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『バックラッシュ』をめぐって

『バクラッシュ』(双風社、200年7月初版)は、バックラッシュ現象をめぐる諸論考を集めた本で、この間のバックラッシュの問題点について整理するのに便利な本である。

  バックラッシュ自体は、90年代の「慰安婦問題」や国会での侵略戦争謝罪決議への保守・反動派の反発などがあって、90年代には強まりつつあったのだが、「ジェンダー・フリー」への攻撃などフェミニズムに対するバックラッシュが本格化するのは、2000年代になってからであり、「日本を守る国民会議」や「新しい歴史教科書をつくる会」が結成されてからである。と、「ジェンダー・フリー論争とフェミニズム運動の失われた一〇年」の山口智美さんは言う。

  戦争認識や歴史認識などをめぐって、保守反動派との長い闘争の歴史から見ると、なんとはなしに、今のバックラッシュは長く続いていたように思っていたが、これが本格化したのは、ここ数年のことだったのかと案外短いことに気づかされた。

  山口さんは、1996年に解散した「行動する女たちの会」にかかわった経験のある人である。この会は、それまで20年にわたって活動してきたのだが、行政側から始まったジェンダー・フリー、「男女共同参画政策」などによって、人も資金も集まらなくなったという。

  彼女は、行政主導のジェンダー・フリーに批判的である。彼女は、ジェンダー・フリーを始めて使ったのは、東京女性財団の発行した『Gender Free 若い世代の教師のために』(1995年、深田智子、田中統治、田村毅)であったという。1994年には男女共同参画審議会が発足した。95年には、「男女共同参画ビジョン」「男女共同参画2000年プラン」が公表された。

  これらについて、彼女は、「従来の女性運動にかかわってきた者よりも、むしろ行政と女性学者、そして男性のジェンダー学者が組み、引っ張ってきたのが「男女共同参画」だという側面がある」(246頁)と述べている。

  そして、彼女は、『Gender Free 若い世代の教師のために』の認識が、フェミニズム運動が根本的な変革を志向してきたことを無視し、男女平等の制度はだいぶできたので、あとは心理や意識の変化が必要だというものであることを指摘する。とくに学校教育における男女平等は進んだとしており、後は生徒たちが社会に出て、教育されたことを社会に広めれば、男女共同参画社会になっていくだろうというわけだ。

  これはどこか別のところでも聞いたことのある理屈である。そう、部落問題である。同和対策特別措置法の廃止の理屈と似ている。この分野でも、後は、意識を変えればいいのだという理屈である。

  この行政・学者主導のジェンダー・フリー、「男女共同参画」運動を、彼女は、フェミニズムはもともと女性運動であるのに対して、男女の協力を強く謳っている点で、融和主義的で、男が多く参加していることを問題視する。そして、制度よりも意識や心理を強調していることも問題にしている。学校は、男女共同参画社会の未来的なモデルであって、だから、そこではすでに男による女への差別はなくなりつつあり、後は遅れた意識を変えるだけでよいとされた。

  それに対して、バックラッシュ派は、ジェンダー・フリーは、男女の違いを解消するものだとしてもう反発した。このバックラッシュの運動主体になったのは、もともとあった保守系組織や信仰宗教団体や自民党や民主党内の右派グループである。とくに、右派宗教団体の統一教会は猛烈な批判を展開した。それとキリストの幕屋は動員や資金面でこの運動を支えた。

  しかし、山口氏が指摘しているように、バックラッシュ派のジェンダー・フリーは、もともと行政が上から起こした運動で、フェミニズムの方は、あまり関係はなかった。それを、バックラッシュ派は、フェミニズムから共産主義による陰謀の如く描いたのは、ドンキホーテが風車を怪物と信じて突撃したのと同じことだったのである。

  しかし、このバックラッシュが一時、女性を含めた草の根的な広がりを持ったことには、多少の危惧を覚える。そこには、上からのジェンダー・フリー化への反発や女性の階層間の対立、専業主婦層の働く女性への反発とか、宗教的な理由での反発とかいろんなことがある。それらの問題は今も続いているわけで消えたわけではない。

  それに対して、上野千鶴子氏は、同本のインタビューで、日本の戦後のバックラッシュは、20年周期で起こる現象だとして、軽く見ている。この20年前のバックラッシュは、草の根を目指しつつも、既存の保守組織を動員することができただけであったが、今回は、それ以外の一般大衆層にも多少広まったというのが違うところである。それに対して、フェミニズム運動は、行政・学者などのエリート運動に偏しており、大衆的基盤が薄いのが気になるところだ。

  山口さんは、フェミニズムの論客の伊田広行氏や「男学」の提唱で知られる伊藤公雄氏にも批判的というか懐疑的である。これは、差別解放運動というのは、自己解放運動だという基本的な考えから来ているのだろう。これは正しい。しかし、これを上野氏のように「代弁=代表」一般の否定というふうに抽象的に言ったら間違いになる。あるいは、言うのは自由だが、そう言ったところで、それから逃れられるわけではない。「わたし」は、それが可能な特権的な場所ではない。上野氏は、脱構築のデリダから今度はフーコーに乗り換えたようだが、それではこれまでの脱構築の話はどうなったのか? こういう人の話をどう聞いたらいいのか、わからない。

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コメント

≪中華民国憲法は、男女平等と書かれているようです≫

 中華民国(台湾)憲法の第7条によると
 「中華民国(台湾)の人民は、男女、宗教、種族
  階級、党派を分つこと無く、法律上では一律の平等が在る。」
  と書かれているようです。 


http://info.gio.gov.tw/ct.asp?xItem=13370&CtNode=904&mp=1#2

http://74.125.153.132/search?q=cache:OtskNgNz6xsJ:www.gio.gov.tw/info/news/constitutionc.htm+%E4%B8%AD%E8%8F%AF%E6%B0%91%E5%9C%8B%E6%86%B2%E6%B3%95&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&lr=lang_zh-TW

 中華民國行政院新聞局

  中華民國憲法

  ・第 二 章 人 民 之 權 利 義 務 § 7-§ 24


   中華民國三十五年十二月二十五日制定
   中華民國三十六年一月一日公布
   中華民國三十六年十二月二十五日施行


   第一章 總綱

     ~

   第二章 人民之權利義務

    第七條 中華民國人民,無分男女,宗教,種族,
        階級,黨派,在法律上一律平等。


   版權所有:行政院新聞局‧10051台北市天津街2號

投稿: えもんかけ | 2009年9月18日 (金) 06時11分

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