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2008年3月

福田政権の支持率急落

 福田政権の支持率が急降下している。

 ANNの最新の世論調査では、福田政権の支持率は、24%ほどである。不支持率は6割を超える。

 このところの国会の空転状態を打開できないことがその主な原因と見られるが、だからといって、代わりがいるかと言えば、明らかに自民党は人材不足である。

 このところ、二世三世ばかりが総理大臣になっていて、まるで総理の椅子は世襲制によって身分で決まるかのようだ。

 大層、防衛庁から防衛省に昇格すれば、自衛隊の士気も高まるようなことを与党は大声で叫んでいたが、いざ防衛省が発足したら、さっそく、守屋元防衛次官の収賄事件から、最新鋭イージス艦が漁船と衝突事件を引き起こし、火災を起こした自衛艦では、無断持ち込み禁止の缶コーヒー保温器を隊員が無断で持ち込んでいたし、仲間の積立金を横領していた自衛隊員が捕まる、といった有様である。石破防衛大臣は、イージス艦事故の責任を防衛省改革と給料の返上で責任を果たしたつもりになっている。

 道路特定財源の一般財源化をめぐっては、与野党対立がとけず、ガソリン価格引き下げかそれとも地方道路整備かという不毛な対立が続いている。ガソリンが高ければ、自動車離れが起き、道路通行量は減少するだろうに。運送料が高くなれば、鉄道貨物の需要が増えるかもしれない。しかし、鉄道のない地方では、やはりトラック輸送に頼らざるを得ないだろう。日本道路公団民営化によって、すでに、高速道路から上がる利益の多くを国は失った。新道路会社は、大もうけしているが、その利益は、天下り役人や新会社の重役の椅子に納まった民間会社の役員だの株を買った金持ちどもの懐に吸い込まれている。

 われわれは、国民のためといえば、1億2000万人のことだと思い込まされているが、政府が国民のためと言う場合は、その中のほんの一握りの政治家と高級官僚と大会社の役員と大金持ちのことを指している。これらの連中の間で、政策が決められているからである。

 選挙民は、数年に一度、国民のためと言って、騙すこれらの少数者の利益をはかる議員を国会などに送る儀式に参加させられるのだが、毎回、裏切られる。だから、そういうしがらみの少ない野党に期待せざるを得なくなるのだが、野党もいろいろである。

 民主党を支持する連合は、大手で1000円程度の賃上げに終わり、それで春闘を終えようとしている。このインフレ状態の中で、これで労働者の生活向上がなったとは誰も思うまい。25日、私鉄総連加盟の小田急労組は、24時間のストライキを行った。春闘でのストライキなど久しぶりに聞いた。結果がどうであれ、労組は、これぐらいの闘う意思をみせないで、どうして労働者の信頼を得られようか? 久々に心晴れ晴れするニュースだった。勝ち負けは時の運、天の決めることだと大昔の人は言ったが、この物価高、出口の見えないワーキングプア状態での鬱屈した気分、他方で、贅沢自慢番組で、悪趣味を誇示するセレブたちの腐敗ぶりへの怒りやあきらかに金持ちどもにやさしく庶民に厳しい偏った政治への不満、史上最高利益を更新している大企業の労働者に対する冷たさへの怒り等々、次第に、無意識下に蓄積する現状変革を求める気持ちのはけ口が求められているのである。

 政治に対しては、それはやはり政権交代要求へと向かっているようだ。早期の解散・総選挙を求めているのである。福田政権が決断すべきときが近づいた。それが支持率急低下に示された世論だと思われる。

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文化人類学の現在

 3月23日のNHK教育のETV特集は、文化人類学についての特集だった。

 「グレートジャーニー」という民放の番組で、バイクで地球上を旅しながら、人類とは何かを探していく探検家にして医者の関野廣氏が、大阪にある国立民族博物館の活動を紹介しつつ、そこの研究員へのインタビューを通して、文化人類学の現在を紹介するというものだった。

 そこで、今の文化人類学が、ずいぶん昔と変わっていることがわかった。

 まず、ペルーの古代遺跡の発掘現場から見つかった最古の金製の飾りをめぐって、現地の住民が地元に残して欲しいという要望を出したことから、高地のインフラも未整備の山村に博物館が建つことになり、その運命も村人が行うという形で、考古学者とペルー政府と住民の間の合意ができたことが紹介された。

 それについて、民博の研究員は、文化相対主義の立場から、文化人類学者が現地の文化の建設に住民と共に取り組むようになったということが指摘された。

 エジプトでは発掘物が、すべてエジプト政府のものとなり、カイロなどの国立施設に収容され、政府の厳重な管理下に置かれるのとはずいぶん違う。ペルーのこの農民たちは、各地に呼ばれて、発掘のドキュメントなどの講演に呼ばれているという。道路などのインフラは、博物館の開設にともなって急整備された。村民たちは、これを誇りにし、自信を持つようになったという。

 これは、1993年に国連が世界先住民年を定めたことから本格化した流れだという。

 民族博物館の展示の仕方も、先住民との協同によって進められるようになり、アイヌの展示では、アイヌ初の国会議員となった萱野茂氏のアイデアを取り入れたという。それは、アイヌが自らの手で文化を発信する場であって、文化人類学者が学問成果を誇示する場ではないという考えからだという。そういう変化を最初に行ったのが民博だというのである。

 次に、文化人類学は、先住民の歴史的変化についてもフィールドワークの手法で研究対象にするようになったという。一方では、人類学者が企業の開発を助けるために、研究成果を利用する開発人類学という立場があるが、他方で、先住民や民族の過去ばかりを研究するのに対して、住民から、今の自分たちについて知りたいという要望が出され、開発などによって他者との接触を通じて生じる変化についての研究が行われるようになったという。

 タイの農村で、日本企業の工場建設が与えた現地社会への影響を調査している文化人類学者が紹介された。

 また、ニューギニアの津波被害の救援活動に来たNPO・NGOの中に現地の文化や習慣について無知であったり、そもそも自分たちの活動をPRすることばかりで、実際の救援活動などそっちのけにして、現地住民の怒りを買ったケースもあり、そういうことにも、文化人類学者が関わって、現地住民とNPOとの間のコミュニケーションを取り持つ活動をしているという。救援物資の半分も住民には届かなかったという現地住民の怒りの声を紹介していた。

 それに対して、新潟県中越地震の際には、文化人類学者が、村民への入念な聞き取り調査を行って、記録集を作るなどして、行政・住民・ボランティアとの間に良好な関係を形成することに貢献したという。

 このように、現在の文化人類学は、フィールドワークという方法を通じて、先住民族の文化の回復や発展、異文化との接触による変化の摘出によってそれらの間の摩擦を防いだり、地域再生に貢献したりと、新たな活動分野を切り開いているというのである。

 最後は、阪大学長の哲学者鷲田清一氏と民博館長への関野氏のインタビューであった。その中で強調されていたのは、文化相対主義で、文化に優劣はないという立場だった。そのことが、研究にとっても必要だし、他者の理解に必要だというようなことが共通の理解だった。自他の相互認識が、共通性の共有ではなく、差異の確認に終るというようなことを鷲田氏は言った。これは、近代主義者で社会進化論的な立場で、朝鮮論などを書き散らしている横文雄氏のような同化主義に対しする批判ではあろうが、同化主義と差異主義には差異があるという確認で終ってしまいやしないかという危惧を感じないでもない。横氏は、創氏改名は、日本への同化は進歩的であるゆえに、当然であったと堂々と同化を肯定している。それに対して、文化相対主義は、互いの文化の違いを認め合い、互いに尊重することを主張する。もっとも黄氏は、同時に、ハングルを普及させ、朝鮮固有の文化を保護したのは日本だとまったく矛盾したことを言っているのだが。おまけに、ハングルなど大して誇るような立派な言語などではないと朝鮮人の文化を価値の低いものとして見下しているのであるから、そんな程度の低いものまで日本は保護し、普及に尽くした慈悲深い立派な統治をしたのだということを暗に言っていることになる。横氏の文章は日本語で書かれ、日本で出版されているので、日本人相手にほめ殺しをして、媚を売っているわけだ。こんないいかげんな誉め殺しにいつまでも引っかかって喜んでいるほど、日本の人々は、お人よしだろうか?

 なお、チベットでは、外国のメディアの入域を禁止した上で、治安当局が暴動の鎮圧を行っている。アメリカのハワイ諸島の先住民たちは、独立を求めているが、アメリカ政府は、それを無視しつづけている。アメリカ大陸のネイティブ・アメリカンは、ヨーロッパから押し寄せた白人入植者たちによって迫害され、収奪され、文化や誇りを奪われた。アメリカは、インディオを次第に西部に追い立て、インディオ・居住区に追い込んだ。それでも逆らうインディオには、悪名高いインディオ狩りの法律を制定し、インディオの頭の皮に対して褒美を支払った。今、かれらは先住民としての復興に立ち上がっている。

 今年8月の洞爺湖サミットに合わせて、アイヌを中心として世界の先住民を集めた先住民サミットが開催される。同化は必然だという根深い偏見に犯されている横氏には気の毒だが、現実は、同化を拒否する先住民のルネサンスが花開こうとしているのである。それは、もちろん、横氏の祖国台湾での高砂族などの先住民の権利拡大の動きにも現われているのである。民進党政権は、先住民への同化政策を止め、多民族共生への道を選んだのである。もちろん、そこには、限界があるのだが、少なくとも理念としては、同化主義は世界的に過去の遺物となりつつあるのである。古い唄を歌い続けている近代主義者の日本の保守派はもちろん、それに合流した横氏の民族問題における同化主義は、もはや博物館入りする他はないのだが、それとても、民族博物館が、先住民復興を支える機関になってきたというのだから、そこにも居場所はないかもしれない。

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小林よしのり沖縄論批判

 山崎行太郎氏のブログで、氏が小林よしのりの沖縄戦での集団自決論を批判している。

 小林がでたらめを並べていることは一目瞭然である。

 大体、共同体論がでたらめだし、心理論もでたらめである。共同体は家族愛を基礎にしているというのがまずでたらめである。共同体において、制度としての家族と家族愛は別物である。それは、レヴィ・ストロースの『悲しき熱帯』で報告されている熱帯アメリカのある共同体の様子からも明らかである。この母系制から父系制への過渡にあったこの共同体では、子供の制度上の親は、母方の伯父であり、血縁の父親は子供の友達にすぎないのである。しかし、この父親は、血縁の子供に愛情を注いでいる。伯父は、家族制度上は父親だが、子供に対する愛情は薄い。日本の古代家族が、中に奴隷などの非血縁者を含んでいた一つの制度であったことは歴史学が明らかにしている。武士の家も、非血縁者を含んでおり、養子は普通にあることである。徳川将軍家でも、家康の直系子孫は絶えて、遠縁から将軍を迎えている。将軍家の相続者の範囲は、御三家と御三卿の六家まで拡大された。家は、中国でもそうだが、制度であって、愛情関係とは無関係である。儒教は、この家制度の秩序維持のための原理原則を立てたものであって、家族愛などというものとはまったく関係ないのである。

 小林は、家制度の下にある家族間に愛情関係があるなどと断言したのだろうか? 日本でも、ついこの前まで、親の言いなりで見合い結婚して家族を作るなどということはめずらしいことではなかった。多くの場合、女性に求められたのは、愛情ではなく、嫁としての勤めを果たすことである。多くの女性にとって、結婚は、生活のためであって、経済的な理由が中心だった。共同体が、そういうことに配慮したことは、共同体生活の維持のためである。もちろん、共同生活の中で、夫婦の間に情愛が育つということもあろうし、子供への愛情が生まれることは多いだろう。

 しかし、小林は、沖縄の人々の主体性は強く、家族愛は健全だったという。それなら、軍人がなんと言おうとそれに逆らったはずで、そうしなかったということは、地域共同体の同調圧力の方がそれを上回ったからだということになる。米軍の艦砲射撃の圧力がそういう方向に追い詰めたというのである。そのような集団心理をつくったのは、「通州事件」を大報道して、敵は家族まで虐殺するものだということを広めたマスコミだという。もっともらしい話だが、すべて小林のイメージである。そうであってくれたら、という願望である。つまり、戦争での悲惨な結果を、大部分がマスコミや共同体の同調圧力のせいにしたいわけだ。そこで、そうした集団心理を空気と呼び、空気がなせるわざだというのである。空気というのは、比喩であり、象徴であるから、それが代表するものがあるわけだ。いわば、それは流行のようなものであり、それに染まったからといって、誰に責任があるというわけではないというわけである。しかし、治安維持法があり、憲兵が監視し、新聞は検閲を受けて、反軍的言動を行うマスコミは発禁になり、宗教教義まで書き換えさせられるような状態でつくられた空気は、今のように、流行に染まらないも自由がある状態での空気とはまったく違う。なるほど、それでも、その空気に染まらないことを選んだ者もいたが、弾圧された。右翼でさえ、検挙・弾圧された。

 戦後民主主義の価値観の中で、家族愛ゆえに軍命を拒否するということは簡単に当然であると考え得るようになったのである。小林が、戦後民主主義的価値観を持っていることがこの辺に現われている。小林が想像する時に現代的な価値観を基礎に過去を測っていることがわかる。それなら、小林は、戦後民主主義派であって、それなら西部と合わないのも納得できるわけだが、それにしても、過去の沖縄の人々が戦後民主主義的な個人主義や単婚家族としての家族愛を強く持っていた(それが彼の言う主体性というものらしい)のに、共同体の同調圧力がそれを押しつぶしてしまったというのは、結局、戦後民主主義礼賛の言葉ではないだろうか。

 つまりは、彼の考えは、日本は明治維新以来、近代化を進めてきたのであり、その延長上には、立派な近代日本ができるはずだったのに、それを欧米列強は妨害し、罠にはめて潰してしまったということである。それで、主体的な近代日本建設は挫折せしめられ、GHQ占領下で、近代的主体としての自立の道は絶たれ、アメリカへの従属的な現状が生み出されてしまった。天皇制は、欧米的な立憲君主制だったし、家族制度は、夫婦と子供からなる核家族化していったし、個人主義も育っていた。欧米列強がそうしたように、遅れた封建的な諸国に対しては、近代化を助け、場合によっては植民地として統治を引き受けてまで、近代化に力を尽くし、近代文明の恩恵を世界に押し広げようとした。

 それに対して、既得権を脅かされた欧米列強は、日本を戦争に引きずり込む策略を練り、ついには、東京大空襲や広島長崎への原爆投下など非人道的な大量虐殺までして、日本潰しを行った。ところが、アジアで最も早く近代化を成し遂げ、独立を守った日本は、欧米列強に植民地化されたアジア諸民族の解放の旗手として期待され尊敬されていた。だからこそ、欧米列強は、日本が目障りになったので、徹底的に潰す戦争に引きずり込んだというのだろう。それで、さらに東京裁判なる勝者による裁きと押し付け憲法などで、日本の主体性を奪い、プライドをもてないようにした。それに協力しているのが、左翼であり、自虐史観だということだろう。その遂行者が講座派であり、日本共産党だというわけだ。

 実際のところ、講座派は、愛国主義的だし、日本共産党も愛国の党と名乗っているぐらいで、愛国主義的である。ただ、戦前について、半封建的な性格があったとする史観を取っていて、そうすると戦後のGHQの民主化は、基本的に進歩的ということになる。ただ、後のGHQの方針転換以降は、アメリカ帝国主義に従属する日本独占資本という対米従属論を主張するようになるのである。

 小林は、一方では沖縄の人々は主体的だったと言い、しかし他方では、その主体性は、共同体の同調圧力に屈するものだったという。ここで、小林は、沖縄の地域共同体の主体性のことを言っているのか、家族愛の主体について語っているのか、さっぱりわからない。

 小林が軍命令なく、沖縄の人々は主体的に集団自決したというのは、山崎氏が言うとおり、軍命令書という軍の公式文書がないという一点に根拠を置いるのである。そして、住民が軍命令を聞いたとする証言はすべて嘘であると想像力で決め付けているのである。言うまでもなく、軍命令がすべて文書化されているとかそれがすべて無事に残されているなどということはありえない。文書化されない行政命令はいくらでもあるし、ましてや敗軍が無事に記録を後に残せる確率は低い。口頭命令も軍命である。だから、軍命を聞いたと言う沖縄の人々の証言はすべて嘘だということにしないと小林の想像と合わなくなるわけである。

 小林が、藤岡信勝・秦邦彦一派と違うのは、かれらは、宮里秀幸氏という証言者を担ぎ出して、彼の口での証言を採用しているということである。そのおかげで、藤岡一派はリスクを背負うことになった。口頭証言も証拠だと認めたからである。小林が言うのは、あくまでも想像であって、しかも、軍命令書がないという一点にしがみついて、安全な立場に身をおいている。山崎氏が言うように、小林は、そんなものが出てくるはずがないとかたをくくっているのであり、しかも、万が一にもそれが出てきたら、軍命説を認めると保険までかけているのである。ずるいといえばずるいので、倫理感の高い山崎氏からすれば、反倫理的なやり方で怒るのももっともな話である。

 もっとも、小林は、「伊江島の取材中、わしは老婦人から「防衛隊の人たちは頼まれたら何人でも子供を殺していた」という話を聞いた。防衛隊が悪いのではなく、よっぽど切羽詰った状況だったのだろう」と述べ、口頭証言を採用している。ただ、彼の想像に合わない証言は、嘘で、許容範囲の証言なら真実ということにしているだけである。

 全ては、小林の想像力の産物でしたということで、小林の自己意識の暴走であったわけである。小林のイメージの世界を楽しんだだけの読者なら、それでお終いだし、小林のつくりだしたイメージよりも、もっと興味深いイメージの世界があれば、読者の多くはそちらに楽しみを見出すだろう。「新しい歴史教科書をつくる会」の立ち上げに参加した小林も、教科書の記述などどうでもいいなどとのたまうようになるとは、最後の悪あがきが始まったかという感じである。

 小林は、予言をはずしまくし、自分には適用されない恣意的な道徳の説教もついに飽きられ、頼みの番組視聴率も低下してきて、けつをまくって、テレビから消えていった細木数子の後を追うことになるのだろう。まして、小林は、自らの漫画で、意見の違う者を醜悪に描き、人格を傷つけながら、今度は目取氏の批判に対して人格を中傷されたなどとぬかすまでに、客観的な自己認識を欠き、自分で自分の墓穴を掘っていることに気づきもしないのだから、彼の転落は早いものとなるだろう。細木はまだ自分が視聴率を稼ぐことでテレビとの利用関係にあることを自覚していて、だから、視聴率が大きく下がる前に、おさらばしたのであり、傷を深める前に、うまく撤退したといえるわけだが、小林は、すでに読者をかなり失っているにも関わらず、なお自分のでたらめが主流の歴史認識となるかのごとき、幻想を抱いたまま、ほえつづけているのである。

 彼の言う主体性は、個人の自己愛と核家族からなる小世界の家族愛の主体であり、それに対立するのは、マスコミが作り上げる空気と共同体の同調圧力である。沖縄の人々は、家族愛を持つ主体として健全だったが、共同体は、同調圧力をかけて、集団自決に追い込んだ。沖縄軍は、沖縄の人々を集団自決に追い込むほどの統制力は持たなかったのであり、したがって、沖縄の人々は、主体的に集団自決を選び取ったのだというわけである。責任は、沖縄で理不尽な集団自決に追い込んだ共同体ということになる。つまりは、過去の遺物だということだ。それに対して、国家あるいは軍隊は、過去の共同体的なものはなく、近代的な主体化されていて、それをおかしな方向に引っ張ったのは、空気をつくりだしたマスコミだというのである。想像してみると、そこには、近代国家というのは、世論によって動かされるという民主主義論があるのだろう。それには、しかし、思想・表現・報道の自由、自由な討論などが十分に保証されているなかでの話であり、しかも、それが国家に反映するような仕組みがつくられている場合の話である。

 小林には、問題を具体的に、そしてきっちりと解明する力もない。それにも関わらず、歴史認識問題に口を出し続けられるのは、不況に苦しめられた中小経営層が、ナショナリズムに引き寄せられ、その青年部が小林の支持者として後押しをしたからである。しかし、景気回復によって、中小経営層の危機感は多少和らいだ。夢から目を覚まして、本業にせいをだす時が来たのである。小林などの煽動に関わりわずらっている場合ではないのである。ワーキング・プアの若者たちも、雨宮処凛さんらが自分たちの気持ちを代弁してくれるようになったので、小林らのでたらめに希望を託すという屈折して回り道をする必要がなくなった。

 映画『男はつらいよ』のように、タコ社長とワーキング・プアのヒーローの寅さんの統一戦線への転換点がやってきたのである。その新たな構想が、今の想像力に求められていることだ。小林が夢見ている沖縄との関係は、個人主義と核家族主義という主体性を持つ近代的主体同士の歴史認識の統一という夢であり、それは、近代において、封建制を解体するために、民族が同化することや進んだ国が遅れた国を植民地化するのは当然だとする横文雄の近代主義的進化主義と同じである。この横氏の図式は、中華主義の封建的な遅れた国である中国は、すでに近代化が進んだ台湾に統合されるべきだという意思を歴史認識の形で表現したものである。それはブッシュが、世界のリーダーとして最も進んだ国として、遅れたアラブ世界の民主化を進めなければならないという使命を表明しているのと変わらない。しかし、近代的でないことは、プライドを傷つけることになるのか?

 李朝末期に朝鮮を訪れたイギリス人女性イザベラ・リードが書いた『朝鮮奥地紀行』(東洋文庫)で、彼女は、当時のソウルの不衛生なことを強調して報告している。差別的で偏見が強いその紀行は、同時に、当時のビクトリア朝のイギリス国家の利害を反映していて、対露で強調しつつあった日本に対して好意的に書かれている。もっとも、彼女は、朝鮮王宮に出入りして、王族と会見して、好意的に描いたり、東学党の乱について日本の対応を批判的に書いたりしていて、序文で彼女がモットーとして掲げた正確に記録するということを貫こうとはしている。ただ、それは彼女の差別感や偏見やイギリスの国益という観点と相混じって現われている。この本でのソウルの下層の居住地の不衛生さについての記述は、横文雄氏らに利用されて、その不衛生を取り除いたのは、日本のおかげだという宣伝本に引用されている。しかし、同書では、彼女が、次にソウルを訪ねた時には、不衛生な溝に代わって、側溝が整備されていたとされている。もちろん朝鮮が日本の保護下に入るずっと前のことである。これは李朝が行ったことである。彼女は、同書で、漢江流域の農村を訪れていて、この地域の人々の暮らしは多少のゆとりがあるようだと報告している。さらに彼女は足を伸ばして、ロシアが実効支配する中国東北部の間島地域の朝鮮人集住地域を訪れている。そこでは、朝鮮人は、朝鮮よりも豊かに暮らしていたというのである。

 それと、モルガンやマリノウスキーやレヴィ・ストロースなどの人類学者の書いた原住民社会の報告を読むと、その現地社会に対する見方や態度はあまりにも違っている。現地の生活に溶け込み、友人となって、客には見えない現地社会の日常生活の規則をできるだけ内側から深く知ろうとする人類学者と文明を開花する責務が欧米近代社会にはあるとして、その価値観を押し付け、従わせようとする前者の差別的な視線との違いはあまりにも大きい。もちろん、人類学者は、現地人の生活を変えるというような介入はしない。

 観光ツアーに混じって座間味島を訪れ、たまたま梅澤隊長が集団自決を止めたという生き証人に出会ったという秦邦彦・藤岡信勝らのたった三日の仕組まれた猿芝居調査とはまったく違う。

 さらに「通州事件」以来、マスコミが作り上げた空気については、それまでに新聞法によって報道の自由は著しく規制されていた上に、軍や在郷軍人会の軍や戦争批判と見なされた新聞、ことに『大阪朝日』に対する攻撃が激しくなり、不買運動にまで発展し、売上が激減するということがあって、まず、『朝日』が屈服し、国策に迎合する姿勢が他にも広まっていったということがある。もちろん、なかには、石橋湛山の『東洋経済新報』のように、政府批判を貫いたところもあるが、それは例外的なものに止まった。さらに、戦争が拡大していくに従って言論統制も強められていった。そして戦争協力の記事ばかりが氾濫するようになるのだが、そのことについて、『朝日』などの幹部は、社が潰れれば、社員らが家族を抱えて路頭に迷うことになるので、できなかったというような説明をしている。しかし、治安維持法などによって、何千何万の人々が検挙・投獄され、獄死した者も多数出る中で、会社の存続を優先したのは、ジャーナリズムの使命を放棄した行為であることは明白である。会社存続のために国策協力の姿勢を選択する決断をした時に、社内にそれに対して反対する声もあったという。盧溝橋事件・満州事変は、転機になったという。大新聞はこぞって軍部の見方をそのまま報道し、事件は中国側からの発砲によって起きたとして、中国側を批判し、中国側から仕掛けられられた以上、その後の戦線拡大は当然だとして、関東軍の立場を擁護しつづけた。しかし、軍上層部では、これが関東軍が仕組んだ謀略であることに気づく者がいて、事態の拡大を防ぐべく努めた者もいたのである。『朝日』が、この過程で、他者に先んじることで、部数拡大を図ったのは確かで、現地へいち早く特派員を送るなど、関東軍の立場に立った記事を書きつづけたのである。営利事業としての新聞とジャーナリズムの使命との関係は今でも問題なっているところであり、難しい問題だが、戦前の軍隊が、今日のようなものではなく、天皇の軍隊として、『軍人勅諭』の①天皇への忠節、国への報恩、②礼節、③武勇、④質素、⑤信義、という5つの徳目という封建道徳・武士道徳を修養するものとされていて、ジャーナリズムとはまったく思想基盤が違うのであるから、その間に距離や緊張感がなければならないということは言える。それが国家からの自立性を失ったら、それは国家の機関紙であり、公報である。

 小林よしのりは、沖縄で自分が受け入れられないことに業を煮やして、大げさに、沖縄は全体主義化しているなどと言っているらしい。全体主義なら、小林の本は発禁だし、捕まって投獄されたりする。東京で、平和に暮らして好き放題、漫画など描いていられない。以前、小林は、大手雑誌から締め出されそうになったら、まるで言論弾圧されたように、大騒ぎしたことがある。大手雑誌から締め出された書き手は、いくらでもいるが、自費出版やマイナーな雑誌などに活路を見出して、表現の場を確保してがんばっている人がいる。はなから、商業マスコミに期待せず、他の媒体で書いている人もいる。売れないなら、サラリーマンでも自営でもなんでも働くだけのことだ。問題は内容であって、小林の作品に歴史的に後世に残れるだけの中身があるかどうかだが、小林の作品にはそんなものはない。言ってることはみんなどっかから借り物だ。
 
 なお、『軍人勅諭』は、次第に神聖化されていき、軍人は暗記するものとされ、読み間違えた軍人が自殺するという事件まで起きたという。『軍人勅諭』には、日本軍である「私たちは国土を守り、国民の生命・財産を守るための軍隊」という梅澤守備隊長のような日本軍論はない。氏はどこからこんな日本軍論を仕入れてきたのだろうか? 自衛隊法だろうか? いずれにせよ、戦前の日本軍で全員が暗記したという『軍人勅諭』は、天皇に忠義を尽くし、その恩に報いよ、報国に励めとか、上下の階級区別に従うことが礼だとか、武士のように武勇でなければならないとか言ったことは必ず実行するのが信だとか、質素にしろとかいうことが書かれていて、国民の生命・財産を守れなどということは一言も書かれていない。

 いちいちこんな誰でも調べればすぐにわかるようなでたらめを指摘していくのも面倒ではあるが、一部マスコミが、小林らを担いで、愛国主義的な空気を広めようとしているし、それを利用して、自民党保守派や文部官僚などの官僚などが、教科書記述の不当な書き換えなどを画策するから、やるしかない。

 なお、ついでに言えば、今、『サピオ』で連載している東京裁判についての漫画で、小林よしのりは、東京裁判で、パール判事が、罪刑法定主義を根拠に日本無罪論を主張したことに依拠して、これは不当裁判であると叫んでいる。今週号では、哲学者のヤスパースまで持ち出して、法的責任と道義的責任は全く違うと言い始めた。それによると、道義的責任は個人の良心が裁くもので、裁判は法律によって裁くものだという。ここで、個人主義者らしく、小林は、良心は個人の心の問題だという。それなら、小林は性善説の信奉者なのだろうか? 単なる心ではなく、良い心・良心を認めるのだから。言うまでもなく、パール判事には、彼の政治信念があった。それは、世界連邦主義である。インド民族主義者ではない。だから、彼はインド人の立場を代表するものではない。

 小林は、道義と法律の間に万里の長城でもあるかのように描く。日本の伝統においては、これらの間にそんな大きな溝は設けられてはいない。法律がなくても、人の道、天命と言うものがあって、それに従うことは当然とする一般観念があったのである。それが欧米的な近代的制度や論理が導入されて以来、日本の伝統になかった罪刑法定主義という法理論がもたらされたのだ。江戸時代に、荻生徂徠が、やむをえず、親とはぐれざるをえなくなった人が、親を粗末にした罪によって死刑に処されようとした時、幕府に建言してこれを救ったのは、今なら、人治主義として批判されようが、日本の伝統だったのである。過去に現在の基準を当てはめて断罪するのは、もともと小林が敵対する「サヨク」の得意技だったのではないか? 慰安婦問題は、現在の人権主義を過去に当てはめるもので、不当だと自由主義史観派は「サヨク」を批判したのではなかったか? 小林は、世界連邦主義者として、東京裁判批判をしているのだろうか? それは、なるほど、保守派からの転向であって、それならそうとはっきりと自らの思想的立場をはっきり言えばよい。今は、世界連邦は存在しないのだから、それを実現するのは、現状の変更であり、革新であり、革命である。西部は、それは保守主義ではないと言うのだから、その定義からすれば、小林は保守派ではないということになろう。

 ところが、小林は攘夷を叫ぶ。同時に、欧米流の論理を借りてくる。つまりは、ご都合主義者である。結局は、小ブル的中間派で日和見主義者である。ついに、形式主義的な法律談義に救いを求めるまでに落ちぶれた小林よしのりは、少なくとも思想家としての立場は自ら放棄したことは明らかだ。

 いいかげん、自分は、日本的なものなどなにもわからないありふれた近代主義的ナショナリストの一人にすぎず、ただプロダクションを経営するために、うけを狙って、売れる漫画を書いているだけだということを認めてはどうだろうか? まじめな保守主義者は、小林のでたらめに、迷惑しているのだ。山崎氏ならずとも、こんな不道徳なほら吹きが大きな顔をして雑誌に書き散らしていられることが、保守派の劣化を示していることはわかる。

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イラク開戦5年によせて

 イラク侵略戦争開戦から5年が過ぎた。

 『朝日新聞』は、特集を組んだ。アメリカでは、退役軍人らの反戦デモなどがあった。しかし、アメリカでは、先の増派によって治安が改善したということで、人々の関心も低まっているという。しかし、イラクでの国外難民と国内難民は合わせて、400万人にのぼるという。最近の自爆攻撃は、比較的検問を通り抜けやすい女性が行うケースが増えているという。あるテレビニュースのインタビューに答えたイラク人は、すべて治安が悪いと述べていた。

 増派によって、表向き治安が改善したようになるというのは、あたりまえのことで、それは武力による一時的「平和」にすぎない。ちょうど、チベットで暴動が発生したばかりだが、中国政府のチベット政策が軍事的威圧を背景に行われているのと似たようなものである。しかし、平穏な外見の下でこそ、不満や怒りが深く蓄積されるのであり、それがやがて噴出してくるのである。レジスタンスというのはそういうものである。ポーランドのレジスタンスが表面的な平和の下でいかに根強く戦い続けたことか。南京入城が表向き日の丸の旗に迎えられたことで、中国人がレジスタンスを放棄したと思い込んだとしたら、そりゃよほどのお人よしである。
 
 当時の日本軍首脳部もそんなお人よしではないから、表向きの平穏がいつ崩れるかもしれないと戦々恐々としていた。南京大虐殺は無かった派の中には、中国人を悪人で日本人を善人として対立させて描くのに一所懸命になりすぎて、まるで日本軍は、悪徳中国人に簡単に騙される超お人よしのごとく描いてしまい、狙いとは逆に、そんなお人よしでは負けて当然だという印象を与えているものもある。すでに、軍規の乱れは、軍内でも問題になっていて、その原因についても、指摘されていた。幹部の不足と訓練・経験不足が明らかで、沖縄の座間味島の守備隊長が、20台前半の少佐という青年将校であったように、佐官クラスの隊長が増えていた。その経験不足を補おうとして、ベテラン兵士の行き過ぎたしごきが問題化していた。兵士はもちろん不足していた。軍上層部での対立もあった。「皇軍」の内部解体が進んでいたのである。

 沖縄戦では、台湾に主力の第9軍を移したことについて、沖縄駐留軍の幹部は不満だったし、それによって、沖縄を特攻機基地化する作戦を捨てて、「本土」決戦の「捨石」として、時間稼ぎの持久戦の方針を採用することになる。しかし、特攻か持久戦かの対立がきちんと解決しないまま、米軍の攻撃を迎え、中途半端な体制で沖縄戦に突入するのである。それが、座間味島に特攻隊として派遣された梅澤少佐以下の部隊が、同時に守備隊となるという中途半端なことになり、結局、特攻作戦の中止ということになったが、かといって玉砕戦を戦うでもなく、捕虜となるという結果に終わることにつながったのではないだろうか。ただ、住民は、玉砕の覚悟を求め、それを実行したのに対して、特攻するでも玉砕するでもなく、中途半端に生き延びた梅澤守備隊長の姿がどううつったかが問題である。

 そうなったのは、梅澤隊長だけのせいというわけではない。もっと上のクラスが腰が定まらなかったのに、振り回されたということなのだが、それならそれで、この上層を批判し、その責任を追及すべきだったろう。それに、軍事作戦については上意下達で上の命に従うほかはなかったとしても、守備隊長としての村の人々との関係についてはある程度の裁量の余地はあったのではないだろうか。玉砕戦貫徹なら、余分な兵器は持っている必要はないのだから、少しぐらい手榴弾を渡してもよかったろう。サイパン島玉砕戦では、手榴弾で自決した住民もいたというから、玉砕するならそうすべきだったろう。しかし、玉砕戦もしないということになった。それは、梅澤隊長個人の判断だったのかどうか? 梅澤氏自身の主張では、自決のための武器を求めた村民代表に対して氏は、もはや日本の敗北は必至だから、捕虜となって、生き延びろと言ったということになっている。宮里秀幸氏の新証言では、「俺の言うことが聞こえないのか。よく聞けよ。私たちは国土を守り、国民の生命・財産を守るための軍隊であって、住民を自決させるために来たんじゃない。だから、あなた方が武器弾薬毒薬を下さいと来ても、絶対渡すことは出来ません」と言ったことになっている。

 この宮里新証言は、過去の発言と大きく食い違っていて、この発言を取り上げた藤岡信勝の信用を完全に傷つけるものとなった。

 中国政府は、暴動の強圧的対応について、アメリカはじめとして、強い国際的批判を受けたが、アメリカがイラクで行っている反米勢力の暴力的抑圧について、日本政府はもちろん一切口をつぐんでいる。中国政府の言うことをそのまま受け取るわけにはいかないのはもちろんだが、ダライ・ラマの言うこともそのまま受け取るわけにはいかない。

 仏教というと今では平和主義的というイメージがあるだろうが、日本の仏教各派は、つい60年程前には、お国のために死ねと戦争協力をしていたのである。仏教ばかりではなく、キリスト教も、イスラム教も、聖戦を拒否することはなく、自ら武装して戦うことは現実が示している。

 中国政府が、チベット人を抑圧しているのは確かである。それを止めるべきだ。場合によっては独立をも認めるべきである。しかし、それはチベット人自身の民主的討論の結果の多数意思に従うべきである。それを決めるのは、ダライ・ラマではない。もちろん、中国政府でもない。アメリカのライス国務長官は、デモへの暴力的対応を批判しただけだった。そして彼女は、人権を守るように促した。それも信教の自由を強調するだけのものであった。キリスト教を布教させたいからである。それなら、アメリカは、イラクで、人権・表現の自由をもっと拡大すべきである。シーア派の中心が、南部の大地主の利害を代表する反民主主義的な反動派であることはこの間のイラク統治の仕方で明らかである。サマワで日本の自衛隊は、シーア派の地主から法外な地代をふっかけられた。

 シーア派中心のイラク政権は、民主的で人権を守る政権だろうか? まったく違う。だから、ライス長官の中国批判のトーンが低いのも当然なのである。おまけに、中国製の安い商品は、アメリカの下層労働者の低賃金を支えているのである。その代わりに、中国は、アメリカが比較優位にある高度な技術を必要とする工業製品を輸入し、アメリカ産の飼料用穀物などを輸入するようにもなってきているのである。さらに、サブプライム・ローン破綻問題から起こった金融機関の経営危機を政府系ファンドの投資で救ってもいるのである。

 それから、インドで活動しているチベット民主化団体にアメリカからの資金が入っているかどうかも疑ってみるべきだ。アメリカが金を出した上に、運動の作り方まで指導していたウクライナのユーシェンコ派が反政府運動を起こしたことがあるからである。アメリカは、こうした他国への介入をずっと行っており、そのために、犠牲者が出ているのである。北京オリンピックの開催前というタイミングが良すぎるように思われる。

 マスコミの報道は、チベット人の要求が何かをあまり伝えず、弾圧の衝撃性の強さばかりを伝えている。また、それに対するアメリカなどの政府の対応や中国政府の反応ということばかり報道している。中国政府が、外国メディアの取材を規制しているというのだが、イラク戦争の際にも、アメリカ軍による取材規制を受けており、アメリカの表現の自由の恣意的解釈と運用ということもすでに明らかになっている。チベット民主化を求めるNPOのホームページの英語記事を翻訳し要約したものをそのまま伝えただけの報道もあった。

 その中で、わかったことの一つは、青蔵鉄道開通がチベット人の生活を改善することなく、漢族の移入者に大きな利益をもたらしただけだったということだ。チベットを旅行中の日本人男性がチベット人に襲撃され怪我をしたことが明らかになった。

 アメリカが世界で行っている謀略活動について、その全貌を暴露することができないだろうかと思う。

 チベット解放をチベット人自身の手で行えるように、中国政府は援助すべきだし、譲歩すべきである。

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『青鞜』を読んで

  岩波文庫の『青鞜女性解放論集』を読んでみた。

 有名な平塚らいちょうの「原始、女性は太陽だった」という文章がある。

 そして、イプセンの戯曲「人形の家」の主人公ノラについて論じた文章がそれに続いている。

 女性解放を訴えた「青鞜」に対して、独身主義という批判が多くあったことが、それに対する平塚らいちょうの反論が載っている。後期『青鞜』を主導した伊藤野枝の貞操論争・売春論争・堕胎論争は、今日にもつながる論点を含んでいる。伊藤野枝は、アナーキストの大杉栄と一緒になったが、関東大震災の時に、甘粕大尉らによって、大杉とともに殺害された。

 他方で、儒教的な家観念からする女性への教えとして、「父、夫、子供」に従えとするものがある。朱子学ではことに個人の修養と家の秩序、そして国家の安定というように、家を基礎にした秩序を強調する思想があって、その中で、女性が男性への従属的立場におくことを説いたのである。西欧思想では、個人が先にあって、その点では男女の差別がないから、女性が男性に従属すべしという思想は、別のところから来ている。なるほど、新約聖書では、女性は男性に従うべしということがことにパウロの説教でははっきりと説かれているのであるが、それは、当時の現実を反映していただけである。初期キリスト教から、いわゆる四福音書と伝道書とヨハネの黙示録だけが聖書として認定されたが、それ以外の福音書もあるし、有力なキリスト教一派も存在しており、それらは大分考え方が違う。キリストが修行したと言われるユダヤ教エネッセ派の場合、初期仏教教団に似た世俗から分離した修行生活をするもので、婚姻・家族といった世俗の問題は切り捨てられていたと思われ、それに対して、福音書の中で、キリストがなにか指針となるようなことを語ったとされているが、それは怪しいものだ。

 結局、プロテスタントの登場によって、信仰と世俗の問題は切り離されるので、世俗の問題は、世俗の掟に従うようになるのである。イスラム教が世俗の倫理や生活規範などの生活面を規制する原理を持っているのに対して、キリスト教はそうした結びつきを絶ったわけである。その点は、「悪人正機」を唱えた日本の浄土真宗にも似たようなものである。

 ただ、フェミニストの中からは、日本の中世の新仏教教団が、一方では、仏典にある「女人成仏」論を採用しながらも、同じく、女性は罪障が多い故に成仏できないとした部分をも同時に採用するという不徹底があると批判している。しかし、それまでの既存仏教各派が、後者のみを採用して、女性を罪深きものとして排除したのとは違って、女人成仏を認め、仏教的平等観を取ったというのは進歩であったろう。しかしながら、実際の教団のあり方としては、女性を差別しており、教団内での女性の地位は低かった。

 維新後の日本の殖産興業策によって、新たに勃興した繊維・紡績などの資本制工場での主要な働き手は、女工であり、それについては有名な「ああ野麦峠」や「女工哀史」などのレポートが多数残されている。続く、日露戦争を契機とする重化学工業の発展によって、この分野で男性労働者が増えたことから、労働者の多数が男性になっていくわけである。けれども、大正期には、職業婦人と呼ばれる層が生まれるようになり、それが、女性の自立を可能にしたということがある。そのことによって、それまで、結婚という形でしか、女性が経済生活を立てられなかったことの反省と自覚がもたらされた。しかし、まだ多くの女性は、農村での嫁としての生き方しか選択肢がないという状態にあったのであり、職業婦人的なあり方は、遠いものとしか感じられなかっただろう。皮肉にも、戦争の長期化によって、女性が勤労動員に狩り出され、それまで男性が独占していた職業に女性がつくことになり、職業婦人化が広く進むのである。

 「青鞜」に書かれていることは、今から見ると、とくに、たいしたことを言っているようには見えないのだが、それはすでに女性の社会進出が当たり前になっている現代の視点で見ているからである。

 アナーキストで、朝鮮人朴烈と一緒になり、大逆事件で検挙された金子文子の裁判記録を読むと、彼女の結婚=同志関係・共に闘う男女関係という考えが示されている。したがって、互いに相手の生き方に対する尊敬の念をもつということである。朴以前に付きあった男たちは、彼女を欲望のはけ口としか見なかった。愛情のみが男女の性愛の基礎であるということを、エンゲルスは男女関係の理想としているが、この愛情の中身が問題である。

 このことは、はっきりと肉欲と愛情を区別できるということを前提としている。その上で、愛情関係の一部としての性愛という形での男女関係のあり方、そしてそこでの男女の平等ということが必要である。韓国ドラマを見ると、よく「私の心はあげられない」とか「心はあなたの方を向いている」という表現が出てくる。藤沢周平の作品でも、心と肉欲ははっきりとわかれていて、心に決定的な重要性が与えられている。この場合の心を、個人的な心情と見なすことはできない。実際には、欲望もまた純個人的なものではないのであり、社会化されているのである。欲望対心の闘いは、悪魔と天使の闘いとして表象されることもあるが、社会闘争の面を持つのである。

 それに対して、厚生労働省は、少子化対策として、他国と日本の夫婦の性交渉の回数の平均を比較して、日本の夫婦が性交渉に淡白であることが少子化の原因であり、その対策を考えなければならないなどという馬鹿なことを公表した。官僚というのはろくでもないことしか考えない。これは経済的社会的政治的文化的な諸要因から結果したものである。この結果は、夫婦間の愛情関係とはあまり関係ない。ただ人口政策という観点からのみ、問題を見たら、こういう馬鹿げた結論になったというお話である。戦時中、産めよ増やせよの人口増加策を上から煽った一結果として、金持ちが二号・三号と愛人を作って、野放図に子供を作り、シングルマザーを増やしたのである。もちろん、子供のない女性は、肩身が狭くなった。

 「原始、女性は太陽であった」というらいちょうの言葉は、保守派が一方では記紀神話と天皇崇拝を強調しながら、他方で、記紀の出発点を神武天皇に置いているのに対して、鋭い批判になっている。神武の実在は疑わしいし、アマテラスの存在も架空であるとは思うが、そこには太古の母系制の姿がとどめられているようでもある。
 

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金融問題の行方

 金融問題が、今ホットな問題になっている。

 日銀総裁人事が参議院で拒絶されて、任期切れが迫っているというのもその一つである。その間に、円高ドル安が進み、ついに3月15日のニューヨーク為替市場で一時1985年以来の98円台をつけた。輸出企業は、コスト高になって、苦しくなってきている。他方で、輸入物価は下がることになる。とはいえ、当面は、輸入物価の値上がりは続く。それは輸入商品は先物買いなどされていて、数ヶ月先まえの契約あるいは買い取り価格が決まっているからだ。

 為替にも先物取引があって、その価格は数ヶ月先のものである。円高の影響は、現在の取引契約に出るが、実際に価格に影響が出るのは、数ヶ月先になる。

 現在の小麦などの上昇はバイオエタノール原料という新しい需要が増大し、また、中国その他の新興工業国での需要が拡大していることにもよる。しかし、世界最大の消費大国であるアメリカでサブプライム・ローン破綻問題に発する金融危機の影響で、消費が減少する可能性が高い。すでに、アメリカの景気減速を長期にわたると見込んで、ホンダがアメリカでの現地生産の縮小を決定している。アメリカ市場での自動車販売が落ち込むだろうと読んだのである。

 3月9日のある記事は、7日に「米労働省が発表した2月の雇用統計は、新規就業者数(非農業部門で軍人除く、季節調整済み)が、前月比6万3000人減と、市場予想の同2万5000人増を大幅に下回り、2003年3月以来約5年ぶりの大幅減となった。また、4年以上ぶりに減少に転じた1月の雇用統計に続いて2カ月連続で減少したことを受けて、多くのエコノミストは、米経済は、昨年第4四半期(10-12月)の前期比年率0.6%増から、今年第1四半期(1-3月)はマイナス成長になると予想。リセッション(景気失速)の定義は2四半期連続でGDP伸び率がマイナスとなることだが、米経済はすでにリセッションに入っているとの見方を強めている」。

 また、「1時間当たり賃金は、前月比0.3%(5セント)上昇の17.80ドルとなり、特に、前年比は3.7%上昇で、1月のCPI伸び率(前年比4.3%上昇)を大幅に下回っており、賃金の上昇がインフレの上昇に追いついておらず、実質賃金がマイナスの伸びになっている状況だ。市場では、クレジットクランチ(金融システムが麻痺して極端な金融逼迫が起こること)やサブプライム危機に直面しながらも、これまで驚異的な強じん性を見せてきた雇用市場も息切れしてきたと見ている」として、消費減少が確実であることが明らかになっている。CPIは、物価上昇率で、物価変動を加重平均で計算した指標である。貨幣供給の増加率より名目賃金上昇率が下回ったわけである。アメリカばかりではなく、春闘の大手の賃上げが小幅に終わり、生活関連商品の価格が大幅に上昇することから、日本でも同じになろう。ただし、アメリカは、景気後退下のそれであり、したがって、スタグフレーションなのだが、日本の場合は景気上昇中の物価上昇で、インフレである。

 アメリカは景気後退中なので、金融逼迫は、投資需要よりも、通常の営業に必要な資金需要が増えてくると予想される。つまり支払うために借りるという貨幣需要である。貨幣需要が増大するのに対して、金利引下げによる貨幣価格の引き下げが行われる。FRB(米連邦準備制度理事会)が18日のFOMC(公開市場委員会)で、政策金利を現在の3.0%から0.75%ポイント引き下げると予想されている。景気後退下で高金利政策を取るとどうなるかということはすでにサッチャー時代のイギリスとレーガン時代のアメリカで経験済みである。景気はさらに悪化する。企業は次々と倒産し、大量失業が発生する。資本は海外に流出する。

 その受け皿を引き受けたのが、1983年の「プラザ合意」での円高誘導であり、それによって日本は円高不況になり、その対策として大幅な金利引下げが行われ、そしてバブルが発生したのである。その後の経過は知られるとおりである。わずか数年の夢の宴の後には、「失われた10年」といわれる長期不況が待っていたのである。その間、アメリカでは、永久にアメリカの経済繁栄が続くとする「ニューエコノミー」が訪れたとする経済学派が登場するなど、クリントン政権下でアメリカ経済は好調を持続するのである。しかし、その繁栄も夢と消えた。この間、アメリカでの経済格差は拡大しつづけ、ついにアメリカの富の7割を人口の1割程度が握るという階級社会となったのである。日本もその後ろを追いかけて現在の格差社会となったわけだが、それでも本家アメリカにはまだ追いついていない。

 ところで、石原の肝いりで誕生した新銀行東京の経営内容がだいぶ明らかになってきた。その結果は驚くべきものである。その一端は以下の『日経新聞』の記事によって明らかである。石原都知事は、追加融資400億円を予算化して都議会に提出していて、それに対する批判の声が高まっている。特に、「無担保無保証融資」の審査の甘さから、中小企業向けの融資の2割が不良債権化しているが、この融資を独裁的に仕切った疑いが前の銀行幹部にもたれている。これが背任行為にあたるかどうかの捜査はこれからだろうが、当然の責任問題も含めて旧経営陣を告訴するなどの対応が取られるはずである。はずであるというのは、石原にそんな気があるかどうかまだはっきりしないからである。損失の賠償を含めて対応を検討すべきだろう。株主代表訴訟というのもありうるわけである。その場合には最大の株主である東京都が先頭に立つのは当然のことだろう。旧経営陣のモラルハザードによって引き起こされたと報告されていることからして、その責任を取らせないまま、ただ税金で助けるというだけではすまないだろう。再発防止策も取らねばならないだろう。
 
 石原都知事は、あれだけ、他人のあらを見つけては 厳しく批判してきたのだから、自らに対してはより厳しく責任を自覚しているはずである。衆議院議員の椅子を投げ捨てたときのようなあの潔さはどこに消えてしまったのか? それともあれはポーズにすぎなかったとでもいうのだろうか? それとも、今の右派・保守派に多く見られるように、他人に厳しく自分に甘いという不道徳的な態度を共有しているのだろうか? 

 銀行は、信用を取り扱う業務を主要な内容にしている。その信用が傷ついたら、銀行は成り立たない。そんなこともよく知らないような都庁から天下り的に銀行幹部におさまって官僚独裁的に振るまい、銀行をだめにした。旧経営陣の責任は重く、その任命責任また最大株主としての監督責任もあった東京都のトップとしての責任を石原は免れない。もっとも銀行法では、自治体の株主責任はないということだ。旧経営陣の責任追及の中で、石原都政の問題点も浮き彫りになろう。

 あるテレビでの緊急世論調査では、石原に責任ありとする者が多数であった。なぜか、司会者は、石原と小泉は、ものをはっきり言う政治家だからみなが支持したと言って、やや甘い見方をしていた。選ぶのも自由意志なら、選ばないのも自由意志だ。すでに三期目に突入した石原都政だが、いよいよ死に体化が始まったか?

 銀行東京の中小向け融資、2割が不良債権・07年12月時点(日経新聞)

 多額の累積損失を抱えて経営不振に陥っている新銀行東京(東京・千代田)の昨年12月時点の中小企業向け融資のうち2割が不良債権であることが12日、明らかとなった。同行の大企業向けも含めた融資全体に占める不良債権の割合は10%と高水準だが、中小向け融資での高さが際立っている。審査の甘さから主力の「無担保無保証融資」を中心に不良債権が膨らみ、経営を強く圧迫している。

 中小企業向け融資に対する不良債権の割合は2005年の開業以来、ほぼ一貫して上昇。05年度後半に無担保無保証融資で、融資先企業の通帳や決算書を厳密に確認するなどのデフォルト(債務不履行)対策を実施し06年12月に強化したが歯止めがかからない。07年に入り、資産圧縮のため貸し出しを絞り融資残高を減らし始めたものの不良債権は増え続けた。昨年12月時点の中小向け不良債権は118億円。同時期の中小向け融資は585億円で、初めて不良債権比率が20%を超えた。

 回収不能、300億円超拡大・新銀行東京、今後4年で

 経営不振の新銀行東京(東京・千代田、津島隆一代表執行役)が今後4年間で300億円以上の融資・保証の追加的な焦げ付きを見込んでいることが11日、明らかになった。多額の不良債権の処理損失が続くため、東京都の追加出資が認められなければ、09年3月期末までに自己資本比率が国内行の健全性基準である4%を割り込む見通しだ。

 融資・保証の焦げ付きは従来の割合をもとに算出した。すでに285億円の回収不能が生じており、2005年の開業から7年間で累計600億円に達する計算だ。特に主力商品だった「無担保・無保証融資」の焦げ付きは7年間で450億円と融資実行額の約3分の1を占める。(07:01)

 新銀行東京の設立前の指針、都幹部が赤字から修正?・都議が指摘

 東京都が1000億円を出資した新銀行東京の経営問題を議論する11日の都議会予算特別委員会で、吉田信夫都議(共産)が同行設立前に都が作成した業務運営の指針「マスタープラン」の「3年後に黒字転換する」とした業績見通しは、当時の都幹部が原案の「赤字」を修正して記載した疑いがあると指摘した。

 吉田都議は「マスタープラン作りに参加した人から聞いた」としたうえで、「原案の作成では(開業から)3年後は引き続き赤字になると専門家が設定したが、都幹部が黒字に改め、数字を手直しした」と都側を追及した。(07:00)

 新銀行東京、債務超過4000社に融資・07年12月末時点

 多額の累積損失を抱え経営難に陥っている新銀行東京(東京・千代田)が2005年4月の開業以降融資した中小企業のうち全体の約3割に当たる約4000社が債務超過だったことがわかった。東京都が11日、都議会に明らかにした。これらの会社への融資総額は貸出残高の約1割の259億円にのぼる。

 都が都議会予算特別委員会に示した資料によると、新銀行が2005年4月の開業から昨年12月までに融資した中小企業のうち、1886社(融資額106億円)が債務超過、2078社(同153億円)が債務超過で赤字だった。このほか、債務超過でないが赤字の企業は1671社(同156億円)だったという。

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保守派凋落、左派はどうする?

 『諸君』別冊は、保守派内の新旧対立を浮き彫りにした新保守派を結集した特集であった。ただし、その中に、ネット右翼のマドンナ櫻井よし子しが混じっているのは何かの間違いだろうか?

 その中で、一人気を吐いているのは、小林よしのりである。大言壮語に空文句が並ぶその文書で小林は、「今こそ攘夷の気概を持て」という叫んでいる。小林によれば、旧保守派とは、「新米愛国」であり、新保守とは、「反米愛国」である。もう一人、最初に登場しているのは、元外務省ロシア担当の佐藤優である。彼もまた、反米愛国であり、日本の歴史と文化の伝統を保守する必要があると述べている。彼の診断によれば、今世界は帝国主義の時代に突入している。そのことは、彼が引用しているレーニンの『帝国主義論』では、世界再分割戦争という帝国主義戦争の時代であることを意味している。この世界分割戦は、資源や市場をめぐる争いであり、経済的戦争から発展する。湾岸戦争は、その現われの一つであった。イラク侵略戦争は、まさにアメリカの帝国主義的利害から発した戦争であり、石油支配をめぐる戦いであった。その点で、アメリカは北朝鮮問題よりもはるかに対イラン政策を重視している。それもまた、帝国主義時代の証明である。

 とはいえ、佐藤優は、赤ヘル・ノンセクトが支配していた1980年代初頭の同志社大学学友会に所属の活動家だった割には、日本が帝国主義化していることを無視して、愛国主義を呼号するというのはどこかでおかしなほうに行ってしまったのだろう。雑誌『紙の爆弾』(鹿砦社)に同期の記者が当時の同志社の学生運動について書いていて、神学部でも、日韓連帯闘争の一環として、韓国政治犯救援活動に取り組んでいたという話が出てくる。この韓国人政治犯を生み出したのは、日米の帝国主義的利害の一致によって後押しされた反共軍事独裁政権だった。政治犯は、その民主化運動弾圧の犠牲者であったのである。当時の関西の日韓連帯運動で、日帝の犯罪性を糾弾しつづけてきた一人は、摂津富田教会の牧師の桑原重夫氏だった。カトリックには、バチカンと対立して虐げられた民衆の側に立って闘いを起こした「解放の神学」派が影響を広げており、日本でもそうしたカトリックの神父やシスターたちが反差別運動の列に加わっていた。

 帝国主義の時代だから、日本は反米愛国の保守主義で行かねばならないというのはまったくおかしな話である。

 『月刊日本』では、佐藤優と山崎行太郎氏の対談が載っていて、保守派の劣化が激しいと親米保守派を批判している。山崎氏は、『沖縄ノート』裁判で、渡嘉敷島での住民集団自決を梅澤隊長が止めたようとしたとする宮里秀幸氏(76才)の新証言が、三十年前の1987年に氏が本田靖治氏にインタビューで語ったことと矛盾していることを氏のブログ『毒蛇山荘日記』で暴露している。三十年前に、秀幸氏が語ったところでは、問題の日のその時間には家にいて、家族と集団自決について話し合っていた。このインタビューは、「小説新潮」の本田靖春ルポ「座間味島1945」というタイトルで載っているという。『毒蛇山荘日記』http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/

 それが、30年後には、村の助役らが集団自決のために軍の武器をもらいに行った時に同席していて、村人と隊長とのやり取りを聞いていたという。しかも、梅澤隊長の言葉をしっかり覚えていて、「俺の言うことが聞こえないのか。よく聞けよ。私たちは国土を守り、国民の生命・財産を守るための軍隊であって、住民を自決させるために来たんじゃない。だから、あなた方が武器弾薬毒薬を下さいと来ても、絶対渡すことは出来ません」と答えたというのである。この証言を聞き出したのは、まったくの偶然だったと藤岡信勝氏は言っているが、宮里秀幸氏と「偶然」出会ったのは、たまたま彼が墓参りをしているところに、ツアーで島を訪れていた藤岡一行がそのお寺を訪ねた時だったという。その時、宮里氏は、藤岡氏に声をかけ、梅澤氏から島を訪れることを電話で知らされていたという。どこが偶然なのだろうか? 完全にあらかじめ仕組まれた出会いであり、話の内容についても、事前に梅澤氏と打ち合わせていたのではないかと疑われるような仕方である。

 しかし、30年前の矛盾する証言が山崎氏によって掘り起こされたことは、判決を前に、決定打となるはずのこの新証言の信憑性を大きく崩すもので、逆に、藤岡らを追い込む結果になったと言えよう。ここにきて、『世界』が沖縄戦の特集を出したのを始め、岩波新書でも沖縄での集団自決に関する証言を集めた新刊が出版されるなど、保守派の論拠を切り崩す動きが活発になってきた。それには、沖縄の人々が抗議集会で示した怒りと強い意志が後押ししているのである。

 小林よしのりは、誰しも気づくであろうことに、気づかないふりをしているのか、あるいは本当に気づかないのか、わからないが、沖縄が差別されていたからこそ、沖縄の人々が、過剰に日本人化しようとしたということ、沖縄が日本から差別されていたという事実を無視している。沖縄の人々が小林の反米愛国の主張を受け入れないのは、左翼の洗脳などのせいではまったくなく、彼の言うことが、日本人が沖縄・琉球への差別をなくさないまま、日本を愛せと強要しているとしか聞こえないからなのである。その証拠に、沖縄県政はすでに保守派が握っているし、沖縄の革新派はずいぶん勢力を減らしているのに、なお小林は沖縄で受け入れらないのである。小林の愛国心は、琉球やアイヌを除外したヤマトの愛国心にすぎないのである。その点は、佐藤優のいわゆる「北方領土」問題での発言にアイヌ問題が抜け落ちている点でも同じである。北方4島にアイヌの先住権があることは問題の歴史的経過を見れば、明確である。明治以前には、松前など一部を除けば北海道に日本人はいなかったし、北方4島には、アイヌ他の北方少数民族しか住んでいなかった。もちろん、ロシア人が住むようになるのもずっとあとの話で、第二次世界大戦後のことである。松前藩を除く北海道を日本の領土内に入れたのは、アイヌなどの先住民が住んでいたにもかかわらず、無主地と見なしたからである。

 アイヌ史については、『アイヌ民族抵抗史』(三一新書)という名著がある。アイヌが民族として発展していることについては、何冊も本になっている。沖縄での独立・自立の動きについては、独立を掲げる政党から知事選に立候補したこともその一例である。大民族や支配民族は、少数民族に譲歩することは、民族問題での民主主義の基本である。それをあえて特権として描いたのが、まんが『嫌韓流』などであったが、それは事を針小棒大にデフォルメしたもので、しかもその多くが根も葉もない流言飛語の類であった。そういう捏造番組をネットで流している大元の一つが「チャンネル桜」である。そのやり口は例えば司会者が沖縄の米軍基地を示した地図を指して、どうです、沖縄の米軍基地はそれほど広くないでしょうとコメントするというものだ。ところが、誰が見ても、沖縄の面積の大きな部分が米軍基地に占められているので、逆効果というお粗末なものである。自分たちは、こんないいかげんな番組を平気で流しているくせに、テレビ局などの番組は信用できないと批判しているのである。宮里証言もさっそく番組化したようだが、保守派内にだって、山崎氏のように、そんな子供だましに義憤を感じる倫理感の高い人がいて、その信憑性を疑っている。

 右派の最期のあがきが保守系メディアで繰り広げられている。嘘でもでっち上げでもなりふりかまわず書き散らされている。すでに暴露され尽くされている見え透いた手口が性懲りも無く繰り返されている。それはついに、反米か親米かというところに集約されてしまった。無内容きわまった! 左派は労せずして復活のチャンスを与えられた。中間派の諸雑誌が左に寄り始めた。右派系雑誌は、飽和状態で、淘汰が始まっている。小林の読者はずっと減っているはずだ。『わしズム』は本屋の書棚に残ったままである。山崎氏の沖縄の集団自決の新証言者の宮里秀幸氏の過去の矛盾した発言の発掘は、藤岡信勝や秦邦彦らの自由主義史観派に大打撃を与えたはずである。さらに、このところ、格差問題についての本や運動が増えたことで、中小経営者層の保守化に巻き込まれていたワーキングプア層の若者がそれから自らを分離しはじめたことも大きい。右翼から左翼に転向した雨宮処凛さんへの支持の広がりがその一つの証拠である。かれらの境涯に光をあて、その原因を解明し、きちんと説明し、どうすればそこから脱出できるかを具体的に示すことで、保守的な中小経営者層の愛国主義的空文句や熱狂から解放されてきたのである。

 左派が、このチャンスを生かすことができるかどうかが問題だ。

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新銀行東京の破綻をめぐって

 新銀行東京に400億円の追加出資をする提案をした東京都知事に対して批判が強まっている。
 三年前に都知事肝いりで設立された新銀行東京は、すでに1000億円の債務を抱えている。この銀行が、石原を都知事に押し上げた中小企業主たちのためにつくられたものである。したがって、融資基準はいいかげんなもので、選挙での支援の返礼として、大盤振る舞いしたのも当然であった。ばら撒きである。

 最初に理事会を仕切ったのは、石原が三顧の例で迎えたといわれる元トヨタ幹部の西という人物であり、その後釜に座ったのは都の幹部であった。新聞によれば、旧幹部は、意見の違う他の理事を次々と追い出し、粛清し、融資から6ヶ月企業が存続すれば、最高200万円まで成果給が出た。融資すればするほど儲かる仕組みとなっていて、融資担当者は、積極的に企業に貸し付けたという。その結末が、1000億円にのぼる借金の山である。ご丁寧に、それは、子供も含めた都民一人当たり約1万8千円ほどの負担になるという計算をしたマスコミもある。

 東京都議会は、共産党を除く全会派が石原与党といっていい状態である。前回の都知事選挙で民主党ははじめて対立候補を推したのだが、それまではむしろ民主党都議団の方が石原寄りだった。

 新銀行東京について、都議会に提出された報告書は、旧経営陣に責任ありとしているが、都そして石原都知事の責任に触れていない。石原の支持基盤とのこうした癒着とそれを促進してきた銀行旧経営陣の裏の結びつきということについて、今後、司直の手が入る可能性も考えられる。こうした行為は背任に当たるのではないか。もちろん、石原の責任は免れない。猪瀬副知事が何と言うかも注目である。

 他方でこの間国会では、日銀総裁人事が参議院で不承認となった。ねじれ国会の賜物だが、株式市場の方では、アメリカ・ヨーロッパの中央銀行が、協調して対応することを合意したことから、円安・株価上昇となった。また、今日明らかになった対外収支によると、輸入価格の上昇や対米輸出額の減少などにより、黒字額が減少した。当然、外貨準備も減少した。さらに、企業間取引価格が1979年の第二次オイルショック以降二番目の二ヶ月連続で大幅に上昇したことが発表された。バブル期でも、消費者物価や資産価格の上昇したのに対して、卸売物価は下落さえしていたのである。

 そして、春闘の相場に大きな影響を与えるトヨタが、1500円の要求に対して3年連続1000円の賃上げに止まるなど、大手の賃上げが小幅に止まることが明らかになった。小麦やガソリンなどの生活関連商品の価格が値上がりしており、さらに電気料などの値上げが予定されているのに、これでは、実質賃金の引き下げとなる。全体としては、昨年並みで、渋いものだ。物価上昇率と賃上げ率の比較をしなければならない。しかし、政府が行っている消費者物価指数の項目が非現実的で、季節的変動が多いとして生鮮食料品をはずしているので、生活への影響をはかりにくい。小麦などの生活品が値上がりしているのに、パソコンや家電製品が大きく値下がりしているために、消費者物価は値上がりしていないということになっているのである。このような指標自体を見直さなければならないのである。

 春闘においては、さらに非正規雇用労働者の待遇改善という問題がある。派遣労働者についても雇用の安定や仕事の保証などの強化が必要で、生活の安定と向上が必要だ。そういう春闘はこれからである。

 石原都知事は、中小企業に税金で大盤振る舞いをしたわけであるが、それでも、融資先の多くが破綻した。そのツケはまた税金で払わされることになるのだが、それでも新銀行東京を清算する気は全くないようだ。そうすれば、石原は、有力な支持基盤を失うことになるからである。

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『沖縄ノート』をめぐって

 『沖縄ノート』をめぐる裁判が続いている。

 それに対して、保守思想家の山崎行太郎氏が、原告側に立つ保守派の主張を批判していることは何度も当ブログで紹介した。山崎氏の批判点の一つに、かれらが曽野綾子氏の『ある神話の風景』も大江健三郎氏の『沖縄ノート』もよく読まないで、一方的に大江批判を展開しているということがあった。

 『沖縄ノート』を実際に読んでみると、当該個所は、けっこう慎重な書き方になっている。

 「慶良間列島の渡嘉敷島で沖縄住民に集団自決を強制したと記憶される男、どのようにひかえめにいってもすくなくとも米軍の攻撃下で住民を陣地内に収容することを拒否し、投降勧告にきた住民はじめ数人をスパイとして処刑したことが確実であり、そのような状況下に、「命令された」集団自殺をひきおこす結果をまねいたことのはっきりしている守備隊長が、戦友(!)とともども、渡嘉敷島での慰霊祭に出席すべく沖縄におもむいたことを報じた」(岩波新書208ページ)。

 少なくとも大江氏は、この人物が集団自決を強制したとは断定していない。そして、大江氏はこの旧守備隊長が発した「おりがきたら」という言葉が、日本人の倫理的想像力のあり方を象徴していると見て、そのような象徴的人物としての旧守備隊長について書いているのである。

 「僕は自分が、直接かれにインタヴィユーする機会をもたない以上、この異様な経験をした人間の個人的な資質についてなにごとかを推測しようと思わない。むしろかれ個人は必要でない。それは、ひとりの一般的な壮年の日本人の、想像力の問題として把握し、その奥底に横たわっているものをえぐりだすべくつとめるべき課題であろう」(同)。

 このように、大江氏は、想像力によって、この急守備隊長の言葉や行動から、日本人の意識構造を探ろうとしたのである。こういうことは、小説家なら普通にやっていることで、大江氏だけが特別なわけではない。だいいち、この裁判を支援する「新しい歴史教科書をつくる会」会長の藤岡信勝氏にしても、日本史は、日本人のプライドをつくるためにあるので、事実ではなく、神話や物語として書かれるべきだと主張しており、想像力の次元での戦いを大江氏に挑んだのである。

 だからだろうか、彼は、平気で、自分で立てた基準を自ら覆す。沖縄で歴史教科書からの沖縄戦での日本軍の住民集団自決への関与の記述を削除・訂正させた文部科学省の検定に抗議する県民集会が起き、年配の沖縄の人々が、改めで、集団自決への日本軍関与を証言し、また、再調査が始まったのに対して、年を取って記憶が曖昧になっているのでそれらの証言はあてにならないと批判しながら、なんと自らは、宮里秀幸氏という当時少年だった老人の証言をわざわざ現地入りして対面して、それみたことか、旧守備隊長は、その日、自決のための手榴弾を軍にもらいにいった住民たちに、武器は渡せない、自決するなと言ったということを確かめたと得意になって書いている。しかし、老人の記憶はあてにならないと言ったのは、藤岡氏自身だっだはずだ。この新証言だけが、強制はあったとする他の証言に比べて信用できるとする根拠はなんだろうか? それは藤岡氏の判断である。

 山崎行太郎氏は、この対面には不自然なところがあるとして、事前に示し合わせた上での演出された対面であったとブログ「毒蛇山荘日記」に書いている。

 おそらく、かれらが『沖縄ノート』を攻撃するのは、それが戦争責任や戦後責任や沖縄差別に正面から向き合わない日本人の象徴として旧守備隊長を取り上げたからである。そこに、戦争責任や戦後責任や沖縄差別から逃れようとする歴史修正主義者たちの姿勢が現われているのである。「日本国憲法」前文には、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」と、政府の戦争責任が明記されており、この点を具体化するという憲法の実現という課題が残されている。サンフランシスコ講和条約は、アメリカが冷戦本格化の中で、日本を反共の砦とすべく、単独講和を急いだことから、戦争責任を曖昧にし、アジア諸国の賠償請求を退けるという後に問題を残す形で締結された。これを機会に、国際部隊によって自衛するという吉田プランも拒否された。

 歴史修正主義者たちの沖縄戦の住民集団自決の責任者は、結局、独断で集団自決を命令したという村の助役ということになる。小林よしのりは、もっと美談化して、沖縄の人々が日本人化しようとしての悲劇だったということにしている。それを山本七平の概念を借りて、空気によるものと言う者もいる。池田信夫氏など(氏のブログを見よ)。さらに、沖縄での集団自決は、サイパン島玉砕で米軍に追い詰められて崖から身を投げたことと同じだと主張する者もある。

 しかし、沖縄において、独立論がずっと存在しつづけてきたし、独自の文化を持ちつづけてきたことの意味は、ヤマトへの同化の拒否であったろうし、ヤマト―沖縄の差別構造がある限り歴史認識の不一致もなくならないだろう。それに対して、歴史修正主義者たちがいくら彼らの差別的な歴史認識を押し付けようとしても反発されるだけだ。現に集団自決問題ではものすごい反発を受けているではないか。そうならざるをえないのは、歴史修正主義者が沖縄を差別しながら、それについてまったく自覚がないまま、受け入れない沖縄が悪いという傲慢な態度で歴史認識の押し付けをしているからである。かつて、中曽根元首相が、彼の歴史認識である日本単一民族説をぶち上げて以降、もともと融和的な面があったウタリ協会でさえ、アイヌの民族としてのあるいは先住民としての独自性を強く打ち出すようになった。アイヌは、融和するどころか、民族として発展しつつあるのだ。琉球は、琉球人の大地であって、琉球処分以前の日本としての歴史がない。そしてそのことは、『沖縄ノート』に引用されている敗戦後の折口信夫の言葉に示されている。

 あゝ蛇皮線の糸の途絶え―。そのやうに思ひがけなく、ぷつつりと―とぎれたやまと・ 沖縄の民族の糸―。

 今また、歴史修正主義者たちが、この糸をさらにとぎれさせようとしている。歴史修正主義者が、その大日本主義を捨てない限り、この糸をつなぐ端緒をつかめない。それは、沖縄においては、政治的立場に関係ない。左だろうと右だろうと関係ないのである。

 『沖縄ノート』で裁判で争われている部分は、倫理的想像力という概念を通じて、日本の戦争責任・戦後責任の取り方を、旧守備隊長の渡嘉敷島での慰霊祭参加行動を通じて追求していったもので、そこにある「罪の巨塊」という言葉は、その前の「慶良間の集団自決」という部分を受けたものである。その責任から、どのような事情があろうと旧守備隊長が免れないことは明らかである。この間、旧守備隊長が、集団自決を命令したのは、住民から恩給を受けるための理由がいるからと頼まれて嘘をついたと弁明し、逆に、集団自決を思いとどまらせようとしたし、武器の引渡しを拒否したと言ったことが事実として歴史修正主義者たちによって強調されている。たとえこれらが事実だったとしても、村民を止められなかったことに責任を感じなければおかしい。

 今月号の『世界』にある論文で、厚生省への恩給の請求以前にすでに旧守備隊長の自決命令があったことが住民の間で語られていたことが指摘されている。武器引渡しを拒否した理由は、武器を惜しんだのであって、自己保身の動機からであろう。藤岡が担ぎ出した新証言者については、その証言の真否はこれから明らかになるであろうが、60年ほども昔の記憶にしては、あまりにも多くを記憶している点に疑義を持たざるを得ない。むしろ、大昔の記憶であるから、多少の間違いや忘却した部分がある方が信用できるのではないだろうか。その点は歴史修正主義者が、あいまいで矛盾があるとして、信頼性が低いと批判した慰安婦たちの証言の信憑性は高いと言えるだろう。

 それにしても、元守備隊長の言葉や行動はなんとも見苦しい限りである。武士は言い訳するぐらいなら、切腹して名誉を守るという話をどこかで聞いたことがある。梅澤氏ば別に武士ではないから、切腹すべきだったという気はもちろんないが、それにしても、もう少しちゃんとできなかったものかと思わざるを得ない。今さら、裁判沙汰とは恥の上塗りだ。そう感じるのが、武士的な倫理感というものではないだろうか。武士は寡黙であり、いつでも死の覚悟ができていて、言い訳や泣き言を言うぐらいなら名誉の切腹を遂げる。そんな武士像をどこかで読んだ覚えがある。まあ武士道はまあ戯言だけれども、問題は、沖縄とヤマトとの差別的関係によって、歴史認識は一致することなどないし、それを想像力によって架橋しようとした大江健三郎氏に対して、歴史修正主義者が、曽野綾子なる「夷狄」の神を信奉する者の言と論理を無批判に受け入れていることのこっけいさを自覚していないことにもある。曽野氏は、カトリックの総本山バチカンの指令によって動いている世界支配のためのエージェントではないかとは疑いもしないらしい。これは冗談であるが。

 それはさておき、問題はやはり現在のヤマト―沖縄関係の差別性であり、それが歴史認識問題に反映しているということだ。差別関係は端的に経済格差や米軍基地の集中という姿で見えている。それに対して、保守派には、解決策がなく、ただ安保の負担に耐えよというのみである。それと引き換えに金をやるという話だ。保守派が中国脅威論や台湾海峡有事を強調すればするほど、沖縄はその最前線基地として重要性を増すのであり、結局、かつて日米戦争の最前線として、「本土」防衛の捨石にされたように、ふたたび戦争の最前線基地化を強化させられようとしているのである。それを沖縄自身の自発的意思として積極的に受け入れるようにさせることが、この間の歴史修正主義者の狙いである。いざ戦争となったら、これまでの発言から、藤岡信勝の孫は、軍人として戦闘に従事するはずである。

 かつて大日本帝国は、日中戦争が泥沼化していく中で、国民精神動員という精神主義的な国民教化つまりは洗脳から始めた。それに一役買ったのは、新聞などのマスコミであり、映画ニュースなどであった。それが完全に成功を収めるまでには当然時間がかかったのであるが、戦争以外に生活向上の望みがないという状態に人々の多数が追い込まれることが必要だったのである。田原総一郎氏は、まるで当時の新聞が民衆の戦争気分を反映して増幅したことが戦争を泥沼化した主原因で、日帝首脳部もそれに煽られたというような言い方をするが、そうなるには、大衆の生活苦や生活不安が背景としてあったことを忘れてはならないのである。

 田原氏は、現在でも、テレビやマスコミの影響力を過信しており、自分の番組での発言によって、内閣をいくつも潰したというような誇大妄想を平気で語っているが、それは時と場合によるし、大衆の状態による。田原氏は懸命に小泉―竹中の構造改革支持を強調するが、田原氏の願望を裏切って、大衆は竹中路線を拒否した。そうすると今度は大衆が馬鹿だというのであるが、田原氏の自己意識など大したものではないし、もちろん、田原氏が内閣を潰したなどというのは、妄想にすぎない。こうした神話化された自己意識の肥大あるいは自己神格化こそ、歴史修正主義者に共通する現代病であって、かれらの大国意識の基になっているものである。その害悪ははっきりしている。これでは誰とも仲良くなどできない。コミュニケーションなど不可能であり、ましてや良好な社会関係や人間関係を築くことなどできない。結局、かれらは自己意識同士をぶつけあって、泥沼の闘争にあけくれ、自滅していく。すでに始まっているように。

 スーザン・ソンダクの言う倫理的責任ということをめぐって、戦争責任の倫理的主体は誰かや責任の取り方とはどういうものかとか、様々な論点が形成されていった。大江氏は、アーレントが、ナチスの戦犯のアイヒマンの裁判での発言を引用して、彼がドイツの若者の間にあるナチスの行為に対する倫理的責任について、若者が直接関わっていない行為について責任を感じる必要はないと訴える責任を感じたということについて、偽の責任感であると批判している。

 結局、日本の場合、「日本国憲法」が「大日本帝国憲法」改正で成立したということや国体は変わっていないとして天皇制が継続されたということからすれば、国家の連続性があるということになって、つまりは戦前国家の責任は戦後国家においても引き継がれたということになる。戦争責任は戦後国家の責任として継承されているということだ。だとすれば、明治国家による第一次琉球処分の総括の責任も引き継がれているということになる。

 

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世界恐慌か?

 日銀総裁人事が国会で同意を得られなくて、国会は空転している。

 ついに1ドル=102円台に突入し、株価も下落しているというのに、金融政策を執行する日銀の首脳が決まらないのでは、手を打ちようがない。輸出企業は、急激な円高・ドル安に不安を強めている。日銀にドル買い円売りの市場介入を期待しているはずだが、日銀は動きにくい状態だ。

 今週の『東洋経済』の特集のタイトルには、「世界恐慌」の文字が躍っている。『エコノミスト』は、日本経済の地位低下について特集している。『東洋経済』は、正しい認識を示していると思う。アメリカ経済は、これまで、旺盛な消費力によって、世界の資本や商品を吸収しつづけてきたアメリカで、サブプライム・ローン破綻をきっかけにバブルが崩壊したわけで、その後始末に長い期間が必要であることは、日本のバブル崩壊の経験から明らかであるから、それが世界経済に大きな影響を与えることは間違いない。

 『正論』だったか『諸君』だったか、馬鹿な学者が、日本経済は基礎がしっかりしているので影響は限定的だとかいうアナウンスを行っていた。そんな話は、マイナスなことを言うと本当にマイナスになってしまうという心理的影響を過信して、楽観論を流しつづけている政府のアナウンスと同じことだ。今問題になっているのは、金融恐慌の可能性ということである。日本の技術力がしっかりしているとかそういうことではない。どっかの経済雑誌に、広中元大臣の地方経済を延ばすためには規制緩和が必要だという馬鹿の一つ覚えのようなお題目文書が載っていたが、広中の主張どおり、資本市場の大幅な規制緩和をした結果、アメリカのサブプライム・ローン破綻に発する金融危機の影響がもろに日本に出るというグローバル化の結末が現われているのである。もっと規制緩和したら、さらに大きな影響が来るだろう。

 世界は金余り状態にあり、それが資本として機能しない部分が増えているのである。利潤の一部を利子として取得できないとなれば、貨幣は資本化できない。つまりは、資本主義の危機が拡大しているということだ。それが一気に加速するには、アメリカの大手の金融機関の破綻が一つでも明らかになれば、十分であろう。そうなるかどうかは、これからであるが、ユーロ高によって、世界の資金は、ユーロにシフトしていっているはずである。アメリカからの資金流出ということも起きるかもしれない。アメリカでは、住宅の差し押さえ件数が増えつづけており、低所得者が家を追い出される事態が今後も続く見通しである。だが、差し押さえた住宅の価格はバブル崩壊によって下がっているはずで、資産価値は低くなっているだろう。それを首尾よく売れたとしても損失を全額回収することはできない。金融機関は、それも不良債権として抱えることになろう。そういう損失を次々と会計処理して、損失に計上していくことで、金融機関の評価は下がっていくだろう。しかし、BIS規制の基準があって、国際取引できる資格が与えられるのは、自己資本が7%以上ある場合であるが、その基準を達成できない金融機関も出てくるかもしれない。

 そこで、日本の金融機関が評価の下がった資産を買えば、景気回復後に大もうけできるかもしれないと考えて、アメリカに投資するかもしれない。ある経済誌には、これから、不良資産化している企業をハゲタカ・ファンドが買いあさるだろうと書いてある。そうことも起きるかもしれない。バブル崩壊後、外資が、日本の銀行や不動産を買収していったようにである。

 東京都がつくった新銀行東京は多額の不良債権を抱えている。このような銀行をハゲタカ・ファンドに安く売り払えば、東京都の負担は消えるが、融資を受けている中小企業の多くは、切り捨てられることになろう。そうなるとこの程度の規模の銀行は営業が難しくなるだろう。ハゲタカ・ファンドは、資産を切り売りして銀行をつぶすだろう。石原の地盤は、大田区であり、中小企業である。彼らが保守化・右傾化したことが、石原都政を生み出した。「新しい歴史教科書をつくる会」を熱心に支持したのは、青年商工会議所などの中小企業の青年層であり、かれらが、中国の成長と商売敵として大きくなってきたことから、反中的な態度を強めたからである。それは、平成不況の中で、自らの商売の将来に不安を強めたことによる。このところの景気回復によって、そういう不安は多少やわらげられている。しかし、新銀行東京が融資条件を厳しくしたりすれば、たちまち、中小企業の多くが資金難に陥るかもしれない。

 石原が税金で中小企業に対して大盤振る舞いをしているのは、かれらが支持基盤であり、その利害を代表しているからである。それに対して、副知事の猪瀬直樹が、何も言わないというのは、これまでの彼の発言からすると不思議である。どんどんこうした「不良」化している銀行にさらに税金をつぎ込もうとしている石原に、なにも言わないということは、猪瀬のこれまでの発言は、たんなるポーズにすぎなかったということだろう。比較的裕福な都財政の中で、余裕をこいているのだろうか? 

 東洋経済が言うように、世界恐慌勃発の可能性が強まっているとすると、かつての昭和恐慌が、農村経済にとくに深刻なダメージを与えたように、病弊している地方経済に都市部より大きなダメージを与えるのではないだろうか。とはいえ、金本位制で、世界経済の影響をもろに受けた1930年代恐恐の時代と違って、ある程度の影響緩和措置なども取れるようになっている。しかしそれも規模次第で、効果があまりないということもありうる。日本の場合、不良債権を多く抱えた問題銀行に公的資金を強制注入するということをすでにやっている。結局は、日ごろ、政府だの政治だのを軽蔑するようなことを言う経済界のお偉いさんたちも、いざピンチになると、政治に救済を求めるようになるわけである。

 アメリカやヨーロッパでのサブプライム・ローン関連の焦げ付きがどれだけあるのかは、まだはっきりしていない。日本政府は今のところ、この問題をあまり重視していないようで、国内景気が比較的好調であることをアピールしつづけている。福田総理は、不況期に耐えてがんばってきた労働者に賃上げで報いるよう経営側に求めた。しかし、すでに生活関連物資の値上げによる実質賃金の切り下げが起きており、多少の賃上げでは、実質的な賃上げにはならない。企業側が言う生産性基準原理なるものは、とっくに虚構であることがばれている。生産性上昇した分野での賃上げ率は、生産性上昇率と一致していないのである。社内留保と株主配当に回している企業利益の労働賃金への配分を増やすことはいつでも可能である。それを渋っているのは、企業の貪欲な利潤欲のせいであり、そのような私的利害が経営者を動かしているからである。それに対して、社会的利害というものが規制として機能しなければならないのだが、それがこの間、弱体化させられてきたのである。それは、国益とか公益とかいうものではなく、より普遍的な人間的利害による規制であり、道徳である。地球環境問題において、そういう利害や道徳が必要であることは明らかになっている。それにも関わらす、相変わらず、私的利害とその集合である公益や国益というレベルの利害に立脚した議論に止まっていることが多い。

 賃上げか生活関連物資の値下げか、その両方かということが、春闘のテーマである。これまでは、雇用か賃上げかが大きなテーマとされてきたが、多くの労働者にとって生活問題は深刻化してきており、もはや怒りと不満を爆発させるしかないという発火点が目の前に来ている情況だ。円高によって多少の輸入品価格の低下が見込めるが、小麦・原油などの世界的な需要上昇傾向は当面続くだろうから、その程度は小さいものと思われる。もちろん、原油はありえないが、小麦なら、市場価格が投下資本の正常な回収を見込める水準にまで上昇すれば、新たに小麦生産が拡大されるということもありうる。そうして、市場に小麦が豊富に出回るようになれば、価格は低下してくるだろう。しかし、農産物の場合は、土地や気候条件などの自然的要素や季節的影響などもあって、工業のように、計画どおりに生産することはできない。それらを熟知して対応できる技能を持つ農業者を育てるのには時間がかかる。日本の農政は、それまでの保護主義から大きく転換して、大規模農家の育成、土地の集約、企業経営の拡大・土地売り買いの自由化・流通の規定緩和などの自由主義的な政策を推し進めてきた。その目玉の一つだった集団営農化がいきづまり、それに不安を強めた地方の中小農民の反発から、それまで自民党の支持基盤であった農村で、先の参議院選挙で民主党が大躍進した。

 自民党農政は、かつてのばら撒き農政に戻りつつあり、農業の完全な資本主義化路線はあいまいになりつつある。

 日銀総裁人事問題から、農業問題にまできてしまった。これらは関連しているので仕方ない。昭和恐慌では、農村経済が悪化して、農民の生活は大ダメージを受け、農村に戦争による状態改善を求める空気が広まっていった。軍隊は、農村青年の立身出世の大きな機会を与える場であった。戦争は、大きな出稼ぎの場であった。もちろん、それは同時に農業の働き手を取られることでもあったが。ただし、家長が徴兵されるのは戦争が泥沼化してからのことである。しかし、現代においては、アメリカのようにただちに農村が保守派の完全な基盤となり、戦争を求めるというようなことにはすぐにはなりにくいだろう。そもそも農村人口は小さくなり、あまりにも高齢化していて、戦争に青年を送り出すこともできないような状態である。

 昭和恐慌の時は、金融引締めが行われて情況は悪化し、その後、高橋是清の金融緩和政策によって、ようやく多少の情況の改善が行われた。財政悪化にも関わらず軍事予算は拡大しつづけ、軍部は統帥権をたてにして、独走を始める。金融政策は今も昔も難しい。「プラザ合意」後の低金利下でのバブルから三重野日銀総裁による金融引締めの高金利策によるバブル崩壊そして「失われた10年」の平成長期不況、「ゼロ金利」という空前の超低金利時代において、それぞれ日銀の下した政策は、経済全体に大きく影響してきた。

 次の日銀総裁はどういう手を打つのだろうか? それ次第で日本経済の状態が大きく変わることになるかもしれない。

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歴史修正主義の虚妄なること

 今月号の『諸君』は、沖縄戦での住民集団自決に日本軍の強制がなかったとするこのところの歴史修正主義者の文章を3本載せていた。

 その主張するところは、これまでと変わらない。ただその中で、保守派の山崎行太郎氏が、『月間日本』に書き、またこの間、氏のホームページ『毒蛇山荘日記』で繰り返し主張している曽野綾子氏の『ある神話の風景』が、大江健三郎氏の『沖縄ノート』の「罪の巨魂」を「罪の巨魁」を誤読し、それに基づいて、保守派が大江批判しているということについて、反論を試みている。

 この人は、山崎氏が指摘しているところを読み直してみたが、誤読は見当たらなかったと書いている。ただ、どこをどう読んだかの検証を書いておらず、氏の自己申告を確かめようがない。第何版の何ページ何行目にどう書いてあったのかを明記しなければ、われわれには彼の主張を検証できない。それに対して、山崎行太郎氏は、どういう本のどこそこにこう書いてあると明記していて、それを誰でも確かめられる。大きい図書館なら、『ある神話の風景』も読めるはずである。

 その他、自由主義研究会の藤岡信勝の文章もあったが、相変わらず、自分にとって都合のいい証言のみを真実として一方的に肯定し、そうでないものは事実と認めないという学者とはとうてい思えない自分勝手な論を主張していた。また、沖縄の左翼偏向二紙(『沖縄タイムス』『琉球新報』)の地域独占を問題にした文章もあった。それなら、例えば、福島県も二紙独占である(『福島民報』『福島民友』)。こういう二紙独占は、左翼偏向でなければ問題ではないらしい。この人が気に入らないのは、沖縄が左翼に牛耳られているということである。彼らの好む保守的歴史観を沖縄が頑として受け入れないことである。しかし、今や日本国内で、彼らの歴史観を受け入れるところなど、極少数である。

 もう一つのなんとかという雑誌は、佐伯啓志氏の近代化がニヒリズムに行き着いたとする主張をめぐって、西部邁、富岡幸一郎、などが行った座談会が載っていた。京都学派の「近代の超克」論なども取り上げられていた。しかし、西部は、東洋対西洋という対立ではなく、世界史の視点が必要などと述べ、結局、ヘーゲルと変わらないような感じのことを言っていた。ニーチェは、ニヒリズムから権力の意思が発生することを見抜き、よって、今日のグローバル化の世界の基本を予言したといったことも述べている。ヘーゲルを認めれば、フランス革命を認めることになり、ニーチェを認めれば、権力闘争を認めることになる。そうなれば、西部の保守主義は、事実上お終いだ。無節操この上なし。

 久しぶりに、呉善花氏と黄文雄氏などの対談が載っていた。内容に見るべきものはほとんどない。哀れなるかな。結局、この二人によっては、朝鮮のことも台湾のこともよくわからなかったということだ。わかったことは、日本人の中に朝鮮や台湾に対して、どういう偏見や差別観が根強く存在しつづけているかということである。台湾や韓国は、日本に奉仕し、従属すべきで、日本一流に対して二流国として満足せよということもその一つである。アメリカやヨーロッパ諸国が、日本を見ている目と同じである。横氏の儒教に対する偏見は、マックス・ウェーバーの偏見を内面化したものという気がする。しかしそれは、儒教圏で近代化が起きだことで事実を持って反証されている。キリスト教プロテスタンティズムのみが資本主義に適合的だとする彼の偏見は、根拠がなかった。

 アメリカではキリスト教がメガチャーチを軸に復興しているが、ヨーロッパ諸国では、復活したロシアや東欧諸国を除いて、人々の教会ばなれが進んでいる。ロシア・東欧・アメリカに共通しているのは、上層と下層の間に大きな格差が存在し、下層は明日をも知れぬ惨めな生活状態にあることである。そして、キリスト教は、そうした現実の惨めさを空想上の慰めを与えて、現実を受け入れさせ、今の支配階級の支配に縛りつけるものである。ニーチェはだからキリスト教倫理を奴隷化の道徳として批判したのである。それはもちろん、キリスト教ばかりではなく、儒教もそうだった。

 李氏朝鮮の儒教はそういうものだったが、ただし、それは両斑などの支配階級においてであって、民衆は別である。民衆の間では、民間信仰が盛んであった。それは日本の徳川体制下でも同じである。朝鮮では、儒教が民衆の間に広まるのは、李朝末期以降であり、そこで、民間信仰と儒教が混同した天道教が広まった。日本で儒教が民衆の間に広まるのは、徳川中期以降の寺子屋の普及以降である。この場合は、もともと仏教と儒教を合わせて学んでいた僧侶が広めたものである。

 宗教の性格は、時代によって、時とところによって違う。李朝末期の朝鮮で、農民運動と結びついていたのは儒教と結びついた天道教や民間信仰であった。儒者の中からも、抗日運動を起こす者もいた。その後、キリスト教徒から独立運動を起こす者が出た。次ぎに、アメリカ派とも言うべき李承晩などが出て、さらに、コミンテルン系統の社会主義者が出た。李朝はキリスト教を厳しく禁圧した。日本でも、明治時代に、列強の圧力に押されて、キリスト教を解禁したものの、神道を助けるなどして、妨害していた。また仏教側のキリスト教に対する警戒心も強く、キリスト教はあまり広がらなかった。明治期の自由民権運動は、西欧の社会契約思想やイギリスの急進派思想などの影響を強く受けていた。明治後期には、ようやく、社会主義思想が流入するが、その初期は、キリスト教社会主義であって、労働運動や都市民衆運動もキリスト教的救済思想に基づくものであった。その後、第二インター系、ロシア革命などの影響も受けつつ、本格的な労働運動が台頭してくる。

 自由民権運動の指導者の板垣退助は、征韓論者であり、自由民権運動そのものも、愛国主義的なものとなる。労働運動も、関東大震災を契機に全日本労働組合総連合友愛会は、キリスト教徒の改良主義者鈴木文治をはじめとする右派が台頭し、1924年頃には、日朝労働者の融和運動を展開することを朝鮮総督府に約束するまでになっていた。関東大震災は、ちょうど、第一次世界大戦による特需から始まった好景気が終わり、深刻な不況に陥っていた頃に起きた。不況下の不安な状態を反映して、根拠のない流言飛語が飛び交い、それが人々に伝染していく。そして、朝鮮人などの外国人が暴動を起こすなどの噂がもっともらしく広まり、朝鮮人虐殺・中国人虐殺事件が起きた。さらに、こうした混乱状態の中で、警察や軍によるアナーキストや労働組合指導者の虐殺事件も起きた。もちろん、こうした流言飛語がもっともらしく聞こえたのは、1910年の日韓併合以来、日帝統治への朝鮮人の反抗や独立運動が起きていて、特に3・1独立運動以来、朝鮮人が反日的であるという印象を持っていたためだろう。第一次世界大戦以来の好景気のなかで労働力不足が深刻化したので、朝鮮半島から、多くの労働者が日本に来て、働いていた。その数は、200万人に達したと言われている。そうなったのは、朝鮮半島での日帝統治下の農業政策が農村の人々の生活を向上させられず、逆に、多くを占める小作農の生活が困難になったためである。そうでなければ、どうして、わざわざ海を渡って働きに来るだろうか? これを自由意志による自発的な出稼ぎ労働者であるというのが、自由主義研究会などの主張である。

 生活苦によって選択肢がほぼない状態での選択は、自由意志による自発的行為と言えるのだろうか? 常識的には、そうは言えない。水戸黄門でも観てみるがいい。貧しさ故にやむをえず、身を売らざるを得なくなったり、望まない奉公に出ざるを得なくなる娘を助ける話はよく出てくる。貧者にとって、自由意思による自由な選択など贅沢な行為である。そうして日本に渡ってきた朝鮮人労働者が日本の労働者以下の労働条件下で働かされた。紡績工場の朝鮮人女工は、監禁状態に置かれ、現場の管理人によく殴る蹴るの暴力を受けたという。その経験談の聞き取り調査の記録があり、日本の敗戦後に朝鮮半島に帰らず残った60万人とも言われる在日朝鮮人の中には、こうした渡日労働者とその子孫がいる。

 朝鮮人と日本人は同じ皇国臣民だったはずだが、現実には差別があったのである。

 先の西部らの座談会では、農本主義右翼の大川周明などのことが出てくる。大東亜戦争がアジアを欧米列強から解放する戦いであるとする右翼思想がどれだけのものだったかといえば、後の右翼が喧伝するほどたいしたものではなかった。右翼の内田良平らが、大韓帝国の親日派の日韓合邦論を育成しようとしてでっちあげた「一進会」は、幽霊団体に終わり、しかもそれすら朝鮮総督府によって活動停止にされた。インドの独立運動を支援するためとして手を組んだボースは、日帝が敗北しつつあるのを見て、中国に支援先を変えた。大東亜戦争は、敗れ去った。そして、その観念だけが残り、大川周明はただその観念を教えるのみの教師となった。日本右翼の一派である農本主義は、朝鮮での農業政策に関わったが、大失敗に終った。言うまでもなく彼ら農本主義者は、東北を始めとする農村の窮状を救うこともできなかった。こうして、惨めな敗北と失敗した右翼が作り上げた観念を、その歴史的条件もすっかり違う現代日本において、頭でっかちの学者や知識人が再び取り上げたというわけである。そしてその結果は、見事な混乱であり、自滅の道である。

 小林よしのりについては、彼が感情移入の対象を特攻隊に選んだ時に自滅の運命が決まったといっていい。特攻隊は、敗北の美学であり、滅びの美学であり、最後のあがきであるからである。小林もまた敗北と滅亡と最期をその時に選択したと言ってよい。西部は、保守派の中にある処世術であって、それによって変節してでも生き延びようとするだろう。藤岡信勝は、つまらない近代主義者として、過去の遺物となるだろう。横氏や呉善花氏らは、日本のナショナリストの便利な下僕として利用されていくだろう。その対価として、日本の大学の椅子などが与えられることになろう。

 1924年の日本の労働組合運動の右旋回について、教訓化しておく必要があるように思われる。戦闘的で知られた葛飾労組幹部が虐殺されたことが関係しているのかもしれない。左派系の労組指導者が弾圧されたことによって、右派指導部が力を得たということだろうか? 関東大震災の混乱に乗じて朝鮮人が蜂起するという噂が流布されたことを右派指導部が本気にしたのか、それを利用して路線変更を企てたのか? いづれにしても、朝鮮人労働者・人民との連帯ではなく、融和に傾き、しかもそれを朝鮮総督府や日本政府の政策への協力として路線化したことは、その後の日朝労働者の関係にとってマイナスになったことは明らかだと思う。

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職場いじめ問題と派遣労働について

 3月4日のNHKの「クローズアップ現代」で、職場での同僚によるいじめが増えている問題を取り上げていた。

 驚くべきことに、子供のいじめをなくす立場にある教師間のいじめが増えているということである。それに、看護士にもあって、取り上げられた例では、救急治療室の看護士間でいじめがあることで、それが原因で、患者の命にかかわる事件が起きかねないということである。そして、非正社員の中でのいじめも深刻化していて、その原因は、ベテラン労働者が他の労働者をしきっているせいだという。いわゆる新入りいじめであるが、そこには、非正社員が不安定な雇用形態のために、雇用を守るために、それを脅かしかねない新入りを排除しようとするという動機があるように見えた。

 こうした職場でのいじめは、ヨーロッパでもアメリカでもあって、それぞれ政府が対策を取っているという。

 番組は、企業側が、いじめによる生産性の低下が深刻だと気が付いたことから、対策を始めた様子を紹介していた。パート2人が製造業の職場からいじめで止めた例では、新人を教育するための教育費や生産性の低下がはっきりと現われていて、企業利益が大きく損なわれることが統計で示された。訓練されたパート労働者2人が貢献する企業利益の額はかなり大きい。労働者過剰状態から労働者不足になってきているなかで、いじめによって訓練されたパート労働者を失うのは企業にとって痛いものになってきたのである。

 1月の失業率は低下していて、少子化・人口減少の中で、中長期的には労働力不足となることが懸念されている。もちろん、大企業は、日本で雇用できない労働者を他国で雇うのであるが、そこでも同じ問題が発生する可能性もあり、結局、この問題が生産性を引き下げる以上、対策を講じないわけにはいかないわけである。

 ベテラン労働者は、自らの雇用を守るために、防衛的攻撃に出ているわけであり、その利害が共通するために、大ぜいが手を組んで、脅威となりそうな新人いじめとなるわけである。雇用の不安定さや職場で能力主義や個人別の生産性の評価などがプレッシャーとなっているのである。

 番組のキャスターは、チームなり集団労働の評価ではなく、個人別の能力評価・成果主義などに問題があるのではないかと指摘したのだが、呼ばれてきた学者は、それには触れなかった。彼はただ諸外国のように、同僚間のいじめの定義を確定して、問題化することと、企業がトップダウンで対策をとることを提唱しただけであった。

 対策に乗り出したある企業は、社会保険労務士に、点検と対策を求めた。その社会保険労務士は、職場内を視察した上で、パートの休憩室のテーブルの上に、ベテラン労働者の私物がのせっぱなしになっていることを問題として指摘した。パート用のロッカーがないためだとして、ロッカーの設置を提言した。第二に、企業がこうしたいじめをなくす強い意思を示す必要があると指摘した。職場内に、いじめ根絶を記したポスターが貼られた。

 パートは、その企業と雇用関係があり、管理の責任も企業にある。派遣の場合は、雇用関係は、派遣元にあるが、仕事は派遣先の指示に従う。こうした場合の派遣元と派遣先との労働者管理のあり方については、まだ整理がついておらず、ケースバイケースのようである。『労働研究機構』の「派遣労働者の人事管理と労働意欲」という論文で、島貫智行(山梨学院大学専任講師)は、「派遣労働とは,企業の人事管理の観点からみれば,内部労働市場と外部労働市場の両方の要素を併せ持つ人材活用といえる。同時に,派遣労働者個人にとっての働き方やキャリア形成もまた,企業による管理と労働者自身による自己管理の要素をともに含んでいる。その意味で,派遣労働の人事管理は「雇用と自営」の中間形態であるといえよう」と述べている。かつては、正社員による非正社員へのいじめが問題になったことがあるが、この時は、正社員がリストラの対象となり、雇用がおびやかされていた。

 島貫氏は、「本論の分析結果は,派遣労働者の現在の働き方への満足や将来のキャリアの見通しを高める上で派遣先と派遣元の人事管理がともに重要であることを示しており,派遣労働者が派遣労働という働き方を通じて長期的なキャリアを形成していくには,派遣先や派遣元という企業間のパートナーシップだけでなく,派遣先と派遣元,派遣労働者という三者間のパートナーシップが重要であることを示唆している」と述べている。派遣の場合は、企業の人事機能が、派遣元と派遣先に分かれているのとともに、派遣労働者の自己管理が加わって、三者の連携によって、労働意欲を高める人事管理が可能となるというのである。

派遣先と派遣元が担っている人事機能として氏は、①調達,②育成,③評価・処遇の三つを基本的機能とした上で以下のように整理している。

派遣先の人事管理派遣元の人事管理
人事機能全体派遣労働者の活用
(指揮命令関係)
派遣労働者の配置(供給)
(雇用関係)
①調達仕事内容と人材要件の明確化
○ 派遣労働者に任せる仕事内容の明確化
○ 仕事の遂行に必要なスキルや職務経験の明確化
募集・選考(仕事紹介)
○ 派遣先の仕事や職場に関する情報提供
○ 仕事の希望や職務経験のヒヤリング
②育成OJT
○ 仕事に関する専門知識やノウハウの説明
○ 職場のルールや社内規則の説明
Off-JT
○ スキル開発に必要な教育訓練機会の提供
○ 将来のキャリアを考える機会の提供
③評価・処遇評価
○ 評価基準の明確化
○ 評価結果のフィードバック
処遇
○ 賃金管理
○ 就業機会の提供
④その他物理環境の整備
○ 作業環境の整備
情報共有
○ 業務打合せへの参加
苦情処理
○ 定期的な職場訪問や相談窓口の設置
福利厚生
○ 健康管理のサポートや厚生施設の利用機会の提供

 この分析は、あくまでも、派遣労働が今後も長期的に存在するという前提でのものである。派遣元・派遣先・派遣労働者の三者の人事機能面での提携が、労働意欲を高めるというのが氏の結論である。

 「厚生労働省『派遣労働者実態調査』(2005) によれば,派遣先が派遣労働者を活用する目的は「欠員補充等必要な人員を迅速に確保できるため」(74.0%) や「一時的・季節的な業務量の変動に対処するため」(50.1%) が中心である」という。しかしその余地は、労働力の過剰の程度に左右される。日本の企業の多くが、こうした余地を非正社員を増やすことで大きくしようとしたことは、景気回復にも関わらず、非正規雇用の割合が増えていることからわかる。派遣ばかりではなく、パートなどの人事管理が、労働意欲の向上、したがって生産性の向上という企業目的のために、必要とされているわけだ。かつて、派遣に求められていた必要な人員確保や一時的な業務量の変動への対処などの役割を担ってきたパート・アルバイトなどは、今では、基幹的な労働者になってしまった。サービス業では、パートの管理職まで現われている。派遣はその後を担っているわけだが、いづれ、パートが辿ったような道を歩むことになるかもしれない。しかし、パートが企業の基幹的な労働者となったが、それによって人件費が低められたように、そうなると、さらに人件費が低くなり、しかも、雇用の不安定性や労働者の自己管理によるスキル形成などの企業負担の低下した状態が一般化することになるだろう。年金・保険などの企業負担がなくなるということもある。それによって今度は、正社員の給与や労働条件は低めに抑えられることになろう。

 この番組では、社会保障の充実や賃上げやベテラン労働者へのスキル向上機会の提供や昇給や昇進の機会の提供などがもたらすであろう労働意欲の向上やチームや集団的能力の評価ということがチームワークの形成に与える正の影響などに触れていない。しかし、こうした問題の解決のためには、この方が効果的だと思う。

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経済問題。雑感。

 BIS規制強化をのんで以来、不良債権の問題が銀行問題の中心に押し出され、銀行の貸し渋りが強まり、銀行は中小零細企業への融資を絞り込んできた。すでに、公的資金を半ば強制的に注入されてその多くが返済されているというのに、銀行の貸し渋りは相変わらずであり、しかも日銀がデフレの不況下に金融を引き締める政策を小泉政権下で行って、そのダメージが未だに残っているのである。その小泉の経済政策を動かしてきた竹中がこんなこと言うのも無責任極まりない話である。サラ金に頼っている中小零細企業の多くはベンチャーではなく、日々の営業に必要な資金を必要としているのである。その資金を供給してきたのは、中小企業金融公庫などの公的金融機関であった。この公的金融機能を解体していったことも、中小企業の資金繰りを苦しくした一因である。東京都石原知事は都の出資で新生銀行を作り、中小企業融資に乗り出した。それが大量の焦げ付きを出しているのは、周知のとおりで、石原は都から追加支出する方針を表明している。こうして、グローバル化のなかで新自由主義に傾いていった日本経済は、大企業の企業業績が伸びているにもかかわらず、全体としては、悪循環に陥っているのである。

 BIS規制については、さらなる規制強化の議論が続いており、近く新BIS規制が合意される見通しである。だが、アメリカでサブプライム・ローン破綻から、金融機関が大量の不良債権を抱える事態になり、国際ルール形成に強く介入して利益を得てきたアメリカが、自分に不利になるような新BIS規制に賛成するかどうかわからなくなってきた。不良債権の大きさ次第では、アメリカの銀行が国際取引の資格を失って締め出されるという可能性もリアリティを増しているように思われる。

 アメリカでの株式の下落は続いているし、ドル安が進んでいる。日本企業の損益分岐点は1ドル=106円と言われており、3月3日の段階では、103円台に入っており、輸出関連企業の株が売られ、株価が大幅に下がっている。1980年代のプラザ合意後の円高不況にちかい情況になってきたのではないだろうか。この時は、その後、金融緩和によってバブルへと向かっていくのであるが、そのツケを払うのに失われた10年と言われた長期不況という後遺症に苦しめられることになった。しかし、今、金利は非常に低い水準にあり、金利政策でなんとかできるような余地はあまりない。財政政策の余地もあまりない。打てる手があまりないとすると市場の神にすがるほかはないということになるのかもしれない。市場の神は今は中国やインドなどに鎮座しているので、そちらを奉るほかないのではないだろうか。

 しかし、実際のところは、おどろくべきほど巨大な国家予算が、官僚とブルジョアジーと政治家とその他のろくでなしどもによって利権として吸い取られている。国庫に食らいついているこれらの吸血鬼どもを退治するだけでも巨大な金が浮いてくるはずである。そして、為替変動に備えて蓄えてある為替対策の特別会計金はこのところ為替対策が発動されていないために巨額にのぼっており、「埋蔵金」として取り上げられている。だが、このところの急激な円高の進行を緩和するためとして、近くドル買いの介入があるかもしれないので、「埋蔵金」ではなく生きた金だということになるかもしれない。

 日本は、アメリカやイギリスほど金融資本主義化していないため、サブプライム・ローン破綻の影響は限定的かもしれない。とはいえ、3日には、消費者金融大手の武富士がこの問題で約300億円の焦げ付きを出したことが明らかになったように、まだどれだけ影響があるかは確定していない。これには会計処理上の問題があって、決済期日がくる順番によって、影響の発覚が遅れたりするわけである。金融恐慌の特徴の一つは、恐慌の順番が次々と各国に回ってくることで、一巡するまでに時間がかかるということである。これから金融恐慌がアメリカから始まって地球を一周することになる可能性が高い。とはいえ、アメリカでは、アラブ諸国や中国などの政府系ファンドなどが投資しているので、金融機関の破綻は免れているので、まだ恐慌とまではいかない状態である。しかし、アメリカでは景気後退下での物価上昇というスタグフレーションに陥りつつあると言われていて、全般的な景気後退の中で金融機関が持ちこたえられるかどうか難しいところである。世界的に同時株安が続くようだと、アメリカの金融機関は海外投資によって儲けるのも難しくなる。それで、原油などの商品価格が上昇しているのに乗っかって、商品市場に資金が流れ込んでいることが、さらにこれらの商品の価格上昇を促すという悪循環に陥っているのである。

 そこでブッシュ政権は、大規模減税などの景気対策を打ってなんとかしようとしているのだが、同時に多額の国家予算をつぎ込んでいるイラク政策の行き詰まりを突破できず、泥沼に引き込まれたままである。民主党の大統領選挙の予備選では、イラクからの早期撤退を主張するオバマ候補が、クリントン候補を上回りそうな勢いを得ている。また共和党の大統領候補で有力なマケイン上院議員は穏健派でブッシュ政権のイラク政策には批判的である。民主党・共和党の有力候補は全てイラク政策の転換を主張しており、イラク政策の転換は、アメリカの総意となりつつある。民主党が今のところ優勢のようだが、民主党政権になった場合には、どちらの候補になっても、内政重視の政治になりそうである。とくに、この間、弱体化してきた中間層の再強化を進めるだろうことは想像に難くない。それには、この間、大きな勢力となってきたヒスパニック系住民や黒人層などの底上げが必要であり、そこから中間層を生み出して、中間層を厚くしていかねばならないことは明らかである。

 その場合に日本で起きているように、生活物資の価格上昇は、実質賃金の切り下げを意味するのであり、賃下げと同じことであるから、生活関連物価を低く抑えることと賃上げによって大衆的消費力を向上させることが必要である。前者のためには、商品市場での投機的な活動を規制しなければならないだろうし、小麦などの農業生産を拡大しなければならないだろうし、後者のためには、公的保険の充実などを通じて将来不安を取り除き、消費を増やすようにしなければならないだろう。サブプライム・ローン破綻者が家を差し押さえられているのは、金融会社の詐欺的なやり口の犠牲者の救済策が取られねばならないだろう。サブプライム・ローンに関わった金融機関の格付けは大きく引き下げられるだろう。相対的に格付けアップが期待される日本の金融機関にはチャンス到来だという話もあるが、よほど気をつけないと隠されている地雷を踏む恐れもある。おそらく、当分様子見をするだろう。また年金資金の運用先として、公共事業が使いづらくなってきていることもあってか、日本政府は、政府系ファンドを作って、海外投資に政府が直に乗り出すプランをぶちあげた。国会は相変わらずガソリン税をめぐって与野党対立が続いているが、国際環境の変動は大きく早いので、このようなことでは、立ち遅れるだろう。

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ハードボイルドとは

 ハードボイルド小説という分野が存在する。

 その始祖と言われているのが、ハメットである。

 ハメットは作家として成功するまで様々な職業を経験しており、探偵社に勤めていたこともある。その体験が小説に反映しているとも言われる。

 ハードボイルドの特徴はいろいろあるが、特に、文体はそれまでの小説にない独特のもので、ヘミングウェイの影響が強いという。

 ヘミングウェイの文体には、といっても、日本語の翻訳でしかわからないのであるが、内面ではなく外面を描くということに特徴があると言えよう。かれの代表作といわれる『陽はまた昇る』を読んだときは衝撃を受けた。彼が描いたような正義とか理想とか大義とかいうものではなく、まったく個人的な動機によって行動する人物像は、ニュージェネレーションと言われた。この小説では、第一次世界大戦中のイタリア戦線に従事していた男が、従軍看護婦として働いていた未亡人と恋に落ちるのだが、この男は、戦争中だというのに、戦争自体にはあまり深い関心がなく、ワインなどの物的なものに強く執着している。まるで戦争は、彼らの私的恋愛のための舞台ででもあるかのようだ。そしてついに二人はスイス国境の湖を密かにボートで渡り、スイスに逃げる。大義を信じていない点で、ポストモダンな感じではあるが、それにしても小物などに対する強いこだわり、私的ライフスタイルへの執着は、戦争自体を無意味なものと見なすような態度を生み出している。

 そこにはヘミングウェイが、スペインでのファシストとの内戦に国際義勇軍の一員として参加したような反戦の意思が込められているのかもしれない。戦争の大義に対して、私的な生活スタイルや私的な価値観を対置したのかもしれない。『老人と海』では、生活のためではなく、鯨との格闘それ自体に意味を見出しているような老漁師を描いている。そこには、『武器よさらば』における闘牛への強いこだわりと同じ価値観があるように見える。彼には、物の使用価値へのこだわりがあったということが言えるかもしれない。

 ハードボイルド小説でもそれは基本的に継承されているようだ。ハメットの小説でも、帽子から靴からタバコから車から、日常生活のディティールへのこだわりが描かれており、そこに個性というものを見出しているようだ。ハメットの小説に出てくる探偵は、探偵業に従事しているのであって、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズのように、正義感と知的好奇心から趣味的に探偵をしているわけではない。ハメットの探偵は、行きがかりで大きな事件に巻き込まれていくが、最後は犯人を捕まえて目出度し目出度しとはいかない。都市というのは、彼の小説の中では、闇の権力が支配する世界であり、そして階級闘争が存在する世界である。アメリカの探偵業は、労働運動や反体制派対策として、支配階級に雇われて仕事をする私的な警察・スパイ業として始まったものだ。探偵業は、都市を支配する政治家とブルジョアジーとギャングとぐるになって都市の市民や労働者から生き血を搾り取っている汚い奴らの仲間なのである。

 ハメットの探偵は、別に腕力が強いわけでも、ホームズ張りの優れた頭脳の持ち主でもない。その日暮らしで、下層に近い存在である。だが、私的な生活スタイルへのこだわりを強く持っている。しかし、事件は解決したようで解決していないのは、都市構造そのものはそのまま残されるからである。かつてのアメリカでは、労働組合運動に対して、探偵社はもちろん、ギャングが介入・潰しにかかるというのは普通にあった。合法的に銃が手に入るアメリカでは、ギャングはもちろん労働組合も武装していたのである。

 それに対して、ハメットの影響を強く受けながらも、メロドラマ的なハードボイルド小説を書いたのは、チャンドラーである。彼のハードボイルド小説では、探偵個人が魅力的人物として描かれ、強い個性を与えられているため、構造的な要素は背景として後退させられている。通俗的な意味で、強い男・タフな男として探偵が造形されていて、登場する女性と恋愛関係に陥るという設定が多い。この方が後のハードボイルド小説に大きな影響を与えたように見える。スタイルに対するこだわりはハメット同様だが、それがいかにも中産階級的な趣味になっていくのである。都市底辺を這いまわり、中産階級的には悪趣味だがこだわりを押し通すハメット的主人公に対して、チャンドラー以降のハードボイルドの主人公の趣味は高級な趣味人化する。構造的なものは単なる背景に押しやられる。探偵業のいかがわしさは消されていく。まるで探偵は正義の稼業であるかのように、そして警察の民間部門ででもあるかのように正義の味方化していく。ハメットの小説では、都市の警察も支配者の一部であり、裏でギャングとつるんでいる。

 日本のハードボイルド小説では、北方健三は、チャンドラー的方向を向いている。ハメット的なハードボイルド作家には今のところお目にかかったことはないが、西村寿行は少々近いものがあると言えようか。おそらく、時代物だが、藤沢周平にはハメット的なものがあるように思われる。彫師シリーズはそんな感じがする。

 小説は人間を描くといわれるが、その人間というのが心理や内面から描かれるものとされているから、相互関係としての社会的人間という意味の人間がリアルに感じられるものではない。そんな人間はいないだろうという人間しか小説には登場しない。他者とどう関係しているのか、物とどう関係しているのかが描かれないと人間のリアリティが出ないのではないだろうか? だからこそ安心して虚構の世界を楽しめるのだということかもしれない。ハメットの探偵が恋愛関係にもっとも近づく相手が、精神を病んだ大金持ちの市の有力者の娘であったことは、恋愛の不可能性という関係性を把握していたことの証に思えるが、そんなことを考えるのは余計なことだとチャンドラーなら言うかもしれない。

 ヘミングウェイは、晩年に、自らのこだわりのために、キューバに移り住み、こだわりの葉巻をくゆらせ、趣味の釣りに熱中し、そして、自殺する。小説は執筆していない。戦争の無意味さ卑小さを個人的趣味の対置によって浮き立たせたヘミングウェイは、未来を先取りしていたのだろうか? そして、ハメットによって描かれた都市は、メロドラマでの背景にすぎなくなってしまったが、それを描くハメットの後継者はもう出てこないのだろうか? 都市という人間の社会関係が作り上げた関係態の構造そのものが主人公の小説が読みたいものだ。

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歴史修正主義批判

 日本での歴史修正主義者たちによる朝鮮史の偽造の動きが活発化した。歴史修正主義者たちは、日本史から沖縄史まで歴史偽造の手を延ばした。それに台湾人から韓国人までが加わって、国際的な潮流として、歴史修正主義が存在することが明らかになった。

 その中で大きな潮流は、近代主義派である。日本では、新自由主義研究会などであり、例えば、日帝による韓国併合と植民地支配を朝鮮半島の近代化を高く評価するという点から、「反日」思想を批判するというものである。近代主義史観は、元駐日大使のライシャワーなど先例はいくらでもある。19世紀のイギリスでは、植民地領有を正当化するのに、近代文明の啓蒙ということが主張された。

 台湾人の黄文雄氏によると、日帝の朝鮮半島統治は、日本の資金で行われた近代的インフラ整備であって、独立後の朝鮮半島での工業化や近代産業発展のために役立ったという。

 しかし、日本政府の朝鮮の開発計画は、基本的に、農業・原料産地としての開発を軸にしていた。とりわけ、日露戦争でいったんロシアの進出を押し止めた日帝は、中国東北部での権益争いを本格化させ、その後方拠点として朝鮮半島を開発する方針であった。そこで、北部における水力発電所の建設も、窒素肥料の生産用の電力開発が主目的であった。工業化といっても、農業関連の産業とそれに関連する企業の発達を促すというものにすぎなかった。黄氏は、日帝が敗北して朝鮮半島の利権を放棄したことから、まるで棚ぼたのように日帝が残したインフラを使うことができるようになったと言うのだが、それはイギリスがインドに残した鉄道網のおかげで現在のインドの発展があると言うようなものだ。フランスはもっと安くこうしたインフラを建設したかも知れず、他の帝国主義支配よりもましだということを示すために、有利な条件を出すかもしれない。インド北部のダージリン紅茶の産地の高原鉄道は、現在は世界遺産になっているけれども、インド独立後ずっと紅茶の運搬や地元民の足として働いている蒸気機関車である。その恩恵は、紅茶好きのイギリス人に与えられている。紅茶は、他の商品同様、国際貿易ルールに乗っ取った取引によって、イギリスに供給されてきたのである。

 黄氏が言うように、李朝末期には朝鮮社会がひどい状態にあったことは確かである。土地は、不在地主の下に集中し有され、李朝の財政基盤たる公田も大地主によっで私有化されていった。それにともなって、農奴は小作人化していった。農業の生産力は低く、基本的に自給自足的な経済であり、特権商人を除いて、物々交換的な市があるという程度であった。そのような状態の李氏朝鮮に対して、明治維新を遂げたばかりの日本内には、征韓論が台頭するなど、中国に対する利害関心から、朝鮮半島に関心を持つ者がいたのである。明治政府は、それまで対馬藩を通して関係を持っていた朝鮮に対して、外務省が直接交渉にあたることにし、1870年に外務省から朝鮮を視察する者を派遣した。その報告では、大院君下の鎖国が厳重なことを知って、武力を背景にした大使の派遣を政府に建議した。いろいろと外務省を通じた日朝交渉が行われるが、1875年(明治8年)2月、森山茂らは、「軍艦ヲ発遣シ対州近海ヲ測量セシメ以テ朝鮮国ノ内訌二乗シ以テ我応接ノ声援ヲ為ンコトヲ請フノ議」とする意見書を出した。そして、5月25日、日本の軍艦雲揚が釜山に予告なしに入港した。まるで、ペリー来航のときのように、江華島事件後、日朝修好条規が結ばれ、朝鮮は開港することになるが、この条規の内容は、日英条約にそっくりだった。西欧列強にやられたことを朝鮮にそのままやるというのが、明治政府のやり方だったわけである。黄氏が台湾ナショナリストなのかどうかわからないが、日本の植民地統治のやり方は、台湾統治のやり方とだいたい同じだったということにはナショナル・アイデンティティは傷つかないらしい。氏には、台湾人と朝鮮人を一緒くたにするなというような反発がないのである。黄氏はおそらく台湾ナショナリストではなく、近代主義者である。近代化を基本的に善とする価値観から歴史を見ているのである。その影でどんな大衆の犠牲が出たかなどということはその目に映らないのである。光ばかりで影を見ないのでは、歴史も平板なものになってしまう。だから、飽きられて、読まれなくなるのだ。

 さて小林よしのりをはじめとして、日韓併合は韓国側から求めたもので、とりわけ、一進会という民間組織が広く韓国民衆の支持を背景にしたものだとする主張は、もちろんでたらめである。そのことはすでに1965年の『日韓併合小史』(山辺健太郎 岩波新書)には、「「日韓併合」の提唱が朝鮮の朝野をうごかしたように書いたものもすくなくない」と指摘されていて、昔から同じことを言うものがいたことを明らかにしている。山辺氏は、「しかし、これは誤りで、一進会とは、実体のない幽霊団体であることと、その「日韓合邦」の提唱が、全く一進会幹部の私欲からでたものであることを」明らかにしている。

 「一進会にたいする反対運動は日本側の文書にすら、「一進会ノ提唱スル日韓合邦問題ニ対スル反対ノ声頗ル盛ニシテ同会ハ殆ト孤立ノ状態ニ在リ」というありさまで、この「孤立状態」をうちやぶるため、一進会はいろんな会をでっちあげた。ところが、これも、総督府の文書に「蓋シ是等ノ各会ハ一進会ノ内嗾ニ因リ多少ノ黄白ヲ得テ合邦賛成ヲ標榜スルモノニシテ吏心ヨリ其ノ主義ヲ持スルモノニアラサル故ニ終ニ有名無実ニ了レリ」(『朝鮮ノ保護及併合』)というとおりであった」(231~2頁)。また、在留日本人記者団は、「今や韓国の政党一進会突如として日韓合邦論を提唱したるに、輿論の痛烈なる反対を受け所期の目的を達する能はず、唯徒らに韓人朋党軋轢の具に供せられ、一敗地に塗るるの悲境に沈淪したるは同会の為に是を遺憾とするのみならず、日韓関係の促進上甚大なる障害を残したるを痛嘆せずんばあらず」(同)という部分を含む決議をあげている。

 日露戦争に勝利した日本政府は、韓国併合策を練り始め、1909年7月6日の閣議決定で併合方針を決定した。その後、陸軍大臣寺内正毅が朝鮮総監に就くと、警察権を日本側が掌握し、もって行政権をも握った。さらに警察と憲兵隊を統合し、警務隊を創設した。併合に対する反対運動の鎮圧を予想して、このような治安部隊の強化を先に進めたことは言うまでもない。

 黄氏は、日本の農業政策によって、小作農が減って自作農が増えたと書いているが、これは、1933年以降の統計で一部自作をする地主を自作に入れているためである。『日本統治下の朝鮮』(岩波新書)で山辺健太郎氏は、貧窮農民対策としての「更生運動」について京畿道の農政課長をしていた久間健一の言葉をあげている。

 「これらの更生計画の実績に就いては、相当満足すべき且つこの計画の可能性を示すに足る報告がなされているが、吾々は斯かる粉彩の多い官僚的報告に捉わるることなく実態の究明に努めねばならない。果してこの経済更生政策は、それ自らの矛盾なくして、遂行し得られるであろうか、理想の前に先ず現実を見なければならない。
 人々は更生部落に於ける、所謂、更生計画書の実際を先ず考えて見られるがよい。それはまさに、一つの経営改善計画であり合理的である。耕種組織に於て、養畜組織に於て、或は副業組織に於て整然と組織的に樹立せられた更生計画は、判然と吾々に更生の可能性を示している。然しこの可能性には、これを強く抑止している一定の制限のあることを知らねばならない。それは、知識、技術、資力の低度にもよるが、就中基本的な制限は農民の経営規模の零細性である。
 吾々は以上、農民の経済更生が経営の零細性に基く矛盾を強調したが、更に一つの重要な経営合理化の障害として、小作制度を考えねばならない。何故ならば、農民の約七五%は小作地であり、農民の経済更生は、一面に於て、小作問題そのものであるといっても敢えて過言ではないからである」(久間健一『朝鮮農政の課題』)」(同167~8頁)。

 もう一つ、新自由主義研究会などが盛んに流した慰安婦は高級を取る高級売春婦であったとする主張の根拠として挙げられている内地の軍人給与額と外地における慰安婦の所得の比較がインフレを無視したもので誤りであることは、同書の指摘で明らかである。「南総督以来の鮮満一如も、このころは朝鮮にとってはもう重荷になってきた。それはどういうことかというと、当時の「満州」はひどいインフレーションで、朝鮮のインフレよりはひどかったので、物価も朝鮮よりはニ、三割は高かった。ところが、鮮満一如というので「満州」の一円は朝鮮でも一円というのだから、満州中央銀行で朝鮮の物資を買っていく、これが朝鮮インフレーションの一つの原因になったのである」(同206頁)という状態だった。インフレを計算に入れないと、比較できないのである。それを単純に比べて、慰安婦は高給取りだったなどというのだからお粗末である。学者たるもの、とくに高齢の方々は、名を惜しみ、晩節を汚さないように気をつけてもらいたいものだ。

 また、新自由主義研究会や桜井よし子氏や小林よしのりなどが、曽野綾子氏が昔書いた『ある神話の風景』というルポルタージュに基づいて、沖縄戦での日本軍による集団自決の強制はなかったとして、大江健三郎氏が『沖縄ノート』で虚偽の記述を書いているとして批判している件では、なんと保守派の山崎行太郎氏が、全てが曽野氏の誤読から始まったことを証明するという意外な展開になっている。他にも保守派同士では、小林よしのりによる西部邁批判があり、小林は、西部の保守派の定義が保守派なら自分は保守派は止めるとまで言っている。これは東京裁判において日本無罪論を主張したパール判事を西部が世界連邦主義者で容共的な左翼だと批判したことに小林が、パール判事を擁護するというものだった。どうしたわけか上智の渡部まで、パール判事は国際法に忠実だったので支持するので、親日的だから支持するわけではないなどと言い出す始末である。どうなっているのだろう? 保守派内でも、大原康雄氏のように、当分、保守派は守勢に立たざるを得ないと諦めて覚悟を決めている者もいる。東京都の石原知事は、西部なら左翼だと言うであろう改革派猪瀬直樹を副知事にするなど、まるで保守色を自ら打ち消すかのような行動を取っている。財政的に多少の余裕があるせいか、都庁官僚の天下りや無駄や官民癒着などについての闇をうまく暴かれないように注意しているようだ。保守派であることは段々きつくなってきているのではないだろうか? ネット右翼とやらの勢いも落ちてきているようで、宝島の特集記事によると、櫻井よし子氏の追っかけ的な感じになってきているという。だからといって、多くは大きく左傾化しているというわけでもなく、左傾しつつも中間的状態の中で右往左往しているという感じがする。

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田原氏の資本主義教

 先日の「朝まで生テレビ」は、日本経済がテーマであった。

 司会の田原氏は、相変わらず、小泉構造改革の支持者であることを表明していたが、他のパネラーには政治態度の変化が起きていた。

 常連の一人であるコンサルタント経営の堀功一氏は、社民であることを表明したのである。それに対して、辻本清美社民党議員は、市場経済を肯定しながら、結果の悪を是正するという立場であることを表明した。構造改革路線を批判しつづけてきた森永氏は、社民であることをはっきりと主張した。小泉構造改革を支えてきた本間阪大教授は、構造改革の負の結果を認識し、その是正が必要との立場を表明するようになった。

 とくに堀氏の議論は、この間の日本の経営者のぶれを表現しているように見えた。氏は、国際競争力の強化が必要であり、比較優位の分野を重点的に育て、それがない遅れた分野の構造改革を進めて国際競争力を引き上げなければならないと述べた。その方法は、規制緩和による市場の自由化とりわけ新規参入の促進である。それがグローバル化の時代を乗り切る方法だというのである。他方で、配分において平等主義的な政策も必要だとして、その点で自分は社民だと述べたのである。

 さて、日本の経営者層の先行き不安には、日本の財政破綻ということもあるが、そればかりではなく、アメリカの景気後退が確実になったということがある。北米市場向けに輸出や現地生産で利益をあげてきた分野に大きな打撃となるという不安があるわけである。しかし、ユーロや円に対してドル安が続いていることは、相対的にEUの国際購買力が上昇していることを示している。EU市場は、製品の安全性などについての基準が高く設定されていて、それがアフリカ産の農産物の輸入制限になっているなどの問題を引き起こしているのだが、そうした点での優位性を持つ日本企業の商品がEU市場で多く輸入されるようになるかもしれない。もちろん、EUは、日本製自動車の輸入規制になるような基準を作ったりして域内産業の保護をはかっているのであり、すんなりとそうなるとはいえないのだが。

 アメリカから参加した人は、日本政府当局によって引き起こされたデフレが問題であり、政府はデフレが解消するまでは低金利と財政出動を拡大するべきだと述べた。ある参加者は、ハゲタカ・ファンドなどの短期利益を目当てに企業買収・売却を繰り返す投資家などを合法的であるから悪くはないが、尊敬されないと言った。法律に反する行為だけが悪だとしたら、道徳など成立しない。道徳なき法律などは、魂なき抜け殻にすぎない。田原氏は、ホリエモンは悪ではなく、単に安く買って高く売っただけだと言った。もしホリエモンが悪なら、資本主義そのものが悪だということになるからである。

 田原氏は、ホリエモンの逮捕は検察と警察のでっち上げだとまで言った。恐るべきことを口にしたものである。かれの容疑はインサイダー取引であり、それが許されるならば、市場のルールなど成立しない。道徳もなにもあったものではない。それは社会崩壊であり、人間崩壊である。田原氏は完全に資本主義教の信者となっている。そしてそれは氏が自由業であるという氏の職業形態の特徴から導き出されている。自己の職業の特徴を相対化できないで、逆にそれを普遍的なものとして、他にまで押し広げようというのである。これはたまったものではない。だから、パネラーの多くは、それは田原氏だけに当てはまることで普遍性はないと批判したのである。

 格差も取り上げられたが、それに対してまともな議論はなかった。市場経済は格差を生むことを必然のことと全員が一致していたように見受けられる。ただ森永氏だけが、一億総中流といわれたころに戻すべきだと気を吐いていただけである。アングロ・サクソン的な金融資本主義は、差別的抑圧的戦争的性格を持っているのであり、そのことは、イラク侵略戦争でも、サブプライム・ローン問題でもはっきりと現われた。田原氏のように、宗教的信条からそれをたんなるエピソード的なものとして軽視するというようなことは許されないだろう。それは、金融資本主義に対する態度ということを含んでいるからである。

 森永氏は金融資本主義に対して産業資本主義の立場を対置しているのであり、それに対して竹中・小泉改革路線は金融資本主義の立場に立っているのである。後者の立場に立ちながら、サブプライム・ローン問題を他人事として語ることは無責任である。竹中は、この問題をたいしたものではないと軽視することで責任をかわそうとしているのだが、現実は竹中の断言を裏切って、アメリカが長い景気後退の途上にあることを示している。

 世界市場において、新しい比較優位産業を確立するために、環境技術の向上やベンチャーの育成やサービス産業や農業の生産性を引き上げることなどはすでに政府や財界や近代経済学者などからうんざりするほど聞かされている。そして、政治にそれを求めている。だが、政治は官僚によって操られており、その官僚を供給しているのは、経営層や官僚やエリートであり、つまりは同じ穴のムジナである。東大の学生の親は、多くがこれらの支配エリート層であり、そうしてこの層は層として再生産されている。田原氏のようにこの中から官僚だけを悪としてたたいたところでこの構造はびくともしないのである。

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藤沢周平作品によせて

 藤沢周平の作品というと、『たそがれ清兵衛』や『武士の一分』とかの北国の小藩の下級武士の世界を描いたものが有名だが、それとは違う世界の新井白石を描いた作品『市塵』も読んだ。それから、江戸の小伝馬町牢屋の医者の捕り物を描いた作品も読んだ。

 それから、いくつかの作品をドラマで観たが、共通していることの一つに、キリスト教倫理がまったくないということがある。それは一つには、西欧のように、罪の責任主体を個人に帰すということがないということである。例えば、『武士の一分』は、主人公の盲目になった下級武士が、絶望した彼を救うために、妻を騙して手篭めにした上司を敵として討つ話だが、討ち取った後、彼は下男に向かって、結局、妻は自分が自暴自棄になったのをなんとかしようとしてその男の罠にはまってしまっただけで、自分が浮気を疑って下男に妻の跡をつけさせなかったらその上司も死なずにすんだのにと語る。身から出た錆だったのではないかと思い至るのである。ただすぐに「そんな馬鹿な」と独り言を言うのだが。こういう西欧的な貞操という観念もないというのが、キリスト教倫理と違うところだ。
 
 西欧的な恋愛というのは、中世の騎士と夫のある妻との不倫関係から始まっているのであり、それが一夫一婦制というキリスト教の教義に反していたがゆえに、非難されたわけだが、実際問題としては、半ば公認の制度になるのである。貴族の結婚はほぼ全て政略結婚であるから、夫はもちろん妻も愛人を持つことは当然と思われていたのである。貴族の崩壊に伴って、貴族的な恋愛は、市民の間にも広まって、今度はそれが婚姻制度と結びつけられたのである。

 その過渡期の混乱と悲劇を描いたのが、『テス』という小説である。主人公テスは、スコットランド地方の没落貴族の末裔で貧乏な農民の家に生まれ、村の娘として育った。家の系図が新興階級の箔付け用に売れると思ったテスの父親は、娘を成り上がりの大地主の遠い親戚の家に女中として送り込む。そこで、その家の主との関係を迫られたテスはそれを受け入れる。しかし、村の祭りの時に知りあった新興都市ブルジョア階級の男と再会したテスは、彼と結婚の約束をする。この時、この男の持っていたプロテスタント的な倫理をも受け入れるのである。テスは全てを語り、遠縁の男との愛のない男女関係についても告白した。すると男は、それを受け入れられずテスの前から姿を消す。困窮したテスは、家族を食わせるために遠縁の男の下に身を寄せる。しかし、愛する男が戻ってきて自分の下を訪れた後、夫を殺して、男の跡を追って汽車に乗る。それから二人の逃避行が始まるのだが、ついに、ストーンヘンジで野宿しているところを警察に捕まり、テスは死刑となる。映画ではテスをナスターシャ・キンスキーが演じていた。ナスターシャ・キンスキーと言えば、ヴェム・ヴィンダース監督の『パリ・テキサス』の不思議な役の演技を思い出してしまうのだが、『テス』では、農家の田舎娘の役をうまく演じていた。農業労働者を大量に使う新興大地主の男との男女関係は、田舎では別に倫理的な問題ではなかったろう。しかし、織物産業を経営する新興ブルジョア階級の倫理には反するものだった。テスは、この男の工場で住み込みで女工として働くのである。テスは、地主の男に騙されただけだということを受け入れるまでに時間がかかったわけだが、新興ブルジョア紳士は、プロレタリア的倫理を受け入れた証としてテスが殺人を犯すまでかかったことで物語は悲劇的結末に終わるのである。イギリスのプロテスタント・ピューリタンが厳格な倫理性を持っていたことは、クロムウェルの改革に現われているが、恋愛と結婚と貞操とを結び付けていたことがこの小説に描かれている。しかしそれが欺瞞であることもこの小説には示唆されている。ブルジョアジーは、自己の工場の女性労働者を愛人にするということだ。テスは、彼の野心的な新工場の女工だった。かつては日本の中小企業の社長連中は、愛人を会社で雇っていたり、女工や女店員を愛人や妾にしていたのである。ただそれは、貧しさから救って面倒を見るということで正当化していたのである。わが故郷からも、ある東京の比較的大きな会社で働いているとき、社長の愛人となり、後に正妻が早死にしたために、社長夫人になった人がいるという話を聞いたことがある。いずれにしても、倫理問題には、こういう表裏がついてまわるもので、キリスト教倫理というとなにか素晴らしいもののようにイメージしていると現実とのギャップにショックを受けるだけである。

 その点『パリ・テキサス』は、離婚して、風俗店で働く母親の下に、息子を返しにいく元夫の話で、小津安二郎の影響か、全てが淡々と進んでいくもので、倫理はあるものの、それは、悲劇を生み出すような劇的なものとしては描かれていない。ただこの元夫は、妻が子供を置いて家を飛び出した元妻の気持ちが理解できるようになったので、仕方なく置いていった子供を返しに行って、妹夫婦に預けっぱなしだった息子への借りを返し、そして元妻へも借りを返すというだけである。この映画のテーマは一言で言えば、コミュニケーションである。それは、ハーバーマスが言うような平等なコミュニケーションといったような平板なものではなく、まどろっこしく、ゆがんでいたり、ごつごつしていたり、回り道をしたり、間接的であったり、強引であったり、等々である。それをよく表していたのが、風俗店で働く妻との再会のシーンで、元夫は、こちらからは姿が見えるが向こうからはこちらが見えない鏡に向かって、電話を通して会話するところである。元夫は彼女とはついに電話以外で直接話すことがない。久しぶりに再会した息子との関係は最初はぎこちなかったが、元妻に会いに行くため、車でドライブの旅を続けるうちに、コミュニケーションが成立するようになる。父親と息子の親子関係はできてきたが、それでも男は息子を母親に引き渡す。母親は息子を引き取るために、稼ぎのいい風俗店にまで勤めてまでがんばっていたが、男には息子を育てる力がなかったからである。崩壊した男女のコミュニケーションは簡単に直らないが、親子のコミュニケーションはなんとか再建することができるということだろうか。

 彼の息子を預かって育ててきた妹夫婦は実の子供としてかわいがってきた。だが、男は、息子は実の母親のところに返すべきだとして、妹夫婦からかなり強引に息子を引き取って連れて行く。こういうところが倫理的なのだが、それは犠牲を伴っている。無償ではないのである。誰かが傷つき我慢を強いられる。それでもそうしなければならないというのが、男の倫理なのである。自分が不幸にした人々に自分で借りを返さなければならないというのである。

 新井白石を描いた小説では、儒教学者ではあるが、現実的な儒教を目指す新井白石は、直系の血筋が絶えて、次期将軍の座が転がり込んできた甲府徳川家の家臣であったが、そこに、これを出世の機会として接近してきた男と幕政を動かしていくという話である。話は、大奥改革から、貨幣改革から、朝鮮使節団の問題から、対馬藩の特殊性からいろいろあるのだが、結構面白い。宣教師と将軍の謁見の様子なども描かれている。俗にして聖、聖にして俗というような世界なのだが、それを淡々と描いている。

 小伝馬町牢屋の医師を描いた作品では、描かれる女性たちは自分の欲望に正直に生きている。それは他の作品例えば『蝉しぐれ』でもそうだ。主人公の幼馴染の娘は、江戸屋敷に奉公している時、藩主の側室となり後継ぎを生むが、ずっと主人公のことが好きである。そして、藩主亡き後、跡目争いの中で主人公と再会し過去を回想するが、その後一度だけ結ばれて、それから尼寺に入る。そうやって藤沢作品に登場する女性たちは自分の思いを遂げていくのである。先の作品の中でも、ある大店の女主人(夫が病気のため店を切り盛りしている)は年も若く、店の若い店員たちと浮気している。どうしても必要な百両の金を得るため、金貸しの男と一夜を過ごすところを浮気相手の店の若い男に見つかって、金貸しは殺され、この男は捕まって島送りとなる。その後、医師はこの女主人が別の若い店員と逢瀬を通じている現場を目撃する。百両は借用証文もないため、そのまま彼女のものとなる。しかしそれを藤沢は断罪するわけでも非難するでもない。『たそがれ清兵衛』の後家は、結局、清兵衛の元に残るし、『武士の一分』の妻もいったん家を追い出されるが、女中として帰り、最後は妻に戻る。

 藤沢は儒学者でもあったというが、儒学の性格も時代的社会的な影響で変化する。儒学の一派である陽明学者からは、大塩平八郎の乱の大塩平八郎が出たし、倒幕派の中にも儒学者がいる。その点で言えば、儒学を全般的に衒学として描いている台湾人の黄文雄の朝鮮儒学観は浅薄である。彼が言う日韓併合は朝鮮側からの要望であったというのはもちろん誤りで、軍事的圧力をかけ陰謀をめぐらしての上での日本側からの強制的な併合であった。そのことは日本側で日韓合邦運動を展開した右翼からの日韓併合への抗議があったことからもうかがえる。ただしその抗議は弱弱しいものに過ぎなかった。左翼側は、1920年代まで、朝鮮半島の問題に本格的に取り組むことはなかったという。

 藤沢作品における下級武士の世界は、農民の世界と交錯している。清兵衛は、庭のわずかばかりの畑を耕している。土佐や薩摩の郷士という下級武士は普段は農業をしている。もともと、武士は農民から生まれたのであり、それは織田信長が兵農分離を行って以降、専業武士とも言うべきものが生まれたのである。それをはっきりさせたのが豊臣秀吉の太閤検地であり、その時、農民に返された武士もいる。かくして身分制が整えられていったのであり、徳川幕藩体制下でそれは完成されるのである。それでも、藩においてはそれぞれの事情に応じて半農半武士の郷士などの中間的な身分が残ったところもあるわけだ。それが倒幕運動において大きな役割を果たすようになるのだから、歴史は面白い。薩摩の西郷隆盛・大久保利通、土佐の坂本竜馬・中岡慎太郎など郷士など下層武士は明治維新に大きな役割を果たしたのである。

 藤沢の多くの作品の舞台となっている架空の海坂藩は、藤沢の故郷である米沢藩とされている。米沢藩は、関東管領上杉謙信の血を引く上杉家が、豊臣幕府の重鎮であった上杉景勝の時に会津から徳川時代に移封されて立藩された30万石の外様大名である。明治維新の際に官軍に逆らって幕府側に組した奥羽列藩同盟に参加して、官軍に攻められた側であり、清兵衛もこの戦いに参加して戦死したという後日談が語られる。妻は先妻の子供を連れて東京に出て働いて子供を立派に育て上げたという。その娘の回顧という形で物語られるのが、『たそがれ清兵衛』である。

 藤沢作品の多くで、下級武士が清貧のうちに倫理を失わずに暮らしているのに対して、上層の間では絶えず、立身出生や欲に目がくらんだ連中が派閥抗争を行っている。清兵衛もそれに巻き込まれて望まぬ立会いを命じられる。相手は、他所からようやくある重役に取り入ることで仕官を果たした浪人上がりの武士で、この重役の死で後ろ盾を失ったために、藩に居場所を失って、幕末で世情が混乱するのに乗じて脱藩を企てて失敗して空家に篭城して藩の追っ手を次々と返り討ちにしている剣の使い手である。篭城の理由を知った清兵衛は、彼の求めに応じて彼を逃れさせようとするが、なぜかこの男は清兵衛に襲い掛かってきたので、切り殺す。家を出るときに実家に帰るように言った彼女は、家で清兵衛を待っていた。清兵衛がこの任務を引き受けた理由は、ただ武士としての勤めだからというもので、それは、徳川幕藩体制の確立で、武士が官僚化していたことを示している。清兵衛の普段の仕事も藩に収められる物品の管理・記帳などの事務仕事である。清兵衛はそれでもそんな官僚仕事を律儀にまじめにこなしていた。剣も小柄使いの達人・免許皆伝であって、長刀ではなく、脇差(小刀)の使い手である。立会いではそれが幸いした。狭い室内では、長刀は鴨居などに邪魔されて使いにくく、小刀の方が使いやすかったのである。

 清兵衛の友人で江戸詰を勤めるような同僚たちは、ペリー来航などで騒然としてきた幕府情勢などについても知識を得たりして、時代のことなどを考えているが、清兵衛はそんなことには少しも関心がないまま日々を送っている。清兵衛が見ているのは、飢饉などで次々と餓死・衰弱死して川に流されていく農民たちの姿である。そっちの方が身近なのである。

 藤沢作品には、司馬遼太郎の歴史小説のように、忍者のような超人的な存在は登場しない。登場人物を過剰に同情的に描いたり、ヒーロー化して描いたりもしない。特に歴史観というようなものを語ることもない。正義感というものも特になく、ただ行きがかり上、事件に巻き込まれていくという形で物語が進む。医師の物語では、小伝馬町の牢屋にいる囚人の患者から誰かを探してくれと頼まれて、人探しをするうちに事件に巻き込まれていったりする。医師は特に人情家というわけでもないし、ヒーローというのでもない。『武士の一分』もそうだ。しかし、正義感がないわけではない。いや、藤沢作品の主人公たちは、まっすぐすぎるぐらいまっすぐである。『蝉しぐれ』の主人公は、側室の子を殺そうとする家老を切る。しかし本人は妻を裏切る。主人公たちは過ちを犯す。そうしてヒーロー化しないようにしてある。かの医師の物語では、この医師は、最後まで小伝馬町牢屋の囚人たちの世界に身をおくのではなく、蘭方医学を学ぶために、大阪に行く。そして身分相応の医師の娘を連れて行くことにするのである。がっかりと言えばがっかりの結末なのだが、そこであくまでも長屋住まいしようとするだろう赤ひげ先生的なヒーロー化をしないというのが、藤沢作品の特徴なのである。それが人間的だというふうにも描かない。ただそうだと描くのである。矛盾していれば矛盾をそのまま描く。そういう感じである。

 藤沢作品が現代にどうしてこれほど読まれるのは、そこに描かれている下層の姿が共感されているのかもしれない。下級武士が下級公務員や民間会社の中小労働者などの姿と二重化されているのかもしれない。上層が腐っているというのも今と似ていると感じられているのかもしれない。水戸黄門のような爽快感はないが、より身近に感じる倫理観がある。『たそがれ清兵衛』には、貧しさの中で感じる怒りやあせりやいらだちや諦念などが描かれていて、それもリアルに感じられているのかもしれない。

 

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