« 三上治氏「安倍晋三の贈り物(弐)」を読んで | トップページ | ゲバラ没後40年 »

名も無き公僕氏のコメントについて

 「名も無き公僕」さんから、コメントを頂いた。

  コメント内容については、以下の「美しい壺日記」ブログhttp://dj19.blog86.fc2.com/の記事が、基本的に答えているように思うので、参考に下に貼っておいた。

  なお、関連して、知足氏のマスコミ情報操作撃退作戦ブログに、右派のチャンネル桜の番組が紹介されていたので、観てみたが、笑った。言われていることは、でたらめで、分析も稚拙で、しかも、取りようによっては、沖縄もシンガポールのように産業立国として独立した方がいいとも取れるような沖縄独立論を主張しているようなものであった。司会者が示した沖縄の米軍基地を記した地図は、県の面積に対して、いかに基地の占める割合が多いかが、誰もが一目でわかるものであった。1948年に中華民国の飛行機が強行着陸したことをもって、中国によって沖縄が占領される危機だったと、中国大陸は、内戦状態であったという事実も、無視して、そんなことを言う。これは、それとも、台湾に逃れた国民党軍による占領という意味なのだろうか? さっぱり意味がわからない。司会者も講演者も、しどろもどろ、口ごもりながらの意味のよく分からない要領を得ない発言ばかりの番組である。在日利権の話の時もそうだったが、それらしいことを暗示するばかりで、明快な具体的証拠をもって、人を説得するというようなものではない。こんなものに簡単に引っかかる者はそんなにはいないだろう。途中、日本国民は優秀だからなどとおだてようとするが、そんな見え透いたよいしょに簡単に乗るほど、人々は馬鹿じゃない。馬鹿にするな!

 今、裁判で係争中の、渡嘉敷島(赤松元守備隊長の遺族)と座間味島の梅澤元隊長の集団自決の軍命の有無その他が、焦点になっている。この件について、「沖縄戦裁判」のホームページhttp://www.sakai.zaq.ne.jp/okinawasen/index.html に、今年6月27日の大阪地裁での宮城初枝さんの娘の晴美さんの陳述書が掲載されている。 それによると、彼女が、母初枝さんから聞いたのは、「母は、少なくとも自分の目の前での部隊長の自決命令はなかったということでそのことを梅澤氏に告白し、手記を書き改めたのですが、確かに3月25日の助役とのやりとりの際に、梅澤部隊長は自決用の弾薬は渡していませんが、「今晩は一応お帰りください。お帰りください」といっただけで、自決をやめさせようとはしていません。住民が自決せざるをえないことを承知のうえで、ただ軍の貴重な武器である弾薬を梅澤氏自ら渡すことはしなかったというに過ぎなかったのではないかと思います」ということである。

 それから、助役が集団自決の指令者であり、軍や梅澤隊長が命令したわけではないという言い分については、晴美さんは以下のように、陳述している。

  助役(兵事主任・防衛隊長)の伝令と軍命

 座間味島の住民の多くは、1945年(昭和20年)3月25日の夜、役場職員の伝令から忠魂前に集まるよう伝えられています。この伝令は日本軍の駐留以来、軍の命令を住民に伝える役割があり、彼が艦砲射撃の中を息せき切って忠魂碑前に集まるよう伝えにきたことだけでも、住民は軍から自決命令が出たと受け止め、晴れ着を着て忠魂碑前に向かったのです。
これは、先に述べましたように、座間味島の人たちが、あらかじめ日本軍から米軍上陸時には投降することなく、玉砕するよう指示されていたからにほかなりません。捕虜となった場合、かねてから日本軍によって流布された鬼畜米英に殺されるという恐怖心が植え付けられていたことは当然ですが、秘密基地としての島の役割が敵に知られることをおそれ、住民が信用できない、あるいはスパイになりかねないという差別意識を持つ日本軍からどんな仕打ちを受けるかわからないという恐怖心も働いていたと思います。
   座間味村の助役(兵事主任兼防衛隊長)の宮里盛秀氏は、1945年(昭和20年)3月25日の夜、父盛永氏らに、「軍からの命令で、敵が上陸してきたら玉砕するように言われている。まちがいなく上陸になる。国の命令だから、いさぎよく一緒に自決しましょう。敵の手にとられるより自決したほうがいい。今夜11時半に忠魂碑の前に集合することになっている」と告げたとのことですが(乙51宮平春子氏陳述書)、前述しましたように、私も最近宮平春子さんからそのとおり話を聞きました。盛秀氏ら村の幹部は、あらかじめ日本軍から、米軍上陸時には村民は自決するよう指示されていたので、伝令を通じて自決のため忠魂碑前に集合するよう村民に軍の命令を伝えたものと考えられます。
   また、本書218~219頁にも書きましたが、忠魂碑から引き返してきた助役一家が農業組合壕に戻った際、大勢の住民が入っていて「ここは役場職員の壕です。一般の方々は出てください」と盛秀氏は住民に呼びかけます。しかし奥に入っている住民から「死ぬなら全員一緒だ」「壕を出されたら自分たちはどうすればよいのか。一緒に死なせてください」と反発と懇願の声が上がりますが、その時に盛秀氏が「皆さんは自由にしてください。自分のことは自分で考えてください。私には自分たちの責任しかとれず、あなた方の責任まではとれないのです」と話したことが春子さんの証言でわかりました。つまり、盛秀氏が命令して「玉砕」しようというのであれば、何も住民を壕から追い出さず、一緒に死ねばよいだけのことですが、盛秀氏は、軍からの命令に従って自分の家族と役場職員の身の処し方を考えていたと思われます。

 この宮城陳述が、周りの圧力で無理に言わされているという感じはしない。二件の裁判が係争中であることをもって、従来の学説が揺らいだと決めつけた文科省の検定意見が、政治的で、史実をゆがめたものであったので、それを元に戻すのが、史実に忠実ということになる。住民の集団自決は、別に、裁判中の二島のみで起きたことではない。一部で事実関係を争う裁判があるからといって、その他のケースを含む全体まで否定することはできない。文科省にとって都合の良い説を過大に評価して、政治的な検定意見をつけたのである。

   [沖縄戦集団自決]誤りだらけの産経【主張】

 産経にとって虚偽、歪曲、偏向、捏造報道は麻薬みたいなもので、ヤメられないようです。

10/03産経 【主張】教科書検定 政治介入排し事実正確に
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/87957/
高校教科書の沖縄戦集団自決に関する記述に付けられた検定の撤回を求める動きが続いている。教科書検定は政治的な動きに左右されてはならない。正確な歴史の記述を求めたい。

 同意です。中立性や正確性を逸脱した教科書を作っている「つくる会」関係者が文科省の教科書調査官という立場を利用し検定に関わり、教科書から日本軍の「関与」「強制」を削除させたうえで同省の内部決裁を経ていたということは、文科省が口出しできる仕組みそのものであり、安倍内閣が政治的に介入したことは明らかです。ですから、自分も元の正確な歴史の記述に戻すことを求めます。

教科書検定への批判には、大きな誤解や論点のすり替えがある。

 論点を2人の隊長による「軍命」の有無にすり替えているのは産経です。

今回の検定前の教科書には「日本軍のくばった手榴弾(しゅりゅうだん)で集団自害と殺しあいをさせ」など、軍の命令で強制されたとする誤った記述があった。

 手榴弾を配った日本兵に、これで「自決しなさい」「死になさい」と命じられたとする多くの住民の証言や、米軍が上陸直後にまとめた資料に、日本兵が住民に集団自決を「命令」したことを示す記述があり、誤った記述ではありません。間違ってるのは産経です。

検定意見は近年の研究や証言に基づき軍命令説の誤りを指摘したものだ。前述の記述は検定の結果、教科書会社側が「日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺し合いがおこった」との表現に修正した。

 その記述では「日本軍のくばった手榴弾で住民が勝手に殺し合った」と読めるので事実と違います。

検定は、軍の関与や体験者の証言を否定するものではない。

 ウソはやめてください。
 日本軍という主体まで削除された教科書があります。
(こちら)

集団自決は、米軍が沖縄本島西の渡嘉敷島、座間味島などに上陸したときに起き、渡嘉敷島では300人以上が亡くなった。その後の地上戦で12万人を超える沖縄県民が戦死した。この悲劇は決して忘れてはならない。軍命令説は、昭和25年発刊の沖縄タイムス社の『鉄の暴風』に記され、作家の大江健三郎氏の『沖縄ノート』などに孫引きされた。だが作家の曽野綾子氏が渡嘉敷島で取材した『ある神話の背景』をはじめ、調査や証言で軍命令説は信憑(しんぴょう)性を失っている。渡嘉敷、座間味での集団自決は両島の守備隊長の命令だったとされてきた。しかし遺族年金受給のために「軍命令だった」と関係者が偽っていたことなどが明らかになった。大江氏の『沖縄ノート』に対して元守備隊長や遺族らが誤った記述で名誉を傷つけられたとして訴訟も起きている。渡海紀三朗文部科学相は教科書会社から訂正申請があれば書き換えに応じる可能性を示した。検定意見の撤回を求め沖縄県で開かれた大規模集会などを受けたものだ。しかし、訂正申請は誤記・誤植や統計資料の更新など客観的事実の変更に限られるべきだ。検定の方針が変わることはあってはならない。民主党が検定の撤回や見直しを求めていることは教科書への政治介入である。教科書には実証に基づいた正確な記述が必要だ。政治的思惑で歴史事実を書き換えることは許されない。

 これは前回のエントリーで書いた、軍の関与や強制を「軍命令説」にすり替え騙す手法「藁人形を叩く」というやつですね。

|

« 三上治氏「安倍晋三の贈り物(弐)」を読んで | トップページ | ゲバラ没後40年 »

雑文」カテゴリの記事

コメント

リンクにゴミがついてますぜ。

http://www.sakai.zaq.ne.jp/okinawasen/chinzyutu1.html%E3%80%80

投稿: まあ、いいではないか | 2007年10月 8日 (月) 15時17分

 ご指摘、深謝。
 リンクを直しておきました。

投稿: ぴゅうぴゅう | 2007年10月 8日 (月) 15時58分

この記事へのコメントは終了しました。

« 三上治氏「安倍晋三の贈り物(弐)」を読んで | トップページ | ゲバラ没後40年 »