« やすかわ氏のコメントに寄せて 沖縄ナショナリズムの高揚 | トップページ | 名も無き公僕氏のコメントについて »

三上治氏「安倍晋三の贈り物(弐)」を読んで

 以下は、「成島忠夫後援会ニュース」No37に載っていた三上治氏の文章である。これには、(壱)があり、それは同ニュースのNo36に載っている。ただ、それは、安部政治批判であって、それは主に、対北朝鮮政策・拉致問題への強硬姿勢が、安部人気を支えていたというものであった。それに対して、(弐)は、歴史・文化や価値観の領域に踏み込んだ上での積極的な提起が含まれていて、読み応えのある文章である。

 最後の、「国家に誇りをではなく、生活に、生きていることに誇りを持ち、そこから生み出される価値や規律が重要なのだ」ということが、三上氏の対抗文化であり政治ということである。これは、憲法25条の基本思想であり、この条項は、日本人政治家の手で、条文化され、日本国憲法に入れられた。それまでの戦争=死の称揚・賛美、死の思想、死の文化に対して、生活、「生きる」ことの称揚であり、生の思想、生の文化の肯定であり、それらに誇りを持つことを対置したのである。25条は、戦前の国家が、人々に生活や生をあきらめさせ、それよりもお国のための死こそ美であり価値があるとし、賛美して、それを宗教イデオロギーが支えたのに対する批判であり、それとの決別を表現しているのである。

 氏は、「国家的なものの復権はブッシュなら、アメリカの宗教右派(キリスト教右派)と組んだナショナリズム性を帯びる」ということを指摘している。アメリカの宗教右派は、平気で、ベネズエラのチャベス大統領を殺害せよと公言するように、善なるアメリカに対する敵=悪を制裁することを求める。狂信的な福音主義信者が、中絶公認派を襲撃し、殺害したこともある。そこには、モラルの根拠を絶対神の超越性に求める宗教右派のモラル観がある。それは、かれらが、60年代のリベラリズムをモラル崩壊の元凶と批判したレーガン主義を支持した理由である。しかし、それは、経済学的には、ケインズ主義のモラル革命の帰結であり、過去の倫理・文化に対する新たな倫理・文化の対置であった。
 
 ケインズ主義は、それまでの功利主義道徳・文化を批判して、非功利主義道徳・文化を対置した。ケインズ革命は、新古典派の価値観・人間観・道徳・文化までを対象とする経済学の革新だったのであり、それが、アメリカの60年代の豊かな社会を実現したことで、あらゆる分野を革新することになったのである。それは、ベトナム戦争の泥沼の中で、潰えていくのであるが。経済的には、インフレーション、そして、財政赤字と貿易赤字の双子の赤字に追い込まれることによって。そして、80年代のレーガン大統領の誕生とレーガノミクスの実施ということになる。インフレを抑えるための緊縮財政政策は、それに耐えるためのモラル強化を必要とした。それを国家主義と宗教右派の復興によってはかろうとしたのである。このモラルのモデルは、近代軍隊であった。
 
 三上氏は、「軍隊は工場や学校などの近代的諸組織の規律の模範となったものであった」ことを指摘している。それ以前は、宗教施設であったという。この辺は、フーコーの「監獄の誕生」あたりを踏まえているのだろう。ただ、これはヨーロッパの場合であって、日本の場合はどうなのかはまた歴史的検証のいるところである。
 
 その上で、三上氏は、「僕らが世界的に「近代ヨーロッパ」的なもの(国民経済や国民国家)の減衰というとき、国家の枠組みとしてそれを見ている。その枠組みを普遍的で絶対的と見ているが限り、この現象に危機感を持つだろう」と指摘している。しかし、「国家よりも僕らの生活(存在)の方が広いし大きいものである。近代は国家の興隆期であり、それはあたかも国家が生活よりも大きいという現象としてある。近代が減衰し、国家よりも国民の生活の方が広くて全面的なものだというのは、「近代」の成熟過程を経て出てきているのである。そこを読み取らなければならない。この観点に立つとき現在から未来のイメージを違って描けるのである」という。
 
 ようするに、国家という枠組みで見ている限り、生活(存在)の広がりという「近代」の成熟を捉えられず、過去に引き戻されてしまうということである。だから、歴史修正主義者やナショナリストは、過去へ過去へと向かっていくということになる。
 
 それは、「戦後のイデオロギーや思想が国家の力の減衰を招いているのではない。国民の成熟が、それによる現実の自由の進展がそれを生み出しているのだ。ここで大事なことは世界的に国家権力を減衰させているのは国民の現実を超える自由が生み出されているためであることを認識することだ。現実に生まれているこの自由を実現し、可能にする政治思想(権力についての思想)が不在なために、国家の復権を志向する思想とそれを反動として対立する戦後思想の対抗関係が生まれているだけである」と三上氏は言う。
 
 そして、氏は、藤原正彦氏のベストセラー『国家の品格』を取り上げる。
 
 氏は、「藤原正彦の着眼点は悪くはないが、彼の欠陥はこの「情緒」という日本の文化的価値を安易に国家と結びつけたこと」を批判する。その上で、「彼にはまともな国家についての考察はないのだが、ここのところは、本当はものすごく注意のいるところである。歴史的な段階概念として、東洋的段階やアジア的段階があり、これとは別の段階としての西欧的段階があるというのはよい。日本文化というときそこには東洋的、アジア的段階が濃厚に残っているというのもよい。それらは現在の日本文化を構成する要素であり、現在は日本文化を共時(複合)的に構成しているのである」というヘーゲル的な歴史段階論を提示する。これはもちろん、吉本主義者たる三上氏が吉本隆明の考えを敷衍したものだ。
 
 さらに、氏は、「東洋的段階の文化も西欧的文化も共時的にあり、文化の内部構造としてその両面を見ることを強調するのはよい。無意識のうちに身体化し、遺伝化しているアジア的、東洋的段階の感性や思考に注目するのは当然である」として、普遍的な人類の歴史段階の混在を指摘する。日本文化とは、これらの複合であって、単独の文明というハンチントンの日本文明論を否定して、「例えば、戦前に国体という概念の中心として主張された天皇制は中国的なアジア専制とも、ヨーロッパ的な君主制とも違った。だが、これはアジア地域に、時にはアフリカにもある政治権力の形態であり、日本的なものでもない。日本に残るアジア的形態の残っている姿である。これを日本の固有なものとするのは違うことである」と指摘している。人類史のアフリカ的段階・アジア的段階・東洋的段階の複合の仕方に日本の独自性があるというのである。すなわち、「日本列島の中で住民が育ててきた文化は重層的で複合的である。アフリカ的段階、アジア的段階、西欧的段階が日本文化の構成要素としてある。東洋的なものの中でも儒教的なものも、仏教的なものや神道的なものもある。宗教的な形態を持つものも、民俗的な風習や習慣もある」。

 そして、「これらの文化は僕らの身体に入っている。身体のうちにあるものを自覚することは僕らの存在を考えることである。「情緒(もののあわれを感じるこころ)」を日本文化の伝統として自覚し、それを僕らの生活思想や存在思想の重要な要素として見直そうというのもよい。僕らが自己の存在のうちに歴史的な段階概念に表象される感性や思考を持っているのなら、それに対象的になるのはいいことだ」と、自己の存在にある歴史的な段階概念に表象される感性や思考を対象化することになるなら、日本文化の伝統を自覚するのは良いという。しかしそれは、近代までの人類の歴史段階の自覚の契機という意味で重要なのであって、次の人類の歴史段階につながるものではないということになる。

 それに対して、「憲法9条の非戦概念は近代ヨーロッパの国家概念を超えているし、日本の近代の国家概念を超えている。近代を含めて国家と戦争の概念を超えている。国家が世界史的に基盤を低下させていることの必然性の中で国家の未来を考えるなら、日本の憲法9条は重要な位置を持つ。その未来性を表現しているからだ」と氏は述べ、国家の絶対性の時代としての近代を超える未来性、新たな人類史の段階を表現しているのは、憲法9条だという。氏の言う新たな人類史の段階が、生活や存在に還ることによって切り開かれるとすれば、それはすでに憲法25条に示されているのではないか。だとすれば、日本国憲法は、9条と25条において、近代を超えることを指し示す憲法だということになるのではないだろうか? つまりは日本国憲法はポスト近代的な憲法であると。

 だから、近代主義者たちは、日本国憲法を嫌い、執拗に明治憲法に還ろうとするのだろうか? 

 氏は、藤原正彦の主張に対して、「僕らの存在にとって近代も近代西欧思想も、ということは国家思想も一部であり、僕らが人類史として現存させている思想はもっと広い。僕らの存在を人類史が現存させている思想として自覚し取り出すのであれば、アフリカ的段階もアジア的段階も対象となる。それを無意識に突き動かしているのは、生活や存在に還るという歴史的の段階の衝動である。帰路に僕らは立っている。近代を経ての帰路がこうした歴史的段階を見直おそうという衝動になっている。/日本的文化価値としての情緒はこの文脈の中で見直されるのなら意味がある。藤原正彦はこういう視線がないから、着眼点が生きない。僕は漱石が「日本は亡びるね」といったことを帰路へ自己存在を向けないと危ないという警告として受け取った」と言う。

 最後は、基本的で重要な「教育の、社会的規律の根幹を支える制度の根幹が力を失っているのだとすればそれを僕らはどこに発見すればいいのか。かつては宗教(寺院や修業場)が、近代は国家(軍隊)が規律の生産の基盤であったのかもしれないが、それはどこにあるのか」という問いだ。氏の答えは、「それは僕らの生活過程、そのものの中に、存在そのものの中に見出すしかない。教育の意味する、社会的価値観や規範の形成を宗教や国家のうちにではなく生活の中に、存在の中に見出すしかない。現実を超えている自由な生活感覚や存在感覚の中にである。人類が長い歴史を通して生み出してきた価値や、規範(宗教的・国家的な価値や規範)によって人々を教育するのではなく、むしろそれらを現実(生活や存在)の方に近づけていくことだ。/多様化しある面では豊かになってきた生活の中で人はある面での貧しさを感じている。この矛盾はどこにあるのか。理想はどこにあるのか。人々が戸惑い、快楽に耽り、かつ苦闘している存在の現場で生起していることにである」というものだ。
 
 このような問いは、戦後の主体性論争の中で、提起され、議論されてきた領域の問題である。主体性論は、戦後左翼に大きな影響を与えたし、今も一部で強い影響力を持っている。「現実を超えている自由な生活感覚や存在感覚」という主体の中にこそ答えがあるという三上氏の主張には、その影響があるように思われる。現実に対して自由な生活感覚・存在感覚を持てるのは、闘い(自由)と生活を結びつけているような主体である。三上氏は、社会の成熟によって、すでに多くの人が、そのような主体に変化しつつあるというのである。したがって、そのような主体的生活の全面性を国家の絶対性の後退、衰退、歴史的限界の露呈という事態に対置することが必要な時がきたと宣言しているわけである。
 
 問題は、モラル崩壊であった。それに対して、一時、人々は、規範維持の力を宗教や国家の超越的な絶対性の力に求めようとしたのであった。それが、アメリカのブッシュ共和党支持であり、日本での安部政権の誕生につながった。しかし、その道(信仰と国家の治安力強化など)は、今日の社会実態に合わないし、それは諸個人の生活や存在を抑圧するものであり、それは求めたものではないし、それには希望もないことに、人々の多くが気がついた。ブッシュ共和党政権は、支持率低下し、レームダック化し、安部政権は民意によって倒された。今、人々は、別の道を求めている。それは、ケインズ主義的なリベラリズムなのだろうか? つまりは、金融資本家に対する産業資本家と中産階級化した労働者階級との連合という道なのだろうか? 民主党が指し示しているのは、明らかに、そういう道である。そのために、分配構造の変革を目指しているのである。それには、既存の権力構造・利権構造の再編が必要である。
 
 しかし、問題はもっと別のところにあると三上氏は主張する。過去のように、一元的な価値観や生活や生き方が規範モデルとして厳として存在して、それに従うかどうかということで、人々の価値観や考えや生き方や生活の葛藤があるのではなく、「多様化しある面では豊かになってきた生活の中で人はある面での貧しさを感じている。この矛盾はどこにあるのか。理想はどこにあるのか。人々が戸惑い、快楽に耽り、かつ苦闘している存在の現場で生起していることにである」ということだ。 

 こういうものに、一元的価値や規範を持ってきても、合うわけがない。国家主義や宗教は、全然間に合わないし、細木和子のような古くさい道徳や価値観も全然だめだ。それらは、一時的・部分的にごまかせるという程度のものにすぎない。必要なのは、相互の安全を保証しあい、自由と生存を確保しつつ、生活の中で、新たな規範モデルを形成していくということだというのが三上氏の答えであるように思われる。それを、多様なコミュニケーションの中で関係の構築と再構築の過程を通じて行うということだろう。三上氏なら共同体というところだろうが、それは、自由な開かれた共同体という意味においてでしかありえない。構築と解体と再構築の繰り返しの中で、関係を高度化していくことである。その意識的な営みが、政治の基本になる必要があるということである。それを、生活政治あるいは社会的政治と呼んでもよい。
 
 選挙運動に取り組む以上は、代表制の問題について考える必要があり、それは、三上氏も考えているのかもしれないが、この領域は避けられない領域である。それについては、『情況』5・6月号の鵜飼健史氏の「民主主義を民主化する」という文章が、おもしろい。そこで氏は、ポピュリズムとラディカル・デモクラシーの違いを明らかにしつつ、前者から後者への移行の第一歩として、「公民教育が可能であるならば、国を愛する心や投票のやり方などではなく、不正を判断する感覚の訓育こそ重視されるべきであろう。いうまでもなく、これは絶え間ない批判精神であり、ときとして自己批判へと回帰するものとしての意味においてである」と述べている。この不正の判断の感覚は、相次ぐ「政治とカネ」の問題が発覚した安部政権を打倒した民意の一つの内容だった。氏は、ポピュリズムとデモクラシーの対決において、「諸個人の主体形成を主戦場とする限り、主権者たちはこの運命を代表者に委ねることはできない」と述べる。この闘いは、諸個人の感覚のレベルで、闘われる。同じ事だと思うが、同誌の千葉真氏と大賀哲氏の対談で、千葉氏は、「政治権力から疎外され、経済的な貨幣の権力からも疎外された「人民」の痛みやニーズや願望にどう応えていくかを模索するのが哲学の仕事なのだ、という初期マルクスの主張は今こそ重要になってきているのではないでしょうか」と述べている。鵜飼氏は、デモクラシーの哲学が、不正の感覚の判断力を磨くこと、批判精神を持つ主体形成によって、デモクラシーに回帰しつつ、それをラディカル化(根源化)することを課題とすると言う。
 
 鵜飼氏の診断によれば、「政治における敵対性が社会のあらゆる場所で顕著になることで、万人が万人の敵であるような、そして個人は自らのためにのみ戦わなければならないような、政治情勢が醸成されている。このような情勢は、諸個人を国家権力につなぐ媒体という意味での市民社会の衰退を意味している。SARS(重症急性呼吸器症候群)危機における統治権力の作用を分析した汪民安の興味深い論考によれば、この危機によって「ホッブス的な自己保存の本能」を覆っていた「社会的な仮面」がはぎ取られ、個人の身体性が剥き出しとなっていることが明らかとなった。SARSはたんに健康や衛生に対する危機ではなく、近代社会が培ってきたあらゆる楽観主義(たとえば啓蒙主義や愛情溢れる家族観)に対する信仰の危機でもある。「社会性は急速に個人性へと解体している」」。
 
 このような社会の変容の中で、敵対性の増大とコミュニティーの凝集性の弱体化によって剥き出しになった個人とその政治要求を節合して、新たな凝集性を構成するのが、ポピュリズムであると氏は言う。それは、「国民」ではなく、普遍的な「人民」を基礎とする。ポピュリズムは、代表を超える代表、既存のコミュニティーを超える場所なき新たなコミュニティーを構成しようとする。それに対して、氏は、上述のデモクラシーを対置するのである。
 
 奇しくも、三上氏と鵜飼氏は、共に、個人の主体形成というレベルにおける政治(自由・闘争)を問題にしているように思われる。三上氏は、普遍的な歴史段階の感覚や思考の自覚による覚醒、鵜飼氏は、デモクラシーへの持続的回帰によるそのラディカル化を主張する。両者共に、それを政治的なるもの、政治思想、政治感覚の更新に見ているように思われる。諸個人の生活(存在)のレベルにおける政治、そして規範形成というレベルの政治という主体形成の政治の必要を強調する点で、共通するものがあると思う。それが、感覚・感性のレベルでの闘い、身体性における闘いを含むことは明らかである。等々。
 
 的はずれな勝手な読みかもしれないが、こんな風に読んでみた。
 
 安倍晋三の贈り物(弐) (2007年9月24日)(「成島忠夫後援会ニュース」No37より)
                              三上 治

●「闘う政治家」の虚像
 安倍晋三は何故、自分が急に政治的人気を得たのかよくわからなかったのかも
しれない。彼は拉致問題で強硬派の政治的代弁者になったことを自負しながら自
分のことを「闘う政治家」と言っている。そして「闘わない政治家」を批判して
いる。自分の政治家としての特徴も人気もここに根拠があるように語っているが、
これは彼の政治的蹉跌を招いた最大の理由であるとも考えられる。
 拉致問題での強硬な態度、国会運営でも強引な手法(強行採決の連発)は自他
共にこの「闘う政治家」の姿と思われたのかも知れない。多くの人々の反発を招
くとともに怖れられもしたことであったに違いない。これは言うなれば一種の虚
像であって、ここにはいろいろの問題が含まれているのだと思う。

 安倍が人気に推されて首相になったことには、岸信介の孫という系譜が幻想と
して加わったこともあった、と推察される。この幻想は自他ともに大きなもので
あったと思える。保守の政治家や知識人は岸信介の幻想で彼への期待を増幅した
のであると思う。彼はまたそのために恨みをかった。この系譜は外部的に見る限
りプラスでもあればマイナスでもあった。問題は彼がそれにどう対処したかとい
う内部にあって、そこでは明らかにマイナスになったのではないだろうか。安倍
は祖父(岸信介)や大叔父(佐藤栄作)よりは政治的能力も知的にも劣った存在
であり、はるかにひ弱な存在であった。このことを彼は誰よりも知っていたと思
う。

 彼が岸信介や佐藤栄作などと政治的能力や知的能力で劣っていたにしても、そ
れはどうこう言う問題ではない。そのことは安倍晋三の政治的可能性としてマイ
ナスに機能するものではなかった。彼が祖父たちとは違う政治家になる可能性の
基盤であり、条件であった。そう考えられる。
 しかし、彼は祖父たちへのコンプレックスを乗り越える方法として「闘う政治
家」というイメージを想定した。そこに可能性を見出した。この場合の「闘う」
ということの内容が問題なのだが、彼にとってはそれは俗にいう強い政治家だっ
た。彼らは優秀な官僚的政治家であった。ある意味では強い政治家であった。そ
こは同時に彼らの弱さと欠陥を裏腹のようにはらむところであった。それは大衆
や国民の存在を理解しえない官僚政治家の弱さであり、欠陥であった。
 岸は「声なき声」と大衆の動向を理解する鋭敏さを持ってはいた。また、「安
保改定は正しかった」と主張していたらしいが、彼が国民に反感を買った場所が
どこにあったかはわからなかったらしい。いや、それを自覚することを拒んでい
たのかもしれない。
 安倍は祖父や大叔父の官僚的政治家としての優秀さに内包する欠陥を認識しえ
れば安倍は違う政治家になる可能性を持っていた。自己の脆弱さの認識はコンプ
レックスになったが、違う可能性へ彼を導いたかもしれない。彼は自分の開きか
た、自分との闘いかたを間違ったのである。

●自衛隊出動を主張した父祖の血
 僕は国会前に座り込みをしながら岸信介や佐藤栄作が1960年の安保闘争で最も
強硬に自衛隊の出動を主張したことを想起したし、そのことを書いたこともある。
岸信介の政治家としての係累を負うことを宿命づけられていたのなら彼はこの強
硬派としての内包した欠点を超えることを考えてもよかったのである。遺伝子と
いうものはプラスもあればマイナスもあるのだ。
 この自衛隊出動の要請という有名なエピソードは彼らの政治の欠陥を表現して
いた。国民の政治的意志や権力への異議申し立てに対して、強権的に臨むしかな
いというのは彼らの政治的な弱さであり欠陥であった。安倍はこの政治的遺伝子
と闘うべきであった。少なくとも、自己のコンプレックスを「闘う政治家」とい
う像のイメージにおいて解消しようとすることはこの逆であった。

 「闘う政治家」という安倍の祖父たちへのコンプレックス克服方法が国民的幻
想とうまくマッチしたことはあると思う。直接的には北朝鮮の拉致問題の浮上が
あったのだろうと推察される。これはある種の偶然なのだが、幸か不幸か政治的
によくあることだ。
 例えば、ブッシュ大統領が9月11日の同時多発テロ事件に遭遇したように。ここ
には時代性もある。この時代性とはもちろん世界的なものである。これは一言で
いうなら、国家的な力の復権ということにほかならない。ナショナリズムが高揚
するという時代性をイメージしてもよい。
 第一次世界大戦後の自由な思想的動きに対する反動(反転)がファシズムやナ
ショナリズムの台頭を生んだことと現象的には似ていなくはない。第一次世界大
戦の直後は自由と革命が戦争への反省を含めて出ていた。それが1930年前後から、
反動的動きになった。この動きと似ているのが第二次世界大戦後の民主主義や左
翼(マルクス主義)への反動的な動きである。ナショナリズムの高揚を内部に含
んだ国家的力の復権である。

●歴史修正主義の背景
 日本では「新しい教科書を作る会」の連中の歴史修正主義的な動きや小林よし
のりの「戦争の見直し」などの動きを指摘できる。若者たちへのナショナリズム
の浸透をあげてもよい。アメリカやイギリスでのニューデイルやリベラリズムの
見直しもこの一種である。新自由主義の台頭である。あるいは宗教右派の跋扈を
あげてもよい。ヨーロッパでも右翼や歴史修正主義の動きはある。
 これらは戦後に支配した自由や民主主義、あるいは左翼的な歴史観の修正の動
きである。戦後民主主義や戦後左翼の歴史観が力を失っていくことに対抗するよ
うに出てきた潮流である。

 この基盤をなしているのは世界経済の中での先進国的な部分の基盤の低下であ
る。ヨーロッパからアメリカへ、アメリカから日本へという世界経済の力と基盤
の移行は進展してきたが、これは中国やインドへと発展のシフトを変えている。
世界経済の中で先進的といわれた部分は基盤を相対的に低下させている。生産力
を基盤とする世界経済の動向はかつて先進地域とよばれた部分の地位を相対的に
低下させている。同じように軍事力を含む先進国の国家的な力は相対的に基盤を
低下させている。冷戦構造の崩壊後の世界はアメリカの一極的な勝利と語られて
きたが、アメリカの支配力は低下しているのである。
 かつて先進的な地域とよばれた部分の経済的・政治的な基盤の低下という事態
の中から、第二次大戦後の思想に対する反動が台頭してきているのである。こう
した現象は現在の世界の枠組みが「近代のヨーロッパ」(国民経済や国民国家)
にある限り、ゆり戻しのような反動として出てくるに過ぎない。ただ、戦後的な
思想も、それに対する反動としての歴史修正主義の動きも、双方ともに現在から
未来への道を切り開くものではない。

 アメリカやヨーロッパや日本などの先進地域の経済や政治の基盤の低下は国家
という枠組みでみればそうであるにちがいない。国家を普遍的で絶対的と見る限
りは基盤の低下であり、国家の力で再生させようという動きが出てくるが、別の
視点から見ればそうではない。
 世界経済の構造の変化は世界的な生産力の発展として必然である。世界経済が
生産力中心からどのように構造的な脱皮を図れるかの課題を負っているというに
すぎない。国民的な存在の現在という枠組みからみれば政治的にも、国家的にも
成熟過程といえるのだ。ある意味で国民は豊かにもなったし、現実的な自由も増
した。国家こそが国民を豊かにし、政治的に自由にするという歴史的段階からの
脱皮が基盤として生まれているのだ。
 僕らが世界的に「近代ヨーロッパ」的なもの(国民経済や国民国家)の減衰と
いうとき、国家の枠組みとしてそれを見ている。その枠組みを普遍的で絶対的と
見ているが限り、この現象に危機感を持つだろう。
 国家よりも僕らの生活(存在)の方が広いし大きいものである。近代は国家の
興隆期であり、それはあたかも国家が生活よりも大きいという現象としてある。
近代が減衰し、国家よりも国民の生活の方が広くて全面的なものだというのは、
「近代」の成熟過程を経て出てきているのである。そこを読み取らなければなら
ない。この観点に立つとき現在から未来のイメージを違って描けるのである。

●国家の復権を志向する安倍、ブッシュ
 安倍首相が「闘う政治家」として求めた像とは何であったか。彼の「美しい国
へ」という本を読むと国家あるいは国家権力の減衰に対して復権を志しており、
それを希求する政治家の像ということになる。戦後に国家が減衰していることに
歯止めをかけようとする政治家像であった。彼はこの本の中でアメリカの保守の
自信はどこにあるか、という問いかけをしている。彼が保守というのはレーガン
大統領やブッシュ大統領などの共和党的な保守のことであり、反リベラル派のこ
とである。
 彼らは国家の復権を志向している。彼らが「小さな政府」を志向することは関
係ない。なぜなら、彼らは経済的・社会的国家を小さくすることを志向はしても、
政治的国家はそうではないからである。政治権力、あるいは統治権力を小さくし
ようなどとは思ってもいない。
 レーガン大統領やブッシュ大統領などのアメリカの保守は自信を持っているの
だろうか。戦争を遂行する時の彼らはそう見えるのかもしれないが、本当は逆で
はないか。彼らに本当の自信があれば、イラクやアフガンに徴兵された兵隊を送
り込んでいたと思う。それが出来なくなっていることは自信を失っているのであ
り、だからこそ「戦闘的政治家」のように振舞うのである。彼らの強気な振る舞
いを読み違えてはならない。

 彼らの思想は現在でも国家こそが中心であると考えることだ。国家の普遍的な
役割や意味は変わってはいないと考えている。国家は現在でも重要のものであり、
その位置を持ってはいる。しかし、国家の意味や機能、つまりは役割は歴史的に
見て大きく変化しているおり、国家はあたらしい歴史的な場所にたっている。国
家についての左翼的な認識も、右翼的な認識もさして重要なことではない。重要
な違いはない。しかし、国家の現在の場所や役割についての認識、その歴史的段
階の認識の差異は重要である。

●拉致問題が生んだ「不自由」の空気
 自民党総裁選の討論をテレビで見ていて印象に残った場面がある。麻生太郎は
福田康夫に官房長官時代の拉致問題の対応について切り込み、福田が口ごもった
場面である。帰国した5人の処置をめぐるやり取りであるが、麻生が福田は約束
通り返せといったのではないか、と突いたのである。
 もし返していたら帰った拉致被害者は再び帰れなかったか、拉致問題の新しい
進展になったのかはわからない。このときの処置が拉致問題の進展を妨げたてき
たのではないかということはあるかもしれない。そう思っていてもそれは口にで
きない。そこでは自由に発言できない雰囲気になっている。
 福田が口ごもり、麻生が薄笑いをしながら語る風景に僕は嫌な感じがした。そ
れは拉致問題の処置のことでもない。その方針のことでもない。政治的な自由が
何故困難か、ある方向に考えが流れたらそれに抗するのが如何に難しいかを示し
ていたからだ。親北朝鮮の政治家と言われるのはかつて非国民の政治家といわれ
るようなものであり、みんなが避けたがる。そういう空気が支配するとなかなか
それを破れない。
 親北朝鮮派といわれるのが嫌だからそこで直面している問題について自分の思
っていることを語ることを避ける。ここが象徴していることが問題なのだ。日本
的な共同性の弱さであり、政治的な自由の実態を示しているのである。

 政治家が一番に心がけなければいけないことは権力のありようをかんがえるこ
とだ。権力が超権力にならないことに心いたすことだ。政治家であれば国家権力
がそうならないことに意をくだくべきである。そして現在では権力が超権力にな
り、権力の病を生み出すには国民の意志が決定的な役割をはたすのだから、国民
の意志に敏感になり、それと拮抗することも考えなければならない。拮抗すると
は現実を越える自由を重要に考えることだ。そのためには孤立も辞さずに自己の
主張をやらなければならない。「闘う政治家」とは国家権力が超権力に転じ、権
力の病を発生させることと闘う政治家のことである。

●「闘う政治」に「ノー」の審判
 アメリカの反戦活動家は反テロの名の下にブッシュ大統領はアメリカを「恐怖
の文化」が支配する状態に追い込んでいると語っていた。これはアメリカの国家
権力が超権力に転じ、権力の病を生み出していることの指摘にほかならないだろ
う。権力を超権力へ持っていくことが「闘う政治家」であると多くの政治家は錯
誤する。そのイデオロギーとしては自由や、ときに革命(解放)が使われる。安
倍首相は「闘う政治家」を国家権力の復権(強化)の方向にイメージしていたの
だと思う。それはある種の錯誤であり、錯覚であるが、国民はそれに「ノー」と
いったのだ。それでも、国民もまた一時的にはそれに同調をしたのではある。そ
のことは記憶しておいてよい。

 僕らは現在の世界の中で国家は権力としての力を減衰させているのだと思う。
そしてこれを戦後のイデオロギーや思想(戦後民主主義や左翼思想)のせいにし
て、国家の復権を図ろうとする動きがある。
 戦後のイデオロギーや思想が国家の力の減衰を招いているのではない。国民の
成熟が、それによる現実の自由の進展がそれを生み出しているのだ。ここで大事
なことは世界的に国家権力を減衰させているのは国民の現実を超える自由が生み
出されているためであることを認識することだ。現実に生まれているこの自由を
実現し、可能にする政治思想(権力についての思想)が不在なために、国家の復
権を志向する思想とそれを反動として対立する戦後思想の対抗関係が生まれてい
るだけである。
 反テロもその帰趨は見えている。僕らは拉致問題やイラク戦争を含めた世界的
動向の中に流れているものを見なければならない。その中で「闘う政治家」を目
指したブッシュや安倍の象徴的位置を理解すべきであると考えている。

 安倍が首相として描いた日本の現在から未来のデザインは何であったか。それ
らは彼の内部から湧き出たものではなくて、適当に都合のいいものを引っ張って
きて構成したものであり、彼自身の構想と見識の表現ではなかった。『美しい国
へ』という本を読み直してみてそう思った。
 国家的なものの復権はブッシュなら、アメリカの宗教右派(キリスト教右派)
と組んだナショナリズム性を帯びる。日本では歴史修正主義やナショナリズムの
風潮として出てくる。小泉首相の時代は靖国参拝の固執と中国の反日的動きへの
対抗ということがあった。安倍は拉致問題や北朝鮮問題があったが、彼は憲法の
改定も含めた動きとしてこれを実現しようとした。戦後レジームからの脱却とい
うのもそれだったといえる。
 このナショナリズム的な動きについてみておこう。

●藤原正彦「国家の品性」の国家論
 僕は安倍の「美しい国」という言葉を藤原正彦の「国家の品性」から着想した
のだろうと想像をした。この真相はよくわからないが、ナショナリズムの風潮を
背景にしていたことは確かであろうと思う。この本はいろいろの評価があるが、
それなりの面白さがあった。
 これは近代ヨーロッパの普遍性を論理性に求め、それには適合しない日本の普
遍性を情緒に求めた。これは繰り返し出てくるヨーロッパ近代の合理主義批判で
あり、衣装を変えては出てくるものであると思えた。近代合理主義批判、近代の
超克、言葉はいろいろあるが繰り返し出てくるものである。戦後の日本がヨーロ
ッパの近代の普遍性を模倣することに汲々としていて、今それに疲れ、疑惑もあ
るときこうした見解が出てくることはよく了解できる。
 あの全共闘運動であっても近代合理主義批判をしていたのであるから。特に近
代ヨーロッパの思想的な絶対性が揺らぎ、相対化が進む今これが出てくる必然は
あるといえる。
 夏目漱石は『三四郎』の中で文明批判としてこの日本の状況を鋭く批判してい
る。三四郎が上京してくる車中の中で学者風の男と話をし、三四郎が「これから
も日本は発展するのではないでしょうか」と質問するのに対して「亡びるね」と
答える。日本人の疲労感と「ぼんやりした不安」は漱石が指摘していたことであ
る。
 藤原正彦の主張はある程度は伝統化した近代西欧の批判である。ただ、僕らは
何度もこうした議論を経験しているのであり、それがどこまで深められたもので
あるかどうかを見分けがつけることもできる。この思想の必然性と欠陥の双方を
批判できる立場にある。

 藤原正彦の着眼点は悪くはないが、彼の欠陥はこの「情緒」という日本の文化
的価値を安易に国家と結びつけたことである。日本ということを西欧国家に対す
る日本国家という枠組みで提示したことである。この枠組みに無意識のうちには
まり込んだことである。
 彼にはまともな国家についての考察はないのだが、ここのところは、本当はも
のすごく注意のいるところである。歴史的な段階概念として、東洋的段階やアジ
ア的段階があり、これとは別の段階としての西欧的段階があるというのはよい。
日本文化というときそこには東洋的、アジア的段階が濃厚に残っているというの
もよい。それらは現在の日本文化を構成する要素であり、現在は日本文化を共時
(複合)的に構成しているのである。
 東洋的段階の文化も西欧的文化も共時的にあり、文化の内部構造としてその両
面を見ることを強調するのはよい。無意識のうちに身体化し、遺伝化しているア
ジア的、東洋的段階の感性や思考に注目するのは当然である。

●「国体」概念が形成された背景
 この日本に色濃くある東洋的・アジア的段階の文化を国家的な対抗要素に仕立
てあげたのは、日本の近代の国家であり、ナショナリズムであった。日本がヨー
ロッパの近代国家を模倣し、移植したときに絶えず同伴してきたのがナショナリ
ズムである。ナショナリズムはヨーロッパの近代国家の内部でも出てきたもので
あり、特に後進的な部分が先進的な部分に対抗するために出てきたものである。
 例えば、ドイツではネーションはイギリスやフランスのように人民ではなく、
民族的共同体としての色彩を強く持って出てきた。ネーションという概念一つをと
ってみてもナショナリズム的な対抗関係を取っていた。
 日本は遅れて近代国家に登場したために東洋的なものや、アジア的なものを日
本国家の特質としたのである。それをナショナリズムにして近代国家内部での対
抗概念に仕立てあげたのである。
 例えば、戦前に国体という概念の中心として主張された天皇制は中国的なアジ
ア専制とも、ヨーロッパ的な君主制とも違った。だが、これはアジア地域に、時
にはアフリカにもある政治権力の形態であり、日本的なものでもない。日本に残
るアジア的形態の残っている姿である。これを日本の固有なものとするのは違う
ことである。
 これをナショナリズムとして、つまりはネーションの実態にしてしまうと、日
本の近代の構成であるヨーロッパ的なものに対抗するものとして主張され、それ
を排除してしまうことになる。遅れて近代国家に登場した日本の近代国家の構成
は重層的であった。それが実体であった。それぞれの歴史段階の国家が重層的に、
つまりは複合的に存在したのである。
 国体概念のようなナショナリズムは国家の構成の一面を肥大化し他を排除して
しまう。その矛盾こそ、戦前―戦中の国家体験にほかならなかった。ここでは国
家の像も課題も歪んでしまう。近代ヨーロッパが生み出した国民国家の構成は大
なり、小なり複合的であり、重層的であり、特に遅れて登場した地域の国家はそ
うであった。それゆえに内部の矛盾は強かったのであり、ナショナリズムが強く
出てくる必然性があるのだ。ここに落ち込まないことが重要である。

●「非戦」という日本文化
 日本列島の中で住民が育ててきた文化は重層的で複合的である。アフリカ的段
階、アジア的段階、西欧的段階が日本文化の構成要素としてある。東洋的なもの
の中でも儒教的なものも、仏教的なものや神道的なものもある。宗教的な形態
を持つものも、民俗的な風習や習慣もある。
 これらの文化は僕らの身体に入っている。身体のうちにあるものを自覚するこ
とは僕らの存在を考えることである。「情緒(もののあわれを感じるこころ)」
を日本文化の伝統として自覚し、それを僕らの生活思想や存在思想の重要な要素
として見直そうというのもよい。僕らが自己の存在のうちに歴史的な段階概念に
表象される感性や思考を持っているのなら、それに対象的になるのはいいことだ。

 国家の課題というなら、「情緒という日本文化」に基づく美しい国家という空
疎の言葉ではなく、「憲法9条」の方を取り上げたほうがいいと思う。日本を含
んだ近代国家の減衰状態、その問題を言及したいのなら、憲法9条のことを課題
にしたほうがはるかにいい。近代ヨーロッパの国家概念と同時に日本的な近代の
国家概念を超えるのでなければ、そのような包括性の中で国家の問題を論じるの
でなければ意味はない。
 憲法9条の非戦概念は近代ヨーロッパの国家概念を超えているし、日本の近代
の国家概念を超えている。近代を含めて国家と戦争の概念を超えている。国家が
世界史的に基盤を低下させていることの必然性の中で国家の未来を考えるなら、
日本の憲法9条は重要な位置を持つ。その未来性を表現しているからだ。
 戦後民主主義やマルクス主義が政治的利用主義として使ったために護憲という
思想は評判がよくはない。でもこれは9条の歴史的可能性と何の関係もない。憲
法9条は世界遺産というなら、遠い未来の視点、永久革命的な視点からそういえ
るのである。

●日本文化の基盤をどう見直すか
 藤原正彦の『国家の品性』がベストセラーになったことには理由があるとおも
った。確かにナショナリズムの浸透という風潮がそこに作用していたことは疑い
ないが、それと同時に自分たちの存在の基盤を見直そうとする動きに合致したと
ころもあったからだ。
 「近代のヨーロッパ」が絶対性(絶対的な思想制度)として現れたことは近代
資本主義や近代国家が絶対的であるかのように現象したことだ。ヨーロッパの近
代は絶対的なものではなく、歴史的な段階に過ぎないというときに二つの事柄が
出てくる。国家はある歴史の段階で絶対的なもののように出てきたが、ある歴史
の段階としてそうであったに過ぎないということだ。ある歴史の段階で宗教が絶
対的であったと同じである。
 現在から未来は「近代のヨーロッパ」の国家を絶対化した段階をどのように超
えていくかという課題がここから出てくる。僕はその検討の媒介として憲法9条
を挙げたけれど、ヨーロッパ共同体(EU)のことを媒介にしてもよい。
 もう一つはぼくらの存在そのものを問う思想のことがある。国家が自己存在に
とって絶対的であれば、近代西欧が存在思想としても絶対的なもののように出て
くる。国家が僕らの存在にとって絶対的なものでないなら、人間の存在をもっと
別のところで考えようとする。神の絶対性の移行したものとしての国家も絶対的
でないなら、人間の存在を改めて問うことも出てくる。存在を問う思想としてア
ジア的段階や東洋的段階の思想が見直される必然はある。

 僕らの存在にとって近代も近代西欧思想も、ということは国家思想も一部であ
り、僕らが人類史として現存させている思想はもっと広い。僕らの存在を人類史
が現存させている思想として自覚し取り出すのであれば、アフリカ的段階もアジ
ア的段階も対象となる。それを無意識に突き動かしているのは、生活や存在に還
るという歴史的の段階の衝動である。帰路に僕らは立っている。近代を経ての帰
路がこうした歴史的段階を見直おそうという衝動になっている。
 日本的文化価値としての情緒はこの文脈の中で見直されるのなら意味がある。
藤原正彦はこういう視線がないから、着眼点が生きない。僕は漱石が「日本は亡
びるね」といったことを帰路へ自己存在を向けないと危ないという警告として受
け取った。

●「教育」の再生……どこに社会的規範の源泉を見出すか
 僕は安倍の「美しい国」というイメージが藤原正彦の本から着想されたのだろ
うと想像してきたが、そのイメージは言葉だけでなんのふくらみもない。これは
教育の再生というのも同じである。今世界的に国家が内部的に危機に瀕し力を減
衰させているのは規律が解体に直面していることにある。政治権力と社会権力が
権力として機能するための規律が有効に働かないことにある。
 これは諸々の関係の危機として現象する。会社での上司と部下の関係、学校で
の教師と生徒の関係、家族内部での親と子の関係。その関係を支えるエトスが危
機なのだ。近代の規律が生産されたのが教育であるとすれば、その源泉は軍隊に
あった。軍隊は工場や学校などの近代的諸組織の規律の模範となったものであっ
た。

 教育の、社会的規律の根幹を支える制度の根幹が力を失っているのだとすれば
それを僕らはどこに発見すればいいのか。かつては宗教(寺院や修業場)が、近
代は国家(軍隊)が規律の生産の基盤であったのかもしれないが、それはどこに
あるのか。
 それは僕らの生活過程、そのものの中に、存在そのものの中に見出すしかない。
教育の意味する、社会的価値観や規範の形成を宗教や国家のうちにではなく生活
の中に、存在の中に見出すしかない。現実を超えている自由な生活感覚や存在感
覚の中にである。人類が長い歴史を通して生み出してきた価値や、規範(宗教的・
国家的な価値や規範)によって人々を教育するのではなく、むしろそれらを現実
(生活や存在)の方に近づけていくことだ。
 多様化し、ある面では豊かになってきた生活の中で人はある面での貧しさを感
じている。この矛盾はどこにあるのか。理想はどこにあるのか。人々が戸惑い、
快楽に耽り、かつ苦闘している存在の現場で生起していることにである。

●生活と、「生きていること」に誇りを
 生活の実体も、それを支えている価値も規範も変わる。自己の身体には人類史
が含まれているように、生活の中には人類史が全部ある。そこでの人類史の遺産
を相続しながら、闘うことの中に教育の現場も源泉もある。
 教育という概念が転倒しなければ教育の再生などはない。教育という概念の転
倒は、宗教や国家と僕らの存在(生活と現実)の転倒である。これが肝心なので
ある。安倍の教育再生論は軍隊を背景にしたかつての教育の模倣であるにすぎな
い。
 国家に誇りをではなく、生活に、生きていることに誇りを持ち、そこから生み
出される価値や規律が重要なのだ。国家や宗教モラルが人間のモラルを回復させ
るなんていうのは非現実的である。安倍が固執した教育の影には日本近代の軍隊
がちらついていたのかもしれない。そしてそれは、憲法の改定とつながってもい
たのだと思う。                          

|

« やすかわ氏のコメントに寄せて 沖縄ナショナリズムの高揚 | トップページ | 名も無き公僕氏のコメントについて »

思想」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« やすかわ氏のコメントに寄せて 沖縄ナショナリズムの高揚 | トップページ | 名も無き公僕氏のコメントについて »