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弁証法と部落問題

  同和問題について調べていたら、和歌山の全解連系の雑賀光夫という学校の元先生のホームページがあった。見ると、昔、紀北唯物論研究会というのをやっていて、唯物論や弁証法について勉強したという。そこで、レーニンの労働組合論のブハーリン批判のところで、レーニンが弁証法について述べている部分を勉強したとある。

  それは、『ふたたび労働組合について 現在の情勢について』という題で、レーニン全集32巻(大月書店)にある以下の部分である。

  「コップは、争う余地なく、ガラスの円筒でもあるし、飲むための道具でもある。しかし、コップは、これら二つの属性もしくは性質もしくは側面だけではなく、無限に多くの他の属性、性質、側面、爾余の全世界との相互関係と「媒介」をもっている。コップは重い物体であって、投げつける道具となりうる。コップは文鎮にもなるし、つかまえた蝶の入れ場所にもなる。コップは、飲む役にたつかどうか、ガラスで出来ているかどうか、形が円筒形か、それとも完全な円筒形をしていないか、にはまったく関係なく、美術彫刻や画をかいた品物として価値をもつこともありうる。その他、等々。
  さらに、もし私がいま飲むための道具としてコップを必要とするなら、それが完全な円筒形であるかどうか、それがほんとうにガラス製であるかどうか、私にとってまったく重要ではない。そのかわり、底にひび割れがないこと、このコップをつかうときにくちびるを傷つけたりしないこと、などがたいせつである。ところが、もし私が飲むためでなく、どんなガラスの円筒でも間に合うような用途のためにコップを必要とするなら、底にひび割れのあるコップでも、あるいはまったく底のないものでも、私にとっていっこうさしつかえない、等々。
  学校でおしえるのは形式論理学(訂正していえば―学校の低学年にはそれにかぎられなければならないが、この形式論理学は、もっとも普通なもの、あるいはも、っとも頻繁に目にうつるのを準拠として、形式的規定をとり、それにとどまっている。もし、このばあい、二つないしそれ以上の異なった規定をとって、それらを(ガラスの円筒と、飲むための道具とを)まったく偶然に結合すると、対象のさまざまな側面をしめすだけの折衷的な規定がえられる。
  弁証法的論理学は、われわれがもっとさきへ進むことを要求する。対象をほんとうに知るためには、そのすべての側面、すべての連関と「媒介」を把握し、研究しなければならない。われわれは、けっして、それを完全に達成することはないだろうが、全面性という要求は、われわれに誤りや感覚喪失に陥らないように用心させてくれる。これが第一。第二に、弁証法的論理学は、対象を、その発展、「自己運動」(ヘーゲルがしばしば言っているように)、変化においてとらえることを要求する。このことは、コップについては、すぐには明らかにはならない。だが、コップとて、永久に不変ではない。また、とくにコップの用途、その使用、その周囲の世界との連関は変化する。第三に、人間の実践全体は、真理の基準としても、対象と人間が必要とするものとの連関の実践的規定者としても、対象の完全な「規定」にはいらなければならない。第四に、弁証法的論理学は、故プレハーノフがヘーゲルにならってこのんで言ったように、「抽象的真理はない、真理は具体的であることをおしえている」(92頁)。

  雑賀氏は次のように言う。

                                 県学習協副会長 雑賀光夫

* 渡辺広先生が後なくなられ、この文は追悼文になってしまった。

部落差別と弁証法 メモ1970年5月18日北唯物論研紀究会(注1) 雑賀光夫 

「部落差別の本質はなにか」が、近ごろ大阪問題とからんでよく論じられます。

(1)北原泰作氏はいう
 「部落差別には大きく分けて二つの要素があります。その一つは身分差別の問題であり、他の一つは貧困の問題であります。この二つの要素は、切り離すことができな関連性があるので、別々に考えることはまちがいであり統一的に把握しなければならぬとうことが主張されてきました。………。
  けれども部落問題を社会科学的に分析して検討する場合、この二つの要素を一応区別して考えることも必要があると思ます。
  そこで部落差別とはなにかと言えば、それは、人種・民族差別でなく身分差別であります。身分差別と一口でっても、封建時代の身分差別と近代社会の身分差別とはちがいます。」①(一九六七年五月、部落解放研究集会)
  同じ北原氏は、一九五七年に次ぎのように言っていた。
  「今日、部落大衆が苦しめられてる基本的な、主要な矛盾は、反封建的な身分関係ではなく、資本主義的な階級関係である。………身分差別の矛盾は存在するが、それは主要な矛盾ではなく、副次的・第二義的な矛盾である。」②
  十年間の間に、北原氏はその主張を180゜変えたのである。

(2)身分と階級をどうとらえるか

①身分差別という矛盾、階級差別という矛盾の関係をどうとらえるかの問題。

  部落問題にあっては、身分差別と階級差別は一つの矛盾をつくっているわけであるから、この矛盾の二つの側面、この矛盾の構造をどうとらえるかと言い換えてもよい。

②北原氏の②の見解には、「主要な矛盾と矛盾の主要な側面」をとらえるという方法によって矛盾を整理しようという試みがみられる。

③この方法は、毛沢東の「矛盾論」の中でもっとも重視されている方法であり、一つの有効な方法であることはまちがない。しかし、その方法は、矛盾の大小関係を平面的にとらえるにとどまり、矛盾の相互関係や構造はとらえられないという限界を持ってる。

④レーニンは、1920年代の労働組合につての論文の中で、ブハーリンを批判して「弁証法と折衷主義を混同してはならな」といましめてる。

  ブハーリンは”政治と経済を統一してとらえる”ことを主張したが、レーニンは、
”「あれも」「これも」というのは折衷主義である。「政治は経済の集中的表現である」というとらえかたをふまえて統一しなければならない”ことを強調した。

⑤私たちが部落問題をとらえる方法論上の出発点は、「身分は階級をおおいかくす法制的ヴェールである」というとらえかたである。身分と階級とは、このとらえかたの中で、はじめて弁証法的に統一してとらえられる。その矛盾をさらに分析していくのに有効な方法は、「形式と内容」「本質と現象」についての弁証法であろうと思われる。

⑥このとらえ方をぬきにした「主要な矛盾論」は、たやすく180゜の転換をしてしまうのである。

⑦その分析から、戦術的には身分差別の面が重視され、戦略的には階級支配の面が重視されねばならないということ、いいかえれば、戦術的には民主運動との区別が、戦略的には統一が重視されねばならないとう結論になる。

(3)本質と現象の弁証法につての一部の人々の無理解が混乱を生んでいることについて

①「差別の本質」「部落差別の本質」ということばがよくつかわれる。しかし、本質と現象は固定したものではない。差別一般についていえば、その本質は分裂支配であり、その特殊的な現れである部落差別についていえば、その本質は身分差別だといってよい。しかし、差別一般という広い立場から見直すと、身分差別は分裂支配という本質の現象形態でもある。
  このような「本質と現象」「一般(普遍)性・特殊性・個別性」という弁証法の理解は、決定的に重要であろうとおもわれる。
  だから、部落差別の本質をさらに正確に規定しようとすれば、「身分差別を利用した分裂支配」といわなくてはならない。

  これを読むと、朝田理論の「主要な生産関係からの排除」というのは、毛沢東の矛盾論を使ったものなのかもしれないと思う。雑賀氏は、政治本質論をとり、それは分裂支配ということだと述べている。また氏は、政治起源説を取っている。氏は、朝田路線を融和主義と呼んでいるが、それは部落解放を強く主張することで分裂支配にくみした上に、権力・行政と癒着したということを指しているのだろう。分裂支配という政治的要因が本質であり、その現象が身分差別だというのである。

  上のレーニンの弁証法論理学の説明を読んだはずの雑賀氏は、対象のあらゆる側面を調べなければならないとレーニンがはっきりと述べているのもかかわらず、それを実行に移さずに、毛沢東の矛盾論を安易に対象に当てはめている。真理は具体的であるという点も忘れてしまう。

  中世起源説が有力になってきたのは、政治起源説では説明のつかないことが次々と発見されたからである。もっとも雑賀氏は、必ずしも政治起源説を固守しているわけではないようである。以下のように述べているのである。

政治起源説」にかかわっての学習から
       渡辺広先生の著作から学ぶ

  和教組責善部の討議資料で「政治起源説のあやまり」と書いたことから、少し勉強してみることにした。「未解放部落の源流と変遷」(渡辺広著・一九九四年刊)というかっこうの表題の本がある。言うまでもなく渡辺先生というのは、お亡くなりになった元和歌山大学教授である。
             (一)
  冒頭の「序説」に「かつて私は、『未解放部落というのは政治的関係のみによって存在しているのではない。政治的関係も、経済的関係、社会的関係を基礎としているのである。未解放部落は生活関係の産物である。』(「未解放部落をめぐる学界の動向」)と述べた」(P一三)とある。本書に収められているその出典にあたってみると一九五七年にかかれた論文である。その論文の終わりの方で、東上高志氏が「部落という現実に存在する部落差別は………特定の社会構成体の中で『国家権力』によって政治的に、身分制度として作り出されたものであって………」述べたのに対置して「これに対して私は、未解放部落を中世に成立してきた身分的、職業的、地域的差別が、戦国時代以降、とくに近世中期に至って、封建的支配者によってたくみに利用され、強化され、制度化されたものと考える。」(渡辺前掲書P五二)とかかれてる。
             (二)
  これだけでは、東上先生と渡辺先生の見解の違が、ピンとこなかもしれない。
  渡辺広先生は、一九八九年から九〇年にかけて「和歌山の同和教育」(和同教機関紙)に「歴史的に見た未解放部落」という連載をかかれた。そこで、「『部落は、武士階級の国家権力によって、行政的につくられた』という考えがあります。この考え方が、『部落差別の制度(江戸時代の賤民制度)が行政的につくられた』とう意味であれば正しいわけです。しかし、そうではなくて、『部落(または部落差別)そのものが行政的につくられた』という意味であれば正しくありません。国家権力は、どのようにして部落(部落差別)そのものを作り出したのでしょうか。」と述べておられる。(前掲書P三四〇ー四一)
  さらに「『部落は、武士階級の国家権力によって、行政的につくられた』という考え方の中には、『変化の中に連続性を自覚する感覚』か欠け………」とし、大阪歴教協高槻支部の「部落の成立をどう教えるか」を紹介します。そこでは、以下のように解説されてたのでした。
  「『えた』の場合のきめ方は、もっと無ちゃくちゃなものでした。何の理由もなしに『明日からこの村はえたの村とする』と幕府が勝手に決めたのです。『えたの村とする』と決められた村に住んでた人は、そのまま『えた』の身分とされたのです」(季刊「同和教育運動」六号)
  ここまで示されれば、かつての東上先生の説を渡辺先生が批判した理由が分かります。単純な「政治起源説」は、このような歴史のあやまった単純化に導くのです。
  大阪だけの問題ではありませんでした。和歌山県内でも、部落の起源を「殿様のわるだくみ」とする教材が、一時、すばらしい教材だと言われたのですが、渡辺先生の提起をうけとめ、再検討されたのでした。

             (三)
  東上先生や渡辺先生のような、偉い先生が論争するのでは、われわれ一般教員は、何を頼りにしたらいいのかとう質問が出されそうです。
  渡辺広先生は、中学校・高校の先生が、「部落の歴史」をとりだして一生懸命教えようとしているのを見て「そんなに教えたら、大学で教えることがなくなってしまう」と言われたことがあるそうです。これは、先生一流の皮肉です。先生は、歴史学習の中で、「部落の歴史」だけを突出して教えることの問題を指摘されたのでしょう。
  「同和教育」では、善意からであれ、「部落差別をなくす」という目的から、説明しやすように「部落の歴史」をくみたて、突出して教える傾向に陥ってたのではないでしょうか。大きく言えば、部落解放運動がすすめやすいように、部落の歴史や起源を組み立てたとも言えます。
 「部落は、武士階級の国家権力によって、行政的につくられた」という説明に立ち返ってみると、この言い方が「行政がつくったものは、行政の責任でなくせるし、なくさなくてはならない」という「結論」に直結できるように組み立てられていることを、すぐ看取ることができます。渡辺先生は、大目に見てますが、「行政的につくられた」という言い方もおかしなものです。江戸時代の政治を「行政」というのでしょうか?
  渡辺先生は、「一定の政治的見解をうらづけるための学問研究などというものはナンセンスである。」という歴史学者・羽仁五郎の見解を支持するとして、部落の起源についての説明が「行政闘争」との関係でだされてきているという指摘をされています。(前掲書P五二)

  一方では、レーニンの唯物論や弁証法を引っ張り出しながら、他方では、「渡辺先生は、「一定の政治的見解をうらづけるための学問研究などというものはナンセンスである。」という歴史学者・羽仁五郎の見解を支持するとして、部落の起源についての説明が「行政闘争」との関係でだされてきているという指摘をされています」とレーニンの思想を見事にひっくり返している。雑賀氏も読んだというレーニンの『唯物論と経験批判論』には、唯物論の党派性ということがはっきり書かれている。

  『未解放部落というのは政治的関係のみによって存在しているのではない。政治的関係も、経済的関係、社会的関係を基礎としているのである。未解放部落は生活関係の産物である。』という渡辺氏の視点そのものは正しい。これから言えば、封建遺制の民主化による国民融合という全解連の国民融合論はまちがいだという結論になるはずである。

  中世的な政治的関係、経済的関係、社会的関係を基礎として、部落差別になる差別があったとなると、資本主義的な政治的関係、経済的関係、社会的関係を基礎として、資本主義的な部落差別がありうることになる。封建的な身分差別が資本主義的な身分差別に転化することはありうるし、実際にそうなのである。分裂支配に身分差別を利用したというのは、政治的関係のみを部落差別の基礎と見なすものであり、経済的関係、社会的関係を事実上、捨象するもので、弁証法的ではない。これは講座派と共通する問題点である。それに対する労農派は、経済的土台による上部構造の規定ということをスタティックに、形式論理学的に適用して、講座派に対置した。つまり労農派にも問題がある。

  「弁証法的論理学は、われわれがもっとさきへ進むことを要求する。対象をほんとうに知るためには、そのすべての側面、すべての連関と「媒介」を把握し、研究しなければならない。われわれは、けっして、それを完全に達成することはないだろうが、全面性という要求は、われわれに誤りや感覚喪失に陥らないように用心させてくれる」ということからは、部落差別を階級関係一般としてそれと抽象的に連関させるだけではまったく不十分であるということになる。資本主義的階級関係は、「自然史」として現われるのであり、それを土台にして、階級的な政治意思が形成されるのである。明治政府は当初は身分解体を意図したのであるが、現実の社会関係に圧されて、中途半端なことになったのであり、それから資本主義的社会諸関係が広まるにつれて、社会諸関係がそれによって再編成されていったのである。その過程で、労働の階層編成や資本制大企業を頂点とする産業編成やヒエラルヒーや地主―小作関係の広まりや農民の階層編成とかいろいろな変化の中で、部落は相対的過剰人口へと組み込まれていったのである。戦後においてもそれは続いたのであり、だからこそ、行政施策などを必要としたのである。

  毛沢東の矛盾論については、はたしてそれが弁証法を発展させたものなのかどうかを調べなおした方がいいように思う。アルチュセールというフランスの哲学者は、毛沢東の矛盾論を高く買っているのであるが、どうなんだろう?

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