« 今村氏『交易する人間』を読む6 | トップページ | 上野千鶴子氏『ナショナリズムとジェンダー』によせて1 »

『蟹工船』ブームに寄せて

 小林多喜二の『蟹工船』が、売れているという。

  それについて、6月日号の『週刊朝日』に「蟹工船」読者会@かに道楽という座談会記事が載っていた。かに道楽というかに料理の店で行われたもので、しゃれのつもりらしい。

  この解説によると、「1929年(昭和4年)に発表されたプロレタリア文学を代表する小説。舞台は、極寒のカムチャッカ沖でカニを獲り、缶詰に加工する蟹工船。出稼ぎ労働者たちは、低賃金で過酷な労働にさらされていた。監督の浅川は暴力で船内を支配する。過労や暴力のため命を落とす仲間の姿を見た労働者たちは、団結し、浅川に立ち向かうことを決心する―。作者の小林多喜二はこの作品を発表した4年後、治安維持法違反の疑いで特高警察に逮捕され、拷問を受け死亡した」。

  この作品を20代と30代の若手記者はどう読んだか?

  C 今すっごい売れ点でしょ~。

  B 銀座では、どの書店に行っても売り切れでしたよ。
 
  D 今年に入って、例年の5倍近い勢いで売れているらしい。私の行った新宿の書店では逆に平積みになっていたよ。

と、『蟹工船』が売れているという話から入る。

  D 売れだしたのは、今年1月9日付の毎日新聞での、作家の高橋源一郎さんと雨宮果凛さんの対談がきっかけなんだよね。

   そして、

  C 今の若者は教育の機会を与えられているでしょ。ここに描かれている人たちとは環境が違う!

と、共感できないと言う人が現われる。セレブだからじゃないとつっこまれる。それにたいして、Bは、共感できると言う。

  B 私、高校生の時、飲料メーカーの工場で、ひたすらペットボトルにオマケをつけるバイトをしていたせいか、共感するワーキングプアの気持ち、わかるな。・・・クーラーもない掘っ立て小屋みたいなところで、延々オマケをつけるんです。立って作業するんで、次々バイトが倒れていく。・・・すごい空気の悪い地下工場で、携帯電話の部品にひたすらシールを貼る仕事もしましたよ。1分間に100台の携帯電話がベルトにのって流れてくる。・・・日給8千円、て謳ってたけど、交通費も出ないし、物損保険料とかいって、いろいろ引かれるから、手取りは6千円ちょっと。派遣元はあのF社だったんですけどね。

  Bには、こんなバイト・派遣労働体験があったわけだ。Dもワーキングプアの若者が共感するのはわかるという。

  B 私も共感するのはわかるな。時代背景は違うけど、「搾取する側」と「搾取される側」が分かれているという構図は変わらなくて、働いても働いても、貧しさから抜け出せないっていう閉塞観は今も同じだと思う。

  若者から「搾取」という言葉が出てくるとは時代が変わったものだ。

  今度は、小説としての評価に話が進む。

A 私ね、この小説に感情移入できないのは、内容うんぬん以前に、登場人物全員、キャラが立っていないからだと思うんですよ。

B ああ。誰が主人公なのかわからないっていうか、主人公がいないもんね。

C うん。正直、これまで読んだことのないタイプの小説だった。

逆にいえば、今の小説の多くは、キャラを立たせることで、読者を獲得していたということである。そして、登場人物は、主人公と脇役が分かれている。小説には、主人がいるということだ。「搾取する側」と「搾取される側」が分かれているという構図そのものを描こうと思ったら、どうなるか? 搾取する側を、暴力そのものとして描くということである。それは、アレゴリーとして言語化するしかなから、監督の浅川のように、人であって人ではないといういうように表象するほかはないということになる。それに対して、搾取される側は、すべてを奪われている者たちだから、抽象的に描くほかはない。キャラを立てられるのは、搾取する側であるから、多くの小説は、搾取する側に立つ保守的なものであると言える。

  プロレタリア文学は、戦後、さまざまな批判を受けてきたけれども、きちんと評価されたことはないと思う。スターリニズムか反スターリニズムかというイデオロギー論争の中でなんとなく過去の遺物に追いやられたように思う。しかし、スターリニズム体制が崩壊した今日、あらためて、読み直されてもいいのではないかと思う。

  A 現代は、こんなに単純じゃないと思うんですよ。この小説のなかで労働者を使う経営者はとんでもなく悪く描かれているけど、今って、中小企業とかは労働者を使う経営者も苦しいわけじゃないですか?

  中小零細経営者は、小ブルジョアジーで、労働者とブルジョアの間で動揺する中間層である。労働者寄り苦しむ映画「男はつらいよ」の印刷屋の零細経営者のタコ社長のような経営者もあるわけだ。

  そして、今では、やや、アナクロな認識となった以下の発言。

A それに共産主義が成功しなかったことはソ連や他の国がすでに証明しているわけですよね。なんかそう考えるとさめざめした気持ちになっちゃって・・・。

  これは、オルタナティブの喪失が、若者から未来への希望を奪ってしまっているということを示している。これは先行世代の責任でもある。ソ連の現実があれでは無理もないことではあるが、あきらめるわけにはいかない。

  D 貧困に悩む若い読者は、みんなが団結して立ち向かう姿がうらやましいって思うとも聞いたよ。

  労働者の最大の武器は団結である(マルクス)。

  最後は、船旅は、長期にわたって人々を同じ環境に閉じ込めるので、皆を仲良くさせるという話で終わりである。

  船を企業に置き換えてみれば、企業別組合とか企業一家とかいう団結形態も思い浮かぶが、日雇い派遣のように、毎日職場が変わるような場合は、どんな団結形態がありうるのか? 難問だ。

  「希望は戦争だ」という考えから想像していくと、徴兵制、軍隊、戦友、退役、在郷軍人会、軍人恩給受給者の会・・・という感じか。戦死したら、靖国神社に集うか。

  個人加盟方式のユニオン型の地域労組が当面の団結形態だろう。

  「時代背景は違うけど、「搾取する側」と「搾取される側」が分かれているという構図は変わらなくて、働いても働いても、貧しさから抜け出せないっていう閉塞観は今も同じだと思う」というのは、『蟹工船』ブームの一因をあらわしているものと思われる。

それにしても、雨宮さんの人気にあやかって、プロレタリア文学まで儲け商売にする出版界・書店業界の商魂には驚くほかはない。

|

« 今村氏『交易する人間』を読む6 | トップページ | 上野千鶴子氏『ナショナリズムとジェンダー』によせて1 »

「雑文」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 今村氏『交易する人間』を読む6 | トップページ | 上野千鶴子氏『ナショナリズムとジェンダー』によせて1 »