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保守派凋落、左派はどうする?

 『諸君』別冊は、保守派内の新旧対立を浮き彫りにした新保守派を結集した特集であった。ただし、その中に、ネット右翼のマドンナ櫻井よし子しが混じっているのは何かの間違いだろうか?

 その中で、一人気を吐いているのは、小林よしのりである。大言壮語に空文句が並ぶその文書で小林は、「今こそ攘夷の気概を持て」という叫んでいる。小林によれば、旧保守派とは、「新米愛国」であり、新保守とは、「反米愛国」である。もう一人、最初に登場しているのは、元外務省ロシア担当の佐藤優である。彼もまた、反米愛国であり、日本の歴史と文化の伝統を保守する必要があると述べている。彼の診断によれば、今世界は帝国主義の時代に突入している。そのことは、彼が引用しているレーニンの『帝国主義論』では、世界再分割戦争という帝国主義戦争の時代であることを意味している。この世界分割戦は、資源や市場をめぐる争いであり、経済的戦争から発展する。湾岸戦争は、その現われの一つであった。イラク侵略戦争は、まさにアメリカの帝国主義的利害から発した戦争であり、石油支配をめぐる戦いであった。その点で、アメリカは北朝鮮問題よりもはるかに対イラン政策を重視している。それもまた、帝国主義時代の証明である。

 とはいえ、佐藤優は、赤ヘル・ノンセクトが支配していた1980年代初頭の同志社大学学友会に所属の活動家だった割には、日本が帝国主義化していることを無視して、愛国主義を呼号するというのはどこかでおかしなほうに行ってしまったのだろう。雑誌『紙の爆弾』(鹿砦社)に同期の記者が当時の同志社の学生運動について書いていて、神学部でも、日韓連帯闘争の一環として、韓国政治犯救援活動に取り組んでいたという話が出てくる。この韓国人政治犯を生み出したのは、日米の帝国主義的利害の一致によって後押しされた反共軍事独裁政権だった。政治犯は、その民主化運動弾圧の犠牲者であったのである。当時の関西の日韓連帯運動で、日帝の犯罪性を糾弾しつづけてきた一人は、摂津富田教会の牧師の桑原重夫氏だった。カトリックには、バチカンと対立して虐げられた民衆の側に立って闘いを起こした「解放の神学」派が影響を広げており、日本でもそうしたカトリックの神父やシスターたちが反差別運動の列に加わっていた。

 帝国主義の時代だから、日本は反米愛国の保守主義で行かねばならないというのはまったくおかしな話である。

 『月刊日本』では、佐藤優と山崎行太郎氏の対談が載っていて、保守派の劣化が激しいと親米保守派を批判している。山崎氏は、『沖縄ノート』裁判で、渡嘉敷島での住民集団自決を梅澤隊長が止めたようとしたとする宮里秀幸氏(76才)の新証言が、三十年前の1987年に氏が本田靖治氏にインタビューで語ったことと矛盾していることを氏のブログ『毒蛇山荘日記』で暴露している。三十年前に、秀幸氏が語ったところでは、問題の日のその時間には家にいて、家族と集団自決について話し合っていた。このインタビューは、「小説新潮」の本田靖春ルポ「座間味島1945」というタイトルで載っているという。『毒蛇山荘日記』http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/

 それが、30年後には、村の助役らが集団自決のために軍の武器をもらいに行った時に同席していて、村人と隊長とのやり取りを聞いていたという。しかも、梅澤隊長の言葉をしっかり覚えていて、「俺の言うことが聞こえないのか。よく聞けよ。私たちは国土を守り、国民の生命・財産を守るための軍隊であって、住民を自決させるために来たんじゃない。だから、あなた方が武器弾薬毒薬を下さいと来ても、絶対渡すことは出来ません」と答えたというのである。この証言を聞き出したのは、まったくの偶然だったと藤岡信勝氏は言っているが、宮里秀幸氏と「偶然」出会ったのは、たまたま彼が墓参りをしているところに、ツアーで島を訪れていた藤岡一行がそのお寺を訪ねた時だったという。その時、宮里氏は、藤岡氏に声をかけ、梅澤氏から島を訪れることを電話で知らされていたという。どこが偶然なのだろうか? 完全にあらかじめ仕組まれた出会いであり、話の内容についても、事前に梅澤氏と打ち合わせていたのではないかと疑われるような仕方である。

 しかし、30年前の矛盾する証言が山崎氏によって掘り起こされたことは、判決を前に、決定打となるはずのこの新証言の信憑性を大きく崩すもので、逆に、藤岡らを追い込む結果になったと言えよう。ここにきて、『世界』が沖縄戦の特集を出したのを始め、岩波新書でも沖縄での集団自決に関する証言を集めた新刊が出版されるなど、保守派の論拠を切り崩す動きが活発になってきた。それには、沖縄の人々が抗議集会で示した怒りと強い意志が後押ししているのである。

 小林よしのりは、誰しも気づくであろうことに、気づかないふりをしているのか、あるいは本当に気づかないのか、わからないが、沖縄が差別されていたからこそ、沖縄の人々が、過剰に日本人化しようとしたということ、沖縄が日本から差別されていたという事実を無視している。沖縄の人々が小林の反米愛国の主張を受け入れないのは、左翼の洗脳などのせいではまったくなく、彼の言うことが、日本人が沖縄・琉球への差別をなくさないまま、日本を愛せと強要しているとしか聞こえないからなのである。その証拠に、沖縄県政はすでに保守派が握っているし、沖縄の革新派はずいぶん勢力を減らしているのに、なお小林は沖縄で受け入れらないのである。小林の愛国心は、琉球やアイヌを除外したヤマトの愛国心にすぎないのである。その点は、佐藤優のいわゆる「北方領土」問題での発言にアイヌ問題が抜け落ちている点でも同じである。北方4島にアイヌの先住権があることは問題の歴史的経過を見れば、明確である。明治以前には、松前など一部を除けば北海道に日本人はいなかったし、北方4島には、アイヌ他の北方少数民族しか住んでいなかった。もちろん、ロシア人が住むようになるのもずっとあとの話で、第二次世界大戦後のことである。松前藩を除く北海道を日本の領土内に入れたのは、アイヌなどの先住民が住んでいたにもかかわらず、無主地と見なしたからである。

 アイヌ史については、『アイヌ民族抵抗史』(三一新書)という名著がある。アイヌが民族として発展していることについては、何冊も本になっている。沖縄での独立・自立の動きについては、独立を掲げる政党から知事選に立候補したこともその一例である。大民族や支配民族は、少数民族に譲歩することは、民族問題での民主主義の基本である。それをあえて特権として描いたのが、まんが『嫌韓流』などであったが、それは事を針小棒大にデフォルメしたもので、しかもその多くが根も葉もない流言飛語の類であった。そういう捏造番組をネットで流している大元の一つが「チャンネル桜」である。そのやり口は例えば司会者が沖縄の米軍基地を示した地図を指して、どうです、沖縄の米軍基地はそれほど広くないでしょうとコメントするというものだ。ところが、誰が見ても、沖縄の面積の大きな部分が米軍基地に占められているので、逆効果というお粗末なものである。自分たちは、こんないいかげんな番組を平気で流しているくせに、テレビ局などの番組は信用できないと批判しているのである。宮里証言もさっそく番組化したようだが、保守派内にだって、山崎氏のように、そんな子供だましに義憤を感じる倫理感の高い人がいて、その信憑性を疑っている。

 右派の最期のあがきが保守系メディアで繰り広げられている。嘘でもでっち上げでもなりふりかまわず書き散らされている。すでに暴露され尽くされている見え透いた手口が性懲りも無く繰り返されている。それはついに、反米か親米かというところに集約されてしまった。無内容きわまった! 左派は労せずして復活のチャンスを与えられた。中間派の諸雑誌が左に寄り始めた。右派系雑誌は、飽和状態で、淘汰が始まっている。小林の読者はずっと減っているはずだ。『わしズム』は本屋の書棚に残ったままである。山崎氏の沖縄の集団自決の新証言者の宮里秀幸氏の過去の矛盾した発言の発掘は、藤岡信勝や秦邦彦らの自由主義史観派に大打撃を与えたはずである。さらに、このところ、格差問題についての本や運動が増えたことで、中小経営者層の保守化に巻き込まれていたワーキングプア層の若者がそれから自らを分離しはじめたことも大きい。右翼から左翼に転向した雨宮処凛さんへの支持の広がりがその一つの証拠である。かれらの境涯に光をあて、その原因を解明し、きちんと説明し、どうすればそこから脱出できるかを具体的に示すことで、保守的な中小経営者層の愛国主義的空文句や熱狂から解放されてきたのである。

 左派が、このチャンスを生かすことができるかどうかが問題だ。

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