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『部落解放運動への提言』について1

 『部落解放運動への提言』一連の不祥事の分析と部落解放運動の再生にむけて(2007年12月12日、部落解放運動に対する提言委員会)は、③として市民運動との能動的連携の必要性を訴えている。

 以下の文章に見るとおり、ここでは、全国水平社の時代には、小作争議や労働争議にし、戦後の三井・三池闘争、安保闘争などに部落解放運動が参加してきたと述べている。これに戦前なら、米騒動を加えるべきだろう。

 そして、グローバル化の自由主g市場経済が世界を席巻することで、核兵器、地球環境保護、内戦、飢餓、HIVの蔓延などの課題をあげている。日本では、格差拡大によって、野宿生活者、フリーターやニートなどの若年層やワーキングプアなどの不安定労働者が増えて、生存権が脅かされていることや非正規労働者が3分の1を超えるなどの問題を指摘している。

 これらの問題を指摘した上で、『提言』は、「部落解放同盟としても、こうした時代状況を踏まえ、従来の平和運動や護憲運動への参加に加えて、人類の生存にかかわる環境保護の運動、各種の反差別・人権運動、さらには市民運動へも積極的に参加していくことが求められている」と述べている。なぜか、フリーターやワーキングプアや非正規労働者の問題を指摘しながら、労働運動への参加が抜けている。これらの問題に対応する運動は、『提言』のどこに入るのだろうか? あげているのは、平和運動、護憲運動、環境保護運動、反差別・人権運動、市民運動である。

 憲法や内戦の問題を取り上げながら、政治闘争について一言も無いというのは、問題の性質からして不自然である。

 ③の全体に、市民主義政治への方向付けという政治判断、政治意思を感じる。部落解放運動の具体的条件や具体的性格から今後の運動の方向性を導き出すのではなく、人権とか市民主義という理念の方向に、部落解放運動を持っていこうとしているように感じられる。

 NPOについては、1990年代以来の、市民運動や人権運動については、はるかに長い歴史を持っており、その中で、さまざまな傾向や分岐・色合いがあることは、今や常識と言っていい話である。そのどこに部落解放運動を位置付けるのか、スタンスを取るのかということは、その運動性格にかかわる問題である。例えば、世界の市民運動やNPOが集まって、毎年開かれていた「世界社会フォーラム」は、昨年のケニア大会で、金持ちや企業にやさしく、貧困者を排除して厳しいという偏りに陥って、今年は世界大会は開かれなかった。言葉としての人権や平等や世界市民社会などというスローガンは、実際行動において、まったく逆の結果をもたらしたのである。資本主義批判なしに、「グローバル化のもとでの自由主義市場経済が世界を席巻していることによって、さまざまな面で諸矛盾が噴出してきている」という現象のみの指摘にとどまるならば、圧倒的な力を持つ資本主義の力、価値観、文化が運動を支配してしまうのである。

 反差別、人権運動、平和運動、市民運動等々、どのような運動であれ、そこから腐敗があっという間に浸透するのである。

 「これらのさまざまな運動に参加する際、部落解放同盟の組織体として参加するだけでなく、一人ひとりの同盟員が、個人として、自覚的に参加することがとりわけ重要である。
 さまざまな運動へ積極的に参加していく際の留意点としては、以下の諸点が挙げられる。
..従来の平和運動や護憲運動とともに、地球環境保護や地域の文化振興、これらの課題を担う青少年の育成、そして、さまざまな反差別・人権課題に取り組む運動にも積極的な関心を持つこと。
..組織としてだけでなく、同盟員個人としてもNPOなどに参加し、その運動の中で積極的な役割を果たすこと。
..さまざまな運動に参加する人々に部落問題と部落解放運動を訴え、理解を求めていくこと」。

 この部分は、組織体としての部落解放同盟の運動参加ばかりではなく、同盟員個人に対しても、参加を促している。単なる個人としての同盟員に対して、組織方針ではない行動を求めることには無理がある。むしろ、解放同盟自身の方針と行動が、どれだけ、同盟員の共感を生んで、そのエネルギーを引き出せるかが問題である。もし、『提言』が、解放同盟に対して、NPOへの同盟員の個人参加を求めているなら、それはやはりひとつの政治方針、政治意思を強制していることになる。それは、この『提言』を作成した学者などの知識人の政治プランを大衆的運動体に押し付けることになる。もし、そうしたいなら、そのようにはっきり提起すべきであり、そうすれば、それをめぐって政治論議が運動内でできるのである。その政治意図を隠して、問題をあたかも当然の摂理のような形で、提起するなら、それはごまかしであり、運動にとって、マイナスになる。公然と政治論議をすることによってこそ、運動は自己の弱点を正すことができるのであり、それによって、運動主体の意識が高まり、高度化するのである。

 『提言』のこの部分は、そういう点で問題がある。

③市民運動との能動的連携の必要性

 部落解放運動は、労働運動や平和運動へ積極的に参加してきた輝かしい伝統を持っている。たとえば全国水平社の時代には、各地で小作争議や労働争議に参加した。戦後においても、三井・三池闘争、安保闘争などに部落解放同盟の参加があった。最近でも、原水禁運動や護憲運動へ積極的に参加している。
 また、宗教、教育、文化、労働、企業など各界各方面において、部落差別撤廃をめざす取り組みが進展し、連帯の輪が広がった。部落解放同盟は、今後ともその連携を重視し、部落差別撤廃のみならず、新たに生起する人権上の諸問題の解決に向けた取り組みを強化していかなければならない。
 今日、グローバル化のもとでの自由主義市場経済が世界を席巻していることによって、さまざまな面で諸矛盾が噴出してきている。この結果、世界的には、従来から人類的課題として取り組まれてきた核兵器の廃絶といった課題に加えて、地球環境保護に関わった諸課題、世界各地で後を絶たない内戦、飢餓、HIVの蔓延などに代表される諸課題がある。日本国内においても、格差拡大社会が到来した結果、野宿生活者、フリーターやニートと呼ばれる若年層やワーキングプアなどの不安定労働者が増大して生存権が脅かされてきている。労働現場を見ても、正規労働者が減少し、非正規労働者が3分の1を占めるまでに至っている。児童虐待や学校でのいじめ、DVなどの人権課題も深刻な社会問題となってきている。
 部落解放同盟としても、こうした時代状況を踏まえ、従来の平和運動や護憲運動への参加に加えて、人類の生存にかかわる環境保護の運動、各種の反差別・人権運動、さらには市民運動へも積極的に参加していくことが求められている。
 さまざまな運動に、部落解放同盟が積極的に参加することによって、それらの運動が掲げている課題の達成に貢献するとともに、部落問題に対する関心の拡大と部落解放運動に対する信頼が深まっていくのである。何よりも部落解放運動が常に市民的共感とともに歩んでほしいと願う。また、こうした協働の中から、これからの部落解放運動の展開に役立つ貴重なヒントを得ることもできる。
 これらのさまざまな運動に参加する際、部落解放同盟の組織体として参加するだけでなく、一人ひとりの同盟員が、個人として、自覚的に参加することがとりわけ重要である。
 さまざまな運動へ積極的に参加していく際の留意点としては、以下の諸点が挙げられる。
..従来の平和運動や護憲運動とともに、地球環境保護や地域の文化振興、これらの課題を担う青少年の育成、そして、さまざまな反差別・人権課題に取り組む運動にも積極的な関心を持つこと。
..組織としてだけでなく、同盟員個人としてもNPOなどに参加し、その運動の中で積極的な役割を果たすこと。
..さまざまな運動に参加する人々に部落問題と部落解放運動を訴え、理解を求めていくこと。

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