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保守論壇曲がり角に思う

 当ブログに、時々、コメントを寄せて下さる知足さんのブログ「マスコミ情報操作撃退作戦メディアリテラシー研究会」http://medialiteracy.blog76.fc2.com/ に興味深い記事が転載されている。

 このブログの主催者の方は、当ブログの思想とは、180°反対の保守思想の持ち主のようだが、世に言う流行りにのって調子づいて騒いで自己満足している「ネットウヨ」の類とは違う人で、当ブログの記事を部分評価していただいたり、転載していただいている。思想や政治的立場は違うが、メディアリテラシーという考えには賛成である。

 「右」か「左」かというのは、政治的な立場であって、これは歴史的な経緯によってそうなっているので、思想的なものと必然的につながっているわけではない。基準をどこに取るかによって、違ってくるのである。ナショナリズムを基準に採るなら、日本共産党は、「右」ということになる。日本共産党は、われこそが真の愛国の党と主張してきたから。

 だから、当ブログでは、「右」か「左」かというようなことは、基準の取り方次第だから、曖昧かつ適当に使っている。

 例えば、平等を基準に取ると、小泉ー竹中路線は、反平等主義的だから、「右」であり、赤木智弘君のように、「国民主義的」な平等を主張するのは、「左」ということになる。しかし、戦争を基準にとると、「靖国参拝」などに際して侵略戦争への反省と二度と戦争をしないと繰り返し語った小泉は、平和主義者で「左」となり、「国民主義的」な平等のための戦争は希望だと主張する赤木智弘君は、「右」ということになる。

 この間、自称「右」の人たちが、ネット内言論や雑誌言論などで、「左」に対して、優勢に立ち、東京都知事を右派・霊友会の石原が三期当選したり、右派の期待を集めた安部政権が誕生するなどしていて、支配的な位置を占めていた。小林よしのりの保守主義的なマンガが若者の間で流行るなどのこともあった。

 90年代後期からは、「左」は防戦一方だったと言ってよいだろう。しかし、2000年頃から、潮目が変わりはじめ、ついには、以下の記事にあるように、書店の最も目立つところを独占していた保守・右派雑誌の勢いが落ちたという。

 知足さんは、「保守論壇は曲がり角に来ているのに、一向に気がつかないようです。4,5年前から比べると本当につまらなくなりました」と率直に認めている。保守派を自認する「文芸評論家=山崎行太郎氏の政治ブログ」でも似たような意見が見られる。

 保守論壇の曲がり角は、「新しい歴史教科書をつくる会」の内紛騒ぎの時には、すでに兆候として現れており、今から思えば、あれは、潮の変わり目を示す一例だったということだろう。

 しかし、それを小林よしのりはある程度察したのかもしれない(彼は部分的に「左」転回したから)が、多くの保守言論人は、「曲がり角」に気が付かなかったということだろう。

 それを示すのが、米下院での「従軍慰安婦問題謝罪要求決議」に対する抗議文に署名した民主党の松原仁衆院議員が、テレビで、参院選に大勝利したにも関わらず、大汗をかきつつ、しどろもどろになっていたことである。彼も、まさか、国連中心主義で国権制限を容認する小沢路線が、これほど支持されるとは思いもよらなかったのである。

 民意の劇的な動きに対して、右派保守派はまったく対応できず、面食らったということだ。

 参議院での与野党逆転という新たな政治状況は、あまりにも劇的であり、ダイナミックな動きであり、先行き不透明であり、大変化の舞台の誕生である。思想もまたこの激動の中で、現実の検証にかけられることになろう。そこで、まず、時代遅れになった保守思想がふるい落とされたということを下の記事は示しているものと思う。だから、「諸君!」「正論」は、新路線を模索し始めているのだろう。

 これは、「左」にとっても他山の石である。フェミニズムであれ護憲論であれ、時代からふるい落とされないためには、新路線を探り続けなければならないのである。参議院選挙結果は、民意の中に、大きな時代変化、新しい生活や希望、新しい生き方、新しい社会を求める意志が表明されているととらえて、自らを更新していかなかったら、時代に取り残されてしまうことを示したと思うのである。

 「マスコミ情報操作撃退作戦 メディアリテラシー研究会」ブログより転載

  「諸君!」(文芸春秋)と「正論」(発行・産経新聞社)は勢いが落ち、新路線を/一方で、より過激なナショナリズムをあおる雑誌が台頭/右派の内部分裂というか、内輪もめの話/記事のタイトルがどんどんセンセーショナルというか、品のないものに
 以下はhttp://blog.goo.ne.jp/messneko/e/8865fa2ed276235dd008b8009276a58bより。保守論壇は曲がり角に来ているのに、一向に気がつかないようです。4,5年前から比べると本当につまらなくなりました。

保守が保守するもの

曲がり角の保守系論壇誌 過激にあおる雑誌台頭(朝日新聞)
保守系論壇誌の風景が変わり始めている。90年代後半から「新しい歴史教科書をつくる会」の運動や拉致問題、反日デモなどを追い風に部数を伸ばしてきた「諸君!」(文芸春秋)と「正論」(発行・産経新聞社)は勢いが落ち、新路線を探り始めた。一方で、より過激なナショナリズムをあおる雑誌が台頭している。背景には、左派という敵を失った保守論壇の空洞化や、安倍政権への失望、ネット世代のセンセーショナリズムといった問題があるようだ。 

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コメント

この「21世紀の風」さんのブログで私のブログのことが紹介されていた。180°反対の思想の持ち主とは言え、対話が成り立つことを歓迎したい。保守思想が時代遅れになったという認識では一致しているようだ。新しい保守思想の出現は、左右の対立という次元を越えて、日本のために必要ということで新たな時代の予兆かも知れません。

投稿: 知足 | 2007年8月27日 (月) 10時14分

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