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小林よしのり沖縄論批判

 山崎行太郎氏のブログで、氏が小林よしのりの沖縄戦での集団自決論を批判している。

 小林がでたらめを並べていることは一目瞭然である。

 大体、共同体論がでたらめだし、心理論もでたらめである。共同体は家族愛を基礎にしているというのがまずでたらめである。共同体において、制度としての家族と家族愛は別物である。それは、レヴィ・ストロースの『悲しき熱帯』で報告されている熱帯アメリカのある共同体の様子からも明らかである。この母系制から父系制への過渡にあったこの共同体では、子供の制度上の親は、母方の伯父であり、血縁の父親は子供の友達にすぎないのである。しかし、この父親は、血縁の子供に愛情を注いでいる。伯父は、家族制度上は父親だが、子供に対する愛情は薄い。日本の古代家族が、中に奴隷などの非血縁者を含んでいた一つの制度であったことは歴史学が明らかにしている。武士の家も、非血縁者を含んでおり、養子は普通にあることである。徳川将軍家でも、家康の直系子孫は絶えて、遠縁から将軍を迎えている。将軍家の相続者の範囲は、御三家と御三卿の六家まで拡大された。家は、中国でもそうだが、制度であって、愛情関係とは無関係である。儒教は、この家制度の秩序維持のための原理原則を立てたものであって、家族愛などというものとはまったく関係ないのである。

 小林は、家制度の下にある家族間に愛情関係があるなどと断言したのだろうか? 日本でも、ついこの前まで、親の言いなりで見合い結婚して家族を作るなどということはめずらしいことではなかった。多くの場合、女性に求められたのは、愛情ではなく、嫁としての勤めを果たすことである。多くの女性にとって、結婚は、生活のためであって、経済的な理由が中心だった。共同体が、そういうことに配慮したことは、共同体生活の維持のためである。もちろん、共同生活の中で、夫婦の間に情愛が育つということもあろうし、子供への愛情が生まれることは多いだろう。

 しかし、小林は、沖縄の人々の主体性は強く、家族愛は健全だったという。それなら、軍人がなんと言おうとそれに逆らったはずで、そうしなかったということは、地域共同体の同調圧力の方がそれを上回ったからだということになる。米軍の艦砲射撃の圧力がそういう方向に追い詰めたというのである。そのような集団心理をつくったのは、「通州事件」を大報道して、敵は家族まで虐殺するものだということを広めたマスコミだという。もっともらしい話だが、すべて小林のイメージである。そうであってくれたら、という願望である。つまり、戦争での悲惨な結果を、大部分がマスコミや共同体の同調圧力のせいにしたいわけだ。そこで、そうした集団心理を空気と呼び、空気がなせるわざだというのである。空気というのは、比喩であり、象徴であるから、それが代表するものがあるわけだ。いわば、それは流行のようなものであり、それに染まったからといって、誰に責任があるというわけではないというわけである。しかし、治安維持法があり、憲兵が監視し、新聞は検閲を受けて、反軍的言動を行うマスコミは発禁になり、宗教教義まで書き換えさせられるような状態でつくられた空気は、今のように、流行に染まらないも自由がある状態での空気とはまったく違う。なるほど、それでも、その空気に染まらないことを選んだ者もいたが、弾圧された。右翼でさえ、検挙・弾圧された。

 戦後民主主義の価値観の中で、家族愛ゆえに軍命を拒否するということは簡単に当然であると考え得るようになったのである。小林が、戦後民主主義的価値観を持っていることがこの辺に現われている。小林が想像する時に現代的な価値観を基礎に過去を測っていることがわかる。それなら、小林は、戦後民主主義派であって、それなら西部と合わないのも納得できるわけだが、それにしても、過去の沖縄の人々が戦後民主主義的な個人主義や単婚家族としての家族愛を強く持っていた(それが彼の言う主体性というものらしい)のに、共同体の同調圧力がそれを押しつぶしてしまったというのは、結局、戦後民主主義礼賛の言葉ではないだろうか。

 つまりは、彼の考えは、日本は明治維新以来、近代化を進めてきたのであり、その延長上には、立派な近代日本ができるはずだったのに、それを欧米列強は妨害し、罠にはめて潰してしまったということである。それで、主体的な近代日本建設は挫折せしめられ、GHQ占領下で、近代的主体としての自立の道は絶たれ、アメリカへの従属的な現状が生み出されてしまった。天皇制は、欧米的な立憲君主制だったし、家族制度は、夫婦と子供からなる核家族化していったし、個人主義も育っていた。欧米列強がそうしたように、遅れた封建的な諸国に対しては、近代化を助け、場合によっては植民地として統治を引き受けてまで、近代化に力を尽くし、近代文明の恩恵を世界に押し広げようとした。

 それに対して、既得権を脅かされた欧米列強は、日本を戦争に引きずり込む策略を練り、ついには、東京大空襲や広島長崎への原爆投下など非人道的な大量虐殺までして、日本潰しを行った。ところが、アジアで最も早く近代化を成し遂げ、独立を守った日本は、欧米列強に植民地化されたアジア諸民族の解放の旗手として期待され尊敬されていた。だからこそ、欧米列強は、日本が目障りになったので、徹底的に潰す戦争に引きずり込んだというのだろう。それで、さらに東京裁判なる勝者による裁きと押し付け憲法などで、日本の主体性を奪い、プライドをもてないようにした。それに協力しているのが、左翼であり、自虐史観だということだろう。その遂行者が講座派であり、日本共産党だというわけだ。

 実際のところ、講座派は、愛国主義的だし、日本共産党も愛国の党と名乗っているぐらいで、愛国主義的である。ただ、戦前について、半封建的な性格があったとする史観を取っていて、そうすると戦後のGHQの民主化は、基本的に進歩的ということになる。ただ、後のGHQの方針転換以降は、アメリカ帝国主義に従属する日本独占資本という対米従属論を主張するようになるのである。

 小林は、一方では沖縄の人々は主体的だったと言い、しかし他方では、その主体性は、共同体の同調圧力に屈するものだったという。ここで、小林は、沖縄の地域共同体の主体性のことを言っているのか、家族愛の主体について語っているのか、さっぱりわからない。

 小林が軍命令なく、沖縄の人々は主体的に集団自決したというのは、山崎氏が言うとおり、軍命令書という軍の公式文書がないという一点に根拠を置いるのである。そして、住民が軍命令を聞いたとする証言はすべて嘘であると想像力で決め付けているのである。言うまでもなく、軍命令がすべて文書化されているとかそれがすべて無事に残されているなどということはありえない。文書化されない行政命令はいくらでもあるし、ましてや敗軍が無事に記録を後に残せる確率は低い。口頭命令も軍命である。だから、軍命を聞いたと言う沖縄の人々の証言はすべて嘘だということにしないと小林の想像と合わなくなるわけである。

 小林が、藤岡信勝・秦邦彦一派と違うのは、かれらは、宮里秀幸氏という証言者を担ぎ出して、彼の口での証言を採用しているということである。そのおかげで、藤岡一派はリスクを背負うことになった。口頭証言も証拠だと認めたからである。小林が言うのは、あくまでも想像であって、しかも、軍命令書がないという一点にしがみついて、安全な立場に身をおいている。山崎氏が言うように、小林は、そんなものが出てくるはずがないとかたをくくっているのであり、しかも、万が一にもそれが出てきたら、軍命説を認めると保険までかけているのである。ずるいといえばずるいので、倫理感の高い山崎氏からすれば、反倫理的なやり方で怒るのももっともな話である。

 もっとも、小林は、「伊江島の取材中、わしは老婦人から「防衛隊の人たちは頼まれたら何人でも子供を殺していた」という話を聞いた。防衛隊が悪いのではなく、よっぽど切羽詰った状況だったのだろう」と述べ、口頭証言を採用している。ただ、彼の想像に合わない証言は、嘘で、許容範囲の証言なら真実ということにしているだけである。

 全ては、小林の想像力の産物でしたということで、小林の自己意識の暴走であったわけである。小林のイメージの世界を楽しんだだけの読者なら、それでお終いだし、小林のつくりだしたイメージよりも、もっと興味深いイメージの世界があれば、読者の多くはそちらに楽しみを見出すだろう。「新しい歴史教科書をつくる会」の立ち上げに参加した小林も、教科書の記述などどうでもいいなどとのたまうようになるとは、最後の悪あがきが始まったかという感じである。

 小林は、予言をはずしまくし、自分には適用されない恣意的な道徳の説教もついに飽きられ、頼みの番組視聴率も低下してきて、けつをまくって、テレビから消えていった細木数子の後を追うことになるのだろう。まして、小林は、自らの漫画で、意見の違う者を醜悪に描き、人格を傷つけながら、今度は目取氏の批判に対して人格を中傷されたなどとぬかすまでに、客観的な自己認識を欠き、自分で自分の墓穴を掘っていることに気づきもしないのだから、彼の転落は早いものとなるだろう。細木はまだ自分が視聴率を稼ぐことでテレビとの利用関係にあることを自覚していて、だから、視聴率が大きく下がる前に、おさらばしたのであり、傷を深める前に、うまく撤退したといえるわけだが、小林は、すでに読者をかなり失っているにも関わらず、なお自分のでたらめが主流の歴史認識となるかのごとき、幻想を抱いたまま、ほえつづけているのである。

 彼の言う主体性は、個人の自己愛と核家族からなる小世界の家族愛の主体であり、それに対立するのは、マスコミが作り上げる空気と共同体の同調圧力である。沖縄の人々は、家族愛を持つ主体として健全だったが、共同体は、同調圧力をかけて、集団自決に追い込んだ。沖縄軍は、沖縄の人々を集団自決に追い込むほどの統制力は持たなかったのであり、したがって、沖縄の人々は、主体的に集団自決を選び取ったのだというわけである。責任は、沖縄で理不尽な集団自決に追い込んだ共同体ということになる。つまりは、過去の遺物だということだ。それに対して、国家あるいは軍隊は、過去の共同体的なものはなく、近代的な主体化されていて、それをおかしな方向に引っ張ったのは、空気をつくりだしたマスコミだというのである。想像してみると、そこには、近代国家というのは、世論によって動かされるという民主主義論があるのだろう。それには、しかし、思想・表現・報道の自由、自由な討論などが十分に保証されているなかでの話であり、しかも、それが国家に反映するような仕組みがつくられている場合の話である。

 小林には、問題を具体的に、そしてきっちりと解明する力もない。それにも関わらず、歴史認識問題に口を出し続けられるのは、不況に苦しめられた中小経営層が、ナショナリズムに引き寄せられ、その青年部が小林の支持者として後押しをしたからである。しかし、景気回復によって、中小経営層の危機感は多少和らいだ。夢から目を覚まして、本業にせいをだす時が来たのである。小林などの煽動に関わりわずらっている場合ではないのである。ワーキング・プアの若者たちも、雨宮処凛さんらが自分たちの気持ちを代弁してくれるようになったので、小林らのでたらめに希望を託すという屈折して回り道をする必要がなくなった。

 映画『男はつらいよ』のように、タコ社長とワーキング・プアのヒーローの寅さんの統一戦線への転換点がやってきたのである。その新たな構想が、今の想像力に求められていることだ。小林が夢見ている沖縄との関係は、個人主義と核家族主義という主体性を持つ近代的主体同士の歴史認識の統一という夢であり、それは、近代において、封建制を解体するために、民族が同化することや進んだ国が遅れた国を植民地化するのは当然だとする横文雄の近代主義的進化主義と同じである。この横氏の図式は、中華主義の封建的な遅れた国である中国は、すでに近代化が進んだ台湾に統合されるべきだという意思を歴史認識の形で表現したものである。それはブッシュが、世界のリーダーとして最も進んだ国として、遅れたアラブ世界の民主化を進めなければならないという使命を表明しているのと変わらない。しかし、近代的でないことは、プライドを傷つけることになるのか?

 李朝末期に朝鮮を訪れたイギリス人女性イザベラ・リードが書いた『朝鮮奥地紀行』(東洋文庫)で、彼女は、当時のソウルの不衛生なことを強調して報告している。差別的で偏見が強いその紀行は、同時に、当時のビクトリア朝のイギリス国家の利害を反映していて、対露で強調しつつあった日本に対して好意的に書かれている。もっとも、彼女は、朝鮮王宮に出入りして、王族と会見して、好意的に描いたり、東学党の乱について日本の対応を批判的に書いたりしていて、序文で彼女がモットーとして掲げた正確に記録するということを貫こうとはしている。ただ、それは彼女の差別感や偏見やイギリスの国益という観点と相混じって現われている。この本でのソウルの下層の居住地の不衛生さについての記述は、横文雄氏らに利用されて、その不衛生を取り除いたのは、日本のおかげだという宣伝本に引用されている。しかし、同書では、彼女が、次にソウルを訪ねた時には、不衛生な溝に代わって、側溝が整備されていたとされている。もちろん朝鮮が日本の保護下に入るずっと前のことである。これは李朝が行ったことである。彼女は、同書で、漢江流域の農村を訪れていて、この地域の人々の暮らしは多少のゆとりがあるようだと報告している。さらに彼女は足を伸ばして、ロシアが実効支配する中国東北部の間島地域の朝鮮人集住地域を訪れている。そこでは、朝鮮人は、朝鮮よりも豊かに暮らしていたというのである。

 それと、モルガンやマリノウスキーやレヴィ・ストロースなどの人類学者の書いた原住民社会の報告を読むと、その現地社会に対する見方や態度はあまりにも違っている。現地の生活に溶け込み、友人となって、客には見えない現地社会の日常生活の規則をできるだけ内側から深く知ろうとする人類学者と文明を開花する責務が欧米近代社会にはあるとして、その価値観を押し付け、従わせようとする前者の差別的な視線との違いはあまりにも大きい。もちろん、人類学者は、現地人の生活を変えるというような介入はしない。

 観光ツアーに混じって座間味島を訪れ、たまたま梅澤隊長が集団自決を止めたという生き証人に出会ったという秦邦彦・藤岡信勝らのたった三日の仕組まれた猿芝居調査とはまったく違う。

 さらに「通州事件」以来、マスコミが作り上げた空気については、それまでに新聞法によって報道の自由は著しく規制されていた上に、軍や在郷軍人会の軍や戦争批判と見なされた新聞、ことに『大阪朝日』に対する攻撃が激しくなり、不買運動にまで発展し、売上が激減するということがあって、まず、『朝日』が屈服し、国策に迎合する姿勢が他にも広まっていったということがある。もちろん、なかには、石橋湛山の『東洋経済新報』のように、政府批判を貫いたところもあるが、それは例外的なものに止まった。さらに、戦争が拡大していくに従って言論統制も強められていった。そして戦争協力の記事ばかりが氾濫するようになるのだが、そのことについて、『朝日』などの幹部は、社が潰れれば、社員らが家族を抱えて路頭に迷うことになるので、できなかったというような説明をしている。しかし、治安維持法などによって、何千何万の人々が検挙・投獄され、獄死した者も多数出る中で、会社の存続を優先したのは、ジャーナリズムの使命を放棄した行為であることは明白である。会社存続のために国策協力の姿勢を選択する決断をした時に、社内にそれに対して反対する声もあったという。盧溝橋事件・満州事変は、転機になったという。大新聞はこぞって軍部の見方をそのまま報道し、事件は中国側からの発砲によって起きたとして、中国側を批判し、中国側から仕掛けられられた以上、その後の戦線拡大は当然だとして、関東軍の立場を擁護しつづけた。しかし、軍上層部では、これが関東軍が仕組んだ謀略であることに気づく者がいて、事態の拡大を防ぐべく努めた者もいたのである。『朝日』が、この過程で、他者に先んじることで、部数拡大を図ったのは確かで、現地へいち早く特派員を送るなど、関東軍の立場に立った記事を書きつづけたのである。営利事業としての新聞とジャーナリズムの使命との関係は今でも問題なっているところであり、難しい問題だが、戦前の軍隊が、今日のようなものではなく、天皇の軍隊として、『軍人勅諭』の①天皇への忠節、国への報恩、②礼節、③武勇、④質素、⑤信義、という5つの徳目という封建道徳・武士道徳を修養するものとされていて、ジャーナリズムとはまったく思想基盤が違うのであるから、その間に距離や緊張感がなければならないということは言える。それが国家からの自立性を失ったら、それは国家の機関紙であり、公報である。

 小林よしのりは、沖縄で自分が受け入れられないことに業を煮やして、大げさに、沖縄は全体主義化しているなどと言っているらしい。全体主義なら、小林の本は発禁だし、捕まって投獄されたりする。東京で、平和に暮らして好き放題、漫画など描いていられない。以前、小林は、大手雑誌から締め出されそうになったら、まるで言論弾圧されたように、大騒ぎしたことがある。大手雑誌から締め出された書き手は、いくらでもいるが、自費出版やマイナーな雑誌などに活路を見出して、表現の場を確保してがんばっている人がいる。はなから、商業マスコミに期待せず、他の媒体で書いている人もいる。売れないなら、サラリーマンでも自営でもなんでも働くだけのことだ。問題は内容であって、小林の作品に歴史的に後世に残れるだけの中身があるかどうかだが、小林の作品にはそんなものはない。言ってることはみんなどっかから借り物だ。
 
 なお、『軍人勅諭』は、次第に神聖化されていき、軍人は暗記するものとされ、読み間違えた軍人が自殺するという事件まで起きたという。『軍人勅諭』には、日本軍である「私たちは国土を守り、国民の生命・財産を守るための軍隊」という梅澤守備隊長のような日本軍論はない。氏はどこからこんな日本軍論を仕入れてきたのだろうか? 自衛隊法だろうか? いずれにせよ、戦前の日本軍で全員が暗記したという『軍人勅諭』は、天皇に忠義を尽くし、その恩に報いよ、報国に励めとか、上下の階級区別に従うことが礼だとか、武士のように武勇でなければならないとか言ったことは必ず実行するのが信だとか、質素にしろとかいうことが書かれていて、国民の生命・財産を守れなどということは一言も書かれていない。

 いちいちこんな誰でも調べればすぐにわかるようなでたらめを指摘していくのも面倒ではあるが、一部マスコミが、小林らを担いで、愛国主義的な空気を広めようとしているし、それを利用して、自民党保守派や文部官僚などの官僚などが、教科書記述の不当な書き換えなどを画策するから、やるしかない。

 なお、ついでに言えば、今、『サピオ』で連載している東京裁判についての漫画で、小林よしのりは、東京裁判で、パール判事が、罪刑法定主義を根拠に日本無罪論を主張したことに依拠して、これは不当裁判であると叫んでいる。今週号では、哲学者のヤスパースまで持ち出して、法的責任と道義的責任は全く違うと言い始めた。それによると、道義的責任は個人の良心が裁くもので、裁判は法律によって裁くものだという。ここで、個人主義者らしく、小林は、良心は個人の心の問題だという。それなら、小林は性善説の信奉者なのだろうか? 単なる心ではなく、良い心・良心を認めるのだから。言うまでもなく、パール判事には、彼の政治信念があった。それは、世界連邦主義である。インド民族主義者ではない。だから、彼はインド人の立場を代表するものではない。

 小林は、道義と法律の間に万里の長城でもあるかのように描く。日本の伝統においては、これらの間にそんな大きな溝は設けられてはいない。法律がなくても、人の道、天命と言うものがあって、それに従うことは当然とする一般観念があったのである。それが欧米的な近代的制度や論理が導入されて以来、日本の伝統になかった罪刑法定主義という法理論がもたらされたのだ。江戸時代に、荻生徂徠が、やむをえず、親とはぐれざるをえなくなった人が、親を粗末にした罪によって死刑に処されようとした時、幕府に建言してこれを救ったのは、今なら、人治主義として批判されようが、日本の伝統だったのである。過去に現在の基準を当てはめて断罪するのは、もともと小林が敵対する「サヨク」の得意技だったのではないか? 慰安婦問題は、現在の人権主義を過去に当てはめるもので、不当だと自由主義史観派は「サヨク」を批判したのではなかったか? 小林は、世界連邦主義者として、東京裁判批判をしているのだろうか? それは、なるほど、保守派からの転向であって、それならそうとはっきりと自らの思想的立場をはっきり言えばよい。今は、世界連邦は存在しないのだから、それを実現するのは、現状の変更であり、革新であり、革命である。西部は、それは保守主義ではないと言うのだから、その定義からすれば、小林は保守派ではないということになろう。

 ところが、小林は攘夷を叫ぶ。同時に、欧米流の論理を借りてくる。つまりは、ご都合主義者である。結局は、小ブル的中間派で日和見主義者である。ついに、形式主義的な法律談義に救いを求めるまでに落ちぶれた小林よしのりは、少なくとも思想家としての立場は自ら放棄したことは明らかだ。

 いいかげん、自分は、日本的なものなどなにもわからないありふれた近代主義的ナショナリストの一人にすぎず、ただプロダクションを経営するために、うけを狙って、売れる漫画を書いているだけだということを認めてはどうだろうか? まじめな保守主義者は、小林のでたらめに、迷惑しているのだ。山崎氏ならずとも、こんな不道徳なほら吹きが大きな顔をして雑誌に書き散らしていられることが、保守派の劣化を示していることはわかる。

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コメント

初めておじゃまします。
やんばると申します。

胸のつかえがおりたような気持ちです。

小林がむちゃくちゃなことを10年ほど前からいいはじめたのは知っていましたが、たかだか漫画だと、侮っていました。しかし、ネット社会、サブカルチャーの影響力というものはほんとうに怖いです。
知的レベルが高いと思われるようなある程度の年代や学歴の大人の中にすら、彼の影響を強く受けていると思われる方々を少なからず見かけます。

仰るように、ばかばかしくとも、ひとつずつ論破していかないと、彼らは本当に平気で論理を飛躍させるし、実証を無視して、主観的な見方をさも中立の真実のように言い続けています。
暗澹足る気持ちになっていました。
今日、貴方様のブログをみて、少し安心しました。ありがとうございました。
これからも応援しております。


投稿: やんばる | 2008年4月17日 (木) 23時29分

こんばんは、検索によって辿り着きまして、興味深くエントリーを
読ませていただきました。ブログ主さんが如何なる立場の人物かなどは
わかりませんが、ともかく思うことをば書かせてください。

まず、アフリカの原住民の共同体と日本人の共同体を安易に
同列に論じるのは、風土、個々の民族的特長及び人種による
価値観の形成過程などを考慮しますと問題があるのではないでしょうか。

小林の言う共同体は近代日本に於ける家父長制度の根幹でしょう。
国家共同体のミクロ単位が家族であり、家族愛が基調になるのは
至極当然で、そうでない家族はまともに機能しないのではないでしょうか?

さて、沖縄の自決問題と言う個別具体に踏み込んでおられますが、
鉄の暴風と呼ばれた過酷な空爆を体験した後、沖縄県民がどのような
覚悟と決意をした(させられた)かを考慮しなければ片手落ちになるでしょう。
日本政府及び日本軍のみが沖縄県民を追い込んだと言う仮定は過ちであり、
「空気」の醸成犯は誰かと言うと勿論アメリカも入らなければおかしいのです。

戦前の軍国主義の中から軍令を拒否できたか?についてはブログ主さんも
認めている事のようですから、小林を戦後民主主義者などと批判するのは
ナンセンスではないでしょうか?

話は飛びますが、軍令が仮にあったとするならたったの一枚ぐらいは
残っていても違和感はありませんが一枚もありませんよね。不思議に思いません?
小林の想像力が都合の悪い事はシャットアウトしていると言うなら
ブログ主さんはその逆を行なっているに過ぎないとも言えますよね?

小林は細木和子のように消えていくとはこれもまたブログ主さんの
根拠なき想像力の豊かさを示す書き込みに過ぎないのではないでしょうか?

余談ですが読者を失っているのは休刊になる朝日新聞の論座ですよ。

どうも後半になってくると単に小林よしのりが憎いと言うだけの駄文と化すので
ここまでにしますが、日米同盟を現状は肯定すると言う小林を攘夷論者と
呼ぶのは印象操作にしか見えない、と言っておきます。

なお、ブログ主さんが果たして「多種多様な価値観」を認め
「反論」を掲載するかどうかを興味深く待つことにしますよ。

投稿: 坂本流真 | 2008年7月18日 (金) 00時27分

後半部分についてですが、パール判事は国際法学者であり、戦後事後法で日本を裁こうとした戦勝各国と違って、当時の国際法に従って判決文を書いただけですよ。別に、世界連邦主義者だからとかインド民族主義者だからとかは判決文とは全く関係のないことでは?

判決文を正しく読めばわかることですので、一度お読みになることをお勧めします。

投稿: | 2008年9月 5日 (金) 01時11分


先の二名(反小林の一名除く)が大体貴文の論説の穴は突いてくれてますんで、そこは良いんですが…

貴方、文が下手。読みにくい。

『たかをくくる』→『かたをくくる』等の誤字もありますし、人の目に見せる文なら最終確認しなさいな。


ただ反小林視点では、何も見えてこないよ。

投稿: いち漫画家。 | 2009年1月 5日 (月) 03時31分

うーん、どうなんでしょうね。
そもそも「反小林」というのは、当の本人の
小林氏が謂いだした事ですから、
あまり挑発に乗らない方がいいんじゃないでしょうかね?

他の方にも謂える事ですが、小林氏の支持者は、
"反小林"と称される方々に対して無礼である傾向があります。
いわく「勉強が足りない」いわく「視点が偏っている」・・・。
反論するならば、礼儀をわきまえなさい!

もうこんな泥試合止めましょうよ。
空しくなりませんか?

投稿: はんてふ | 2009年3月 7日 (土) 22時15分

泥試合になってますね。
まともに議論する気が無い方々がコメント
なさっている。

>ただ反小林視点では、何も見えてこないよ。

>貴方、文が下手。読みにくい。

>小林は細木和子のように消えていくとは
>これもまたブログ主さんの
>根拠なき想像力の豊かさを示す書き込みに
>過ぎないのではないでしょうか?

>どうも後半になってくると
>単に小林よしのりが憎いと言うだけの
>駄文と化すので

>知的レベルが高いと思われるような
>ある程度の年代や学歴の大人の中にすら、
>彼の影響を強く受けていると思われる方々を
>少なからず見かけます。

まあ、どっちもどっちとしか思えません。
礼節もわきまえない上、匿名のハンドルネームで
議論するような方々の意見は聞きません。

一般人ならまだしも
匿名の発言者に
作家を名乗っている方が混じっているのは
もう救いがたいですね!

投稿: はんてふ | 2009年3月 7日 (土) 22時25分

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