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2007年10月

中教審授業時間増了承によせて

 中教審の学習指導要領改定案が教育課程部会で大筋で了承されたという。

 その基本的な内容は、小中学校で、理科・数学・外国語(英語)の授業が、33%~16%増え、現行学習指導要領以前の水準に戻るというのである。これらの授業数増に対して、総合学習の時間、そして、中学での選択科目の廃止で対応するという。
 
 この改定学習指導要領は、来年にも文科省告示する予定だという。その後、数年かけて、教科書等の準備をした上で、施行するという。
 
 この中教審案に対して、『産経』社説は、まだ反省が足りないと批判している。『産経』は、現行学習指導要領の「ゆとり教育」によって、学力が低下してきたと主張し、路線転換を強く要求してきた。
 
 社説は、「ゆとり教育の弊害は大きい。「自分で課題を見つけ考える力」が過度に重視され、基礎基本をおろそかにするような風潮を生んだ」と言う。先の全国学力テストでは、読み書き、計算力などは比較的高い水準にあることが明らかになった。国際比較では、北欧諸国では、授業時間数が比較的短いが、学力が高いというデータがある。もちろん、暗記を中心とする基礎学力については、暗記時間数に比例して、暗記量としての知識量が増えるということは一般傾向としては言えよう。ただし、記憶のメカニズムというのも、それほど単純ではなく、データを入力すれば、そのままデータ量が増大していくコンピューターの記憶装置とは違う。

 『産経』は、「読み書き、計算力などがしっかり身に付いていなければ、その先を考える力の育成は望めない。全国学力テストの結果をみてもゆとり教育が目指した思考力、応用力はついていない」と述べている。だが、これまで、『産経』が「ゆとり教育」を批判してきたのは、それによって、読み書き、計算力が低下してきたということであった。沖縄の住民集団自決検定削除問題で、これに抗議する沖縄での県民集会の数の正確さにあれほどこだわった『産経』が、こと「ゆとり教育」による基礎学力の低下という自らの主張の正確性を証明することもなく、「全国学力テストの結果をみてもゆとり教育が目指した思考力、応用力はついていない」とこっそりと従来の主張を変更しているのだからあきれる。

 全国学力テストの結果は、読み書き、計算力は、しっかりと身に付いていることを示した。授業数を増やせば、思考力、応用力が身に付くのかどうかについて、『産経』は示していない。
 
 思考力は、最近の心理学では、社会性と強い関連があることが明らかになりつつある。人は、外から受ける外傷に対する防衛策として、思考を弱めたり、思考機能を破壊することで、自己防衛をはかる場合がある。社会的敵対性の強まりに対する防衛反応として思考機能を破壊する場合があるというのである。考えないことによって、自己の安全をはかるわけだが、それは、今度は、外への攻撃性として現れるようになるという。思考は、人の生と深く結びついている機能でもあるということだ。
 
 『産経』は、「読み書き・そろばん」の延長に、思考力・応用力を据えている。それは浅薄な思考力観である。考えることは、「読み書き・そろばん」の延長ではなく、社会的機能なのである。だからこそ、破壊されうるのである。

 スピノザ『エチカ』第3部定理11「すべての我々の活動能力を増大しあるいは減少し、促進しあるいは阻害するものの観念は、我々の精神の思惟能力を増大しあるいは減少し、あるいは阻害する」

 次に、道徳教育についての批判である。『産経』は、「小、中学校で週1時間ある「道徳の時間」は、他の教科などに流用されがちで、教師の指導力にも左右されるなど形骸(けいがい)化が指摘されている。充実策模索への動きも緩慢だ」という。
 
 道徳は、たんなる概念知識ではなく、行為を含む意志の領域の問題である。たんに、「汝殺すなかれ」という知識を持っているだけでは、道徳は無力である。それは、行為を規制し、実際に、その格率を実行できなければならない実践知である。
 
 スピノザ『エチカ』第3部定理7「おのおのの物が自己の有に固執しようと努める努力はその物の現実的本質にほかならない」
 
 同第4部定理21「何人も、生存し行動しかつ生活すること、言いかえれば現実に存在すること、を欲することなしには幸福に生存し善く行動しかつ善く生活することを欲することができない」
 
 同定理22「いかなる徳もこれ(自己保存の努力)よりさきに考えることができない」
 
 「生きること」は、道徳の前提であり、道徳以前の必要事であり、基礎である。スピノザによれば、「精神の最高の善は神の認識であり、また精神の最高の徳は神を認識することである」(第4部定理28)。ここで彼が神と言っているのは、多くの属性を持つ実体のことであり、あらゆる物・社会を含むものである。社会は、人間の物的であると同時に精神的な属性を持つ実体であり、スピノザの言う神とは、社会(あるいは彼の言葉では共同社会)のことと考えられる。そのことは、同定理35「人間は、理性の導きに従って生活する限り、ただその限りにおいて、本性上常に必然的に一致する」ということを、社会契約説で説明し、「人間は人間にとって神である」「人間は社交的動物である」というテーゼへの一般の支持の増大という経験的事実から説明していることからもうかかがえる。また、「人間の共同社会からは損害よりもはるかに多くの利益が生ずるような事情になっている」と述べていることからもそれがうかがえる。
 
 ところが、スピノザの時代から300年以上の時がすぎた現在でもまだ、「生きさせろ」という道徳以前のレベルの要求を掲げざるを得ない人々が存在しているのである。
 
 新自由主義的な自己責任という道徳以前的なレベルへの後退が、道徳のごとく叫ばれている。競争至上主義は、その支持者をも破壊する競争の力を物神的に信奉するものであるが、先日のテレビ朝日系『TVタックル』で、日能研幹部が、「競争は進歩のために必要だ」と言って、競争の「いい面」(マルクス『哲学の貧困』が引用するプルードンの言葉)だけを一面的に取り上げ、その「悪い面」を無視することで、塾産業の利益を代表するように、道徳が欺瞞に変えられている。
 
 マルクスは、『哲学の貧困』で、プルードンの競争の「いい面」と「悪い面」への分類表を示して、競争の「悪い面」に「いい面」があり、その逆もあるということを指摘しつつ、「社会主義者たちは、現在の社会が競争に立脚していることを百も承知している。いかにして彼らは、彼ら自身も転覆しようと思っている現在の社会を競争が転覆するからといってそれを非難しうるのだろうか? また、いかにして彼らは、きたるべき社会の―そこではあべこべに競争が転覆されると彼らの考えている社会―を競争が転覆するといってそれを非難しうるのであろうか?」と述べて、競争が競争の反対物である独占を生み、それがまた新たな競争を生むということを明らかにしている。
 
 塾産業は、最初は、学校教育の補完物として始まったが、それはやがて巨大化し、独占化して、独占間の競争が激化している。そしてついには、学校との競争にも乗り出すようになり、それをも教育産業の中に組み入れようとしている。「ゆとり教育」が、塾産業に新たな需要を生みだしてくれたが、それが中教審によって、たたれようとしている。中教審では、塾不要論を主張する委員もいるようである。そこで、先の日能研幹部は、今度は親学に基づく家庭教育の指導事業に参入するようなことを語った。そこに新たな教育産業の需要が生まれそうだからである。英会話学校の大手に急成長し破綻したノヴァは、ネイティブの英会話講師を学校に派遣していたが、教育予算が厳しく制約されるようになっている公立学校が、こうした教育産業を利用するようになっているのである。ノヴァのケースでは、一代で最大手にまでした猿橋社長は、本社ビルに隠し部屋を作って、サウナなどを楽しんでいたようである。個人的蓄財も相当なものであったようで、フランス留学の経験も持つエリート社長の最後は、醜くく、不道徳なものである。これは、学力と道徳の間に、比例的な関係がないことを示す典型のような事例である。
 
 『産経』は、最後に、「中教審は報告の中で知、徳、体のそれぞれの充実を掲げている。公教育の信頼回復につながる具体策を責任を持って議論してほしい」という要望を掲げている。「知」の充実と「徳」の充実と「体」の充実の間に、有意義な関係性・社会性をつけられなければ、それぞれの単独での充実は、一方が他方を裏切る形で、混迷を深めるだけだろう。たまらないのは、こうした実現困難な形で上から押しつけられる教育方針に右往左往させられて、混乱させられる現場である。他方で、中教審は、「ゆとり教育」の理念はそのまま継続するという。こういう点を、『産経』は、反省が中途半端だと批判し、全面的に清算すべきだという。中教審の理念は正しいが、その実現方法でまちがっただけだという反省では、なぜ、授業時間数を再度元に戻すのかがわかりにくいのは確かだ。中教審は、学力主義を叫ぶ『産経』などの主張と詰め込み教育の反省という80年代の臨教審の路線との間で、折衷的な態度を取っているのであり、このような動揺は、現場を混乱させることだろう。
 
 全国学力テストで県別成績が高かった秋田県は、30人学級と放課後の補習授業の組み合わせで、学力向上をはかったらしい。前に書いたように、少数の飛び抜けた成績優秀者を作るよりも、下の多数者を少しでも引き上げ、底上げした方が、全体の成績は上がるということだ。そして社会的連帯感を養った方が、道徳を向上させる。共同生活の喜びの感情が、道徳を支えるからである。道徳の授業が、それを与えられるならいいが、教える教師自身が、その喜びの感情をあまり持っていなければ、道徳教育は難しい。『産経』には、そういう喜びを語る社説が少ない。それで、どうして道徳教育の教科化を主張するのかがわからないし、ただ説教と強制に隷従する態度を道徳と呼んでいるとすれば、そんな道徳観は、中世的なものであり、自由と主体性の名において、旧道徳を転覆した歴史的進歩を台無しにするものだ。そして、道徳と考える力を切り離したら、道徳のさらなる進歩という課題に背を向けることになる。

 理、数、外国語が大幅増 学習指導要領の中教審部会案(『朝日新聞』2007年10月30日)

 学習指導要領の改訂を検討してきた中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の教育課程部会は30日、標準授業時間の案を大筋で了承した。小中学校では理科、算数・数学、外国語(英語)の授業が33~16%増え、02年度に完全実施された現行の指導要領以前の水準に戻ることになる。この日は、これまでの一連の審議を「審議のまとめ」として了承し、実質審議は終了した。今後の手続きが順調に進めば、11年春から実施される。

 小中の一部教科で授業時間を増やす方向性はすでに部会で了承されており、この日は、教科別の具体的な時間を中心に審議した。

 了承された案で増加率が最も高いのは、中学の理科と外国語で各33%。中学の数学22%、社会19%、保健体育17%と続く。この結果、中学理科が89年に改訂された現行より一つ前の指導要領を上回るのをはじめ、外国語は89年改訂時以上、算数・数学は同じになる。

 学校週5日制は維持するため、総授業時間は、小学校5.2%増、中学校3.6%増にとどまる。「総合的な学習の時間」(総合学習)を減らし、中学の選択教科を原則なくして、増やした教科の時間を確保する結果となった。

 一方、「審議のまとめ」は、言語力と体験活動の重要性を打ち出す内容。各教科で、実験や観察を重視し、記述や論述を含めた学習を多用する方針だ。

 次回会合で「審議のまとめ」が正式に了承されれば、中教審は意見募集を経て答申。文科相が08年春に改訂指導要領を告示する。教科書の執筆、検定などに3~4年の時間をかけたうえ、施行される。

   【主張】ゆとり教育 まだ反省が足りぬ中教審(『産経新聞』2007.10.31)

 次期学習指導要領の原案となる中間報告を中央教育審議会の部会がまとめた。「ゆとり教育」の失敗に初めて言及しており、その点では一定の評価ができよう。

 中教審は報告のなかで、「指導要領の理念を実現するための具体的な手だてが十分でなかった」として5つの課題をあげた。

 「『生きる力』について十分な共通理解がなかった」「子供の自主性を尊重するあまり、教師が指導を躊躇(ちゅうちょ)する状況があった」などである。中教審、文部科学省が、自ら積極推進してきたゆとり教育の反省を述べるのは極めて異例だが、問題は責任の所在が不明確なままであることだ。

 現行の指導要領では、毎週土日休みの学校5日制で減る授業時間以上に学習量を減らした。昭和50年代のピーク時より学習量は半減している。

 ゆとり教育の弊害は大きい。「自分で課題を見つけ考える力」が過度に重視され、基礎基本をおろそかにするような風潮を生んだ。

 読み書き、計算力などがしっかり身に付いていなければ、その先を考える力の育成は望めない。全国学力テストの結果をみてもゆとり教育が目指した思考力、応用力はついていない。

   ゆとり教育の象徴だった「総合的な学習の時間」は次期指導要領では削減され、小学校低学年を中心に国語、算数・数学など主要教科の充実を図る。計算力、言語力などの重視を改めて明記したことは危機感の表れだ。

 「生きる力」については、概念があいまいだとの指摘も多い。中教審、文科省は施策の誤りを率直に認め、学力の向上策を練るべきであろう。

 道徳教育については充実方針を盛り込んだものの、政府の教育再生会議が提言した「徳育」の教科化について両論併記としており、実現に消極的だ。渡海紀三朗文科相もこれまでの会見などで教科化に積極姿勢がみえない。

 小、中学校で週1時間ある「道徳の時間」は、他の教科などに流用されがちで、教師の指導力にも左右されるなど形骸(けいがい)化が指摘されている。充実策模索への動きも緩慢だ。

 中教審は報告の中で知、徳、体のそれぞれの充実を掲げている。公教育の信頼回復につながる具体策を責任を持って議論してほしい。

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全国学力テストなどについて

 48年ぶりの全国学力テストの結果が公表された。
 
 それからわずかの日にちしかたっていないが、中央教育審議会が、「ゆとり教育」で授業時間を減らしすぎたなどの反省点を列挙した上で、学習指導要領の改定を検討していることが明らかになった。
 
 全国学力テストの結果は、知識面での学力レベルが比較的高い水準にあることを明らかにした。皮肉にも、「「ゆとり教育」が目指した問題解決型の応用問題が苦手な傾向も変わらない」という結果が出て、「ゆとり教育」施策が、効果を発揮しなかったということが明らかになった。思考力や表現力といった学力と、他人を思いやる心などの「生きる力」が育っていなかったのである。
 
 知識力の方は、授業時間が減少したにも関わらず高い水準を維持したわけである。それには、塾などの影響もあるのかもしれない。

 『読売』社説は、「全国学力テストの結果は、子どもの学力の一面を示すものに過ぎない」としつつ「適度な競争は子どもの学習意欲を高め、学力向上を後押しする」、『産経』社説は、「競争封ぜず学力の向上を」と競争を促進することでの学力向上を主張している。しかし、競争が学力を向上させるという確たる証拠はあげていない。授業時間数の増減と知識学力の増減も一致していないようだ。
 
 『毎日新聞』の以下の記事からは、学力向上の鍵は、競争ではなく、人間関係にあるということが伺える。
 
 それに対して、『産経』社説は、意味のよく分からない説教をするだけだ。「教育界には相変わらず競争や評価を嫌う体質がある。今回の学力テスト実施前にも一部教職員組合が妨害するような動きがあったのにはあきれる」という。なんのための競争・評価かがわからない。競争のための競争、評価のための評価なのかと思わざるをえない。「全国レベルと比べ地域や学校がどの位置にいるかが分かる全国一斉テストの利点を生かし、学力向上策を競ってほしい。成績の良い学校や教委の取り組みも参考になるはずだ」というが、学力は、知識面はすでに全体としては十分高いが、地域差など格差があるということが明らかになった。総合学習の導入にもかかわらず、考える力、生きる力、などの学力が弱いことも明らかになった。
 
 競争や評価は、子どもや親や社会の福利や幸福と何の関係があるのか、それがわからないと学習意欲もわかないし、学力向上の動機も得られない。ただ、競争しろとけしかけられても、意欲がわくわけがない。幸福の絶頂と思われたライブドアの東大卒の競争の勝者ホリエモンは、今本当に幸福だろうか? 東北大出で官僚のトップである防衛庁事務次官までのぼりつめた守屋元次官は、軍需企業のゴルフなどの接待を受け、今、国会での証人喚問を受けようとしている。彼は、競争の勝者であるが、それで今幸福だろうか? 人間が腐っても、競争で勝てれば、幸福だと言えるのか? 
 
 「自由進度学習」を導入して、2年後には、子ども達の「楽しさの実感」「自信の実感」「達成の実感」が向上したという愛知県の石浜西小学校の試みは、全国学力テストによる競争と評価の前から行われていることだ。
 
 最後の、「藤井千春・早稲田大教授(49)は「家庭だけに原因を求めるのは危険。人との関係性やモチベーションを作る子ども集団や地域が失われたことも大きい」と説明する。やる気をどう呼び起こすのか。藤井教授は「学力の高い学級では子ども同士の温かい人間関係があり、遠慮なく質問したり、まねしたりする。肝心なのは、子どもを泳がせたり遊ばせたりする教師の指導力と人間性です」と強調する」ということは、競争が破壊し、破壊しようとしているものである。このことを『産経』『読売』は、どう受け止めるのか? 
 
 『産経』『読売』は、考える力がのびていないことにほっとしているのではないだろうか? かれらの書くことを徹底的にあらゆる角度から考える人が大勢出てきたら、こんな社説は、考える力の強い読者から見放され、低い評価しか得られなくなるかもしれないと空想してしまう。
 
 『産経』社説は、最後に「教師が独り善がりの授業をしていないか、家庭でしっかり勉強しているか、今回の結果を率直に受け止め学力向上につなげたい」と主張する。『産経』は、教育というと、教師個人の責任、そして家庭教育での親の責任という具合に、個人に責任を負わせる個人主義的な見方から抜け出ることができない。そして、そこから社会を飛ばして、国家のレベルに飛躍する非現実的な観念主義に陥っている。個と全体(国家)の二つのレベルしかなく、地域・家庭を、国家の道具に変えようとする。
 
 しかし、問題が、関係性にあり、コミュニケーションのレベルにあることは、『毎日新聞』記事からわかる。問題は、個人道徳というレベルでは解決しないということだ。中教審が、道徳教育を提唱しているのは、道徳知識量の増大でしかなく、それは道徳感情と道徳的行為の増大には必ずしもつながらないのである。道徳は、意欲・意志との関係で形成されるもので、社会性と関係している。だから、『産経』のように、そのレベルを無視し、すっ飛ばしてしまえば、個人の道徳心の評価、言い換えれば、説教に終わるだけになる。そして、集団性においてある教育現場の実践や地域・家庭教育実践に対して、企業が不良品を取り除くように、悪い個人を排除し、良い個人だけを残すという形でしか問題解決を考えられず、実際そういうことを主張してきたように、エリート主義になっている。
 
 良い者・優秀な者ばかりで組織される集団の形成というエリート主義的な夢は、実際には、悪夢になる。学力テストの例で言えば、100人のテスト結果で、100点満点を取る者が1人で、他の99人が0点だったら、平均点は、1点であるが、同じ条件で、全員が2点だったら、平均点は2点である。総得点では、前者が100点で、後者は、200点である。前者の100点の1人は、孤立感などの疎外感に悩み、不幸を感じるかもしれない。残りの99人は、ある意味で仲間が多かったことで、連帯感を感じ、劣等感に悩むことがないかもしれない。
 
 集団の総合力と集団性格と個人の力と性格・能力は異なり、質的にも異なるものである。集団の力は、個人の力の単純な総和ではなく、その集団の性格・内容によるものである。個人評価の和では集団の評価はできないということだ。
 
 例えば、映画『釣りバカ日誌』シリーズの主人公ハマちゃんは、不良で個人評価の低いダメ社員だが、会社内では、円滑な人間関係を形成する柱であり、会社を超えた釣りという趣味を通した人脈のネットワークを持っていて、それが時に、仕事上も役に立っている。このような行為や人物を評価するには、個人主義やそれと結びついた能力主義を評価基準とすることでは不可能で、集団性格・集団力など集団を評価する基準を必要とする。
 
 それをどう育てるかということについて、『産経』にはまったく現実と合わない発想しかなく、それで、教育を云々することは非現実的である。中教審にもそんな発想というか哲学がないように見える。そんな状態で、全国学力テストだの授業時間の再増加などをしたところで、どうにもならないのではないだろうか?

 新教育の森:学力再考/3 「意欲」指導、悩む公立校(『毎日新聞』10月28日)

 子ども自身が学習計画を立て、助け合いながら勧める愛知県東浦町の石浜西小学校の「自由進度学習」の授業 「ふたを開けてみないと、何人児童が来るかわからないんです」。教師がやや不安そうな表情をしていると、児童たちが集まってきた。黒板の前のエナメル線や方位磁石を手にとり、電磁石作りを始める。理科の授業がにぎやかに始まった。 

 愛知県東浦町立石浜西小の「自由進度学習」と呼ばれる授業で、子ども自身が学習計画を立て、自分のペースで学ぶ。3~6年生で週1~2時間、年間約40時間あり、算数と理科、理科と体育といった同時に進める2教科の授業のうち、好きな方を選んで学ぶ。5年生の小田淑申(よしのぶ)さんは「自由にできてウキウキする。体育も自分で練習法を決められるし、理科も自分で調べている感じがする」と話す。

 石浜西小では、約280人の児童全員が、隣接する県営住宅から通う。うち3割は、保護者が自動車関連の工場などで働く日系ブラジル人などの外国籍だ。経済的に苦しく就学援助などを受ける児童も約20%いる。

 この授業を始めたのは2年前。4年前、赴任した当時の竹内学教諭(28)は宿題をせず、列も作れない児童に途方にくれ、悩んだ。そんな子どもたちが、目に見えて変わった。昨年、児童を対象に意識調査をしたところ勉強の「楽しさの実感」「自信の実感」「達成の実感」のいずれもが向上した。竹内教諭は「できることを用意すれば、子どもはやる」。主に授業内容を企画する竹内淑子教諭(48)は「じっとしているのが苦手で一斉授業では手を焼く子ほど活躍したり。子どもを見る目が変わりました」と話す。

 小山儀秋校長(58)は「他地域と比べうちの子たちの学力は低かった。以前は教員も『努力しても無駄』との雰囲気があったが、児童に意欲が感じられるようになった」と振り返る。
 
 学力が低く、意欲のない子どもの存在は二つの調査からうかがえる。経済協力開発機構(OECD)の03年学習到達度調査(PISA)の読解力問題で、00年に2・7%だった日本の成績最低レベルの層が7・4%に増えた。日米中韓の高校生調査(日本青少年研究所)で「収入があればのんびり暮らしたい」と答えた日本人は42・9%、「がんばっても報われるとはいえない」は26・5%でいずれも最多だった。

 学級崩壊や学力問題に取り組む「プロ教師の会」メンバーで、神奈川県厚木市の小学校に勤める北村則行教諭(58)は「意欲の乏しい子は90年代から目立ち始めた。居残って宿題をするよう指導してもいなくなってしまう。目的を持ち楽しく勉強している子は充実した学びをしており、差は厳然」と話す。「学ぶ子」と「学ばない子」の二極化が進む。成育環境や経済力に恵まれない子を抱える公立校の悩みは深い。

 藤井千春・早稲田大教授(49)は「家庭だけに原因を求めるのは危険。人との関係性やモチベーションを作る子ども集団や地域が失われたことも大きい」と説明する。やる気をどう呼び起こすのか。藤井教授は「学力の高い学級では子ども同士の温かい人間関係があり、遠慮なく質問したり、まねしたりする。肝心なのは、子どもを泳がせたり遊ばせたりする教師の指導力と人間性です」と強調する。=つづく
 
 「授業減らしすぎた」中教審が異例の反省(10月28日『読売新聞』)

 次の学習指導要領を審議している中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)が、近く公表する中間報告「審議のまとめ」の中で、現行の指導要領による「ゆとり教育」が行き詰まった原因を分析し、「授業時間を減らしすぎた」などと反省点を列挙することがわかった。

 中教審はすでに、小中学校での授業時間増など「脱ゆとり」の方針を決めているが、反省の姿勢を明確に打ち出すのは初めて。中教審が自己批判するのは極めて異例だが、反省点を具体的に示さなければ、方針転換の理由が学校現場に伝わらないと判断した。

 中教審は1996年、それまでの詰め込み教育への反省から、思考力や表現力といった学力と、他人を思いやる心などを「生きる力」として提唱。現行の学習指導要領は、この「生きる力」の育成を教育目標に掲げ、小中とも授業内容を3割削ったり、総授業時間数を1割近く減らしたりしたほか、教科を横断した学習で思考力などを身につける「総合学習の時間」の創設を盛り込んだ。しかし、指導要領が実施されると、授業時間の減少により、「基礎学力が低下した」「子供の学習意欲の個人差が広がった」といった批判が相次いだ。

 全国学力テスト “宝の持ち腐れ”にしてはならない(10月25日付・読売社説)

 子どもたちの学力や学習環境に関する膨大なデータが得られた。これをどう教育の改善と学力向上につなげるか。徹底した分析と、その有効活用が今後の課題となる。

 4月の全国学力テストには小学6年と中学3年の222万人が参加した。出題は国語と算数(数学)で、それぞれ知識を問うA問題と、知識の活用力をみるB問題の2種類だった。

 知識の問題には、ほぼ合格点がついた。中学数学だけが平均正答率7割台だったが、他の小学国語、算数、中学国語はいずれも8割を超えた。

 一方、活用問題では、正答率7割台は中学国語のみで他は6割台前半と振るわなかった。国語の「正しく読み取る」「考えをまとめる」、数学の「考えの過程を明確にし説明する」力が弱かった。

 読解力や表現力など、知識応用の力に問題があることは、3年前の国際学力調査などでも指摘されていた。それが今回のテストで再確認された。現在、作業中の学習指導要領改定に反映させる必要がある。各学校でも、授業や指導法の見直し・改善を検討してほしい。

 学校ごとの成績状況は、保護者や教員が最も注目していた点だろう。小、中学校とも、全国平均との標準偏差では大きなばらつきはなかった。だが、全体の1割近くの学校が、B問題を中心に正答率が5割に満たないという実態もある。そうした学校のレベルアップのため、早急な支援が必要になろう。

 子どもの学習環境や生活習慣と、学力の関連性についても分析した。毎日、本を読む子は国語の正答率が良かった。家できちんと宿題する子、朝食をしっかりとる子も正答率は高い。各家庭で子どもの生活環境を改善することが大事だ。

 懸念されるのは、「競争の激化」「学校の序列化」の批判を恐れるあまり、多くの自治体が過剰なほど結果公表に慎重になっていることだ。

 このため、自校の平均正答率などを全国や都道府県単位のデータと比べるのがせいぜいで、自校のある市区町村や、県内他地域のデータなどとの違いは検証できない学校も出てくる。これでは全国津々浦々きめ細かい調査をした意味が薄れないか。保護者の関心も強いだろう。

 全国学力テストの結果は、子どもの学力の一面を示すものに過ぎない。そう関係者も理解して臨んでいるから、43年前まで実施されていた学力テストのような、試験対策での過熱もなかった。

 適度な競争は子どもの学習意欲を高め、学力向上を後押しする。テスト結果を、宝の持ち腐れにしてはならない。

  【主張】全国学力テスト 競争封ぜず学力の向上を(『産経新聞』2007.10.25)

 小学6年と中学3年約225万人が参加した43年ぶりの全国学力テストの結果が公表された。地域や学校間の差から目をそらさず、これを指導改善に生かしてほしい。

 都道府県別のデータをみると、差が意外に大きい。正答率を100点満点で換算すると、小6の国語で上位の秋田と下位の沖縄では基礎問題(A問題)で9点の差、応用問題(B問題)では16点の差がある。中3の数学では基礎、応用とも上位の福井と下位の沖縄で約20点の開きだ。

 なぜ学力の差がでるのか。例えば沖縄では、今回同時に行われた学習時間や生活習慣などの意識調査で、宿題を出す学校が少なく家庭学習の時間が少ない傾向があった。

 一方で成績がよかった秋田では、夏休みの補習などを行っている学校が多く、地道な学力向上策が効果をあげているともいえる。

 もちろん学力差の要因はこれだけではない。教師の指導法や学習環境、学校教育以外の地域状況などさまざまだろう。各市町村や学校にはそれぞれの成績データが送られており、各教委は学力の実態を把握、分析し、課題を明らかにしてほしい。

 今回は、昭和30年代の学力テストで自治体間や学校間の競争が過熱した反省から、文部科学省は市町村別や学校別のランキングは公表せず、都道府県のデータ公表にとどめた。

 教育界には相変わらず競争や評価を嫌う体質がある。今回の学力テスト実施前にも一部教職員組合が妨害するような動きがあったのにはあきれる。

 全国レベルと比べ地域や学校がどの位置にいるかが分かる全国一斉テストの利点を生かし、学力向上策を競ってほしい。成績の良い学校や教委の取り組みも参考になるはずだ。

 学力低下が懸念される中、今回は改善もみられる。平均だけみると基礎問題の結果は8割の出来だ。しかし三角形の内角の和(180度)のように相変わらず苦手な問題もある。

 さらに「ゆとり教育」が目指した問題解決型の応用問題が苦手な傾向も変わらない。

 教師が独り善がりの授業をしていないか、家庭でしっかり勉強しているか、今回の結果を率直に受け止め学力向上につなげたい。

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ブッシュ政権、対イラン強硬策に転換

 10・21反戦共同行動in京都は、4桁結集で大成功したが、世界は、イラク・アフガニスタンをはじめとするアメリカのブッシュ政権による「対テロ戦争」の戦場となっており、さらに、ブッシュ政権が、イランに対する対決姿勢を強めている。
 
 米政界では、対イラン開戦を懸念する声が起きているという。10月17日には、ブッシュ大統領は、イランとの戦争から、第3次世界大戦が勃発することもありうると発言しており、国際紛争の軍事的解決の道を突き進もうとしている。
 
 今、ブッシュの「対テロ戦争」戦線にさらに深く入り込もうというインド洋での海上自衛隊による旧活動継続のための新給油法が福田政権によって、国会上程され、審議が始まった。ブッシュ政権が、イラン攻撃から第3次世界大戦の可能性を口にしている時に、新たな戦場として想定されているイランの近くで、海上自衛隊を活動させようというのである。
 
 それに対して、続々と誕生した対米自立を志向する中南米の左派・中道左派政権の中でも、強硬派であるベネズエラのチャベス大統領は、表現は差別的で不適切なものだが、ブッシュの第3次世界大戦発言を批判している。

 日本の世論は、調査によって、違いが大きいのだが、今月15日の『朝日新聞』の世論調査では、自衛隊給油継続に賛成39%、反対44%と反対が賛成を上回っている。

 ブッシュ政権は、システム化している戦争体制から抜け出せず、戦争利益を貪っている軍需産業の需要を満たすことを止められないのである。
 
 ブッシュ政権は、北朝鮮への融和的な政策を取り、東アジアでの緊張状態を緩和しつつ、中東・アラブ世界という石油利権が絡む地域での、覇権強化に努めているのである。それが、イラクとは違って、イランの場合には、中東・アラブ諸国に散在するシーア派やヒズボラのようなシーア派武装勢力などに飛び火して、拡大し、世界戦争へと発展していく可能性が高いわけである。イラク・フセイン政権は、世俗政権であり、イスラムの支持は弱く、政権党のアラブ・ナショナリズムを掲げるバース党は、国際的には分裂状態にあって、イスラム勢力からの支持は弱かった。それに対して、シーア派は、中東・アラブ世界では、各国に存在していて、中には、その国の人口の多数を占めているところもある。

 世界戦争の危機が、アメリカ大統領の口から語られている中で、日本の自公政権は、「対テロ戦争」に深入りしていこうとしている。そして、それを無責任な保守派論壇が、支持している。「イスラム」対「欧米」という形の世界戦争は、冷戦時代の世界戦争の図式とは違うものだが、それでも、世界戦争となれば、その被害が極めて大きなものになることは疑いがない。その前に、第3次世界大戦も辞さないとも受け取れるブッシュ政権の強硬な外交姿勢を転換させることができれば、破局的な事態は遠のくかもしれない。そういうリアリティを感じさせるブッシュの第3次世界大戦発言であり、対イラン強硬路線への転換である。この地域では、パレスチナの分裂やイスラエルの軍事介入、トルコ軍と交戦しているクルド労働者党の武装部隊に対するトルコ軍のクルドへの越境攻撃の可能性の増大(欧米諸国の説得に応じて、自制しているが)、ヒズボラの戦力回復の国際的な確認、等々、世界戦争の発火点になりうる状態が、日々、新たにつくられているように見える。

 米、対決路線に軸足=対イラン開戦懸念の声(2007/10/26『時事通信』)

 【ワシントン26日時事】米ブッシュ政権は25日、1979年のイランとの断交以来、最も厳しい制裁を同国に科した。国連安全保障理事会を舞台にした国際協調の下、イラン核問題の外交解決を目指すライス国務長官流の柔軟路線は後退を余儀なくされ、ブッシュ政権は圧力を一気に高める対決路線に軸足を移し替えた。米政界では対イラン開戦を懸念する声も起こり、米・イラン間の緊迫は新たな局面に入った。

 ブッシュ氏は異常=「第3次大戦」発言を批判-ベネズエラ大統領(2007/10/26『時事通信』)

 【サンパウロ25日時事】ブッシュ米大統領が17日の記者会見で、イランが核兵器を保有すれば、第3次世界大戦が起きかねないと警告したことについて、ベネズエラのチャベス大統領は25日、ブッシュ大統領の言動は異常であり、「病院に入れるべきだ」と批判した。
 地元紙ウニベルサルによると、チャベス大統領は「彼は核爆弾による第3次世界大戦の脅しをかけている」と強調。精神を病んでおり、治療の必要があると主張した。

   自衛隊給油継続 賛成39%、反対44% 本社世論調査(『朝日新聞』2007年10月16日)

 朝日新聞社が13、14の両日実施した全国世論調査(電話)によると、インド洋での自衛隊による活動の継続について賛成が39%、反対が44%だった。賛成は安倍前首相の辞任表明を受けて実施した9月13日調査の35%からやや増えたものの、なお反対が上回っている。

 政府は自衛隊の活動を継続させるため、現行のテロ対策特別措置法に代わる新法案を国会に提出する方針だが、この新法案の中身についても賛否を聞いたところ、賛成は28%にとどまり、反対が48%を占めた。

 また、福田内閣の支持率は47%で、発足直後の53%からやや下がった。不支持は30%(前回27%)だった。衆院解散・総選挙の時期については「早く実施すべきだ」が9月13日の調査の50%から32%へと大きく減り、「急ぐ必要はない」が43%から60%に増えた。

 望ましい政権の形については、「自民中心」が33%で、「民主中心」32%とほぼ並んだ。9月13日調査では「民主中心」が41%、「自民中心」が33%だった。

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変わり者たちの沖縄集団自決問題の論じ方について

 沖縄「集団自決」問題について、曾野綾子氏と藤岡信勝氏と、曾野氏の記事に関連した池田信夫氏の論評があった。
 
 これらは、沖縄での沖縄「集団自決」への軍関与を削除する検定撤回を求める島ぐるみの運動が高揚したことに対する反応である。
 
 曾野氏の「正論」記事は、カトリック信徒らしいものの見方と道徳観が現れているもので、他の二つとはまったく異質な文章である。彼女にはカトリック的な世界観・人間観があって、善悪を裁くのは、神という絶対的な審判者であって、不完全で堕落し原罪にまみれた人間の分際で、それをするのは、傲慢で不敬であるという考えで、書かれている。
 
 そのことがよく示されているのが、「たまたま私を探して来た地元の記者は、「赤松が自決命令を出したという神話は、これで否定されたことになりましたが」と言った。私は「そんなことはないでしょう。今にも新しい資料が出てくるかもしれませんよ。しかし今日まで赤松が自決命令を出したという証拠がなかったということなんです。私たちは現世で、曖昧(あいまい)さに冷静に耐えなきゃならないんです」と答えた。この答えは今も全く変わっていない」という部分である。彼女は、現世の曖昧さ、あの世での厳正な裁きという対比で、物事を計っているのである。つまり、赤松が自決命令を出したかどうかという事実関係についても、この世の人間まして自分ごときが決められることではないと言っているのである。したがって、赤松の証言も事実かどうかはこの世の人ではわからないということになる。もちろん、その他の彼女が取材した証言者も同じである。つまり、たまたま自分が、ノン・フィクションの取材方法とされるいくつかの原則に沿って、何人かに取材してみたら、赤松氏の直接的命令を証言する人に会わなかっただけだと彼女は言っているだけである。積極的に、取材結果が真実だとは主張していないし、そんなことはできないと言っているのである。
 
 そう彼女がはっきりと書いているのに、池田信夫氏の方は、曾野氏が考える不完全な人間ごときが、事実を判断できるという思い上がった態度で、赤松元隊長やその部下、そして、元巡査だのという証言者の証言のみを真実と断定し、「したがって、赤松大尉を「屠殺者」などと罵倒した大江健三郎氏の記述が誤りであることは明白だ」と批判する。これでは曾野氏と対談しても、全然かみ合わないことだろう。もちろん、事実は判断できるが、それには、国益だの国家主義だの軍への敬意だのという先入観を持ち込んではならない。しかし、池田氏はそれができていないのである。自己分析や方法についての自己反省がないまま、歴史について語ろうとするから、そうなるのである。
 
 座間味島の梅澤隊長についても、なぜか、このところ、記述の誤りを次々と指摘されている秦邦彦氏の本を一方的に信用して、それにこう書いてあるから、梅澤隊長の命令はないと断定している。
 
 そして氏は、なぜか、沖縄住民側の反論を『沖縄タイムス』にのみ依拠して証明しようとして、沖縄戦裁判というホームページがあって、そこに、 宮城初音さんの娘さんの軍の強制による集団自決だったという証言があり、さらに、梅澤隊長が、自決用の弾薬を求めに行った村の重役たちに、今日はお帰り下さいと言っただけで、集団自決をするなと言わなかったという母親の証言を書いているのに、それを無視している。調べようと思えば簡単なことなのに、調べてもいないようだ。
 
 そのくせに、曾野氏の言う「軍国主義的空気に責任があるのは、軍部や文部省だけではない。当時のマスコミは大本営のお先棒を担いだ張本人であった。幼い私も、本土決戦になれば、国土防衛を担う国民の一人として、2発の手榴弾を配られれば、1発をまず敵に向かって投げ、残りの1発で自決するというシナリオを納得していた」というのが本質的な問題だといい、その主な責任は、そういう空気をつくりだしていたマスコミにあると池田氏は、言う。
 
 そしてそこから一般論に飛んで、「慰安婦問題と同様、ここにも「悪いのは軍だけで、民衆は被害者だった」という都合のいい図式があるが、『日中戦争下の日本』にも書かれているように、当時いちばん勇ましかったのは新聞であり、末端の国民まで「生きて虜囚の辱めを受けず」という気分が蔓延していた。その(山本七平のいう)空気が、戦後は一国平和主義という空気に変わっただけで、メディアの幼児性は変わらない。歴史を政治のおもちゃにせず、冷静に事実を検証することができないものか」となる。これでは、どうしようもない。つまりは、ここで、池田氏は、個人主義的な方法に陥っていて、個人の集まりである民衆が、国や軍を動かしたという逆図式を対置しているだけだからである。図式をひっくり返しただけでは単なる頭の体操にしかならない。図式に別の図式を対置しただけである。だから、両方の証言を冷静に対比して考えなければだめなのである。
 
 曾野氏はそうではない。旧約聖書を読んでみればわかるが、キリスト教の神は、戦争を起こし、一方を負けさせ、他方を勝たせるなど、すべてを動かしているのであって、国も個人もすべては神の意志によって動かされているのである。事実もまたしかりであって、だから、「悪いのは軍だけで、民衆は被害者だった」という図式なるものがあるとすれば、それも神がそうさせているだけのことだということになる。カトリック信者でない人には、こういう考えはとうてい理解できないものだ。そういう人が書いているということを心して読まないとだめである。簡単に分かり合える人ではないということだ。
 
 藤岡信勝氏の文章は、飛躍だらけで、イデオロギー性が強くて、事実という概念にもイデオロギーを込めているというものである。

 「隊長は「決して自決するでない」と押しとどめ(座間味島)、集団自決が起こったことを知ったあとは「何という早まったことをしてくれたのか」と嘆き悲しんだ」という隊長自身の証言を事実と断定している。どうして隊長の証言が事実なのかについての証明はなしである。「実証された史実」とする断定は、まだ裁判中の事例についての一方の当事者側に立った主観的主張という段階にある現在では、不適切である。

   それから彼は、「集団自決を主導したのは防衛隊で、時には手榴弾を軍陣地から持ち出して住民に配布した」と断言しているが、この集団自決防衛体主導説は、新説である。それについて、推測している証言があるようだ。自由主義史観研究会のHPにある「今こそ沖縄戦の真実を「教壇」で語ろう集団自決に軍命令はなかった。封印されていた肉声が世に出るまで。2007年6月号/『正論』掲載 服部 剛(横浜市公立中学校教諭」の文章にある元防衛隊宮平氏の証言は、「女子青年団(*軍属のような形で軍に協力した)は、手榴弾を渡されて所持していました。しかし、その他の手榴弾はどこから持ってきたものかわかりません。兵といえども、三名に一丁の三八銃がある程度。だから、住民には請われても渡せません。たぶん島の防衛隊(*民間人で結成された防衛組織)か住民が、軍の保管場所から勝手に持ってきたものでしょう」とあくまでも彼個人の推測として、防衛隊からの手榴弾の住民への流出説が語られているにすぎない。別に彼は、防衛隊が集団自決を主導したとは言っていないし、そうではなく、住民の自発的な行為だろうと推測しているのである。

  そしてこの教師は、「宮平さんの話を聞いて私たちは、追いつめられたということだけで住民が自決に至ったわけではないとの思いに至った。本土並みを希求した沖縄人の〈自分たちは真の日本人なのだ〉という気概が「古来の風習(日本の武士は落城に際して、潔く自刃して城と運命をともにする)」に則った自決へと導いたのではないかと感じた。農民出身ゆえに武士以上に武士道を実践した新撰組・近藤勇らの心情に通じる気迫を感じた」と、勝手な想像にふける。新撰組と沖縄の集団自決に、共通項=武士道を重ねてしまうのである。関係ないものどうしを結び合わせられるのは、観念の上でのこと、想像の中でのことである。武士が、落城して自刃するどころか、敵に内通し寝返ることなど普通にあったことであり、そういう調略も盛んに行われた。それについては調略の名手と言われた山本勘助を主人公とする「天と地と」あたりを見てはどうだろう。また、新撰組は、内部粛清につぐ粛清で、隊員の多くを処刑したが、隊長の近藤勇は最後まで生きのびようとはかった。彼は、「生きて捕虜の辱めを受けず」どころか、生きて捕まった上での見苦しい最期を遂げた。

   藤岡信勝氏は、「プレゼントに送った果物ナイフが殺人に使われたからといって送り主が殺人に「関与」したとはいえないという事例を分析すればわかるように、集団自決への「軍の関与」を認める必要はない」と言うが、この例は、このケースにまったく不適合であることは、誰でもわかるはずだ。集団自決した際に使われた手榴弾は、誰かからのプレゼントだったと言うのか? それこそ、氏が証明しなければならないことだ。いつ誰がどこで何のために、手榴弾を住民にプレゼントしたというのか? 一切説明無しだ。それで、この屁理屈をどうやって信用することができようか? できるわけがない。

  そして、氏は、「そもそも「関与」という定義曖昧(あいまい)・伸縮自在の概念の導入は事態を紛糾・悪化させるだけである。「従軍慰安婦」問題で「軍の関与」がいかに国益を損なう混乱をもたらしたかを一考すればその危険は明らかだ。なぜ政治家は同じ轍(てつ)を踏むのか」として、国益というイデオロギーが重要なのであって、事実関係はどうでもいいということを自ら明らかにしている。彼にとって重要な問題は、国益であって、事実などではないのである。

   「あの戦争で国と国民のために命をかけて戦った軍や軍人を虚偽に基づいてはずかしめるようなことをする国は滅びる。沖縄の県民感情を利用した反軍反国家反体制運動に屈して教科書検定制度を崩壊させてはならない」。ここで、虚偽か事実かということが軽い比重しか占めていないことは、虚偽云々の部分をを抜いてみると、「あの戦争で国と国民のために命をかけて戦った軍や軍人を・・・はずかしめるようなことをする国は滅びる」となり、これだけで文章になっていることでわかる。これを、「あの戦争で国と国民のために命をかけて戦った軍や軍人を事実に基づいてはずかしめるようなことをする国は滅びる」としても通用しそうである。そして、沖縄の県民感情は、反軍反国家反体制運動に利用される被害者的存在でしかなく、沖縄県民の主体性が否定される。ずいぶん沖縄の県民もみくびられたものだ。これは池田氏が批判する民衆=被害者という図式そのものではないか! 人々は、先の戦争時には、主体的自主的に行動し、自発的に集団自決を決意する存在だったのに、今は、左翼に操られ利用される受動的被害者的非自発的な存在になってしまったというのは、どういうことなのだろう? 戦時こそが人々が自由に自発的に行動できるとでもいうのだろうか? 滅茶苦茶である。そして、自分が信じるものが実現できないと、検定制度が崩壊するなどと大げさなことを言う。そして同じ自由主義者であるはずの池田氏は、検定制度廃止を主張する。自由主義者は、検定制度を廃止したいのか、それとも崩壊させてはならないというのか? 保守派・自由主義者もいろいろあって、混乱しているのである。内紛に次ぐ内紛で弱体化し自滅していったのもむべなるかなである。

沖縄「集団自決」をめぐる事実と政治
2007-10-23
きょうの産経新聞で、曽野綾子氏が、沖縄の「集団自決」について語っている。私は、この問題については一次資料を見たことがないが、雑誌の企画で曽野氏と対談することになったので、『「集団自決」の真実』を読み返してみた。

 曽野氏の調査によれば、命令を出したとされる赤松隊長も隊員も、「上陸した米軍への応戦で手一杯で、自決命令を出しに行くどころではなかった」と証言している。ただし米軍の砲撃が始まって混乱に陥ったとき、(正規の訓練を受けていない)防衛応召兵が、隊長の命令なしに手榴弾を住民に渡したことは事実らしい。

 住民の証言では、当時の村長が「軍の命令だから自決しろ」と言ったというのだが、当の元村長は「私は巡査から聞いた」という。その元巡査は、赤松大尉から逆に「あんたたちは非戦闘員だから、最後まで生きて、生きられる限り生きてください」といわれた、と証言した。ではなぜ集団自決が起こったのか、という点について元巡査は「どうしても死ぬという意見が強かったもんで、わしはサジ投げて・・・」と語っている。したがって、赤松大尉を「屠殺者」などと罵倒した大江健三郎氏の記述が誤りであることは明白だ。

もう一つの座間味島についても、当時の隊長だった梅澤裕氏が赤松元大尉の遺族とともに、岩波書店と大江氏らに対して名誉毀損訴訟を起こしている。座間味島については、秦郁彦氏が『歪められる日本現代史』で梅澤氏の手記や住民の証言をもとに検証しているが、ここでも自決するための爆薬を求める村の助役ら5人に対して、梅澤少佐が「決して自決するでない。壕や勝手知ったる山林で生き延びてください」と答えた、と当時の村の幹部が証言している。遺族会の会長(当時の助役の実弟)は「集団自決は梅澤部隊長の命令ではなく、助役の命令で行なわれた。これは私が遺族補償のため隊長命として[厚生省に]申請したものだ」というわび証文を梅澤氏に渡している。

 これに対して沖縄の住民側の主張は、沖縄タイムスにまとめられているが、上のような証拠はなく、「11万人結集 抗議/人の波 怒り秘め/真実は譲らない」といった情緒的な記事ばかり。沖縄戦では、この両島以外にも集団自決の伝えられている島があるが、沖縄タイムスは他の島でも「軍の強制」の証拠を示していない。したがって、これまでの証言・証拠からみるかぎり、末端の兵士の関与はあったものの、隊長の命令があったとはいえない。まして、軍の方針として集団自決が強制されたということはありえない。

今回、問題になった検定では、たとえば三省堂の『日本史A』では「日本軍に『集団自決』を強いられたり、・・・」という記述が「追いつめられて『集団自決』した人や・・・」というように「日本軍」という主語を削除するように求められたものがほとんどである(強調は引用者)。上のような実態を考えると、後者のほうが中立的な表現だろう。

  私は教科書検定という制度に反対なので、この検定意見を擁護しようとは思わないが、沖縄タイムスの記事を見ても、軍が集団自決を命じたとか強制したという証拠は他の島にもない。むしろ軍が命令もしていないのに、民間人が自発的に集団自決したとすれば、そのほうがはるかに恐るべきことである。曽野氏もいうように戦争中の日本の空気を私はよく覚えている。[・・・]軍国主義的空気に責任があるのは、軍部や文部省だけではない。当時のマスコミは大本営のお先棒を担いだ張本人であった。幼い私も、本土決戦になれば、国土防衛を担う国民の一人として、2発の手榴弾を配られれば、1発をまず敵に向かって投げ、残りの1発で自決するというシナリオを納得していた。
  というのが本質的な問題だろう。事実関係の検証もしないで「11万人集会」や九州知事会で検定の訂正を求めるなど、政治的な動きが拡大し、それに屈した形で文部科学省が教科書の「自主的な訂正」を認める、という経緯には疑問を感じる。慰安婦問題と同様、ここにも「悪いのは軍だけで、民衆は被害者だった」という都合のいい図式があるが、『日中戦争下の日本』にも書かれているように、当時いちばん勇ましかったのは新聞であり、末端の国民まで「生きて虜囚の辱めを受けず」という気分が蔓延していた。その(山本七平のいう)空気が、戦後は一国平和主義という空気に変わっただけで、メディアの幼児性は変わらない。歴史を政治のおもちゃにせず、冷静に事実を検証することができないものか

【正論】集団自決と検定 拓殖大学教授・藤岡信勝 “トリック報道”で世論誘導
2007.10.24 04:06

このニュースのトピックス:慰安婦問題
 ■「軍の関与」も認めてはならない

 ≪一点の瑕疵もない検定≫

 高校日本史の教科書検定で「沖縄集団自決」に日本軍の「命令」「強制」があったとの記述を修正させた問題で、政府・文科省は修正前の記述の趣旨の復活を認める方針に大転換した。検定意見の撤回はしないが、もとの記述を何らかの表現で回復しようとする教科書会社の訂正申請があればこれを「真摯(しんし)に検討」するというのである。今ごろは10月末の申請をめどに教科書執筆者と文科省の間で水面下のすりあわせが行われているはずである。重大な局面にあたり改めて問題の原点から考えたい。

 従来、「軍命令説」の根拠とされてきたのは、座間味島と渡嘉敷島のケースだった。しかし、どちらのケースについても、当時島に駐留していた日本陸軍海上挺進(ていしん)隊の隊長は、住民に集団自決を命令していなかった。それどころか、集団自決のための武器・弾薬を求めに来た住民に対し、隊長は「決して自決するでない」と押しとどめ(座間味島)、集団自決が起こったことを知ったあとは「何という早まったことをしてくれたのか」と嘆き悲しんだ(渡嘉敷島)。

 こうした事実が明らかになった近年の動向を反映して検定意見がつけられ、例えば「日本軍の配った手榴弾(しゅりゅうだん)で集団自決と殺し合いをさせ」という「命令」「強制」を含意する表現を改め、「日本軍の配った手榴弾で集団自決と殺し合いがおこった」(実教出版・日本史B)と修正された。文部科学省の今回の検定は、国会の定めた法律に基づく法秩序と手続きに従って、実証された史実を根拠に適切に行われたものであり、その内容を見ても少しも行き過ぎたところはなく、一点の瑕疵(かし)もない。これをひっくり返すいかなる道理も存在しない。

 ≪防衛隊と日本軍の混同≫

 日本軍が無辜(むこ)の住民に自決を強要するほどの悪逆非道な存在であったことにしたい一部マスコミは、正面から「命令」「強制」を論証できないので、住民の証言を持ち出して世論誘導を図っている。その際、トリックの材料として用いられているのが防衛隊の存在である。

 米軍来襲時、島には(1)陸軍の正規部隊たる将兵(2)防衛隊(3)一般住民-の3種類の人々がいた。防衛隊とは昭和19年7月に帝国在郷軍人会沖縄支部が市町村の集落単位で中隊を編成したもので、法令的な根拠はなく、住民の義勇隊という性格のものだ。中国戦線から帰還した、村長など村の顔役が隊長を兼ねて行政と一体化し、日常の生活は家族と起居をともにしていた。

 手榴弾は防衛隊に米軍上陸の際の戦闘用に支給したものであり、自決用に一般住民に配布したのではない。集団自決を主導したのは防衛隊で、時には手榴弾を軍陣地から持ち出して住民に配布した。「兵隊さんから手榴弾を渡された」という住民の証言は、防衛隊を日本軍と混同しているのだが、マスコミはこの事実をよく知りながらイメージ操作のため確信犯的にこの混乱を利用しているのである。

 ≪「軍命令説」と同じ虚構≫

 もう一つのトリックは、「軍の関与」という言葉である。これはマスコミの世論操作であると同時に、政府の「落としどころ」として喧伝(けんでん)された経過がある。すでに8月段階で伊吹文科相(当時)は、「『軍の関与』という表現であれば、次回の検定で問題とはならないだろう。出版会社にお願いしてはどうか」と沖縄選出の自民党議員に水を向けていた。

 しかし、プレゼントに送った果物ナイフが殺人に使われたからといって送り主が殺人に「関与」したとはいえないという事例を分析すればわかるように、集団自決への「軍の関与」を認める必要はない。「軍の関与のもとに集団自決が起こった」という文を作ってみればわかるように、これは結局「軍命令説」や「軍の強制」と同じ虚構を教えることになる。

 集団自決は悲しい出来事だが、当時の日本人の心理状態では米軍が上陸すれば日本中どこでも起こった可能性がある。現に沖縄で日本軍不在の地でも集団自決は起こっている。

 そもそも「関与」という定義曖昧(あいまい)・伸縮自在の概念の導入は事態を紛糾・悪化させるだけである。「従軍慰安婦」問題で「軍の関与」がいかに国益を損なう混乱をもたらしたかを一考すればその危険は明らかだ。なぜ政治家は同じ轍(てつ)を踏むのか。

 あの戦争で国と国民のために命をかけて戦った軍や軍人を虚偽に基づいてはずかしめるようなことをする国は滅びる。沖縄の県民感情を利用した反軍反国家反体制運動に屈して教科書検定制度を崩壊させてはならない。(ふじおか のぶかつ)

【正論】集団自決と検定 作家・曽野綾子 それでも「命令」の実証なし
2007.10.23 03:42
 ■戦争責任と曖昧な現実に耐えること

 ≪大江氏の『沖縄ノート』≫

 1945年、アメリカ軍の激しい艦砲射撃を浴びた沖縄県慶良間列島の幾つかの島で、敵の上陸を予感した島民たちが集団自決するという悲劇が起きた。渡嘉敷島では、300人を超える島民たちが、アメリカの捕虜になるよりは、という思いで、中には息子が親に手をかけるという形で自決した。そうした事件は、当時島にいた海上挺進第3戦隊隊長・赤松嘉次大尉(当時)から、住民に対して自決命令が出された結果だということに、長い間なっていたのである。

 1970年、終戦から25年経った時、赤松隊の生き残りや遺族が、島の人たちの招きで慰霊のために島を訪れようとして、赤松元隊長だけは抗議団によって追い返されたのだが、その時、私は初めてこの事件に無責任な興味を持った。赤松元隊長は、人には死を要求して、自分の身の安全を計った、という記述もあった。作家の大江健三郎氏は、その年の9月に出版した『沖縄ノート』の中で、赤松元隊長の行為を「罪の巨塊」と書いていることもますます私の関心を引きつけた。

 作家になるくらいだから、私は女々しい性格で、人を怨みもし憎みもした。しかし「罪の巨塊」だと思えた人物には会ったことがなかった。人を罪と断定できるのはすべて隠れたことを知っている神だけが可能な認識だからである。それでも私は、それほど悪い人がいるなら、この世で会っておきたいと思ったのである。たとえは悪いが戦前のサーカスには「さぁ、珍しい人魚だよ。生きている人魚だよ!」という呼び込み屋がいた。半分嘘(うそ)と知りつつも子供は好奇心にかられて見たかったのである。それと同じ気持ちだった。

 ≪ないことを証明する困難さ≫

 これも慎みのない言い方だが、私はその赤松元隊長なる人と一切の知己関係になかった。ましてや親戚(しんせき)でも肉親でもなく、恋人でもない。その人物が善人であっても悪人であっても、どちらでもよかったのである。

 私はそれから、一人で取材を始めた。連載は文藝春秋から発行されていた『諸君!』が引き受けてくれたが、私はノン・フィクションを手掛ける場合の私なりの原則に従ってやった。それは次のようなものである。

 (1)愚直なまでに現場に当たって関係者から直接談話を聴き、その通りに書くこと。その場合、矛盾した供述があっても、話の辻褄(つじつま)を合わせない。

 (2)取材者を怯(おび)えさせないため、また発言と思考の自由を確保するため、できるだけ一人ずつ会う機会をつくること。

 (3)報告書の真実を確保するため、取材の費用はすべて自費。

 今日はその結果だけを述べる。

 私は、当時実際に、赤松元隊長と接触のあった村長、駐在巡査、島民、沖縄県人の副官、赤松隊員たちから、赤松元隊長が出したと世間が言う自決命令なるものを、書き付けの形であれ、口頭であれ、見た、読んだ、聞いた、伝えた、という人に一人も会わなかったのである。

 そもそも人生では、「こうであった」という証明を出すことは比較的簡単である。しかしそのことがなかったと証明することは非常にむずかしい。しかしこの場合は、隊長から自決命令を聞いたと言った人は一人もいなかった稀(まれ)な例である。

 ≪もし手榴弾を渡されたら≫

 この私の調査は『集団自決の真相』(WAC社刊)として現在も出されているが(初版の題名は『或る神話の背景』)、出版後の或る時、私は連載中も散々苛(いじ)められた沖縄に行った。私は沖縄のどのマスコミにも会うつもりはなかったが、たまたま私を探して来た地元の記者は、「赤松が自決命令を出したという神話は、これで否定されたことになりましたが」と言った。私は「そんなことはないでしょう。今にも新しい資料が出てくるかもしれませんよ。しかし今日まで赤松が自決命令を出したという証拠がなかったということなんです。私たちは現世で、曖昧(あいまい)さに冷静に耐えなきゃならないんです」と答えた。この答えは今も全く変わっていない。

 戦争中の日本の空気を私はよく覚えている。私は13歳で軍需工場の女子工員として働いた。軍国主義的空気に責任があるのは、軍部や文部省だけではない。当時のマスコミは大本営のお先棒を担いだ張本人であった。幼い私も、本土決戦になれば、国土防衛を担う国民の一人として、2発の手榴弾(しゅりゅうだん)を配られれば、1発をまず敵に向かって投げ、残りの1発で自決するというシナリオを納得していた。

 政治家も教科書会社も、戦争責任を感じるなら、現実を冷静に受け止める最低の義務がある。(その あやこ)

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10・21反戦共同行動in京都大成功

 ネット内の報告によると、「10・21反戦共同行動in京都」は、主催者発表1050人(その他、900人、1200人という個人報告もある)の4桁の参加人数で、大成功した。

 4桁は、6月15日の日比谷公園での反戦集会1000人に並び、首都圏と関西の人口差からすると、6・15を上回る大結集だったことになり、この枠での反戦運動が、拡大したことを示している。この反戦運動が右肩上がりに発展しつつあることが明らかになったのである。これは、今後の全国展開にはずみがつく成功であり、そして、このような枠組みの反戦運動が、政治的に大きな位置を持ち、さらに、大衆的諸運動の政治的流動化の契機となるだろう。

 今日付けの『読売新聞』社説は、参議院での与党惨敗から安部総理の退陣などの過程で止まっている憲法審査会を機能させ、改憲論議を開始するように小沢民主党に迫っている。福田総理は、改憲には消極的だし、給油新法でも、民主党が参議院を握っている政局に配慮して、大幅な譲歩をしているように、安部路線を清算しつつあるが、安部路線を支持した自民党内保守強硬派は消えたわけではなく、かれらは復権の機会をうかがっているのだから、反戦運動は今後も重要である。『読売新聞』は、米国のエージェントとして、アーミテージ報告に示されている9条改憲、イギリス並みの軍事同盟への日米同盟の改変などを実現するために、世論形成を狙っている。

 いずれにしても、6・15東京・首都圏に続く10・21京都・関西での反戦共同行動の大成功が、全国の反戦運動を勇気づけ、元気にすることで、テロ特措法延長策動や9条改憲やアメリカの「対テロ戦争」路線などを撃つ反戦派の力を増大させることを願っているし、そうなるだろうし、そうしなければならない。

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ブッシュ大統領が第3次世界大戦を口にした

 ついに、ブッシュ大統領が、第3次世界大戦の可能性を口にした。
 
 18日の『時事通信』の記事によると、ブッシュ大統領が、第3次世界大戦が起こるのは、イランが核武装して、イスラエルを破壊しようとした時である。それを防ぐには、イランの核開発を阻止しなければならないと言うのである。
 
 ブッシュ大統領が言うのは、イスラム対イスラエル・アメリカ陣営の間で開始される世界大戦のことである。それは前に書いたように、すでに始まっていると見るべきである。ブッシュ政権が押し進める「対テロ戦争」は、その一過程になりつつある。
 
 10月11日付「イラク・レジスタンス・レポート」によるとイラクのレジスタンス6組織が政治評議会を編成した。
 
 パレスチナでは、「15台の軍事車両やブルドーザーに援護されたイスラエル占領軍がガザ地区南部ラファハのガザ空港を完全に制圧し、ハマースが実権を握る執行部隊のメンバーを撤退させた後、同空港を軍事拠点に変えた」。イスラエル軍は、パレスチナ領内で好き勝手に振る舞っている。
 
 アメリカは、イスラエルを政治的に支持しているばかりではなく、武器を与え、アドバイスも与えている。
 
 イスラエルの不法なパレスチナの占領は、「47年の国連決議は2つの独立を認めた。そのときの領土は55%がイスラエル、45%がパレスチナ、それが戦争を経て77%と23%になってしまった。現在、18%から11%に激減してしまっている」という有様である。そして、「この数ヶ月の間にパレスチナ人140人がイスラエル軍に殺害されている。うち7人は子供である。また、不法に入植地を拡大している。3日前にも1950戸を分け与えている。ガザ地区はイスラエルに包囲され、パレスチナ人の人権は満たされていない」というひどい状態が今続いているのである。
 
 アラブ・イスラム世界の民衆のパレスチナ人への同情と連帯の感情は、広く深いものだ。今、ひどい状態にあるイラクからさえ、昨年のイスラエル・レバノン戦争の際には、パレスチナへの義勇兵参加を表明する大集会が開かれたほどである。
 
 世界大戦の火種をくすぶらせ、燃え上がらせているのは、アメリカとイスラエルであって、イラク戦争・アフガニスタン戦争が、その軍事的最前線である。パレスチナは、政治的・象徴的な最前線であり、集約点である。ブッシュ大統領の「対テロ戦争」は、これらの地域において、重層的な矛盾を厚く蓄積させているのであり、それがやがて連鎖していき、爆発していく可能性を日々生みだしているのである。
 
 それがブッシュ大統領の言う第3次世界大戦になっていくかもしれないのである。ブッシュ大統領は、もちろん、それをイランへの脅迫の言葉として使っているだけかもしれないのだが、現実を見ると、そのリアリティを増しつつあると思わざるをえない。第3次世界大戦という冷戦時代にリアリティをもって語られていたことが、冷戦終了後、わずか十数年の内に、ふたたびリアリティをもって、アメリカ大統領の口から語られるようになろうとは、予想もしなかったことだ。
 
  反戦運動が重要な意義を持つ時代になったのである。

  「第3次大戦」を警告=イラン核問題で米大統領 (時事通信2007/10/18)

 【ワシントン17日時事】ブッシュ米大統領は17日の記者会見で、イランが核兵器を保有すれば、第3次世界大戦が起きかねないと警告し、イランの核開発阻止を訴えた。
 ブッシュ大統領は「イランが核兵器を保有すれば、世界平和への危険な脅威になる。イランにはイスラエルの破壊を欲している指導者がいる」と危機感を表した上で、「第3次世界大戦を回避したいのなら、イランが核兵器製造技術を入手する事態を阻止しようと思わなければならない」と強調した。

  本澤二郎の政治評論(パレスチナとイスラエル):本澤二郎

 判官びいきの日本人は、軍事力で圧倒しながら超大国が支援をするイスラエルよりも、貧しいパレスチナに同情が集まりがちである。
 そもそもここにユダヤ国家を押し付けたことに問題の根源があるが、ともあれ47年の国連決議は2つの独立を認めた。そのときの領土は55%がイスラエル、45%がパレスチナ、それが戦争を経て77%と23%になってしまった。現在、18%から11%に激減してしまっているという。
 「これでは到底、国家とはいえない」と悲嘆にくれるパレスチナの人々に同情、イスラエルの暴走に反発を示してしまうだろう。
 「この数ヶ月の間にパレスチナ人140人がイスラエル軍に殺害されている。うち7人は子供である。また、不法に入植地を拡大している。3日前にも1950戸を分け与えている。ガザ地区はイスラエルに包囲され、パレスチナ人の人権は満たされていない」
 これは10月17日、日本記者クラブでの独立派の立法評議会議員の訴えである。こればかりではない。分離壁による人権侵害もすさまじい。イスラエルの入植地に分離壁が作られ、そこに574箇所の検問所が設置され、パレスチナ人の自由な行動を阻止しているという。4万5000人の街をそっくり壁で囲い込み、出入り口をイスラエル兵士が監視している。まるで東西ドイツの壁が、いまパレスチナにおいてイスラエルによって壁がいたるところに設置されている。
 どうしてこんな非道な行為が可能なのか。
 パレスチナ人の目には「イスラエルの軍事力と米国の後押し」と映る。「核弾頭が500発以上あるイスラエルは軍事大国だ。空軍はイギリスを、核はフランスをそれぞれ上回る。武器を中国にも輸出している。米国でのロビー活動は台湾を上回っている」という。うなずける話だ。
 参考までに「どうしてイスラム原理主義は次々と生まれるのか」と聞いてみた。
 「貧困である。若者に希望が持てないことだ。二つ目に民主主義が確立していないため、意見を述べる場所がないので地下にもぐることになる。そして三番目にパレスチナ問題がある。この三つを解決することが、問題の核心なのである」
 これも納得できようか。
 イスラエル大使の10月3日の発言はどうか。「ハマスは区別する必要がある」といってハマス排除を強く要求してやまない。そして「毎日ロケットが飛んできている。ハマスの軍事力強化」を問題にする。背後のイランに怒りをぶつける。パレスチナにとっての米国は、イスラエルにとってイランというのである。
 新たな不安は、イランとの戦争が起きるのか?目下、誰もわからない。米国はイラクで泥沼にはまって身動きがとれない。イラク情勢はイランも無関係ではない。パレスチナ問題はイスラエル・イラン・イラク・米国の利害もからんでいることがわかる。
 ヒトラーに虐げられたユダヤのイスラエルは、パレスチナでは逆転しているようにも映る。日米同盟で中東に突っ込むと大変なことになることがわかろう。9条が最高だ。(2007年10月20日)

  10月11日付「イラク・レジスタンス・レポート」
 ◆レジスタンス6組織が政治評議会を編成
Six Iraqi Resistance groups form Political Council for the Iraqi Resistance

 サラフィ・イスラム潮流とモスリム同胞団傘下のレジスタンス6組織は、イラ
ク・レジスタンス政治評議会を編成したと発表した。イスラム・メモが11日午
後2時26分に伝えた。

 イスラム・メモによると、これらの組グループは、完全な独立を達成するため
に外国占領軍からイラクを解放することを呼びかけ、声明を発表した。政治評議
会に参加した6組織には、イラクにおいて占領に反対する武装闘争を戦ってきた
5つの主要勢力のうち2つが代表を送った。

 同評議会に加わった6組織のうち4組織は<改革とジハード戦線>の構成組織
で、具体的にはイスラム軍、ムジャヒディン軍、ファティヒーン軍、アンサール
・アッ・スンナ・シャリア委員会である。いずれもイスラム教のサラフィを源流
としている。

 他の2組織は、イラクのハマス運動とイラク・レジスタンス・イスラム戦線
(通称=ジャマ)である。この2組織はモスリム同胞運動に根ざしている。

 イラクで米占領軍と武装闘争を戦っている3つの主要ブロックは、今回の政治
評議会に参加していない。それはイスラム法学者協会に啓発された<ジハードと
変革戦線>、バース党指導者イザット・イブラヒム・アッ・ドーリを司令官に選
出した22のレジスタンス組織が参加して新たに発足した<ジハードと解放の最
高司令部>、アルカイダのイラク・イスラム国家である。

 ※訳者註: アルカイダが参加してないのは当然で、むしろ一般市民を攻撃す
るアルカイダを排除したものと理解してよい。またイスラム法学者協会は、一般
市民の犠牲を減らすために、市民が巻き添えになる可能性の強い場所では、米軍
への攻撃を控えるようレジスタンス各組織にも呼びかけてきた。怯える米兵が誰
彼かまわず周囲に発砲することは、このレジスタンス・レポートでも繰り返し伝
えてきている。 

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平和への想像力・イマジンを!

 18日、大手各紙は揃って、テロ対策特措法に代わる新法の国会提出を受けて、この問題を社説で取り上げた。
 
 『産経』社説は、小沢民主党批判が主で、新法成立は当然とする論調である。『東京新聞』は、「テロとの戦い」の実態や成果がわかりにくいことなどをあげて、慎重審議を求めている。
 
 『読売新聞』社説は、「国際社会の「テロとの戦い」から、日本が離脱することはできない」として、アメリカ主導の多国籍軍型のこの作戦に対して日本が協力するのは当然だと主張する。新法によって行う海上自衛隊の「海上阻止活動には、米英独など7か国15隻が参加し、国際法に基づき乗船検査などを行っている。武力攻撃をするわけではなく、海上警察行動に近い」と言うのである。つまり、この程度のことをしたから、あるいはそれを止めたからといって、日米同盟や国際社会との関係をどれだけ大きく傷つけるというのだろうか? 明らかに、新法推進派は、事態を誇張して、問題を大きく描きすぎている。
 
 給油代水代を支援金として払ってもそれほど貢献度に変わりはないだろう。ただ、目に見える形での汗をかく貢献が必要だという湾岸戦争時のトラウマにとらわれているだけではないのか? 
 
 それに対して、『毎日新聞』社説は、湾岸戦争のトラウマでもなく、「「テロとの戦争」は、根本的に見直す必要がある」ので、「インド洋での給油給水活動をやめるか続けるかと突き詰めるなら、停止して諸外国の失望や批判、あらぬ誤解を呼ぶより、継続して国際社会に発言力を保つ方が現実的だと私は思う」というのである。それは、イラク・アフガニスタンで出口が見いだせないアメリカに現実を変えるための発言力を確保するべきだからだというのである。
 
 社説は、「その際、大きな要因はイスラムへの対応だ。イスラム圏の反米感情は強い。一方ではイスラム世界の反感を買って反米勢力の先鋭化を促し、他方では急進イスラム組織との戦いに国際社会の協力を求める。そんな米国の姿勢、非効率的とも映る戦いの構図は少なくとも改めるべきだ。対テロ戦争が明確な対イスラム戦争になれば、もはや出口はなくなるだろう」と言う。文明観の戦争、中東の野蛮を平定する民主化の十字軍などの不用意で驕り高ぶったアメリカのイスラムへの態度、パレスチナを抑圧し続けているイスラエルへの露骨な支持と支援、誤爆やクラスター爆弾や劣化ウラン弾などの非戦闘員とりわけ子どもたちを傷つけ殺害する兵器の使用、等々、イスラム圏の民衆の反米感情は、深まり広がる一方だ。
 
 叩いても叩いても後から後から民衆から供給されるイスラム武装勢力に対して、アメリカ軍では、志願者が減少し、兵士の確保も難しくなり、非行少年の矯正プログラムである警察による軍事的訓練(ブート・キャンプ)の受講を軍隊入隊への資格とし、下層からの最前線兵士のリクルートを狙っている。こうして、イスラムの貧困な若者たちとアメリカの下層の若者(多くが移民の子どもたちだ)が、殺し合わされるという痛ましい事態が繰り返されるのである。
 
 このような現実を変えるために日本ができる国際貢献は何かと考えるべきだというのが『毎日』社説の主張である。戦列に止まりつつ、米国に直言する立場を確保し、金でしか国際貢献できないならできないで、それを外交によって国際社会を納得させるというのも一つの方策だというのである。アメリカとの同盟関係を変えたいというのは、EUも同じであり、そのためにNATOの再編とか欧州軍の創設などが考えられている。日本でも東アジア共同体構想が検討はされているが、それは地域安保としてというよりも、経済レベルの話である。アフリカではアフリカ共同体(AU)があり、地域内の紛争処理にあたってはいるが、紛争を解決に導く力はまだまだ弱い。
 
 イスラム圏においては、アラブ連盟などの国際機構があるが、それもこの間の地域内の諸事件に対して、十分に対応できてはいない。インドとパキスタンは、アメリカとの関係を強化する競い合いを行っており、共に核武装しているために、余計に、自己の安全をアメリカに依存するように動いている。アメリカとの関係が悪化した方が、安全保障上、不利な立場に追い込まれてしまうからである。
 
 アメリカがイラクとアフガニスタンで出口を見失っているのは確かである。パレスチナ問題でも、そうである。ガザ地区のハマス政権とヨルダン川西岸地区のファタハ政権に分裂したパレスチナに対して、一方的にファタハ政権をアメリカとイスラエルは支持し、ハマス政権を孤立化させ、弱体化させようとしている。しかし、ハマスは、ガザ地区に閉じこめられているとはいえ、レバノンのヒズボラをはじめ、アラブ・イスラム諸国内には、ハマスを支持するイスラム勢力が数多くおり、しかも、民衆の広い支持がある。そしてこのままでは、ブッシュの中東和平ロードマップも破綻しているし、ましてや中東民主化構想など、どっかに吹っ飛んでしまっている。
 
 こんな有様の「テロとの戦い」から離脱することはできないと『読売』が強弁するのは、無茶というものだ。イラク・アフガニスタンに軍隊を派遣している国の多くで、早期撤退を求める世論が多数になっている。世論にしたがって、イラクから撤退した国もある。アメリカでも、民主党は、早期撤退を主張している。

 『読売』は、「現行法の期限切れが目前に迫っている以上、対案は具体的で、すぐに実行可能なものでなければならない」と脅かして、せかすが、それは、アーミテージ報告にある自衛隊の恒久派遣法の制定などのアメリカの対日政策のエージェントだからである。
 
 現行法が期限切れだからといって、国際貢献や「対テロ戦争」への対応などの重要な課題を無理に急ぐ必要はない。それは、『東京新聞』社説の言うとおりである。
 
 戦争でテロはなくならないという反戦派の主張は正しい。むしろ、戦争が日常化し、戦争が正常な現象と化し、それに慣れてしまうことが、さらなるテロや場合によっては新たな戦争や戦争の連鎖を引き起こす可能性を増大させている。ブッシュの「終わりなき戦争」は、戦争の日常化・戦争の制度化を通じて、現存秩序やシステムをゆらしつづけることによって、世界的な破壊の連鎖を引き起こしかねないのである。
 
 このような戦争の制度化にたいして抵抗の制度化を対置する必要があるのは明らかである。戦争の日常化・制度化は、非行少年の矯正プログラムの軍事化や健康エクササイズの軍事化(ブート・キャンプ化)などとして現われている。社会の軍事化は、日本の保守派が教育の軍事化として教育基本法改定運動などで狙ってきたところでもある。軍隊や軍事を聖化するかれらの狙いは、靖国神社公式参拝推進の動きに示され、あるいは旧日本軍を聖化する歴史修正主義の言説の構築の努力に現われた。しかし、その狙いは、特に、沖縄での住民集団自決の軍の強制の記述を削った教科書検定に対する空前の島ぐるみの抗議の声によって、挫折せしめられた。保守派が期待した安部総理は、民意によって打倒され、かれらの一部は、沖縄の感情を尊重するとして、妥協しはじめた。またかれらは、集会参加人数が過大だとして、写真から数を数えたりしている。しかし、沖縄県議会をはじめ沖縄の地方議会で、代議員の全会一致の抗議と検定撤回を求める決議があがっており、代議制民主主義の制度上、沖縄県民の島ぐるみの意志が、すでに示されているのであり、それは集会参加人数がどうだろうと変わりはない。『産経』その他の保守派は、せこすぎである。
 
 来る10月21日に、ずっと先頭に置いてある京都で「このままでええの!!日本と世界 10・21反戦共同行動in京都」が行われる。参加団体は、京教組などの労組から東西本願寺の非戦・平和グループ、障害者団体、在日団体、反戦市民運動など多彩であり、広がりのある催しとなりそうである。これは、6・15の東京の日比谷公園での反戦集会に続くものであり、これが成功すれば、全国運動化していくだろう。東京では、「9条改憲阻止の会」のテロ特措法反対の国会前座り込み闘いが、15日から始まっており、全国キャラバン用の「9条改憲阻止の会」の闘いの記録ビデオが制作されている。社会の軍事化・軍隊的規律の社会化の動きは、9条の思想と真っ向から対立する。アメリカ社会が、「対テロ戦争」にともなう戦時社会化や監視社会化の中で、人々が、人権や自由や権利の制限の中で窒息させられ、かつてのような自由と民主主義の理想の国というイメージが崩壊し、世界の人々は、アメリカへのあこがれや理想を持てなくなってしまった。ハリケーン・カトリーナの被害は、アメリカ社会の驚くべき格差と貧困の現実を否応なく、世界の人々に見せつけた。豊かで自由な国、アメリカンドリームの国、アメリカは、今は見る影もない。
 
 そのアメリカにどこまでもついていこうという『読売新聞』や福田政権の時代遅れな考えには、夢も希望もない。今のアメリカのようになってはいけないのである。貧困や格差が大きくては、試行錯誤する機会が小さくなり、一握りの者たちに独占される富は、寄生的な投機や奢侈で浪費されがちになり、社会の活力が失われていく。アメリカでのサプライム・ローンの破綻問題は、アメリカの富が、寄生的な性格を強めていることの証左である。ローンの仕組みを十分に知らない貧困層に甘言をろうして住宅を購入させ、破綻するや、ローン地獄に追いやる。国家予算の多くを「対テロ戦争」の戦費にさき、軍需産業や戦争ビジネスが儲かるように暖かい配慮を示してやるが、公的医療制度は、医療保険会社の利益に配慮して、先延ばしにされる。
 
 日本では、安部政権が設置した「美しい国」なんとかの会議開催で、何千万円もの予算が使われていたことが発覚した。一方では、こんな無駄遣いが行われていながら、他方では、厚生労働省が生活保護基準の引き下げを検討し始めたという。最低賃金のアップや景気回復で一部地域の一部業種で人手不足が起きているというのにである。成長による自然増収という竹中路線は否定され、財政再建優先に路線転換が進んでいるというのである。増税論議も経済財政諮問会議で始まったという。現在、小麦・ガソリンなど生活関連商品の値上げが続いており、それによる消費税増収もあるはずだが、それは計算に入っているのだろうか? インフレが続けば、賃上げもとなるはずで、その場合には所得税収も上がるはずである。年金は物価スライドをはずしており、支給額はインフレでも増えないようにしてある。もちろん、受給者が増える以上、支給総額が増大するのは確かだ。しかし、相変わらず、増税というと必ず消費税増税に決まっているというのはどういうことだろう。何度も書いているが、贅沢税創設、累進性の強化、法人税増税、等々が指摘もされないのは、納得できない。消費税の生活必需品の除外の話も出てこないというのはどういうことだろう。このところの物価上昇は、食料品や燃料などの生活必需品ばかりだというのに。増税論議の前提は、政府活動の無駄を省くということであった。それはどこにいってしまったのだろう。「やらせタウン・ミーティング」や諸懇談会などでの無駄な支出が発覚したのはついこの前のことであり、政府の金で無駄な贅沢をした者たちが、大衆課税たる消費税増税を言うことには、怒りを覚える。やはり、政権交代で、一度、膿を出す必要があると思う。
 
 国際貢献の論議も、それからだという気がする。それには、人々が、意思表示をする必要がある。先に現われた民意は、それを求めているし、その覚悟があることを示したように思う。一度、箱をひっくり返して、底まで見た上で、物を入れ直す、大掃除をした方がいいと言ったように聞こえた。「対テロ戦争」にしても、ずるずるとつきあっていくより、いろいろと事実を確かめた上で、次どうするかを決めた方がいい時期だ。そして、日米同盟の見直し論議が必要だ。EU諸国だって、対米関係について見直しを含めていろいろと考えていると思う。ブッシュにはつきあいきれないと感じていると思う。
 
 与党政治家にも官僚にも『読売新聞』にも欠けているのは、平和への想像力・イマジンである。

 給油新法案 離脱はできない「テロとの戦い」(10月18日付・読売社説)

 国際社会の「テロとの戦い」から、日本が離脱することはできない。政府・与党が新テロ法案の早期成立に最大限努めるのは当然として、民主党の対応も厳しく問われる。

 政府は、インド洋での海上自衛隊の給油活動を継続するための新テロ対策特別措置法案を国会に提出した。

 新法案は、自衛隊の支援活動を海自の給油・給水活動に限定する。給油先も、テロリストの移動や武器、麻薬などの輸送を監視・摘発する海上阻止活動にかかわる他国軍艦船に限定した。

 海上阻止活動には、米英独など7か国15隻が参加し、国際法に基づき乗船検査などを行っている。武力攻撃をするわけではなく、海上警察行動に近い。給油先を絞ることは、対イラク作戦などに対する燃料の転用防止の徹底にもつながる。

 新法案は、従来にも増して、国民の理解を得られる内容となっている。

 政府は当初、期限を2年としていたが、「1年の方が文民統制(シビリアンコントロール)が強くなる」との公明党の主張に配慮し、1年に短縮した。

 本来、長く困難な「テロとの戦い」に日本が腰を据えて取り組むには、根拠法の期限は長い方が望ましい。新法案の成立後は、自衛隊の海外派遣全般に関する恒久法制定も課題となる。

 現行法の期限は11月1日に切れる。海自艦船の一時撤収は避けられない。早期に活動を再開するためには、臨時国会中に新法案を成立させねばならないが、見通しは極めて不透明だ。

 民主党が新法案への反対を貫いた場合、政府・与党は、11月10日までの会期を大幅に延長したうえ、参院で否決された後、衆院で3分の2以上の多数で再可決するという“非常手段”も考慮せざるを得なくなるだろう。

 民主党は、新法案への対案として具体的な法案の形で提出すべきだ。

 アフガニスタンに展開する国際治安支援部隊(ISAF)に関連する民生支援や地方復興などが柱というが、現行法の期限切れが目前に迫っている以上、対案は具体的で、すぐに実行可能なものでなければならない。抽象的な内容では、対案の名に値しない。

 海自の給油活動に「憲法違反」として反対していることについても、説明責任がある。民主党は2001年11月、テロ特措法に基づく海自派遣の国会承認の際に衆参両院で賛成している。特措法制定や延長に反対した際も、憲法違反を理由にしたことは一度もない。

 なぜ給油活動が憲法違反との立場に変わったのか。明快な説明が聞きたい。

社説:視点 給油活動を継続して国際社会に直言せよ(『毎日新聞』10月18日)

 「湾岸戦争のトラウマ」という言葉がある。91年の湾岸戦争で日本は金銭的支援しかせず、米国などの不興を買った。その反動で01年のアフガニスタン攻撃、03年のイラク戦争の際は自衛隊派遣を含む前のめりの支援をした--というのが「トラウマ論」だ。

 湾岸戦争時、私は米軍駐留拠点のサウジアラビアにいたから、日本の人的貢献の乏しさは体験的にわかる。だが、私よりはるかにつらかったのは、国境地帯のカフジにある鉱業所で開戦まで働いたアラビア石油の従業員たちだろう。

 未明の開戦と同時に、鉱業所には砲弾が降りそそぎ、石油タンクが炎上、40人余りの従業員らは土管などを使ったシェルターで夜を明かした。イラク軍の砲撃が小やみになるのを待ってサウジ東部のホテルへ逃れた。奇跡的に一人のけが人もいなかったが、多数の死者が出てもおかしくなかった。

 16年後、当時の従業員は振り返る。「怖かった。すぐ近くにイラク軍が迫っていたし、開戦時は300~400発もの砲弾が降ってきた。なぜ開戦前に逃げなかったか? 日本に最後まで石油を供給したかったからです」。だが、実際には、サウジ政府との採掘権更改(00年)をにらみ、会社としてある種の「気概」を示す必要に迫られたのも確かだろう。

 この一件について私は、国が人的貢献をしないので企業戦士が血を流す覚悟をしたのだろうと理解している。金しか出せないなら出せないで、国際社会を納得させるのが外交だ。アラビア石油の体験は特殊事例としても、国際貢献は分かりやすい方がいいという教訓にはなる。インド洋での給油給水活動をやめるか続けるかと突き詰めるなら、停止して諸外国の失望や批判、あらぬ誤解を呼ぶより、継続して国際社会に発言力を保つ方が現実的だと私は思う。

 米国主導のテロ対策に同調するからではない。トラウマに縛られているからでもない。逆である。01年の米同時多発テロ以降の「テロとの戦争」は、根本的に見直す必要がある。米国はイラクとアフガニスタンを抱え、どうしていいかわからないのが実情だろう。そんな折、日本が戦列を離れて現実を変えられるのか。発言力を確保しつつ米国などに直言する方が効果的というものだ。

 その際、大きな要因はイスラムへの対応だ。イスラム圏の反米感情は強い。一方ではイスラム世界の反感を買って反米勢力の先鋭化を促し、他方では急進イスラム組織との戦いに国際社会の協力を求める。そんな米国の姿勢、非効率的とも映る戦いの構図は少なくとも改めるべきだ。対テロ戦争が明確な対イスラム戦争になれば、もはや出口はなくなるだろう。(論説委員・布施広)    ◇

 日本の国際貢献はどうあるべきか。対テロ新法案の国会提出を機に、シリーズで考える。

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坂元氏のテロ特措法延長賛成論批判

 やはり、日本の対米従属論派の知識人が、小沢民主党のテロ特措法反対に対する攻勢を強めてきた。それにつれて、世論も、下の8月付『産経新聞』とFNNの合同世論調査での、テロ特措法延長に反対54・6%が、「時事通信」の10月13日の世論調査結果では、賛成44%、反対28%と、賛成が反対を大きく上回って、賛成と反対が逆転している。
 
 坂元阪大教授の言い分を聞いてみよう。まず、氏は、海上自衛隊のインド洋での給油活動を継続すべき理由として、「テロとの戦い」での日本の国際的立場が苦しくなるという観点から論じられるのは当然だとして、アフガニスタンで、「テロとの戦い」に参加して犠牲を払っているフランスやドイツなどの国々から、危険性の低い洋上給油活動から撤退すれば、批判を浴びるだろうという。
 
 氏は、「国際社会における日本の評判や影響力は地に落ちる。失望も大きいだろう」と言う。しかし、日本による給油活動は、それがなくなることは、国際社会にとって、それほど大きな意味や価値を持っているのだろうか? その点について、世界英国の「ザ・ガーディアン」「BBCニュース」、米国の「ニューヨーク・タイムズ」「ワシントン・ポスト」の4紙を検索して関連記事を拾って検討してみた市民記者の堀素子さんの記事が、オー・マイ・ニュースに載っていた。それによると、各紙とも、日本の洋上給油継続活動にさしたる関心も示していないという。例えば、「「ワシントン・ポスト」紙は10月7日の記事で「この活動の中止によって、アフガニスタンにおけるアメリカの陸上活動がどれほどの影響を受けるか、すぐには明らかでない」としている」という。
 
 それに対して、坂元氏は、「活動停止は日米同盟を破壊」と大げさなタイトルをつけ、なんとしてもテロ特措法を延長しなければならないと主張する。そして、日本の給油活動継続の政治的意味は、パキスタンの参加を日本が参加して支えることによって、「テロとの戦い」を「西洋対イスラム」の構図にしないことにあるというばかげた屁理屈を持ってくる。もし「テロとの戦い」からパキスタンが退くようなことがあれば、「テロとの戦い」が「西洋対イスラム」の構図になって、文明間の戦いという政治的意味を帯びてはまずいということだろうか? よくわからない。
 
 次に、「インド洋は日本の原油輸入のルートでもある。そして日本が給油を行う多国籍海軍の活動はその安全確保にも貢献している」とシーレーン防衛という観点からも、国際社会の日本に対する目が厳しくなるだろうと言う。
 
 そして、「いま日本がこれを中断すれば、日本は国際社会が協調して行う安全保障活動を傍観するという「湾岸戦争型」の危機だけでなく、日本の安全保障の基盤である日米同盟を岐路に立たせる「安保改定型」の危機にも直面するだろう」という。ただ、「湾岸戦争」時には、多国籍軍に参加はしていないが、これを支持し、多額の支援を行っているので、「傍観者」というわけではない。それに対して、アメリカもこの時は理解を示していた。情況が変わったのは、冷戦が終了してからである。冷戦崩壊後、日米安保解消論が出てきたように、冷戦対応を大義名分にして維持されてきた日米安保体制の存在意義を問い直す議論が生まれていたのである。
 
 それに対して、アメリカは、冷戦後の日米軍事同盟の新たな役割や大義名分や意義などについて、素早く検討・研究を行って、日本政府に新たな日米同盟体制構築のための働きかけを行ってきたのである。その点については、天木直人氏のブログの「いまこそ日米軍事同盟の実態を直視する時だ」に書いてあるので見てもらいたい。
 
 坂元氏は、小沢発言を「私がそれよりも問題だと思うのは、小沢氏が、そもそもアフガン戦争は米国が国連決議を待たずに始めた戦争だから、日本はその軍事行動を援助することはできなかったはずだ、と主張するところである。この主張は日米同盟を根底から揺るがす。アフガン戦争はアメリカにとって自衛戦争なのである。もし同盟国の自衛戦争を助けられないならば、その同盟の意味はどこにあるのか」と批判している。氏は、あっさりと、アフガン戦争は、アメリカにとって自衛戦争であると述べている。その上で、「なるほど日米安保条約の規定から言えば、日本は「日本国の施政の下にある領域」以外で攻撃を受けた米国を助ける義務はない。しかし、条約上の義務がないから何もしない、では同盟にはならないはずだ。安保条約は日米同盟の骨組みではあるが、全体ではない」と主張する。
 
 「条約上の義務がないから何もしない、では同盟にならない」とは驚くべき発言だ。同盟は、条約によって規定されているのに、条約にないことをしないから、同盟にならないとはどういう意味だろう? 同盟関係は、条約に明記されていない不文律や暗黙の契約を含んでいるということだろうか? 日米安保条約には、明記されていない、秘密協定が隠されているということなのだろうか? この最後の点は、沖縄密約などの秘密条約の存在がこの間暴露されていることから考えると、あり得る話ではある。この間の日米安保体制に関する日米の密約が交わされている可能性については、検証してみる必要がある。そして、「安保条約は日米同盟の骨組みではあるが、全体ではない」と氏は述べる。条約は骨組みでしかなく、日米同盟は、もっといろいろなことを含む全体でなりたっているというのである。これは、天木氏がこの間、テロ特措法は、日米同盟の全体の一小部分をなすにすぎないと強調しているのと同じ認識である。日米安保条約という骨組みをなくすには、ただ人々の多数意志があれば、それを政府がアメリカ政府に一方的に通告すればいいということになっている。
 
 坂元氏は、「およそ同盟の価値は「いざとなったら」どうなるかで決まる」と主張する。これは、カール・シュミットの応用なのだろうか? それなら、レーニンの「鎖の価値は、もっとも弱い環の値によって決まる」という言葉も思い起こす必要があろう。日米同盟は、米国から見れば、世界の国々との数ある同盟の鎖の一つの環をなすにすぎない。米国が結んでいる同盟の鎖の価値は、最も弱い環の値によって決まる。9条を持ち、専守防衛に徹するように制限をかけられてきた自衛隊しかない日本は、鎖の最も弱い環であると言って良いだろう。しかし、沖縄には、米軍最強の部隊の一つといわれる海兵隊が常駐し、米軍の最前線基地が、日米安保によって、安く、特権や様々な便宜を受けながら、存在し続けられるという点で、日本を同盟の鎖の一環とするというよりも、米軍駐留にとって都合が良いということがアメリカにとっての大きな価値があると見るべきだろう。
 
 あれこれと小沢発言を批判する坂元氏だが、最後には、「だが政権奪取に近づいた野党の党首がそう言えば、せっかく確認した日米同盟の価値に深刻な疑念が生じるだろう。そしていったんそうなると、「いざとなる」ことがめったにない同盟だけに、取り返しのつかないことにもなりかねない」と抽象的な危惧を表明するだけで終わっている。結局、坂元氏は、滅多にない「いざとなる」時のための日米同盟が、インド洋での給油活動を止めることを政権奪取に近づいている野党の党首が言うだけで、同盟自体が崩壊しかねないと言うわけだ。イラク戦争に反対したのは、フランスやドイツなどの米国の同盟国もあるのだが、その後、同盟はなくなっていない。とすれば、給油活動から抜けたぐらいで、米国が、日米同盟解消を一方的に通告してくる可能性は低いだろう。仮にそうしたとして、どこに在日米軍基地を移転するのかわからないが、どこに持っていっても、日本よりは費用もかかるようになるし、待遇も悪くなるだろう。
 
 おそらく、坂元氏は、テロ特措法を延長して、日米同盟を強化するのが、日本の利益・国益になると考えているのだろう。ところが、イスラム世界の対米感情を悪化させている大元は、パレスチナ問題にあって、国際政治という観点から重要なのは、この問題の解決にあり、アメリカもそのことをわかっているので、今、ライス国務長官が中東歴訪中であるように、中東外交に力を入れているのである。「対テロ戦争」の政治的最前線は、アフガニスタンではなく、パレスチナにある。軍事的な焦点は、アフガニスタンやイラクにあるが、政治的焦点は、パレスチナである。坂元氏は、そうした世界政治のワイドな視座を持たず、ただ、日米同盟の利益ばかりに目がいっていて、その利害計算にとらわれている。それでは、政治的視野が狭いし、およそ目の前の短期的な自己利益にばかり注意を取られていると、長期的な利益を失う恐れがあることに気づけなくなる。
 
 坂元氏のような利害計算知性ばかりが発達しているような偏った頭では、パレスチナやイラクで、家族や友人や仲間たちが、米英軍などによって殺され傷つけられている中で、また、貧困の中で、憎悪と怒りと報復の感情によって、武装勢力に自ら参加していく若者たちが、つぎつぎと生まれてくる情況をとらえられない。それでどうやって「対テロ戦争」に勝利することができるのだろうか? アメリカを支持して、奉仕し続ければ、いざという時に助けてくれるに違いない。利益を与え合うことが、同盟を支えるのだという打算が成り立つはずだ。日米同盟は、そういう打算によって確固たるものになるはずだ。それが合理的だと計算知性が言っている。坂元氏が言うのは、そういうことだろう。しかし、現実は、合理的であると同時に非合理的である。イラク戦争は、アメリカにとって、合理的であると同時に非合理的である。そのことを国際政治学者の森本敏夫氏は、イラク戦争を仕掛けたアメリカはどうかしていると言った。イラク戦争を開始する口実にした亡命イラク人の証言は、でたらめな作り話だった。それを真実と信じて、パウエル国務長官は、国連安保理で、それを世界に向かって語った。それが嘘と判明した際に、パウエル氏は、あれは自分の汚点だと述べた。パウエル元国務長官にして、簡単に嘘に引っかかるほど、9・11事件後のアメリカ社会は、非合理的な集団感情に支配されていたのである。
 
 しかし、今、その状態は解消されつつある。アメリカの多くの人が、イラク戦争の泥沼からの脱却を求めている。それが、民主党の歴史的勝利につながり、来年の大統領選挙でのヒラリー・クリントン候補への支持と期待に現われている。
 
 それと対照的に、未だに湾岸戦争型だのと17年前の議論の水準に止まったままの日本の政治家や知識人の古い頭の状態を典型的に示しているのが、坂元氏である。
 
 今必要なことは、まず戦闘を止めていくことであり、その上で、貧困対策などを国際支援で進めていくことであり、パレスチナ問題を政治解決に導くことなどである。それをアメリカの反戦運動をはじめ、世界の反戦運動が求めている。安部政権は、憲法9条改悪などを通じて、それとは逆に、自衛隊の参戦の道に強引に踏み込もうとしたが、民意によって倒された。福田政権は、安部路線の清算を進めており、安部政権による日本の参戦国化は、いったんは遠のいた。もちろん、それを自民党内保守派があきらめたわけではなく、今後も、9条改憲を狙ってくる。しかし、民意によって、いったん手ひどく否定された以上は、復活はそう簡単ではない。9条改憲を求めてきたアーミテージ元国務副長官などのアメリカでは、リベラル派の大躍進ということがあり、それも、自民党保守派にとってマイナスである。
 
 日本は、アメリカの「対テロ戦争」同盟の鎖を断って、世界平和を構築する連帯の鎖の価値を高められる位置にある。
 
 「鎖の価値は、最弱の環の値によって決まる」
 
 【正論】テロ特措法 大阪大学大学院教授・坂元一哉(『産経新聞』2007年10月16日)

 ■活動停止は日米同盟を破壊

 ■「自衛戦争」援助しない小沢理論

 ≪こんども“傍観者”ならば≫

 海上自衛隊によるインド洋での給油活動はなぜ継続すべきか。この問題は活動を中断すれば「テロとの戦い」における日本の国際的立場が苦しくなる、という観点から論じられることが多い。

 たしかにそれはその通りである。アフガニスタン国内では、フランスやドイツなどイラク戦争に反対した国々も含めて多くの国々が、「テロとの戦い」のために治安維持の危険な任務についている。犠牲者も少なくない。そういう中で、過酷だが比較的危険度の低い任務を受け持つ日本が、国内政治の事情でわれさきに撤退するならば、国際社会における日本の評判や影響力は地に落ちる。失望も大きいだろう。とくに日本の給油活動がパキスタンの海上活動参加を支えているのでなおさらである。パキスタンの参加は日本の参加と同じく、「テロとの戦い」を「西洋対イスラム」の構図にしないために重要な政治的意味を持っているのである。

 それに、インド洋は日本の原油輸入のルートでもある。そして日本が給油を行う多国籍海軍の活動はその安全確保にも貢献している。そのことも国際社会が日本を見る目を厳しいものにするだろう。

 だが、給油活動の継続が必要な理由はそこにとどまらない。いま日本がこれを中断すれば、日本は国際社会が協調して行う安全保障活動を傍観するという「湾岸戦争型」の危機だけでなく、日本の安全保障の基盤である日米同盟を岐路に立たせる「安保改定型」の危機にも直面するだろう。

 ≪一般的な憲法解釈とも距離≫

 小沢一郎民主党代表の反対論を聞く限り、そう判断せざるを得ない。小沢氏は国連の明示的な決議がない給油活動はできないが、それがある治安維持活動はできると主張する。私はこの主張はどうかと思う。「国連決議中心主義」とでも呼べるような主張で、一般的な憲法解釈や国民意識とはかなりの距離がある。おそらく小沢氏の意図に反して、国際的な安全保障活動への日本の参加に逆風を吹かせることになるだろう。

 だが私がそれよりも問題だと思うのは、小沢氏が、そもそもアフガン戦争は米国が国連決議を待たずに始めた戦争だから、日本はその軍事行動を援助することはできなかったはずだ、と主張するところである。この主張は日米同盟を根底から揺るがす。アフガン戦争はアメリカにとって自衛戦争なのである。もし同盟国の自衛戦争を助けられないならば、その同盟の意味はどこにあるのか。

 なるほど日米安保条約の規定から言えば、日本は「日本国の施政の下にある領域」以外で攻撃を受けた米国を助ける義務はない。しかし、条約上の義務がないから何もしない、では同盟にはならないはずだ。安保条約は日米同盟の骨組みではあるが、体全体ではない。

 9・11テロ事件が起こると、日本政府はそのことをよく考えて「米国の側に立つ」ことを明言し、憲法の許す範囲で、アフガン戦争を戦う米国の援助に踏み切った。その日本の援助は米国に感謝され、日米同盟を高次のレベルに引き上げた。もしあの時日本が、それは米国の勝手な戦争だから知らないよ、という態度をとっていたならば、日米同盟はすぐさま「骸骨(がいこつ)」になる道を歩みはじめていただろう。

 ≪めったにない事態にこそ≫

 およそ同盟の価値は「いざとなったら」どうなるかで決まる。「いざとなった」時にうまく機能しなければ、それで終わりなのである。ただ日米同盟は、めったなことでは「いざとならない」。米国は世界最強の軍事大国であり、攻撃されることはめったにない。また日本もその米国と同盟する以上、めったなことでは攻撃されないからである。めったに「いざとならない」のは、よいことである。だがその分、同盟の価値を確認するのが難しくなる。

 9・11テロ事件では、そのめったにないことが起こった。しかも、1960年の改定から40年間、安保条約が想定していなかった、米国だけが攻撃される、という形で起こったのである。

 その緊急事態に日米同盟はうまく機能し、その価値を確認することができた。だが小沢氏は、日本の行動は間違っていたと言う。小沢氏がいまさらそう言っても日本の行動は取り消せない。だが政権奪取に近づいた野党の党首がそう言えば、せっかく確認した日米同盟の価値に深刻な疑念が生じるだろう。そしていったんそうなると、「いざとなる」ことがめったにない同盟だけに、取り返しのつかないことにもなりかねない。(さかもと かずや)

新テロ法案、賛成44%=反対は28%-時事世論調査(10月13日時事通信)

   時事通信社が13日まとめた世論調査結果によると、インド洋での海上自衛隊による給油活動継続のための新テロ対策特別措置法案について、「賛成」と答えた人は43.7%で、「反対」の28.0%を大きく上回った。「分からない・その他」は28.4%だった。同法案は17日に閣議決定される予定。同法案に対し民主党は強く反対しているが、政府は世論の支持が広がるよう「最大限の努力を行う」(町村信孝官房長官)としている。 

  テロ特措法延長に反対54・6% 民主、自信深める 合同世論調査(08/30izaニュース)

 産経新聞社とFNNの合同世論調査で、テロ対策特別措置法の延長に反対が54・6%を占めた。延長反対を鮮明にしている民主党は「国民がわれわれと同じ思いを持っている。心強い」(松本剛明政調会長)と自信を深める。これに対し、政府・与党は危機感を強めている。

 民主党の鳩山由紀夫幹事長は29日、調査結果について「アフガニスタン和平に向け、(海上自衛隊のインド洋での給油活動は)役に立っていないと国民は感じている。国民の心を政府は大事にすべきだ」と記者団に語り、延長反対を改めて表明した。民主党など野党側が「徹底審議」を理由に参院で改正案の審議を引き延ばせば、11月1日の期限切れでテロ特措法は消滅する。政府・与党は「海自が撤退するかどうかは民主党次第になった」(外務省幹部)と苦境に立たされている。
 
 テロ特措法は何のため? ohmynews
海外ニュースに見る関心の薄さ 堀 素子(2007-10-10 11:30)
   
 

  安倍元首相が「職を賭して」まで延長しようとした、テロ対策特別措置法によって実施されているインド洋での給油活動は、どれほど重要なことなのか? これを中止したら国際社会はどれほど困るのだろうか?

 この素朴な疑問の答えを探して、海外のメディアで、この問題がどのように取り上げられているかを調べてみた。

 インターネットで見られる新聞に限ったのだが、その結果は驚くばかり。

 英国の「ザ・ガーディアン」「BBCニュース」、米国の「ニューヨーク・タイムズ」「ワシントン・ポスト」の4紙を検索した結果、インド洋での日本の自衛隊の給油活動に触れているのは、たった12件の記事しかなかった。

 一番古いのは同法の成立を伝える2001年10月29日の「BBCニュース」、同月30日の「ザ・ガーディアン」の2紙で、当時の小泉首相とその周辺が、この法律の制定を足がかりにして、もっと本格的な軍事活動に出る意志を持っていると記している。

 その次に「テロ特措法」が表れるのは、つい、この間の安倍首相退陣と福田首相就任の記事で、「ザ・ガーディアン」「BBCニュース」「ニューヨーク・タイムズ」「ワシントン・ポスト」の4紙とも触れている。

 しかし、それらの記事での「テロ特措法」の扱いは、安倍、福田両氏がこの法律を尊重し、なんとかして延長、あるいは新法を作ってでも給油活動の継続を決意している、という文脈の中でのみ。

 そのうえ「ワシントン・ポスト」紙は10月7日の記事で「この活動の中止によって、アフガニスタンにおけるアメリカの陸上活動がどれほどの影響を受けるか、すぐには明らかでない」としている。

 もしこの記事のとおりなら、アメリカは日本の給油活動が、停止、中止することにそれほどの注意を払っていないことになる

 でなければ、民主党が参議院選挙で勝って「給油活動絶対反対」と表明した時点から、その重大さについて、真剣に考えていてもよいはずだ。

 これほど尽くしているアメリカですら、真剣に考えてくれていない活動を、日本の政治家は、なぜあのように血眼になって継続しようとするのだろう? 何のために大金をはたいてインド洋に自衛隊員を出動させているのだろう? 

 法律制定の2001年と、継続が中止しそうな2007年の今しか、海外メディアに取り上げられないような活動が、ほんとうに国際社会での信用を得る手段なのか? 

 この活動を継続しなければ、国際社会から孤立すると主張する自民党の説明をぜひ聞きたい。納得の行く説明なくして、もう一度インド洋に自衛隊を送り出す理由は無い。

 ただ、調査では延長賛成も全体の34・2%、民主党支持層でも24・3%あり、政府・与党は海自の活動効果や、日米同盟強化への貢献度を説明し、世論の理解を求めていく構えだ。民主党内には「国民はイラク問題と混同して、アフガニスタン支援であるテロ特措法に反対しているのではないか。世論が背を向けるかもしれない」(ベテラン)と不安を漏らす向きもある。

 町村信孝外相は29日、「(延長)反対という結論ありきでは、責任ある野党としての対応の放棄だ」と、民主党を牽制(けんせい)した。鳩山氏は「延長問題は、アフガンの平和に向けて日本が何をなすべきかという議論に変えていくべきだ」とするが、人道支援策を軸にした対案づくりはこれからだ。

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米軍幹部のイラク戦自己批判 平和のために

 ブッシュ政権の内部からのイラク政策批判が止まらない。
 
 旧アブグレイブ刑務所での、イラク人虐待事件が発覚した時のイラク駐留米軍司令官サンチェス氏が、12日の講演で、ブッシュ政権を厳しく批判した。『東京新聞』によると、「米国の指導者たちは無能ぶりをさらしている」「破滅的で非現実的といえる楽観的な開戦計画から、今の増派戦略に至るまで、政権は政治、経済、軍事各面の活動を統合できていない」「終わりなき悪夢の中にある」「政権、議会はこの破滅に責任を負うべきであり、米国民は政治指導者を追求すべきだ」などと述べた。
 
 アメリカでは、旧軍幹部からでさえ、これほどの政権批判が公然と語られているのに対して、佐藤正久元イラク・サマワ陸自派遣部隊長(現自民党参議院議員)は、サマワのオランダ軍が武装勢力と交戦状態になった際には、駆けつけ警護を行うことで、戦闘に意図的に巻き込まれ、自衛権発動として応戦する考えだったと語った。アメリカ国内で、イラク戦争は正義の戦争ではなかったという世論が多数を占め、早期撤退世論が増加し、サンチェス氏はじめ元軍幹部や軍人(日系人サワダ中尉など)から、続々と、ブッシュ政権のイラク政策批判が公然と出てきているというのに、日本の与党政治家たちは、未だに、イラク戦争を支持したのは正しかったとか、それ以外に、日本の国益を守る道はないとか、とにかく、アメリカについていき、追随していれば、安心だという態度を頑なに変えようとしない。
 
 日本テレビ系『太田総理に聞け』では、石破防衛大臣が、先頭に立って、対テロ特措法に基づくインド洋での自衛艦による給油活動を、アフガニスタンでの対テロ掃討作戦への支援であり、それによって、中東地域からの日本の石油タンカーの海上輸送の安全を守っているとして、シーレーン防衛の一環であるかのように語っている。
 
 同番組で、森本敏夫氏は、国連において、テロリズムの定義はなく、テロ対策についての合意ができてないことを指摘していた。この問題では、アメリカなどが、例えば、CIAを他国へ潜入させて、政権転覆を謀ったり、指導者の暗殺を謀るなどの行為が、テロリズムに当たるかどうかという点が問題になる。国家テロの問題である。フセイン元大統領が、国内のクルド人やシーア派に対して行った残虐行為を国家テロと呼ぶなら、アメリカがかつて行ったインディオ大虐殺は、国家テロではないだろうか? ロシアは、チェチェン独立派が政権を握った時、チェチェンに軍事侵攻して、チェチェンに対して徹底的な破壊と独立派の虐殺を行った。これは国家テロではないだろうか? 国際司法裁判所設置をめぐる国際条約の締結交渉で、アメリカは、自国の兵士だけは訴追しないという例外を設けるまで、締結に応じなかった。
 
 森本氏によると、EUのテロリズムの定義は、民主主義に対する暴力的破壊行為だという。この定義からすれば、チェチェン共和国の主権と民主主義を不当な暴力的破壊行為によって、抹殺したのは、ロシアである。かつて、チリで、選挙によって、正当に選ばれたアジェンデ政権を、軍事クーデターを起こしたピノチェットを支援して、不当な暴力的破壊行為によって、外から介入して転覆したテロリストは、アメリカである。キューバのカストロ政権を何度も不当な暴力的破壊行為による転覆を企て、失敗したのは、アメリカである。テロリズムの定義は曖昧であり、その時々の国際的力関係や事情に応じて決まるものである。特に、アメリカの力は強く、アメリカが、テロ白書で、テロリストと決めつけることによって、それに世界が従うというようなことがある。
 
 番組では、テロリズムの定義が曖昧なまま、対テロ戦争に協力することが、本当にテロをなくすことになるのかという疑問が投げかけられた。何と戦っているのかが曖昧なのに、とにかくアメリカの言うとおりにしておこうというのでは、サンチェス氏が言う「終わりなき悪夢の中にある」状態に日本もあるということだ。このような悪夢の中では、まともな利益計算など不可能だし、国益など描きようがない。だから、石破防衛大臣も猪口邦子衆院議員も佐藤正久参院議員も、その点を明確に語れなかった。
 
 対テロ特措法延長問題は、それを推進しようという自民党・公明党の与党にしても、とにかくアメリカとの同盟関係を傷つけるわけにはいかないという一点を言うしかなく、それでは説得力が弱すぎるのだが、それを繰り返すだけである。それに対して、民主党小沢代表は、対テロ特措法は、米軍支援であり、国連活動ではないから、むしろ、国連活動であるISAFに自衛隊を参加させるべきだとの対案を示して、突っ走ろうとしている。その狙いが、議論の主導権を握り、福田政権を揺さぶって、早期解散総選挙に持ち込むことにあることは明らかである。小沢氏は、ISAFに自衛隊を参加させるには、様々な制約やハードルを越える必要があることなど、承知の上で、けんかをふっかけたのである。
 
 アフガニスタン情勢は、すでに、危機的状況にあって、インド洋上での自衛艦による給油活動など、大した役割を果たしているわけではなく、日米同盟のシンボル的な意味しか持っていない。ブッシュ政権は、すでに「死に体」であり、政権交代までに、北朝鮮との平和条約締結交渉を前進させるなどの外交上の得点稼ぎに懸命になりつつあり、アフガニスタンも放り出す可能性もあるのである。ISAFも、どうなるかわかったものではなく、撤退をちらつかせている国もある。
 
 アフガニスタンでの米英軍などの「殺しながら助ける」という倒錯した支援のあり方に示されている大国や先進国の身勝手さが、いかにアフガニスタンの農民・民衆を傷つけ、結果的にタリバンの復活に手を貸しているかを指摘しているペシャワール会の中村哲氏の下の記事を読んでみれば、対テロ特措法延長が、アメリカのためになっても、アフガニスタン民衆のためにならないことがわかる。残念ながら、ペシャワール会は、現地治安情勢の悪化などにより、アフガニスタンから撤退を余儀なくされた。「私たちペシャワール会は本来医療団体で、20年以上に亘って病院を運営してきたが、「農村の復興こそ、アフガン再建の基礎」と認識し、今年8月までに井戸1500本を掘り、農業用水路は第一期13㎞を竣工、既に千数百町歩を潤しさらに数千町歩の灌漑が目前に迫っている。総工費は9億円、延べ38万人の雇用対策にもなった。そうすると、2万トンの小麦、同量のコメやトウモロコシの生産が保障される。それを耳にした多くの旱魃避難民が村に戻ってきている」という成果を残しながらである。
 
 これらのことから、天木直人氏の言う対テロ特措法延長は大した問題ではなく、日米軍事同盟体制からの脱却が取り組むべき本筋の問題であるという主張は、社民党や日本共産党や民主党内護憲派や自立派に対して、突きつけられているということがわかる。社民党は、12日、全国幹部会を開き、総選挙で、10議席以上の議席獲得を目指し、民主党との選挙協力を積極的に行うことを決定した。日本共産党は、これまでの全選挙区に候補を立てる戦術を改めることを決定した。言うまでもなく、候補を立てない選挙区では、共産党支持票の多くが、社民党や民主党に流れることになることは明らかで、自公には不利である。社民党も共産党も、まずは、自公政権打倒・民主党中心の連立政権樹立を優先し、新たな政局の中で、党勢拡大を図ろうというのだろう。それはそれでわかるし、現状の民意の状態からして、それには一定の展望があると言えるだろう。
 
 問題は、かつて、村山政権で、安保・自衛隊問題などで、基本政策を投げ捨てた社会党のように、民主党中心の連立政権に加わった場合に基本政策を変更してしまうのではないかという危惧の念が消えないということだ。共産党の政権参加は社民党よりははるかに難しいから、当面、そういう可能性を考えなくても良いだろう。対テロ特措法延長を阻止したとしても、それぐらいでは、日米安保体制は揺るがないし、むしろ、対テロ特措法をあきらめるかわりに、米軍再編をもっと強引に進めろとか、別の要求を出してくるかもしれないということだ。そうして、アメリカが、日米同盟体制により深く日本を組み込もうとするのに対して、社民党が戦い抜くという確信が持ちにくいのである。

 9条と自衛権は実際には関係ない。国家という歴史的に形成された人為的法的人格に自衛権が自然権として備わっているわけがない。それはあくまでも、人権の一部であって、国家はそれを尊重しなければならない立場である。国連があるから、その構成員たる国民国家の自衛権が認められているのであって、国連がなかったら、国家の自衛権などあるわけがない。歴史的にも、自衛を名目とした侵略がなされてきたし、大国の支配からの民族の独立が起きている。例えば、中国に対して、チベットが独立しようとして、中国政府が、国家の自衛権を発動するとすれば、それは形式的には、正当に見えるが、実際には、チベット人の人権と自衛権の方が、認められるべきである。チェチェンしかり、イラクしかり、アフガニスタンしかり、ビルマしかり、である。
 
 9条があろうがなかろうが、人々には人権としての自衛権はある。国家には自然権としての自衛権はない。国家は人ではないから。刑法を見れば、人々には、逮捕権も認められており、警察・司法資格者だけが、それを認められているわけではない。そのことを、警察も国家も積極的に知らせないが、法律にはそう書いてある。もちろん、それは解釈や実際上の運用によって、人々にはその行使を狭く制限しているのだが。しかし、警察権の独立化は、近代になって、本格的に行われたわけで、それを自由の権利の人民からの剥奪として批判するリバタリアン(自由主義者)の私刑復活論もある。国家の自衛権は国際社会が限定的に認めているだけである。これを金科玉条として絶対化して強弁しているのが、ブッシュ共和党政権であり、日本の与党であり、保守派である。もし、国家暴力以外のあらゆる暴力をテロリズムとするというテロの定義(EUの定義はそれに近いものだ)によって、対テロ戦争が正当化されたら、それはブッシュが言うとおり「終わりなき戦い」になる。しかし、国家に対する暴力的抵抗一切をテロリズムとして国家暴力によって押しつぶして良いということになるなら、ほとんどの国で、例えば、アメリカ自体が、イギリスとの独立戦争によって、独立したし、南北戦争という内戦によって統一と独立を保ったし、メキシコとの戦争で併合した州もあるわけだから、自らの起源を否定することにもなるわけだ。
 
 アフガニスタンで、反タリバン勢力は、武装ゲリラであり、それを支援し、空爆で助けつつ、タリバン政権を倒したのは、他ならぬアメリカであった。タリバンが、テロリストで、反タリバンのアフガン・ゲリラがテロリストでないというのは何を基準にしているのか? 9・11事件に対する自衛権の行使を主張したことからは、やはり反米かどうかが基準だったのだろう。ところが、皮肉にも、アフガニスタンで、誤爆によって、知人・友人・家族・仲間を殺された人々は、反米的になり、タリバン支持にまわっている。イラクでも同じ事が起きている。あまり報道されないが、イスラエルによって、連日のように、パレスチナ人が殺され、傷ついている。ガザ地区は閉鎖されている。パレスチナの母親たちは、親や兄妹や友人や仲間を殺され傷つけられた息子たちが、報復のためにゲリラに志願し参加していくのを止められない。パレスチナ人のイスラエルへの憎悪と報復の感情は強く、またイスラエルはその憎悪と報復の連鎖に勝利することが自分たちの未来のためだと信じているようだ。近代国家とシオニズム・ユダヤ教国家の世俗国家と宗教国家の二重性を持つイスラエルの執拗な生存への意志は、ホロコーストの記憶と神話的に結びついているだけに、強力だ。それを支えているのはアメリカである。このまま、世界が、戦争に慣れていくことは、新たな世界戦争の火種を燃やし続けることだ。どこかで、世界の人々の手で、止めなければ、危ない。アメリカが止めなければならないわけだが、そのことが、サンチェス元イラク駐留司令官という元軍幹部からも公然と指摘されるようになったことに、多少の希望があるように思われる。

 「米政権は無能」と批判 元イラク駐留司令官(『東京新聞』2007年10月13日)

 【ワシントン12日共同】サンチェス元イラク駐留米軍司令官は12日、ワシントン郊外で講演し、イラク戦争について「米国の指導者たちは無能ぶりをさらしている」などと述べ、ブッシュ政権を厳しく批判した。

 元司令官は「破滅的で非現実的といえる楽観的な開戦計画から、今の増派戦略に至るまで、政権は政治、経済、軍事各面の活動を統合できていない」と指摘、米国はイラクで「終わりなき悪夢の中にある」と語った。

 さらに元司令官は「政権、議会はこの破滅の責任を負うべきであり、米国民は政治指導者を追及すべきだ」と述べた。

 サンチェス元司令官は03年6月から04年7月までイラク駐留米軍の司令官を務めイラク統治初期を担ったが、旧アブグレイブ刑務所で起きたイラク人虐待事件への関与が疑われ事実上更迭された。

「テロ特措法」はアフガン農民の視点で考えてほしい

~「殺しながら助ける」支援というものがあり得るのか~

ペシャワール会現地代表・PMS(ペシャワール会医療サービス)総院長
中村哲

 参議院選挙の直後からテロ特措法の延長問題が社会的関心を集めている。この法案成立(2001年10月)に際しては、特別な思いがある。当時私は国会の証人喚問でアフガニスタンの実情を報告し、「自衛隊の派遣は有害無益である」と述べた。法案は9・11事件による対米同情論が支配的な中で成立、その後3回に亘り延長された。しかし特措法の契機となった「アフガン報復爆撃」そのものについても、それを日本政府やメディアが支持したことの是非についても、現地民衆の視点で論じられることはなかった。

 現地は今、過去最悪の状態にある。治安だけではない。2千万人の国民の半分以上が食を満たせずにいる。そもそもアフガン人の8割以上が農民だが、2000年夏から始まった旱魃により、農地の沙漠化が止まらずにいるからだ。

 私たちペシャワール会は本来医療団体で、20年以上に亘って病院を運営してきたが、「農村の復興こそ、アフガン再建の基礎」と認識し、今年8月までに井戸1500本を掘り、農業用水路は第一期13㎞を竣工、既に千数百町歩を潤しさらに数千町歩の灌漑が目前に迫っている。総工費は9億円、延べ38万人の雇用対策にもなった。そうすると、2万トンの小麦、同量のコメやトウモロコシの生産が保障される。それを耳にした多くの旱魃避難民が村に戻ってきている。

 だが、これは例外的だ。2000年以前94%あった穀物自給率は60%を割っている。世界の93%を占めるケシ生産の復活、300万の難民、治安悪化、タリバーン勢力の復活拡大-------。実は、その背景には戦乱と旱魃で疲弊した農村の現実がある。農地なき農民は、難民になるか軍閥や米軍の傭兵になるしか道がないのである。

 この現実を無視するように、米英軍の軍事行動は拡大の一途をたどり、誤爆によって連日無辜の民が、生命を落としている。被害民衆の反米感情の高まりに呼応するように、タリバン勢力の面の実効支配が進む。東京の復興支援会議で決められた復興資金45億ドルに対し消費された戦費は300億ドル。これが「対テロ戦争」の実相である。

 テロ特措法延長問題を議論する前に、今なお続く米国主導のアフガン空爆そしてアフガン復興の意味を、今一度熟考する必要があるのではないか。日本政府は、アフガンに1000億円以上の復興支援を行っている。と同時にテロ特措法によって「反テロ戦争」という名の戦争支援をも強力に行っているのである。

 「殺しながら助ける」支援というものがあり得るのか。干渉せず、生命を尊ぶ協力こそが、対立を和らげ、武力以上の現実的な「安全保障」になることがある。これまで現地が親日的であった歴史的根拠の一つは、日本が他国の紛争に軍事介入しなかったことにあった。他人事ではない。特措法延長で米国同盟軍と見なされれば反日感情に火がつき、アフガンで活動をする私たちの安全が脅かされるのは必至である。繰り返すが、「国際社会」や「日米同盟」という虚構ではなく、最大の被害者であるアフガン農民の視点にたって、テロ特措法の是非を考えていただきたい。

(毎日新聞2007年8月31日に一部加筆)

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「連合」は格差是正に取り組む新路線で、「生きづらさ」と闘え

 「連合」の定期大会で、高木会長は、今後2年間、非正社員への支援と組織化に最優先で取り組むとする運動方針案を提起した。
 
 「連合」は、これまで、大企業正社員と公務員に軸を置いて活動してきたが、組合員数が減少し続け、組織は、じり貧状態にあった。他方で、バブル崩壊後の長期不況や構造改革路線によって、1700万人を超えるパートや派遣などの非正規雇用労働者は拡大し続けてきた。都市部を中心とする景気回復によって、一部業種や新卒採用などでは雇用が拡大しつつあるが、都市部と地方、正規と非正規の格差は、拡大・固定したままである。
 
 あいさつで高木会長は、「非正社員の現状への感度が鈍いと批判されている連合運動の鼎の軽重が問われており、運動の柱に据えたい」と述べたという。連合執行部が、「連合」のこれまでの路線を自己批判したもので、現状にやっと目を向け、対策に本腰を入れると宣言したのである。遅いが、良い方向への路線転換と思うから、一定、評価したい。もはや大企業正社員と公務員だけでは、労働運動がじり貧であることは目に見えている。そのことは、先の「連合」会長選挙において、女性パート労働者の組合委員長の鴨下桃代さんが、高木会長と争って善戦したことに示された組合指導部の危機感の大きさに現われていた。

 非正規雇用若年労働者の労組をつくる動きが、活発になり、介護大手のグッドウィル・ユニオンなどは、組合員を拡大し続けている。

 雨宮処凛さんは相変わらずパワフルだ。彼女は、『マガジン9条』127号の「雨宮処凛がいく」で、「それぞれの「生きづらさ」を抱えながら、だけどみんな、「生きてるぞ! 」と全身で訴えている。そういうことにしか、私はこれからも感動しないと思う」と書いている。このような人々の「生きづらさ」に共感する感性が、大企業正社員と公務員の労組になってしまった「連合」労働運動には必要だ。たぶん、雨宮さんと赤木智弘君の違いの一つは、「生きているぞ!」と全身で訴えていることに感動しているかしていないかという点にある。もっとも、それぞれが、自分の「生きづらさ」の原因を追求し続けることから、今日の社会やシステムの問題を考えているのは共通するのだが。
 
 アメリカのイラク反戦運動の象徴となり、アメリカ国家に対して、戦死した息子の死の意味を問い続け、運動の先頭に立って闘い続けている反戦の母シンディ・シーハンさんは、自らが、「生きているぞ!」と全身で訴えることによって、国家による殺人を告発し続けている。雨宮さんとシーハンさんは、海を隔てた遠い国で生きながら、生きる姿勢において同志である。
 

 非正社員支援、運動の柱に 連合定期大会で高木会長(『東京新聞』2007年10月11日)

 連合(667万人)は11日、東京都内で定期大会を開き、非正社員への支援と組織化に最優先で取り組むとする今後2年間の運動方針を提案した。大企業正社員と公務員に軸足を置いてきた路線の転換となる。

 高木剛会長はあいさつで「1700万人を超える人がパートや派遣などで働き、多くが低所得という状況が格差社会への懸念を強めている。非正社員の現状への感度が鈍いと批判されている連合運動の鼎の軽重が問われており、運動の柱に据えたい」と述べた。

 具体的には本部に「非正規労働センター」を新設。インターネット上で非正社員に情報提供したり、労働相談に応じたりするという。

 低下傾向が続く労組の組織率に関して高木会長は「労働運動の死活ラインすれすれまで低下したという認識を持たなければならない」と危機感を示し「700万人連合への復活」を目標に掲げた。(共同)

 連合の方針転換/「非正規」支援優先、後は実行(『河北新報』社説10月11日)

 日本最大の労働組合のナショナルセンター、連合(高木剛会長)が、非正規労働者の支援に本格的に乗り出す。

 パート、契約、派遣といった非正規労働者や中小零細企業の労働者に対する支援・連携の強化、組織化を最優先とする今後2年間の運動方針案が、11、12両日の定期大会で正式に承認される見通しだ。

 大企業の正社員や公務員中心の連合の方針転換だ。歯止めがかからない組織率低下と、働いてもまっとうな暮らしができないワーキングプア(働く貧困層)に象徴される非正規労働者の著しい処遇の劣化が背景にある。

 自らの職場を守る活動に終始する一方、非正規労働者の均等待遇を担保できないまま、労働市場の規制緩和を許し、組織の弱体化と格差の拡大を招いたとの反省が重い腰を上げさせた。

 労組と縁の薄い「非正規」が労働者の3割強を占める現状を踏まえれば、方針転換は必然であり、背水の一手でもある。

 運動方針案によると、「非正規労働センター」(仮称)を全国の地域協議会などに設置。雇用・労働条件をめぐる総合的な相談業務と組織化を図る。インターネットを利用した労働者のネットワーク化の推進なども盛り込んだ。

 実際、「非正規」の窮状をうかがわせるデータは多い。

 民間企業で働く人の昨年の平均年収は、9年連続で減少した(国税庁調べ)。低賃金の「非正規」雇用が増えているためで、200万円以下が21年ぶりに1000万人を超えた。

 日雇い派遣労働者の平均月収は15万円前後(厚生労働省調べ)。大半がこれで生計を立てているという。弁護士や労組でつくる「派遣労働ネットワーク」の別の調査で、「現在の収入で十分生活できる」と答えたのは9%にとどまった。

 ここにきて、結婚・出産もままならない「下層」拡大への問題意識が高まり始めている。

 厚労省は企業業績の好転が個人に還元されていない実態を重視、今年の「労働経済の分析」(労働経済白書)に労働分配率強化の必要性を明示した。

 現状の打開に自ら動く若者らも現れた。

 製造業派遣大手「日研総業」の派遣労働者でつくる日研総業ユニオンは、派遣会社に加えて派遣先の会社も団体交渉に引っ張り出し、直接雇用と時給引き上げの成果を勝ち取った。

 組合活動の価値が再認識される兆しは確かにある。ただ、待遇改善の方途を熟知し行動を起こせる人はそうはいまい。
 労働市場の弾力化・就業形態の多様化が進む中で、均等待遇の確保を要とする労働環境の改善に向けた連合の役割は重い、と言わざるを得ない。

 組織の壁を乗り越える意識改革が、掲げた運動の成否を左右する。その積み重ねは同時に、労働者派遣法の改正など、労働側の意向をくみ取った労働法制実現の力にもなるはずだ。

 論より実行。連合は存在意義を問い直し、今、危機を再生につなげる「最後の機会」と心得るべきだ。

 山形映画祭と「こわれ者の祭典」、の巻(『マガジン9条』http://www.magazine9.jp/)127号10月10日)

 10月5日、この連載の第10回でも紹介させて頂いたドキュメンタリー映画「遭難フリーター」が山形国際ドキュメンタリー映画祭に正式招待され、上映されたので行ってきた。監督は24歳。現在も派遣でテレアポの仕事をするバリバリのフリーター。そんなフリーターがドキュメンタリー監督の登竜門とも言われる映画祭に正式招待されてしまうのだから人生ってわからない。

 が、とにかくこの作品、素晴らしいのだ。アドバイザーである私が言うのもなんだが、現代のフリーター問題のすべてが詰まっていると言っても過言ではないだろう。派遣会社の横暴さ、大企業の派遣社員に対する冷酷さ、そして現場で働く派遣の人々の生の声が痛々しく、切ない。彼らは何も多くのものを求めてなどいない。ただ、普通に働いたら食べられるだけのお金がほしい、できたら正社員になってボーナスが欲しい、たったそれだけだ。そして「格差社会」や「ワーキングプア」など「社会問題の当事者」として扱われることへの居心地の悪さ。自分たちはただ必死で生きているだけなのに、勝手に「負け犬」「奴隷」とレッテルをはられ、「なんとかしろ」と無意味な説教をされる。それらに対するイライラやモヤモヤを、監督であり主人公であるぶっちは、この作品で爆発させている。上映後、舞台挨拶でぶっちは言った。
「ただ、自分が生きる、生きてるってことを撮りました」

 若者にいくら「格差社会の犠牲者」と言っても、彼らはそれ以前の世界を知らない。終身雇用の世界も、経済成長の世界も、右肩上がりの世界も。だからこそ、一人一人が右往左往しながら必死で生き方そのものを模索している。そう、「生き方」こそが失われているのだから、自分で探すしかないのだ。「遭難フリーター」を見ながら、自分が最近書いた原稿を思い出した。発売されたばかりの『世界』11月号で、私は「ロストジェネレーションの仕組まれた生きづらさ?『九五年ショック』と強要される『自分探し』」という原稿を書いた。「ロストジェネレーション」の「ロスト」が何を失ったことを指すのか、それを考えた果てに、失ったものは結局「生き方」そのものではないかと思ったのだ。「社会に出て働いて自活する」ということが多くの若者にとって「不可能」となった時(24歳以下の非正規雇用率は50%近く)、親世代が望む「安定した」人生のモデルは破綻した。そしてどうすれば最低限餓死せずに、過労死せずに、或いは少しでも「幸せ」に生きていけるのか、そんなことさえわからなくなってしまった。そんな地平に立たされた世代からの逆襲が「遭難フリーター」だ。

 さて、遭難フリーターの翌日は山形から新潟へ。「正規雇用、非正規雇用って何? ?若者の就労の現状を探るシンポジウム」で話してきた。私の話のあとに、障害者就業支援をしている人や「父ちゃん子育て協力の会」、そして商店主の方々も登場。そこで(途中参加で私の話を聞いていなかった)一部から「とにかく挨拶が大事」という精神論、「労働者の権利なんて言ったら自分は『さようなら』という気持ちになる」などという、私にとってはブチ切れキーワードも登場。多くの大人と言われる人たちが若者に、「働かせてもらうなら労働者の権利なんて言ってはいけないし考えてもいけない」という嘘をどれほどバラまいているだろう。その果てに過労死・過労自殺に追い込まれた人々の取材をしている身からすると、そういう発言はもはや暴力だと思うのだ。「そうですか、そう言い続けた果てにお宅のお子さんがひどい働かされ方をしてボロボロになった果てに死んでもそう言うわけですね?」と詰め寄りたくなる。

   ぶっちは映画祭期間中も「遭難」中。泊まるとこがなくて、紙袋持参でネットカフェに泊まっていた。

 その翌日は新潟で「こわれ者の祭典」。「こわれ者の祭典」は心身障害者パフォーマンスイベントで、私は名誉会長をつとめているのだが、久々に見た「こわれ者」はものすごく「パワーアップ」していて驚いた。今回のテーマは「ストップ・ザ・自殺」。ネット心中などの「死に向かう共同体」ではなく、その力を生きる方に向けていこうという彼らの取り組みは多くのファンを得て成長し続けている。で、これがなんと「お笑いイベント」なのだ。脳性まひの若い二人組が「脳性まひブラザーズ」を結成してコントを披露する。筋ジストロフィーの人が登場すると、脳性まひブラザーズは「カッコいい!」と叫ぶ。「脳性まひ」という言葉より「筋ジストロフィー」の方が、病名がカタカナで「カッコいい」そうだ。で、筋ジストロフィーの19歳の少年は「お笑い」に生きる勇気をもらったことから自分も芸人になりたいと思い、この日、新潟のお笑い集団NAMARAから芸人認定され、正式デビュー。その後「落語」だかなんだかよくわからないけど、とにかく素晴らしい話術を披露してくれた。「ハエにもバカにされた」とか、金が欲しくて有名になりたくて年齢問わず女にモテたいとか、煩悩全開の彼の表現は素晴らしいオリジナリティに満ちている。

 その後に登場した同じく筋ジストロフィーの2人は推定50代。林業の経験がある畑山さんが車椅子で「あの杉のように」という自作の歌を歌うのだが、無茶苦茶感動的なのだ。病気によって衰えていく身体、差別、偏見などの苦しみ。そしてあの杉のように生きたいと朗々と美声で歌い上げる。そうして次は車椅子で行商をしている渡辺さんが自作の詩を披露。病気を受け入れられずに葛藤した日々を語り、そして、言う。「手足がきかないのは、大したことじゃない。寝返りできないのは、大したことじゃない」。そう思って、車椅子で行商を始める。「車椅子で物売りをしていると、自分は身体が悪くないみたいだ。社会の中で生きていると感じる」。朴訥とした語り方がたまらなく迫ってくる。

 遭難フリーターと、こわれ者の祭典。それぞれの「生きづらさ」を抱えながら、だけどみんな、「生きてるぞ! 」と全身で訴えている。そういうことにしか、私はこれからも感動しないと思う。

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ゲバラ没後40年

  10月9日は、チェ・ゲバラ没後40年であった。その追悼集会が、キューバをはじめ、世界各地で行われた。日本でも、「10.8ゲバラ没40周年記念フォーラム」が東京であり、会場のキャパシティを超える130人あまりが集まった。

  この日を前に、『毎日新聞』の発信箱というコラムで、玉木氏は、「遠くを見やるベレー帽の肖像はアートとして定着し、ポスターや看板、Tシャツ、スタジアムの応援席などあらゆる場にある。彼のはるかなる革命を思うまなざしはファッション街の空に向いている」と書いている。確かに、ゲバラは、アートやファッションの世界で、若者などの中に生き続けている。ゲバラは、今や神話上の人物である。その旗は、サッカー・スタジアムの応援席で、日の丸と共に振られている。不思議な光景だが、実際そうなのだ。ゲバラは、今や若者たちの何かを代表している象徴なのである。日の丸では象徴できない何かを象徴しているのだ。

  彼はアルゼンチン人だが、亡命中のカストロに出会い、無謀とも言えるグランマ号でのキューバへの上陸、そして農山村を拠点にしたゲリラ戦に参加する。腐敗したキューバの特権階級の独裁政府に対する闘いで、ゲリラの士気は高く、高い規律を維持した。その後、カストロ政権の大臣となるが、ソ連派と対立、後に、ボリビアに潜入し、国境を越えるアメリカ大陸革命の最先頭に立とうとした。そして、ボリビアで、最期を遂げるのである。

  彼の「不屈の理想主義と直接行動主義」は世界に共鳴者を得た。ちょうど、世界的な学生反乱の時代であり、ベトナム反戦、学園闘争が、世界中で同時に高揚していた時代である。

 それから、40年もの時を隔てている今、若者たちが、ゲバラのTシャツを着て、ゲバラのポスターを貼っているのは、ゲバラの理想に生きる姿に共感するからだろう。

 太田昌国氏は、「ゲバラを理想主義者の高みに持ち上げて捉える時期は、とうに過ぎている」と言うのだが、しかし、現代の若者たちの心を捉える何かを象徴しているゲバラはやはり神話の人物と化しているのであり、そうして生き続けていることを考えると、はたして、それでいいのだろうかという疑問を感じる。たしかに、「どの時期を見ても、彼は自らを囲む現実と相渉り、喜び、悩み、苦しみ、傷ついている」。だからこそ、理想を追い求めたのではないだろうか? 
 
 「それを感受している人びとこそが、彼とその時代の経験を大事にしつつも、それを超える新たな価値を創りだすための模索をしている」。それはそうだろう。要するに、それを感受できる人々は、ゲバラ同様、理想主義者である他はないということである。別の道を模索しているにしても、やはり理想主義者であることに変わりはないはずだ。それを、悪いこととは思わない。
 
 「彼が信じ、そのために生きた社会主義の理想は、現実には敗北した。彼は、ソ連型社会主義に対する痛烈な批判者であったが、そのソ連邦は崩壊して今や存在せず、社会主義そのものも危機に瀕している。ゲリラ兵士という、かつてなら未来への夢や理想主義にも通じる響きを持っていた呼称は消え去った。武装する者の多くは、その思想と行動形態に理想主義のかけらも見出されないことから、「テロリズム」と冷たく名づけられる時代がきた」。
 
 これは、ちょっと、待てよである。社会主義の理想は、敗北などしていない。ハイエクを生んだ近代経済学のオーストリア学派からさえ、社会主義者が出ているように、社会主義の理想は現代でも生きている。ソ連型計画経済が潰えたからといって、社会計画一般まで敗北したわけではない。それについては、故森島通夫ロンドン大学名誉教授の「思想としての近代経済学」(岩波新書)を参照されたい。単純化して言えば、氏の考えでは、現代の市場主義者にしても、均衡論を取っている限りは、経済学的には社会主義者と言ってよいということになる。今、新自由主義路線は、半社会主義的なケインズ主義との折衷に修正されつつある。もちろん、今の社会主義の理想は、昔とは内容が違う。
 
 それから、例えば、チェチェン解放闘争で、そのゲリラ兵士は、ロシアなどから「テロリズム」扱いをされてはいるが、そのチェチェン独立の思想と行動形態に理想主義のかけらも見出されないのだろうか? そうは思わない。サパティスタは、武装しているし、政府軍と戦闘も行っているれっきとしたゲリラである。ついこの前、過去のゲリラ闘争を含む解放闘争の歴史を継承する者として、自らを位置づけたばかりのはずである。それから、サパティスタは、反資本主義という旗をはっきりと掲げている。確かに、反前衛主義的ではあるが、どんな社会運動だって、先頭に立って、旗を振る人はいるし、そういう意味での前衛まで否定したら、運動そのものがなくなってしまうのではないだろうか? 偉大な女性革命家ローザ・ルクセンブルクは、運動は自然発生するとして待機主義に陥った第2インターの指導部を、痛烈に批判した。彼女もまた「自らを囲む現実と相渉り、喜び、悩み、苦しみ、傷ついている」理想主義者であった。彼女の手紙(岩波文庫)を読めば、それは誰にも明らかである。
 
 玉木氏は、「多くの若者はゲバラの何者たるかを知らない。そんなことは関係なく、時を超えて若い世代を鼓舞する何かを彼は発しているのだろう」と言うけれども、若者などは、そこまで、ゲバラに無知ということもないだろう。人々の「声なき声」を伝えるのは、知識人の役割だとカルチャル・スタディーズ派の誰かが言っていたように思うが、ゲバラのTシャツを着ることで、若者などがどのような「声なき声」を発しているのか、気になるところである。

発信箱:天国の味=玉木研二(『毎日新聞』2007年10月2日)

 チェ・ゲバラは1928年アルゼンチンに生まれ、ブエノスアイレスで医学を修めた。キューバのカストロに共鳴し武力革命に参加、成功させるが、政権の地位になじまず、中南米革命の理想に従いボリビアに潜る。山岳ゲリラを指導中の67年10月8日、政府軍の襲撃に負傷して捕まり、翌日処刑された。ちょうど40年になる。

 革命を決意したのは医学生だった51年、モーターサイクルで大陸を旅し、貧困、搾取、差別、虐待を目の当たりにしてからだ。特にインディオの境遇は悲惨だった。

 ボリビアの山中を移動しながら付けた日記がある。死の1週間前の2日付。「コーヒーを作った。水は苦く、湯をわかすのに使ったやかんには油が浮いていたにもかかわらず、天国のような味であった」(「ゲバラ日記」仲晃・丹羽光男訳、みすず書房)

 17人のゲリラ部隊は孤立無援に追い込まれていた。「天国の味」のくつろぎもつかの間、日記は7日付で絶える。苦難をつづりながら最後の行まで全く絶望の色がない。

 それがゲバラの真骨頂であり、不屈の理想主義と直接行動主義は世界中に共鳴者を生み、デモやバリケードには肖像が掲げられた。

 時代は移った。遠くを見やるベレー帽の肖像はアートとして定着し、ポスターや看板、Tシャツ、スタジアムの応援席などあらゆる場にある。彼のはるかなる革命を思うまなざしはファッション街の空に向いている。

 多くの若者はゲバラの何者たるかを知らない。そんなことは関係なく、時を超えて若い世代を鼓舞する何かを彼は発しているのだろう。(論説室)

現在を読む「ゲバラ没後40年」今なお豊かさを増すその物語 太田昌国(『毎日新聞』2007年10月8日)

 エルネスト・チェ・ゲバラが南米ボリビアの山中で殺されたのは、1967年10月9日のことだった。ちょうど死後40年である。反帝国主義・民族解放の理想の下に、彼とその部隊はゲリラ闘争を戦っていた。しかし、政府軍との攻防で負傷して捕虜となり、翌日、裁判もないままに銃殺された。
 
 ゲバラは、人間が人間の敵である資本主義社会の原理とは正反対の、友愛に満ちた水平的な社会主義者であった。合法的な手段による社会変革の道が閉ざされている独裁政権下の国々では、武装闘争こそが解放へと至る道であると確信していた。自らその立場を貫き、体力的にゲリラ戦士としての限界を感じ始めた39歳で死んだ。
 
 コロンビアのノーベル文学賞作家ガルシア・マルケスはゲバラと同時代人で、成年も同じだ。代表作『百年の孤独』はゲバラが死んだ67年に公刊された。ゲバラの死を知ったマルケスは、明らかに彼へのオマージュとして、見事な短編「この世でいちばん美しい水死人」を書いた。その死は、立場を超えて、多くの人々に悼まれた。

 だが彼の死後40年の間に、世界の情勢はすっかり変わった。彼が信じ、そのために生きた社会主義の理想は、現実には敗北した。彼は、ソ連型社会主義に対する痛烈な批判者であったが、そのソ連邦は崩壊して今や存在せず、社会主義そのものも危機に瀕している。ゲリラ兵士という、かつてなら未来への夢や理想主義にも通じる響きを持っていた呼称は消え去った。武装する者の多くは、その思想と行動形態に理想主義のかけらも見出されないことから、「テロリズム」と冷たく名づけられる時代がきた。
 
 かつてゲバラが体現していた価値は、40年後の今すっかり地に墜ちたかのように見える。だが、ゲバラは世界中で、人々の注目を浴び続けている。著作集は繰り返し出版され、新たな読者を得ている。フォトジェニックな(写真向きの)容姿をした彼を捉えた写真集ばかりか、カメラ好きだった彼が撮った写真も注目されている。大部な評伝が複数の著者によって書かれ、先般評判になった『モーターサイクル・ダイアリーズ』以後も、その生涯を映画で描く企画も絶えることがない。
 
 権力の座にしがみつくことなく身綺麗に生きた人間への共感があろう。その生涯を彩る革命的ロマンティシズムへの憧憬もあろう。現実の世界が、興ざめの様相を呈すれば呈するほどに、それを超越して生きたかに見える人への関心が高まることはあり得よう。
 
 だが、ゲバラを理想主義者の高みに持ち上げて捉える時期は、とうに過ぎている。どの時期を見ても、彼は自らを囲む現実と相渉り、喜び、悩み、苦しみ、傷ついている。それを感受している人びとこそが、彼とその時代の経験を大事にしつつも、それを超える新たな価値を創りだすための模索をしている。彼にとって躓きの石のひとつは、その前衛主義的な志向であったといえようが、ラテンアメリカをはじめ世界各地には、垂直的な前衛主義を乗り越えようとする社会運動が多様に存在している。白人ゲバラは40年前、先住民族との出会いに失敗した。今、メキシコのサパティスタのように、ボリビアで先住民大統領の誕生を実現した運動のように、ゲバラを社会革命の先駆者としてみなしながら、それとは別な道を探る先住民族の動きが活発化している。
 
 日本の視座から見るなら、次の事実はもっと注目されてよい。キューバ革命勝利の年の59年、ゲバラは経済代表団団長として来日した。受け入れ側の日本外務省は、千鳥ヶ淵墓園への献花を予定に組み入れたが、「日本の兵士はアジアで多くの人々を殺戮したから、献花はできない」と断り、広島こそが私の行きたい街だと主張して、それを実現した。原爆資料館を見た彼は「米国にこんなにされてなお、言いなりになるのか」という言葉を案内者に語った。
 
 ゲバラの敗北から目を逸らさない現代の社会運動や、時代を超えて生き続ける挿話を通して、「ゲバラとその時代」は、なお豊かさをましていくだろう。

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名も無き公僕氏のコメントについて

 「名も無き公僕」さんから、コメントを頂いた。

  コメント内容については、以下の「美しい壺日記」ブログhttp://dj19.blog86.fc2.com/の記事が、基本的に答えているように思うので、参考に下に貼っておいた。

  なお、関連して、知足氏のマスコミ情報操作撃退作戦ブログに、右派のチャンネル桜の番組が紹介されていたので、観てみたが、笑った。言われていることは、でたらめで、分析も稚拙で、しかも、取りようによっては、沖縄もシンガポールのように産業立国として独立した方がいいとも取れるような沖縄独立論を主張しているようなものであった。司会者が示した沖縄の米軍基地を記した地図は、県の面積に対して、いかに基地の占める割合が多いかが、誰もが一目でわかるものであった。1948年に中華民国の飛行機が強行着陸したことをもって、中国によって沖縄が占領される危機だったと、中国大陸は、内戦状態であったという事実も、無視して、そんなことを言う。これは、それとも、台湾に逃れた国民党軍による占領という意味なのだろうか? さっぱり意味がわからない。司会者も講演者も、しどろもどろ、口ごもりながらの意味のよく分からない要領を得ない発言ばかりの番組である。在日利権の話の時もそうだったが、それらしいことを暗示するばかりで、明快な具体的証拠をもって、人を説得するというようなものではない。こんなものに簡単に引っかかる者はそんなにはいないだろう。途中、日本国民は優秀だからなどとおだてようとするが、そんな見え透いたよいしょに簡単に乗るほど、人々は馬鹿じゃない。馬鹿にするな!

 今、裁判で係争中の、渡嘉敷島(赤松元守備隊長の遺族)と座間味島の梅澤元隊長の集団自決の軍命の有無その他が、焦点になっている。この件について、「沖縄戦裁判」のホームページhttp://www.sakai.zaq.ne.jp/okinawasen/index.html に、今年6月27日の大阪地裁での宮城初枝さんの娘の晴美さんの陳述書が掲載されている。 それによると、彼女が、母初枝さんから聞いたのは、「母は、少なくとも自分の目の前での部隊長の自決命令はなかったということでそのことを梅澤氏に告白し、手記を書き改めたのですが、確かに3月25日の助役とのやりとりの際に、梅澤部隊長は自決用の弾薬は渡していませんが、「今晩は一応お帰りください。お帰りください」といっただけで、自決をやめさせようとはしていません。住民が自決せざるをえないことを承知のうえで、ただ軍の貴重な武器である弾薬を梅澤氏自ら渡すことはしなかったというに過ぎなかったのではないかと思います」ということである。

 それから、助役が集団自決の指令者であり、軍や梅澤隊長が命令したわけではないという言い分については、晴美さんは以下のように、陳述している。

  助役(兵事主任・防衛隊長)の伝令と軍命

 座間味島の住民の多くは、1945年(昭和20年)3月25日の夜、役場職員の伝令から忠魂前に集まるよう伝えられています。この伝令は日本軍の駐留以来、軍の命令を住民に伝える役割があり、彼が艦砲射撃の中を息せき切って忠魂碑前に集まるよう伝えにきたことだけでも、住民は軍から自決命令が出たと受け止め、晴れ着を着て忠魂碑前に向かったのです。
これは、先に述べましたように、座間味島の人たちが、あらかじめ日本軍から米軍上陸時には投降することなく、玉砕するよう指示されていたからにほかなりません。捕虜となった場合、かねてから日本軍によって流布された鬼畜米英に殺されるという恐怖心が植え付けられていたことは当然ですが、秘密基地としての島の役割が敵に知られることをおそれ、住民が信用できない、あるいはスパイになりかねないという差別意識を持つ日本軍からどんな仕打ちを受けるかわからないという恐怖心も働いていたと思います。
   座間味村の助役(兵事主任兼防衛隊長)の宮里盛秀氏は、1945年(昭和20年)3月25日の夜、父盛永氏らに、「軍からの命令で、敵が上陸してきたら玉砕するように言われている。まちがいなく上陸になる。国の命令だから、いさぎよく一緒に自決しましょう。敵の手にとられるより自決したほうがいい。今夜11時半に忠魂碑の前に集合することになっている」と告げたとのことですが(乙51宮平春子氏陳述書)、前述しましたように、私も最近宮平春子さんからそのとおり話を聞きました。盛秀氏ら村の幹部は、あらかじめ日本軍から、米軍上陸時には村民は自決するよう指示されていたので、伝令を通じて自決のため忠魂碑前に集合するよう村民に軍の命令を伝えたものと考えられます。
   また、本書218~219頁にも書きましたが、忠魂碑から引き返してきた助役一家が農業組合壕に戻った際、大勢の住民が入っていて「ここは役場職員の壕です。一般の方々は出てください」と盛秀氏は住民に呼びかけます。しかし奥に入っている住民から「死ぬなら全員一緒だ」「壕を出されたら自分たちはどうすればよいのか。一緒に死なせてください」と反発と懇願の声が上がりますが、その時に盛秀氏が「皆さんは自由にしてください。自分のことは自分で考えてください。私には自分たちの責任しかとれず、あなた方の責任まではとれないのです」と話したことが春子さんの証言でわかりました。つまり、盛秀氏が命令して「玉砕」しようというのであれば、何も住民を壕から追い出さず、一緒に死ねばよいだけのことですが、盛秀氏は、軍からの命令に従って自分の家族と役場職員の身の処し方を考えていたと思われます。

 この宮城陳述が、周りの圧力で無理に言わされているという感じはしない。二件の裁判が係争中であることをもって、従来の学説が揺らいだと決めつけた文科省の検定意見が、政治的で、史実をゆがめたものであったので、それを元に戻すのが、史実に忠実ということになる。住民の集団自決は、別に、裁判中の二島のみで起きたことではない。一部で事実関係を争う裁判があるからといって、その他のケースを含む全体まで否定することはできない。文科省にとって都合の良い説を過大に評価して、政治的な検定意見をつけたのである。

   [沖縄戦集団自決]誤りだらけの産経【主張】

 産経にとって虚偽、歪曲、偏向、捏造報道は麻薬みたいなもので、ヤメられないようです。

10/03産経 【主張】教科書検定 政治介入排し事実正確に
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/87957/
高校教科書の沖縄戦集団自決に関する記述に付けられた検定の撤回を求める動きが続いている。教科書検定は政治的な動きに左右されてはならない。正確な歴史の記述を求めたい。

 同意です。中立性や正確性を逸脱した教科書を作っている「つくる会」関係者が文科省の教科書調査官という立場を利用し検定に関わり、教科書から日本軍の「関与」「強制」を削除させたうえで同省の内部決裁を経ていたということは、文科省が口出しできる仕組みそのものであり、安倍内閣が政治的に介入したことは明らかです。ですから、自分も元の正確な歴史の記述に戻すことを求めます。

教科書検定への批判には、大きな誤解や論点のすり替えがある。

 論点を2人の隊長による「軍命」の有無にすり替えているのは産経です。

今回の検定前の教科書には「日本軍のくばった手榴弾(しゅりゅうだん)で集団自害と殺しあいをさせ」など、軍の命令で強制されたとする誤った記述があった。

 手榴弾を配った日本兵に、これで「自決しなさい」「死になさい」と命じられたとする多くの住民の証言や、米軍が上陸直後にまとめた資料に、日本兵が住民に集団自決を「命令」したことを示す記述があり、誤った記述ではありません。間違ってるのは産経です。

検定意見は近年の研究や証言に基づき軍命令説の誤りを指摘したものだ。前述の記述は検定の結果、教科書会社側が「日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺し合いがおこった」との表現に修正した。

 その記述では「日本軍のくばった手榴弾で住民が勝手に殺し合った」と読めるので事実と違います。

検定は、軍の関与や体験者の証言を否定するものではない。

 ウソはやめてください。
 日本軍という主体まで削除された教科書があります。
(こちら)

集団自決は、米軍が沖縄本島西の渡嘉敷島、座間味島などに上陸したときに起き、渡嘉敷島では300人以上が亡くなった。その後の地上戦で12万人を超える沖縄県民が戦死した。この悲劇は決して忘れてはならない。軍命令説は、昭和25年発刊の沖縄タイムス社の『鉄の暴風』に記され、作家の大江健三郎氏の『沖縄ノート』などに孫引きされた。だが作家の曽野綾子氏が渡嘉敷島で取材した『ある神話の背景』をはじめ、調査や証言で軍命令説は信憑(しんぴょう)性を失っている。渡嘉敷、座間味での集団自決は両島の守備隊長の命令だったとされてきた。しかし遺族年金受給のために「軍命令だった」と関係者が偽っていたことなどが明らかになった。大江氏の『沖縄ノート』に対して元守備隊長や遺族らが誤った記述で名誉を傷つけられたとして訴訟も起きている。渡海紀三朗文部科学相は教科書会社から訂正申請があれば書き換えに応じる可能性を示した。検定意見の撤回を求め沖縄県で開かれた大規模集会などを受けたものだ。しかし、訂正申請は誤記・誤植や統計資料の更新など客観的事実の変更に限られるべきだ。検定の方針が変わることはあってはならない。民主党が検定の撤回や見直しを求めていることは教科書への政治介入である。教科書には実証に基づいた正確な記述が必要だ。政治的思惑で歴史事実を書き換えることは許されない。

 これは前回のエントリーで書いた、軍の関与や強制を「軍命令説」にすり替え騙す手法「藁人形を叩く」というやつですね。

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三上治氏「安倍晋三の贈り物(弐)」を読んで

 以下は、「成島忠夫後援会ニュース」No37に載っていた三上治氏の文章である。これには、(壱)があり、それは同ニュースのNo36に載っている。ただ、それは、安部政治批判であって、それは主に、対北朝鮮政策・拉致問題への強硬姿勢が、安部人気を支えていたというものであった。それに対して、(弐)は、歴史・文化や価値観の領域に踏み込んだ上での積極的な提起が含まれていて、読み応えのある文章である。

 最後の、「国家に誇りをではなく、生活に、生きていることに誇りを持ち、そこから生み出される価値や規律が重要なのだ」ということが、三上氏の対抗文化であり政治ということである。これは、憲法25条の基本思想であり、この条項は、日本人政治家の手で、条文化され、日本国憲法に入れられた。それまでの戦争=死の称揚・賛美、死の思想、死の文化に対して、生活、「生きる」ことの称揚であり、生の思想、生の文化の肯定であり、それらに誇りを持つことを対置したのである。25条は、戦前の国家が、人々に生活や生をあきらめさせ、それよりもお国のための死こそ美であり価値があるとし、賛美して、それを宗教イデオロギーが支えたのに対する批判であり、それとの決別を表現しているのである。

 氏は、「国家的なものの復権はブッシュなら、アメリカの宗教右派(キリスト教右派)と組んだナショナリズム性を帯びる」ということを指摘している。アメリカの宗教右派は、平気で、ベネズエラのチャベス大統領を殺害せよと公言するように、善なるアメリカに対する敵=悪を制裁することを求める。狂信的な福音主義信者が、中絶公認派を襲撃し、殺害したこともある。そこには、モラルの根拠を絶対神の超越性に求める宗教右派のモラル観がある。それは、かれらが、60年代のリベラリズムをモラル崩壊の元凶と批判したレーガン主義を支持した理由である。しかし、それは、経済学的には、ケインズ主義のモラル革命の帰結であり、過去の倫理・文化に対する新たな倫理・文化の対置であった。
 
 ケインズ主義は、それまでの功利主義道徳・文化を批判して、非功利主義道徳・文化を対置した。ケインズ革命は、新古典派の価値観・人間観・道徳・文化までを対象とする経済学の革新だったのであり、それが、アメリカの60年代の豊かな社会を実現したことで、あらゆる分野を革新することになったのである。それは、ベトナム戦争の泥沼の中で、潰えていくのであるが。経済的には、インフレーション、そして、財政赤字と貿易赤字の双子の赤字に追い込まれることによって。そして、80年代のレーガン大統領の誕生とレーガノミクスの実施ということになる。インフレを抑えるための緊縮財政政策は、それに耐えるためのモラル強化を必要とした。それを国家主義と宗教右派の復興によってはかろうとしたのである。このモラルのモデルは、近代軍隊であった。
 
 三上氏は、「軍隊は工場や学校などの近代的諸組織の規律の模範となったものであった」ことを指摘している。それ以前は、宗教施設であったという。この辺は、フーコーの「監獄の誕生」あたりを踏まえているのだろう。ただ、これはヨーロッパの場合であって、日本の場合はどうなのかはまた歴史的検証のいるところである。
 
 その上で、三上氏は、「僕らが世界的に「近代ヨーロッパ」的なもの(国民経済や国民国家)の減衰というとき、国家の枠組みとしてそれを見ている。その枠組みを普遍的で絶対的と見ているが限り、この現象に危機感を持つだろう」と指摘している。しかし、「国家よりも僕らの生活(存在)の方が広いし大きいものである。近代は国家の興隆期であり、それはあたかも国家が生活よりも大きいという現象としてある。近代が減衰し、国家よりも国民の生活の方が広くて全面的なものだというのは、「近代」の成熟過程を経て出てきているのである。そこを読み取らなければならない。この観点に立つとき現在から未来のイメージを違って描けるのである」という。
 
 ようするに、国家という枠組みで見ている限り、生活(存在)の広がりという「近代」の成熟を捉えられず、過去に引き戻されてしまうということである。だから、歴史修正主義者やナショナリストは、過去へ過去へと向かっていくということになる。
 
 それは、「戦後のイデオロギーや思想が国家の力の減衰を招いているのではない。国民の成熟が、それによる現実の自由の進展がそれを生み出しているのだ。ここで大事なことは世界的に国家権力を減衰させているのは国民の現実を超える自由が生み出されているためであることを認識することだ。現実に生まれているこの自由を実現し、可能にする政治思想(権力についての思想)が不在なために、国家の復権を志向する思想とそれを反動として対立する戦後思想の対抗関係が生まれているだけである」と三上氏は言う。
 
 そして、氏は、藤原正彦氏のベストセラー『国家の品格』を取り上げる。
 
 氏は、「藤原正彦の着眼点は悪くはないが、彼の欠陥はこの「情緒」という日本の文化的価値を安易に国家と結びつけたこと」を批判する。その上で、「彼にはまともな国家についての考察はないのだが、ここのところは、本当はものすごく注意のいるところである。歴史的な段階概念として、東洋的段階やアジア的段階があり、これとは別の段階としての西欧的段階があるというのはよい。日本文化というときそこには東洋的、アジア的段階が濃厚に残っているというのもよい。それらは現在の日本文化を構成する要素であり、現在は日本文化を共時(複合)的に構成しているのである」というヘーゲル的な歴史段階論を提示する。これはもちろん、吉本主義者たる三上氏が吉本隆明の考えを敷衍したものだ。
 
 さらに、氏は、「東洋的段階の文化も西欧的文化も共時的にあり、文化の内部構造としてその両面を見ることを強調するのはよい。無意識のうちに身体化し、遺伝化しているアジア的、東洋的段階の感性や思考に注目するのは当然である」として、普遍的な人類の歴史段階の混在を指摘する。日本文化とは、これらの複合であって、単独の文明というハンチントンの日本文明論を否定して、「例えば、戦前に国体という概念の中心として主張された天皇制は中国的なアジア専制とも、ヨーロッパ的な君主制とも違った。だが、これはアジア地域に、時にはアフリカにもある政治権力の形態であり、日本的なものでもない。日本に残るアジア的形態の残っている姿である。これを日本の固有なものとするのは違うことである」と指摘している。人類史のアフリカ的段階・アジア的段階・東洋的段階の複合の仕方に日本の独自性があるというのである。すなわち、「日本列島の中で住民が育ててきた文化は重層的で複合的である。アフリカ的段階、アジア的段階、西欧的段階が日本文化の構成要素としてある。東洋的なものの中でも儒教的なものも、仏教的なものや神道的なものもある。宗教的な形態を持つものも、民俗的な風習や習慣もある」。

 そして、「これらの文化は僕らの身体に入っている。身体のうちにあるものを自覚することは僕らの存在を考えることである。「情緒(もののあわれを感じるこころ)」を日本文化の伝統として自覚し、それを僕らの生活思想や存在思想の重要な要素として見直そうというのもよい。僕らが自己の存在のうちに歴史的な段階概念に表象される感性や思考を持っているのなら、それに対象的になるのはいいことだ」と、自己の存在にある歴史的な段階概念に表象される感性や思考を対象化することになるなら、日本文化の伝統を自覚するのは良いという。しかしそれは、近代までの人類の歴史段階の自覚の契機という意味で重要なのであって、次の人類の歴史段階につながるものではないということになる。

 それに対して、「憲法9条の非戦概念は近代ヨーロッパの国家概念を超えているし、日本の近代の国家概念を超えている。近代を含めて国家と戦争の概念を超えている。国家が世界史的に基盤を低下させていることの必然性の中で国家の未来を考えるなら、日本の憲法9条は重要な位置を持つ。その未来性を表現しているからだ」と氏は述べ、国家の絶対性の時代としての近代を超える未来性、新たな人類史の段階を表現しているのは、憲法9条だという。氏の言う新たな人類史の段階が、生活や存在に還ることによって切り開かれるとすれば、それはすでに憲法25条に示されているのではないか。だとすれば、日本国憲法は、9条と25条において、近代を超えることを指し示す憲法だということになるのではないだろうか? つまりは日本国憲法はポスト近代的な憲法であると。

 だから、近代主義者たちは、日本国憲法を嫌い、執拗に明治憲法に還ろうとするのだろうか? 

 氏は、藤原正彦の主張に対して、「僕らの存在にとって近代も近代西欧思想も、ということは国家思想も一部であり、僕らが人類史として現存させている思想はもっと広い。僕らの存在を人類史が現存させている思想として自覚し取り出すのであれば、アフリカ的段階もアジア的段階も対象となる。それを無意識に突き動かしているのは、生活や存在に還るという歴史的の段階の衝動である。帰路に僕らは立っている。近代を経ての帰路がこうした歴史的段階を見直おそうという衝動になっている。/日本的文化価値としての情緒はこの文脈の中で見直されるのなら意味がある。藤原正彦はこういう視線がないから、着眼点が生きない。僕は漱石が「日本は亡びるね」といったことを帰路へ自己存在を向けないと危ないという警告として受け取った」と言う。

 最後は、基本的で重要な「教育の、社会的規律の根幹を支える制度の根幹が力を失っているのだとすればそれを僕らはどこに発見すればいいのか。かつては宗教(寺院や修業場)が、近代は国家(軍隊)が規律の生産の基盤であったのかもしれないが、それはどこにあるのか」という問いだ。氏の答えは、「それは僕らの生活過程、そのものの中に、存在そのものの中に見出すしかない。教育の意味する、社会的価値観や規範の形成を宗教や国家のうちにではなく生活の中に、存在の中に見出すしかない。現実を超えている自由な生活感覚や存在感覚の中にである。人類が長い歴史を通して生み出してきた価値や、規範(宗教的・国家的な価値や規範)によって人々を教育するのではなく、むしろそれらを現実(生活や存在)の方に近づけていくことだ。/多様化しある面では豊かになってきた生活の中で人はある面での貧しさを感じている。この矛盾はどこにあるのか。理想はどこにあるのか。人々が戸惑い、快楽に耽り、かつ苦闘している存在の現場で生起していることにである」というものだ。
 
 このような問いは、戦後の主体性論争の中で、提起され、議論されてきた領域の問題である。主体性論は、戦後左翼に大きな影響を与えたし、今も一部で強い影響力を持っている。「現実を超えている自由な生活感覚や存在感覚」という主体の中にこそ答えがあるという三上氏の主張には、その影響があるように思われる。現実に対して自由な生活感覚・存在感覚を持てるのは、闘い(自由)と生活を結びつけているような主体である。三上氏は、社会の成熟によって、すでに多くの人が、そのような主体に変化しつつあるというのである。したがって、そのような主体的生活の全面性を国家の絶対性の後退、衰退、歴史的限界の露呈という事態に対置することが必要な時がきたと宣言しているわけである。
 
 問題は、モラル崩壊であった。それに対して、一時、人々は、規範維持の力を宗教や国家の超越的な絶対性の力に求めようとしたのであった。それが、アメリカのブッシュ共和党支持であり、日本での安部政権の誕生につながった。しかし、その道(信仰と国家の治安力強化など)は、今日の社会実態に合わないし、それは諸個人の生活や存在を抑圧するものであり、それは求めたものではないし、それには希望もないことに、人々の多くが気がついた。ブッシュ共和党政権は、支持率低下し、レームダック化し、安部政権は民意によって倒された。今、人々は、別の道を求めている。それは、ケインズ主義的なリベラリズムなのだろうか? つまりは、金融資本家に対する産業資本家と中産階級化した労働者階級との連合という道なのだろうか? 民主党が指し示しているのは、明らかに、そういう道である。そのために、分配構造の変革を目指しているのである。それには、既存の権力構造・利権構造の再編が必要である。
 
 しかし、問題はもっと別のところにあると三上氏は主張する。過去のように、一元的な価値観や生活や生き方が規範モデルとして厳として存在して、それに従うかどうかということで、人々の価値観や考えや生き方や生活の葛藤があるのではなく、「多様化しある面では豊かになってきた生活の中で人はある面での貧しさを感じている。この矛盾はどこにあるのか。理想はどこにあるのか。人々が戸惑い、快楽に耽り、かつ苦闘している存在の現場で生起していることにである」ということだ。 

 こういうものに、一元的価値や規範を持ってきても、合うわけがない。国家主義や宗教は、全然間に合わないし、細木和子のような古くさい道徳や価値観も全然だめだ。それらは、一時的・部分的にごまかせるという程度のものにすぎない。必要なのは、相互の安全を保証しあい、自由と生存を確保しつつ、生活の中で、新たな規範モデルを形成していくということだというのが三上氏の答えであるように思われる。それを、多様なコミュニケーションの中で関係の構築と再構築の過程を通じて行うということだろう。三上氏なら共同体というところだろうが、それは、自由な開かれた共同体という意味においてでしかありえない。構築と解体と再構築の繰り返しの中で、関係を高度化していくことである。その意識的な営みが、政治の基本になる必要があるということである。それを、生活政治あるいは社会的政治と呼んでもよい。
 
 選挙運動に取り組む以上は、代表制の問題について考える必要があり、それは、三上氏も考えているのかもしれないが、この領域は避けられない領域である。それについては、『情況』5・6月号の鵜飼健史氏の「民主主義を民主化する」という文章が、おもしろい。そこで氏は、ポピュリズムとラディカル・デモクラシーの違いを明らかにしつつ、前者から後者への移行の第一歩として、「公民教育が可能であるならば、国を愛する心や投票のやり方などではなく、不正を判断する感覚の訓育こそ重視されるべきであろう。いうまでもなく、これは絶え間ない批判精神であり、ときとして自己批判へと回帰するものとしての意味においてである」と述べている。この不正の判断の感覚は、相次ぐ「政治とカネ」の問題が発覚した安部政権を打倒した民意の一つの内容だった。氏は、ポピュリズムとデモクラシーの対決において、「諸個人の主体形成を主戦場とする限り、主権者たちはこの運命を代表者に委ねることはできない」と述べる。この闘いは、諸個人の感覚のレベルで、闘われる。同じ事だと思うが、同誌の千葉真氏と大賀哲氏の対談で、千葉氏は、「政治権力から疎外され、経済的な貨幣の権力からも疎外された「人民」の痛みやニーズや願望にどう応えていくかを模索するのが哲学の仕事なのだ、という初期マルクスの主張は今こそ重要になってきているのではないでしょうか」と述べている。鵜飼氏は、デモクラシーの哲学が、不正の感覚の判断力を磨くこと、批判精神を持つ主体形成によって、デモクラシーに回帰しつつ、それをラディカル化(根源化)することを課題とすると言う。
 
 鵜飼氏の診断によれば、「政治における敵対性が社会のあらゆる場所で顕著になることで、万人が万人の敵であるような、そして個人は自らのためにのみ戦わなければならないような、政治情勢が醸成されている。このような情勢は、諸個人を国家権力につなぐ媒体という意味での市民社会の衰退を意味している。SARS(重症急性呼吸器症候群)危機における統治権力の作用を分析した汪民安の興味深い論考によれば、この危機によって「ホッブス的な自己保存の本能」を覆っていた「社会的な仮面」がはぎ取られ、個人の身体性が剥き出しとなっていることが明らかとなった。SARSはたんに健康や衛生に対する危機ではなく、近代社会が培ってきたあらゆる楽観主義(たとえば啓蒙主義や愛情溢れる家族観)に対する信仰の危機でもある。「社会性は急速に個人性へと解体している」」。
 
 このような社会の変容の中で、敵対性の増大とコミュニティーの凝集性の弱体化によって剥き出しになった個人とその政治要求を節合して、新たな凝集性を構成するのが、ポピュリズムであると氏は言う。それは、「国民」ではなく、普遍的な「人民」を基礎とする。ポピュリズムは、代表を超える代表、既存のコミュニティーを超える場所なき新たなコミュニティーを構成しようとする。それに対して、氏は、上述のデモクラシーを対置するのである。
 
 奇しくも、三上氏と鵜飼氏は、共に、個人の主体形成というレベルにおける政治(自由・闘争)を問題にしているように思われる。三上氏は、普遍的な歴史段階の感覚や思考の自覚による覚醒、鵜飼氏は、デモクラシーへの持続的回帰によるそのラディカル化を主張する。両者共に、それを政治的なるもの、政治思想、政治感覚の更新に見ているように思われる。諸個人の生活(存在)のレベルにおける政治、そして規範形成というレベルの政治という主体形成の政治の必要を強調する点で、共通するものがあると思う。それが、感覚・感性のレベルでの闘い、身体性における闘いを含むことは明らかである。等々。
 
 的はずれな勝手な読みかもしれないが、こんな風に読んでみた。
 
 安倍晋三の贈り物(弐) (2007年9月24日)(「成島忠夫後援会ニュース」No37より)
                              三上 治

●「闘う政治家」の虚像
 安倍晋三は何故、自分が急に政治的人気を得たのかよくわからなかったのかも
しれない。彼は拉致問題で強硬派の政治的代弁者になったことを自負しながら自
分のことを「闘う政治家」と言っている。そして「闘わない政治家」を批判して
いる。自分の政治家としての特徴も人気もここに根拠があるように語っているが、
これは彼の政治的蹉跌を招いた最大の理由であるとも考えられる。
 拉致問題での強硬な態度、国会運営でも強引な手法(強行採決の連発)は自他
共にこの「闘う政治家」の姿と思われたのかも知れない。多くの人々の反発を招
くとともに怖れられもしたことであったに違いない。これは言うなれば一種の虚
像であって、ここにはいろいろの問題が含まれているのだと思う。

 安倍が人気に推されて首相になったことには、岸信介の孫という系譜が幻想と
して加わったこともあった、と推察される。この幻想は自他ともに大きなもので
あったと思える。保守の政治家や知識人は岸信介の幻想で彼への期待を増幅した
のであると思う。彼はまたそのために恨みをかった。この系譜は外部的に見る限
りプラスでもあればマイナスでもあった。問題は彼がそれにどう対処したかとい
う内部にあって、そこでは明らかにマイナスになったのではないだろうか。安倍
は祖父(岸信介)や大叔父(佐藤栄作)よりは政治的能力も知的にも劣った存在
であり、はるかにひ弱な存在であった。このことを彼は誰よりも知っていたと思
う。

 彼が岸信介や佐藤栄作などと政治的能力や知的能力で劣っていたにしても、そ
れはどうこう言う問題ではない。そのことは安倍晋三の政治的可能性としてマイ
ナスに機能するものではなかった。彼が祖父たちとは違う政治家になる可能性の
基盤であり、条件であった。そう考えられる。
 しかし、彼は祖父たちへのコンプレックスを乗り越える方法として「闘う政治
家」というイメージを想定した。そこに可能性を見出した。この場合の「闘う」
ということの内容が問題なのだが、彼にとってはそれは俗にいう強い政治家だっ
た。彼らは優秀な官僚的政治家であった。ある意味では強い政治家であった。そ
こは同時に彼らの弱さと欠陥を裏腹のようにはらむところであった。それは大衆
や国民の存在を理解しえない官僚政治家の弱さであり、欠陥であった。
 岸は「声なき声」と大衆の動向を理解する鋭敏さを持ってはいた。また、「安
保改定は正しかった」と主張していたらしいが、彼が国民に反感を買った場所が
どこにあったかはわからなかったらしい。いや、それを自覚することを拒んでい
たのかもしれない。
 安倍は祖父や大叔父の官僚的政治家としての優秀さに内包する欠陥を認識しえ
れば安倍は違う政治家になる可能性を持っていた。自己の脆弱さの認識はコンプ
レックスになったが、違う可能性へ彼を導いたかもしれない。彼は自分の開きか
た、自分との闘いかたを間違ったのである。

●自衛隊出動を主張した父祖の血
 僕は国会前に座り込みをしながら岸信介や佐藤栄作が1960年の安保闘争で最も
強硬に自衛隊の出動を主張したことを想起したし、そのことを書いたこともある。
岸信介の政治家としての係累を負うことを宿命づけられていたのなら彼はこの強
硬派としての内包した欠点を超えることを考えてもよかったのである。遺伝子と
いうものはプラスもあればマイナスもあるのだ。
 この自衛隊出動の要請という有名なエピソードは彼らの政治の欠陥を表現して
いた。国民の政治的意志や権力への異議申し立てに対して、強権的に臨むしかな
いというのは彼らの政治的な弱さであり欠陥であった。安倍はこの政治的遺伝子
と闘うべきであった。少なくとも、自己のコンプレックスを「闘う政治家」とい
う像のイメージにおいて解消しようとすることはこの逆であった。

 「闘う政治家」という安倍の祖父たちへのコンプレックス克服方法が国民的幻
想とうまくマッチしたことはあると思う。直接的には北朝鮮の拉致問題の浮上が
あったのだろうと推察される。これはある種の偶然なのだが、幸か不幸か政治的
によくあることだ。
 例えば、ブッシュ大統領が9月11日の同時多発テロ事件に遭遇したように。ここ
には時代性もある。この時代性とはもちろん世界的なものである。これは一言で
いうなら、国家的な力の復権ということにほかならない。ナショナリズムが高揚
するという時代性をイメージしてもよい。
 第一次世界大戦後の自由な思想的動きに対する反動(反転)がファシズムやナ
ショナリズムの台頭を生んだことと現象的には似ていなくはない。第一次世界大
戦の直後は自由と革命が戦争への反省を含めて出ていた。それが1930年前後から、
反動的動きになった。この動きと似ているのが第二次世界大戦後の民主主義や左
翼(マルクス主義)への反動的な動きである。ナショナリズムの高揚を内部に含
んだ国家的力の復権である。

●歴史修正主義の背景
 日本では「新しい教科書を作る会」の連中の歴史修正主義的な動きや小林よし
のりの「戦争の見直し」などの動きを指摘できる。若者たちへのナショナリズム
の浸透をあげてもよい。アメリカやイギリスでのニューデイルやリベラリズムの
見直しもこの一種である。新自由主義の台頭である。あるいは宗教右派の跋扈を
あげてもよい。ヨーロッパでも右翼や歴史修正主義の動きはある。
 これらは戦後に支配した自由や民主主義、あるいは左翼的な歴史観の修正の動
きである。戦後民主主義や戦後左翼の歴史観が力を失っていくことに対抗するよ
うに出てきた潮流である。

 この基盤をなしているのは世界経済の中での先進国的な部分の基盤の低下であ
る。ヨーロッパからアメリカへ、アメリカから日本へという世界経済の力と基盤
の移行は進展してきたが、これは中国やインドへと発展のシフトを変えている。
世界経済の中で先進的といわれた部分は基盤を相対的に低下させている。生産力
を基盤とする世界経済の動向はかつて先進地域とよばれた部分の地位を相対的に
低下させている。同じように軍事力を含む先進国の国家的な力は相対的に基盤を
低下させている。冷戦構造の崩壊後の世界はアメリカの一極的な勝利と語られて
きたが、アメリカの支配力は低下しているのである。
 かつて先進的な地域とよばれた部分の経済的・政治的な基盤の低下という事態
の中から、第二次大戦後の思想に対する反動が台頭してきているのである。こう
した現象は現在の世界の枠組みが「近代のヨーロッパ」(国民経済や国民国家)
にある限り、ゆり戻しのような反動として出てくるに過ぎない。ただ、戦後的な
思想も、それに対する反動としての歴史修正主義の動きも、双方ともに現在から
未来への道を切り開くものではない。

 アメリカやヨーロッパや日本などの先進地域の経済や政治の基盤の低下は国家
という枠組みでみればそうであるにちがいない。国家を普遍的で絶対的と見る限
りは基盤の低下であり、国家の力で再生させようという動きが出てくるが、別の
視点から見ればそうではない。
 世界経済の構造の変化は世界的な生産力の発展として必然である。世界経済が
生産力中心からどのように構造的な脱皮を図れるかの課題を負っているというに
すぎない。国民的な存在の現在という枠組みからみれば政治的にも、国家的にも
成熟過程といえるのだ。ある意味で国民は豊かにもなったし、現実的な自由も増
した。国家こそが国民を豊かにし、政治的に自由にするという歴史的段階からの
脱皮が基盤として生まれているのだ。
 僕らが世界的に「近代ヨーロッパ」的なもの(国民経済や国民国家)の減衰と
いうとき、国家の枠組みとしてそれを見ている。その枠組みを普遍的で絶対的と
見ているが限り、この現象に危機感を持つだろう。
 国家よりも僕らの生活(存在)の方が広いし大きいものである。近代は国家の
興隆期であり、それはあたかも国家が生活よりも大きいという現象としてある。
近代が減衰し、国家よりも国民の生活の方が広くて全面的なものだというのは、
「近代」の成熟過程を経て出てきているのである。そこを読み取らなければなら
ない。この観点に立つとき現在から未来のイメージを違って描けるのである。

●国家の復権を志向する安倍、ブッシュ
 安倍首相が「闘う政治家」として求めた像とは何であったか。彼の「美しい国
へ」という本を読むと国家あるいは国家権力の減衰に対して復権を志しており、
それを希求する政治家の像ということになる。戦後に国家が減衰していることに
歯止めをかけようとする政治家像であった。彼はこの本の中でアメリカの保守の
自信はどこにあるか、という問いかけをしている。彼が保守というのはレーガン
大統領やブッシュ大統領などの共和党的な保守のことであり、反リベラル派のこ
とである。
 彼らは国家の復権を志向している。彼らが「小さな政府」を志向することは関
係ない。なぜなら、彼らは経済的・社会的国家を小さくすることを志向はしても、
政治的国家はそうではないからである。政治権力、あるいは統治権力を小さくし
ようなどとは思ってもいない。
 レーガン大統領やブッシュ大統領などのアメリカの保守は自信を持っているの
だろうか。戦争を遂行する時の彼らはそう見えるのかもしれないが、本当は逆で
はないか。彼らに本当の自信があれば、イラクやアフガンに徴兵された兵隊を送
り込んでいたと思う。それが出来なくなっていることは自信を失っているのであ
り、だからこそ「戦闘的政治家」のように振舞うのである。彼らの強気な振る舞
いを読み違えてはならない。

 彼らの思想は現在でも国家こそが中心であると考えることだ。国家の普遍的な
役割や意味は変わってはいないと考えている。国家は現在でも重要のものであり、
その位置を持ってはいる。しかし、国家の意味や機能、つまりは役割は歴史的に
見て大きく変化しているおり、国家はあたらしい歴史的な場所にたっている。国
家についての左翼的な認識も、右翼的な認識もさして重要なことではない。重要
な違いはない。しかし、国家の現在の場所や役割についての認識、その歴史的段
階の認識の差異は重要である。

●拉致問題が生んだ「不自由」の空気
 自民党総裁選の討論をテレビで見ていて印象に残った場面がある。麻生太郎は
福田康夫に官房長官時代の拉致問題の対応について切り込み、福田が口ごもった
場面である。帰国した5人の処置をめぐるやり取りであるが、麻生が福田は約束
通り返せといったのではないか、と突いたのである。
 もし返していたら帰った拉致被害者は再び帰れなかったか、拉致問題の新しい
進展になったのかはわからない。このときの処置が拉致問題の進展を妨げたてき
たのではないかということはあるかもしれない。そう思っていてもそれは口にで
きない。そこでは自由に発言できない雰囲気になっている。
 福田が口ごもり、麻生が薄笑いをしながら語る風景に僕は嫌な感じがした。そ
れは拉致問題の処置のことでもない。その方針のことでもない。政治的な自由が
何故困難か、ある方向に考えが流れたらそれに抗するのが如何に難しいかを示し
ていたからだ。親北朝鮮の政治家と言われるのはかつて非国民の政治家といわれ
るようなものであり、みんなが避けたがる。そういう空気が支配するとなかなか
それを破れない。
 親北朝鮮派といわれるのが嫌だからそこで直面している問題について自分の思
っていることを語ることを避ける。ここが象徴していることが問題なのだ。日本
的な共同性の弱さであり、政治的な自由の実態を示しているのである。

 政治家が一番に心がけなければいけないことは権力のありようをかんがえるこ
とだ。権力が超権力にならないことに心いたすことだ。政治家であれば国家権力
がそうならないことに意をくだくべきである。そして現在では権力が超権力にな
り、権力の病を生み出すには国民の意志が決定的な役割をはたすのだから、国民
の意志に敏感になり、それと拮抗することも考えなければならない。拮抗すると
は現実を越える自由を重要に考えることだ。そのためには孤立も辞さずに自己の
主張をやらなければならない。「闘う政治家」とは国家権力が超権力に転じ、権
力の病を発生させることと闘う政治家のことである。

●「闘う政治」に「ノー」の審判
 アメリカの反戦活動家は反テロの名の下にブッシュ大統領はアメリカを「恐怖
の文化」が支配する状態に追い込んでいると語っていた。これはアメリカの国家
権力が超権力に転じ、権力の病を生み出していることの指摘にほかならないだろ
う。権力を超権力へ持っていくことが「闘う政治家」であると多くの政治家は錯
誤する。そのイデオロギーとしては自由や、ときに革命(解放)が使われる。安
倍首相は「闘う政治家」を国家権力の復権(強化)の方向にイメージしていたの
だと思う。それはある種の錯誤であり、錯覚であるが、国民はそれに「ノー」と
いったのだ。それでも、国民もまた一時的にはそれに同調をしたのではある。そ
のことは記憶しておいてよい。

 僕らは現在の世界の中で国家は権力としての力を減衰させているのだと思う。
そしてこれを戦後のイデオロギーや思想(戦後民主主義や左翼思想)のせいにし
て、国家の復権を図ろうとする動きがある。
 戦後のイデオロギーや思想が国家の力の減衰を招いているのではない。国民の
成熟が、それによる現実の自由の進展がそれを生み出しているのだ。ここで大事
なことは世界的に国家権力を減衰させているのは国民の現実を超える自由が生み
出されているためであることを認識することだ。現実に生まれているこの自由を
実現し、可能にする政治思想(権力についての思想)が不在なために、国家の復
権を志向する思想とそれを反動として対立する戦後思想の対抗関係が生まれてい
るだけである。
 反テロもその帰趨は見えている。僕らは拉致問題やイラク戦争を含めた世界的
動向の中に流れているものを見なければならない。その中で「闘う政治家」を目
指したブッシュや安倍の象徴的位置を理解すべきであると考えている。

 安倍が首相として描いた日本の現在から未来のデザインは何であったか。それ
らは彼の内部から湧き出たものではなくて、適当に都合のいいものを引っ張って
きて構成したものであり、彼自身の構想と見識の表現ではなかった。『美しい国
へ』という本を読み直してみてそう思った。
 国家的なものの復権はブッシュなら、アメリカの宗教右派(キリスト教右派)
と組んだナショナリズム性を帯びる。日本では歴史修正主義やナショナリズムの
風潮として出てくる。小泉首相の時代は靖国参拝の固執と中国の反日的動きへの
対抗ということがあった。安倍は拉致問題や北朝鮮問題があったが、彼は憲法の
改定も含めた動きとしてこれを実現しようとした。戦後レジームからの脱却とい
うのもそれだったといえる。
 このナショナリズム的な動きについてみておこう。

●藤原正彦「国家の品性」の国家論
 僕は安倍の「美しい国」という言葉を藤原正彦の「国家の品性」から着想した
のだろうと想像をした。この真相はよくわからないが、ナショナリズムの風潮を
背景にしていたことは確かであろうと思う。この本はいろいろの評価があるが、
それなりの面白さがあった。
 これは近代ヨーロッパの普遍性を論理性に求め、それには適合しない日本の普
遍性を情緒に求めた。これは繰り返し出てくるヨーロッパ近代の合理主義批判で
あり、衣装を変えては出てくるものであると思えた。近代合理主義批判、近代の
超克、言葉はいろいろあるが繰り返し出てくるものである。戦後の日本がヨーロ
ッパの近代の普遍性を模倣することに汲々としていて、今それに疲れ、疑惑もあ
るときこうした見解が出てくることはよく了解できる。
 あの全共闘運動であっても近代合理主義批判をしていたのであるから。特に近
代ヨーロッパの思想的な絶対性が揺らぎ、相対化が進む今これが出てくる必然は
あるといえる。
 夏目漱石は『三四郎』の中で文明批判としてこの日本の状況を鋭く批判してい
る。三四郎が上京してくる車中の中で学者風の男と話をし、三四郎が「これから
も日本は発展するのではないでしょうか」と質問するのに対して「亡びるね」と
答える。日本人の疲労感と「ぼんやりした不安」は漱石が指摘していたことであ
る。
 藤原正彦の主張はある程度は伝統化した近代西欧の批判である。ただ、僕らは
何度もこうした議論を経験しているのであり、それがどこまで深められたもので
あるかどうかを見分けがつけることもできる。この思想の必然性と欠陥の双方を
批判できる立場にある。

 藤原正彦の着眼点は悪くはないが、彼の欠陥はこの「情緒」という日本の文化
的価値を安易に国家と結びつけたことである。日本ということを西欧国家に対す
る日本国家という枠組みで提示したことである。この枠組みに無意識のうちには
まり込んだことである。
 彼にはまともな国家についての考察はないのだが、ここのところは、本当はも
のすごく注意のいるところである。歴史的な段階概念として、東洋的段階やアジ
ア的段階があり、これとは別の段階としての西欧的段階があるというのはよい。
日本文化というときそこには東洋的、アジア的段階が濃厚に残っているというの
もよい。それらは現在の日本文化を構成する要素であり、現在は日本文化を共時
(複合)的に構成しているのである。
 東洋的段階の文化も西欧的文化も共時的にあり、文化の内部構造としてその両
面を見ることを強調するのはよい。無意識のうちに身体化し、遺伝化しているア
ジア的、東洋的段階の感性や思考に注目するのは当然である。

●「国体」概念が形成された背景
 この日本に色濃くある東洋的・アジア的段階の文化を国家的な対抗要素に仕立
てあげたのは、日本の近代の国家であり、ナショナリズムであった。日本がヨー
ロッパの近代国家を模倣し、移植したときに絶えず同伴してきたのがナショナリ
ズムである。ナショナリズムはヨーロッパの近代国家の内部でも出てきたもので
あり、特に後進的な部分が先進的な部分に対抗するために出てきたものである。
 例えば、ドイツではネーションはイギリスやフランスのように人民ではなく、
民族的共同体としての色彩を強く持って出てきた。ネーションという概念一つをと
ってみてもナショナリズム的な対抗関係を取っていた。
 日本は遅れて近代国家に登場したために東洋的なものや、アジア的なものを日
本国家の特質としたのである。それをナショナリズムにして近代国家内部での対
抗概念に仕立てあげたのである。
 例えば、戦前に国体という概念の中心として主張された天皇制は中国的なアジ
ア専制とも、ヨーロッパ的な君主制とも違った。だが、これはアジア地域に、時
にはアフリカにもある政治権力の形態であり、日本的なものでもない。日本に残
るアジア的形態の残っている姿である。これを日本の固有なものとするのは違う
ことである。
 これをナショナリズムとして、つまりはネーションの実態にしてしまうと、日
本の近代の構成であるヨーロッパ的なものに対抗するものとして主張され、それ
を排除してしまうことになる。遅れて近代国家に登場した日本の近代国家の構成
は重層的であった。それが実体であった。それぞれの歴史段階の国家が重層的に、
つまりは複合的に存在したのである。
 国体概念のようなナショナリズムは国家の構成の一面を肥大化し他を排除して
しまう。その矛盾こそ、戦前―戦中の国家体験にほかならなかった。ここでは国
家の像も課題も歪んでしまう。近代ヨーロッパが生み出した国民国家の構成は大
なり、小なり複合的であり、重層的であり、特に遅れて登場した地域の国家はそ
うであった。それゆえに内部の矛盾は強かったのであり、ナショナリズムが強く
出てくる必然性があるのだ。ここに落ち込まないことが重要である。

●「非戦」という日本文化
 日本列島の中で住民が育ててきた文化は重層的で複合的である。アフリカ的段
階、アジア的段階、西欧的段階が日本文化の構成要素としてある。東洋的なもの
の中でも儒教的なものも、仏教的なものや神道的なものもある。宗教的な形態
を持つものも、民俗的な風習や習慣もある。
 これらの文化は僕らの身体に入っている。身体のうちにあるものを自覚するこ
とは僕らの存在を考えることである。「情緒(もののあわれを感じるこころ)」
を日本文化の伝統として自覚し、それを僕らの生活思想や存在思想の重要な要素
として見直そうというのもよい。僕らが自己の存在のうちに歴史的な段階概念に
表象される感性や思考を持っているのなら、それに対象的になるのはいいことだ。

 国家の課題というなら、「情緒という日本文化」に基づく美しい国家という空
疎の言葉ではなく、「憲法9条」の方を取り上げたほうがいいと思う。日本を含
んだ近代国家の減衰状態、その問題を言及したいのなら、憲法9条のことを課題
にしたほうがはるかにいい。近代ヨーロッパの国家概念と同時に日本的な近代の
国家概念を超えるのでなければ、そのような包括性の中で国家の問題を論じるの
でなければ意味はない。
 憲法9条の非戦概念は近代ヨーロッパの国家概念を超えているし、日本の近代
の国家概念を超えている。近代を含めて国家と戦争の概念を超えている。国家が
世界史的に基盤を低下させていることの必然性の中で国家の未来を考えるなら、
日本の憲法9条は重要な位置を持つ。その未来性を表現しているからだ。
 戦後民主主義やマルクス主義が政治的利用主義として使ったために護憲という
思想は評判がよくはない。でもこれは9条の歴史的可能性と何の関係もない。憲
法9条は世界遺産というなら、遠い未来の視点、永久革命的な視点からそういえ
るのである。

●日本文化の基盤をどう見直すか
 藤原正彦の『国家の品性』がベストセラーになったことには理由があるとおも
った。確かにナショナリズムの浸透という風潮がそこに作用していたことは疑い
ないが、それと同時に自分たちの存在の基盤を見直そうとする動きに合致したと
ころもあったからだ。
 「近代のヨーロッパ」が絶対性(絶対的な思想制度)として現れたことは近代
資本主義や近代国家が絶対的であるかのように現象したことだ。ヨーロッパの近
代は絶対的なものではなく、歴史的な段階に過ぎないというときに二つの事柄が
出てくる。国家はある歴史の段階で絶対的なもののように出てきたが、ある歴史
の段階としてそうであったに過ぎないということだ。ある歴史の段階で宗教が絶
対的であったと同じである。
 現在から未来は「近代のヨーロッパ」の国家を絶対化した段階をどのように超
えていくかという課題がここから出てくる。僕はその検討の媒介として憲法9条
を挙げたけれど、ヨーロッパ共同体(EU)のことを媒介にしてもよい。
 もう一つはぼくらの存在そのものを問う思想のことがある。国家が自己存在に
とって絶対的であれば、近代西欧が存在思想としても絶対的なもののように出て
くる。国家が僕らの存在にとって絶対的なものでないなら、人間の存在をもっと
別のところで考えようとする。神の絶対性の移行したものとしての国家も絶対的
でないなら、人間の存在を改めて問うことも出てくる。存在を問う思想としてア
ジア的段階や東洋的段階の思想が見直される必然はある。

 僕らの存在にとって近代も近代西欧思想も、ということは国家思想も一部であ
り、僕らが人類史として現存させている思想はもっと広い。僕らの存在を人類史
が現存させている思想として自覚し取り出すのであれば、アフリカ的段階もアジ
ア的段階も対象となる。それを無意識に突き動かしているのは、生活や存在に還
るという歴史的の段階の衝動である。帰路に僕らは立っている。近代を経ての帰
路がこうした歴史的段階を見直おそうという衝動になっている。
 日本的文化価値としての情緒はこの文脈の中で見直されるのなら意味がある。
藤原正彦はこういう視線がないから、着眼点が生きない。僕は漱石が「日本は亡
びるね」といったことを帰路へ自己存在を向けないと危ないという警告として受
け取った。

●「教育」の再生……どこに社会的規範の源泉を見出すか
 僕は安倍の「美しい国」というイメージが藤原正彦の本から着想されたのだろ
うと想像してきたが、そのイメージは言葉だけでなんのふくらみもない。これは
教育の再生というのも同じである。今世界的に国家が内部的に危機に瀕し力を減
衰させているのは規律が解体に直面していることにある。政治権力と社会権力が
権力として機能するための規律が有効に働かないことにある。
 これは諸々の関係の危機として現象する。会社での上司と部下の関係、学校で
の教師と生徒の関係、家族内部での親と子の関係。その関係を支えるエトスが危
機なのだ。近代の規律が生産されたのが教育であるとすれば、その源泉は軍隊に
あった。軍隊は工場や学校などの近代的諸組織の規律の模範となったものであっ
た。

 教育の、社会的規律の根幹を支える制度の根幹が力を失っているのだとすれば
それを僕らはどこに発見すればいいのか。かつては宗教(寺院や修業場)が、近
代は国家(軍隊)が規律の生産の基盤であったのかもしれないが、それはどこに
あるのか。
 それは僕らの生活過程、そのものの中に、存在そのものの中に見出すしかない。
教育の意味する、社会的価値観や規範の形成を宗教や国家のうちにではなく生活
の中に、存在の中に見出すしかない。現実を超えている自由な生活感覚や存在感
覚の中にである。人類が長い歴史を通して生み出してきた価値や、規範(宗教的・
国家的な価値や規範)によって人々を教育するのではなく、むしろそれらを現実
(生活や存在)の方に近づけていくことだ。
 多様化し、ある面では豊かになってきた生活の中で人はある面での貧しさを感
じている。この矛盾はどこにあるのか。理想はどこにあるのか。人々が戸惑い、
快楽に耽り、かつ苦闘している存在の現場で生起していることにである。

●生活と、「生きていること」に誇りを
 生活の実体も、それを支えている価値も規範も変わる。自己の身体には人類史
が含まれているように、生活の中には人類史が全部ある。そこでの人類史の遺産
を相続しながら、闘うことの中に教育の現場も源泉もある。
 教育という概念が転倒しなければ教育の再生などはない。教育という概念の転
倒は、宗教や国家と僕らの存在(生活と現実)の転倒である。これが肝心なので
ある。安倍の教育再生論は軍隊を背景にしたかつての教育の模倣であるにすぎな
い。
 国家に誇りをではなく、生活に、生きていることに誇りを持ち、そこから生み
出される価値や規律が重要なのだ。国家や宗教モラルが人間のモラルを回復させ
るなんていうのは非現実的である。安倍が固執した教育の影には日本近代の軍隊
がちらついていたのかもしれない。そしてそれは、憲法の改定とつながってもい
たのだと思う。                          

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やすかわ氏のコメントに寄せて 沖縄ナショナリズムの高揚

 やすかわさんから下のコメントを頂いた。
 
 宮城さんの見解についての評価は、信用するしないという話になってしまうので、見解の相違ということになる。宮城さんが、周囲の圧力で言わされているというのもそうだ。もちろん、そのように想像することは可能である。

 軍関与という表現は、軍の手榴弾を住民が軍の武器庫から盗んだという可能性を考えてみることもできるということから、使っているものである。強制性については、もっときちんといろいろな資料を見るなどして、全体情況を検討する必要がある。
 
 ただ、秦邦彦のように、軍命令書などの公式文書がなければ、史実を証明できないとする考えが間違いであることは明らかだ。証言も又、歴史事実を明らかにする重要な資料である。
 
 現在でも、行政権力は、行政の執行を「通達」「指導」「勧告」「注意」などの形で行っており、それを官報で公示している。それは、文書をもって行われる場合もあれば、官庁に呼び出して、口頭注意するという形で、行っている場合もある。
 
 官僚組織ではあるが、軍隊は、戦場において、いちいち書類を整えながら、行動・執行するというようなことは困難で、直接的な武力を背景に、口頭で命令を発して、それを執行していく場合が多いのは言うまでもない。もちろん、それを事務官が記録している場合が多いだろうが、そういう記録が戦闘や敗戦の混乱の中で、そのまま残されることは、あまりないだろう。撤退に伴って、軍機密を含むような書類が失われることもあっただろう。
 
 行政命令は、今日でも、強制代執行などの強制力の行使を伴い、そういう実力を背景にして行われているのであり、ましてや武装実力部隊である軍隊は、それを直接行使できる組織である。軍官民一体思想が、皇民化教育の中で、たたき込まれ、米兵の残虐性が喧伝される中で、住民たちが集団自決に追い込まれていったのは無理もないことだし、それを軍が当然視し、兵士が、手榴弾を配ることで、集団自決に誘導したということもあったと証言する人もある。
 
 赤松隊長の場合、本人は、村長はじめ村の幹部が集団自決のための手榴弾を渡すように頼みに行ったのに、それを断って、島の裏側に避難するように説得に努めたと言っているわけだ。問題は、強制性は、軍の責任者、この場合は、赤松守備隊長の口頭での命令があったか否かとか、命令書という書類があるかどうか、では、判断しにくいということだ。強制の辞書的な意味は、「力ずくで、または権力によってさせること。無理じい」(岩波国語辞典)であり、皇民化教育、軍官民一体思想、軍政下という情況、軍が意図的に流したと見られる米兵の残虐非道性の宣伝、等々を含めて、強制性を判断しなければならないことは確かである。
 
 「おじい、おばあはうそをついているというのですか」という沖縄の高校生の言葉は、第一次琉球処分、米軍政、第二次琉球処分、「復帰」後も放置された米軍基地集中の歴史から蓄積されている「本土」に対する沖縄の不信感を表わしている。「おじい、おばあ」と言うことで、それらを含む沖縄と「本土」との長い歴史的な関係まで、象徴的に喚起される。「本土」の右派・保守派が、ナショナリズムで、悠久なるヤマトの歴史を象徴的に喚起しているように、である。だから、「琉球王国」というヤマトと異なる歴史時代を持っている以上は、沖縄が、世代を越えた歴史を誇ろうとするのに対して、「本土」ナショナリズムを対置すれば、沖縄は「本土」からの離反を強めざるを得ないのである。右派・保守派のナショナリズムは、「本土」ナショナリズムにすぎないことが、こうした問題を通じて露呈してしまうのである。そのことは、明治以来、開拓の1世紀ちょっとの歴史しか持たない北海道についても同じである。言うまでもなく、そこは、先住民アイヌの自由な大地であった。
 
 そこに、中曽根の「単一民族国家論」の限界が見えている。どうしても、ヤマトの歴史が途切れてしまう地点がある。その最たるものが、沖縄とアイヌである。
 
 「こどもが言ったから嘘が真実にのですか」とやすかわさんは言うが、この言葉は、誰が言ったかとか嘘か真実かという次元ではなく、神話的次元の言葉なのである。それに対して、日常論理の言葉を対置しても、醜く感じられるだけだということを言いたかったのである。

 「まあ子供を使い、感情に訴えるのは左翼の常套手段ですが」というのは、利用・被利用という関係だけで、この問題を見ていることを示しているが、ことはもはやそういうレベルでないところに行っている。感情を否定しているのか、抑圧すべきだと考えているのか、理性は感情より上だと考えているのか、わからないけれども、こんな利害計算を対置しても、沖縄の人々は反発するだけだ。それは、もちろん日教組の問題ではない。「本土」ナショナリズムには、沖縄の感情に訴えることができないという限界があるということである。それを自覚できないから、沖教組だのの左翼の力への過大評価や幻想に捉えられるのである。実際問題としては、この間の選挙結果で明らかなように、沖縄革新勢力の後退が続いている。教科書検定問題が、沖縄革新勢力を勢いづけ、ある程度の支持回復につながって、野党統一候補の糸数さんの参院選での圧勝を助けた。敵失である。こうした現実を見れないし、見ようとしないことが、右派・保守派の自滅・自壊を引き起こした一因だったのではないだろうか? 保守派の中でも、早くからその点に気づいて、警告を発してきた山崎行太郎氏や知足氏や自称保守主義者の天木直人氏などは、現実をしっかり見る眼を持っているように見える。
 
 沖縄県民大会への11万人の大結集(杉浦ひとみさんのブログ記事によると、バスに乗り切れずに、参加をあきらめた人が大勢いたというから、もっと多数の県民が、行動に立ち上がったのである)は、沖縄の県民意識が、沖縄ナショナリズムの性格を強く持ちつつあることを示したように思う。この間、「つくる会」などのナショナリズムが、歴史は、真実よりも、物語であるとして、中国ナショナリズムや韓国ナショナリズムに、日本のナショナリズムの歴史物語を対置したように、沖縄(琉球)ナショナリズムを「本土」ナショナリズムに対置し始めたように思われる。右派・保守派が、真実という言葉を物語という意味で使っていることを忘れてはならないのである。
 
 「本土」―沖縄関係が、ナショナリズムという「情」の対立に発展してきたことを、この県民大会は示したように思う。ナショナリズム同士の正面対決では対立が解けないのは明らかだ。

>保守派が都合のいい部分だけを利用している軍命令がなかったとする宮城証言の宮城さんは、最近、直接の軍命を聞いたわけではないが、情況から総合判断すると軍命があったと述べている。
宮城さんはこの見解は今年の6月になって初めて持ったと裁判で述べています。
とても信用できるものでないし、現在の沖縄の状況から考えると周りの圧力があったことが十分想定されます。

>もう何度も書いたけれども、軍の貴重な武器である手榴弾を住民が持っていたことだけでも、軍の関与があったことを示している。

・とりあえず「軍」とは兵士と同じでない、関与と強制は同じではないことを指摘しておきます。

>高校生の言葉「おじい、おばあはうそをついているというのですか」「たとえ醜くても真実を知りたい、学びたい、そして伝えたい」に比べて、醜い。この問題は、この言葉に尽きるという感じがする。

こどもが言ったから嘘が真実にのですか。
まあ子供を使い、感情に訴えるのは左翼の常套手段ですが。

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ビルマ・沖縄・男女共同参画の記事について

 下は、ここ何日かの間に目にとまった記事である。
 
 最初の記事は、ビルマ(ミャンマー)での民主化デモに対する政府による弾圧についての記事である。デモを取材中の日本人カメラマン長井さんが治安部隊に至近距離から銃撃され死亡した。この件については、連日報道されており、在日ビルマ人たちの抗議活動が行われている。僧侶たちが、口々に、公然と革命を訴えていたのは衝撃的である。ネット内では、ビルマに行きたいという思いに駆られている人が出てきている。たとえ、ビルマの軍事独裁政権が、一時的に力で押さえ込んでも、ビルマ民衆の解放闘争を根絶やしにすることはできない。何度でもビルマ民衆は立ち上がるだろう。
 
 次は、沖縄戦自決への軍関与削除の撤回を求める沖縄県民大会が、米兵による少女暴行事件に抗議する沖縄県民大会を上回る11万人(主催者発表)を結集したという記事である。
 
 これについて、「とおりすがり」という人から、「軍強要の証拠は無し。元々、大江健三郎がいい加減な取材(現地取材を一回もせず)で/で書いた『沖縄ノート』に書いていた記事を教科書に載せてしまっただけ。/今回の集会は沖縄県教職員組合(沖教組:日教組系)が高校生や組合員をけしかけているだけ。/戦後、当時の慶良間島の玉井喜八村長が守備隊の赤松隊長に『隊長命令とする命令書を作ってくれ。そしたら国から村民へ義援金が出るからと頼まれて嘘の命令文を書いたもの。/村民のために嘘まで付いたのに、その好意を踏みにじる沖教組って最低だな/人間の屑、沖教組。北朝鮮まで行って『沖縄の米軍基地撤去を』なんてほざいてる」というコメントを頂いた。
 
 ここで「とおりすがり」氏が、「軍強要の証拠なし」と言っているのは、秦邦彦が、公式文書がない以上、こういう事実はないと言っているのをそのまま保守派が流しているのと同じである。確かに、軍の命令書は見つかっていない。しかし、軍命というのは、すべてが書類によって行われるわけではない。文書のない口頭命令の方がはるかに多いことは明らかで、後で「聞いた」「聞かない」「言った」「言わない」という話になってしまうのはやむを得ない。保守派が都合のいい部分だけを利用している軍命令がなかったとする宮城証言の宮城さんは、最近、直接の軍命を聞いたわけではないが、情況から総合判断すると軍命があったと述べている。もう何度も書いたけれども、軍の貴重な武器である手榴弾を住民が持っていたことだけでも、軍の関与があったことを示している。
 
 今回の集会は、沖縄県教組がけしかけたというが、それだけで、11万人も集まらないし、当初、事を荒立てないように静観していた中井真知事が、地方議会で抗議決議が続々上がる中で、県民意志を無視できなくなって動かざるを得なくなったのであり、沖教組だけの力で県民大会が開かれたというようなことは、ありえない。そんなに沖教組はすごい力を持っているのか? それなら、社共議員が県会議員と衆参議員を独占していてもよさそうだし、革新県政が続いていただろうに。これだけの人数が集会に参加したということは、保守派も公明党=創価学会員も、大量参加しているはずだ。ちなみに、大会実行委員長は、自民党の県会議長である。
 
 赤松隊長の件は、村長としては、義援金支給にそういう条件が付けられていたので、その条件を整えるために、やむなくそうしたのであろう。国が、村民の証言だけでは、義援金支給を認めなかったからだろう。口頭の命令で、村民の集団自決が行われたから、命令文が、どうしても必要になったということも考えられるので、なにも赤松元隊長が善意であるとは限らない。口で言ったことを文書にしただけかもしれないわけである。だから、最低だの、人間の屑だのというのは、いただけない。沖縄は、本土決戦を引き延ばすための捨石にされたのだから、赤松隊長の好意を沖縄の人々が踏みにじったと言ってしまえば、沖縄の人々は、自立あるいは場合によっては独立の意志を強める可能性だってある。
 
 県民大会での、高校生の言葉「おじい、おばあはうそをついているというのですか」「たとえ醜くても真実を知りたい、学びたい、そして伝えたい」に比べて、醜い。この問題は、この言葉に尽きるという感じがする。こう言われたら、右派・保守派の負けである。本土の「おじい、おばあ」がうそつきなのか? 沖縄の「おじい、おばあ」がうそつきなのか? という問いは、歴史的感情の深い対立のレベルに達する。このままでは、修復不可能な深い溝ができてしまうかもしれないことを感じ取ってか、文科省は、これまで頑として応じなかった検定修正の検討に入った。政府は、ここまで、政府と沖縄の溝が拡大したら、政府が狙う米軍再編・沖縄の米軍基地再編も、進まなくなってしまうという懸念を強めているのではないだろうか。この件は、教科書の記述が政治的判断によって左右されること、今の教科書記述が政治的に中立などではないことを、改めて、人々にはっきりと見せつけた。
 
 最後は、内閣府が29日発表した男女共同参画社会に関する世論調査で、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」との考えに反対する人の割合が52.1%と1992年の調査開始以来、初めて半数を超えたという記事である。賛成は44.8%。女性は、反対が56・9%だったのに対し、男性は賛成が50・7%に上った。男女間に意識ギャップがあり、このことが男女間の緊張を強めるだろうし、不満足感を増幅させるだろう。無理に、女性が男性の多数意識に合わせれば、ストレスを強め、さらに、それらが強まるだろう。この結果について、内閣府では「男女の役割分担を固定的に考える傾向に変化がみられる」とコメントしている。これは社会の趨勢からして当然の結果である。先日取り上げた池田信夫氏の経済学や日本経団連のビジョンからして、今の経済界が、都市部の労働力需要を、農村ばかりではなく、女性からも満たしたいと考えていることは、明らかだからである。

 日本経団連の考えは、明らかに自由主義フェミニズムであって、女性労働力の活用をはかろうというものだ。そのために、「ワーク・ライフ・バランス」(家庭と仕事のバランスをはかる生活スタイル?)を唱えている。女性の働きやすい職場環境の整備を実際に始めている企業もある。

 再三書いているけれども、反フェミニストには、現在の経済体制を否定するのでなければ、いくら口で攻撃しても、これを止めることはできない。後戻りはできないのである。

 ミャンマー軍政 デモの市民に発砲 複数死傷 僧侶ら200人拘束 取材の1邦人死亡か(2007/09/28付 西日本新聞朝刊)
 
 【バンコク27日柴田建哉】大規模な反政府デモが続くミャンマーの最大都市ヤンゴンで27日午後、集まっていた市民に治安部隊が発砲、複数の死傷者が出ているもようだ。在ミャンマー日本大使館にはミャンマー外務省から「日本人1人が死亡した」との連絡があり、同大使館が取材中のジャーナリストとみて確認を急いでいる。通信社などが伝えた。26日に続く軍事政権当局のデモ隊への実力行使で、ミャンマー国内の混乱がさらに拡大するのは必至の情勢だ。

 27日朝には治安部隊がヤンゴン市内などの僧院を急襲し、少なくとも僧侶ら約200人を拘束した。僧院に治安部隊が突入、僧院を破壊して物品を押収したとの情報もある。北東部の複数の僧院でも多数の僧侶が拘束されたという。

 一方、最大野党、国民民主連盟(NLD)の当局者は同日、メンバーが拘束されたことを確認。NLD本部は同日、閉鎖された。27日は自宅軟禁中の民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんが書記長を務めるNLDの結党記念日でもあり、軍政は警戒を強化していた。

 ミャンマー国営テレビは26日、デモ鎮圧で死傷者が出たことを認め、デモ隊が警官隊の武器を奪おうとしたため、制圧に踏み切らざるを得なかったと武力行使を正当化した。26日には、軍政当局のデモ隊への実力行使で僧侶を含む5人が死亡したとの情報に加え、200‐300人の拘束も伝えられていた。

 外務省は26日、ミャンマーの渡航情報の危険度を4段階のうち最も低い「十分に注意」から「渡航の是非を検討すべきだ」に引き上げた。ミャンマーには日本企業約70社が進出し、在留邦人は約600人。

 11万人「史実消すな」 沖縄戦自決への軍関与削除 県民大会で怒りの声(北海道新聞09/30)

 沖縄県民大会の会場に到着し、点火される「平和の火」=29日午後、沖縄県宜野湾市の海浜公園

 沖縄戦の集団自決への日本軍の関与や強制を示す高校教科書の記述が削除された問題に抗議する「教科書検定意見撤回を求める県民大会」が二十九日、沖縄県宜野湾市の海浜公園で開かれた。一九九五年の米兵による少女暴行事件に対する抗議集会の八万五千人を大きく上回る十一万人(主催者発表)が集まり、「沖縄戦の史実を消すな」などと怒りの声を上げた。

 県議会や県PTA連合会などが全県的に実行委員会を組織して超党派で開催。実行委は今後、仲井真弘多知事ら約二百人の要請団を組織し、十月十六日に首相官邸や文部科学省を訪れ、検定意見の撤回を求める。全島的な抗議表明に政府の対応が注目される。

 沖縄戦の激戦地、同県糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園で採火した「平和の火」を約三十キロリレーして運び、会場で点火して開会。仲井真知事は「悲惨な沖縄戦による県民の悲しみは今でも癒えない。集団自決への日本軍の関与は覆い隠せない事実。沖縄県民の思いを受け止めない文部科学省の態度はきわめて遺憾だ」とあいさつした。

 集団自決を目の当たりにした生存者の証言のほか、高校生も登壇して真実を求めるメッセージも朗読された。最後に「集団自決に軍が関与したことは明らかで、記述削除は歴史の歪曲(わいきょく)」として、検定意見の撤回と記述回復を求める決議を採択した。

 沖縄の怒り 検定撤回しか道はない(北海道新聞10月1日)

 沖縄の怒りがこれほどのものとは、政府も考えていなかったのではないか。

 沖縄戦の集団自決をめぐる教科書検定意見の撤回を求める県民大会に十一万人(主催者発表)もが集まった。

 会場となった宜野湾市の海浜公園は人で埋め尽くされた。バスの便が追いつかず、大会に間に合わなかった人もたくさんいたという。

 今年の教科書検定で文部科学省は、県民が集団自決を日本軍に強制されたとする高校の歴史教科書の記述を削除するよう求めた。

 集団自決を生き残った数多くの県民の証言、専門家の間でも定説になっている事実を、ひとにぎりの元軍人の反論などを根拠に否定する。

 そんな乱暴なことを文科省はやってのけた。

 この検定では、文科省職員である教科書調査官が発案した意見を検定調査審議会が議論のないまま通したことも明らかになっている。検定の中立性、信頼性自体が揺らいでいるのだ。

 大会には仲井真弘多(ひろかず)知事をはじめ各市町村長らが顔をそろえた。実行委員長は自民党の県議会議長だ。炎天下に幼い孫の手を引くお年寄りの姿もあった。若者も大きな輪をつくった。

 怒りは沖縄の総意であることを県民自ら示したといえる。

 それにしても政府の鈍感さは目に余る。県議会と県内の全市町村議会が検定意見撤回を求める意見書を可決したが、とり合おうとしなかった。

 渡海紀三朗文科相も前任の伊吹文明自民党幹事長も、この大会に足を運んでみるべきだったと思う。

 「おじい、おばあはうそをついているというのですか」「たとえ醜くても真実を知りたい、学びたい、そして伝えたい」

 壇上で地元の高校生が訴えかけたこの言葉を、国の教育行政のトップに直接聞いてほしかった。

 文科省は検定意見を撤回すべきである。県民の怒りを真摯(しんし)に受け止めるなら、何をためらうことがあろう。

 沖縄は戦後、米国の統治下におかれ、日本復帰を果たしたあとも米軍基地の島として大変な負担を強いられている。日々、事故の恐怖や騒音におののき、いくら「平和な島を」と叫んでも政府も米国も聞く耳を持たない。

 そんな歴史と体験があるからだろう。沖縄の人たちの、戦争を憎み平和を願う気持ちはひとしお強い。もどかしいのは、それが県外になかなか伝わらないことだという。
 集団自決の検定意見撤回要求を世論で後押しする。沖縄の声に応えるため、いま本土でできることだ。

 歴史をゆがめる教科書検定はこれまでも繰り返されてきた。過去を謙虚に学ぶことなしに明るい未来はない。決して沖縄だけの問題ではないのだ。

 「集団自決」検定、文科省が対応検討 沖縄県民大会受け(朝日新聞2007年10月01日)

 沖縄戦で日本軍が住民に「集団自決」を強制したとの記述が教科書検定で削除された問題で、文部科学省は、記述の修正が可能か、検討を始めた。検定意見の撤回を求めて9月29日に開かれた沖縄県民大会に11万人が参加したことから、町村官房長官が1日、渡海文科相に対応を指示。渡海氏も、政治的に左右されないために設けられた検定制度の枠内で可能な対応を検討するよう省内に指示した。

 町村氏は1日の記者会見で「沖縄の皆さんの気持ちを何らかの方法で受け止め、修正できるかどうか、関係者の工夫と努力と知恵がありうる」と述べた。渡海氏も記者団に「(検定に)政治的介入があってはいけない。しかし、沖縄県民の気持ちを考えると、両方ともものすごく重い。そのなかで何ができるか考えたい」と述べた。

 渡海氏は、県民大会を受けて検討を始めたことを認め、仲井真弘多知事が上京すれば直接会うとの考えも明らかにした。また、教科書会社から訂正申請があった場合、「真摯(しんし)に対応したい」と語った。既に数社が、訂正申請に向け検討を始めている。

 文科省は「検定の撤回はできない」との立場だが、過去に事実上、方針を転換した例がある。記述を復活させるために、こうした方法を今回適用できないか検討する。
 方針転換の例としては、沖縄戦に関する81年度の検定がある。日本軍による住民殺害の記述が削除された後、沖縄県民は激しく反発。小川平二文部相(当時)が国会で「次の機会に県民の方々のお気持ちに十分配慮して検定を行う」と答弁、83年度の検定で事実上復活した。

 80年度には高校の現代社会の教科書に水俣病の関連で「チッソ」の企業名が記されたのに対し、文部省(当時)は「特定の営利企業の非難になるおそれがある」と意見を付け、削除された。しかし、批判が高まり、同省は事実上撤回。81年秋に6社が訂正申請し、承認された。

 このほか、過去に例はないが、文科省は教科書会社に訂正申請の勧告をすることもできる。

 沖縄県民大会で実行委員長を務めた仲里利信・県議会議長(自民党)は「11万人の気持ちをくんでいただいた大変な配慮だと思う。どういう形で結論が出されるのか、ぬか喜びすることなく、大きな期待を持って見守っていきたい」と話した。

 《教科書検定》 民間の教科書会社が申請した本を検定基準に基づいて文部科学省が合否判定する仕組み。文科省が検定意見を付した場合、教科書会社は意見に従って修正した本を再度提出して合否判定を受ける。

 検定は大学教授などで構成される「教科用図書検定調査審議会」の検討を経ている。このため、一度決まった検定意見を政治の意向で変えることについては「介入につながる」との理由で、政府は否定的な立場を貫いている。
 
 夫は外、妻は家庭反対 初の過半数(毎日新聞9月29日)
 
 男女共同参画調査
 
 「夫は仕事、妻は家庭」に反対する人が初めて半数を超えたことが29日、内閣府が発表した「男女共同参画社会に関する世論調査」の結果で分かった。内閣府男女共同参画局は「役割分担意識は変わりつつある。しかし、まだ不十分な面があり、現実とのギャップを埋める努力も進めたい」としている。
 
 「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」という考えに対し反対は52・1%で、賛成44・8%を上回った。質問は92年の調査から開始し今回が5回目。92年調査は賛成60・1%、反対34・0%だったが、その後、反対が増え、過半数に達した。女性は、反対が56・9%だったのに対し、男性は賛成が50・7%に上った。
 
  生活で家庭を優先している人は32・4%で、仕事を優先していると答えた27・7%を上回った。ところが男女別では男性は仕事40・2%で、家庭18・5%を大きく上回り、女性は家庭43・9%、仕事17・3%。
  
 調査は7月~8月、全国20歳以上の男女5000人を対象に面接方式で実施、3118人から回答を得た。【石川貴教】
 

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