 ◆人事刷新が必要で、今度の人事はものすごく重要。無難にやるのではなく、危機意識をもってたたかれてもやるという閣僚が待望されます。

 --小沢民主党の躍進で従来の改革路線の見直しを迫られませんか。

 ◆改革のゆり戻しは非常に懸念されますが、野党のばらまき中心の政策を実施すれば、国土の均衡ある衰退につながり、みんなで沈みますよ。

 --今後の政治はどうなりますか。

 ◆自民党も民主党もこのままではやっていけない。両党のきちっとした人たちが健全な保守政権を作ってほしい。まず参議院で民主党がいい法律を出し、いいものは自民党ものめば、官僚と族議員の結託を打ち破る政策転換になります。反対するだけでは政策が停滞し市場経済にも悪影響を及ぼします。与野党が大いに切磋琢磨(せっさたくま)してほしい。

 ◇  ◇  ◇

 自民党が大敗した参院選。厳しい民意を受けても安倍晋三首相は政権続投を表明したが、その評価と政治のあり方を識者に聞いた。初回は小泉前政権で構造改革をけん引した竹中前総務相。選挙戦で構造改革の見直しか、推進かが大きな争点となった。与野党の勢力が衆参にねじれた次期国会で、改革論争の深化が問われる。【徳増信哉】=つづく

毎日新聞 2007年8月1日

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