« 橋下弁護士の騒ぎをめぐるいくつかの議論 | トップページ | 音楽の力ー天木ブログから »

プリンセス・マサコ、橋下弁護士騒動などに寄せて

 下は池田信夫氏のブログhttp://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/a049e570337b598ff0bd8fabcbe19c54にある記事である。

  これは、宮内庁の抗議を受けて出版中止になった『プリンセス・マサコ』の完訳本が出たことに寄せての書評である。

  「一人の女性が宮内庁の「囚われ人」となって鬱病にかかり、それも外出もできない重い症状になっているというのに、周囲が心配するのは皇室の面子や跡継ぎのことばかり。鬱病が自殺の最大の原因だということはよく知られている。これは明白な人権侵害であり、場合によっては人命にもかかわる。メディアは宮内庁の異常な体質について客観的に報道すべきだし、政府はまじめに対策を考えるべきだ。その選択肢には「皇室からの離脱」も当然、含まれよう」という部分は、事実ならひどい話だ。池田氏の言うとおりである。
 
  新しく、杉浦ひとみの瞳http://blog.goo.ne.jp/okunagairi_2007、津久井進の弁護士ノートhttp://tukui.blog55.fc2.com/ 情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005、マガジン9条http://www.magazine9.jp/index.html、天木直人のブログhttp://www.amakiblog.com/blog/、をマイリストに加え、リンクを貼った。
 
 ちなみに、津久井さんの最新記事は、「今枝仁弁護士が語る~光市事件弁護団を違う視点から見る(コメント転載)」で、当ブログで取り上げたばかりの橋下弁護士に対する弁護団数人からの提訴に関連して、弁護団の一員の今枝弁護士の反論や考えを述べたコメントの転載である。以下、引用。
 
 「世間から大バッシングを受け,橋下徹弁護士の扇動で懲戒請求まで受け,刑事弁護のあり方自体が問われている光市事件の弁護団が,勇気をもって発信の努力を講じ始めた。

 言うまでもなく,弁護人というのは,もともと世間の批判の矢面に立つ宿命にあるし,被害者の方から厳しく批判を受けるのも当然の立場にある。
 弁護活動を行う弁護士たちは,自らの身をもってそれをよく知っている。

 今回の事件では,被害者である本村洋さんが勇気を振り絞って思いを訴えたのに対し,世論が共感した。
 そのこと自体は,被害者を単なる興味の対象でしか見てこなかった社会にあっては,犯罪をわが事と思えるようになり,とても貴重で価値あることだったと思う。

 また,橋下弁護士も,世間に対する配慮が必要だと指摘をした。
 それも,このように極端に情報が氾濫し,何かあるとすぐ国民的ヒステリーに増幅する社会にあっては,世論を全く無視すると大変な目に遭う,ということを気付かせた点で重要な指摘だったと思う。
 (ただ,その危うい傾向を逆に利用して,善良な世論を扇動した点は,問題であるが。)」
 
 この問題を含めて、今日の司法制度が抱える問題は多岐に渡っている。刑事弁護のあり方、遺族の裁判への参加、関わり方の問題、遺族の人権、遺族への補償・精神的ケア、死刑制度のあり方、死刑判決の基準の問題、世論との関係、裁判員制度、少年法、冤罪、自白偏重の取り調べの問題、拘置制度、監獄制度、矯正諸施設の問題、再犯率を引き上げている触法精神障害者問題、等々。光市の事件は、これらの多くに関わっていて、遺族の裁判参加が実現することになったり、少年事件における死刑の基準がおそらく変わってくることになる等の司法改革のきっけかともなっている。司法をめぐる諸矛盾がいっぱいたまっている。それにも世論のフラストレーションがたまっているように思われる。
 
 弁護団への橋下弁護士の批判の一つは、司法吏員の世論への配慮・説明がないという点にある。今のところ、弁護士の世間への説明は任意の行為にすぎないが、裁判員制度によって、世間の人が裁判で裁く側に参加するようになるという新たな状況に対して、橋下弁護士がそれを先取りするような形で物を言っている面はある。これまで弁護士は、法律の専門家である裁判官を相手に説得・説明すればよかったのだが、裁判員制度が始まると、法律の素人の陪審員をも相手に説得・説明・弁明をしなければならなくなるのである。橋本弁護士の批判は、「このように極端に情報が氾濫し,何かあるとすぐ国民的ヒステリーに増幅する社会」から、陪審員が送られてきて、かれら相手の弁論が必要になるという新しい事態に対応できているのか? と問うているように、無理に読めないこともない。
 
 杉浦ひとみさんからは、この問題での当ブログ記事にコメントを頂いている。ありがとうございます。

 その中で、「この記事の中で、「弁護士の使命は顧客である被告の減刑の実現にあるという事かもしれない」というような文言がありました(天木さんの引用のようです)。/でも、私は腕のいい弁護士とは「黒を白にする」弁護士ではなく、関わる中で、被告人が行った行為の意味に気づき、被害者に対して少しでも反省の思いを持ち、自分がその償いをも含めて前を向いて歩こうという思いになったときに、裁判官がその被告人の態度を見て刑を減ずる判断をする、そのための働きかけができることだと思っています」と述べられていることに、感心した。遺族の木村洋さんが似たようなことを言っているが、彼は、差し戻し審での、被告の陳述を、弁護団による死刑回避のためのシナリオ通りのでっち上げ話だと決めつけているのである。もちろん、彼の脳裏に減刑の余地はなく、死刑に臨むに際して、被告に、そうしてほしいということである。光市の事件の被告が、自分の行った行為の意味に気づき、被害者に対して少しでも反省の思いを持ち、償いをするという状態になるのは、生い立ちによって、精神的に未熟すぎる状態にあるために、まだ無理だというのが、精神鑑定結果からの結論の一つだと思う。被告は、このまま死刑判決を受けても、その意味をよく理解できないのではないだろうか?

 プリンセス・マサコhttp://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/a049e570337b598ff0bd8fabcbe19c54(池田信夫ブログ)
2007-09-10 / Books

 副題は「菊の玉座の囚われ人」だが、なぜか背表紙にしか書いてない。いったん講談社から訳本が出ることになっていたが、宮内庁や外務省が抗議したため、土壇場で出版中止になった、いわくつきの本の完訳版だ。

・・・というから、どぎついスキャンダルが出ているのかと思えば、内容は日本人ならだれでも知っている出来事を淡々と綴ったもの。しいて違いをさがせば、父親(小和田恒氏)も本人も含めて結婚を拒否し、小和田家が結婚を祝福していなかったことがはっきり書かれていること、それに雅子様が「鬱病」であることは疑いないという複数の精神科医の話が書かれていること、また将来の選択肢の一つとして「皇室からの離脱」があげられていることぐらいか。

  これに対して今年2月、宮内庁が書簡で異例の抗議をした。しかし「各ページに間違いがあるのではないか」と書いている割には、具体的な間違いの指摘は1ヶ所しかない。たしかに、そこで指摘されている「天皇家がハンセン病のような論議を呼ぶ行事にはかかわらない」という記述は誤りで、今度の訳本でも訂正されている。しかし、あとは天皇家の公務がいかに重要であるかを繰り返しているだけで、これは事実ではなく見解の相違にすぎない。

  原著の記述を出版社が訳本で百数十ヶ所も削除しようとし、著者がそれに同意しなかったために出版できなかった、というのが表向きの経緯だが、これは明らかに宮内庁などの検閲だろう。しかし、どこにそんなに多くの問題があるのかわからない。小ネタとしては、たとえば秋篠宮が「情事を持った女性」が少なくとも2人いて、川嶋家がその情事の結果について「責任を取るように要求した」ため、皇太子よりも先に結婚することになった、というような日本のメディアに出ない(しかし世の中では知られた)エピソードもあるが、全体としては紳士的に書かれている。

  一人の女性が宮内庁の「囚われ人」となって鬱病にかかり、それも外出もできない重い症状になっているというのに、周囲が心配するのは皇室の面子や跡継ぎのことばかり。鬱病が自殺の最大の原因だということはよく知られている。これは明白な人権侵害であり、場合によっては人命にもかかわる。メディアは宮内庁の異常な体質について客観的に報道すべきだし、政府はまじめに対策を考えるべきだ。その選択肢には「皇室からの離脱」も当然、含まれよう。

|

« 橋下弁護士の騒ぎをめぐるいくつかの議論 | トップページ | 音楽の力ー天木ブログから »

雑文」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。