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『沖縄ノート』一審勝訴によせて

 3月28日は、沖縄の渡嘉敷島で住民の集団自決があった日である。

 この日、大江健三郎氏の『沖縄ノート』で、座間味島と渡嘉敷島の集団自決に軍命があったように記述されたとして、梅澤元守備隊長と赤松元隊長の遺族が名誉毀損や出版差し止めを求めた裁判の一審判決が出た。

 報道によると判決は、これらの島で起きた住民の集団自決について、手榴弾で自決したという多くの証言や自決現場に日本軍が居たことや様々な資料などから、日本軍の関与は明らかだとして、原告の訴えを退けた。原告側は控訴するという。

 NHKの取材に答えた住民は、うれしいと語っていた。娘二人をこの集団自決で失ったという年老いた母親は、自分はこのことを証言するために長生きしてきたと語った。

 300人が集団自決で亡くなったと言われる渡嘉敷島で、多くの村人にとって、類縁者の命日となったこの日、原告敗訴の報は、喜びをもたらしたことだろう。

 それに対して、原告側について、宮里秀幸という怪しげな新証人を担ぎ上げる猿芝居に乗っかった秦邦彦は、NHKのインタビューに対して、理解できないととぼけた。彼は、裁判の焦点は、軍命があったのかそれとも元守備隊長が集団自決を止めたのかなのに、その判断を避けたのが、解せないというのである。これまで、少なくとも実証的という印象を与えてきた秦教授だったが、この問題に対しては、原告側の主張のみの肩を持って、過去の証言と全く違うことを証言した宮里秀幸を引っ張り出してきたりして、実証よりも、自らの個人的信条やイデオロギーによって、歴史を裁断したことが明白になった。この分だと、彼の過去の様々な歴史に関する文書や発言にも、実証性に欠けるものがありそうだ。

 判決が軍の関与は明らかとしたのは、歴史教科書の新しい記述と同じである。軍命があったかなかったかという論点を争うことにしたのは、原告側で、その一点を崩せば、その他のことも一挙に崩せると見たのだろう。しかし、宮里秀幸氏の新証言での梅澤元隊長が、「俺の言うことが聞こえないのか。よく聞けよ。私たちは国土を守り、国民の生命・財産を守るための軍隊であって、住民を自決させるために来たんじゃない。だから、あなた方が武器弾薬毒薬を下さいと来ても、絶対渡すことは出来ません」と言ったというが、こんな日本軍論は、「軍人勅諭」にはもちろんないのであり、信憑性が薄い。それは、「自衛隊法」にもない。「自衛隊法」第3条は、「自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものどする」と、自衛隊の任務を規定している。どこにも、国民の生命・財産を守るという任務は書いていない。この軍隊論は、梅澤氏の個人的考えを述べたのだろうか?

 小林よしのりや藤岡信勝らによって嘘つき扱いされた軍に集団自決を強制されたと証言した住民は、今度は逆に名誉毀損で小林らを訴えることもあるかもしれない。

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