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反動解体後のフェミニズムの行方ついて

  フェミニズムに対する反動(バックラッシュ)が1990年代後期から数年前まで激しく続いていた時からすると、今は、まるでウソのように静かである。もちろん、中には、林道義のように、一人気を吐いている人もいる。

 例えば、7月9日の氏のHPでは、「女性防衛大臣に反対」と題して、「防衛省は軍隊の組織である。軍隊とは基本的に男の組織である。命をかけて国と家族を守る。それは男の仕事である。軍隊までいかなくとも、身近な 例で言えば、男女のカップルあるいは子供連れの夫婦が歩いているところに暴漢が襲ってきたら、女性や妻子を守って戦うのが男性の役目である」。学者というのは「頭でっかち」なので、いちいちこういう具体的ケースを一般的に論じて、よしとする傾向がある。

 彼は、個人主義者なので、国と家族しか眼中にない。家族は実際には、国の細胞あるいは社会と同一視されている。古代においては、家族は社会の単位、あるいは社会そのものであった。古代家族には、非血縁者が多数含まれており、現在の夫婦と子どもからなる単婚家族とはもちろん違うし、古代家族は生産単位でもあった。そのことは古代の戸籍を調べた研究がいくらでもあるので、誰でも確かめられる。中世でも女性による土地などの財産の相続の記録がある。

 中世においても、古代的家族の結合は強く残されていて、例えば、貴族の場合は、男が女性の元に通う通い婚が行われていた。女性は、夫の元に嫁いで、その家族に入るわけではない。だから、結婚した女性は簡単に家族の元に帰っていくことができた。和泉式部は再婚している。親鸞と一緒になった覚信尼は、彼の元を去っている。それから血縁関係もそれほど重視されておらず、中世前期の貴族の母親には、遊女が多いという網野善彦氏の研究結果がある。この頃までは、まだ古代的家族で女性の地位が高かった名残で、女性の地位は高く、自由もあったわけである。

 例えば、『古事記』の垂仁天皇のところには、后のサホ姫に、天皇が「夫と兄とはどちらが大事か?」と尋ねて、彼女が、「兄です」と答えるという話がある。サホ姫は、兄のサホ彦に指示されて、天皇を暗殺しようとしたが、できず、サホ彦の屋敷に入って、子供を産む。そして、「もしこの子が自分の子と思うなら育てて下さい」と言って、子どもを天皇の家来に預けて、自分は屋敷に戻る。それから、天皇が后に「すべて子の名は母がつけるものだが、この子の名前をなんとしたらよいか」と尋ねる。結局、サホ姫は、一族と共に死ぬ、という物語である。彼女は、天皇の后になったが、元の家族への帰属意識を強く持っていて、家族のために、天皇の暗殺さえ企てるのである。名前を付けることは、天皇の臣下に対する権限であって、氏姓を与えることは天皇の重要な仕事であった。しかし、子どもの名前をつける権限が、母親にあったことは、家族関係においてはまだ女性の地位が高かったことを示しているのではないだろうか?

 要するに、家族の中味は、時代によって違うし、価値観も変わってきたということである。人間一般が超歴史的に同一で、男性と女性が超歴史的に固定的役割分担を行ってきたとする林氏の主張は、まったく歴史的に根拠がない。氏は、歴史の無知をさらけ出しているくせに、それを恥じるどころか、逆に、彼が信奉するユング心理学の彼流の解釈から、現実を創作するのである。しかし、心理学ほど、内容が変貌してきた学問もないのである。軍隊は男の組織であるという氏の主張が、根拠があるように見えるのは、これまでそうだったからというだけのことである。それに彼があげる例には、実際には、反対例が多々存在する。女性によって助けられるケースはもちろんだが、それだけではなく、ここでは、カップルと子どもだけが、暴漢に襲われるという希な状況設定になっているが、実際には、まわりに他人がいる場合が多いだろうし、そういう他人に助けられる場合が多いだろうということもある。国(軍隊・警察)と家族しかないという非現実的なことを想定するから、極端で空想的な話になってしまうのである。実際には、他者ー社会があるのだ。それを飛ばすのが、おかしいのだ。

 このところ、フェミニズムへの反動(バックラッシュ)は沈静化しているし、保守派は内紛にあけくれ、自己解体し、社会的影響力を落としている。

   小泉政治の中では、自由主義的フェミニズムが台頭してきた。それ以外のフェミニズムはどうなっているのかがよく見えない。下のリディア・シリロが「自律なしには、反資本主義的左翼女性のフェミニズムといえども、分離主義的環境の中での理論化と実践に後退する」という指摘のとおりになっているのだろうか? 

   しかし、自由主義的フェミニズムに基づくものではあるが、政府は、男女共同参画社会化を掲げ続けており、その啓蒙プログラムが進められているし、企業における行動プログラムも一部とはいえ、進んでいる。遅々とした歩みではあっても、労働運動分野での女性の進出も進んでいる。鴨下さんのように、「連合」会長選挙で善戦する女性労働運動指導者も生まれている。ただ、マスコミは、忙しいために、世の中の動きに鈍感で、情報不足で、意識が遅れているらしく、相変わらず古い価値観を平気で流し続けている。それから、安部政権になってからの教育基本法改悪や教科書問題での右傾化・反動化の動きがあって、教育における反動という点も気に掛かるところだが、賢明な民意が、安部右派政権とその「美しい日本」路線を打ち倒したので、この分野の状況は好転するだろう。もともと、反動の「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書採択運動は、採択率があまりにも低すぎて、失敗に終わっていて、しかも、「つくる会」の分裂の後は、安部政権にすり寄っていった八木一派が安部退陣で大打撃を受けたし、残った藤岡信勝一派の「つくる会」もさらなる分裂・内紛に見舞われており、到底、強力な運動を展開できるような状況にはない。

   この好転した情勢の中で、フェミニズムを強化するために何が必要なのかを下の文章をも素材に考えてみる必要があるだろう。ただ、イタリアのようにカトリックの大きな影響力がない日本の場合はどうなるのか? 儒教がそれに当たるのだろうか? しかし、今、儒教がそれほど人々の意識をとらえているようには見えない。家父長制も以前ほど強いようには見えない。女性の財産相続は、けっこうあるのではないだろうか? それに子どもを名義上の相続者としながら、母親が実権を握っている場合もけっこうありそうだ。もっともそれは処世術のようなもので、慣習的な家父長制の圧力に屈していることに違いはないのだが。

  男女の固定的役割分担はもちろんある。男女の間の賃金格差や仕事上の差別、昇進差別もある。男女の賃金格差・待遇格差は、パート・アルバイト・派遣などの雇用の非正規化と重なって、複合しているということだろう。この社会が、男女共同参画社会化して、共稼ぎの家計を基本にしていくのか、家族手当などを含めた専業主婦制による家計を基本にしていくのかは、まだ決着がついていない課題である。それによって、税制や賃金のあり方その他が決まるということがある。それに、保育制度や社会保障制度のあり方も違ってくる。労働組合運動の賃金闘争においても大きな違いが生じる。

  「連合」は、これまで、正規労働者の家族を養える賃金水準という線で要求を掲げてきており、それによって、パートは家計の補助的労働という位置づけで、差があることを基本的に容認してきた。しかし、「連合」は、ワーキング・プアやパート・アルバイト・派遣などの労働者の待遇改善に活動の重点を置くという秋期大会での路線転換を打ち出している。格差是正を優先するなら、正規労働者の賃上げを抑制し、パート・アルバイト・派遣などの賃上げを行うことになるのだろうか? それは同一価値労働同一賃金というILO(国際労働機構)が各国に求めている賃金制度の線に近いものなのかもしれない。この場合、単身者が賃金水準が高く、既婚者が低くなるというようなこともあるかもしれない。

  これらのことを含めて、今後の社会の向かう方向がはっきりと定まっていない。今後の社会のあり方について、フェミニズムの考えがどれだけ、またどのような形で、その方向性に影響を与えることができるのかどうかは、わからない。しかし、安部政権が倒れたこの機会を使って、社会の方向性を指し示すことが必要ではないだろうか? その点で、重要な役割を果たすべきは、議会政党では、フェミニズム政治の志向を強く持っている社民党である。柳沢発言への超党派の女性議員による抗議活動を、福島党首が先頭になってすすめたことは、そうした役割を果たしたものであった。

  先の参議院選挙で驚いたことの一つは、当選者はでなかったとはいえ、女性党という政党が、知名度のある天木直人氏を担いだ左派系の「9条ネット」や何度も選挙に挑戦している右派政党の維新政党新風を上回る得票を得たことだ。この政党の実体は、どっかの会社の女性社員たちらしいが、投票した人のほとんどはそんなことは知らないで、ただ女性党という名前と選挙公約だけで、選んだと思われる。社民党は、この選挙で、格差と平和の二点を特に強調したが、このことからすると、もっと女性票の獲得を意識した公約やスローガンや政策を前に出した方がよかったのではないかと思う。それは郵政解散総選挙での自由主義的フェミニストである片山さつきや佐藤ゆかりなどの女性候補を前面に立てて大勝した小泉元総理の選挙戦術が功を奏したことからも言える。

反資本主義左翼のフェミニズム              かけはし2007.9.17号

私たちのフェミニズムは戦争と軍隊、その階層組織に反対する

女性労働者の要求だけでなく女性全体の要求を引き受ける
                           リディア・シリロ
1 フェミニズムと革命的潮流

 女は種々の階級および文化に所属し、異なる政治的基準点を持っているのであるから、複数のフェミニズムに分化するはずである。たとえば、イタリアの右翼議員やキャリア女性の間にはある形態のフェミニズムが存在し、彼女たちは、伝統的なフェミニスト的議論の助けを借りて権力の共有を要求し、排斥と除外の力学を非難し、反差別的措置を要求している。
 左翼においては、革命的、民主的、あるいは進歩的傾向の中で、フェミニズムは常に生まれ、再生している。一七八九年の革命の余波を受けた十九世紀前半の国民革命において、米国の奴隷制廃止運動の中で、労働者運動とともに、一九六〇年代および一九七〇年代の急進化の中で、そしてグローバルな正義の運動の中で、生まれ、再生してきた。
 右翼フェミニズムは、常にもっぱら、左翼の中で生まれた思想を取り込んだ結果であり、遅かれ早かれ社会全体に影響を与える一種の文化的副産物である。この現象は、左翼の男たちに対して解放の名目で彼らの矛盾を暴露し、彼らの語彙と思考様式を使って圧力をかけることが容易である(またはより困難でない)という明白な理由によって説明することができる。平等、自決、解放、差別、革命などの概念は、種々の形態のフェミニズムがその中で生まれ再生した政治的潮流によって練り上げられた思想のフェミニズム・バージョンにほかならない。
 この所見は、フェミニズムと男性の革命的、民主的、進歩的傾向との関係の牧歌的風景を描くことを許すものではない。フェミニズムに対する男の抵抗は執拗で、時には露骨で無作法に、またあるときは微妙に、無意識的にさえ行われてきた。
 初期の社会主義運動には、サンシモンやフーリエのようなフェミニストの男も、プルードンやラサールのような言いようのない女嫌いも存在した。エンゲルスは反資本主義的フェミニズムの概念的基礎を提起し、女をプロレタリアートに、男をブルジョアジーになぞらえ、人類の社会的組織の基礎を生産と再生産に置いたが、後にこれらの直感は理論と実践の中で失われた。労働者運動の中での女嫌いと反フェミニズムの完全な歴史を書くこともできるが、本稿では、今日の反資本主義的左翼内で広範に広がっている二つの態度についてのみ触れることにする。
 一般に、フェミニズムに敬意を表さず、プロレタリア的、フェミニスト的、環境的未来を心に描かないほど粗野な男は少ない。しかし、これらの認識はほとんど常に関心の欠如をともなっている。フェミニズムの裏表、差異や複雑な理論的細部は依然としてほとんど知られておらず、ジェンダーが、人間関係の論理の理解にとって置き換え不能な枠組みをどのように表すことができるのかが見過ごされている。
 もう一つの態度は、実は非常にまれな態度であるが、女にフェミニズムを教え、女たちの作業と議論を導き、日程を設定してやるという、男の父親的態度である。当然ながら、特定の男性が特定の女性よりも、女の政治やフェミニズムについてよく知り理解している場合があるという事実を除外することはできない。しかし、フェミニズムは、女が知的、心理的な自律にアクセスする過程でこそ生まれ、強化され、再生するのである。それは時間のかかる曲がりくねった道かもしれないが、代わってもらうわけにはいかないのである。
 自律なしには、反資本主義的左翼女性のフェミニズムといえども、分離主義的環境の中での理論化と実践に後退する。このフェミニズムは、独立した精緻化とジェンダーに基づいた力関係の解釈を行う能力があることを実証している。同時に、このフェミニズムは多くの場合、アカデミックなサークルの、あるいはいずれにしても、階級対立にほとんど関心を持たず、自分たちの特殊な利害を一般的な女の利害として描くという誘惑に常にさらされている環境にある女性の必要と観点を代表している。

2 家父長的構造

 フェミニズムを理解することは、とりわけ、女と男の間の力関係の性格を理解することを意味する。今日、公式の平等が達成されている世界の少なくとも一部に、抑圧が依然として存在することを否定するポストフェミニズムが存在する。「特殊な抑圧」という公式が、この潮流にある種の足がかりを提供している。
 さらに、これは新たな抑圧が見つかる唯一の理由ではない。あらゆる人間社会は、例外なく、顕在的または潜在的な家父長制的構造の刻印を帯びていると言うべきであり、この家父長制的構造が種々の仕方で女を差別し、排除し、抑圧し、暴力を振るっている。
 家父長制の文字通りの意味は、財産や社会的地位が父から男の子へ、しかもほとんどの場合長男へ受け継がれる制度である。欧州北西部では(他の一部の地域でも)、社会的地位のこの種の再生産はもはや存在せず、現実は鮮明でなくより複雑である。
 しかし、権力の男系継承の論理は、法律的な公式の側面を超えて明らかに残っており、人類学的次元を持っており、二世紀にわたる解放闘争はこれを終わらせることに成功していない。女性に関する四つの国連会議がデータを発表したが、これは抑圧に関する最も悲観的な理論家をさえ驚かせるものであった。
 たとえば、世界で土地および不動産を所有している女性のパーセンテージは三~四%を超えなかった。さらにアムネスティ・インターナショナルの女性に対する暴力に関するデータもつらい驚きをもたらすものであり、これを裏付けるものであった。しかし、家父長制的構造を理解する最も単純な方法は、誕生から死に至るヨーロッパ人女性の一生をたどることである。
 他の社会においては、選択的中絶があり、男の子より多くの女の子が栄養不良で死んでいる。われわれの社会では、家父長制的構造はこの後に役割を果たし始める。人生の最初の数年間に、少女は女らしさに向かう困難な道の中で、フロイトが「去勢」(コンプレックス)と呼んだ現象に遭遇する。すなわち、彼女らはペニスを持っていないことを発見し、劣等感を植えつけられ、知的能力および自己の見方と他者が自分を見る見方を条件付けられる。フェミニズムは最初は、去勢理論に対して、フロイトは男性の見方を女性の見方に重ね合わせたのだと主張して対応したが、後に、問題はもっと複雑であるこが明らかになった。
 誰かが疑問を抱いたように、フロイトがただ少女の視点と少年の視点を混同しただけであったとすれば、彼は平凡な誤解を作り上げただけにすぎないことになる。そうだとすれば、私たちは、彼が西欧思想に巨大な影響を与えた理由を説明することができない。影響は西欧に留まらない。去勢理論は、医学上の実験、女性が自己を去勢された者と見ており、何かが欠如し奪われていると感じているという試験結果に結び付けられている。
 したがって、去勢はイデオロギーの役割を演じているのである。すなわち、それは、力関係の中で「上」にある者の視点が、「下」にある者によって内在化され組み込まれたものである。劣等感理論は、男性の偏見から出てきたものではない。それは女性の無意識の中の現実である。この現実があらゆるときに現実として作用するのであり、当然考えられる差異が作用しているのではない。つまり、力関係における異なる位置が作用しているのである。実際、女はペニスではなくファルスを羨望しているのである。ファルスは多様化した複合的な形態の権力であり、ペニスはファルスの単なる物神にすぎない。
 もう一つの例を挙げよう。女性に対する暴力の範囲と広がりを、アムネスティ・インターナショナルのデータが最終的に明らかにした。しかし、特定の女性が一生の中で、自然が病気や死を通じて私たちに負わせる暴力以外の暴力に遭遇しない場合もある。それでもなお、彼女の人生は暴力によって深く条件付けられるであろう。なぜなら、暴力のリスクは予防対策やライフスタイル、心理学的態度をともなうからである。世界が男の手段として作り上げられている程度は、犠牲者が牢屋に入るという逆説によって実証されている。社会を貫く家父長制的構造は、暴力のリスクを、女性、特に若い女性を隔離する主要な理由にしている。
 さらに数多くの例を挙げることができる。たとえば、女性の二重労働日の問題がある。すなわち、かっては男の領域であった任務を、何の埋め合わせもなく引き受ける場合である。あるいは、公的舞台において男性の代表が多すぎることがある。公的舞台は、リズムと方法を、女性独自の存在のリズムと方法とは反対のものを強制し、あるいは、数千年にわたる象徴的伝統の男性独占を通じて構築され結晶化された女らしさの規範的イメージを強制する。イタリアの新しい世代の間で何かが変化しつつあるように思われるが、しかしこれらの変化は遅く、不確実である。
 これらの潜在的構造の他の影響はさらに複雑で、ピンポイントで指摘し定義することは非常に困難である。私たちもまた自分の性を通じて思考しているというのは本当である。おそらく精神分析学が想定するより少ない程度においてであろうが、私たちが自分の性を通じて思考しているのは確かである。男が数千年にわたって文化に対する独占権を握ってきたのが本当なら、不穏な仮説が可能である。女は知識の特に、構造化され形式化された分野に突入するたびに、男性の記号や象徴の石化した森を横切らねばならず、彼女は道を見つけるのに巨大な困難に遭遇するだろう、という仮説である。
 政治において女の存在を感じさせるまさにその仕方こそが、家父長制的構造の存在の結果なのである。女の沈黙、彼女たちの限られた存在と不安定を通じて、女たちはあらゆる政治的舞台の批判を行っているのである。特定の政治団体の中での男性の存在と支配が大きいほど、その団体は力の論理を用いなければならない。
 定理を提起し、命題や式を定式化することもできるだろう。政治団体、軍隊、教会組織などは、最も男性的な環境である。なぜなら、それらは深く権力にかかわる組織だからである。種々の理由から、これらの組織は女を吸収することができる。すなわち、批判を逃れるため、もしくは極端な女の不在を避けるために、または信頼性を回復するために、あるいは社会的団体との関係を必要とするために、である。
 男性と女性の分布の最も重要な例は、明らかにカトリック教会である。時には飢えたる者に食事を与え、渇きたる者の渇きをいやして、広大な民衆部門との絆を築いている組織は、女性のエネルギーと自分は世話をする人であるとみなす女性の傾向なしには、やっていくことはできないだろう。社会に深く広がった、女性の側に開かれた教会の上には、女性に対して厳しく閉ざされた権力階層のドームがそびえている。これこそ、宗教に典型的な、古典的人間関係を保存する能力の表現である。

3 フェミニズムの三つの重要な問題

 家父長制的構造は女性の生活を条件付け、ジェンダーを種々の方法で、種々の時間と場所において構築する。非常に多数の要求、たとえば二〇〇〇年の世界女性行進の綱領に編集されたような多数の要求は、世界的規模で未解決の問題の範囲を示している。
 アフガニスタンの女性はフランスやドイツの女性が経験したものとは異なる問題を抱えていることは明らかであり、現代のイタリアにおける中心問題は十九世紀と二十世紀にまたがる数十年間の最前線における問題と同じでないことも明らかである。十九世紀から二十世紀にかけての数十年間は、フェミニズム運動の最初の大きな波が起こった時期であった。異なる社会的環境、異なる世代、異なる女性の願望の中では、女性が克服しなければならない障害は同じでないことは明らかである。
 しかし、年代記的幻想は捨てなければならないし、私たちが解放をほとんど確保しかかっていると考えてはならない。公式の平等が達成されているところでは、もっと複雑な任務がフェミニズムを待っている、というのが本当であれば、すでに勝利した戦いや明らかに解決済みの問題や古典的関係が再び登場して私たちの前に現れることがあり得るというのも本当である。女性に対する暴力は最も明らかな例であり、その大きな可視性は種々の補足的な説明を果たしている。
 今日、女は、以前は我慢していた状況に反対してより頻繁に発言するようになり、世論はますます、以前は笑って済ましていたことに対して憤慨するようになっている。男は、力関係の中でしばしば発生するように、後ろ向きの見解と懲罰的暴力によって反応する。
 反資本主義的フェミニズムは、プロレタリア女性の必要と願望に注意を向けるだけであってはならない。女性全体の要求を引き受けなければならない。当然ながら、私たちの介入は特定の環境を対象とするから、女性労働者、移民、失業女性、女子学生、左翼政党、運動および労働組合の中の女性の要求が最前線となるだろう。
 近年私たちが取り組んできた問題で、近い将来においても優先しなければならない問題の例をいくつか挙げよう。

a 戦争と軍国主義および暴力の批判

 女の政治は、永続的戦争によって作り出される軍国主義的男の風潮に対する固有の批判の手段を持っている。それは、女性の平和的性格や女性の非暴力に関する思想に後退することではない。非暴力は、暴力の他の側面である。どちらも、力関係の不変の性格を当然の前提としている。
 暴力は、挑戦しようとする者に対する永続的な抑止力である。非暴力が武装解除できるのは一方の側だけである。「下位」の側、抑圧、搾取、新植民地主義的略奪を受けている側である。イタリアにおけるこのことの最も明白な証拠は、非暴力のスポークスパーソンたちである。彼らは抑圧されている者の暴力に非妥協的に反対していながら、議会において、アフガニスタンにおけるイタリア軍の任務を改めて信任することに投票した。
 非常にずるがしこいフェミニズムは、女に想定されている平和的性格は男との力関係によって彼女たちが表すことを許されてこなかった攻撃性を内在化する必要に大いに結びついている、とすでに説明している。軍国主義と暴力(特に女性に対する暴力)の批判は、従属的地位と抑圧の理想化ではない多くのものごとに基づいている。
 女は、何よりもまず、男らしさが構築される基礎になっている固定観念に適応する必要がないので、批判を行うことができる。彼女たちは、男の性に結びつけられた幻影である堅さや強さを示すことを要求されない。彼女たちは、男以上に、暴力に支配された人間関係の破壊的影響を受けている。
 力関係(性間、階級間、国家間、など)が依拠している暴力に反対して、私たちのフェミニズムは、何よりも、この種の関係が廃止された社会を提起する。したがって、抵抗、闘争、急進的改革プロジェクトを支持する。
 私たちのフェミニズムは、戦争、軍国主義、軍隊とその階層組織に反対する。暴力は必ずしも暴力に対する正しい対応であるとは考えない。いかなる人の命も貴重なものであると考え、したがって、死刑に反対するだけでなく、残虐行為や正当防衛の過剰にも反対する。しかし、非暴力を原則とはしない。なぜなら、解放闘争の主体が進む道を防衛する権利を認めるからである。
 また、私たちのフェミニズムは、女性に対する暴力に対して何よりも自衛の論理で対応する。当然ながら、それは男に対する女の武装自衛を意味しない。なぜなら、性の間の関係は非常に異なった方法で規制されるからである。国家による保護が必要であり、現在は他の方法で置き換えることはできないと考えるとしても、問題をペニスの管理によって解決できるとは考えない。
 自衛とは、反暴力センターの設立と出資のための女性のイニシアティブを意味し、発言することが犠牲者に不利にならないように、都市生活を最初から女性のニーズに合わせて編成し、その非合理性や顕在的・潜在的暴力のコストを女性が担わなくてもよいようにすることを意味する。
 最後に、私たちのフェミニズムは、解放の力学が多くの場合民主的、進歩的あるいは革命的運動の中で武装した人民によって支えられてきたように、女の政治も、武装していないのは見かけだけであることを忘れてはいない。(たとえば)ナチズム/ファシズムに対する抵抗は、フェミニズムと女性に重要な影響を与えた。

b 世俗主義と自己決定について

 私たちがその中で生活している国は、カトリック教会が依然として自らの世俗的権力をふるう国家実体として見ている国である。カトリック教会は決して世俗的国家に従おうとはせず、駆使しうるあらゆる手段を用いて世俗的国家と闘い続けている。近年では、右翼勢力や、カトリック政治勢力の脅迫に有利な政治体制の登場によって、家父長制的および同性愛憎悪的意味を持った聖職者組織の介入が実際に増大している。
 合法的な無料の妊娠中絶へのアクセス権が、種々の方法で脅かされている。カトリック教会は、薬による妊娠中絶の実験的使用を妨げた。妊娠の瞬間から胚を法律的主体とするという恐るべき法律を承認した。さらに私たちは、ゲイやレズビアンのカップルのいかなる形の認知にも反対する非常に無慈悲で多くの場合攻撃的かつ人種差別的な反対を目撃している。
 つい最近、筋ジストロフィーの末期段階の患者であるピエルジオルジオ・ウェルビーの試練が、医師の市民的不服従の行為によって終結した。何カ月もの間、ウェルビーは、苦痛の中で強制的に生き続けさせ、近いうちにもっと苦しい死を強いるであろう機械を外すように懇願していた。彼の要求は騒々しい政治的議論を引き起こし、その中でバチカンの官僚はあらゆる権力を駆使して、判事や医師に対して圧力をかけ脅迫した。
 カトリック原理主義は(他の形態の原理主義と同様に)、女性や同性愛の人々だけの脅威ではなく、教会階層組織の政治的行動の見かけの人道主義的・平和主義的意味を越えて、あらゆる解放過程にとっての脅威である。彼らは戦争反対の立場を取ったが、その後にはイタリア軍の「平和の使命」の考え方を支持した。彼らは移民歓迎の態度を取ることを唱えたが、続いて右翼政府の差別的反移民法の実施を支持した。さらに、私たちはカトリック教会がファッシズムの登場に賛成した体制の一つであったことを決して忘れてはならない。近年では、フェミニストとクイアの運動だけが、カトリック原理主義に抵抗し続けている勢力である。
 フェミニズムに関しては、ある種の混乱のために、長期にわたってこの抵抗は弱まっていた。生殖技術に関する法律が成立の過程にあり、続いて右翼政府によって承認されるという最も微妙な瞬間に、フェミニスト組織やグループは依然として議論に足を取られていた。この議論においては、科学的調査の驚くべき意味に関する心配があったが、カトリック勢力のより洗練された主張が注意をひきつけていたのは明らかであった。
 フランケンシュタインを作り出した科学者の幽霊、女性の生殖能力の喪失に対する古典的恐怖、科学的調査の限界に対する十分根拠のある懸念、受精卵移植における多国籍企業の役割、などのすべてが入り混じって、イニシアティブにブレーキをかけた。その結果、フェミニストはこの問題においては議論を越えて進むことには成功しなかった。
 第一に、国民投票の結果は非常に低く、有効投票数に達しなかった。議論の対象となった問題は複雑で、妊娠中絶の問題とは対照的に、非常に限られた数の人々しか直接経験しない問題であった。
 第二に、妊娠三カ月までの妊娠中絶を非犯罪化する法律に関する国民投票が行われたのは、数年にわたる事実上の不服従と女性の自決の権利に根ざした議論の後であったが、生殖技術に関する国民投票は、投票前の数カ月間に法律が送り出され、メディアが決定的役割を演じた。
 この後、合法的妊娠中絶へのアクセス権に対する直接攻撃があり、そこでは反女性的抑圧的態度が明らかであったが、この攻撃が女性の運動を活動に引き戻し、二〇〇六年一月には、ミラノにおいて数十万の女性のデモが行われ、力強い反応をもたらした。この同じ日に、レズビアン、ゲイの人々およびトランスジェンダーの人々を含むGLBTQ運動の主要組織が、PACS(同性結婚の認知)を求めてデモ行進した。二〇〇六年は、世俗主義と自己決定権の問題に関するデモ、取組み、闘争に彩られた年であった。

c 女性労働者の権利の防衛について

 逆説的であるが、賃金労働者の敗北とグローバリゼーションが、女性にとって新たな雇用機会を開いた。これは新しい逆説というわけではなく、階級関係の歴史においていろいろな意味で前例があることである。
 女性が世界市場に最初に現れたとき、女性は多くの経済において好まれた。なぜなら、これらの経済は高い労働力係数を持つ生産に、したがって低賃金に依拠しており、労働組合組織の制約と権利の厳しい制限に依拠していたからである。
 ヨーロッパにおいても、当時は労働者運動はまだ弱く、男性労働力に対する女性の競争の問題に取り組まなければならなかった。このことが初期の労働運動の女嫌いの側面を少なくとも部分的に説明する。女性労働者の権利の防衛は、したがって、女性の雇用を好む雇用主の利益を削減する動機も持っていた。
 女性は、最も開発の進んだ国々の経済においても好まれている。そこではサービス部門が成長し、賃金労働者の権利に対して、特に広範な個別の臨時雇用化過程を通じて、猛烈な攻撃が行われてきた。
 コインの裏側は、あらゆる賃金労働に影響を与えている臨時雇用化された仕事が女性を好んだことである。女性にとって正規雇用はほとんど不可能に思えるようになっている。この文脈の中では、母性を保護する法律は、正規雇用として雇用することに対する強力な阻害要因として作用する。それだけでなく、ますます競争が激しくなるキャリアの競争の力学の中で、女性は依然として、後回しにされるか、キャリアと出産のどちらかを選択しなければならない定めにある。
 本当のことを言えば、ほとんどの場合、女性の個人的生涯計画がどうであれ、仕事を選ぶことは不可能である。なぜなら、出産年齢の女性であることは、企業内の協力や定職の可能性を制限するからである。
 さらに、給与は控えめであるが大多数の女性にとって人生の選択と両立し得る労働時間と権利が保証された、教職のような職業分野においても危機が存在する。
 このような問題に直面して、フェミニズムも過去において、女性固有の権利の要求の代替案に取り組み、職を得ることの困難性の増大に取り組んだ。あるいは、そのような権利を放棄し、遅かれ早かれ解決不能な矛盾に陥った。
 この問題は、ジェンダーの観点からだけでは解決できない。保護は、社会関係が従属的階級にとって不利な場合、女性が職を見つけるのを困難にする。ファッシズムが母性の強力な保護者であったことは、偶然ではない。この理由から、女性にとって、仕事と、男性とは異なる存在であることを両立させることを可能にする法律だけでは十分ではない。差別を不可能にする雇用形態を強制することも必要である。
 イタリアにおいては、一九七〇年代に、短期職業紹介の改革によって、雇用主は彼らの希望よりはるかに多くの女性を工場に配置するように強制された。しかし、他にも多くの措置が可能である。
 権利に関しては、観点も考え方も変えなければならない。このことは、女性にとってできるだけ少ない固有の権利を要求し、その代わりに最初から男性ではなく女性の視点から見て平等の措置を要求することを意味する。この観点から、私たちは、女性の夜間作業の禁止を廃止する欧州標準を拒否し、夜間作業が絶対的に不可欠である場合を除いて、これを男性にも拡張することを要求する。また、女性の早期年金支給に関しては、われわれは男も女もとることができる介護任務のための長期休暇が望ましいと考える。母親と父親の育児休暇が望ましいのと同じである。
 このような基準は、人間の体の変えることのできない差異の問題には適用できないことは明らかである。このことは、所得全額補償の妊娠や出産のための休暇、無料の合法的妊娠中絶へのアクセス権、高齢女性のために補助的生殖技術へのアクセス権のような女性固有の権利が存在することを意味する。この場合には、男が同等の決定権を持つ基盤は存在せず、関与し乱されるのは女性の体であり生命なのであるから、差異が支配しなければならない。

▲ リディア・シリロは、一九六六年以来第四インターナショナル・イタリア支部のメンバーである。フェミニズム活動家で、イタリアにおける世界女性行進の指導的人物であり、クアデルニ・ヴィオラ(パープル・ノートブック、フェミニスト・レビュー)の設立者である。フェミニズムと社会運動の関係に関するいくつかの著作がある。

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