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柄谷氏の共同体論

  柄谷行人氏の編集する雑誌『at』最新号は、有機農業特集である。

  柄谷氏の連載は、共同体論で、今回は、マルクスの『グリントリッセ』やエンゲルスの『家族、私有財産、国家の起源』などを取りあげている。エンゲルス批判が一時はやったことがあったが、亡き哲学者廣松渉氏はエンゲルスを高く評価した。
 

  柄谷氏が高く評価するプルードンは、「交換という形而上的行為は労働と同じように、だが労働とは違った仕方で実在的価値と富を生産する。さらにまた、このような主張は、もしわれわれが生産ないし創造は形状の変更のみを意味し、したがって創造的諸力は労働そのものでさえも非物質的なものであることを想起するならば、何も驚くにあたらないだろう。だから、投機の要素を少しも持たない本当の相場によって産をなした商人が、その獲得した財産を享有するのは、全く正当な権利に基づくのである。その財産は、労働が生み出した財産と同じ程度正当なのだ」と述べている。これは完全に観念論である。これでは、マルクスとプルードンが合わなかったのも当然である。柄谷氏は、両者をなんとか合わそうとしているのだから、大変である。

  柄谷氏は、生産様式ではなく、交換様式から共同体について考えていこうとする。そこで、ポランニーの四つの交換様式の図式と共同体のタイプをマトリックス的に組み合わせている。これは、レヴィ・ストロースの構造主義のやり方と同じである。構造主義そのものが批判にさらされるようになっている今、そのままレヴィ・ストロースのやり方を使っているというのも不思議な気がするが、とにかく、人類史の最古の共同体をアジア的段階(ちなみにマルクスはアジア的生産様式としている)の農業共同体としている。それは氏族共同体であり、それから戦士共同体というものもあったという。このへんになるとだいぶ、氏の論もあやしくなってくる。

  例えば、氏族共同体はなにゆえに形成されたのであろうか? マルクスなら当然、生産の必要からと応えるだろう。そこには分業や協業などが見られるだろう。生産や労働を抜いて、共同体について理解できるのだろうか?  できない。それにもかかわらず、氏は、あくまでも交換にこだわる。一応、氏の描くマトリックスは整合しているように見えるが、その図式は、一般的なことしか示せない。

  そこから出てくるのは、一般的な結論のみである。

  上のプルードンの引用からわかることは、柄谷氏がカントを持ち上げているのは偶然ではなく、柄谷氏がカント的な唯物論と観念論の折衷をやろうとしているということである。
しかも、マルクスよりもプルードンを基本にすえることによって、事実上は観念論の側に立っているのである。
 

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コメント

at 12号は
編集人 高瀬幸途
編集者 赤松結希 大河原哲
編集 オルター・トレード・ジャパン/編集室

で、柄谷氏が編集している訳ではないと思います。

投稿: makorin | 2008年7月25日 (金) 06時16分

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