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世界戦争の危機を考える

   第一次世界大戦が始まった時、ヨーロッパの人々は、口々に、戦争はすぐに終わるだろうと楽観的な見通しを語っていたという。しかし、人々のそうした期待は裏切られ、戦争は、4年以上も続くのである。

   満州事変が起きたとき、軍部や政府の短期に終わるだろうという見通しが流されていた。しかし、事態は、全面的な日中戦争に発展・拡大した。日米戦争が起きた時、山本五十六は、「短期間なら暴れて見せます」と、早期講和を前提とした発言を行っている。政府・軍部は、彼我の圧倒的な物的力の差は、わかっていたし、長期戦になれば、日本が圧倒的に不利であることも承知していた。

 大きな戦争は、小さな戦争に慣れ、それが日常化することから発生する。日中戦争は泥沼ではあっても、日本側の犠牲は一度に大きく出ることはなく、小さな犠牲が長期に渡って出続けるというものだった。しかも、日本軍の支配地域は拡大していき、犠牲といっても勝利の過程の小さなエピソードでしかないと思われていた。
 
 だから、戦争といっても、日中戦争は、国内平和を脅かすものではなく、それが後の世界戦争に結びついていくとは誰も夢にも思わなかったのだろう。だが、現実には、日本は、日独伊防共協定に加わり、世界戦争に参戦することになるのである。
 
 下の記事は、まさしく世界戦争の発火点になりかねない中東における戦争の危機を指摘している。
 
 第一の戦争は、トルコ対イラクである。トルコと戦っているのは、クルド人のクルド労働者党の武装組織である。しかし、トルコは、イラク側の山岳地帯のクルド労働者党の拠点を越境して叩きたいのだが、そうなると、クルド自治政府が、トルコ軍と戦闘を構えることになるというものだ。
 
 クルド人は、トルコ・イラン・イラク・シリアにまたがって暮らす大きな民族で、ノアの箱船の子孫とも言われる古くからの先住民族である。要するに、ノアの箱船がたどり着いたアララト山(現トルコ)の麓に広がって住んでいるのである。クルド労働者党は、トルコからの分離独立を掲げる民族主義勢力であり、トルコとは長い闘争を続けてきている武装勢力である。クルド自治政府は、半ば独立国家のような強い自治権を行使しており、しかもアメリカをはじめとして、国際投資が流入してきて、キルクーク油田も持っているため、最近では目覚ましい経済発展をとげ、力をつけてきている。
 
 二つ目は、ブッシュ政権が、イランの「革命防衛隊」をテロ支援組織に指定するなど、新たなイランに対する制裁を行い、第三次世界戦争も辞さないと強硬な態度を明らかにしたことで、アメリカ対イラン戦争が起き、そこから、世界戦争になる可能性を示唆したというものである。もっとも、これは、彼流の脅しにすぎないかもしれない。しかし、レバノン南部に拠点を置くシーア派系武装組織ヒズボラの軍事力が、昨年のイラン・レバノン戦争前の水準まで回復しているという報道があり、アメリカとイランの間の緊張の強化は、パレスチナ情勢にも影響を与える可能性があるので、注意が必要である。
 
 三番目は、イスラエル・パレスチナの間の戦争である。もちろん、今も、イスラエル軍とパレスチナ武装勢力の間で、散発的な戦闘が発生している。パレスチナは、ヨルダン川西岸地区のファタハ政府とガザ地区のハマス政府の二つの政府に分裂している。アメリカ・ヨーロッパ・イスラエルは、ファタハ政権のみをパレスチナの正式政府と認め、ハマスを排除しようとしている。ガザ地区は、イスラエルによって事実上封鎖され、先日には、イスラエルは、電力供給の削減を一方的に実行した。
 
 田中氏が描く中東大戦争のシナリオは、こうだ。
 
         ▼レバノン、シリア、イランを巻き込む大戦争の可能性

 アナポリス会議で和平が前進しなかった後、イスラエル軍がガザに大侵攻をかけたり、ハマスが西岸でもアッバースのファタハを倒して権力を握ったり、イスラエルに対する「インティファーダ」が再発したりすれば、イスラエルとパレスチナの間は戦争状態になる。パレスチナが戦争になると、レバノン南部に陣取る反イスラエル勢力ヒズボラがイスラエルを攻撃することを誘発する。

 イスラエルとヒズボラとの戦争は昨年夏にも起きたが「これは勝てない」と思ったイスラエル側が国連に頼んで停戦を仲裁してもらい、決着がつかずに停戦している。ヒズボラはその後、軍事力を回復しており、パレスチナが戦争になれば、南北からイスラエルを挟み撃ちにできるので、イスラエルへの攻撃を再開する可能性が高い。ヒズボラもハマスも、イランからの軍事支援を受け、力を強化してきた。(関連記事)

 昨夏のイスラエルとヒズボラの戦争では、イスラエル軍はシリアとの戦争を誘発する軍事行動を繰り返しており、戦争があと2週間も続いたら、シリアとも戦争になっていたと考えられる。シリアはイランと相互防衛協定を結んでいたので、イスラエルとシリアが戦争になったら、イランも参戦し、中東大戦争になっていた。今後、パレスチナで戦争が始まり、それを見てヒズボラが参戦したら、昨夏のレバノン戦争の続きが始まり、イスラエルはシリアをも攻撃し、イランをも巻き込んでいく可能性がある。

 このような中東大戦争となれば、この地域にアメリカ軍などの各国の部隊が、なんらかの形で、この戦争に巻き込まれる可能性がある。大戦争となれば、もともとシオニズム・ユダヤ教を事実上の国教としている見かけだけ政教分離しているがその実は政教一致のシオニスト国家イスラエルは、メシア待望論を人々に植え付けてきたため、周りの異教徒の征伐に躊躇しないだろうし、場合によっては、核兵器を使用するかもしれない。イスラエルには、アメリカが提供する最新ハイテク兵器が揃っており、軍事的優位を誇示して、一気に、シリアやイランを攻撃するかもしれない。それに対して、世界のシオニストたちが支援するだろう。そして、アメリカも。
 
 大戦争の勃発は、もともと、世襲君主制で、民衆の意志を反映していない国が多いアラブ・イスラム諸国で、民衆の反米反イスラエル感情を高め、それが、王族支配の転覆にまで発展する可能性もある。第2第3のイラン革命が起きるかもしれない。中東石油地帯が不安定さを増せば、石油に頼っている工業国の経済も混乱するだろう。
 
 先進国においても政治体制が不安定化し、国家間の利害対立が深まるだろう。世界は流動化し、ちょっとしたきっかけで、中東大戦争に巻き込まれやすくなるに違いない。まして、世界一の大国の大統領であるブッシュが、世界戦争も辞さないと軽々に口にしたことは、戦争が国際紛争の解決手段であることを公認したも同然であるから、世界の国々の中には、戦争は善だと世界のリーダーが認めたのだから、自分たちが戦争をしても、世界公認なのだと言いつくろう者も出てくるかもしれない。
 
 対パレスチナ、対トルコ、にアメリカなどが手を取られている間に、アフガニスタンのタリバンなどは、勢力拡大にはげむことだろう。タリバンの勢力拡大は、タリバンの支持基盤のパシュトゥン人を国内に抱え、イスラム原理主義勢力を多く抱えるパキスタンにも大きな影響を与えるだろう。ムシャラフ政権は、国内基盤が弱く、アメリカに支えられているだけなので、かつての政敵ブット元首相派人民党と手を組むことを余儀なくされた。脆弱な統治体制の下で、中東大戦争の刺激から、国内の反体制派が一気に攻勢に出る可能性がある。
 
 こうして中東大戦争は、拡大していって、さらに、ヨーロッパに飛び火し、さらには、アメリカにも飛び火していくかもしれない。
 
 もちろん、これは、あくまでも、可能性を追っていった空想にすぎない。ただ、トルコ対クルドの戦争、イスラエル対パレスチナ戦争、アメリカ対イラン戦争、の三つの戦争は、一番目は、すでに始まりつつあり、トルコ国境内での小戦闘が起きており、二番目の戦争は、ずっと続いている恒常的な戦争となっているものであり、三番目は、戦争につながることがよくある制裁が強化されたので、前戦争状態にあると言ってよい。アメリカ・ヨーロッパが、トルコを止め、アメリカがイスラエルを止め、国際原子力機関(IAEA)のエルバラダイ氏が、世界戦争発言をなんら問題解決につながらないと批判するなどして、ブッシュを止めている。とはいえ、それが成功するとは限らない。間近に迫ったアメリカでの中東和平会議は、成功する見込みは薄いという。
 
 第一次世界大戦は、ヨーロッパが主な戦場で、日本は、最後にドイツに宣戦布告したが、わずかなドイツの影響したにある中国において、ちょっと戦争に加わった程度で戦勝国になり、軍需景気にわき、大正デモクラシーを謳歌する平和な時代であった。議会では、政党政治が続き、民本主義や大正教養主義が広まり、アメリカからは降霊術なども輸入されて流行ったりした。それもつかの間の春であり、その後、昭和恐慌を経て、中国大陸への拡張路線をひた走る中で、戦争は日常化し、戦争に慣れていくにしたがって、戦争から抜け出せなくなり、ついには、問題解決を戦争に求めるようになり、第二次世界大戦に突入していくのである。
 
 アメリカやヨーロッパ諸国は、すでに、そうした道に入っており、そこから抜け出そうとするオランダのような国もあらわれている。韓国も、アフガニスタンから、年内に撤退する。ドイツ軍も、南部での活動を断った。だが、日本政府は、新対テロ特措法を国会に提出して、さらに、危険な道に踏みとどまろうとしている。
 
 アメリカのある政府高官は、自衛隊の給油活動の有無にかかわらず、日米同盟は変わらないと言明している。『読売』は、わずか40ヶ国が参加していることをもって、「対テロ戦争」からの戦線離脱は、国際社会からの信用を失うと脅かしている。その中味は、積極的な米英とおつきあい程度のその他の国々というものでしかない。そして、それが国益にかなっていることを言うために、インド洋での給油活動は、日本の石油輸送のシーレーン(海の道)防衛に貢献しているという法律の目的にない目的まで持ち出している。しかし、そう言うことによって、「対テロ戦争」の動機が、石油にあることがはっきりした。衆参ねじれ国会の情況のおかげで、これまで、公然とは語らなかった「対テロ戦争」の目的を言わないと、人々が法案を支持しないかもしれないというあせりが生まれているのである。
 
 けっこうなことだ。どんどん、本音を語ればいい。海上自衛隊員は、日本に石油を運ぶ石油タンカーの安全のために活動しているのだ、それが、命をかけた自衛隊の崇高な使命なのだと、訴えるがいい。
 
 昨日、「対テロ戦争」「中東民主化」などの崇高な使命をブッシュ政権によって吹き込まれたアメリカの外交官約500人は、世界最大の在外大使館であるイラク大使館への赴任を拒否するデモがワシントンで行った。イラク大使館での外交官の任務が、命をかけるほどの価値がないということを外交官たちはわかっている。命の保証のないイラク大使館での任務は嫌だと言っているのだ。
 
 中東でのハルマゲドン(世界最終戦争)とキリストの復活、キリスト教の最終的な勝利というビジョンに夢中のアメリカのキリスト教原理主義者たちとエルサレムへのメシアの到来によるイスラエルの最終的勝利というビジョンで手を握りあっている終末論的神秘主義者たちの悪夢が、大中東戦争から、世界戦争へという形で、実現されるようなことは、あまりにも悲惨な事態である。このような邪悪な夢はうち砕かねばならない。しかし、「対テロ戦争」には、石油が隠されていたように、この悪夢の下には、物的な利害が隠されている。だから、そうした利害を発生させる物的な要因をなくすことで、悪夢は解消される。石油をあまり必要としない物的生活を広範に実現できれば、シーレーン防衛に自衛隊を出す必要もなくなるというように。

   田中宇の国際ニュース解説http://tanakanews.com/index.html

  大戦争になる中東(4)【2007年10月30日】

  中東では今、3つの地域で、新たな戦争が起こりそうな瀬戸際の状態にある。一つ目は、アメリカによるイラン攻撃の可能性。二つ目は、トルコ軍が北イラクのクルド人地域に侵攻し始めていること。三つ目がイスラエル・パレスチナで、11月初旬にアメリカのメリーランド州アナポリスで行われる中東和平会議が失敗して、パレスチナで蜂起が起こり、イスラエル軍とパレスチナ人武装組織の間で戦争になり、イスラエル・レバノン間と、イスラエル・シリア間の戦争をも誘発する可能性である。

 これらの3つの戦争懸念のうち、イランとトルコのものは、最近よく報道され、目立っている。米政府は10月26日、イラン軍の中核をなす「革命防衛隊」を「テロ支援組織」に指定するなど、米単独でのイラン制裁強化を発表した。アメリカは以前からイランを経済制裁しており、米イラン間の経済関係は、ほとんど断絶している。今さら追加の制裁を米単独で行っても効果は薄く「制裁しても効果がないので軍事攻撃するしかない」という論調が米政府内で強まりそうだ。共和党の有力な上院議員チャック・ヘーゲルも、それを懸念している。(関連記事)

 トルコ軍の北イラク侵攻は、名目的には、北イラクを拠点にトルコで破壊活動を展開しているクルド人武装組織PKK(クルド労働党)の本拠地を越境攻撃するのが目的だ。だが実質的には、イラクにおけるアメリカ支配が弱まる中で、北イラクのクルド自治政府が分離独立する傾向を強めているため、トルコ軍がそれを実力で阻止し、大油田地帯のキルクーク周辺がクルド人の手に落ちるのを防ぐのが、越境攻撃の真の目的である。(関連記事)

 トルコが戦いそうな真の敵は、3000人程度の兵力しかないPKKではなく、40万人の兵力を持ち、米軍から武器と訓練を伝授されたクルド自治政府の軍隊「ペシュメガ」である。

▼最も危険な戦争懸念はパレスチナ

 3つの戦争懸念のうち、イランとトルコのものが目立っているものの、私が最も危険な展開になりそうだと予測しているのは、3つめのイスラエル・パレスチナのものである。

 米イラン戦争については、ブッシュ政権は、攻撃を行う政治的決定権の取得も、武器の配備も、すでに完了しており、いつでも攻撃を決行できる。実際に攻撃が行われれば、影響が非常に大きい。しかし、アメリカがイランを軍事攻撃しそうだという話は、米の政界やマスコミで2年ほど前から断続的に流れ続けており、ブッシュ政権は、攻撃をするぞと言っているだけで、実際にはやらないのではないかという感じもする。米軍のゲイツ国防長官や将軍たちは、イラン攻撃に強く反対しているという報道も出ている。(関連記事その1、その2)

 トルコの北イラク侵攻も、これまで安定していた北イラクを戦場にしてしまうという点では大惨事だが、広域的な落としどころは見えている。トルコはNATOに加盟するアメリカの同盟国である。北イラクのクルド自治政府は、イラク占領で最もアメリカに協力してくれている勢力であるが、ブッシュ政権はクルドの分離独立には反対している。2者間の戦争は、アメリカにとって仲間どうしの戦争だが、米政府は「戦争するな」と言うばかりで、有効な仲介策も打てず、無策の状態にある。

 そして、アメリカ以外の関係諸国はすべて、トルコの味方である。トルコと同様にクルド人の独立運動に悩まされてきたイランとシリアはトルコの侵攻を支持しており、イラクの中央政府もシーア派主導でイランの影響力が強いので、トルコとクルドが本格戦争に入れば、関係諸勢力はイラクの統一を維持するため、トルコに味方する方向で仲裁に入ることになる。最終的に、クルド人は黙らされ、独立の夢は潰される可能性が大きい。(関連記事)

▼失敗しそうな中東和平会議

 私が3つの中で最も危険だと思うイスラエル・パレスチナの戦争は、11月初旬にアメリカのアナポリスで開かれる中東和平会議が失敗しそうだというのが出発点となる。

 中東では、イラクとアフガニスタンの占領失敗がしだいに明確になり、中東全域で反米意識が高まり、アメリカの政治的影響力が低下している。いずれアメリカがイラクから撤退したら、中東におけるアメリカの影響力は急落し、反米反イスラエルのイスラム主義勢力が中東全域でさらに強まり、アラブ諸国の政権は親米的な国是をしだいに保てなくなり、アメリカは中東への介入をやめざるを得なくなる。

 そうなるとアメリカだけを頼りに強硬策を続けてきたイスラエルは国家存亡の危機になるので、イスラエルでは、アメリカの中東覇権が残っている今のうちに、早くパレスチナ人と和平を結ぼうとする動きが「現実派」のツィピィ・リブニ外相を中心に進んでいる。リブニは、アメリカのライス国務長官と相談し、11月のアナポリスの和平会議を開いてもらい、マフムード・アッバース大統領を中心とするファタハのパレスチナ自治政府に、ヨルダン川西岸地域でパレスチナ国家を建設させる構想を進めている。(関連記事)

 しかし、イスラエルの中枢では、現実派と右派の暗闘が以前からあり、軍や入植者に支持が強い右派は、和平に反対している。アッバースにパレスチナ国家を作らせるには、西岸でパレスチナ人の土地を奪って作られたイスラエル右派の入植地を撤去しなければならない。しかし、入植地の撤去に必要な、入植者の強制立ち退きを挙行できるのはイスラエル軍であり、軍内には右派がたくさんおり、立ち退きの強行は無理だと言ってやろうとしない。入植地は撤去されるどころか、拡大を続けている。(関連記事)

▼右派の反対で消えるエルサレム分割案

 リブニらは、とりあえずアッバースの力をパレスチナ政界で強めてやろうと、エルサレムの東西分割を容認し、東エルサレムを新生パレスチナ国家の首都にしてやることを考えた。アッバースは、すでにパレスチナの半分であるガザを、今年6月に強硬派のハマスに奪われ、パレスチナ政界での人気が落ち、アメリカの傀儡と揶揄されている。ハマスとの交渉はアメリカに禁じられており、イスラエルにとっては、交渉相手はアッバースしかいない。(関連記事)

 エルサレム分割は、60年前の国連決議(パレスチナ分割案)以来「国際社会」がイスラエルに命じていることだが、イスラエルは拒否し続けてきた。イスラエルが東エルサレムをアッバースにあげたとなれば、アッバースは「エルサレムを奪還した英雄」として、再びパレスチナ政界やアラブ全域での尊敬を勝ち取れ、入植地が残ったままでも、パレスチナ国家の建設に弾みがつく。

 ところが、リブニらがエルサレム分割案をイスラエル政府内で提案したところ、連立政権を構成している諸派のうち、シャスとイスラエル・ベイテイヌという右派政党が強硬に反対し「エルサレムを分割するなら、連立政権を離脱する」と宣言した。2政党が離脱すると、連立政権は崩壊し、総選挙をやらざるを得なくなる。右派の野党リクードは、2政党に対し、早く政権を離脱してリクードと右派連立を組み直し、選挙に勝って右派政権を作ろうと呼びかけた。(関連記事)

 連立政権を崩壊させるわけにはいかないので、エルサレム分割も不可能になり、リブニらは、アナポリスの和平会議に何の材料も持っていけなくなった。和平会議は、単なる写真撮影会に終わって失敗する可能性が増しており、ライス国務長官も、会議の成功は難しいことを認めた。(関連記事)

▼和平会議の失敗はハマスの台頭に

 和平会議の失敗は、重大な影響をもたらすと予測されている。会議の失敗は、パレスチナを中心とした中東全域で「イスラエルと和平をやっても無駄だ」「イスラエルとは戦うしかない」という世論の拡大を招く。アッバースの親米政権を見限って、反米好戦派のハマスを支持する動きが広がる。パレスチナ自治政府の高官は、和平会議の失敗は「インティファーダ」(反イスラエル民衆蜂起)を再燃させ、イスラエルに対するテロも急増すると警告している。イスラエルの新聞でも「会議の失敗はハマスを台頭させ、最悪の事態を招く」と警告する主張が出ている。(関連記事その1、その2)

 すでに、今年6月にハマスがガザを席巻した時点で、アッバースの政権がいずれ西岸でもハマスに破れ、パレスチナ全域がハマスの支配下になるのは時間の問題だと指摘されていた。ハマスがパレスチナ全域を支配するようになると、イスラエルは和平交渉の相手がいなくなる上、ハマスとの戦争の可能性が強まる。(関連記事)

 最近、アメリカのイスラエル系シンクタンクが主催し、国務省の中東担当者も出席して開かれたシンポジウムでは、出席者が相次いで「11月に急いで和平会議を開く必要はないはずだ。延期した方が良い」という意見を発表した。しかし、ライス長官の国務省は、和平会議を予定どおり開くことに尽力し続けている。チェイニー副大統領は、和平会議について語ることを避けている。会議が失敗し、イスラエルが戦争に巻き込まれるのを待っているかのようである。(関連記事)

 アメリカのマスコミなどでは「現実派のライスが、強硬派のチェイニーを抑え、中東和平を進めている」と「解説」され、日本のマスコミもそれを鵜呑みにしているが、それらは大間違いであり、おそらくチェイニーらがリークして書かせてきた騙しのプロパガンダ(スピン)である。ライスはチェイニーの指示を受け、現実派的な動きを演じているだけである。ブッシュ政権は、イスラエルを戦争に追い込もうとしている。

 もともとパレスチナ和平は、2002年から05年にかけて、イスラエルをパレスチナから「隔離」する戦略を展開したシャロン前首相が05年に脳卒中で倒れた時に「終わり」になり、今年6月にハマスがガザを占領した段階で「棺桶にクギが撃ち込まれた」と指摘されている。中東和平を進めるライスは「死体と踊っているだけだ」という、ライスがフィギュアスケートを得意とすることに引っかけたグロテスクな指摘も、しばらく前に出ていた。(関連記事)

▼戦争を誘発するイスラエル軍のガザ制裁策

 イスラエルの右派も、チェイニーらアメリカの右派と同期して、自国を戦争に追い込もうと動いている。イスラエル軍は10月26日、ガザからイスラエルに向けてロケット攻撃が行われるたびに、ガザへの電力供給を停止する制裁措置を開始することを決めた。ガザで使われる電力の6割は、イスラエルが供給している。イスラエル軍は、ガザからのロケット攻撃をやめさせるとともに、ガザのパレスチナ人が経済的にイスラエルに頼るのをやめさせる隔離戦略も兼ねた制裁措置だと説明している。(関連記事)

 だがイスラエルでは「電力供給の停止は、ロケット攻撃の抑止に役立たないどころか、ガザの一般市民の反イスラエル感情を扇動し、逆にハマスへの支持を強化してしまう」という反対意見が多く出ている。イスラエル軍はこれまでも、自爆テロを行ったパレスチナ人の親戚の家をブルドーザーで破壊する制裁措置や、西岸からの物資の出入りを検問所で止める制裁措置を発動してきたが、いずれもテロ抑制に役立たず、パレスチナ人をいたずらに困らせ、反イスラエル感情を扇動し、イスラエルの国際イメージを悪化させるだけに終わっている。イスラエル軍は、逆効果だと知りながら、パレスチナ人に対する制裁戦略を繰り返している。(関連記事その1、その2)

 現実派寄りのイスラエルの新聞「ハアレツ」では「イスラエル軍は、ガザ大侵攻を実現すべく、電力供給停止の制裁を発動し、イスラエルに対するロケット砲攻撃を誘発し、大侵攻できる口実を作ろうとしているのではないか」と指摘されている。(関連記事)

 イスラエル軍は以前から、ガザに大侵攻をかけることを計画していたが、今年5月にリブニがオルメルトに逆らう政治騒動を起こしてガザ大侵攻を止めて以来、延期されている。右派が強いイスラエル軍内では、アナポリス和平会議の失敗をきっかけに、ガザ大侵攻を実施したいと考えが出てきても不思議はない。(関連記事)

 現実派政党である労働党が担当するイスラエルの国防大臣は今年6月に交代し、労組出身で戦争指揮経験がなく右派の将軍たちに騙されて好戦的な作戦を採ってしまった前任のアミール・ペレツが辞め、代わりに将軍出身で首相経験もあるエフド・バラクが就任している。バラクの登場で、軍内の右派は抑止されると予測されていたが、現実には、事態が悪化する中で、バラクも右派に対抗できる現実策を打ち出せず、右派に流されている。(関連記事)

▼レバノン、シリア、イランを巻き込む大戦争の可能性

 アナポリス会議で和平が前進しなかった後、イスラエル軍がガザに大侵攻をかけたり、ハマスが西岸でもアッバースのファタハを倒して権力を握ったり、イスラエルに対する「インティファーダ」が再発したりすれば、イスラエルとパレスチナの間は戦争状態になる。パレスチナが戦争になると、レバノン南部に陣取る反イスラエル勢力ヒズボラがイスラエルを攻撃することを誘発する。

 イスラエルとヒズボラとの戦争は昨年夏にも起きたが「これは勝てない」と思ったイスラエル側が国連に頼んで停戦を仲裁してもらい、決着がつかずに停戦している。ヒズボラはその後、軍事力を回復しており、パレスチナが戦争になれば、南北からイスラエルを挟み撃ちにできるので、イスラエルへの攻撃を再開する可能性が高い。ヒズボラもハマスも、イランからの軍事支援を受け、力を強化してきた。(関連記事)

 昨夏のイスラエルとヒズボラの戦争では、イスラエル軍はシリアとの戦争を誘発する軍事行動を繰り返しており、戦争があと2週間も続いたら、シリアとも戦争になっていたと考えられる。シリアはイランと相互防衛協定を結んでいたので、イスラエルとシリアが戦争になったら、イランも参戦し、中東大戦争になっていた。今後、パレスチナで戦争が始まり、それを見てヒズボラが参戦したら、昨夏のレバノン戦争の続きが始まり、イスラエルはシリアをも攻撃し、イランをも巻き込んでいく可能性がある。(関連記事)

 これはまさに、チェイニー副大統領の望む展開である。チェイニーは以前から「イスラエルがイランを攻撃してくれれば、イランが報復攻撃するだろうから、米軍がイランを攻撃する口実ができる」という考えを、なかば公然とリークし続けてきた。最近ではドイツのシュピーゲル誌がその件を報じている。(関連記事)

▼直近の動き

 ここまでの記事を書き終えた10月29日、中東の3つの戦争懸念についての、いくつかのニュースが入ってきた。その一つは、米軍がインド洋のディエゴ・ガルシア島の基地で、ステルス戦闘機がイランの地下核施設を空爆できる新型爆弾バンカーバスターを積んで出撃できるような発進設備の増強を行っていると、イギリスの新聞ヘラルド紙が報じたことだ。(関連記事)

 こうした報道からは、米軍によるイラン侵攻が近いという感じがするが、イギリスの新聞は以前から、米軍やイスラエル軍によるイラン攻撃準備について「開戦が近い」と人々に思わせるような記事を流し、その後実際には何も起こらないという状況が繰り返されている。すでに何度か騙されている私は、この記事だけで大騒ぎする気にはなれない。

 クルドについては、米イスラエルの諜報機関の動きに詳しいセイモア・ハーシュが「PKKは間接的に、米とイスラエルに支援されている」と指摘した。米・イスラエル軍の諜報機関は、占領下の北イラクからイランに潜入して破壊活動を行うクルド人テロ組織PJAK(クルド自由党)を支援してきたが、PJAKとPKKは、指導者と基地を共有する事実上の同一組織であり、米イスラエルは間接的にPKKを支援していることになると、ハーシュは指摘している。(関連記事)

 これとは別に、PKKの掃討を進めるトルコ軍が、これまでにアメリカ製の武器(軽火器)1290丁をPKKから押収しているという情報も出てきた。これらの武器は、アメリカ兵がイラクのブラックマーケットに不正に売却し、それをPKKが買ったという流れで、トルコ政府の抗議を受け、米の国防総省とFBIが捜査を開始したという。だが、国防総省は、イラクに持ち込んだ37万丁の軽火器のうち3%しか製造番号をデータベース管理しておらず、PKKに流れた武器を米軍の誰が売ったのか、わからない状態だ。(関連記事)

 米とイスラエルの軍事諜報機関は、フセイン政権時代から、イラクの政権転覆のために北イラクのクルド人を支援していたことが知られている。彼らは米イスラエル政界の右派の代理勢力であり、米とイスラエルの敵を強化する作戦を繰り返している。彼らがPKKを動かしてトルコを挑発しているのだとしたら、それはトルコを親米から反米に転じさせ、イランやシリアの仲間にしてしまおうとする作戦である。

 イスラエルでは、連立政権内でエルサレム分割に反対していたイスラエル・ベイテイヌの党首アビグドール・リーバーマン(Avigdor Lieberman)が、分割案に賛成する意志を示した。右派のリーバーマンは「イスラエルからアラブ系(パレスチナ系)住民を追い出し、パレスチナ側に強制移住させ、ユダヤ人の民主国家というイスラエルの国是を守る」という運動を展開しており、エルサレム分割は、分界線の線引きのしかたによっては東エルサレムのアラブ系住民をごっそりパレスチナ側に追い出せるので都合が良いと言い出している。(関連記事)

 これは、リブニ外相やオルメルト首相が進めている、エルサレム分割によるアッバース強化、パレスチナ国家建設の実現に近づける変化で、11月初旬のアナポリス和平会議に成功の兆しが見え出したとも言える。

 しかし、エルサレム分割案で最も大事なのは、エルサレム旧市街の中心に位置する宗教的な「神殿の丘」の共有である。神殿の丘は、丘の上がイスラム教の聖地「アルアクサ・モスク」の敷地で、丘の斜面にはユダヤ人の聖地「嘆きの壁」があり、これらが一体になって神殿の丘になっている。今は丘全体をイスラエル側が管理し、モスクの敷地内だけをパレスチナ側が管理している。イスラエルの世論は、神殿の丘をパレスチナ人と共有することに以前から強く反対しており、この問題が解決できない限り、エルサレム分割は不可能である。

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