« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »

2008年7月

『部落解放運動への提言』について4

  『部落解放運動への提言』の(2)一連の不祥事の背景の分析と問題点は、まず、過去の教訓が生かされなかったとして、「今度こそ、事件の背景にある運動論、組織論にも、固定観念にとらわれずにメスを入れ、原因と問題点を真剣に分析、考察する必要がある」と述べている。

  そしてまず、行政と運動団体幹部の癒着を指摘する。

  運動団体対策、団体幹部対策、信頼関係という美名の馴れ合い、主体性を忘れた行政の事なかれ主義、行政側は円滑な行政執行のために、積極的に有力幹部の力を利用、と同和行政の問題点を指摘する。そうはいっても、今日の行政が主体的に人間解放を担うと考えるのは、あまりに行政を買い被っており、もともとこれらの指摘する行政のやり方は、行政の本質に根ざしているものであろう。行政がそうならないように、運動側がチェックする必要があるわけだ。

  その点では、「本来、行政と運動団体は、お互い主体性を持ち、それぞれの責任と役割分担を明確に自覚して、共通の目標に手を携えて取り組むべきなのに、その筋道を間違え、自立自闘の精神が忘れられがちであった。運動の力点が対外志向、つまり対行政が中心になってしまって、自分たちの運動体の中に向けて展開しきれなかったことが、不祥事を惹き起こした主要な原因と言える」という指摘には問題がある。なぜなら、行政の主体性とは、統治・支配の主体性であり、「それぞれの責任と役割分担を明確に自覚して、共通の目標に手を携えて取り組むべき」対等のパートナーではないからである。問題は、部落解放運動が、行政運動に主体性を奪われてしまったということだ。

  それを『提言』は「行政にすべての責任を転化させる行政責任万能主義に流され、行政依存体質に陥る傾向もあった」という形で指摘しているが、行政を解放運動の主体とする考えは違うと思う。

  「自立自闘の精神が忘れられがちであった。運動の力点が対外志向、つまり対行政が中心になってしまって、自分たちの運動体の中に向けて展開しきれなかったことが、不祥事を惹き起こした主要な原因と言える」。

  こういうのはわかる。

  「行政から事業を引っ張ってくる、金を集めてくることができる人物が能力ある指導者であるかのように勘違いされた場合があった。それが幹部請負主義を助長し、ここからも権力構造が生まれると同時に、組織が空洞化し、運動が衰退した要因となっている」。

これは与党政治家をはじめ、政治家のやり方といっしょである。これでは組織は、幹部の後援会のようになる。運動は、政治・文化・社会等々の関連する様々な問題の議論の場であり、教育の場であり、実践を通じて問題を解決する主体を育てる場でもある。行政は、あくまでも問題の行政的側面の主体であるにすぎない。どんな運動主体でも、当初はシングルイシューとして出発しても、問題の多様な側面と多様な連関に広がっていって、広範な領域との関連と絡み合いを認識し、それらを結びつけて対応せざるを得なくなる。部落差別と女性差別、民族差別などが絡み合っているし、それらを関連付けないと人間解放というような普遍的な差別解放運動として部落解放運動が位置づかない。

  ①生かされなかった過去の教訓

  部落解放同盟中央本部が「大阪・飛鳥会問題等一連の不祥事に関わる見解と決意」の中で、「決して『個人的犯罪』とか『権力からの弾圧』とかということだけで済まされるような問題ではない」とし、「このような個人を生んだ運動的・組織的体質はなかったのかということを徹底的に自己切開・自己点検する」と表明したのは、当然のことであった。
過去にもさまざまな不祥事があったが、組織防衛的発想が先に立ち、一過性の統制事案で処理され、問題の本質的な掘り下げが足りなかったがゆえに、教訓が生かされなかったのではないか。今度こそ、事件の背景にある運動論、組織論にも、固定観念にとらわれずにメスを入れ、原因と問題点を真剣に分析、考察する必要がある。

  ②行政と運動団体幹部の癒着

  今回の不祥事はもとより、過去の不祥事にさかのぼって検証しても、その背景には行政と運動団体幹部の一部との癒着がある。
  ここには、真に人間解放をめざす同和行政というよりは、運動団体対策であり、団体幹部対策にすぎなかった一面がある。信頼関係という美名の馴れ合いであった。主体性を忘れた行政の事なかれ主義が団体幹部の顔色をうかがい、トラブルさえなければよしとする風潮を招いた。あるいは、行政側は円滑な行政執行のために、積極的に有力幹部の力を利用することもあった。運動団体の中にはそれにあぐらをかいた一種の「強面(こわもて)」の権力構造を生んだ側面があり、「同和はこわい」という偏見に被差別の側も乗じて、不当な私的利益・便宜供与の要求を行政に突きつける者たちも出現した。
  いわゆる部落解放運動の先進地と言われたところで、不祥事が噴出したことに、一層根の深い問題がある。そして、上記の傾向が単に不祥事を起こしたところのみならず、その他のところにおいてもまったくないとは言えないところに大きな問題がある。

③行政要求一辺倒が招いた行政依存体質

特別措置法時代、同対審答申の完全実施を求める行政闘争が展開され、行政側もそれを真摯に受けとめ、多くの成果を挙げたことは確かである。社会正義を求め、社会的支持が得られる行政交渉であれば、何ら臆することはない。だが、いつのまにか行政にすべての責任を転化させる行政責任万能主義に流され、行政依存体質に陥る傾向もあった。
本来、行政と運動団体は、お互い主体性を持ち、それぞれの責任と役割分担を明確に自覚して、共通の目標に手を携えて取り組むべきなのに、その筋道を間違え、自立自闘の精神が忘れられがちであった。運動の力点が対外志向、つまり対行政が中心になってしまって、自分たちの運動体の中に向けて展開しきれなかったことが、不祥事を惹き起こした主要な原因と言える。
行政から事業を引っ張ってくる、金を集めてくることができる人物が能力ある指導者であるかのように勘違いされた場合があった。それが幹部請負主義を助長し、ここからも権力構造が生まれると同時に、組織が空洞化し、運動が衰退した要因となっている。

| | コメント (0)

『部落解放運動への提言』について3

『部落解放運動への提言』は、冒頭で、以下のように書いている。

「このような状況の中で、前近代からの「部落賤視観」と、同和対策事業の過程で醸成された「ねたみ意識」を共存させている人たちには、「やっぱりそうか」と、ますます差別意識を増幅させることになった」。

問題はここでいう「前近代からの「部落賤視観」と、同和対策事業の過程で醸成された「ねたみ意識」を共存させている人」である。

前者は、穢れ観念によるものと言えようが、後者は、民主主義観に問題があると言えよう。

後者の場合、「ねたみ意識」をもつ人とはどういう人たちかを分析する必要がある。まず、こういう人は金持ちではなさそうである。こういう人たちが、改良住宅程度の居住レベルにねたみを感じそうもないからである。ありそうなのは,このレベルに近いか、それ以下の生活水準にある層に属する人々である。こういう層の人々なら、部落民を特別扱いするのは不公平だと感じても不思議はないという気がする。民主主義について素朴な考えしかもっていないで、単純に民主主義=平等ととられえているというふうに思うのである。

もう一つ考えられるのは、重税感に襲われているような人々である。税の使い道に敏感になり不平を感じているような人々である。自分たちが汗水働いて稼いだ金を税金に持っていかれ、それが同和事業に使われすぎていると感じているような人々もいそうである。

それに意図的に人々の「ねたみ意識」をかきたている政治勢力もありそうである。月間『宝島』は、在日特権なるものの告発を試みる特集を組んだことがあり、右派のチャンネル桜でも同様の内容が流されたことがある。そんな差別主義的な集団が扇動している可能性がある。

多数派の少数派に対する譲歩は民主主義の一つであり、それはある意味、少数派に特権を与えることである。もちろん、それは近代民主主義の中では、本当の特権者たる官僚・ブルジョアジーや大金持ちの特権とは違うものである。多数者以下の少数者を多数者の水準に引き上げるための特権である。

同和対策によって、もはや特権なしに、部落の水準は多数者レベルに達しただろうか?

『提言』は「教育や就職の面ではまだまだ不十分であるが、ともかく環境面では全国の多くの部落が一般市民社会の水準に概ね仲間入りをした」と述べている。その認識の前提は、「部落解放運動の目的は、まず市民社会の水準に部落民の生活を向上させることにある」という認識である。これがまず朝田理論と大きく食い違っている。なるほど朝田理論は、部落の劣悪な環境の改善を行政闘争によって勝ち取ることを目指した。しかし前に書いたように部落差別を主要な生産関係からの排除と述べ、資本主義と部落差別と結びつけていた。この面では就職差別との闘いということがあり、この点の評価が必要である。

『提言』は全体に部落解放運動を、人権運動・地域運動として描いており、層や身分といった階層性にはあまり触れていない。そしてやたらと人間主義を強調している。

『提言』が「運動理念も衰退し、組織実態においても空洞化がみられる」というのは、前に引用した山内政夫氏の言によれば、もともと改善事業の受け皿をつくるために外から人が入って作られた支部があって、それは事業がなくなれば組織実態が空洞化するのは当たり前である。

再度引用すると山内氏は、「こんな事業がなくても良かったんじゃないかということ。そのような議論をしてみる必要があるね。昔の私らの感覚の中では、部落というのは貧しくても活気あって元気やったし、神秘的な面もあったし、いろいろな人がおったし、好き嫌いでいうとああいうのがすっきゃね。何かハコモノが変わってどこ探しても人がいないと。一面、美しくなって市民に近づいた。市民らしくなるのは結構やけど。それって全然解放運動という実感をしない。同和事業の根幹的な見直しということはそういうことなんでね。ただ、だからやめるとかそういう話ではなくてね。もうはなっからね、はなっからあってよかったんかどうか分からん。そういう話です」と述べている。

つまり、同和事業の中で、非資本主義的な地域共同体としての魅力がなくなっていったということである。それは高度経済成長期の「列島改造」の中で、駅前の風景をはじめ日本国中どこに行っても似たり寄ったりの風景になっていったのと同じだということである。そのような故郷に愛着を持ちにくいのは当然である。どのような地域を作るのか、それを住民自身が決めていくということが必要で、それが運動だということである。大昔の誇るべき歴史や文化を学ぶだけではなく、今誇りと愛着を持って住めるような地域を作るということである。

「提言委員会は、こうした危機的状況を直視しながら、部落解放同盟が真に時代の要請に応える新しい運動の展望を切りひらき、人間解放の崇高な理念にもとづく活力ある組織として再生するためには何をなすべきか」と言うのだが、まず部落解放とは部落民が市民になることではないということをはっきりさすべきだろう。人間解放の意味は、差別者の差別からの解放と被差別者の差別からの解放の両方であり、部落差別からの被差別部落民の解放だけでは、部落民の差別者としての解放―民族差別、下層差別、女性差別、障害者差別、階級階層差別、等々から解放されないからである。それがこの間解放同盟が力を入れてきた反差別共同闘争の意味だと思うが、それはすでにこれらの差別から解放されたわけではない市民になることではなく、市民もまた差別から解放されなければならないのである。ある一面において、あるいは別の差別から解放されていない市民になるというのは問題である。あらゆる差別から解放された市民になるのはもちろん人間解放だが、今、そんな理想の市民は存在しない。その基本には、階級差別がある。それはなくなっていない。それから解放された市民はいないから、市民になることは人間解放にはならない。

(1)はじめに―危機的状況を直視する

大阪・奈良・京都で発生した今回の一連の不祥事は、人権の確立と社会正義の実現を掲げる運動団体としては、あってはならない事件であった。これらの事件は、市民社会の倫理から大きく逸脱した事犯であった。
まじめに部落解放運動に取り組んできた多くの部落大衆は、胸を締めつけられる思いでテレビや新聞報道を見たであろう。全国水平社以来の部落解放運動の先駆性を胸を張って語ってきたにもかかわらず、水面下でこのような事態が起きていたのである。
それとともに部落解放運動と連帯してきた多くの人たちにも深い衝撃を与えた。
これら一連の不祥事の経過を見ても、決して「偶発的で個人的な問題」ではない。
1965年の「同和対策審議会答申」を受けて、1969年に制定された「同和対策事業特別措置法」以来、運動の内部においてしだいに体質化され構造化された諸要因にもとづくものとも言えるであろう。
したがって今回の事件は、指導部の謝罪や関係者の除名でもって、信頼が回復できるような問題ではない。確固たる解放の運動主体が形成されないままに、部落解放同盟が社会的に孤立し、権力の介入や行政の部落問題解決への責任放棄を招く危機的事態に立ち至っている。
このような状況の中で、前近代からの「部落賤視観」と、同和対策事業の過程で醸成された「ねたみ意識」を共存させている人たちには、「やっぱりそうか」と、ますます差別意識を増幅させることになった。
部落解放運動は、戦後最大の危機に直面している。運動理念も衰退し、組織実態においても空洞化がみられる。被差別民の集団としては、世界最初の人権宣言と言ってもよい「水平社宣言」のもとに出発した全国水平社であるが、その85年におよぶ輝かしい闘いの歴史も、このままでは地に堕ちることになりかねない。
このような状態がさらに続けば、さまざまの差別から人間を解放する先駆けとして、部落解放運動に心を寄せてきた人々の心も離れていくことになる。部落解放運動が全国水平社以来の苦闘のなかで積み上げてきた多大な成果や社会改革への取り組みも、このままでは生気を失い、それらの成果を受け継ぎ切りひらくべき次の時代を担うことは困難となる。今回の不祥事は、部落解放同盟の存在意義そのものが根本から問われる緊急事態である。
提言委員会は、こうした危機的状況を直視しながら、部落解放同盟が真に時代の要請に応える新しい運動の展望を切りひらき、人間解放の崇高な理念にもとづく活力ある組織として再生するためには何をなすべきか、その方向性と課題について提言する。
部落解放同盟に対しては、この提言を受けて、あくまで主体的に、徹底した内部討議と総学習を行い、誠実な運動再生への実践を期待する。

| | コメント (0)

坂本氏への「反論」

  坂本さん。当ブログをご覧いただいて、ありがとうございます。

 さっそく「反論」を試みましょう。

> まず、アフリカの原住民の共同体と日本人の共同体を安易に
> 同列に論じるのは、風土、個々の民族的特長及び人種による
> 価値観の形成過程などを考慮しますと問題があるのではないでしょうか。
>
> 小林の言う共同体は近代日本に於ける家父長制度の根幹でしょう。
> 国家共同体のミクロ単位が家族であり、家族愛が基調になるのは
> 至極当然で、そうでない家族はまともに機能しないのではないでしょうか?

 まず、アフリカではなく、熱帯アメリカです。

 貴方のように、国家共同体の単位として、家族制度が作られたものだということを小林もはっきり言えばいいのだが、彼はそうは言わないで、家族愛があれば集団自決命令など絶対に拒否したはずだと言います。「国家共同体のミクロ単位が家族」というイデオロギーが強まったのは、戦時体制が作られていく過程でのことで、超歴史的なものではありません。家族はもともと生産単位であり、したがって、日本の律令制の古代家族には、奴婢などの非血縁者を含んでいました。

 小林の共同体論は、貴方の指摘では、近代日本の家父長制家族共同体のことであり、家族愛というのはそういう家族内の愛情関係ということになります。それは、国家共同体のミクロ単位で、その一部であるから、それに対して自立して、それに逆らうことはもともとできなかったということになります。家父長の家父長たる国家共同体の父=天皇の子供たちは、父の命を懸けて戦えという命令に逆らえませんでした。これは、子供たちの家族愛でしょうか?

  愛の本当の実現には、家父長制や家産の重みなどは阻害物なのです。家族愛が家族制度を機能させるというのは、愛情を利用して家族制度を守るという逆転した発想です。一般的に見ても、男女の愛情は長く続かないことが多く、子供のためとか責任感とか義務感や経済的理由などから離婚しない夫婦がけっこういます。国家共同体が、ミクロ単位として家族制度・家族共同体を必要としているのは、国家秩序の末端単位にしようとしているからにほかなりません。愛情が失せても、なお、家族制度を維持しようとするなら、無理が生じます。愛情という情は、制度や共同体の恒常的な固い絆にはふさわしくありません。親の子供への愛情は、自分の未来を育てるという意味もあって、それは長続きしやすいものでしょう。個的感情を制度を機能させるために利用する考えには賛成できません。

> さて、沖縄の自決問題と言う個別具体に踏み込んでおられますが、
> 鉄の暴風と呼ばれた過酷な空爆を体験した後、沖縄県民がどのような
> 覚悟と決意をした(させられた)かを考慮しなければ片手落ちになるでしょう。
> 日本政府及び日本軍のみが沖縄県民を追い込んだと言う仮定は過ちであり、
> 「空気」の醸成犯は誰かと言うと勿論アメリカも入らなければおかしいのです。

 原因はいくつもあげられるでしょうし、できるだけそうすべきでしょうが、貴方の言い方だと、アメリカの空爆も仮定の一つということになりますね? あるいは、「空気」の方は、仮定ではないということですか? それに、この記事では「沖縄の自決問題と言う個別具体に踏み込んで」はいないのですが。他の記事では触れていますが。当時の皇国教育・軍民共生共死思想の流布等々から、軍とともに死すべしという玉砕思想を持っていたのは当然と思います。特攻隊の梅沢隊は、座間味島に何をしにきたのでしょう? 生きては戻れぬ特攻に来たのではないでしょうか? それが戦後60年以上を生き抜いて、最後の最後に、自分たちができなかった自決を成し遂げた島民をうそつき呼ばわりする裁判を起こすというのは、そんなにわが身がかわいいのなら、そりゃ特攻も玉砕戦もできないのも当然でしょう。ずいぶん美談化されているけれども硫黄島の戦いや当ブログからリンクをはっているいわゆる「蟻の兵隊」と呼ばれた戦後まで中国で戦いつづけながら日本政府に見捨てられていた日本軍部隊などとのギャップを感じてしまいます。梅沢元守備隊長の行為は、山崎氏同様私の倫理観に反するのです。

 この「空気」というなんとも曖昧なもののせいにするのは、山本七平ですが、そんなものでなにが具体的にわかるというのでしょうか? 山本七平の他の本などをのぞいてみると、ありふれた近代化論者の1人にすぎないけれども、それなりにわかることを書いていますが、この「空気」論はあまりにも曖昧模糊としています。定義をしっかりしないなら、使ってもあまり意味がないと思います。空気論にはくみしません。

> 戦前の軍国主義の中から軍令を拒否できたか?についてはブログ主さんも
> 認めている事のようですから、小林を戦後民主主義者などと批判するのは
> ナンセンスではないでしょう。

 それなら小林は、沖縄の人々の家族愛は健全であって、自決の軍命を拒否できたはずだなどというありえない仮定をすべきではないし、できないはずです。彼は、国家共同体に対して家族が自立して、それに歯向かえるはずだと言い、それをできなくしたのは、マスコミなどが作り出した「空気」だといいます。治安維持法と特高警察という思想取締り警察機関があった戦前に、非合法の抵抗以外に国家に逆らうことなどほぼ不可能だったことは明らかで、それを健全な家族ならありえたと想像できるのは、今の戦後民主主義的価値観を過去に当てはめて見ている証拠です。ありえたとリアルに想像できるのは、非合法の抵抗です。

> 話は飛びますが、軍令が仮にあったとするならたったの一枚ぐらいは
> 残っていても違和感はありませんが一枚もありませんよね。不思議に思いません?

 当時の軍令がどのようなものであったかを少し調べてみましたが、具体的にわかるようなものはまだ見つかっていません。おそらく、今の行政命令もそうですが、口頭命令も軍令に入っていたものと思われます。戦争映画などで、隊員を呼び出して、口頭で隊長が命令するシーンがあります。あんな感じです。ただ、費用が発生するような場合、事務的な記録を残している可能性はあるでしょう。軍が一般的に住民に対して軍令を出した場合、それはどう記録されるのか? 敗戦に伴って、大量の記録廃棄が行われたのは確かです。慶良間諸島の場合、米軍の調査記録があり、米軍が守備隊本部から軍の記録を押収して調べている可能性もあります。この記録を調べている人もいるようです。なにせ具体的な資料が不足してます。

 圧倒的に軍人優位の戦前の軍国主義下で、軍が、人々の価値観の方向付けをしたことはたしかでしょう。ただし、住民への啓蒙や教育などは在郷軍人会が行ったように聞いてますが。

 軍令というのは、文書化されているのが一般的で口頭命令は例外だということですか?

> 小林の想像力が都合の悪い事はシャットアウトしていると言うなら
> ブログ主さんはその逆を行なっているに過ぎないとも言えますよね?

  想像なら想像と言うべきで、小林とネガポジの関係にはなってはいません。当方は、できるだけ想像は想像とことわっています。

> 小林は細木和子のように消えていくとはこれもまたブログ主さんの
> 根拠なき想像力の豊かさを示す書き込みに過ぎないのではないでしょうか?

 それは事実が結論を出してくれるでしょう。なんでも時の話題に首を突っ込むというのは、彼のような忙しい人には、難しいことです。知識不足や考え不足によるはずれが多くなり、現にいろいろなまちがいが山崎氏のブログでも指摘されています。 

  『わしズム』が本屋で売れ残っていたので、読者が少ないのだと思ったのです。ただ、山崎行太郎氏のブログにあるように、肝心の『沖縄ノート』を読まないで、大江批判をやっていた小林よしのりの無責任さにはあきれるほかはありませんが、こんないいかげんなことをやっているといくら小林のファンでもしまいにはあきれて離れていくと思います。世の中そんなに甘くはないと思います。これは根拠なき想像でしょうか? これも現実が答えを出してくれるでしょう。

> 余談ですが読者を失っているのは休刊になる朝日新聞の論座ですよ。

 『論座』がどうなろうと知ったことではありませんが、もし、おっしゃる意味が、サンケイVS朝日に代表される右派対左派の対決のことでしたら、日本共産党員3000人増、うち青年900人や共産党員作家小林多喜二の『蟹工船』の新潮社文庫版だけで30万部のベストセラーという数字もあります。このところ保守よりだった宝島が、左翼特集を出しました。大江裁判の大江氏全面勝訴判決が出てから、弁護団から自民党の稲本朋美弁護士が消えました。小林よしのりも、沖縄戦の事実を知りたいだけだという態度に後退しました。かつては、小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』は出れば、売上上位に並んでいましたが、彼の本などは今はそうなっていないのではないですか?

 『朝日』は民主党寄りであり、民主党には右派の旧民社党から旧社会党系までいる幅のある党なので、『朝日』が左派代表というのは、古い見方だと思いますよ。

> どうも後半になってくると単に小林よしのりが憎いと言うだけの駄文と化すので
> ここまでにしますが、日米同盟を現状は肯定すると言う小林を攘夷論者と
> 呼ぶのは印象操作にしか見えない、と言っておきます。

 小林は、どこかの雑誌で自分で今こそ攘夷が必要だと書いていたのです。本人が言っているので、別に印象操作ではありません。

> なお、ブログ主さんが果たして「多種多様な価値観」を認め
> 「反論」を掲載するかどうかを興味深く待つことにしますよ。

「反論」してみました。これで「多種多様な価値観」を認めたことになるのかどうか。

 なお余談ですが、貴方が「多種多様な価値観」、つまりは頭の中、内心の自由は認めても、「多種多様な現実」を認めない財界と同じではないことを期待します。なにせ、自民党政府は、自由と民主主義に反する価値観は認めないと言っているし、アメリカのブッシュは、自由と民主主義に反する価値観を持つと見なす他国に戦争を仕掛けたり、反政府派に金や武器や教育や訓練を施し、政府転覆作戦まで教えて、暴力的に一元的価値観を強制していますから、それにも批判の目を向けないと「多種多様な価値観」は本物ではないということをお忘れなく。日本でもアメリカでも「多種多様な価値観」には限度が設けられているのです。

| | コメント (0)

『部落解放運動への提言』について2

 『部落解放運動への提言』一連の不祥事の分析と部落解放運動の再生にむけて(2007年12月12日、部落解放運動に対する提言委員会)は、④として、新しい文化を創造する必要があると述べている。

 『提言』は、「部落民としてのアイデンティティを確立するためにも、被差別民の担ってきた文化・芸能・産業技術に関する歴史認識を高めていかねばならない」と述べている。これ自体は、『水平社宣言』にあることである。歴史認識が、誇りうるアイデンティティの確立につなげるというのは、どこか、ナショナルアイデンティティの確立のため、国民としてのプライドのために、歴史認識の変更、「自虐史観」でっち上げ攻撃をしてきた藤岡信勝らのバックラッシュ派の主張のようではあるが、違うのは、アジアの歴史・文化の理解ということを言っていることだろう。もちろん、バックラッシュ派にしても、渡来人たちによる技術・知識・文化などの伝播と影響を認めていないわけではない。

 バックラッシュ派は、「いつの時代においても、その社会の産業技術、文化芸能、交通と流通、民間信仰などの領域で、実際にその担い手、制作者、伝播者として働いてきたのは、多くの名も無き民衆だった。このような民衆史の視座をしっかりと踏まえながら、あらためて日本の歴史と文化を見直していかねばならない」というような名も無き民衆の歴史創造力を認めないか過小評価しているのである。歴史は、時々の支配階級が作り上げたというのが、かれらの歴史観である。かれらは、明治維新は西郷隆盛や吉田松陰や長州や薩摩や勝海舟などの武士や当時の有力者たちが起こしたもので、かれらこそが、近代日本の創始者たちだと言いい、それに対して、「自虐史観」派は、農民一揆だの都市民衆の打ちこわしだのの民衆運動は、それにたいした影響を与えていないのに、不当に持ち上げられていると批判する。勝海舟が江戸城無血開場したのは、江戸を火の海にしたくないという勝の美談として伝えられているが、江戸で戦闘がおきれば、民衆蜂起が起きることになりかねないことを危惧したのではないだろうか? 巨大な人口を持つ江戸で、民衆を巻き込んだ内乱が起きれば、その混乱に、米英帝国主義諸国がなんらかの介入を行ったかもしれない。すでに、幕府にはフランスの軍事支援が、薩長にはイギリスの軍事支援があって、それぞれ、外国の後ろ盾をもって、戦闘を続けていたのである。

 『提言』は、「被差別民の歴史について、差別・貧困・悲惨の視点からだけでなく、その果たしてきた生産的・創造的役割について明確に提示し、「胸を張って」部落を語れる状況をつくり出していくこと」を訴えている。しかし、「胸を張って」部落を語れるためには、過去の輝かしい生産的・創造的役割について認識するだけでいいのだろうか? 今日の部落をこそ、「胸を張って」語れるようにしていくことが必要なのではないだろうか? それには、運動の歴史の生産的・創造的役割を明確に示することが必要だろう。

 「部落解放運動の過去・現在・未来(1)――山内政夫氏(柳原銀行資料館)に聞く――(インタビュー記録/聞き手:山本崇記)というネットの記事で、山内政夫氏は、以下のように述べている。(【山内政夫氏・略歴】 1950年、京都市東九条生まれ。小学5年生の時から丁稚として働き出す。陶化小学校・陶化中学校卒。17歳のときに自主映画『東九条』の制作に監督として参加。その直後に共産党から除名。工場などで働きながら、地域の青年たちと反差別の運動に取りくむ。30代になってから資格を取り鍼灸師として開業。1984年に部落解放同盟に加入。2003年~2006年まで部落解放同盟京都市協議会議長を務め、辞任。現在は、柳原銀行資料館で地域史(部落史)を丹念に掘り起こしながら展示としても広く発信し、さらに、崇仁・東九条でまちづくりに携わっている)。

 「山内:もうたくさんのお金を使って中央に集結したり、派手にしたりすることは全然必要ないと思うんですね。言うたらまあそんな大きな組織を作って、未曾有の成果を生んできたということを言うて、再度それを身につけるということはよくない。組織はなくても、解放同盟でなくても運動はできるだろうと思うんだね。結局は中身の問題が問われることになると、そう思ってるんですね。行政に何でもかんでも任してやれば運動も楽やけども、歯を食いしばって自分たちで何かを作り上げていくということが根幹になければ社会運動としては成立しない。「昔日を」みたいなことを求める運動であれば解散した方がいいんだと思うんだ。若い人はもうほんとに先ほど展開したように、町内にしっかり足場を持ってやるということで、大きなことをやるんではなくて小さいことを積み上げていくということで十分やと思うんやね。それを通してコミュニティをもう一回再生するという緊急の課題なんでね。それに一生懸命取り組む気がなくてね、組織防衛に汲々としているのであれば、そんなことはやめたらどうだと思ってる。
 同和事業もね、最近どこの地区を回ってもね、昔の良い所がほとんど見られへんのやね。それはバラックのままでいるということは辛いことやけどね。それが改良住宅になって住みやすい環境になって、それは結構なことですよ。ただ、それが解放運動なんけと。当初、水平運動をやった人たちの目指したことなんけと。あるいは部落解放同盟になって「オール・ロマンス」闘争を経て来た人たちもひっくるめてね、今の部落の状況を見て今の部落の状況がいいと思っているのかと。私は思ってないと思ってるんでね。だから私は十分な検討がなく同和事業が進むということはよくなかったんだろうと。あらゆる領域でね。だから共産党が言う「毒饅頭論」をあえて今否定はないけどね、こんな事業がなくても良かったんじゃないかということ。そのような議論をしてみる必要があるね。昔の私らの感覚の中では、部落というのは貧しくても活気あって元気やったし、神秘的な面もあったし、いろいろな人がおったし、好き嫌いでいうとああいうのがすっきゃね。何かハコモノが変わってどこ探しても人がいないと。一面、美しくなって市民に近づいた。市民らしくなるのは結構やけど。それって全然解放運動という実感をしない。同和事業の根幹的な見直しということはそういうことなんでね。ただ、だからやめるとかそういう話ではなくてね。もうはなっからね、はなっからあってよかったんかどうか分からん。そういう話です。
 お前今まで関わってきて促進してきてどうなんやと言われるし、そういう批判も甘んじて受けるとして、今の地点に立ってみると、崇仁もこの5年間で約500人の人口減少があった。今年の崇仁自治連合会の新年会で奥田会長がそんなことを言わはった。それは非常に私らもショックで。何やとこれは。崇仁はそんなに魅力のない町になってんのかいと。そんなところに俺がそんなさまざまな投資してもいいんかいなと。これはもう完全に新たな取り組みが求められている。それがないならば、もっと言うと同和事業はやっぱりやめてよかったと、そういう結論を下していかなあかんと。僕はつい最近までね、行政の人にも、若い青年たちにも部落解放運動をやってよかったなと、同和事業をやってよかったなというような終わりをどこでつけるんだということの中で、検討委員会、企画推進委員会、まちづくりの診断、NPOとこう求めてきた。
 ただ事態はもっと深刻な状況になっているんではないかと感じている。もちろん諦めるということではないし、幸い部落解放運動の中で時間をとられすぎて、東九条のことを返り見ることがなくて、今度、東九条北河原改良住宅の建替えを契機に東九条の新しいまちづくりを進めていく中で、もう一度今東九条のことを見直しています。部落解放運動が1980年代に「国際連帯」ということを言い出した時期があるけど、別に海外に行って、そんな展開とかそんな話ではなくて、もっと足元で出来ることがたくさんあるだろうと思う。
 前回の市長選挙の総括の中で山本さんが「市民運動」の力量のなさを挙げて、「地域の運動」と足場をもたない市民運動の連帯・連携が求められている。その現場には京都であれば「東九条」こそがふさわしいと思う」。

 山内氏が「市民らしくなるのは結構やけど。それって全然解放運動という実感をしない」というのは、『提言』の強調する市民主義に対する批判となっている。部落のアイデンティティの強調は、市民とか国民とかいう抽象的な枠組みと齟齬をきたす可能性があり、その破れがあるからこそ、国際連帯が可能になるというようなことではないだろうか。

『部落解放運動への提言』

④新しい文化創造の時代

今後の市民社会の中での部落解放運動において、とりわけ重要になるのは新しい文化活動の展開である。部落民としてのアイデンティティを確立するためにも、被差別民の担ってきた文化・芸能・産業技術に関する歴史認識を高めていかねばならない。
このような課題は、今後の市民啓発においても重要である。
部落問題が大きい岐路に立っているとき、被差別民の果たした歴史的な役割とその意義を、あらためて市民全体に訴えていくことはきわめて重要である。日本の歴史と文化の深層には、被差別民によって担われてきた地下伏流が走っている。
被差別民の歴史については、差別、貧困、悲惨の視点だけではなく、その果たしてきた生産的、創造的役割についても明確に提示していかなければ、部落解放運動の大目標とそのアイデンティティを確立することはできない。
いつの時代においても、その社会の産業技術、文化芸能、交通と流通、民間信仰などの領域で、実際にその担い手、制作者、伝播者として働いてきたのは、多くの名も無き民衆だった。このような民衆史の視座をしっかりと踏まえながら、あらためて日本の歴史と文化を見直していかねばならない。
日本の歴史と文化の中で、被差別民の果たしてきた生産的、創造的な役割について正しく理解されること、未来を担う部落の子どもたちが自分たちの先祖が部落民であったことを胸を張って言える時代がくること、そしてさまざまな困難な状況を乗り越える新しい文化を創造すること―その時こそ、真の部落解放の力強い歩みが始まったと言えるであろう。部落解放運動における新しい文化創造の活動に関わる留意点として、以下の諸点を提示する。
..被差別民衆の視座から日本ならびにアジアの歴史と文化を見直し、人間的誇りと連帯の根拠を究明していくこと。
..被差別民の歴史について、差別・貧困・悲惨の視点からだけでなく、その果たしてきた生産的・創造的役割について明確に提示し、「胸を張って」部落を語れる状況をつくり出していくこと。
..識字運動や部落解放文学賞などの充実を図るとともに、各地の門付芸や人形芝居などの伝統芸および竹細工芸などの被差別部落の伝統文化の保存・伝承に力を入れること。
..大阪人権博物館や奈良水平社博物館などを中心に反差別文化・人権資料展示の全国ネットワーク活動と文化広報活動を強化すること。

| | コメント (0)

マルクスブームによせて

 最近は、マルクスがちょっとしたブームになっているらしい。

 日本共産党は、党員作家の小林多喜二の『蟹工船』ブームもあって、追い風が吹いていると元気だ。

 新聞によると、共産党員は、数千人増えていて、その内、約900人が青年だという。

 このところ、党員減少、新聞『赤旗』購買者の減少や党員の高齢化で、勢いを失いかけていただけに、日共も元気をとりもどしつつあるらしい。

 それにしても、冷戦崩壊後の資本主義のやり方は、あまりにもおごり高ぶりすぎたので、冷戦時代のように、表面だけでも大衆に低姿勢をとるとか、ちょっとした振る舞いをして、大衆に媚を売るとかいうこともなくなり、そんな譲歩は期待できないことがはっきりした以上、ブルジョアジーやその御用学者のだぼらよりも、やっぱりマルクスの言うことの方が、リアルなんだということがわかってきたということなのだろうか?

 現実を解明できない理論などというのは理論としてはだめなのであり、それに固執しつづければ、それはイデオロギーである。もし、今、階級階層分裂が進んでいて、格差が拡大していることを、日本「一億総中流」論から、そんなはずはないと認めないとしたら、「一億総中流論」は、現実をきちんと反映していないイデオロギーにすぎない。「一億総中流論」は、1990年代までなら、ある程度のリアリティはあった。ワーキングプアは昔から存在してきたが、それは、少数に止まっていた。しかし、90年代長期不況、低成長下における雇用多様化策などによって、この層は大幅に増大している。そして、2000年代に入ると飛躍的に増加しているのである。しかも、それは、英米では進んでいたが、基本的には、世界的な傾向であることも明らかになってくる。北欧の福祉国家においてもそういう方向に進んでいたのである。

 それに対して、新自由主義者のフリードマンは、資本主義は、自由・平等をもたらすと断言したのであるが、それはまったく現実ではなかったことは今や誰の目にも明らかなのである。一方に少数の富の独占者がおり、他方に多数の貧困者が存在する。これは、まさしく、マルクスが明らかにした資本主義の現実である。

 資本主義がある限り、マルクスは何度でもよみがえる。

| | コメント (0)

『部落解放運動への提言』について1

 『部落解放運動への提言』一連の不祥事の分析と部落解放運動の再生にむけて(2007年12月12日、部落解放運動に対する提言委員会)は、③として市民運動との能動的連携の必要性を訴えている。

 以下の文章に見るとおり、ここでは、全国水平社の時代には、小作争議や労働争議にし、戦後の三井・三池闘争、安保闘争などに部落解放運動が参加してきたと述べている。これに戦前なら、米騒動を加えるべきだろう。

 そして、グローバル化の自由主g市場経済が世界を席巻することで、核兵器、地球環境保護、内戦、飢餓、HIVの蔓延などの課題をあげている。日本では、格差拡大によって、野宿生活者、フリーターやニートなどの若年層やワーキングプアなどの不安定労働者が増えて、生存権が脅かされていることや非正規労働者が3分の1を超えるなどの問題を指摘している。

 これらの問題を指摘した上で、『提言』は、「部落解放同盟としても、こうした時代状況を踏まえ、従来の平和運動や護憲運動への参加に加えて、人類の生存にかかわる環境保護の運動、各種の反差別・人権運動、さらには市民運動へも積極的に参加していくことが求められている」と述べている。なぜか、フリーターやワーキングプアや非正規労働者の問題を指摘しながら、労働運動への参加が抜けている。これらの問題に対応する運動は、『提言』のどこに入るのだろうか? あげているのは、平和運動、護憲運動、環境保護運動、反差別・人権運動、市民運動である。

 憲法や内戦の問題を取り上げながら、政治闘争について一言も無いというのは、問題の性質からして不自然である。

 ③の全体に、市民主義政治への方向付けという政治判断、政治意思を感じる。部落解放運動の具体的条件や具体的性格から今後の運動の方向性を導き出すのではなく、人権とか市民主義という理念の方向に、部落解放運動を持っていこうとしているように感じられる。

 NPOについては、1990年代以来の、市民運動や人権運動については、はるかに長い歴史を持っており、その中で、さまざまな傾向や分岐・色合いがあることは、今や常識と言っていい話である。そのどこに部落解放運動を位置付けるのか、スタンスを取るのかということは、その運動性格にかかわる問題である。例えば、世界の市民運動やNPOが集まって、毎年開かれていた「世界社会フォーラム」は、昨年のケニア大会で、金持ちや企業にやさしく、貧困者を排除して厳しいという偏りに陥って、今年は世界大会は開かれなかった。言葉としての人権や平等や世界市民社会などというスローガンは、実際行動において、まったく逆の結果をもたらしたのである。資本主義批判なしに、「グローバル化のもとでの自由主義市場経済が世界を席巻していることによって、さまざまな面で諸矛盾が噴出してきている」という現象のみの指摘にとどまるならば、圧倒的な力を持つ資本主義の力、価値観、文化が運動を支配してしまうのである。

 反差別、人権運動、平和運動、市民運動等々、どのような運動であれ、そこから腐敗があっという間に浸透するのである。

 「これらのさまざまな運動に参加する際、部落解放同盟の組織体として参加するだけでなく、一人ひとりの同盟員が、個人として、自覚的に参加することがとりわけ重要である。
 さまざまな運動へ積極的に参加していく際の留意点としては、以下の諸点が挙げられる。
..従来の平和運動や護憲運動とともに、地球環境保護や地域の文化振興、これらの課題を担う青少年の育成、そして、さまざまな反差別・人権課題に取り組む運動にも積極的な関心を持つこと。
..組織としてだけでなく、同盟員個人としてもNPOなどに参加し、その運動の中で積極的な役割を果たすこと。
..さまざまな運動に参加する人々に部落問題と部落解放運動を訴え、理解を求めていくこと」。

 この部分は、組織体としての部落解放同盟の運動参加ばかりではなく、同盟員個人に対しても、参加を促している。単なる個人としての同盟員に対して、組織方針ではない行動を求めることには無理がある。むしろ、解放同盟自身の方針と行動が、どれだけ、同盟員の共感を生んで、そのエネルギーを引き出せるかが問題である。もし、『提言』が、解放同盟に対して、NPOへの同盟員の個人参加を求めているなら、それはやはりひとつの政治方針、政治意思を強制していることになる。それは、この『提言』を作成した学者などの知識人の政治プランを大衆的運動体に押し付けることになる。もし、そうしたいなら、そのようにはっきり提起すべきであり、そうすれば、それをめぐって政治論議が運動内でできるのである。その政治意図を隠して、問題をあたかも当然の摂理のような形で、提起するなら、それはごまかしであり、運動にとって、マイナスになる。公然と政治論議をすることによってこそ、運動は自己の弱点を正すことができるのであり、それによって、運動主体の意識が高まり、高度化するのである。

 『提言』のこの部分は、そういう点で問題がある。

③市民運動との能動的連携の必要性

 部落解放運動は、労働運動や平和運動へ積極的に参加してきた輝かしい伝統を持っている。たとえば全国水平社の時代には、各地で小作争議や労働争議に参加した。戦後においても、三井・三池闘争、安保闘争などに部落解放同盟の参加があった。最近でも、原水禁運動や護憲運動へ積極的に参加している。
 また、宗教、教育、文化、労働、企業など各界各方面において、部落差別撤廃をめざす取り組みが進展し、連帯の輪が広がった。部落解放同盟は、今後ともその連携を重視し、部落差別撤廃のみならず、新たに生起する人権上の諸問題の解決に向けた取り組みを強化していかなければならない。
 今日、グローバル化のもとでの自由主義市場経済が世界を席巻していることによって、さまざまな面で諸矛盾が噴出してきている。この結果、世界的には、従来から人類的課題として取り組まれてきた核兵器の廃絶といった課題に加えて、地球環境保護に関わった諸課題、世界各地で後を絶たない内戦、飢餓、HIVの蔓延などに代表される諸課題がある。日本国内においても、格差拡大社会が到来した結果、野宿生活者、フリーターやニートと呼ばれる若年層やワーキングプアなどの不安定労働者が増大して生存権が脅かされてきている。労働現場を見ても、正規労働者が減少し、非正規労働者が3分の1を占めるまでに至っている。児童虐待や学校でのいじめ、DVなどの人権課題も深刻な社会問題となってきている。
 部落解放同盟としても、こうした時代状況を踏まえ、従来の平和運動や護憲運動への参加に加えて、人類の生存にかかわる環境保護の運動、各種の反差別・人権運動、さらには市民運動へも積極的に参加していくことが求められている。
 さまざまな運動に、部落解放同盟が積極的に参加することによって、それらの運動が掲げている課題の達成に貢献するとともに、部落問題に対する関心の拡大と部落解放運動に対する信頼が深まっていくのである。何よりも部落解放運動が常に市民的共感とともに歩んでほしいと願う。また、こうした協働の中から、これからの部落解放運動の展開に役立つ貴重なヒントを得ることもできる。
 これらのさまざまな運動に参加する際、部落解放同盟の組織体として参加するだけでなく、一人ひとりの同盟員が、個人として、自覚的に参加することがとりわけ重要である。
 さまざまな運動へ積極的に参加していく際の留意点としては、以下の諸点が挙げられる。
..従来の平和運動や護憲運動とともに、地球環境保護や地域の文化振興、これらの課題を担う青少年の育成、そして、さまざまな反差別・人権課題に取り組む運動にも積極的な関心を持つこと。
..組織としてだけでなく、同盟員個人としてもNPOなどに参加し、その運動の中で積極的な役割を果たすこと。
..さまざまな運動に参加する人々に部落問題と部落解放運動を訴え、理解を求めていくこと。

| | コメント (0)

望月氏の共同体主義

  『アソシエ21・ニューズレター』6月号に元ブント・マル戦派の望月彰氏の「コミュニズムとは「一人はみんなのために、みんなはひとりのために」という文章が載っている。

  前回、柄谷行人氏の共同体論に触れたが、望月氏は、同じテーマについて書いている。

  望月氏は、「コミュニズムを共産主義と訳したのは、間違いだった。コミュニズムとは共同体主義と直訳すれば、意味不明とはならなかったのである。共同体にあっては、一人と共同体メンバーとの関係が「一人はみんなのために、みんなはひとりのために」というモラルで律せられている。これこそが共同体の開かれた良い側面である。このひとりと全体とを関係づける相互の意思を共同体原則と名づけよう」と述べている。

  「しかし、共同体には「村八分」という閉ざされた負の側面もある」とマイナス面も指摘する。この点について、プルードンは、社会契約の違反者は、人類共同体からの追放という制裁を受けるが、それは死を意味すると述べている。

  マルクスはプルードンを批判しながらじつはパクッたという。

  パリ・コミューンの敗北後、『ゴータ綱領批判』が書かれたが、それにマルクスの「共産主義観」が具体的に書かれたという。それは以下の部分である。

  「共産主義社会のよりたかい段階において、すなわち分業の下における個々人の奴隷的依存、それと共にまた精神的労働と肉体的労働との対立が消滅した後―その時はじめて狭隘なブルジョア的権利の地平線は全く踏み越えられ、そして社会はその旗にこう書き付けるであろう、各人はその能力に応じて、各人はその必要に応じて!」

  これは具体的だろうか? 一般的で抽象的に見えるのだが。人、能力、個人・・・すべて抽象物であり、これについて望月氏の言う「人は能力に応じて働き、必要に応じて受け取る、というのは個人として住みやすく、能力が認められやすい社会であるというイメージである」というのは、具体的ではない。これを読んでもなんら具体的なイメージは浮かばない。もっとも、それぞれ好き勝手なことを思い浮かべることはできるが。

  それから、「個人と全体との相互意思、相互関係、そのモラルは論じられていない」と言うが、氏はこの文章の中ではそれについて具体的に論じていない。具体的に示されていないことをどう実践したらいいのかわからない。

  全体にマルクスが『哲学の貧困』で批判したプルードンの物事を良い面と悪い面に二分して論じるという方法をパクッて使っていて、それは氏の知的遊びなのかもしれない。

  例えば、「マルクスは官僚制度それ自体が悪とする傾向が強かったが、官僚制度を悪用するものと善用するものとの戦いがあるだけで、官僚制一般を否定してみても意味がない」という。これだとプルードン主義や無政府主義を否定していることになる。

  つぎに氏は議論になりそうなことを言う。

  「コミューンの原則・共同体原則を評価するためには、剰余労働の搾取を二義的なものと考えないと理解できない。何時間働いたかではなく、何を作ったかが問われるのである。探求されるべきは、価値ではなく使用価値である。誰のためのいかなる労働をしたかである。いくら働いても、共同体や人類の滅亡に繋がる(つまりいのちを奪う)物つくりは、搾取されているかいなかに関係なく、否定されなければならない」

  ここで問題になるのは、氏が言う使用価値は、共同体や全人類的なものであって、個人的な使用価値ではないということだ。近代経済学なら、個人の効用、あるいは主観的価値というものではないということである。「誰のためのいかなる労働をしたか」をどうやって評価したらいいか? 「誰」って誰?

  最後に、氏は、「商品・貨幣・資本や市場・信用(あるいは計画経済も)と言うものは、それ自体が悪なのでなく、これらを善用しようとするものと悪用しようとするものの戦いがあるだけである」と言う。ちょっと破れかぶれではないかという気がするが、なんとはなしに、マル戦派が依拠した宇野経済学派の行き詰まりの果ての一つの姿を見ているような気がする。

  明らかに、これは、修正資本主義路線である。言うまでもなく、生身の人間である労働者にとって「コミューンの原則・共同体原則を評価するためには、剰余労働の搾取を二義的なものと考えないと理解できない」ということはありえない。働きすぎては過労死するかもしれないし、生活するための原資がどの程度得られるかは剰余労働の度合いにかかっているなど、労働者は関心を持たざるを得ない。

  とにかく全体に一般的であって、抑圧的に感じる文章である。それは、「これらを善用しようとするものと悪用しようとするものの戦いがあるだけである」というように、二者択一にしているからである。これは、商品にしてもなんにしても抽象概念として論じているせいもある。プルードンみたいな善悪二元論は抑圧的に感じる。

| | コメント (0)

柄谷氏の共同体論

  柄谷行人氏の編集する雑誌『at』最新号は、有機農業特集である。

  柄谷氏の連載は、共同体論で、今回は、マルクスの『グリントリッセ』やエンゲルスの『家族、私有財産、国家の起源』などを取りあげている。エンゲルス批判が一時はやったことがあったが、亡き哲学者廣松渉氏はエンゲルスを高く評価した。
 

  柄谷氏が高く評価するプルードンは、「交換という形而上的行為は労働と同じように、だが労働とは違った仕方で実在的価値と富を生産する。さらにまた、このような主張は、もしわれわれが生産ないし創造は形状の変更のみを意味し、したがって創造的諸力は労働そのものでさえも非物質的なものであることを想起するならば、何も驚くにあたらないだろう。だから、投機の要素を少しも持たない本当の相場によって産をなした商人が、その獲得した財産を享有するのは、全く正当な権利に基づくのである。その財産は、労働が生み出した財産と同じ程度正当なのだ」と述べている。これは完全に観念論である。これでは、マルクスとプルードンが合わなかったのも当然である。柄谷氏は、両者をなんとか合わそうとしているのだから、大変である。

  柄谷氏は、生産様式ではなく、交換様式から共同体について考えていこうとする。そこで、ポランニーの四つの交換様式の図式と共同体のタイプをマトリックス的に組み合わせている。これは、レヴィ・ストロースの構造主義のやり方と同じである。構造主義そのものが批判にさらされるようになっている今、そのままレヴィ・ストロースのやり方を使っているというのも不思議な気がするが、とにかく、人類史の最古の共同体をアジア的段階(ちなみにマルクスはアジア的生産様式としている)の農業共同体としている。それは氏族共同体であり、それから戦士共同体というものもあったという。このへんになるとだいぶ、氏の論もあやしくなってくる。

  例えば、氏族共同体はなにゆえに形成されたのであろうか? マルクスなら当然、生産の必要からと応えるだろう。そこには分業や協業などが見られるだろう。生産や労働を抜いて、共同体について理解できるのだろうか?  できない。それにもかかわらず、氏は、あくまでも交換にこだわる。一応、氏の描くマトリックスは整合しているように見えるが、その図式は、一般的なことしか示せない。

  そこから出てくるのは、一般的な結論のみである。

  上のプルードンの引用からわかることは、柄谷氏がカントを持ち上げているのは偶然ではなく、柄谷氏がカント的な唯物論と観念論の折衷をやろうとしているということである。
しかも、マルクスよりもプルードンを基本にすえることによって、事実上は観念論の側に立っているのである。
 

| | コメント (1)

洞爺湖サミット終了

  福田首相が議長をつとめた洞爺湖サミットが終わった。

  マスコミの評価は、成果があったとするフジの木村太郎とG8サミットの存在意義に疑問を投げかけた古館一郎のニュースステーションとに分かれた。

  ニュースステーションが、アメリカが地球温暖化防止の切り札として原発の意義を協調したのは、今後の世界の原発建設需要の増加を見越しての売り込みをしたという説を取りあげていたのは、うなずけるところだ。しかし、ブッシュ大統領はあと半年しかない任期中に余計なことをしないようにしていたらしく、地球温暖化問題でこれといった前進がなかったことは、当然であったという。

  こうなると一体、わざわざ重警備してまでG8首脳など各国要人を集めて会議を開く意味は何かという疑問が生まれるのも無理もない。

  木村太郎は、G8首脳はみな低支持率に悩んでいて、なんとしても成果をアピールしたいという思惑があったので、成果が出たというのである。

  福田首相はどんな成果をアピールできたか?  よくわからない。少なくとも日米首脳会議ではこれといった成果はない。らち問題についてサミット文書に明記したことか?

  アメリカ政府は、ブッシュ大統領が「悪の枢軸」と呼んだ三つの国の一つの「北朝鮮」のテロ支援国家指定解除を決定した。これまでこれの指定解除の条件にしてきた赤軍派メンバーはそのまま残っているにもかかわらずである。この件についてなんらかの密約があるのかどうかはわからないが、とにかく、これで、アメリカが、イランなど中東・アラブ政策により重点を移したことは明らかである。

  韓国では親米の李政権に対する米産牛肉輸入問題での大衆的抗議行動が、政権打倒闘争に変化してきており、これだけ韓国民の反米感情が強いとなると、北朝鮮に対していくらブッシュ政権が強硬な態度をとっても、韓国民の理解は得られないことは明らかである。

  それよりも、米国内で「テロ」を実行したイスラム過激派やイスラエルの攻撃を持ちこたえたヒズボラやハマスの背後にいるといわれるイランの脅威の方がアメリカにとって大きな問題なのである。

  ブッシュ大統領が戦争に踏み切ったイラク戦争はどうなったか? 米兵死者約4000人イラク人死者数十万人、難民多数。アフガニスタンではタリバンが復活している。つい先日、米軍による結婚式に対する誤爆があったばかりである。

  ニューステーションでは、石油の値上がりについて報じていた。ガソリンの全国平均価格が180円台になった。コスト上昇に悲鳴をあげている農民・漁民・運送業者が政府に窮状を訴えた。自家用車の通行量が減って、首都高や都内の渋滞が減ったという。都心部の駐車場の利用台数も減ったという。大型駐車場を備える郊外大型商業施設の客も減ったという。スーパー大手のイオンは営業不振で、40店舗の閉鎖を発表した。

  こうした物価上に、1970年代のインフレを想起させる報道も出始めている。この時は、オイルショックによる石油価格の高騰によって、あらゆる物資が値上がりし、それに大幅賃上げが続くという形でインフレが続いたのであった。この時代は、不況下のインフレであるスタグフレーションであった。

  1990年代以来、最近までデフレが続いていたが、このインフレは世界的なものだから、輸出産業は輸出価格にそのまま上乗せしていけばいいだけの話である。問題は輸入物価上昇が国内販売価格に転嫁しにくい業種である。経済学者森永氏が言うように、物価上昇に見合う賃上げをして、商品価格も引き上げて、拡大均衡を図るという手も考えられる。その場合、物価上昇の度合いは物によって違うから、消費様式が変わる可能性がある。例えば、小麦価格の上昇に対して米価格が低めに安定しているから、パン食が減って、米食が増え、米需要が増える可能性がある。だが、すでに田植えは終わってしまっているので、これから田植えができる二毛作で増産を期するほかはない。それと、豊作を期待するか。あるいは、米不足になれば、輸入するかである。世界市場では、米価格は上がっているそうだから、高くつく可能性もある。ただし、これも小麦の一大輸出国であるオーストラリアの旱魃後の生産回復度合いによっても変わってくるし、いろいろな変動要因があって、それらが相殺しあってどうなるかである。中国などの新興発展国やバイオエタノール需要の伸びからすれば、上昇傾向が続くことは間違いないが、増産の程度などの要因と合わせて、見てみなければ、実際のところはわからない。日本での小麦製品の需要が減るということもあるし。それと輸入価格の規定には、為替という要因もある。

  70年代には、インフレによる生活破壊に対する闘いとして、「国民春闘」や反インフレの大衆集会が開かれた。野党による政府への対策要求もなされた。

  今、政府に対する対策要求が、業界から始まったようだから、これから、政策・政治の場に、問題が持ち込まれるのだろう。労働組合もこれから政策提言をまとめるのだろう。「連合」はすっかりデフレなれしてしまっていて、賃上げよりも雇用を優先するというやり方に活路を求めてきたわけだから、久々のインフレに戸惑っているのではないだろうか。「連合」がどんな方針を打ち出すのか、注目である。

| | コメント (0)

解同の危機

  部落解放同盟は、大阪の「飛鳥会」事件や奈良の解放同盟幹部の不祥事や京都の事件などを受けて危機に陥っている。解放同盟中央の依頼で「部落解放運動に対する提言委員会」(座長・上田正昭京都大学名誉教授)が発表した「一連の不祥事の分析と部落解放運動の再生にむけて」(2007年12月12日)は、強い危機感を示している。

  「部落解放運動は、戦後最大の危機に直面している。運動理念も衰退し、組織実態においても空洞化がみられる。被差別民の集団としては、世界最初の人権宣言と言ってもよい「水平社宣言」のもとに出発した全国水平社であるが、その85年におよぶ輝かしい闘いの歴史も、このままでは地に堕ちることになりかねない。
  このような状態がさらに続けば、さまざまの差別から人間を解放する先駆けとして、部落解放運動に心を寄せてきた人々の心も離れていくことになる。部落解放運動が全国水平社以来の苦闘のなかで積み上げてきた多大な成果や社会改革への取り組みも、このままでは生気を失い、それらの成果を受け継ぎ切りひらくべき次の時代を担うことは困難となる。今回の不祥事は、部落解放同盟の存在意義そのものが根本から問われる緊急事態である」。

  全解連が国民融合の妨害者と批判してきた解同の危機は、かれらの国民融合の前進へのチャンスとうつっているはずである。解同が、資本主義批判―共産主義と部落解放運動との結びつきを絶ったことは、こうした内部腐敗に対する根本的批判の基準を捨てたことを意味し、資本・貨幣・商品の力の内部への浸透を防ぐ防波堤を低めたと思う。同和利権は昔から言われてきたことだが、以前はまだそれを使って先に豊かになったものが、仲間を続いて引き上げるということがあって、たんなる私益の追求というものではなかったのではないだろうか。同和事業に企業を起こしてそこに同和地区から人を雇うというような形で貧困からの脱出をはかろうとしたということだったろう。

  この「提言」を含めて、解同の問題については、別に検討してみたいが、とりあえず、「提言」で、目に付いたところをいくつかピックアップしておく。

  「とりわけ、被差別部落において困難をかかえた底辺層の人びとを数多く救済してきたことは、部落解放同盟の誇りとすべきところである」

  「部落解放同盟中央本部は、今日の事態を「戦後最大の危機」ととらえている」。

  「このまま放置すれば、組織も運動も崩壊の瀬戸際に立たされ、そればかりか、これまで血と汗で営々と積み上げてきた運動の成果が水泡に帰す恐れすらある」。

  「「部落解放運動は人間解放を担いうるか」が根源から問われている」。

  「部落解放運動は、水平社の時代から、単に部落民のみならず、すべての人間の解放をめざす普遍的な原理に根ざしていた。決して部落差別だけが孤立して存在する問題ではなく、あらゆる差別は根底ではつながっているからである」。

  「さまざまな人権課題が存在するが、どの課題が大きいとか小さいとか、どの痛みが重いとか軽いとか、秤にかけることはできない。日本社会では部落差別こそが最も深刻な問題であるという「部落差別最深刻論」の展開が、時には方向を間違えて排除の論理に陥り、他の人権課題に関わる人々との間に溝を生じさせたきらいがある。誤解もあるようだが、手を携えて活動すべき他のマイノリティ団体から「部落解放同盟と一緒になると、脇に追いやられてしまう」という不満の声が聞かれることもある」。

  「労働運動の分野でも、昔は炭鉱労働運動を同盟員が担ってきたし、清掃労働者やと場の労働者の地位確立運動とか経済闘争などにも部落解放同盟は大きな役割を果たしてきた。しかし、今回不祥事を起こした市の清掃などの現業職場では、不祥事に関わった者たちは労働組合にも入っていなかったという現実がある」。

  「部落解放同盟の側は「この指とまれ」ではなく、自ら進んで、かつ謙虚な姿勢で、さまざまな市民運動と連携する水平な関係を作り出さないと、運動の孤立化を招く」。

| | コメント (0)

弁証法と部落問題

  同和問題について調べていたら、和歌山の全解連系の雑賀光夫という学校の元先生のホームページがあった。見ると、昔、紀北唯物論研究会というのをやっていて、唯物論や弁証法について勉強したという。そこで、レーニンの労働組合論のブハーリン批判のところで、レーニンが弁証法について述べている部分を勉強したとある。

  それは、『ふたたび労働組合について 現在の情勢について』という題で、レーニン全集32巻(大月書店)にある以下の部分である。

  「コップは、争う余地なく、ガラスの円筒でもあるし、飲むための道具でもある。しかし、コップは、これら二つの属性もしくは性質もしくは側面だけではなく、無限に多くの他の属性、性質、側面、爾余の全世界との相互関係と「媒介」をもっている。コップは重い物体であって、投げつける道具となりうる。コップは文鎮にもなるし、つかまえた蝶の入れ場所にもなる。コップは、飲む役にたつかどうか、ガラスで出来ているかどうか、形が円筒形か、それとも完全な円筒形をしていないか、にはまったく関係なく、美術彫刻や画をかいた品物として価値をもつこともありうる。その他、等々。
  さらに、もし私がいま飲むための道具としてコップを必要とするなら、それが完全な円筒形であるかどうか、それがほんとうにガラス製であるかどうか、私にとってまったく重要ではない。そのかわり、底にひび割れがないこと、このコップをつかうときにくちびるを傷つけたりしないこと、などがたいせつである。ところが、もし私が飲むためでなく、どんなガラスの円筒でも間に合うような用途のためにコップを必要とするなら、底にひび割れのあるコップでも、あるいはまったく底のないものでも、私にとっていっこうさしつかえない、等々。
  学校でおしえるのは形式論理学(訂正していえば―学校の低学年にはそれにかぎられなければならないが、この形式論理学は、もっとも普通なもの、あるいはも、っとも頻繁に目にうつるのを準拠として、形式的規定をとり、それにとどまっている。もし、このばあい、二つないしそれ以上の異なった規定をとって、それらを(ガラスの円筒と、飲むための道具とを)まったく偶然に結合すると、対象のさまざまな側面をしめすだけの折衷的な規定がえられる。
  弁証法的論理学は、われわれがもっとさきへ進むことを要求する。対象をほんとうに知るためには、そのすべての側面、すべての連関と「媒介」を把握し、研究しなければならない。われわれは、けっして、それを完全に達成することはないだろうが、全面性という要求は、われわれに誤りや感覚喪失に陥らないように用心させてくれる。これが第一。第二に、弁証法的論理学は、対象を、その発展、「自己運動」(ヘーゲルがしばしば言っているように)、変化においてとらえることを要求する。このことは、コップについては、すぐには明らかにはならない。だが、コップとて、永久に不変ではない。また、とくにコップの用途、その使用、その周囲の世界との連関は変化する。第三に、人間の実践全体は、真理の基準としても、対象と人間が必要とするものとの連関の実践的規定者としても、対象の完全な「規定」にはいらなければならない。第四に、弁証法的論理学は、故プレハーノフがヘーゲルにならってこのんで言ったように、「抽象的真理はない、真理は具体的であることをおしえている」(92頁)。

  雑賀氏は次のように言う。

                                 県学習協副会長 雑賀光夫

* 渡辺広先生が後なくなられ、この文は追悼文になってしまった。

部落差別と弁証法 メモ1970年5月18日北唯物論研紀究会(注1) 雑賀光夫 

「部落差別の本質はなにか」が、近ごろ大阪問題とからんでよく論じられます。

(1)北原泰作氏はいう
 「部落差別には大きく分けて二つの要素があります。その一つは身分差別の問題であり、他の一つは貧困の問題であります。この二つの要素は、切り離すことができな関連性があるので、別々に考えることはまちがいであり統一的に把握しなければならぬとうことが主張されてきました。………。
  けれども部落問題を社会科学的に分析して検討する場合、この二つの要素を一応区別して考えることも必要があると思ます。
  そこで部落差別とはなにかと言えば、それは、人種・民族差別でなく身分差別であります。身分差別と一口でっても、封建時代の身分差別と近代社会の身分差別とはちがいます。」①(一九六七年五月、部落解放研究集会)
  同じ北原氏は、一九五七年に次ぎのように言っていた。
  「今日、部落大衆が苦しめられてる基本的な、主要な矛盾は、反封建的な身分関係ではなく、資本主義的な階級関係である。………身分差別の矛盾は存在するが、それは主要な矛盾ではなく、副次的・第二義的な矛盾である。」②
  十年間の間に、北原氏はその主張を180゜変えたのである。

(2)身分と階級をどうとらえるか

①身分差別という矛盾、階級差別という矛盾の関係をどうとらえるかの問題。

  部落問題にあっては、身分差別と階級差別は一つの矛盾をつくっているわけであるから、この矛盾の二つの側面、この矛盾の構造をどうとらえるかと言い換えてもよい。

②北原氏の②の見解には、「主要な矛盾と矛盾の主要な側面」をとらえるという方法によって矛盾を整理しようという試みがみられる。

③この方法は、毛沢東の「矛盾論」の中でもっとも重視されている方法であり、一つの有効な方法であることはまちがない。しかし、その方法は、矛盾の大小関係を平面的にとらえるにとどまり、矛盾の相互関係や構造はとらえられないという限界を持ってる。

④レーニンは、1920年代の労働組合につての論文の中で、ブハーリンを批判して「弁証法と折衷主義を混同してはならな」といましめてる。

  ブハーリンは”政治と経済を統一してとらえる”ことを主張したが、レーニンは、
”「あれも」「これも」というのは折衷主義である。「政治は経済の集中的表現である」というとらえかたをふまえて統一しなければならない”ことを強調した。

⑤私たちが部落問題をとらえる方法論上の出発点は、「身分は階級をおおいかくす法制的ヴェールである」というとらえかたである。身分と階級とは、このとらえかたの中で、はじめて弁証法的に統一してとらえられる。その矛盾をさらに分析していくのに有効な方法は、「形式と内容」「本質と現象」についての弁証法であろうと思われる。

⑥このとらえ方をぬきにした「主要な矛盾論」は、たやすく180゜の転換をしてしまうのである。

⑦その分析から、戦術的には身分差別の面が重視され、戦略的には階級支配の面が重視されねばならないということ、いいかえれば、戦術的には民主運動との区別が、戦略的には統一が重視されねばならないとう結論になる。

(3)本質と現象の弁証法につての一部の人々の無理解が混乱を生んでいることについて

①「差別の本質」「部落差別の本質」ということばがよくつかわれる。しかし、本質と現象は固定したものではない。差別一般についていえば、その本質は分裂支配であり、その特殊的な現れである部落差別についていえば、その本質は身分差別だといってよい。しかし、差別一般という広い立場から見直すと、身分差別は分裂支配という本質の現象形態でもある。
  このような「本質と現象」「一般(普遍)性・特殊性・個別性」という弁証法の理解は、決定的に重要であろうとおもわれる。
  だから、部落差別の本質をさらに正確に規定しようとすれば、「身分差別を利用した分裂支配」といわなくてはならない。

  これを読むと、朝田理論の「主要な生産関係からの排除」というのは、毛沢東の矛盾論を使ったものなのかもしれないと思う。雑賀氏は、政治本質論をとり、それは分裂支配ということだと述べている。また氏は、政治起源説を取っている。氏は、朝田路線を融和主義と呼んでいるが、それは部落解放を強く主張することで分裂支配にくみした上に、権力・行政と癒着したということを指しているのだろう。分裂支配という政治的要因が本質であり、その現象が身分差別だというのである。

  上のレーニンの弁証法論理学の説明を読んだはずの雑賀氏は、対象のあらゆる側面を調べなければならないとレーニンがはっきりと述べているのもかかわらず、それを実行に移さずに、毛沢東の矛盾論を安易に対象に当てはめている。真理は具体的であるという点も忘れてしまう。

  中世起源説が有力になってきたのは、政治起源説では説明のつかないことが次々と発見されたからである。もっとも雑賀氏は、必ずしも政治起源説を固守しているわけではないようである。以下のように述べているのである。

政治起源説」にかかわっての学習から
       渡辺広先生の著作から学ぶ

  和教組責善部の討議資料で「政治起源説のあやまり」と書いたことから、少し勉強してみることにした。「未解放部落の源流と変遷」(渡辺広著・一九九四年刊)というかっこうの表題の本がある。言うまでもなく渡辺先生というのは、お亡くなりになった元和歌山大学教授である。
             (一)
  冒頭の「序説」に「かつて私は、『未解放部落というのは政治的関係のみによって存在しているのではない。政治的関係も、経済的関係、社会的関係を基礎としているのである。未解放部落は生活関係の産物である。』(「未解放部落をめぐる学界の動向」)と述べた」(P一三)とある。本書に収められているその出典にあたってみると一九五七年にかかれた論文である。その論文の終わりの方で、東上高志氏が「部落という現実に存在する部落差別は………特定の社会構成体の中で『国家権力』によって政治的に、身分制度として作り出されたものであって………」述べたのに対置して「これに対して私は、未解放部落を中世に成立してきた身分的、職業的、地域的差別が、戦国時代以降、とくに近世中期に至って、封建的支配者によってたくみに利用され、強化され、制度化されたものと考える。」(渡辺前掲書P五二)とかかれてる。
             (二)
  これだけでは、東上先生と渡辺先生の見解の違が、ピンとこなかもしれない。
  渡辺広先生は、一九八九年から九〇年にかけて「和歌山の同和教育」(和同教機関紙)に「歴史的に見た未解放部落」という連載をかかれた。そこで、「『部落は、武士階級の国家権力によって、行政的につくられた』という考えがあります。この考え方が、『部落差別の制度(江戸時代の賤民制度)が行政的につくられた』とう意味であれば正しいわけです。しかし、そうではなくて、『部落(または部落差別)そのものが行政的につくられた』という意味であれば正しくありません。国家権力は、どのようにして部落(部落差別)そのものを作り出したのでしょうか。」と述べておられる。(前掲書P三四〇ー四一)
  さらに「『部落は、武士階級の国家権力によって、行政的につくられた』という考え方の中には、『変化の中に連続性を自覚する感覚』か欠け………」とし、大阪歴教協高槻支部の「部落の成立をどう教えるか」を紹介します。そこでは、以下のように解説されてたのでした。
  「『えた』の場合のきめ方は、もっと無ちゃくちゃなものでした。何の理由もなしに『明日からこの村はえたの村とする』と幕府が勝手に決めたのです。『えたの村とする』と決められた村に住んでた人は、そのまま『えた』の身分とされたのです」(季刊「同和教育運動」六号)
  ここまで示されれば、かつての東上先生の説を渡辺先生が批判した理由が分かります。単純な「政治起源説」は、このような歴史のあやまった単純化に導くのです。
  大阪だけの問題ではありませんでした。和歌山県内でも、部落の起源を「殿様のわるだくみ」とする教材が、一時、すばらしい教材だと言われたのですが、渡辺先生の提起をうけとめ、再検討されたのでした。

             (三)
  東上先生や渡辺先生のような、偉い先生が論争するのでは、われわれ一般教員は、何を頼りにしたらいいのかとう質問が出されそうです。
  渡辺広先生は、中学校・高校の先生が、「部落の歴史」をとりだして一生懸命教えようとしているのを見て「そんなに教えたら、大学で教えることがなくなってしまう」と言われたことがあるそうです。これは、先生一流の皮肉です。先生は、歴史学習の中で、「部落の歴史」だけを突出して教えることの問題を指摘されたのでしょう。
  「同和教育」では、善意からであれ、「部落差別をなくす」という目的から、説明しやすように「部落の歴史」をくみたて、突出して教える傾向に陥ってたのではないでしょうか。大きく言えば、部落解放運動がすすめやすいように、部落の歴史や起源を組み立てたとも言えます。
 「部落は、武士階級の国家権力によって、行政的につくられた」という説明に立ち返ってみると、この言い方が「行政がつくったものは、行政の責任でなくせるし、なくさなくてはならない」という「結論」に直結できるように組み立てられていることを、すぐ看取ることができます。渡辺先生は、大目に見てますが、「行政的につくられた」という言い方もおかしなものです。江戸時代の政治を「行政」というのでしょうか?
  渡辺先生は、「一定の政治的見解をうらづけるための学問研究などというものはナンセンスである。」という歴史学者・羽仁五郎の見解を支持するとして、部落の起源についての説明が「行政闘争」との関係でだされてきているという指摘をされています。(前掲書P五二)

  一方では、レーニンの唯物論や弁証法を引っ張り出しながら、他方では、「渡辺先生は、「一定の政治的見解をうらづけるための学問研究などというものはナンセンスである。」という歴史学者・羽仁五郎の見解を支持するとして、部落の起源についての説明が「行政闘争」との関係でだされてきているという指摘をされています」とレーニンの思想を見事にひっくり返している。雑賀氏も読んだというレーニンの『唯物論と経験批判論』には、唯物論の党派性ということがはっきり書かれている。

  『未解放部落というのは政治的関係のみによって存在しているのではない。政治的関係も、経済的関係、社会的関係を基礎としているのである。未解放部落は生活関係の産物である。』という渡辺氏の視点そのものは正しい。これから言えば、封建遺制の民主化による国民融合という全解連の国民融合論はまちがいだという結論になるはずである。

  中世的な政治的関係、経済的関係、社会的関係を基礎として、部落差別になる差別があったとなると、資本主義的な政治的関係、経済的関係、社会的関係を基礎として、資本主義的な部落差別がありうることになる。封建的な身分差別が資本主義的な身分差別に転化することはありうるし、実際にそうなのである。分裂支配に身分差別を利用したというのは、政治的関係のみを部落差別の基礎と見なすものであり、経済的関係、社会的関係を事実上、捨象するもので、弁証法的ではない。これは講座派と共通する問題点である。それに対する労農派は、経済的土台による上部構造の規定ということをスタティックに、形式論理学的に適用して、講座派に対置した。つまり労農派にも問題がある。

  「弁証法的論理学は、われわれがもっとさきへ進むことを要求する。対象をほんとうに知るためには、そのすべての側面、すべての連関と「媒介」を把握し、研究しなければならない。われわれは、けっして、それを完全に達成することはないだろうが、全面性という要求は、われわれに誤りや感覚喪失に陥らないように用心させてくれる」ということからは、部落差別を階級関係一般としてそれと抽象的に連関させるだけではまったく不十分であるということになる。資本主義的階級関係は、「自然史」として現われるのであり、それを土台にして、階級的な政治意思が形成されるのである。明治政府は当初は身分解体を意図したのであるが、現実の社会関係に圧されて、中途半端なことになったのであり、それから資本主義的社会諸関係が広まるにつれて、社会諸関係がそれによって再編成されていったのである。その過程で、労働の階層編成や資本制大企業を頂点とする産業編成やヒエラルヒーや地主―小作関係の広まりや農民の階層編成とかいろいろな変化の中で、部落は相対的過剰人口へと組み込まれていったのである。戦後においてもそれは続いたのであり、だからこそ、行政施策などを必要としたのである。

  毛沢東の矛盾論については、はたしてそれが弁証法を発展させたものなのかどうかを調べなおした方がいいように思う。アルチュセールというフランスの哲学者は、毛沢東の矛盾論を高く買っているのであるが、どうなんだろう?

| | コメント (0)

G8洞爺湖サミットによせて

  先日、NHKで、洞爺湖サミット特集として、JICAの緒方貞子氏やアフリカ問題に長年取り組んできたロックバンドU2のボーカルのボノなどが加わったディスカッション番組があった。

  アフリカ問題については、国連ミレニアム計画が組まれていて、各国に対して、国連は、アフリカに投資するように呼びかけている。そのためにここ数年、アフリカに対する投資は増えており、いくつかの国では、年7%以上の経済成長が続いているという。しかし多くの国では、年5%程度の成長に止まっており、これでは貧困からの脱出は無理だという。

  そして、圧倒的多数を占める農民は、この都市部を中心にした経済成長から取り残されているという。

  日本の学者は、アフリカにおける投資環境の整備や労働生産性の向上をアフリカ側の課題としてあげた。それに対して、アフリカ側の出席者は、アメリカなど西側諸国が、冷戦のために、政治的利害を優先させて腐敗した軍事独裁政権を支援し、独裁者の私腹を肥やさせてきたことを批判した。それに対して、日本の援助は、政府に対してではなく、直接プロジェクトの主体に対して行われるので、人々が直接恩恵を受ける上に、政府役人のふところに吸い込まれることもないため、効率的だと持ち上げられていた。

  言うまでもなく、憲法9条を持つ日本が、軍事支援になりかねない政府援助を避けねばならなかったので、そういうことになったのである。しかし、1965年の日韓基本条約による経済支援は、北朝鮮を排除したもので一方的に韓国寄りであり、しかも反共軍事独裁の朴政権の経済基盤を作るのに役立ったのである。同じように、フィリピンでは、マルコス独裁政権を助けたのであり、これほど持ち上げられるようなきれいな話ではない。

  こうして、表面上は非政治的な日本の経済援助の仕方によって、東南アジアの経済成長が実現したというのである。

  日本はアフリカを植民地化したこともなく、西欧諸国は奴隷貿易に植民地支配をしたということがあり、やはりアフリカの人は歴史問題に敏感であり、西欧諸国に批判的である。

  かつて世銀・IMFは、ワシントン・コンセンサスで、アフリカ諸国に、新自由主義的な構造調整プログラムを押し付けたことがあり、その結果多くの国で財政破綻が起きた。その債務棒引きもアフリカ問題の焦点の一つになっている。

  ディスカッションでは、天然資源の豊富さが強調されていた。しかし、その点で、近年、中国の進出が目立っていることには触れられなかった。かつて第二次世界大戦後の西欧復興のためのマーシャル・プランが、アメリカの予算の2割に達したのに、今の国際援助は予算の3%に過ぎず、それもイスラエルとエジプトに偏っていて、少ないという意見も出されていた。日本は、アフリカ向けのODAを倍増することを決定している。

  アフリカの農業は伝統的な家族経営で共同体生活の中で、伝統的なやり方で行われているようで、生産性は低いと思われる。どの程度、商品生産化しているのかはわからないが、肥料や農業機械などの都市工業と結びつくようなレベルにはほど遠いのではないだろうか。アフリカの成長の旗頭は、南アフリカである。ここは昔から、金などの鉱物資源の豊かな国である。それから、産油国である。これは世界的な石油価格高騰によるところが大きいのは言うまでもない。

  この経済成長の中で、貧困の問題、格差の問題が鋭くなっている。日本の学者は、成長によってこの問題は解決すると述べた。中国は、年10%を超える高成長を続けてきたが、格差の問題は鋭さを増している。現実によって破綻が明らかになっているというのに、なぜこの学者はそれを繰り返して恥じないのだろうか?

  他のパネラーは、公共投資・インフラ整備がこの問題を解決するのに必要だと述べていた。投資の質が問題だという意見も出た。日本の経験から言えば、公共投資を中心にしていくと、さまざまな利権に取り付く不生産的な層が増えて、実際に人々の手に渡るのはわずかばかりになるという不効率が発生する。一度、既得権が発生するとそれをなくすのは大変である。

  アフリカ側から、農村の農産物を都市に新鮮なまま運ぶには高速道路がいるという発言があった。今中国がたどっている道をかれらもたどりたがっているわけである。

  一方で、洞爺湖サミットは、地球環境問題を一大テーマに掲げていて、成長の負の側面に焦点を合わせている。開発と環境の調和を図るということなのだろうが、アフリカでは、大きな湖であるヴィクトリア湖が消滅の危機に瀕している。

  鉱物資源をめぐる民間軍事組織の暗躍もあり、それに西欧のシンジケートが絡んでいたりする。ダルフールの内戦や民族虐殺、ソマリアの内戦、等々、政治的軍事的な不安定要因もある。

  このディスカッションは、全体にきれいごとが多く、アフリカの人々が直面している具体的な課題に正面から応えるものではなかった。洞爺湖サミットに対して、期待しすぎのように思われる。アフリカに対するマーシャル・プラン並みの援助などは期待できない。冷戦はないのである。中国への対抗などは、まったく規模の小さな話であり、まして米中は「戦略的パートナー」関係と規定されているのであって、対ソ関係とは違うのである。

  欧米や日本にとってアフリカへの関心の中心は、資源であろう。西欧にとっては、移民問題ということもあろだろう。洞爺湖サミットではどんな話になるのだろう?

| | コメント (1)

景気後退?

  7月2日の『朝日新聞』朝刊社説は、日本の景気が後退局面入りしたといくつかの指標をあげて述べている。

 6月はボーナス月で稼ぎ時なのに百貨店の売上は落ちたという。大阪の釜ヶ崎では労働者たちの暴動が起きた。派遣労働者であった若者が、秋葉原で大量無差別殺人事件を引き起こした。中国では、地方で住民暴動が起きた。今度はモンゴルで、選挙で破れた野党支持者の暴動が発生し、死者も出ているという。

  四川大地震で吹っ飛んでしまったが、チベット問題も別に解決したわけではない。今、北京オリンピックを屈託なく観戦できる人はあんまりいないだろう。

  同日付『朝日新聞』には、労働者派遣法の改正についての与野党合意が進んでいて、臨時国会で成立する見通しになったということが出ていた。それによると、規制強化の方向での見直しがなされるという。日雇い派遣の禁止や専ら派遣の見直しなどが検討されているという。遅きに失した感があるが、これも昨年来の衆参のねじれ国会のおかげと言えないこともない。

  先日の『毎日新聞』社説は、景気上昇の実感が薄いのは、名目成長率が、実質成長率を下回ってきたからだと書いていた。先に発表された政府の景気判断では、景気は後退局面にあるという認識が示された。物価上昇、公的負担の上昇などの生活破壊に対する怒りはたまりにたまっているだろう。それを組織的に表現することが必要になっていると言えよう。それにしても、勤労大衆の生活向上を口では唱えてきた労働組合の「連合」や生活者の味方を標榜してきた民主党が、これといった取り組みをしていないのは、どういうことなのだろう?

| | コメント (0)

洞爺湖サミットによせて

  もうじき洞爺湖サミットがあるが、ここでは、今回は主に環境問題がテーマとなると言われている。

 もちろん、地球環境問題が、人類にとって大問題であることは言うまでもない。

 ただ、それは今日の経済活動によって生み出されている問題であるから、経済問題でもある。それは世界市場の問題でもある。

 昨日まで世界経済の枠組みだったのが、「ブレトン・ウッズ体制」と呼ばれる世界貿易の国際ルールの体制である。それが、今、WTO(世界貿易機関)に変わった。

 「ブレトン・ウッズ体制」は、有名な経済学者ケインズが参加して決定されたルールを基本にしている。したがって、それは、ケインズ経済学の基本的な考え方に基づいている。

 すなわち、「アメリカ発の世界恐慌が、その波及を経済のブロック化で防ごうとしたことが世界大戦を引き起こしたとの反省から、貿易による生活水準の向上、完全雇用、実質賃金増、有効需要の増加、資源の有効利用などを目的に、「関税その他の貿易障壁を実質的に軽減し、国際通商における差別的待遇を廃止するための相互的かつ互恵的な取り決めを締結する」(ガット協定前文)」(『共産主義運動年誌』第9号2008年)流広志「WTO体制と反グローバル運動・反貧困闘争について」53ページ)というものである。自由貿易とはいえ、国際ルールによる需要や投資や雇用や資源管理などの国際管理を目指しているわけで、今のWTOのように、市場主義的な自由貿易体制を目指したわけではない。とはいえ、すでに、世界銀行やIMF(国際通貨基金)を加えた「ブレトン・ウッズ体制」は、多国籍資本の運動にとって制約となってきたこともあり、規制緩和など投資の管理ではなく、自由などの資本の自由を拡大する形の新国際貿易ルールの必要が強調され、世銀やIMFが、まず、その魁として、新自由主義的政策を採用し、ガットの方も、WTOに改組されたわけである。

 しかし、それは、国益の衝突などによって、なかなか進まない。そのうちに、アメリカで、サブプライム・ローン破綻から金融危機、景気後退が起き、さらに原油・食料品などの価格上昇が起きて、アメリカはスタグフレーションに陥りつつある。

 私は別に岩田弘説に賛成するわけではないが、岩田説によると基軸通貨国アメリカは、「国民通貨が国際通貨たるためには、国際収支差額(流動性)を戦後のドルのように世界に供給する力(輸入等)がなければならない」(旭凡太郎「戦後マルクス主義の総括のために」同上140ページ)ということで、輸入力、あるいは資本受け入れの力によって、戦後世界経済体制を支えてきたわけであり、アメリカの輸入や投資受け入れの力の減退は、国際通貨危機、国際金融危機ひいては世界貿易体制の危機を呼び起こすことになるということである。

 1971年の金=ドル兌換の停止といういわゆるニクソン・ショックは、宇野経済学派の貨幣の成立によって、商品間の関係としての価値規定は、貨幣による積極的な働きかけによる価値規定に変わったとする説からする、貨幣=金との関係を断たれたドルの価値は、歯止めを失って、インフレを高進させる一方で、世界経済は破局に向かっているとする説は、その後の現実によって破綻した。商品価値が貨幣価値を規定するという『資本論』でマルクスが説いた説が正しかったのである。金=ドル兌換停止後、商品価値を積極的に規定するはずの貨幣=金との関係を断たれたドルは、いまだに、国際通貨として機能しているではないか!

 アメリカ経済の危機は、アメリカ向け輸出によって経済成長を続けてきた中国経済にとって打撃であるし、多くの国々にとっても打撃である。EUは、アメリカ依存からの脱却を目指してきたが、サブプライムローン破綻で、金融部門での打撃が大きく、さらに原油などの価格上昇が加わって、経済的打撃を受けている。投資先を失った投機マネーが、商品市場に流れ込んで、物価上昇に追い討ちをかけている。産油国はもちろん大もうけをしているが、その膨大なオイルマネーの有効な投資先があまりない。国内投資、建設ラッシュも続いているようである。それによって、労働力不足が起きて、家父長的なイスラム主義の規範も緩んで、女性が働きに出ることも増えているようだ。

 こうして、世界経済は、WTO体制のもとで、大きくかく乱され、揺れ動き、不安定さを増しており、それを管理する力を失いつつある。その結果、富と貧困の対立という近代的矛盾が拡大している。戦後、ソ連があった時代には、対抗上、この対立はある程度緩和されてきたわけだが、今やこの対立は、先鋭化している。ソ連崩壊からわずか17年しかたっていないというのにである。無政府的資本主義の巨大な力のおかげである。この暴風を、洞爺湖サミットでの多少の改良策、しかも投資による解決というおよそ解決とは言いがたい消極的な解決策ではどうにもならないことは明らかである。この巨大化した生産力をしっかりと統制できるような国際的な力が必要である。それは今は小さいものでしかないが、早急に、それを必要としていることは明らかである。
 

| | コメント (0)

部落問題によせて

  日本には、部落問題というものがある。今いろいろと問題になっているこの問題について考えてみたい。

  全解連(全国部落解放運動連合会)の文章がウェブにある。それによると、「部落問題とは、封建的身分制に起因する問題題であり、国民の一部が歴史的に、また地域的に蔑視され、職業、居住、結婚の自由を奪われるなど、不当な人権侵害をうけ、劣悪な生活を余儀なくされてきた問題」だという。そして、「部落問題の解決とは、・部落が生活環境や労働、教育などで周辺地域との格差が是正されること、①部落問題にたいする非科学的認識や偏見にもとづく言動がその地域社会で受け入れられない状況がつくりだされること、②部落差別にかかわって、部落住民の生活態度・習慣にみられる歴史的後進性が克服されること、③地域社会で自由な社会的交流が進展し、連帯・融合が実現すること、である」と言う。

  いわゆる部落近世政治起因説にたって、封建身分制の残滓として部落差別があるというのである。近世政治起源説に対しては、中世起源説が唱えられ、有力な学説となりつつある。政治起源説に立つ全解連は、近代下の部落差別を封建遺制ととらえ、戦後の民主化によって解消に向かっていると主張している。

  「部落問題は、部落住民自身の努力、部落解放運動の取り組み、同和対策の実施、国民的理解の広まりなどにより、解決に向かって大きく前進してきた。/部落問題解決の到達点は、①周辺地域との生活上にみられた格差が基本的に解消されたこと、・旧身分にかかわる差別が大幅に減少してきていること、②住民の間で歴史的後進性が薄れ、部落問題解決の主体が形成されてきたこと、③かつての部落の構成や実態も大きく変化し、部落の閉鎖性が弱まり、社会的交流が進展したこと、である。/部落問題解決は、いま最終段階を迎え、しかも総仕上げの局面に至っている。このことが部落解放運動の終結・発展的転換を必然化させる要因となっている」とかれらは主張する。

  そして、「(4)総仕上げの局面での運動の課題」として、以下の6点をあげている。

 (1) われわれは、部落を含む地域社会全体を視野に入れ、部落内外に共通してみられる問題や課題を解決するため、地域で共同の住民運動を大きく前進させて、組織の拡大強化をはかりながら、民主的な地域づくりと主体形成を実現してゆく。

 (2) われわれは、反動支配勢力が同和対策を利用して部落住民の間での自立の阻害や民主的自覚を押さえ込むのを許さず、特権的な同和行政や分離主義の「同和教育」など、行政によって生み出されている同和の枠組みや不公正・乱脈な行政運営を早急に除去し、終結をはかる。

 (3) われわれは、権力とのたたかいを放棄し、権力にすり寄り依拠することによって、部落排外主義路線の維持・延命をはかろうとしている「解同」の策動を許さず、私的制裁など違法性をもった「確認・糾弾」行為や、「部落民以外はすべて差別者」とする部落排外主義にもとづく国民敵視のあらゆる蛮行を社会的に取り除く。

 (4) われわれは、部落排外主義の現れ方を深く分析し、その克服のために、それぞれの地域で中心的役割を担い、具体的に問題を解決してゆく。このたたかいが運動の発展的転換を現実のものにする上で大きな役割を果たすことになる。

 (5) われわれは、国民の人権を保障する行政の責務を放棄して、人権問題をもっぱら国民の意識の遅れに責任を転嫁し、国民を教化の対象に位置づけ、「人権」の名のもとに国民の心の中に踏み込みかねない権力による行政主導の「啓発」推進体制づくりを打ち破る。

 (6) 同時に、われわれは、①部落問題解決の到達段階について理解を広げ、②部落差別を受け入れない社会的世論を広め、③人権と民主主義を尊ぶ地域社会の実現をはかり、④住民の間で自立意識を高め、被害者意識の克服と旧身分にかかわるわだかまりを取り除き、国民融合を押し進める。

  全解連は、部落解放運動が部落民の自己解放運動であるという視点を見失っている。かれらが敵視する朝田理論は、部落が相対的過剰人口化されているという資本主義の蓄積法則によって再生産されているといういわゆる「沈め石」論をまったく無視している。大阪でも京都でも、相対的過剰労働力とされた層、在日も、混住しており、過剰労働力のプールとなってきた。その点で、部落差別には、資本主義化の中で、相対的過剰人口への差別が含まれているのである。それは、横山源之助が『日本の下層社会』で、職工をスラムの住民とともに〈下層社会〉の一員として記述し、工場労働者を〈細民〉となづけているわけだが、こうした層として部落が再編されていく過程があったということである。朝田理論の主要な生産関係からの排除というのは、相対的過剰人口化というように理解できる。

  同和対策措置法による行政施策などによって、公務員となる者や「主要な生産関係」に入るものも増えている。それをもって、国民融合が進んだというのはどうか。資本主義経済では、相対的過剰人口は、増えたり減ったりするのであり、経済状況次第で、「主要な生産関係」からこの層に落ちてくる者も出る。部落民の就業実態の調査データを見て、それを「国民」全体のデータと比較してみなければわからないが、いったんこの層に入ると簡単に抜け出せないことは、この間話題になっているワーキングプア問題から明らかであるから、今後の推移に注意が必要である。

  全解連は、「現在、わが国では、アメリカと日本の大資本の利益に奉仕する歴代反動政治のもとで、国民の人権と民主主義の前進が大きく妨げられている。しかも公権力や「解同」は、国民の「人権意識」や「差別意識」を問題にし、国民の自由な意思形成への管理統制を新たに強めようとしている」として、権力と部落解放同盟がまるで一体と言わんばかりに、「国民の自由な意思形成への管理統制を新たに強めようとしている」と警戒心を露にしている。これは、解放同盟が進めている「差別禁止法」制定運動を指しているのだろう。

  そして、全解連は、以下のように言う。

 部落問題の解決は、独占資本と反動勢力の横暴な支配を民主的に規制し、民主主義を確立・推進するたたかいを前進させることによって実現できる。

 われわれは、戦後の部落解放運動の歴史から学び、懐柔と分断を許さず、民主勢力の一翼として部落問題を解決していく決意である。

 われわれは、権力による人権侵害を告発し、国家権力の責任において、国民の基本的人権の確立とその拡充を保障させるために、今後とも引き続き奮闘する。

 そして、日本国憲法の改悪に反対し、平和的民主的条項の完全実施、日米安保条約の廃棄、非同盟・中立の実現、国民が主人公の政治の実現、民主的地方自治の確立、社会進歩と民主主義の発展、国民生活向上をめざす国民的な協力・共同を前進させるものである。

 こうした運動による住民と地域の民主的力量の成長が反動支配勢力や「解同」の策動を打破する保障となる。

(6)地域住民運動の展望と新たな運動体への発展的転換

 今、住民は、人間が大切にされる地域社会の実現を求めている。その要求には、犯罪や災害からの安全、平和な社会、健康で文化的な生活の実現、在宅・地域福祉の充実、就労の拡大、産業の振興、学習・文化・スポーツへの参加、いじめや体罰の根絶、地域の伝統と快適な自然・環境の保全、行き届いた交通網の確立、自由な意見交換、誰もが平等への願い、情報公開・知る権利・プライバシー権の確立、住民参加の地域づくり、住民が主人公の政治の実現、など多様な内容がある。

 これら地域住民の要求は、地域社会において実現していく性格と課題を有している。ここに、住民の諸要求の実現と地域の民主化をはかる地域住民運動が成り立つ基盤がある。

 われわれは、憲法の保障する人間らしい生活ができる地域社会を実現のため、人権と民主主義、住民自治の確立に向け、主体的・集団的営みと住民自治の自覚にもとづいて、自らの諸権利の擁護と新たな権利の創造をともなう地域住民運動を展開する。

 その課題は、 ①諸要求を結集し、生活破壊の悪政とたたかい、人権と民主主義、住民自治が尊ばれる「人間らしい生活ができる地域社会」を実現する、②住民相互の助け合いの輪を広げ、住民の連帯感と共同をつちかう、③保守的地域支配を許さず、住民が地域の主人公である地域民主主義の前進と、町内会・自治会の民主化を実現する、④いっさいの暴力やどう喝、住民分断の策動を許さず、住民が平和と安全の内に生活できる地域社会をつくりだす、⑤国民の内心に踏み込みかねない行政主導の「啓発」体制を打ち破り、住民の自主的学習活動によって、真の人権認識を深める、⑥自治体の民主的刷新を実現し、住民本位の地域づくりの確かな政治的保障をはかる、ことなどである。

 われわれは、総仕上げの局面における部落問題解決の諸課題を早急に達成し、同時に地域で部落内外の共通要求にもとづく共同の住民運動を前進させ、新たな運動体への発展的転換をはかるために全力をあげる。

  これを書いた本人も具体的に理解できないであろう抽象的な言葉が並んでいる。これまでの歴史から見て、これは共産党の地域支配を意味していると読むべきだろう。なぜなら、もともと戦後の部落解放運動は、解同朝田体制になって分裂するまでは、共産党支配だったが、その時代に、共産党は、部落解放運動を政治利用したからである。民主勢力の一部であることは、部落解放運動の闘いを後景化させたり、消極化させることを意味しない。まったく逆である。民主主義運動をプロレタリアートの利害に従属させるとは、革命と結びつけるということであり、民主主義を死滅させるまでに高めるということである。それ以下だと改良主義の範囲内で終わってしまい、ブルジョア民主主義で終わってしまうということだ。この観点からは、この間の解同の腐敗の原因の一つは、民主主義の不徹底にあると言える。それに対して、全解連は、抽象的民主主義、すなわちブルジョア民主主義を対置しており、反動的である。部落を再生産している相対的過剰人口という資本蓄積法則の廃絶抜きに部落差別がなくなることはないと思う。労働者の差別・分断支配の中に部落差別が組み込まれているのであり、部落差別は、相対的過剰人口としての下層(日雇・零細商人・零細職人・小農・細民・失業者・半失業者・・)を再生産する近代的構造に根ざした差別なのである。朝田理論は、わかりづらいけれども、そのことを「低賃金の沈め石」論で不十分ながらも一応指摘はしているのである。

このことに、部落解放運動が社会主義と結びつく根拠があるのだが、今の解同中央派の「日本のこえ」派は、それを断ち切って、人権運動にしてしまった。同和対策特別措置法停止から5年を超えた今、ワーキングプアが増え、あるいは差別落書き事件が増えている。今、部落にどういう変化が起きているのかをしっかり見る必要がある。

  「今、住民は、人間が大切にされる地域社会の実現を求めている。その要求には、犯罪や災害からの安全、平和な社会、健康で文化的な生活の実現、在宅・地域福祉の充実、就労の拡大、産業の振興、学習・文化・スポーツへの参加、いじめや体罰の根絶、地域の伝統と快適な自然・環境の保全、行き届いた交通網の確立、自由な意見交換、誰もが平等への願い、情報公開・知る権利・プライバシー権の確立、住民参加の地域づくり、住民が主人公の政治の実現、など多様な内容がある」という課題があげられているが、部落という言葉がまったく出てこない。ここには、住民一般の要求が掲げられているだけである。

  朝田理論は、部落問題を「国民」「住民」一般に解消するのではなく、階級階層関係の中でとらえようとした。相対的過剰人口が階層として下層に置かれ、差別されていることと部落差別は関連している。朝田理論からは、この層が、高度経済成長の中で減少したことと部落問題の表面上の「解消」が進んだことの関係が見えてくるが、全解連の主張からは、米日反動とそれにくみする解放同盟による妨害という政治的要因による「国民融合」の阻害という図式しか見えてこない。反動に対置されているのは、日共の民主勢力の統一戦線による地域支配ということである。それは、人権と民主主義一般に対する反動に対置されているのである。

  部落問題は、多数派と少数派との関係の問題であり、だからこそ、同和対策特別措置法を必要としたのである。それを行政や権力との癒着のように描くのは、不当である。そこにさまざまな問題を抱えていることは事実であるが、歴史的には、民衆による差別を政治権力が利用したのである。それを近代的に再編して、相対的過剰人口に組み込んだわけである。このような層としての利害から、米騒動への部落民の大量参加ということがあったわけである。当時で言う「細民」との共通利害が強くあったのである。

| | コメント (3)

« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »