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2008年5月

『蟹工船』ブームに寄せて

 小林多喜二の『蟹工船』が、売れているという。

  それについて、6月日号の『週刊朝日』に「蟹工船」読者会@かに道楽という座談会記事が載っていた。かに道楽というかに料理の店で行われたもので、しゃれのつもりらしい。

  この解説によると、「1929年(昭和4年)に発表されたプロレタリア文学を代表する小説。舞台は、極寒のカムチャッカ沖でカニを獲り、缶詰に加工する蟹工船。出稼ぎ労働者たちは、低賃金で過酷な労働にさらされていた。監督の浅川は暴力で船内を支配する。過労や暴力のため命を落とす仲間の姿を見た労働者たちは、団結し、浅川に立ち向かうことを決心する―。作者の小林多喜二はこの作品を発表した4年後、治安維持法違反の疑いで特高警察に逮捕され、拷問を受け死亡した」。

  この作品を20代と30代の若手記者はどう読んだか?

  C 今すっごい売れ点でしょ~。

  B 銀座では、どの書店に行っても売り切れでしたよ。
 
  D 今年に入って、例年の5倍近い勢いで売れているらしい。私の行った新宿の書店では逆に平積みになっていたよ。

と、『蟹工船』が売れているという話から入る。

  D 売れだしたのは、今年1月9日付の毎日新聞での、作家の高橋源一郎さんと雨宮果凛さんの対談がきっかけなんだよね。

   そして、

  C 今の若者は教育の機会を与えられているでしょ。ここに描かれている人たちとは環境が違う!

と、共感できないと言う人が現われる。セレブだからじゃないとつっこまれる。それにたいして、Bは、共感できると言う。

  B 私、高校生の時、飲料メーカーの工場で、ひたすらペットボトルにオマケをつけるバイトをしていたせいか、共感するワーキングプアの気持ち、わかるな。・・・クーラーもない掘っ立て小屋みたいなところで、延々オマケをつけるんです。立って作業するんで、次々バイトが倒れていく。・・・すごい空気の悪い地下工場で、携帯電話の部品にひたすらシールを貼る仕事もしましたよ。1分間に100台の携帯電話がベルトにのって流れてくる。・・・日給8千円、て謳ってたけど、交通費も出ないし、物損保険料とかいって、いろいろ引かれるから、手取りは6千円ちょっと。派遣元はあのF社だったんですけどね。

  Bには、こんなバイト・派遣労働体験があったわけだ。Dもワーキングプアの若者が共感するのはわかるという。

  B 私も共感するのはわかるな。時代背景は違うけど、「搾取する側」と「搾取される側」が分かれているという構図は変わらなくて、働いても働いても、貧しさから抜け出せないっていう閉塞観は今も同じだと思う。

  若者から「搾取」という言葉が出てくるとは時代が変わったものだ。

  今度は、小説としての評価に話が進む。

A 私ね、この小説に感情移入できないのは、内容うんぬん以前に、登場人物全員、キャラが立っていないからだと思うんですよ。

B ああ。誰が主人公なのかわからないっていうか、主人公がいないもんね。

C うん。正直、これまで読んだことのないタイプの小説だった。

逆にいえば、今の小説の多くは、キャラを立たせることで、読者を獲得していたということである。そして、登場人物は、主人公と脇役が分かれている。小説には、主人がいるということだ。「搾取する側」と「搾取される側」が分かれているという構図そのものを描こうと思ったら、どうなるか? 搾取する側を、暴力そのものとして描くということである。それは、アレゴリーとして言語化するしかなから、監督の浅川のように、人であって人ではないといういうように表象するほかはないということになる。それに対して、搾取される側は、すべてを奪われている者たちだから、抽象的に描くほかはない。キャラを立てられるのは、搾取する側であるから、多くの小説は、搾取する側に立つ保守的なものであると言える。

  プロレタリア文学は、戦後、さまざまな批判を受けてきたけれども、きちんと評価されたことはないと思う。スターリニズムか反スターリニズムかというイデオロギー論争の中でなんとなく過去の遺物に追いやられたように思う。しかし、スターリニズム体制が崩壊した今日、あらためて、読み直されてもいいのではないかと思う。

  A 現代は、こんなに単純じゃないと思うんですよ。この小説のなかで労働者を使う経営者はとんでもなく悪く描かれているけど、今って、中小企業とかは労働者を使う経営者も苦しいわけじゃないですか?

  中小零細経営者は、小ブルジョアジーで、労働者とブルジョアの間で動揺する中間層である。労働者寄り苦しむ映画「男はつらいよ」の印刷屋の零細経営者のタコ社長のような経営者もあるわけだ。

  そして、今では、やや、アナクロな認識となった以下の発言。

A それに共産主義が成功しなかったことはソ連や他の国がすでに証明しているわけですよね。なんかそう考えるとさめざめした気持ちになっちゃって・・・。

  これは、オルタナティブの喪失が、若者から未来への希望を奪ってしまっているということを示している。これは先行世代の責任でもある。ソ連の現実があれでは無理もないことではあるが、あきらめるわけにはいかない。

  D 貧困に悩む若い読者は、みんなが団結して立ち向かう姿がうらやましいって思うとも聞いたよ。

  労働者の最大の武器は団結である(マルクス)。

  最後は、船旅は、長期にわたって人々を同じ環境に閉じ込めるので、皆を仲良くさせるという話で終わりである。

  船を企業に置き換えてみれば、企業別組合とか企業一家とかいう団結形態も思い浮かぶが、日雇い派遣のように、毎日職場が変わるような場合は、どんな団結形態がありうるのか? 難問だ。

  「希望は戦争だ」という考えから想像していくと、徴兵制、軍隊、戦友、退役、在郷軍人会、軍人恩給受給者の会・・・という感じか。戦死したら、靖国神社に集うか。

  個人加盟方式のユニオン型の地域労組が当面の団結形態だろう。

  「時代背景は違うけど、「搾取する側」と「搾取される側」が分かれているという構図は変わらなくて、働いても働いても、貧しさから抜け出せないっていう閉塞観は今も同じだと思う」というのは、『蟹工船』ブームの一因をあらわしているものと思われる。

それにしても、雨宮さんの人気にあやかって、プロレタリア文学まで儲け商売にする出版界・書店業界の商魂には驚くほかはない。

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今村氏『交易する人間』を読む6

 今村氏は、アルカイックの主張は、権力を持たず、威信のみ持っているというピュール・クリストルの言葉を引用する。

 南米のインディオ社会の一例として、そこでの首長は共同体のメンバー全体にたいして負債を負うので、返し続けなければならない。首長はm自分と家族の労働で、富を贈与する。

 アルカイックでは、象徴財の交易は、威信と名誉の駆け引きであり、心理作戦であり、欲望の闘いであり、観念的相互行為、政治的闘いになる。

 「贈与の交換であれ商品の交換であれ、交換から免れる事物、固定点がなければ、社会は存在しえないし、個人や集団にとって台座として役立つ持続的な同一性を持たない」(M.Godelier,L'enignede dom.p.16) モーリス・ゴドリエ。

 贈与体制では「固定点」は聖なるものサクレ。(226頁)

 「人間の身体とは何よりも女性の身体である。親族関係の形成にとって女性の身体は聖なる「固定点」をなす。婚姻というい相互行為において女性の身体が場所移転する。身体が「交換」されるのではない。女性の身体は特定の家族の人格的所有に属しており、譲りえない物であって、この譲渡不可能な身体が、不可能性を乗り越え、譲渡される(贈与される)ことで、はじめて親族が形成される」(227頁)。

 <social'>―与える(ことができる)ために保持する。保持する(ことができる)ために与える―ゴドリエ(233~4頁)。

 「社会における物的手段を提供するために凝視する相互作用の制度化された過程としての人間の経済」というポランニーの定義。そして、彼は、この制度は、①相互性(互酬)、②再分配、③交換、という商品交換ではない交換・市場と④商品交換市場の四つあるという。

 そして、今村氏は、資本の起源の一つについて書いている。

 それは、12世紀の西欧都市のファブールという商人集落で、シテとブールの外に住む塞都市の対外貿易商人が上層市民になり、かれらはブルゲンセス―ブルジョア)、カステラーニ、カストレンセス(城塞内住民)、別名キーヴェス(cives)、ポルトマンニ(portmanni)、ポールテルス(poorters)→ポート(交易港)とも呼ばれた。それらはかれらがそこに住む遠隔地商人であることを示す。

 「価格メカニズムを生み出す条件は、マルクスが洞察したように、生産手段と労働力の分離である」(248頁)。

 これは正確ではない。生産手段と生産者の分離である。しかし、氏の人格的所有論を間に入れれば、わかる。とはいえ、ここのところは正確性に欠ける。宇野派のように、労働力の商品化と言わないのはよい。

 最後に今村氏は、社会的結合の探求を訴える。それはモースの言うように、共同主義の行き過ぎとエゴイズムの行き過ぎを防ぐということを前提とするという。

 また、モースは、〈高貴な蕩尽〉のモラルえの復帰と言っているという。それには、贈与体制の歴史を振り返り、そこに人間学的な普遍的構造を把握することだと今村氏は言う。

 「とりあえず理念的には、所有類型の組み合わせと結合がめざされるだろう(共同所有、人格的所有、個人的所有の組み合わせ)。社会的人間の相互行為、あるいは社会的結合の原理の探求こそが、社会科学とともに社会変革または人間学の理論的課題になるだろう」(274頁)。

 「しかしその前に、そもそも社会のなかで生きるほかはない人間存在の根源を普遍的相において考察しなくてはならない。複数の人間たちと一緒に生きるべく宿命づけられている人間とは何であるか、どのように行動するのか、どのように相互行為を実行し、そういう行為をどう感じ取り、理解し、解釈するのかを、しっかりと認識する必要がある。本書はそのための試みである」(同)。

 今村氏は、「社会的人間の相互行為、あるいは社会的結合の原理の探求こそが、社会科学とともに社会変革または人間学の理論的課題になるだろう」と言う。氏は、たんなる学問ではなく、社会変革という実践を含んだ新たな社会科学や人間学を提起する。そこでまずは所有の変革ということが言われているのは鋭い提起である。

 

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「ルールある資本主義」?

 5月17日のテレビ朝日系「サンデープロジェクト」の一コーナーは、日本共産党志井委員長へのインタビューであった。

 田原氏は、これまでと違っていた。これまでの発言から推測すると、田原氏は、1990年代までにソ連が崩壊した後、オルタナティブのない世界において、政治的軍事的経済的に唯一の超大国となったアメリカについていくしかないと考えていたようである。それが、サブプライム・ローン破綻による経済危機に見舞われたことを、市場主義(じつは金融資本主義)という資本主義の最先端でのその破綻と見るようになったようである。

 アメリカに追随してきた日本の一人あたりGDPは世界2位から大きく落ちてしまった。それに対して、北欧の福祉国家が軒並み日本よりも順位が上にある。

 『朝日新聞』は、この日、マルクスの『資本論』が売れていることについての記事を載せたという。

 志井委員長は、日本の資本主義は「ルールなき資本主義」であると述べた。それは、日本共産党の二段階革命論に基づくものである。

 先週の同番組で、不破前委員長は、資本主義の枠内で、まだまだやれる余地があると述べている。

これは、「ルールある資本主義」、すなわち、資本主義の民主化がなお可能であり、それが根本的な限界に達してから社会主義に移行する社会主義革命を実現するということだ。

志井委員長は、北欧をはじめとする西欧の福祉国家の資本主義を「ルールある資本主義」と呼び、アメリカ資本主義を「ルールなき資本主義」と呼んでいる。

田原氏は、ケインズ主義のことを持ち出した。田原氏にとって、「ルールある資本主義」は、ケインズ主義を指すようだ。90年代に、日本で、「大きい政府か小さい政府か」という二者択一が人々に突きつけられたことを多くの人は覚えているだろう。小泉政権は、「小さい政府」論にたって、構造改革を推し進めた。その結果どうなったかは今や誰の目にもあきらかである。それを示す数字のひとつが上の一人あたりGDPの大幅下落である。小泉―竹中コンビは、あれほど、構造改革し、一時の痛みに耐えれば、良くなると繰り返したではないか!

ケインズ主義と新自由主義との闘いは、長い歴史を持っている。70年代には、ケインズ主義はもうだめだと言われた。アメリカをはじめとして、先進資本主義諸国は、軒並みスタグフレーションに見舞われた。そして、イギリスには、サッチャー、アメリカにレーガンが登場する。いずれも、新自由主義の信奉者であった。サッチャーは、炭鉱労組などを弾圧し、レーガンは、航空労組を弾圧するなど労働運動を潰しにかかった。

日本では、1980年代の「臨調行革」路線によって、総評の中心であった官公労潰しのために、国鉄をはじめとする公企業の分割・民営化がはかられた。国労は総評の中心的組合であり、これを潰すことは、日本のブルジョアジーにとって、大きな課題であった。それは、それと平行して進められていた民間大手労組を中軸とする労戦統一の動きと絡んでいた。

政府・マスコミなどによるはげしい反国鉄キャンペーンが始まった。その中で、動労・真国労・全施労などが国鉄分割・民営化への協力に走る。国労は分裂していくが、それでも、最後まで大きな勢力を保った。しかし、分割・民営化の過程で、当局による徹底的な弾圧にあう。国鉄清算事業団に送り込まれ、そのまま事実上解雇された1047名は、JRへの採用を求めて、十数年に及ぶ闘いを行っている。

1989年にはベルリンの壁が崩壊、1991年にはソ連邦が解体するなどスターリニズム諸国は解体した。それは、新自由主義者をはじめとするブルジョアジーを元気にした。かくして、世界の単独の王者の地位に立ったブルジョアジーはわが世の春を謳歌した。

しかし、それもわずか20年ばかりの短い春にすぎなかった。

なぜなら、それは、世界的な貧困を解決できず、戦争と一握りの金持ちとエリートによる富の独占に帰したからである。彼らの自由と民主主義は欺瞞にすぎなかった。アメリカの大統領になるには、膨大な選挙資金が必要で、議会の政策に影響をもとうと思えば、豊富な資金を使えるロビー団体が必要である。そんな金も力もない貧困者がどうなるかは、ハリケーンに襲われて大きな被害を出した時の黒人貧困層の実際を見れば明らかである。

そして、イラク戦争は、出口のない終わりなき戦争の様相を呈している。まるで、「満蒙は生命線」として、泥沼の日中戦争にはまり込んでいったかつての大日本帝国のようだ。そんな昔のことではなく、アメリカは、ベトナム戦争で泥沼にはまり込んだことがある。「孫子の兵法」によると、兵法の極意は闘わないで勝つことだという。アメリカのブッシュ政権は、短期でフセイン政権を倒した後のイラク統治策を対日占領策を成功モデルとして構想していたという。大日本帝国の戦争につぐ戦争で人々は疲弊しきっており、しかも占領軍は、官僚機構をそのまま利用した。しかも、占領政策をうまく運ぶために、天皇制を残した。

それに対して、イラク統治では、国家機構を動かしていたスンニ派を排除した。国家統治の経験のないシーア派が政権を握った。もちろん、実際にイラクを統治したのは占領軍でありアメリカである。スンニ派を中心とするレジスタンスが起きた。シーア派内の争いも起きた。それに対して、ブッシュ政権は、大量増派による軍事力強化、すなわち、棍棒による治安維持、つまりは見せかけだけの「平和」の強制に踏み切った。イラク情勢は新たな段階に入った。イラク人の自由は占領体制と真っ向から対立している。

そして、サブプライム・ローンの破綻に発したアメリカの金融危機は、貧困層をほぼ詐欺といっていいやり方で破産に追い込むという不正な商売が公然と行われたことを示した。すでに日本では、ITバブルの成功者たちの末路を見ているから、こういう信用詐欺・金融操作による一角千金を狙うやり口をある程度知っている。

それに対して、志井委員長は、マルクスの『資本論』第三巻の利子生み資本の運動について書かれた中の信用と投機の関係について書かれた部分をパネルにして読み上げた。そして、投機と投資は違うし、投機にも穀物先物取引のようにリスクヘッジのために必要なものと生産と関係のない投機があるとして、悪い投資ではなく良い投資をのばすための「ルールある資本主義」を作るべきだというようなことを述べた。しかし、マネーはグローバルに世界中を飛び回っている。それをどうやって規制するのかと田原氏が尋ねた。志井氏は、国際協調が必要だと答えた。また、志位氏は、環境問題は「ルールなき資本主義」では解決しないと言った。しかし、それは、「ルールある資本主義」なら解決するのだろうか?

例えば、ドイツは原発を持っていないが、原発大国のフランスから電気を買っている。その電気なしには、クリーンな路面電車は走れない。地球温暖化対策の排出権取引というのも、新手の商売のような気がする。この取引では、今の国際的な物価高で利益を増やしている商社が活躍するそうである。卸売商業は信用を利用して投機に深くかかわっている業種である。

志位氏は、実物の取引としての先物取引は良いがそうではない先物取引は良くないという。こんな程度の認識でいいのか? こんな言い方をしたら、レーニンなら、これは弁証法的ではないと批判するだろう。新自由主義者の教祖の一人ハイエクは、市場は自生的秩序・ルールを作ると言った。新自由主義者たちは、自由市場の「神の見えざる手」による自然発生的なルールの形成を主張したアダム・スミスの徒でもある。かれらにしても「ルールある資本主義者」なのである。違いは、政府などの見える手によってルールを作るかどうかということである。市場原理主義者は、ほとんどのことを市場―交換タームで理解し語る。そこには弁証法はない。市場―交換には、反市場―交換の契機が含まれている。それは労働である。労働は交換されない。交換されるのは労働力である。それにもかかわらず、資本主義はあたかも労働が交換されるかのような外観を呈している。実物取引・交換は良いが純金融的な先物取引は悪だというような区別には根拠がないことは、氏が引用した『資本論』第3巻「利子生み資本」のはじめの方で、マルクスが、資本の商品化について論じ、利子生み資本の定式G-G'において到達した資本の無概念的外観に無反省にとらわれているだけのことだ。利子生み資本の定式G-G'において資本はただ自己増殖する貨幣である。あるいは貨幣はただ商品価値の独立したものであるから、資本が商品となっているこの段階なら、竹中平蔵のように、「資本主義経済の基本は、商品を安く買って高く売ることだ」と言ってもよい。

商品先物取引は江戸時代の大阪の堂島の米の先物取引がもっと古いものだと言うものもいる。ほんとかどうかはわからないが、江戸時代の日本で米の先物取引が行われていたのは確かである。江戸時代には商品・貨幣経済が広まってきて大名は年貢米を大阪で売って金に替えていたのである。年貢米を担保に大名相手に金貸しをする大名貸しもあった。大名は金が欲しいのであって、米が欲しいのではない。都市の発展は、米の消費者を大いに増やした。米は商品化し、米相場が形成されるようになる。

ケインズは、投機を退治し、投資をコントロールしようとしたが、現実には、できなかった。そして、80年代のアメリカでは、「ケインズは死んだ」とまで言われるようになったのである。ところが、今では、ケインズを飛び越えてマルクスが蘇ってきたというのだから、時代が変わった。すでに、先進資本主義国では、次の新しい社会に移るための物質的条件は揃っている。それでもまだ「ルールある資本主義」の枠内にとどまっていてよいのだろうか?

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今村氏『交易する」人間』を読む5

 今村氏は、つぎに、所有の問題に移る。氏は、マオリ人のハウの「物は元の所有者の元に返る」という考えに注目する。

 1、人間と物との所有関係。物は人間に帰属し、所有者(個人であれ集団であれ)の「人格」を内在させており、けっして分離できない。たとえそれが他者に移転しても、そのものはあくまで元の所有者に帰属している。受け取ったものは、それを一時的に使用してもいいが、けっして自分のために保持してはならない。

 2、人間と聖なるものとの所有関係。人間(集団と個人)はすべて聖なるものに帰属する(所有される)。神話的に言えば、集団の「起源」は神々や先祖の霊(すなわち聖なるもの)にあると表現される。だから人間の相互行為(贈与行為)の一つ一つに聖なるものとの関係が浸透しているし、それにみちびかれている。(171~2頁)

 この「人格的所有」論は、次のような、氏の存在論から来ている。

 「―人間は何か(聖なるもの)に所有されながら、何か(世界事物)を所有しつつ、現実存在する。有ることは有つことである。現実的に、具体的にこの世界のなかで存在することは、自己の身体の活動の結果(成果)をも所有しつつ存在することである。身体と自我が不可分であるように、それとまったく同じ程度において身体活動の結果と自我も不可分である。「この身体」、「この物」は「私の」ものであり、そしてそれらは「私である」」(172~3頁)。

 そして、氏は、近代社会においてはじめて、人格と物との完全な分離が生じたと言う。それは、私的所有制と権利である。しかし、「労働する主体の身体は、「他人の権能の下に」入っても、労働主体の身体であり続けるのであって、他人はその身体を一時的に使用し利用するにすぎない。この観点から見るかぎり、アルカイックな社会の「人格と所有の結合」、そして物が元の所有者に回帰するという思想は、それほど奇異なことではない。いまでも同じことを人は実行しているからである」(173~4頁)と氏は言う。

 近代経済は、人格と物との完全分離を目指した。それは、ポランニーが引用するベンサムの言葉に典型的に現われている。

 「農業の発展にとっての最適の条件とは、限嗣相続、譲渡不可能な財産、共同地、担保物件請け戻し権、そして十分の一税も存在しないことである(ポランニー『大転換』二四五~二四六ページ。強調は引用者)」(176頁)。

 しかし、「人格的所有としての物を他者に与えることは、その物に「内在する」私の人格または生命(存在自体)を他者に与えることを、定義によって意味するであろう。けっして譲りえないものを譲るという「不可能な」ことを贈与行為はしなくてはならない」。

 マナとは、それぞれの存在の呪術的な力を象徴するばかりでなく、権威オートリラ、豊かさリシエスを意味する。

 この豊かさは、「物の数量的な量であるよりも、自分の人格と一体となった譲渡不可能な所有物に対して他人が付着させる社会的価値なのである」(190頁)。

 「物をもつというただそれだけで、受け取る人(accipiens)を、提供者(tradens)に対して、準―有罪性(dimnatus,nyasobaeratus)、精神的劣位、道徳的不等性(magister,minister)といった不安定な状態に置く(Mauss,Sociolgie et Anthropologie,p.236)(214頁)。

 「物であれ人(女性)であれ、贈与されるものはそれが帰属する集団から分離できない。それらはたしかに他集団に移動するけれども、一時的使用が許されるだけであり、したがって原理上はいつでも元の所有集団に「取り戻される」可能性がある。返す義務とはこうした社会関係を組織化した表現である。すべては人格的所有の理念を生きることから出てくる。したがって、人格的所有の理念は倫理的理念(「義務」)であると同時に、法の理念(「責務」)でもある」(215頁)。

 さらに、「一時的占有の理念のなかには、贈与体制が私的所有を生まれさせない根拠が見出せる。人格的所有は贈与物となるときには、つねに停滞しないで円環的に運動していなくてはならない。つまり、「ギフトはつねに動いていなくてはならない」(Lowis Heydes,The Gift,p43.」」(215頁)。

 どうしてそうなるのか?

 「与えられたものが受け取り手において停滞し固定すると、ギフトはそこで「儲けをうむ」キャピタルに変質するとハイドは言う。他人から得られた贈り物を使用してなんらかの成果を得たとき、それを自分のものにすると一種の利潤が発生する。利潤的なものは受け取り手の私有財産になる。したがって人格的所有の一時的占有の理念、あるいは同じことだが元の所有者への取り戻しの理念は、こうした贈与の資本への転化を阻止する理念的(道徳規範的)装置であるとも言える」(215~6頁)。

 「これらの文明では、人は利害関心をもってはいるが、現代とはまったく違う仕方でそうする。人は富を獲得するが、それは蕩尽するためであり、《親切を施す》ためであり、《献身的な人々》をもつためである。他方で、人は交易するが、それはとくに贅沢品、衣類であり、あるいは直接に消費される事物とか宴会のごちそうである。人はおまけをつけて返すが、それは最初の贈与者または交換者をへこませるためであって、与える者が《消費を延期したこと》による損失を償うためだけのことではない。利害関心はあるが、それはわれわれのいう利害に類似するというにすぎない(Sociologie et Anthropologie,pp.270-271)」(218頁)。

このへんはおもしろい。「利害関心はあるが、それはわれわれのいう利害に類似するというにすぎない」とは、当たり前のことだがなかなか区別できないものである。

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今村氏『交易する人間』を読む4

<つづき>

 それに対して、レヴィ・ストロースはどうか。今村氏の引用。

 「何よりもまず、技術的、儀礼的、審美的な社会的活動の産物―道具、手工製品、食料品、呪術の文句、装飾品、歌謡、舞踏、神話―は、それらすべてが共有しているところの、移転可能性という性質によって相互に比較できる。移転の様態は、分析することも分類することもできるし、たとえそれらの事物がある種の価値から分離できないとしても、より根本的な形式、つまりは一般的な形式に還元できる。しかも、それらの事物は比較できるだけでなく、しばしば置換可能でもある。というのは[事物に付着する]それぞれ異なった価値は[事物を移転するという]同じ操作のなかで互いにとって代わることができるからである。そしてとりわけ、これらの操作は、社会生活の種々の出来事(生誕、成人式、結婚、契約、死あるいは相続)を通して実に多様に現れるし、またそれらの操作が動かす諸個人の数と配分(たとえば、受け取るもの、媒介するもの、与えられるものというように)によってそのつど任意に現われるのだが、たとえそうであるとしても、これらの操作はいつでも、集団のであれ個人のであれ、ごく少数の操作に還元できる。そうなれば、考察される社会のタイプに応じてさまざまに[意識によって]想念され[行動によって]実現されるにしても、結局は一つの均衡の基本的な諸項目しか見出されない。このようにして、社会のタイプは社会に内在する性格によって定義できるようになるし、また相互に比較できるようになる。というのもこれらの性格はもはや質的な領域に位置づけられるのではなくて、
あらゆる社会タイプのなかに不変項としてある諸要素の数と配置のなかに位置づけられるからである」

 これに対して今村氏は、「このように、レヴィ・ストロースにとっては、相互性システムは諸現象の間の恒常・不変の関係であり、これによって彼によれば「数学化」が可能になる。彼は構造言語学をモデルにして、社会の構造を不変にして普遍の恒常的な相互性のシステムとして提出する。科学はこのような普遍・不変の規則を発見することにあるという」とまとめている。

 さらに、「贈与体制の社会では、はなはだしく神話的想像力が活動するが、現代の資本主義体制でも当事者は商品「に内在する価値」を神話的に想像し、それによって経済構造は形成され動かされている。われわれの観点は、レヴィ・ストロースの観点と違って、構造を形成し運動させる当事者の想像力を重視する」(157頁)。

 「レヴィ・ストロースは神話的言葉を、それが幻想や妄想であるといって、すべて切り捨てる。われわれの社会哲学的観点は、神話的な言葉を相互行為の決定契機として重視する」(同)。

 「レヴィ・ストロースは相互行為を交換一般に還元する。交換論は、人・物の移動に焦点にあてる」(158頁)。

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今村氏『交易する人間』を読む3

 今村氏は、人が他者に与えるとき、①連帯の関係、②優位関係の二つの関係が生まれるという。

 そして、負い目(恩恵、負債)の感情は、「相互行為においての贈与行為は、優位と負い目という二つの感情の交易」の一方だという。そこで、贈与者の「気前のよい」行為は、没利害の外観を装う力関係を表す。

 贈与タームは、「供与」―「物またはサーヴィスを提供する契約」であり、「全体的供与」は、法的・宗教的・神話的・シャーマニズム的・美的=感情的・社会の形を表すものだという。

 そして、氏は、贈与の三つの要素をあげる。

 1、人格的関係が決定的な役割をする。ここで言う「人格的」とは、人と人の個人的関係のことではない。人間だけでなく、神々、精霊、先祖の霊、事物なども人格をもつような意味で「人格的」である。神話的な擬人法的解釈が関与しているが、この神話的想像的解釈は、彼らの社会関係についての理解であり、これも社会構造と相互行為には欠かせない。

 2、個人も集団も没利害的に行動することに強烈な関心をもち、そこに社会的利害を見出す。第三者にとっては、その行動はけっして無私的行動ではないのだが、当事者は無私的に行動すると信じている。

 3、有徳の理想の第二の要素と関連することだが、無私的行動は、自己贈与であり、自己犠牲である。何かによって、生まれたときから、与えることが義務であるという道徳的理想がすりこまれている。これが存在論的負い目感情から由来することはすでに見た。

 今村氏が贈与を存在論次元でとらえていることが、ここの「存在論的負い目感情」という表現でも示されている。

 存在的次元に「聖なるもの」を取り入れている今村氏は、「社会関係は「聖なるもの」との相互行為なしには動かない。アルカイックな社会ばかりではなく、どの社会もそうであり、もちろん現代社会でもそうなのである。昔は「聖なるもの」は神々または神的な領分であったが、現代では貨幣と資本がその代理をしているにすぎないし、国家もまた「聖なる祖国」という形式を必ずとる。だから「聖なるもの」と人間の関係は、社会関係(制度と構造)の形成にとって不可欠な契機ないし原動力である」(144頁)と述べる。

 このような認識を氏は、人間の原事実、経験的事実としている。人間は、「「人間でないもの」の存在を想像するべくできている」(同)というのである。

 氏は、贈与行為には、①神々、自然、精霊への贈与と②人の人に対する贈与の二つがあるという。

 次に氏は、モースとレヴィ・ストロースの論争を取り上げる。

 「レヴィ・ストロースは、事物や人間(婚姻における女性)の移転を相互性レシプロシテイ(reciprocity)と呼ぶ。相互性は定義によって交換エクスチェンジと同じである。この定義は明らかに広義の「もの」の場所的移動・移転に着目している。
 そして、レヴィ・ストロースはこの相互性を「無意識的」であると言うのだから、現実の人間の現実の意識作用とその内容はかっこに入れる、あるいは削除することにひとしい」(157頁)。

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今村氏『交易する人間』を読む2

 今村仁司氏の『交易する人間ホモ・コムニセンス』(講談社メチエ178 贈与と交換の人間学)についての前稿の続き。

 今村氏は、人間は人間になるのであって、それは、「人間が社会を形成し、社会に聖なるものと俗なるものの差異化を作りだし、「何のために」の記号的世界を形成することである」(96頁)と言う。

 そして、近代経済を批判する。

 「近代の経済的世界は、人間も事物も含む「価値形式」に転換させ、そうすることでいっさいの存在者のVersachlichung(すべてをWertaacheにすること、価値事象化)を成就し、それによって、出発した万物の「価値形式化」(たとえば、商品形式、貨幣形式、資本形式など)を通して、一切のものを物体的に計算可能にする「地平線」を作り上げた。そのときいっさいの存在者は文字通りにVerdinglichung(物体化)の運命のなかに巻き込まれる(VersachlichungとVerdinglichungとの概念的区別については、今村仁司『ベンヤミンの<問い>』[第四章]を参照)」(106頁)。

 「すべての存在者を、それらの総体としての「世界」を、あるいはけっして原則的には物体的処理を許さないものまで含めて、「事物化する」(価値事象化と物体化の二重性をもったそれ)ことを「信じて疑わない」という近代人のふるまいは、まさに民族学の研究対象になるべきであり、そうしたふるまいこそがまさに新たな呪術なのである」(106~7頁)。
 
 そして、モースの引用。
 
 「交換する生産者は、またもや―いつもそうであったが、今度は鋭い仕方で―こう感じている。すなわち、彼は生産物以上のものを、労働時間以上のものを交換しているのだ。彼は自己の何ものかを、自分の時間、自分の生命を贈与しているのだ」。
 
  これを今村氏は次のように説明する。
 
 「生産過程は法的地平の外部にある。労働者は、物を生産するためには、自分の人格的所有である身体とその「生きている労働」の一部を無償(返礼なしに)贈与するのである。当事者たちはそれを厳密には「認識」していないが、それを「感じて」いる。生きている労働は労働身体と一つであり、それは労働するものの生命である。それは人格的な所有(生きている身体、生きている身体活動)の贈与、つまりは自己自身の贈与である。この自己贈与は生産物と不可分であり、交換を通して一緒に移転していくだろうとモースは言っているのである」(118~9頁)。

 これは、一種の労働価値説と言えよう。

 モースの『贈与論』は、三つの義務の解明を課題にあげている。三つの義務とは、与える義務、返す義務、受け取る義務、である。しかし、これらの義務は、実は、与える義務に帰着する。それは、純粋贈与と呼ばれる。これは「言い表しえない」ものだという。それは、デリダが言うコーラと同じだというのである。
 
  「[プラトンの]コーラはエイドスの領域に属するのではなく、模造《ミメーシス》、エイドスのイマージュ・・・の領域に属するものでもない。[コーラは]ある《・・》[存在する]のではない《・・・・・》、それは既知の、あるいは認識された、二つの存在ジャンル[存在のジャンルとロゴスのジャンル]には属さない。コーラは存在するのではない。そしてこの、存在する=の=では=ない、はただ告知される(自分を告知する)ことができるのみである。すなわち、受け取るとか贈与するとかの擬人法的図式を通してとらえることも理解することもできない」(デリダ)。
 
  どことなく、仏教の空論問答を思わせる。存在しないが告知されるものとは何だろうか。それは、言葉以前の感情である負い目感情であると今村氏は言う。このへんは、「語りえないものについては沈黙するしかない」と言語の限界をもって世界の限界とした『論理哲学論考』段階のヴィトゲンシュタインから、後期ヴィトゲンシュタインへという問題意識があるようにも見えるし、意識は外部の反映であるという『唯物論と経験批判論』のレーニンの唯物論と近いようにも見える。レーニンによれば、人間の意識は、外部という最初は「何か」としか言いえないようなあるものから刺激を受け触発されることから形成されていく。今村氏は、レーニン同様、もっとも原初的な意識において、それが外部にあるということを認識し、感じ取るというようなことを述べている。それは「言い表しえない」ものであるにしても、「ある」。しかし、それは、存在には分類されないというのである。このあたりは、ハイデッカーの存在論批判か? それともその深化なのか?
 
  「負い目感情と純粋贈与の観念は、自己の存在を返すことを義務づける。そして自己の返しは、自己贈与であるから、人は言い表しえないものへの贈与を義務づけるられている(と感じる)。根源的に人間は何ものかへ贈与しなくてはならない(贈与する義務がある)。純粋贈与の力は人間の具体的な生活のなかに直接的には現われないが、社会のなかの相互行為をひそかにつらぬいている」(130~1頁)。

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映画『連赤』をめぐって

 『表現者』最新号に、映画『連合赤軍』についての西部邁・富岡幸一郎・笠井潔の座談会が載っていた。

 一言で言えば、ぬるいものだった。時代状況がすっかり変わってしまったことを感じさせるものだ。

 まず、映画を観た若者は、大昔の話を他人事として、単なる映画芸術として観ているはずだ。誰も自分ももしかしたら、あの場にいたかもしれないとは思わないだろう。

 西部もそうは思っていない。それでいながら、多くの者が貧困に苦しんでいるような状況なら、ブランキのように行動するなどと言ってのける。笠井は、大昔に書いた『テロルの現象学』の基本テーゼの観念の自己暴走論なるものを繰り返してみせる。富岡は、何もわからないので、適当なことを言っている。

 連赤については、永田洋子の『十六の墓標』という本に書かれていることが日共革命左派側の問題点を明らかにしているように思われる。ここに描かれているとおりだとすると革左という党は、スターリニスト党である。例えば、革左の婦人解放問題に対する態度で、彼女が批判しているものである。

 コミンテルンの6回大会頃の婦人解放に関するテーゼの類を読むと驚べきことに、婦人の組織化については具体的に書かれているもののその解放論については、同権とあるだけである。スターリニストの婦人への利用主義はあからさまである。かの本を読むと、革左も同じで、そのことに対する疑問が彼女の中に何度も浮かびつつも、それを党改革に結び付けられなかったことがわかる。なんと革左では、組織幹部による強制見合いや男女の共同生活の義務が定められていたという。70年代のウーマン・リブを経ている今日では信じられないようなことである。

 そして、最高指導者川島豪によるレイプの被害者となった永田は、それを公然と会議にかけようとするが、同志の坂口に止められる。なぜ、彼はそれを止めたのか? これは、革命的暴力ではなく、反動的暴力であり、反革命的暴力であるのに。かくして、この組織では、暴力の性格も基準も恣意的なものになっていったのである。それを示すべき幹部が率先してそうしたのである。それは、永田が暴露しているように、この組織の女性解放の内容・性格・基準も恣意的なものになっていたことは、明らかである。

 西部は、連合赤軍に女性が多かったことから、女性一般の性格を指摘しているが、それは女性が強く抑圧・差別されているからで、その解放を社会主義の実現に求めたのである。それに対して、革左がやったことは、反動以外のなにものでもない。彼女は、レーニンが自由恋愛はブルジョア的として否定的だったことを恋愛の否定と解釈したことを反省している。この意味は、ブルジョア的単婚制度は、階級利害による婚姻で、自由恋愛と称して、愛情のない結婚生活の退屈を浮気で紛らわせているという意味であろう。それはエンゲルスが述べたことだが。それに対して、愛情のみを絆とする男女関係は、財産をもたないプロレタリアートにしかないとエンゲルスは述べているのである。ただし、男による暴力を除いて。これが今、ドメスティック・バイオレンスとして問題になっているのだが。

 この問題は、70年代から80年代に大きな問題となっていった。今や左翼がこの問題になんの対策もとらないではやっていけないことは明らかである。

 笠井の観念の自己展開なる観念論は、こうした具体的な総括を無視して、自らが観念遊戯にふけって、問題をもてあそんだだけである。80年代には、それもインパクトがあったのだが、さすがに、20年もたつと、ぬるくしか感じられない。なにせ、特攻隊万歳という小林よしのりの漫画が若い世代に受ける時代である。この三人は、とうてい連赤を今語れるような者たちではない。

 別冊宝島の左翼特集で、荒岱介氏は、連赤事件には、山岳ベースでの同志殺害と「あさま山荘事件」の両方があると述べている。

 『十六の墓標』からは、革左が、連赤事件を引き起こす体質を持っていたことはうかがえる。だとしても、赤軍側がそれを止揚できなかったという問題がある。やはり、基本的に党の問題があったと思う。赤軍派の党観と実際はどうだったのか? 革左のそれらは? そして、党と女性解放、共産主義と女性解放の問題は?・・・

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今村氏『交易する人間』を読む

 故今村仁司氏は、『交易する人間ホモ・コムニセンス』(講談社メチエ178 贈与と交換の人間学)という本を書いている。

 その中で、氏は、人間のつきあい=相互行為=交易と述べている。

 まず、氏は、社会が利益を中心に組織された人間の集団と組織を意味するようになったものだという。それが、societyである。それとsocialを区別しなければならないという。

 フランス語のsocialは、狭い範囲での「つきあい」というほどの意味であり、対面的で、しかも重層的な感情的負荷をもつ「つあきい」であるという。

 socialは、「アソシアシオン」に近いという。

 「アソシアシオン」は内容から言えば「相互扶助」であり、他人を仲間として処遇し、とくに困った人々を援助することを意味する。そしてそうした行為をする制度的な「組織」をも意味するようになる」(21頁)。

 19世紀のアソシアシオン運動は、A相互扶助社会をめざす運動と思想、B制度としての組合の二つの意味があったという。

 「societyは《social》によってはじめて存在可能になる。それなしには社会が社会になりえない何か、それが《social》である。ここで言う「社会」とはいわゆる市民社会であり、実際には、経済、政治、法律、イデオロギーの複数の「自立的な領域」から成り立っている。そうした具体的な社会関係の領域が育ってくる土台または基礎を《social》という。《social》は、他のすべての社会関係が関係として可能になる社会形成力または「社会の絆」である」(24頁)。

 それはまた、潜在的な「敵」である異邦人を「友」に変換する機能であり、力であるという。ケルト人は、異邦人をも彼らの宴会者として招待し、食事が終わった後ではじめて、異邦人が誰であるか、何が欲しいかを質問したという。これはつまり、「異邦人を、異邦人のままで、身分や国籍あるいは民族的所属を超えた「人間として」歓待するということである。

 重要なのは、氏が、《social》を機能=力としていることである。それと、それに、想像的なものと感情を入れていることである。

 そして、氏は、「社会的存在としての人間は相互行為のアンサンブルであり、つまりは相互行為の相互行為である」(45頁)と述べる。

 「一つの事実(相互行為)は重層的に決定(規定)されていると呼ぶともできる」(45頁)として、アルチュセールの重層的決定論を肯定する。そして、ブローデルを引用する。

 「結局のところ、複数の社会が共存し、良くまたは悪しく互いに依存し合う。一つのシステムではなく、いくつものシステム、一つのヒエラルヒーではなく、いくつものヒエラルヒー、一つの秩序ではなく、いくつもの秩序、一つの生産様式ではなく、いくつもの生産様式、一つの文化ではなく、いくつもの文化、いくつもの問題意識、いくつもの言語、いくつもの生き方がある。すべてを複数形にしなければならない」(ブローデル『交換のはたらき』225頁)。

 ブローデルは、包括的社会を全体集合とする。さらに、上位集合による下位集合の包摂によって、ドミナント領域―階層制が生まれると言う。

 それにたいして、レヴィ・ストロースは、社会は交換の束に還元されると主張したと今村氏は言う。今村氏は、レヴィ・ストロースは、人間と人間の関係しか見ていないと批判する。

 「人間は記号とシンボルだけで生きるのではなくて、神々や自然との相互行為を想像的に生きて抜いてきたし、いまもなおそうしている」(54頁)。

 レヴィ・ストロースが、「交換」をもって社会の基本とするのに対して、今村氏は、「交易」を、社会の基本に据える。そして、交換を、市場経済・資本主義経済・近代社会の基本として、退けるのである。氏同様、アソシアシオンを強調している柄谷行人氏は、レヴィ・ストロースの「交換」を基礎タームとしている。今村氏は、柄谷氏が以前使っていた「交通」という概念も不適当だとしている。なお、氏は、レヴィ・ストロースが、男による女性の交換が家族制度を作っているという主張を否定している。このテーゼこそ一部のラディカル・フェミニストや上野千鶴子氏らのマルクス主義フェミニストに受け入れられて、人間はそもそも女性差別によって成り立っているという主張の根拠にされてきたものである。今村氏は、それは、女性の交換ではなく、贈与であると言う。

 もっとも、上野氏は、新しい本では、アイデンティを問い返して、その変化を強調している。彼女は、同性愛の問題に挑戦し、クィア理論をも取り入れている。差別解放運動にとって、アイデンティティの確立は、基本的なものであったが、逆にアイデンティティの強調が抑圧的になると主張するのである。そこには、アイデンティティは構築されるものだというラクラウ・ムフの考えも反映しているのかもしれない。

 「交易の「交」はまじわりであるから、関係的交通(交通的関係)を意味するし、「易」は人間・物体・事柄・観念(心性)などの空間的・時間的移動を意味する」(54頁)。

 氏の「交易」には、労働が含まれている。それによって、ほぼあらゆることが「交易」に含まれることになる。

 今村氏は、「交易」を駆動する力として、身体的生産と維持、集団とそれに属する個人の再生産、自然的動物的生命的な欲望を満足させることだと述べている。

 「身体的欲望は欠如からくる欲望である。欠如は空白であり、真空である。この真空状態を乗り越えようとする努力から外部(自分以外の人間の所有物、そして自然一般)に働きかける意思と意図が生まれる。この意思としての欲望は、略奪形式を別とすれば、労働である」(59頁)。

 労働は、氏によれば、自然との交易、素材と想像的観念の場所移動があるから、「交易」である。

 社会哲学の構築をめざす今村氏としては、存在論的に、根本的意思という次元で考えようというのはわかるのだが、このへんは、ニーチェ的に無理に自己保存の本能から権力への意思が生まれるというようなことを言わなくてもよかったろう。いつとは知れない遠い昔から、人間は、自然の人間化を進めてきたのであるから、身体的欲望もまた第二次自然化されているのである。

 両者の間に絶対的な断絶と飛躍を見るのは、西田幾多郎からきているかもしれないが、それが、氏の思想が、自然的存在としての人間を強調しながらも、人間中心主義的に見える原因ではないだろうか。無・空白・真空・欠如の強調は、ニーチェ的なニヒリズムというよりも、西田哲学からきているのかもしれない。近年のニーチェ研究では、妹たちによるニーチェ原稿の改竄が相当行われたことがあきらかになっているという。とくに、『権力の意思』として出版された原稿は、ひどいようで、妹がナチスの支持者だったために、こういう題名にしたのだろうというのである。この第二草稿の中には、労働者の待遇改善を支持するような文書があり、案外、ニーチェは労働者に同情的だったようである。ニーチェは意外に左翼的なことも書いているのである。

 今村氏は、コミュニケーションということも言っている。この言葉では、人間関係しか表せないということで、「交易」という言葉を選んだのだろう。

 このへんは、マルクスとニーチェとハイデッカーとデュルケムとジンメルとモースとが総合されて、凝縮されている感じである。

 後半は、アルカイックな共同体の話であり、贈与という「交易」の形を基本に論じたもので、それが、市場交換と資本主義近代を超えるという主張である。それについては、別の機会に見てみたい。

 

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終戦前夜の農業の状態

 『日本の歴史』(25)(中公文庫)によると、戦時体制が長引く中、外地からの米の流入も少なくなって、食料不足が深刻となった。農村の男子労働力の不足、化学肥料や農機具の不足、農業日雇賃金の高騰などによる生産の低下が続いた。

 政府は、農業団体法によって帝国農会などを統合して、中央農業会、全国購買販売会と産業組合中央会を改組した全国農業経済会、農林中央金庫、の三つの全国的な農業統制団
体がつられた。これらは、戦後の全農・全販連・農林中央金庫という体制と似てはいまいか。

 政府は、農民に主食の増産を促すため、生産者補助金を出した。それによって、小作米供出価格と生産者の供出価格が二本立てとなった。小作人は、在村地主の飯米分を除いて、地主に代わって直接供出し、生産者価格より低い地主価格部分を現金で払えばよいようになった。これで、物納小作料が実質的に金納になった。小作料率は、3割程度に低下した。

 もっとも、政府が買い上げる米価格は低く抑えられていた。

 供出代金中の地主取り分

            地主価格 生産者価格 反当組収入 反当小作料 実質小作料率
昭和15年産米      43円    43円   86円       43円          50%
昭和16・17年産米    44      49     98         49           44
昭和18・19年産米     47       62・5    125         47             38
昭和20・4月決定          55      92・5      185         55           30・9      (実質)                55     300     600           55             9

 坂本楠彦『日本農業の経済法則』より。反当収量2石、小作料1石とし、地主・小作ともに取り分の全量を供出した試算。
 ※『日本の歴史』(25)中公文庫P428

 この表から、終戦の頃には、実質的に小作制が解体していたことがわかる。

 政府は、戦時農政策として、かなり強引に自作農を創設し、かれらを農村の末端行政役とした。戦後、GHQの農地改革は、実質的に解体していた小作制を完全解体した。ただし、山林は農地解放の対象とされなかったので、山林大地主は生き延びた。

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『レーニン』の伝記によせて

 フランスのソ連研究家のダンコースという人の書いた『レーニン伝』という本を読んだ。

 これは、レーニンの伝記だから、彼の個人的な性癖をも描くのは当たり前だが、それにしても、彼女の精神科学の知識はたいしたことはなさそうである。それにもかかわらず、レーニンの神経症や性格上の厳格主義なるものや野心などの心理的なものを、重要であるかのように描いている。けっさくなのは、レーニンが晩年に脳疾患の発作に襲われたことを彼の厳格さという性格によるものと断定していることだ。おそらく、これは、医学的に証明できないだろう。

 不思議なのは、巻末の訳者解説で、レーニンが農奴出身という神話が同書であきらかになったと書かれていることである。たいていのレーニンの伝記などでは、これまでもずっとレーニンが貴族の出身であることは書いてある。レーニンが農奴出身と書いてあるものなど一度も見たことがない。スターリンは農奴出身の靴屋の父と洗濯女の母の下に生まれた。

 彼女は、個人的性格から事態を見ようとしているのだが、それにしては心理学に詳しくなさそうだし、説明に失敗している。例えば、レーニンは党内で少数派になることがよくあったが、後に逆転するのは、彼の多数派になる執念深さのためだと述べている。彼女は、レーニンは党内で個人独裁者だったとしているのだから、レーニンがわざわざ多数派になるための努力をしなければならなかったことと矛盾する。この本の最後で彼女は、レーニンは矛盾の固まりだとして、評価を投げてしまっている。レーニンは、プラグマティストで、神経症で、厳格主義者で、野心家で、・・・というおよそ人間とは思われないような特異な人格に仕立て上げられた。この伝記は、ペレストロイカの最中に書かれたというが、これが、訳者がいうほどの歴史的な重みを持つものとはとうてい思われない。おそらくは、ペレストロイカが、レーニンの肯定的再評価をしようとしたのに対抗するという政治的な意図をもって書かれたものであろう。

 長尾久氏の十月革命研究では、彼女と違って、この過程でのボリシェビキの役割は誇張されすぎているとして、ソビエトの自立的な面を強調している。それに対して彼女は、レーニンとボリシェビキの影響を大きく見ている。

 はっきり言ってしまえば彼女がレーニンについてどう言おうが、歴史的にはどうでもいいことだ。どのみち、ロシア革命の歴史を作ったのはレーニン個人ではなく、階級闘争である。レーニンを歴史の舞台に押し上げたのはそれである。階級闘争は、第二第三のレーニンを歴史舞台に登場させる。レーニンが善人という神話は間違いだと彼女は言う。レーニンが善人かどうかはたいしたことではない。それは、彼女が善人かどうかが、彼女の作品の評価とたいして関係ないようなものだ。彼女は、ロシア革命をレーニンの作品と呼んでいる。ここに彼女の歴史観が示されている。歴史は、神が書いた作品であるというキリスト教的歴史観が示されているのである。彼女は、大衆は、神の書いたシナリオに従うだけの俳優にすぎないという偏見を持っているのだ。それに、彼女の善悪の基準は、矛盾している。もちろん、権力を握った者と伝記作者を測る尺度は違う。それをごっちゃにしたのは、彼女である。

 最後に、彼女は、レーニンは天才だったと述べている!!

 なお、彼女は、レーニンとイネッサ・アルマンドとは愛人関係にあったと書いている。フィッシャーという人の『レーニン』という本でも、推測と断った上で、愛人関係を示唆している。ただし、この種の話は、伝記に色を添えるエピソードとしてありがちなもので、彼の推測を読んでも、二人の愛人関係を示す確たる証拠と思われるようなものはない。彼は、暗示的なきことを述べているだけだ。レーニンが非常に彼女を信頼していたことは確かなようだ。レーニンとイネッサ・アルマンドのあいだでやり取りされたフェミニズム的議論は、クララ・ツェトキンやコロンタイとのあいだでも行われている。レーニンは、一時的激情と比較的長く続く男女の愛情関係を区別している。前者はあくまでも欺瞞的ブルジョア的婚姻制度を前提としてその倦怠や退屈からの一時的な逃避にすぎないのに対して、後者は相互の信頼と尊敬、相互の人格尊重の態度の上に成り立つものである。短期間に複数の相手と関係を持った大杉栄は前者の限界のうちにあった。もっとも、伊藤野枝に対しては後者に近かったように見える。ただ、伊藤野枝に対する公開ラブレターは、あまりに情けない内容だ。一言でいえば、主体性がないのである。彼は、愛情と一時的激情を区別できなかったのだろうか。彼は、愛情の主体ではなかったのだろうか。

 イネッサの葬儀に参列したレーニンはとても憔悴していたという。信頼する同志を失った時、とくに彼女がいるだけで皆を明るく元気にしたという太陽のような存在の同志を失ったら、レーニンならずとも、肩を落とすに違いない。

 レーニンという若いうちから老けて見えたという見た目は風采が上がらないし、演説もたいしてうまくもない平凡な男が、なぜ、ロシアの政治権力の頂点に立ちえたかという疑問を、彼女は解けなかった。謎はまだある。なぜ、レーニンは、独露が表面的にもっとも良好な関係にあるように見えた時期に、戦争が近いことを予見し、準備しえたのか? 2月革命の頃、ボリシェビキは、わずか2万4千人ほどの少数党派にすぎなかった。それが、10月革命までにどんどん増えていったのはなぜだろうか?・・・。謎は尽きない。 

 ダンコースは、レーニンという人間の多様さ、とらえがたさに戸惑っている。そのままレーニン伝を書いてしまったことはおそらく間違いだったろう。レーニンは、彼女の手に余る。

 この本は、彼女自身が暗示しているように、文学的作品として読むべきなのだろう。

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映画「靖国」騒動

 映画「靖国」をめぐって、右派・保守派が騒いでいる。

 稲田朋美自民党衆院議員が、映画「靖国」が「反日」映画だと報じられたことをきっかけに、映画に文化庁所管の日本芸術文化振興会から750万円の助成金が出ているを問題にして、自民党の「伝統と創造の会」が、上映会を文化庁に求め、その後、週刊誌の反日映画という評価を鵜呑みにした右翼青年一名が、上映を予定していた映画館に情宣をしかけ、映画館側が、まわりに迷惑をかけるなどとして、上映中止を決定したという問題である。

 下の稲田議員らを除く、保守派は、映画を観ないまま、あれこれと批判を書き連ねている。産経「正論」にはいくつもそういう文章がある。今、問題はどうやらこの映画で登場する靖国に刀を納めてきた刀匠の問題になっているようである。映画を観ていないので、具体的なことはわからない。

 稲田議員は、映画の上映中止に責任があるかのごとき、一部世論に対して、下の反論を書いた。

 稲田氏は、「助成の要件である(1)日本映画であること(2)政治的、宗教的宣伝意図がないこと-を満たしていない」として、助成すべきではなかったと主張している。その理由は、日本映画ではないからだという。その理由を「映画「靖国」の製作会社は日本法により設立されてはいる。しかし取締役はすべて中国人である。平成5年、中国中央テレビの日本での総代理として設立されたというが、映画の共同製作者は2つの中国法人(団体)であり、製作総指揮者、監督、プロデューサーはすべて中国人である」と述べている。

 法律は、「日本映画とは、日本国民、日本に永住を許可された者又は日本の法令により設立された法人により製作された映画をいう。ただし、外国の製作者との共同製作の映画については振興会が著作権の帰属等について総合的に検討して、日本映画と認めたもの」という要件をあげている。上のようなケースについての規定はないので、稲田氏のような解釈の正誤を判定できない。氏の主張は、そう解釈もできるという程度のものであろう。

 政治性については、「靖国神社をテーマにしていること自体、政治性が強い。小泉元総理の靖国参拝をめぐっては国内外で議論があり、特に日中間で政治問題化した。しかも、この映画のメーンキャストは小泉元総理と靖国神社を訴えていた裁判の原告たちである」という理由で、あると判定している。ここは意味がとりづらい。「靖国神社をテーマにすること自体が、政治性が強い」ということの理由が次の文に書かれているのだろうか? つまり、「小泉元総理の靖国参拝をめぐっては国内外で議論があり、特に日中間で政治問題化した。しかも、この映画のメーンキャストは小泉元総理と靖国神社を訴えていた裁判の原告たちである」から、政治性が強いということだろうか? 靖国神社への小泉首相の参拝をめぐって議論があったこととそれが日中間で政治問題化したことは、この映画の内容の政治性とどう関係しているのかがわからない。まして、「この映画のメーンキャストは小泉元総理と靖国神社を訴えていた裁判の原告たちである」というのは、映画の内容との関連がわからない。なんとなく、裁判の原告がメーンキャストだから、原告の立場に立った映画だと言いたいのではないかと思われるが、例えば、東条英機をメーンキャストにした東条批判映画というのもありうるわけだから、メーンキャストが誰かということだけでは、内容の政治性はわからない。その点を確かめるために、試写会を開いて、実際に映画を観たのではなかったのか。要するに、氏は、法律家の目で外形を観るだけで終わっているのである。

 そのことは、氏自身、「私たちが問題にしたのは、この映画自体ではない。そこに文化庁所管の日本芸術文化振興会が750万円の公的助成をしたこと、その一点についてである」と述べている。つまり、合法か否かだけを問題にしたということである。しかし、稲田氏の違法とする判断根拠は上に述べたように怪しいものである。

 他方で、氏は、この映画の内容を批判している。映画から、いくつかのメッセージが読み取れたという。一つは、「私も弁護士の立場から靖国神社の応援団として裁判にかかわったが、原告らは一貫して「靖国神社は、死ねば神になると国民をだまして侵略戦争に赴かせ、天皇のために死ぬ国民をつくるための装置であった」と主張していた。映画からは同様のメッセージが強く感じられる」というもの。氏は、「映画の最後で、いわゆる南京大虐殺にまつわるとされる真偽不明の写真が多数映し出され、その合間に靖国神社に参拝される若かりし日の昭和天皇のお姿や当時の国民の様子などを織り交ぜ、巧みにそのメッセージを伝えている」と述べている。南京虐殺では、日本人が虐殺されたのではなく、中国人である。死ねば神になるとだまされたのは、日本人である。単純に考えれば、これは、国内平和と戦地の悲惨さを対照したものだろう。そこに巧みなメッセージなどを見る稲田氏は、深読みしすぎではないだろうか? ちょっとスターリンばりに、猜疑心が強すぎという気がする。

 「私は、大虐殺の象徴とされる百人斬り競争で戦犯として処刑された少尉の遺族が、百人斬りは創作であり虚偽であることを理由に提起した裁判の代理人もつとめた。遺族らに対する人格権侵害は認められなかったが、判決理由の中で「百人斬りの記事の内容を信用することができず…甚だ疑わしい」とされた。ところが映画では百人斬りの新聞記事を紹介し、「靖国刀」をクローズアップし、日本軍人が日本刀で残虐行為をしたとのメッセージを伝えている」というところは、氏の誤読のような気がする。

 「これらを総合的に判断すると、「靖国」が「日本映画」であり「政治的宣伝意図がない」とし、助成金を支出したことに妥当性はない」と氏は結論する。ずいぶん偏った総合に見える。これでは、総合の名に値するものとはいえないだろう。

 別にこの映画の公開に反対したわけではないといっても、氏の場合、自分が最高権力を握る与党議員という立場にあるということ、その身分は、民間人ではなく、特別公務員であるということをわきまえる必要があることは明らかではないだろうか。

 「表現や言論の自由が最大限尊重されなければならないのは民主政治の過程に奉仕するからであり、表現の自由の名のもとに政治家の言論を封殺しようとすることは背理である」と氏は言うのだが、これもまた稲田氏の強い被害者意識が出ている感じがする。世論は、稲田氏に権力をもって言論封殺を強制することはできないからである。この場合には、稲田氏は、他者の言論や表現の自由を守ってこそ、自分のそれらが本当の意味で守られるのだということを理解する必要がある。一時、氏も加わっての表現の自由の名のもとに政治家の言論を封殺しようとした反フェミニズムやサヨクへのバッシングの嵐は、一体、どう説明するのか? まさか、サヨクの場合はだめで、保守派の表現の自由だけが、最大限尊重されるとは言わないだろう。なお、民主政治の過程に奉仕する政治家に、表現・言論の自由を最大限尊重するようになったのは、戦前の反省からであり、戦後民主主義的価値観を示すものだ。「靖国神社は、死ねば神になると国民をだまして侵略戦争に赴かせ、天皇のために死ぬ国民をつくるための装置であった」ことを含む戦前の否定からそうなったのである。

【正論】文化庁の映画助成 衆議院議員、弁護士・稲田朋美

 ■助成の妥当性だけを問うた

 表現・言論の自由が保障されたわが国において、たとえ政治的、宗教的な宣伝意図のある映画を製作しようと公開しようと自由である。今回、映画『靖国 YASUKUNI』(李纓監督)の一部映画館での上映中止をめぐって私が批判の矢面に立たされている。私たちが問題にしたのは、この映画自体ではない。そこに文化庁所管の日本芸術文化振興会が750万円の公的助成をしたこと、その一点についてである。

 発端は一部週刊誌が「反日映画『靖国』は日本の助成金750万円で作られた」と報じたことだった。試写会を見た複数の友人からは、この映画に弁護士時代の私が映っているとも伝えられた。もちろん私は、この映画で観客の目にさらされることを同意したことはなかった。

 そこで2月に、私もメンバーである自民党若手議員の「伝統と創造の会」(「伝創会」)で助成金支出の妥当性を検討することになり、文化庁に上映を希望した。当初、文化庁から映画フィルムを借りて上映するとして、日時場所も決めたが、その後製作会社が貸し出しを拒否する。そして文化庁協力と書かれた国会議員向け試写会(主催者不明)の案内が配布され、伝創会の上映会は中止に追い込まれた。

 朝日新聞が報じたような「(私が)事前の(公開前)試写を求めた」という事実は断じてない。助成金を問題にする前提として対象となる映画を見たいと思うのは当然であり、映画の「公開」について問題にする意思は全くなかったし、今もない。「事前の試写を求めた」という歪曲(わいきょく)について朝日に訂正を求めているが、いまだ訂正はない。

 ≪「日本映画」ではない≫

 結論からいって同振興会が助成金を出したのは妥当ではない。助成の要件である(1)日本映画であること(2)政治的、宗教的宣伝意図がないこと-を満たしていないからだ。

 まず、この映画は日本映画とはいえない。振興会の助成要項によれば「日本映画とは、日本国民、日本に永住を許可された者又は日本の法令により設立された法人により製作された映画をいう。ただし、外国の製作者との共同製作の映画については振興会が著作権の帰属等について総合的に検討して、日本映画と認めたもの」としている。

 映画「靖国」の製作会社は日本法により設立されてはいる。しかし取締役はすべて中国人である。平成5年、中国中央テレビの日本での総代理として設立されたというが、映画の共同製作者は2つの中国法人(団体)であり、製作総指揮者、監督、プロデューサーはすべて中国人である。

 さらに靖国神社をテーマにしていること自体、政治性が強い。小泉元総理の靖国参拝をめぐっては国内外で議論があり、特に日中間で政治問題化した。しかも、この映画のメーンキャストは小泉元総理と靖国神社を訴えていた裁判の原告たちである。

 ≪歪曲された私の意図≫

 私も弁護士の立場から靖国神社の応援団として裁判にかかわったが、原告らは一貫して「靖国神社は、死ねば神になると国民をだまして侵略戦争に赴かせ、天皇のために死ぬ国民をつくるための装置であった」と主張していた。映画からは同様のメッセージが強く感じられる。

 映画の最後で、いわゆる南京大虐殺にまつわるとされる真偽不明の写真が多数映し出され、その合間に靖国神社に参拝される若かりし日の昭和天皇のお姿や当時の国民の様子などを織り交ぜ、巧みにそのメッセージを伝えている。

 私は、大虐殺の象徴とされる百人斬り競争で戦犯として処刑された少尉の遺族が、百人斬りは創作であり虚偽であることを理由に提起した裁判の代理人もつとめた。遺族らに対する人格権侵害は認められなかったが、判決理由の中で「百人斬りの記事の内容を信用することができず…甚だ疑わしい」とされた。ところが映画では百人斬りの新聞記事を紹介し、「靖国刀」をクローズアップし、日本軍人が日本刀で残虐行為をしたとのメッセージを伝えている。

 これらを総合的に判断すると、「靖国」が「日本映画」であり「政治的宣伝意図がない」とし、助成金を支出したことに妥当性はない。

 私は弁護士出身の政治家として、民主政治の根幹である表現の自由を誰よりも大切に考えている。だからこそ人権擁護法案にも反対の論陣を張っている。表現や言論の自由が最大限尊重されなければならないのは民主政治の過程に奉仕するからであり、表現の自由の名のもとに政治家の言論を封殺しようとすることは背理である。(いなだ ともみ)

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