« 国体論 | トップページ | チベット問題 »

小林よしのりの大江裁判論批判

 『サピオ』最新号で、小林よしのりは、大江裁判地裁判決を批判している。

 しかし、小林のこの問題への基本態度は、日本軍無謬論にも沖縄無謬論にも組しないで、沖縄戦の真実を知ることにあると言う。

 それにしては、「皇民化」教育や日本軍のタテの構造は関係ないとか裁判での被告側の主張をことごとく否定した上で、『沖縄ノート』から前後の脈絡と関係なく、いろいろと引用してみせ、原告側の名誉毀損の訴えは正当だと主張している。

 大江氏は、『沖縄ノート』で、慶良間諸島の旧守備隊長という人物を当時の日本人の壮年男性の類型を見出し、そのような類型を示す象徴として描いているのであり、その点は、小林自身が、サヨクなる類型を使って、その象徴として大江氏を批判しているのと同じことである。表現というのはすべてそういうものであって、それを問題にするなら、小林よしのりは筆を折るほかはあるまい。大江氏は、こういう手法によって、自分ももしかしたら、その立場にあったら、同じことをしかねないということを含ませているのであり、だから自戒でもあり、自己切開でも自己批判でもあるわけだ。法と道徳は違うなどという概念区別に頼って物事を裁断しようとしている小林よしのりとはまったく違うわけである。

 小林は戦後民主主義にどっぷりつかってきて、その反省がないから、外面に簡単に騙されるのである。

 最後に小林は、住民の集団自決は、日本人に同化しようとした沖縄の人々と日本人の当時の死生観が重なり合ったために起きたと述べている。同化に無理があったことを事実上認めたものだ。小林は、観念が現実を動かすと思っているらしい。つまり、彼は観念論者である。しかし、はっきりと述べてはいないが、事実上、琉球人を他民族と認めたことのはけっこうなことだ。それなら、もう一歩進んで、沖縄には民族自決権があることを認めることだ。そうすれば、沖縄には沖縄人自身の手で歴史教科書をつくる権利があることも理解できるだろう。ヤマトのナショナリズムを押し付けようとすればするほど、沖縄の人々の心がヤマトから離れていくことも当然だとわかるだろう。

 今年、沖縄の極少数派が集まって、1609年の薩摩侵略500年を糾弾する集会が開かれる予定である。折口信夫や柳田國男の沖縄の民族研究なども見たうえで、沖縄とヤマトの関係について反省的に見直してはどうだろうか? 柳田國男は、南方熊楠に山のことばかり見ていると批判されて、沖縄研究に向かい、現地の研究者伊波普献と交流しつつ、『海の道』を書いたという。日琉同祖論は、日鮮同祖論と同じく余計だが、異民族間の交流の仕方については、批判も含めて学べるものがあるだろう。柳田國男が、文学的でもあるその民俗研究作品にいろいろと込めた思いというものも見えてくるだろう。吉本隆明氏は、柳田の文学にはいろいろと苦労させられたと『情況への発言』で書いているが。

|

« 国体論 | トップページ | チベット問題 »

雑文」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。