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天木氏の気になる言動について

 下は、天木直人氏のブログ記事である。

 最近の氏の言動には気になることがある。それは、文学や芸術や知識人や詩人などをやたらに高く評価し、それと政治の世界を対比し、美醜という基準で裁断していることである。

 氏は、瀬戸内寂聴さんが荒畑寒村氏と最初に会ったときの印象を引用している。

 「・・・80歳とは見えない美男子で、細身に上質の紬の対の和服がよく似合い、何となく粋で、革命家というより、詩人という風情があった・・・正確な記憶力で、矢継ぎ早に話してくれる。声が明晰なのと、話術が噺家並みなので、ひたすら聞き惚れているばかりであった・・・ちょっと声がとぎれた時、やっと私が質問した。

 『今、先生が一番望んでいらっしゃることは何でございますか』

 今までと違う一段低い沈痛な声がかえってきた。

 『もう一日も早く死にたいですよ。ソ連はチェコに侵攻する。中国はあんなふうだし、日本の社会党ときたらあのざまだし、一体自分が生涯をかけてやってきたことは何になったのかと、絶望的です。人間というやつはどうも、しようのないもんですね。この世はもうたくさんだ・・・』

 まず、天木氏は、瀬戸内さんの「80歳とは見えない美男子で、細身に上質の紬の対の和服がよく似合い、何となく粋で、革命家というより、詩人という風情があった」という文学的な表現、レトリックにすぐに引っかかってしまっている。彼女は、革命家というものについて、ありきたりのイメージを使っていて、そこから、想像の世界に読者を引き込んでいるのだ。

 言うまでもなく、革命家というのは現実には、そんなものではない。詩人も同じだ。破天荒な詩人、中原中也のような生活破綻者の詩人、生命力あふれるおっさん顔の吉本隆明も詩人だ。

 詩という作品と詩人・作者は別物だということは、今日の文芸界では常識に属する話である。氏も指摘しているとおり、もう死にたいですよと言った荒畑寒村は、それから10年も生きたように、健康で、丈夫な人だったのである。上の発言は、はったり半分で言ったことなのだ。

 もちろん、天木氏は、そんなことは承知の上で、書いているのであろう。

 荒畑寒村は、「日本の社会主義、共産主義の草分けであるにもかかわらず、常に脇役の人生を送り、政治活動家というよりも作家的な荒畑寒村は、永井荷風と並んで、私が惹かれる想像上(つまり会った事のない)の老人である」と書かれているからである。

 もしかして、天木氏は、「9条ネット」での参議院選挙での落選がよほどこたえているのだろうか。まさか、自分も荒畑寒村のように、脇役で、気楽に自由に物を言うご意見番的な立場に立ちたいと思っているのだろうか。

 荒畑寒村は、詩人的に美しいのではなく、まさに革命家として美しいのである。瀬戸内さんがそれをストレートに言わないから、天木氏の誤解が生じるのだ。正しい政治家は、美しいのである。ただ、天木さんの見るところでは、今の政治の世界にはそういう人がいないというだけなのである。天木氏自身が、それを目指されるよう期待する。 市井の俗世界にこそ、美しい人はいるし、生活の中にこそ、美はあるのだ。詩人吉本隆明が、『言語にとって美とはなにか』を書いたのも、日常使われている言葉に美があるからだ。コミュニケーションにこそ美があるのである。晩年のヴィトゲンシュタインが日常言語にこだわったのもそこだ。今、政治的コミュニケーション、政治の言葉に、美がなく、倒錯したイメージしかないということが問題なのである。

   天木氏には、新しい政治の言葉、美を持つ政治言語、新しい政治的コミュニケーションを創造してもらいたい。

 もちろん、脇役には脇役の美はあるが、今度の参議院選挙で、民意は、新しい政治・社会、新しい生き方、新しい人生、新しい生活、新しい美、新しい政治家を求め、そのための変化と激動の政治舞台を用意してくれたのだから、選挙戦で立候補して主人公たらんとした天木氏には、それに応えて欲しい。

 それから、松岡正剛氏の「千夜千冊」はすばらしいものだが、そこから、知識人を高く持ち上げ、反対に、政治を低めるというイメージ操作はやめた方がいい。これは美醜の基準ではなく、氏自身が言うように、主観的な「よく言えば感性とか直感とか言う事だが、悪く言えば単なる勝手な思いこみ」を基準とするものだからだ。こういわれると、コミュニケーションが難しくなるのである。「師を持たず、弟子を持たず」などというのは、コミュニケーションの拒否としか思えない。それでは人間界あるいは社会から超越してしまう。もちろん、そんなことは頭の中だけ、空想の中だけで可能なことである。それはひとつもいいことではない。

   もちろん、そんなことは、天木氏は百も承知で、師弟間コミュニケーションではない別のコミュニケーションの形態を求めているのであろう。だから、ブロガー同士のコミュニケーションを提唱しているのだろう。

 荒畑寒村の言葉

 よく言えば感性とか直感という事だが、悪く言えば単なる勝手な思い込みである。大学で国際政治の授業を取った時、私はなぜかもっともらしい事ばかり喋る現実主義者の高坂正尭よりも、ロシア政治思想史を教えながら保守的なことばかり喋っていた勝田吉太郎の授業を好んだ。もっとも不勉強な私は勝田の著作さえまともに読了することなく、ドストエフスキーとトクビルの事ばかり一人ごちていた勝田の記憶しかない。

 その勝田の言葉で今でも時々思い出すのが、荒畑寒村が好んで使ったという「師を持たず、弟子を持たず」という言葉である。この言葉に荒畑のひととなりを見る思いがするのだ。日本の社会主義、共産主義の草分けであるにもかかわらず、常に脇役の人生を送り、政治活動家というよりも作家的な荒畑寒村は、永井荷風と並んで、私が惹かれる想像上(つまり会った事のない)の老人である。

 その荒畑寒村のあらたな言葉を見つけてどうしてもブログに書きたくなった。25日の日経新聞に瀬戸内寂聴の「奇縁まんだら」という連載記事の34回に荒畑寒村のことが書かれていた。瀬戸内が荒畑寒村に初めて会った時は1968年、瀬戸内45歳、荒畑80歳の時であるという。その時の印象を瀬戸内は次のように書いている。

「・・・80歳とは見えない美男子で、細身に上質の紬の対の和服がよく似合い、何となく粋で、革命家というより、詩人という風情があった・・・正確な記憶力で、矢継ぎ早に話してくれる。声が明晰なのと、話術が噺家並みなので、ひたすら聞き惚れているばかりであった・・・ちょっと声がとぎれた時、やっと私が質問した。
『今、先生が一番望んでいらっしゃることは何でございますか』

今までと違う一段低い沈痛な声がかえってきた。

『もう一日も早く死にたいですよ。ソ連はチェコに侵攻する。中国はあんなふうだし、日本の社会党ときたらあのざまだし、一体自分が生涯をかけてやってきたことは何になったのかと、絶望的です。人間というやつはどうも、しようのないもんですね。この世はもうたくさんだ・・・』

 いかにも荒畑寒村らしい言葉だ。今の護憲政党の衰退ぶりを見たら荒畑はなんと思っているとだろうかと重ね合わせてこの言葉を読んだ。もっとも荒畑が亡くなったのは1981年であるからそれから十年以上も生きたことになる。これもまた荒畑らしい。

 ところでこのブログを書くにあたって荒畑寒村の略歴を確かめようとウキペディアで調べているうちに、松岡正剛という著述家、編集者の存在を知った。これが凄い知識人なのだ。2000年2月の中谷宇吉郎の「雪」から始まり、2004年7月の良寛の「良寛全集」で終わる千冊の書評集「千夜千冊」はジャンルを超えた膨大な知識に裏打ちされた著作であり、熱心な読者の間で静かな反響を呼んだという。「荒畑寒村自伝」の書評もその中の一つとして収められている。

 それにしても世の中には多くの敬意を表したくなるような知識人がいるものだ。毎日、毎日、つまらない政治的なものに関わって限られた時間とエネルギーを費消することは、ひょっとして大変な時間の損失なのかもしれない。最近そういう気がしてならない。

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