« ブッシュ政権、対イラン強硬策に転換 | トップページ | 中教審授業時間増了承によせて »

全国学力テストなどについて

 48年ぶりの全国学力テストの結果が公表された。
 
 それからわずかの日にちしかたっていないが、中央教育審議会が、「ゆとり教育」で授業時間を減らしすぎたなどの反省点を列挙した上で、学習指導要領の改定を検討していることが明らかになった。
 
 全国学力テストの結果は、知識面での学力レベルが比較的高い水準にあることを明らかにした。皮肉にも、「「ゆとり教育」が目指した問題解決型の応用問題が苦手な傾向も変わらない」という結果が出て、「ゆとり教育」施策が、効果を発揮しなかったということが明らかになった。思考力や表現力といった学力と、他人を思いやる心などの「生きる力」が育っていなかったのである。
 
 知識力の方は、授業時間が減少したにも関わらず高い水準を維持したわけである。それには、塾などの影響もあるのかもしれない。

 『読売』社説は、「全国学力テストの結果は、子どもの学力の一面を示すものに過ぎない」としつつ「適度な競争は子どもの学習意欲を高め、学力向上を後押しする」、『産経』社説は、「競争封ぜず学力の向上を」と競争を促進することでの学力向上を主張している。しかし、競争が学力を向上させるという確たる証拠はあげていない。授業時間数の増減と知識学力の増減も一致していないようだ。
 
 『毎日新聞』の以下の記事からは、学力向上の鍵は、競争ではなく、人間関係にあるということが伺える。
 
 それに対して、『産経』社説は、意味のよく分からない説教をするだけだ。「教育界には相変わらず競争や評価を嫌う体質がある。今回の学力テスト実施前にも一部教職員組合が妨害するような動きがあったのにはあきれる」という。なんのための競争・評価かがわからない。競争のための競争、評価のための評価なのかと思わざるをえない。「全国レベルと比べ地域や学校がどの位置にいるかが分かる全国一斉テストの利点を生かし、学力向上策を競ってほしい。成績の良い学校や教委の取り組みも参考になるはずだ」というが、学力は、知識面はすでに全体としては十分高いが、地域差など格差があるということが明らかになった。総合学習の導入にもかかわらず、考える力、生きる力、などの学力が弱いことも明らかになった。
 
 競争や評価は、子どもや親や社会の福利や幸福と何の関係があるのか、それがわからないと学習意欲もわかないし、学力向上の動機も得られない。ただ、競争しろとけしかけられても、意欲がわくわけがない。幸福の絶頂と思われたライブドアの東大卒の競争の勝者ホリエモンは、今本当に幸福だろうか? 東北大出で官僚のトップである防衛庁事務次官までのぼりつめた守屋元次官は、軍需企業のゴルフなどの接待を受け、今、国会での証人喚問を受けようとしている。彼は、競争の勝者であるが、それで今幸福だろうか? 人間が腐っても、競争で勝てれば、幸福だと言えるのか? 
 
 「自由進度学習」を導入して、2年後には、子ども達の「楽しさの実感」「自信の実感」「達成の実感」が向上したという愛知県の石浜西小学校の試みは、全国学力テストによる競争と評価の前から行われていることだ。
 
 最後の、「藤井千春・早稲田大教授(49)は「家庭だけに原因を求めるのは危険。人との関係性やモチベーションを作る子ども集団や地域が失われたことも大きい」と説明する。やる気をどう呼び起こすのか。藤井教授は「学力の高い学級では子ども同士の温かい人間関係があり、遠慮なく質問したり、まねしたりする。肝心なのは、子どもを泳がせたり遊ばせたりする教師の指導力と人間性です」と強調する」ということは、競争が破壊し、破壊しようとしているものである。このことを『産経』『読売』は、どう受け止めるのか? 
 
 『産経』『読売』は、考える力がのびていないことにほっとしているのではないだろうか? かれらの書くことを徹底的にあらゆる角度から考える人が大勢出てきたら、こんな社説は、考える力の強い読者から見放され、低い評価しか得られなくなるかもしれないと空想してしまう。
 
 『産経』社説は、最後に「教師が独り善がりの授業をしていないか、家庭でしっかり勉強しているか、今回の結果を率直に受け止め学力向上につなげたい」と主張する。『産経』は、教育というと、教師個人の責任、そして家庭教育での親の責任という具合に、個人に責任を負わせる個人主義的な見方から抜け出ることができない。そして、そこから社会を飛ばして、国家のレベルに飛躍する非現実的な観念主義に陥っている。個と全体(国家)の二つのレベルしかなく、地域・家庭を、国家の道具に変えようとする。
 
 しかし、問題が、関係性にあり、コミュニケーションのレベルにあることは、『毎日新聞』記事からわかる。問題は、個人道徳というレベルでは解決しないということだ。中教審が、道徳教育を提唱しているのは、道徳知識量の増大でしかなく、それは道徳感情と道徳的行為の増大には必ずしもつながらないのである。道徳は、意欲・意志との関係で形成されるもので、社会性と関係している。だから、『産経』のように、そのレベルを無視し、すっ飛ばしてしまえば、個人の道徳心の評価、言い換えれば、説教に終わるだけになる。そして、集団性においてある教育現場の実践や地域・家庭教育実践に対して、企業が不良品を取り除くように、悪い個人を排除し、良い個人だけを残すという形でしか問題解決を考えられず、実際そういうことを主張してきたように、エリート主義になっている。
 
 良い者・優秀な者ばかりで組織される集団の形成というエリート主義的な夢は、実際には、悪夢になる。学力テストの例で言えば、100人のテスト結果で、100点満点を取る者が1人で、他の99人が0点だったら、平均点は、1点であるが、同じ条件で、全員が2点だったら、平均点は2点である。総得点では、前者が100点で、後者は、200点である。前者の100点の1人は、孤立感などの疎外感に悩み、不幸を感じるかもしれない。残りの99人は、ある意味で仲間が多かったことで、連帯感を感じ、劣等感に悩むことがないかもしれない。
 
 集団の総合力と集団性格と個人の力と性格・能力は異なり、質的にも異なるものである。集団の力は、個人の力の単純な総和ではなく、その集団の性格・内容によるものである。個人評価の和では集団の評価はできないということだ。
 
 例えば、映画『釣りバカ日誌』シリーズの主人公ハマちゃんは、不良で個人評価の低いダメ社員だが、会社内では、円滑な人間関係を形成する柱であり、会社を超えた釣りという趣味を通した人脈のネットワークを持っていて、それが時に、仕事上も役に立っている。このような行為や人物を評価するには、個人主義やそれと結びついた能力主義を評価基準とすることでは不可能で、集団性格・集団力など集団を評価する基準を必要とする。
 
 それをどう育てるかということについて、『産経』にはまったく現実と合わない発想しかなく、それで、教育を云々することは非現実的である。中教審にもそんな発想というか哲学がないように見える。そんな状態で、全国学力テストだの授業時間の再増加などをしたところで、どうにもならないのではないだろうか?

 新教育の森:学力再考/3 「意欲」指導、悩む公立校(『毎日新聞』10月28日)

 子ども自身が学習計画を立て、助け合いながら勧める愛知県東浦町の石浜西小学校の「自由進度学習」の授業 「ふたを開けてみないと、何人児童が来るかわからないんです」。教師がやや不安そうな表情をしていると、児童たちが集まってきた。黒板の前のエナメル線や方位磁石を手にとり、電磁石作りを始める。理科の授業がにぎやかに始まった。 

 愛知県東浦町立石浜西小の「自由進度学習」と呼ばれる授業で、子ども自身が学習計画を立て、自分のペースで学ぶ。3~6年生で週1~2時間、年間約40時間あり、算数と理科、理科と体育といった同時に進める2教科の授業のうち、好きな方を選んで学ぶ。5年生の小田淑申(よしのぶ)さんは「自由にできてウキウキする。体育も自分で練習法を決められるし、理科も自分で調べている感じがする」と話す。

 石浜西小では、約280人の児童全員が、隣接する県営住宅から通う。うち3割は、保護者が自動車関連の工場などで働く日系ブラジル人などの外国籍だ。経済的に苦しく就学援助などを受ける児童も約20%いる。

 この授業を始めたのは2年前。4年前、赴任した当時の竹内学教諭(28)は宿題をせず、列も作れない児童に途方にくれ、悩んだ。そんな子どもたちが、目に見えて変わった。昨年、児童を対象に意識調査をしたところ勉強の「楽しさの実感」「自信の実感」「達成の実感」のいずれもが向上した。竹内教諭は「できることを用意すれば、子どもはやる」。主に授業内容を企画する竹内淑子教諭(48)は「じっとしているのが苦手で一斉授業では手を焼く子ほど活躍したり。子どもを見る目が変わりました」と話す。

 小山儀秋校長(58)は「他地域と比べうちの子たちの学力は低かった。以前は教員も『努力しても無駄』との雰囲気があったが、児童に意欲が感じられるようになった」と振り返る。
 
 学力が低く、意欲のない子どもの存在は二つの調査からうかがえる。経済協力開発機構(OECD)の03年学習到達度調査(PISA)の読解力問題で、00年に2・7%だった日本の成績最低レベルの層が7・4%に増えた。日米中韓の高校生調査(日本青少年研究所)で「収入があればのんびり暮らしたい」と答えた日本人は42・9%、「がんばっても報われるとはいえない」は26・5%でいずれも最多だった。

 学級崩壊や学力問題に取り組む「プロ教師の会」メンバーで、神奈川県厚木市の小学校に勤める北村則行教諭(58)は「意欲の乏しい子は90年代から目立ち始めた。居残って宿題をするよう指導してもいなくなってしまう。目的を持ち楽しく勉強している子は充実した学びをしており、差は厳然」と話す。「学ぶ子」と「学ばない子」の二極化が進む。成育環境や経済力に恵まれない子を抱える公立校の悩みは深い。

 藤井千春・早稲田大教授(49)は「家庭だけに原因を求めるのは危険。人との関係性やモチベーションを作る子ども集団や地域が失われたことも大きい」と説明する。やる気をどう呼び起こすのか。藤井教授は「学力の高い学級では子ども同士の温かい人間関係があり、遠慮なく質問したり、まねしたりする。肝心なのは、子どもを泳がせたり遊ばせたりする教師の指導力と人間性です」と強調する。=つづく
 
 「授業減らしすぎた」中教審が異例の反省(10月28日『読売新聞』)

 次の学習指導要領を審議している中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)が、近く公表する中間報告「審議のまとめ」の中で、現行の指導要領による「ゆとり教育」が行き詰まった原因を分析し、「授業時間を減らしすぎた」などと反省点を列挙することがわかった。

 中教審はすでに、小中学校での授業時間増など「脱ゆとり」の方針を決めているが、反省の姿勢を明確に打ち出すのは初めて。中教審が自己批判するのは極めて異例だが、反省点を具体的に示さなければ、方針転換の理由が学校現場に伝わらないと判断した。

 中教審は1996年、それまでの詰め込み教育への反省から、思考力や表現力といった学力と、他人を思いやる心などを「生きる力」として提唱。現行の学習指導要領は、この「生きる力」の育成を教育目標に掲げ、小中とも授業内容を3割削ったり、総授業時間数を1割近く減らしたりしたほか、教科を横断した学習で思考力などを身につける「総合学習の時間」の創設を盛り込んだ。しかし、指導要領が実施されると、授業時間の減少により、「基礎学力が低下した」「子供の学習意欲の個人差が広がった」といった批判が相次いだ。

 全国学力テスト “宝の持ち腐れ”にしてはならない(10月25日付・読売社説)

 子どもたちの学力や学習環境に関する膨大なデータが得られた。これをどう教育の改善と学力向上につなげるか。徹底した分析と、その有効活用が今後の課題となる。

 4月の全国学力テストには小学6年と中学3年の222万人が参加した。出題は国語と算数(数学)で、それぞれ知識を問うA問題と、知識の活用力をみるB問題の2種類だった。

 知識の問題には、ほぼ合格点がついた。中学数学だけが平均正答率7割台だったが、他の小学国語、算数、中学国語はいずれも8割を超えた。

 一方、活用問題では、正答率7割台は中学国語のみで他は6割台前半と振るわなかった。国語の「正しく読み取る」「考えをまとめる」、数学の「考えの過程を明確にし説明する」力が弱かった。

 読解力や表現力など、知識応用の力に問題があることは、3年前の国際学力調査などでも指摘されていた。それが今回のテストで再確認された。現在、作業中の学習指導要領改定に反映させる必要がある。各学校でも、授業や指導法の見直し・改善を検討してほしい。

 学校ごとの成績状況は、保護者や教員が最も注目していた点だろう。小、中学校とも、全国平均との標準偏差では大きなばらつきはなかった。だが、全体の1割近くの学校が、B問題を中心に正答率が5割に満たないという実態もある。そうした学校のレベルアップのため、早急な支援が必要になろう。

 子どもの学習環境や生活習慣と、学力の関連性についても分析した。毎日、本を読む子は国語の正答率が良かった。家できちんと宿題する子、朝食をしっかりとる子も正答率は高い。各家庭で子どもの生活環境を改善することが大事だ。

 懸念されるのは、「競争の激化」「学校の序列化」の批判を恐れるあまり、多くの自治体が過剰なほど結果公表に慎重になっていることだ。

 このため、自校の平均正答率などを全国や都道府県単位のデータと比べるのがせいぜいで、自校のある市区町村や、県内他地域のデータなどとの違いは検証できない学校も出てくる。これでは全国津々浦々きめ細かい調査をした意味が薄れないか。保護者の関心も強いだろう。

 全国学力テストの結果は、子どもの学力の一面を示すものに過ぎない。そう関係者も理解して臨んでいるから、43年前まで実施されていた学力テストのような、試験対策での過熱もなかった。

 適度な競争は子どもの学習意欲を高め、学力向上を後押しする。テスト結果を、宝の持ち腐れにしてはならない。

  【主張】全国学力テスト 競争封ぜず学力の向上を(『産経新聞』2007.10.25)

 小学6年と中学3年約225万人が参加した43年ぶりの全国学力テストの結果が公表された。地域や学校間の差から目をそらさず、これを指導改善に生かしてほしい。

 都道府県別のデータをみると、差が意外に大きい。正答率を100点満点で換算すると、小6の国語で上位の秋田と下位の沖縄では基礎問題(A問題)で9点の差、応用問題(B問題)では16点の差がある。中3の数学では基礎、応用とも上位の福井と下位の沖縄で約20点の開きだ。

 なぜ学力の差がでるのか。例えば沖縄では、今回同時に行われた学習時間や生活習慣などの意識調査で、宿題を出す学校が少なく家庭学習の時間が少ない傾向があった。

 一方で成績がよかった秋田では、夏休みの補習などを行っている学校が多く、地道な学力向上策が効果をあげているともいえる。

 もちろん学力差の要因はこれだけではない。教師の指導法や学習環境、学校教育以外の地域状況などさまざまだろう。各市町村や学校にはそれぞれの成績データが送られており、各教委は学力の実態を把握、分析し、課題を明らかにしてほしい。

 今回は、昭和30年代の学力テストで自治体間や学校間の競争が過熱した反省から、文部科学省は市町村別や学校別のランキングは公表せず、都道府県のデータ公表にとどめた。

 教育界には相変わらず競争や評価を嫌う体質がある。今回の学力テスト実施前にも一部教職員組合が妨害するような動きがあったのにはあきれる。

 全国レベルと比べ地域や学校がどの位置にいるかが分かる全国一斉テストの利点を生かし、学力向上策を競ってほしい。成績の良い学校や教委の取り組みも参考になるはずだ。

 学力低下が懸念される中、今回は改善もみられる。平均だけみると基礎問題の結果は8割の出来だ。しかし三角形の内角の和(180度)のように相変わらず苦手な問題もある。

 さらに「ゆとり教育」が目指した問題解決型の応用問題が苦手な傾向も変わらない。

 教師が独り善がりの授業をしていないか、家庭でしっかり勉強しているか、今回の結果を率直に受け止め学力向上につなげたい。

|

« ブッシュ政権、対イラン強硬策に転換 | トップページ | 中教審授業時間増了承によせて »

「教育」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ブッシュ政権、対イラン強硬策に転換 | トップページ | 中教審授業時間増了承によせて »