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2008年8月

グルジアの避難民などについて

 グルジア紛争は、グルジア領内に展開しているロシア軍が撤退を開始したというロシア国防大臣の発表によって、一応、平和状態へと戻りつつある。
 
 それぞれの難民が故郷への帰還準備を始めていることを下の記事は伝えている。
 
 それにしても、『産経』は、グルジアの首都トビリシで取材しているグルジア難民の様子や声を伝え、『朝日』は、ロシアの北オセチア共和国のオセット人避難民の様子と声を伝えている。一つの新聞で両者の声を読めればいいがそうはいかず、両者の声を聞くためには、二つの新聞を読まなければならないのは不便である。
 
 言うまでもなく、オセット人避難民は、グルジアへの怒りを、グルジア人避難民はロシアへの怒りを、それぞれ訴えている。
 
 アメリカのゲーツ国防長官は、ロシアの行動を批判し、対ロ関係の見直しが必要だと述べたという。ロシア問題の専門家であるライス国務長官も、ロシアを批判しているという。では、グルジアの南オセチア自治州への侵略はどうなるのか? グルジアの軍事行動には何の問題もないというのか? このグルジアによる南オセチア自治州への軍事攻撃に黙っていれば、ロシアはアメリカ政府トップの意にかなったということだろうか? 
 
 「農業のハルバシュビリさん(51)は、紛争の発火点となった独立派地域、南オセチア自治州との交戦について「(南オセチアの多数派)オセット人が悪いのではなく、民衆レベルでは仲良くできるはずだ。ロシアが彼らをそそのかし、介入さえしなければ、こんな戦争はなかったに違いない」と語った」というが、それだと、ロシアが介入してオセット人をそそのかして独立運動を起こさせたから、今回、グルジアは、南オセチア自治州を侵略したということになる。
 
 他方オセット人避難民は、「取材中のフィンランドのテレビ記者が「グルジアと共存できないのか」と尋ねると、避難民らが「こんな目にあって、できるわけがない」と怒って取り囲み、自らの主張をまくし立てる場面も」という具合で、双方の主張は、交わるところがない。
 
 上のグルジア農民の視点は、明らかに抑圧民族のものである。このように考えられること自体、オセット人の置かれている状態をきちんと認識していない証拠である。グルジア人にロシアからの独立・民族自決の権利があるなら、オセット人にはグルジアからの分離・独立の権利・民族自決の権利があると考えるのは当然のことである。かの農民は、グルジアにのみその権利を認め、オセット人にはその権利を認めていないのである。だから、民衆レベルでは仲良くできるということが言えるのである。仲良くできれば、オセット人はグルジアから分離・独立することはないと考えているのだ。ところが、グルジアの軍隊は、オセット人を攻撃するためのもの、オセット人をグルジアに従属させるためのものということが、こういうグルジアの軍事攻撃によって明らかになっているのであり、それがわからないというのは、抑圧民族という自覚すらないというほどに抑圧民族的なのである。つまり、人の足を踏んでいることには鈍感だが、踏まれることには敏感なのである。

ロシアへの避難民、帰還の動き 根深いグルジアへの怒り『朝日新聞』2008年8月18日

 【アラギル(ロシア南部)=大野正美】ロシアとグルジアの軍事衝突の発端となった南オセチア自治州から、数万人規模の避難民が流入したロシア北オセチア共和国の収容施設では17日、衝突から10日が過ぎて帰還の動きがようやく始まっていた。だが、グルジア側の攻撃で肉親や家財を失った人々の怒りは一向におさまらないようだ。

 北オセチア共和国のアラギル郊外。南オセチアとの境界近くにある避難所で、年金生活者の女性ドーニャ・ダビドワさん(54)は「州都ツヒンバリを攻撃してきたグルジア兵に、3カ月前に結婚したばかりの20歳の一人娘を撃ち殺された。家は壊され、身よりもない。これからどうしたらよいか」とうなだれた。

 ロシア側は、グルジア軍が7日深夜、ツヒンバリを無差別爆撃するなど先に攻撃を仕掛けてきたため、反撃したと説明している。北オセチアに逃げてきたのは、南オセチア自治州のグルジアからの分離独立を目指す分離派政府支配地域に住むオセット人たちだ。

 やはり年金生活者の女性ダグ・ドグゾワさんは、ツヒンバリから12キロ離れた村の自宅にいて8日未明にグルジア側のミサイル攻撃を受けた。「村の家がみな壊され、多くの人が死んだ。何も持ち出せず、一日中歩いて9日にやっとここに着いた」

 取材中のフィンランドのテレビ記者が「グルジアと共存できないのか」と尋ねると、避難民らが「こんな目にあって、できるわけがない」と怒って取り囲み、自らの主張をまくし立てる場面も。

 この避難所には一時、2千人を超す避難民がいた。今は265人に減ったが、より生活条件のよいロシア国内の別の都市の収容施設に移った人が多い。攻撃による家の被害が比較的軽微とわかって南オセチアに戻った人も出ているが、まだまだ少数派だ。
 ロシア緊急事態省によると、北オセチアにいる南オセチアからの避難民は約1万6600人。うち約1万2千人が親類のもとに身を寄せ、約4500人が保養所や学校に避難しているという。

「故郷に帰れる日いつ」 グルジア避難民、首都に6万人 『産経新聞』2008.8.18

 グルジアでは、開戦直後からの激しい戦闘を逃れた難民たちの問題が切実さを増していた。国連などによると、グルジア紛争での難民は、11万5000人に上る。うち3万人が激戦地の南オセチアからロシア側に避難。グルジアの首都トビリシには、6万人が押し寄せ、親類のもとやテント村などで避難生活を余儀なくさせられていた。

 250人近くを収容するテント村では、強風にあおられるテント内に数十台のベッドが所狭しと並べられていた。

 中部のゴリから逃げてきた主婦、ツェツフラゼさん(37)は、今もロシア軍による空爆の光景が目に焼き付いて眠れない。「買い物の最中、近くのグルジア軍駐屯地の動きが慌ただしいことに気づいて急いで自宅に戻り、子供たちを連れ出した15分後に自宅が空爆された」。この攻撃で17人が死亡した。近くの村はロシア兵らの略奪に遭い、焼き尽くされたという。

 教師のカレリッゼさん(47)は憔悴(しょうすい)しきった表情だが、それでも「ロシアは、いつも私たちを上から見下してきた。だが、もうたくさんだ。ロシア人は敵だ。ロシア人は、グルジア人が親米だから滅ぼそうとしているのだろうが、強いグルジア人は絶対に屈しない」と自らを奮い立たせた。
 
 農業のハルバシュビリさん(51)は、紛争の発火点となった独立派地域、南オセチア自治州との交戦について「(南オセチアの多数派)オセット人が悪いのではなく、民衆レベルでは仲良くできるはずだ。ロシアが彼らをそそのかし、介入さえしなければ、こんな戦争はなかったに違いない」と語った。

 欧米の人道支援で、当面は水や食糧に不足はない。ただ、ロシア軍がグルジアの東西を結ぶ幹線道路を封鎖しているため、西部の黒海沿岸に陸揚げされた支援物資の輸送が滞り、先行きは不透明だという。

 難民たちの数も日に日に増加している。「疲れた。子供たちは熱を出し、ひきつけを起こす。実家の納屋に隠れている両親は無事だろうか」。そう話す難民たちが、故郷に戻れる日はまだ先のことだ。(トビリシ 遠藤良介)

南オセチア衝突:米国防長官が露首相を非難 「軍事介入、かじ取り役だ」『毎日新聞』8月18日

 ◇早期撤退完了に懐疑的見方示す

 【ワシントン小松健一】グルジア南オセチア自治州を巡るロシアとグルジアの軍事衝突について、ゲーツ米国防長官・APは=17日、米CNNテレビなどに出演し、和平合意に基づきロシアが18日に軍の撤退を開始するとした点に触れ「個人的見解だが、ロシアは撤退完了まで時間稼ぎをする」と述べ、早期撤退に懐疑的な見方を示した。またグルジアへの軍事介入と今後の対応は「プーチン首相・AP=がかじ取りをしている」と明言した。

 ゲーツ長官は中央情報局(CIA)で旧ソ連の専門家だった。91~93年に生え抜き職員から初めてCIA長官を務めた。

 ゲーツ長官によると、ロシア軍の武力攻撃は収まっているが、グルジアの中部ゴリやアブハジア自治共和国の周辺に兵力を温存し、警戒活動を続けているという。

 ロシアに軍の早期撤退を迫るために「一層の外交圧力が必要」と強調。全欧安保協力機構(OSCE)が計画している100人規模の国際監視団の組織化と派遣を早めなければ「ロシア軍撤退は我々が期待している以上に時間がかかる」と語った。

 またプーチン首相(前大統領)とメドベージェフ大統領の関係は「思った以上に複雑だ」と指摘。重要な政策は「プーチン首相が支配権を持ち、軍事介入のかじ取りをしている」と語った。

 ブッシュ米大統領は、ロシアに国際社会で「責任ある役割」を果たさせるために、プーチン首相と個人的信頼関係構築に腐心してきた。ゲーツ長官は「ブッシュ大統領は当惑している。我々がロシアに希望していたことは過去のものとなった」と断言。

 そのうえで、ロシアとの戦略的パートナーシップの見直しや、主要8カ国(G8)からのロシアの排除など「我々はあらゆるメニューをテーブルにそろえている」と述べ、ロシアに未来志向に復帰するよう呼びかけた。

 同じ旧ソ連専門家であるライス米国務長官も、ロシアに対して「ソ連時代のような行為は21世紀ではただでは済まされない」とロシア批判を展開。ブッシュ政権は、ロシアを国際社会のパートナーとしてふさわしいかどうかを問い、ロシアに対する国際社会の結束を促している。

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イラクでの米軍独裁について

 日本のマスコミでは、イラク情報がほとんど伝えられなくなっている。益岡賢氏のページには以下のような記事が載っている。
 
 この文章によれば、アメリカ軍は、さらにイラク人を多数拘留するつもりだという。
 
 「米軍は、これらの捕虜のほとんど全員を無期限に拘留している。逮捕状も発行せず、起訴もせず、そのため人々は裁判で自らの潔白を表明する機会もない。米国は公式の検討手続きを開始し、定期的に抑留者全員の立場を検討して釈放を考慮することになっているが、その手続きに抑留者が参加することもできず、自分たちに不利な証拠に反駁することもできず、弁護士を付けることもできない。家族に拘留が知らされることも不規則にしかなく、訪問を認められることは稀にしかない」という。
 
 「こうした状況は、国際人権法を明らさまに犯すものであるが、米国政府は、米軍が「国際武力紛争」に関与しているのだからそうした法的制限は無関係であると主張している」。
 
 人権と民主主義を掲げる自由世界の盟主たるアメリカは、「国際武力紛争」の最中には、平時の法は適用されず、非常事態における独裁権の行使の正当性を訴えているわけである。
 
 それに対して、「人権関係者は、この紛争は伝統的な法的解釈のもとでは国際的なものではないし、さらに、国際人権法は戦争時であろうと平和時であろうと、いつでも常に適用されるとして、米国政府の見解を批判している」。

 アメリカが現在イラクで行っていることは、まさしく、独裁、しかもジャコバン主義的独裁である。これは、ほぼ無制限の暴力の行使という意味での独裁である。
 
 米政府は、この監獄装置を備えた独裁権力の実態を暴かれないように、「アムネスティ・インターナショナルやヒューマンライツ・ウォッチ、国際人権連盟といった人権モニターがこれらの抑留施設にアクセスすること」を「拒否」している。
 
 このような米軍のイラクにおける蛮行を暴くこともなく、アメリカを自由と民主主義と人権の擁護者のような見方を平気で流している者がいることが問題である。
 
 このようなアメリカの軍事独裁・無制限の暴力が「中東の民主化」というきれいな看板の下で行使され、実現されているのである。アメリカの攻撃の矛先は、今、イランに向けられている。

5万1000人、そして増加中
イラク人拘留者のサージ(大波)
シアラ・ジルマーティン

2008年5月11/12日
CounterPunch原文

 イラクにおける米軍のサージ(大波/増派)が喧伝されていた中で、それに伴って投獄されたイラク人の「大波」についてはほとんど語られることがなかった。交流者(ママ)は2007年末に、5万1000人近くに達した。アブ・グレイブ・スキャンダルから4年、占領軍はかつてないほど多数のイラク人を拘束し、数千数万という人々がイラクに置かれた恐ろしい監獄の中で苦しんでいる。

 抑留キャンプ

 米軍司令部に抑留されている人々の多くは、二つの場所にいる。100エーカーの監獄キャンプであるキャンプ・ブッカと、バグダード空港近くの巨大な米軍基地内にあるキャンプ・クロッパーである。これらの施設に抑留されているイラク人の数は、占領が始まって以来、着実に増加してきた。2007年には、収容者の数は70%増え、1万4500人から2万4700人となった。

 キャンプ・ブッカには約2万人の収容者がおり、超法規的な捕虜収容所としてはおそらく世界最大である。この施設は、それぞれ800人の抑留者を収容する「居住区」からなり、その周囲はフェンスと監視塔で囲まれている。抑留者のほとんどは大きな共用テントに暮らしているが、砂嵐が頻繁に起きる地域なのでテントは倒壊することもある。砂漠環境なので昼間の気温は焼け付くほど熱く、夜は骨まで染み入るほどの寒さになるが、その中で、水の供給が不足することもある。

 2007年10月、米軍工兵隊は、キャンプ・ブッカの収容規模を2万人から3万人に拡大する契約を得た。それにより恐ろしい人口過密は軽減されるものの、この契約は、米国政府が今後、さらに多くのイラク人を拘束し抑留しようとしていることを示唆している。

 キャンプ・クロッパーは、より伝統的な監獄の建物である。約4000人の収容者の中には、数百人の若者が含まれている。クロッパーでは尋問が行われており、また、長期にわたる拘留者もいて、日の目を見たことがないという。最近、拡張されたが、このキャンプも人口過密で、医療処置も乏しく、抑留者は悲惨な状況に置かれている。

 無期限の抑留

 米軍は、これらの捕虜のほとんど全員を無期限に拘留している。逮捕状も発行せず、起訴もせず、そのため人々は裁判で自らの潔白を表明する機会もない。米国は公式の検討手続きを開始し、定期的に抑留者全員の立場を検討して釈放を考慮することになっているが、その手続きに抑留者が参加することもできず、自分たちに不利な証拠に反駁することもできず、弁護士を付けることもできない。家族に拘留が知らされることも不規則にしかなく、訪問を認められることは稀にしかない。

 こうした状況は、国際人権法を明らさまに犯すものであるが、米国政府は、米軍が「国際武力紛争」に関与しているのだからそうした法的制限は無関係であると主張している。これに対し、人権関係者は、この紛争は伝統的な法的解釈のもとでは国際的なものではないし、さらに、国際人権法は戦争時であろうと平和時であろうと、いつでも常に適用されるとして、米国政府の見解を批判している。

 アムネスティ・インターナショナルやヒューマンライツ・ウォッチ、国際人権連盟といった人権モニターがこれらの抑留施設にアクセスすることは拒否されている。国連安保理から人権報告を行うよう指名されている国連イラク支援団でさえ、米軍司令官から施設への立ち入りを拒否された。様々な人権団体が指摘するように、人権モニターが立ち入りできないことで、抑留者が虐待を受けたり劣悪な状況に置かれる可能性は高まる。

 キャンプ・ブッカの捕虜たちは、拷問や劣悪な環境、看守による宗教的侮辱に抗議して暴動を起こした。もっともおぞましいのは、米軍が日常的に抑留施設での捕虜の死を認めている点である。このことは、過剰な暴力が日常的に捕虜に加えられていることを示唆している。

 イラク政府の監獄

 米軍が抑留する人々に加え、イラク政府が2万6000人を越すイラク人を拘留している。イラクの施設に拘留されている人々の中には犯罪で有罪判決を受けた人もいるが、ほとんどは起訴もされずに無期限に抑留されている人々である。中には、法廷で裁判を受け、無罪となったにも関わらず、無期限に拘留され続けている人もいる。有罪を受けた人の多くも、最低限の法的基準を満たさない裁判で有罪を宣言されている。国連が最近出した報告書で述べているように、「膨大な誤審を避けるためには大規模な状況改善が必要である」。

 最近国連が出した一連の報告はまた、こうした施設が「非常に人口過密」であり、「衛生と健康状況が悲惨な状況にある」と述べている。さらに、「広範にわたって日常的に抑留者に拷問や虐待が加えられているという報告が続いている」と言われる。国連の調査官がインタビューした複数の女性収容者が、警察の留置場に拘留されているときに強姦されたり性的虐待を受けたと述べている。イラク政府の拘留施設に対して巨大な影響力を持っている米軍司令部も、こうした状況に対して大きな責任を負っている。

 声をあげる時が来ている

 2008年2月13日、イラク政府は、数千人に適用できる可能性のある恩赦法を採択した。米軍司令部も、抑留者を釈放する計画を最近発表した。しかしながら、こうした宣伝にもかかわらず、抑留者の数は2007年11月のピーク時と比べてほんのわずかしか減っていない。同様の捕虜解放が発表された過去の事例を考えると、変化はほとんどないと思われる。

 アメリカ合衆国そして世界中の人々が、イラクにおける米軍増派後の、このおぞましい現実に向き合い、米軍とイラクの収容所に不法に抑留されているすべての人々の解放を手始めとして行動を起こすときである。イラクそして国際的な監視団が収容施設に立ち入ることが認められるべきである。監獄の監督に当たっている米軍関係者と契約要員の責任をはっきりと追求すべきである。虐待のシステム全体を完全に分解し、閉鎖すべきである。

 イラク人抑留者の虐待と法的手続きの不在に加担しているのは、米軍と政府の指導者だけではない。イラクの強制収容所を前に、沈黙を続けている人々全員が、その継続に加担しているのである。

 シアラ・ジルマーティンはニューヨークのグローバル・ポリシー・フォーラムの安全保障理事会プログラム調整官で、フォーリン・ポリシー・イン・フォーカスに寄稿している。

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グルジア紛争をめぐって

 グルジア紛争は、「和平6原則」の合意によって、いったん収っている。ロシア軍が依然としてグルジア領内で軍事行動を継続しているという情報もある。

 先日、ロシアに対して、侵略行為を停止するよう欧米の働きかけを求める署名文を紹介したが、ここからリンクを貼っている「オルタナティブ・メーリング・リスト」には、これと反対に、アメリカによるグルジア・コーカサスへの干渉に反対する署名が紹介されている。
 
 それによると、「サーカシビリはアメリカ主導のイラク占領にグルジアの青年2000人を派遣した大統領である。アメリカはグルジア軍に兵器を支給し、米特殊部隊、イスラエルの軍事顧問そして雇われの軍事請負企業がグルジア軍の指揮を取っており、グルジア軍は7月にアメリカ陸軍および海兵隊と3週間合同演習を行ったばかりだ」。

  そして、「アメリカがグルジアに武器を支給し、またアメリカがグルジアのNATO加盟を押しすすめたことがグルジアの南オセチア侵略をひきおこし、新たな大規模な戦争の危機を作り出したことにはほとんど疑いの余地がない」と、アメリカに今回の事態の基本的な責任があると述べている。

  「ジャーナリスト同盟」通信の木澤氏は、「情報の通りだと、グルジアが南オセチアに軍を動かした背景には、NATOやワシントンの存在があったはずである」「いずれにしてもワシントンとの連携がなかったとは信じられない」「ソ連崩壊後のNATOの暴走にこそ問題がある」と述べている。

  ただ、グルジアが永世中立国を目指したことがあったと述べ、その方向に進むべきだと述べている。

 問題は、「 EUもNATOもおかしい。拡大はいいに違いないが、それによる脅威を他国に与えては元も子もないだろう。ロシアの天然ガスを今後とも利用しなければ、生きていけないのだから」という点である。EU・NATOは、非同盟中立ではなく、欧米同盟である。氏の考えでは、大国間の争いに巻き込まれない永世中立が、小国の安全と平和を確保する道であるということになるのだろう。
 
 しかし、グルジアのサーカシビリ政権は、ロシア主導のCIS脱退の議会決議を採択させると共に、ウクライナなどとの間の連携を強めている。それが、首都トビリシの反露10万人集会での、バルト三国、ポーランド、ウクライナの首脳たちの参加の意味である。そして、サーカシビリ政権は、すでにNATOという軍事同盟への参加を目指してきたのであり、その方向での、これらロシア周辺諸国との連帯を強めているのである。それに対して、永世中立の道をたんに理想として掲げて主張したところで無力な説教にしかならないことは明らかである。木澤氏は、日本こそが、そうした道を助けるべきだと言うが、日本は日米安保条約を持つ同盟国であり、欧米同盟側に入っているのであり、中立ではないのである。
 
 イランに対して、アメリカは、イスラエルの軍事攻撃を辞さないとする強硬姿勢を後押ししている。ロシアは、イランの原発開発を支援しており、イランの現政権寄りの姿勢を取っている。ここにも、ロシア対アメリカの代理戦争の危険が高まっており、このような軍事的緊張状態の中で、イランのイスラム政権は、イラン労働者共産党などの国内反体制派への死刑などの弾圧を強化している。
 
 近年では、米ロに加えて、中国の世界進出の活発化にともなう中国が絡むケースが増えている。アフリカにおいて、あるいはイランの公共事業に対する中国からの投資が増えているという。
 
 マーシャルプランによるヨーロッパ復興と米ソ冷戦体制の中でアメリカの世界戦略の担い手として組織されたNATOという軍事同盟は、冷戦後、結局は、欧米同盟の拡大の道具となっていることがこの間の事態で明らかになった。
 
 それにしても、冷戦終了から約20年たつというのに、EUがアメリカ依存を抜け出せないのは不思議である。

 田中宇氏のHPにはこういう情報があった。

 「グルジアの戦争については改めて書くが、要点だけ先に書くと、先に攻撃したのはグルジアの方であり、米がグルジアのサーカシビリ大統領をそそのかして攻撃させたのだろう。ロシアを非難する米英マスコミは偏向している。南オセチアとアブハジアが再びグルジア領に戻ることはなさそうだ。グルジアの国防相と国家統合相はイスラエルとの二重国籍を持ち、ヘブライ語を流暢に話す。イスラエルはグルジア軍の特殊部隊を訓練してきた。サーカシビリは間抜けな戦争を仕掛けた責任をとって辞任に追い込まれるかもしれない」。

 サーカシビリ政権は、イスラエルとの深い軍事的関係がある。

寺尾です。

アメリカがグルジアに干渉していることに対して、国際行動センター
(International Action Center、IAC)がブッシュ大統領初めチェイニー、ライ
ス、ゲイツの米政府高官と米議会指導者たちに反対の手紙を出すよう、緊急署名
を呼びかけています。是非ご協力下さい。

IACは元米司法長官ラムゼー・クラークさんが1992年に創立した団体です。

転送・転載歓迎。重複受信された方には大変申し訳ありません。お手数をお掛け
しますが削除してくださることでお許し下さい。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

署名のサイト:
http://www.iacenter.org/anti-war/handsoffcaucasus/

署名の仕方(手紙は後ろに訳してあります)。

Step 1: Enter your contact/signature information:
ステップ 1:あなたの連絡/署名のための情報を入力:

Title(Mr、Ms、Dr、などから選択)
First Name* (名)
Last Name* (姓)
Address* (住所、町名、番地、棟番号、部屋番号)
Address 2 
City* (市)
State/Region* (州/地域、一番下の other を選択)
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けでも良い)
Email* (Eメールアドレス)
*には必ず記入する。

Submit(提出する)をクリックすると手紙と送信画面に移動

Step 2: Edit/tailor our sample letter to send:
ステップ 2: 見本の手紙を送信するために切り貼りして編集する(そのままでも
良い)

手紙は自分で適当に編集、加筆できます。
手紙の一番最後に「from: Japan」などと自分の住んでいる国名を記入する。手
紙には、自動的に姓名が書かれて送信されるので、名前など記入不要。

Step 3: Send the message!
ステップ 3:手紙を送る!

Send My Message!(手紙を送る!) をクリックして終了。

手紙の内容は、以下のとおりです。

cc: United Nations Secretary-General Ban Ki-moon, members of the media
ccで同送:国連事務局長バン・キ-ムン、マスコミ関係者

President Bush, Vice President Cheney, Secretary Rice, Secretary Gates,
and Congressional leaders:
ブッシュ大統領、チェイニー副大統領、ライス長官、ゲイツ長官、および議会指
導者:

U.S. HANDS OFF GEORGIA AND RUSSIA - NO NEW WAR - END NATO NOW!
アメリカはグルジアおよびロシアに手を出すな - 新たに戦争をするな - NATOを
終結せよ!

It is with growing concern that we observe that the U.S. government is
threatening new military moves that carry the danger of another warthis
time against Russia.
アメリカ政府が新たに軍事行動をおこすと威嚇していることを、我われは関心を
深めつつ注目ている。それはもう一つの戦争の危険をはらんでいるのだ、今度は
ロシアに対して。

The Bush regime and the corporate U.S. news media have launched an
anti-Russia hate campaign. Yet just as with the occupations of Iraq and
Afghanistan and the threats on Iran, the threatened military
confrontation with Russia is also based on a lie.
ブッシュ政権とアメリカの企業マスコミは反ロシアの嫌がらせキャンペーンを打
ち上げてきた。だが、イラク・アフガニスタン占領やイランへの脅迫と同様、ロ
シアとの軍事対決の脅しもまた嘘に基づいている。

The truth, hidden by most of the corporate news media, is that Georgia's
President Mikheil Saakashvili, unleashed his U.S.- and Israeli-armed
and-trained forces on the tiny autonomous region of South Ossetia,
murdering civilians and attacking Russian peacekeeping troops stationed
there. Only then did Russian troops respond.
真実は、大部分の企業マスコミは表に出さないが、こうだ。グルジア大統領ミハ
イル・サーカシビリは、アメリカとイスラエルから装備を支給されまた訓練を受
けた軍隊をちっぽけな自治区である南オセチアに送り込み、一般市民を殺害し、
駐留していたロシアの平和維持軍に攻撃を加えたのだ。そうなってはじめてロシ
ア軍は応戦したの。

Saakashvili is the president who sent 2,000 Georgian youth to join the
U.S.-led occupation of Iraq. The U.S. supplies the weapons to his army.
U.S. Special Forces and Israeli advisers and mercenary contractors
direct the Georgian military, which just held three weeks of joint
exercises with the U.S. Army and Marine Corps in July. We must take note
that like Iraq and Iran, Georgia itself is a prize for U.S. oil
companies, as it is a major transit point for Central Asian oil.
サーカシビリはアメリカ主導のイラク占領にグルジアの青年2000人を派遣した大
統領である。アメリカはグルジア軍に兵器を支給し、米特殊部隊、イスラエルの
軍事顧問そして雇われの軍事請負企業がグルジア軍の指揮を取っており、グルジ
ア軍は7月にアメリカ陸軍および海兵隊と3週間合同演習を行ったばかりだ。

There is little doubt that U.S. arming of Georgia and its push to get
Georgia into NATO set the scene for the Georgian invasion of South
Ossetia and created the threat of a new major war. Now Washington also
threatens Russia by placing missile bases in Poland and the Czech
Republic against the wishes of the overwhelming majority of the people
there. Surrounding Russia with this military alliance of new NATO
members is the greatest danger to peace and stability on a global scale.
アメリカがグルジアに武器を支給し、またアメリカがグルジアのNATO加盟を押し
すすめたことがグルジアの南オセチア侵略をひきおこし、新たな大規模な戦争の
危機を作り出したことにはほとんど疑いの余地がない。今やアメリカ政府はポー
ランドとチェコ共和国に、現地の圧倒的多数の市民の意思に逆らってミサイル基
地を置き、ロシアに脅威を与えてもいる。NATOの新規加盟諸国を巻き込んだこの
ような軍事同盟でロシアを包囲することは、地球規模での平和と安定に対する最
大の危機である。

It is time to remember that NATO was established as an anti-USSR
military alliance aimed at reinforcing capitalist control and preventing
socialist revolutions in the colonialist powers of Europe weakened by
World War II. Since the end of the Soviet Union and the dissolution of
the Warsaw Pact, the U.S. has attempted to vastly expand NATO and turn
it into a military instrument to consolidate U.S. corporate power,
surround Russia and China and re-conquer the former colonial world.
NATOは、反ソ軍事同盟として資本主義の支配体制を強化し、第二次世界大戦に
よって弱体化したヨーロッパの植民地主義諸国での社会主義革命を阻止すること
を目的として設置された、という事実を思い起こすことは時宜にかなっている。

Consider these examples:
以下の例を考えてもらいたい:

Yugoslavia. Based on the lie that NATO was defending small nations,
U.S.-NATO intervention and bombing destroyed multinational Yugoslavia
and turned the Balkans into a collection of dependent ministates ruled
by the U.S. and Western Europe powers.
ユウーゴスラビア。NATOは小国を守ると言う嘘に基づいて、米-NATOが介入し爆
撃したので多民族国家ユーゴスラビアは崩壊し、バルカン諸国をアメリカと西
ヨーロッパ列強に支配され従属させられたミニ国家の集合に変えてしまった。

Afghanistan. Based on the lie that this was a police action against
terrorists, U.S.-NATO have carried out a seven-year occupation leaving
the country in ruins and enslaved.
アフガニスタン。テロリストに対する警察活動だとの嘘に基づいて、米-NATOは7
年間占領してきた結果、この国を荒廃させ奴隷状態においている。

Iraq. Here the lie about weapons of mass destruction was so blatant, and
the U.S. position so weak, that most NATO countries refused to join the
occupation and utter destruction of Iraq.
イラク。ここでは大量破壊兵器に関する嘘が誰の眼にも明らかになり、またアメ
リカの正当性も極めて弱いために、ほとんどのNATO諸国がイラク占領とひどい破
壊に参加することを拒んだ。

No one can believe Bush is promoting peace in Georgia. It is time not
only to stop this expansion but to end the NATO war machine completely
by dissolving NATO.
プッシュがグルジアで平和を推進しているとは誰も信ずることは出来ない。今が
このような紛争拡大をやめさせる時であるばかりでなく、NATO解体によってNATO
という戦争マシーンを完全に終結させるときである。

It is encouraging to anti-war people worldwide that Georgians themselves
have issued a statement condemning the Saakashvili machine. "The entire
responsibility for this fratricidal war," the Georgian Peace Committee
says, "for thousands of children, women and elderly dead people, for the
inhabitants of South Ossetia and of Georgia falls exclusively on the
current president, on the Parliament and on the government of Georgia."
(Aug. 11)
グルジア人自からがサーカシビリ勢力を非難する声明を出していることは、世界
中の反戦市民への励ましとなっている。グルジア平和委員会は言っている、「数
千の亡くなった子ども、女性、高齢者たちに対する、また南オセチア住民とグル
ジア住民に対しての、同胞が殺しあうこの戦争の全責任は、もっぱら現大統領、
国会およびグルジア政府にある」と。(8月11日)

We cannot do less than the people of Georgia who oppose the current
president and want no part of NATO. We demand from Washington:
現大統領に反対しNATOに関わりたくないというグルジア市民に、我われは行動で
負けるわけにいかない。我われはワシントンから以下のように要求する:

(1) Stop interfering in Georgia and the Caucasus
(1) グルジアとコーカサスへの介入をやめよ

(2) Stop attempting to expand the NATO military organization into the
countries of Eastern Europe and those that border on Russia.
(2) NATO軍事組織を東欧諸国およびロシアと国境を接する諸国に拡大する策動を
やめよ

(3) End the aggressive NATO military alliance
(3) 好戦的なNATO軍事同盟を終結せよ

(4) No new wars!
(4) 新しい戦争に反対!

Sincerely,
敬具
(翻訳:寺尾光身)

私は以下を付け加えました。

War is the worst environmental destruction. Wars do not solve anything,
only destroying everything, wounding and killing innocent peaple
including children. We have the responsibility to make the 21st Century
a century without war, leaving the peaceful earth to generations to come.
戦争は最大の環境破壊である。戦争は何も解決せず、すべてを破壊し、子どもた
ち初め無辜の民を傷つけ殺すだけである。我われには21世紀を戦争のない世紀に
し、平和な地球をこれからの世代に残す責任がある。


2008年08月17日

本澤二郎の国際評論「グルジア問題と永世中立国」:本澤二郎

情報の通りだと、グルジアが南オセチアに軍を動かした背景には、NATOやワシントンの存在があったはずである。「プーチンのロシア」は、チェチェンで証明済みだ。市民を巻き添えにしても軍事的に決着をつけるロシアだ。それを承知の「グルジアの暴走」なのだから。「メドベージェフのロシア」を試そうとしたものか。いずれにしてもワシントンとの連携がなかったとは信じられない。ロシアから分析すれば、そう受け取られても仕方ないだろう。強行反撃がそのことを裏付けている。

 ドイツのテレビ(8月16日)はロシア軍による略奪を報じていた。略奪は旧日本軍、旧ソ連軍の特権ではない。戦争がそれを正当化するのだろう。停戦合意もあったものではないらしい。
 ともあれ、小国の手段・方法として賢いやり方だったとは思えない。そもそも軍事力で紛争を処理するなどという考えは、今日イラクを引き合いに出さなくても正しいとはいえない。間違っている。ワシントンもそれで目下、失敗して米国経済も国民も疲弊しているではないか。
 グルジアは「コーカサスのスイス」を目指したらいい。永世中立国である。これならロシアも軍隊を動かすことは出来ない。NATO接近よりも賢いやり方であろう。一方の陣営に入ることは危険を伴うものである。
 EUもNATOもおかしい。拡大はいいに違いないが、それによる脅威を他国に与えては元も子もないだろう。ロシアの天然ガスを今後とも利用しなければ、生きていけないのだから。
 ソ連崩壊後のNATOの暴走にこそ問題がある。何事もほどほどが肝心である。やりすぎると必ず問題を引き起こす。兵器財閥のいうなりに国際緊張を作り出すことには、警戒を要しよう。外交問題専門家の背後に武器・弾薬メーカーが控えていることに、人々は関心を示す必要がある。イラン問題にかこつけての米国のポーランドなどへのミサイル防衛の設置計画も、問題の根っこにある。
 アジアでのMD設置は、中国の大人の対応で事なきを得ているが、ロシアと中国の国際戦略は異なっている。
 グルジアは永世中立国を目指すべきである。本来なら日本がその手助けをしなければならないが、ワシントンの属国のような日本では無理だ。ここは中国の仲介に期待したい。永世中立国をスイスのみにとどまらせることはない。スイスを世界に拡大することが平和と軍縮に役立つ。
 日本に賢人が出てくれば、日本の針路は永世中立国になることが、平和憲法の求めるところであり、かつまたそれがアジアの平和と安定に貢献する唯一の道だと気付くだろう。いまや日米安保なる軍事同盟は百害あって一利なし、である。これを主張する政治家の誕生が求められている。まず、その前にグルジアやウクライナが。ついで日本も。
 永世中立国の出現は、人類に平和と繁栄を約束するだろう。 
2008年8月17日記

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グルジアでの事態について

 グルジア情勢は、アメリカによるグルジアへの支援、ライス長官のEU・グルジアへの派遣、グルジアのCISからの脱退決定(グルジア議会)、等々とめまぐるしく動いている。
 
 前に紹介した対グルジア軍事侵攻にNO!署名文を下に引用しておく。
 
 この署名文は、「ロシアによる、この恐るべき軍事攻撃は、ロシアの帝国主義的野望を明白に表しています。ロシア軍による主権国家グルジアに対する攻撃は、モスクワがソ連時代を懐かしく思い、周辺の平和な諸国をふたたび自らの支配圏に取り戻したいという熱望を持っていることのあらわれでしょう。「ロシアの周辺国がアメリカやEUのような民主主義と人道主義的な価値観を求めれば、どの国に対しても鉄槌を下す」ということを、ロシアはグルジアを侵略することで自由世界に示しているのです」という部分ではっきりと示されているように、ロシアのみが帝国主義で、それに対して、欧米を民主主義と人道主義の伝道者として描き、ロシアの侵略に対して、侵略を禁止する欧米の行動を求めている。
 
 それに対して、天木直人氏は、「グルジア戦争は、最大の軍事覇権国家米国と、その米国に軍事的に対峙する軍事覇権国家ロシアの代理戦争である。/どちらが正しい、どちらが悪い、などという議論はまったく無意味だ。/悪しき指導者たちによって引き起こされた、およそ無益な絶対悪の戦争である」と述べている。
 
 署名文は、価値観の対立として事態を描き、天木氏は、外交・政治問題として事態を描いていている。
 
 「2007年11月に与党サアカシュヴィリ政権に対する野党デモの鎮圧を期にグルジア全土で非常事態宣言が発令されるなど政情不安は続き、これに対するサアカシュヴィリ政権の強硬政策は、民主化の後退を位置付けるものとなった」ということがウィキペディアにあるが、これをどう見るか? 現グルジア共和国政権は、民主主義と人道主義の価値観を持つ自由世界入りの資格が十分あると言えるのか? 
 
 『毎日新聞』は、現地取材報告として、南オセチア自治州では、オセット人の死亡者が、1600人にのぼるという現地の声を伝えている。もちろん、戦時において、双方が、情報戦を行っており、グルジア側、オセチア側が、それぞれ自分達に有利な情報をつくって流している可能性が高いので、その数字もどこまで真実を伝えているものかはわからない。
 
 推測になるが、グルジア共和国は、トビリシなど都市部において、一定の工業・商業の発展があり、それに対して、南オセチア自治州などは、農業地域で農民の多い地方だと思われる。
 
 「地球座」所収の「グルジア情勢にみる米ロの「縄張り意識」<里見明>」は、「メドベージェフ大統領は南オセチア情勢に関し「ロシアは歴史的にカフカス諸民族の安全の保証者であったし、今後もそうであり続ける」と語っている。帝政期から受け継いだ旧ソ連の版図を自国の勢力圏とみる強烈な縄張り意識が、この発言には色濃く投影している。/NATO拡大を急ぐ米国も、同盟国の拡大と伝統的なロシア「封じ込め」の戦略から脱却できていない。冷戦とは、ベトナム戦争のような代理戦争を除き、米国とソ連が直接、衝突することなく、ソ連の自滅で終わった「戦われなかった」戦争である。ロシアには敗者の実感が今ひとつ薄く、一方の米国も勝者として完全に安心できなかった。こうした大国の心理が、旧ソ連圏の縄張り争いに拍車をかけ、今回の「戦争」の伏線となった」と書いている。
 
 これは、天木氏の見方に近く、ロシア対欧米の縄張り争いという見方である。言い換えれば、この戦争は、帝国主義的地球分割戦の現れだということである。
 
 現在、世界中に軍隊を派遣して、どこででも軍事作戦を遂行できる能力を持っているのはアメリカだけだが、ロシアは、旧ソ連崩壊の混乱から回復し、経済成長し、国富を増やし、大統領に権限を強めて政治的にも安定し、世界支配のヘゲモニーをアメリカと争う力を伸ばしつつあると見てよいだろう。周辺を、欧米の属国化しているポーランド、バルト三国、ウクライナ、グルジアに取り囲まれる中で、オセット人の後ろ盾となっているのは、そうしたことなのであろう。しかし、ポーランド「連帯」労組やワレサ元議長らが、これらの国々で、自由主義的民族主義の育成に励み、そうすることによって、民族間対立を激化させ、そして階級闘争を鋭くし、階級間の矛盾を拡大させていることは、こうした紛争の火種をまき散らしていることになるわけである。ポーランドにおいて、連帯系政治勢力は、資本の自由を拡大させる政策を支持し、搾取の強化、労働者と農民の間の対立を拡大して、農民をイギリスやEUへ移民労働者・出稼ぎ労働者として追い立てている。「連帯」は、労農大衆の敵に転化しつつある。
 
 グルジアにおいて、サーカシビリ政権に対して立ち上がった野党勢力は、かれらが握る都市に対する地方・農村・少数民族・下層の決起だったのだろう。それを徹底弾圧したことは、この政権の性格を露わにしたのだろう。そして、その政権の危機からの脱出のためには、グルジア民族主義をかき立てて、その代表者となることが必要だと考えたのであろう。
 
 このような流動的な情勢においては、事態の性格は急速に変わる。グルジア側が停戦している中で、ロシア軍が依然として軍事行動を続けているとすれば、この戦争の性格は、ロシアによるグルジアへの軍事侵略という性格を強めていると言えるだろう。
 
 15日の『中日新聞』によると、ロシアとグルジアが合意した「◆和平案の6原則」は、(1)武力不行使、(2)軍事行動停止、(3)難民・避難民への人道支援確保、(4)グルジア軍は常駐地域まで戻る、(5)ロシア軍は戦闘開始前の地域まで撤退、(6)南オセチア自治州とアブハジア自治共和国の安全と安定についての国際協議を開始、である。

 大富氏が指摘するように、ロシアは、ここでは少数民族の独立を支持しているのに対して、チェチェン独立派の独立運動を徹底弾圧している。しかし、欧米も、チェチェン独立派をテロリストと呼び、かれらを支持していない。

 「チェチェン総合情報」http://chechennews.org/index.htm

13.Aug 2008 対グルジア軍事侵攻にNO!署名にご協力を
Online petition for stop the agression against Georgia

【転送・転載歓迎】少し遅くなってしまったのですが、グルジア侵攻への反対署名サイトの情報を教えていただきました。Sさんありがとうございます。

 ロシア側が停戦を受け入れたという報道もあり、終息に向かっているとすればうれしいことなのですが、今回のような事態に世界中の市民が反対を伝えるということは、必要だと思いますので、ぜひ署名にご協力ください。この署名文を読んだいただくだけでも、かまいません。よろしくおねがいします。

 下記のサイトから、ロシアの侵攻に反対し、平和を求める文書に署名できます。

 署名サイト: http://www.petitiononline.com/557799/

 ざっと訳しますと

 「主権国家グルジアへの、ロシアによる非合法な軍事侵攻を止めよう」

 宛先:米国大統領、米国議会、欧州理事会、欧州委員会会長、NATO事務局長、欧州安全協力委員会

 2008年8月8日より世界は、独立した主権国家であるグルジア共和国に、ロシアが公然と軍事侵攻するのを目にしてきました。ロシア連邦の何千もの兵士や戦車が国際的に認められた国境を侵犯し、グルジア軍に猛攻撃を加えています。のみならず、ロシア軍機は、グルジア領空を侵犯し、紛争地域外にある、いくつものグルジアの街まちを空爆しています。この空爆により、一般市民の犠牲者が何百人も出ています。ロシアによるこの軍事侵攻の主な理由は、グルジアがアメリカやEU諸国と緊密な関係を築き、自由で民主的な社会を築こうとしていることと関係しています。ロシアによる侵攻は、グルジアがNATOとEUに加わることを阻止しようという、やぶれかぶれの行動です。

 ロシアによる、この恐るべき軍事攻撃は、ロシアの帝国主義的野望を明白に表しています。ロシア軍による主権国家グルジアに対する攻撃は、モスクワがソ連時代を懐かしく思い、周辺の平和な諸国をふたたび自らの支配圏に取り戻したいという熱望を持っていることのあらわれでしょう。「ロシアの周辺国がアメリカやEUのような民主主義と人道主義的な価値観を求めれば、どの国に対しても鉄槌を下す」ということを、ロシアはグルジアを侵略することで自由世界に示しているのです。

 アメリカとEUにとって、真価を問われる時が来ています。ロシアの侵略を止めるため、グルジアはアメリカやヨーロッパの友人の「助け」を必要としているのです。ロシアのこの図々しい軍事攻撃を放置すれば、将来、この地域だけでなく、それ以外の地域の民主主義を損なうことになるでしょう。また、アメリカやEUが何もしなければ、今後、他の地域へのロシアの軍事侵攻にも「ゴー・サイン」を与えることになります。

 私たちは、アメリカ合衆国大統領とEU諸国の指導者たちに、グルジアを救い、ロシアが停戦し主権国家グルジアから軍を引き上げるよう、ロシア政府に現実的な圧力をかけることをお願いするものです。

 心をこめて

 署名した人たち

 ***

 右下のSincerely の下、undersignedをクリックすると、署名した人のナンバーが出ます。それぞれのナンバーをクリックすると、その人の名前――と場合によってはショートメッセージも――が見れます。

 また下の真ん中の、click here to sign petitionという灰色長方形のボタンをクリックすると、署名ページに飛びます。ローマ字で自分の名前、そしてメールアドレスを入れれば終わりです。

 コメントや自分の国籍も、入れたければ入れることができます。

 その下のEmail Address Privacy Option:というのは、何もしなければPrivateになっているので、メルアドが公開されません。公開したければ、一番下のpublicを選びます。

***

以上です。

署名サイト: http://www.petitiononline.com/557799/

9.Aug 2008 対グルジア軍事侵攻に反対+アムネスティ声明Ingushetia: Detention and beating of human rights activist must be investigated

ロシア軍の対グルジア軍事侵攻が大変なことになっています。グルジアが南オセチアで先に手を出してしまったという報道もあり、きっかけはまだわかりませんが、他国(この場合グルジア)に軍隊を派遣して戦闘するのは、侵略そのものです。(メディアははっきり「侵略」ないし「軍事侵攻」と書くべきだと思います)

今回の事件の背景には、グルジアのNATO加盟を止めたいというロシア側の思惑と、それに沿った未承認国家支援策があります。しかし南オセチアの独立を支援するなら、チェチェンの独立も許すべきでしょう。

EUは、欧州安全保障協力機構(OSCE)とともに、監視団の派遣を模索しています。現在のような事態が続けば、問題は今以上にこじれます。今のところ、この監視団の派遣に期待するしかありません。

さて、このところ地方に行っていたのでフォローできていませんでしたが、イングーシ共和国でのNGOワーカーの拉致事件について、アムネスティが声明を出しました。こちらもご一読ください。(大富亮)

   「ズラブ・ツェチョーエフはマガスにあるロシア連邦保安局(FSB)の建物に連れて行かれ、その地下室で拘禁された疑いがある。伝えられるところでは、地下室で彼は、法執行官から殴られ虐待を受けた。・・・ズラブ・ツェチョーエフの拘禁が広く知られるようになると、彼は釈放された。しかし釈放にあたり、もしツェチョーエフが拘禁されたことについて申し立てたり、MASHRの仕事を辞めなかったり、9月までにイングーシから去らなければ、彼とその家族を殺すと脅しをかけたと伝えられている」

 天木直人ブログ 2008年08月15日

 グルジア戦争ですべてを失ったブッシュ大統領

 15日の日経新聞は、13日ホワイトハウスでグルジア戦争に関する声明を発表するブッシュ大統領とライス国務長官の写真を掲載している。

 ブッシュ政権の末路を象徴するこれほど皮肉な写真はない。

 繰り返して私はこのブログで書くが、グルジア戦争は、最大の軍事覇権国家米国と、その米国に軍事的に対峙する軍事覇権国家ロシアの代理戦争である。

 どちらが正しい、どちらが悪い、などという議論はまったく無意味だ。

 悪しき指導者たちによって引き起こされた、およそ無益な絶対悪の戦争である。

 それにしてもブッシュ大統領は愚かだ。

  ブッシュ大統領の8年間は、イスラエル、ネオコンに引っ張られた誤った中東政策のため、イラク攻撃を始め、テロとの戦いを引き起こし、そして国際社会を分断させた。

 ブッシュ大統領の8年間はまた、グローバリズムと言う名の新自由主義によって内外に格差社会をつくり、行き過ぎた金融資本主義によって世界経済を不安定化させた。その末路がサブプライムローン問題の炸裂である。

 そして今度のグルジア戦争である。

 もしブッシュ大統領が冷戦後の安定した米ロ協力関係を構築できていたのなら、そこに一つの評価を認められたはずである。

 しかし、ブッシュ大統領は自らの手で、その可能性を閉ざした。それどころか「新たな冷戦」関係をつくってしまったのだ。

 これでブッシュ大統領の8年間は、文字通り評価すべき何物もない歴史的な不毛の8年間となった。

 それにしてもライス国務長官は無能だ。

 彼女はロシアの専門家ではなかったのか。ブッシュ大統領の教師ではなかったのか。

 ライス国務長官の虚像がついに白日の下に晒された。

 もはやすべての側近が去っていった裸の王様ブッシュ大統領に、最後まで忠誠を尽くした、ただの無能な追従者でしかなかったということだ。

  そんなブッシュ大統領を正しいと叫び、日本をブッシュ大統領の米国に売りわたして国民を塗炭の苦しみに突き落とした小泉元首相の責任を、今こそ我々は追及しなければならないのだ。

  その追求を恐れて小泉元首相は政策を語らないのだと思う。

  にわかボーリング愛好家になってごまかそうとしているに違いない。

Copyright c2005-2008 www.amakiblog.com

 『毎日新聞』グルジア:南オセチア州都破壊 住民「露軍は解放者」

 ロシア軍兵士のロケット砲で完全に破壊されたグルジア軍の戦車=ツヒンバリで2008年8月13日、杉尾直哉撮影

 13日、ツヒンバリで、グルジア軍のロケット弾の攻撃で破壊された部屋を見せる地元住民=杉尾直哉撮影 
 【ツヒンバリ(グルジア南オセチア自治州)杉尾直哉】ロシア、グルジア両軍が激しく交戦したグルジア南オセチア自治州の州都ツヒンバリに13日入った。欧州連合(EU)の和平案にグルジア、ロシア双方が合意する中、グルジア軍の攻撃にさらされた住民らは街中を行き交うロシア軍装甲車に手を振り、グルジア軍を追い出した「解放軍」として歓迎していた。

 露国防省の外国人記者向け現地視察に英BBCなど9社の特派員15人と参加。日本からは毎日新聞だけだった。ツヒンバリはロシア軍が完全に掌握。戦車の砲撃で破壊されたロシア軍平和維持部隊の駐屯地やロケット弾の猛攻を受けた住宅密集地、ロシア軍の歓迎ムードなど、欧米メディアが伝えきれない現実の一端が見られた。

 「ロシア軍が助けてくれた」--。砲撃の衝撃で自宅アパートの一部を破壊された女性、フェーニャ・ジャビエワさん(60)はそう語った。男性のユーラさん(70)も「ロシア人が来てくれて本当にうれしい。そうでなかったら街は消滅していた」と話した。

 ロシア当局によると、今回の軍事衝突で、南オセチア住民約1600人の死者が出たという。この日までにすでに遺体が回収されたといい、街頭では目にすることはなかった。

 ◇木立の影に戦車

 欧州連合(EU)の仲介で停戦状態となり、激戦地だったグルジア南オセチア自治州ツヒンバリは13日、一応の落ち着きを取り戻しつつあった。だが、ツヒンバリの北約20キロ地点ではロシア南部ウラジカフカスへ続く道の木立の下に、ロシア軍戦車数台が隠すように置いてあった。自走迫撃砲などの軍事車両はあちこちにある。ロシア軍はいつでも本格攻撃を再開できる臨戦態勢にあった。

 ツヒンバリにはウラジカフカスからバスで向かった。ツヒンバリの北約15キロで軍の護衛付きの装甲車3台に乗り換えさせられた。軍広報担当は「途中、グルジア軍が支配する地域を通過するので危険だ」と説明した。

 ツヒンバリでは軍施設や州政府庁舎、大学のほか、州立病院もグルジア軍の攻撃対象になっていた。また、グルジア兵が住民を捕まえ、パスポートでグルジア人でないことを確認した上でその場で射殺した、と証言する市民もいた。「住民抹殺が狙いだ」「サーカシビリ(グルジア大統領)は戦争犯罪者だ」と、街で会った誰もが考えていた。

 だが、こうした声は、サーカシビリ政権支持でほぼ一致している欧米諸国には伝わりにくいのが現状だ。

 ◇「残虐行為」目撃者なく
 この日、住宅地区には、ロシア最高検察庁内務省の捜査官のグループが訪れていた。「戦争犯罪」の証拠を調べるためだ。

 「グルジアの戦車が老人や子供をひき殺した」「グルジアがダムを破壊し、集落を水没させた」--。これまでに報道されてきた話をあたかも自分が見たかのように話す人も多かったが、「目撃した」という人はいなかった。

 戦闘発生の原因や戦場での残虐行為などをめぐり、当事者間の非難合戦が繰り広げられる中、ロシア軍は今後も積極的にプレスツアーを展開する方針だ。
    

内外知性の眼―時代の流れを読む
<08.08.13>グルジア情勢にみる米ロの「縄張り意識」<里見明>

<さとみあきら:ジャーナリスト>

▽危険な男

  グルジアのサーカシビリ政権が、八月七日深夜から南オセチア自治州の州都ツヒンバリを総攻撃した。なぜ自国領を攻撃するのかと言えば、南オセチアが独立宣言をして、事実上ロシアに帰属、ロシア軍が駐留しているからだ。これに対して、友軍を支援するため、ロシアの部隊が国境を越えてなだれ込んだ。ロシア軍は新たに軍事介入したというより、もともといる部隊を急きょ増強したというのが実態に近い。しかし、世界の人々は、南オセチアがいったいどこにあるのか、ほとんど知らない。ロシア軍が駐留していることはなおさら知らない。だから、新聞には「ロシアが軍事介入」との見出しが躍る。
  サーカシビリ大統領は、北京五輪の開会に合わせて軍事行動を起こし、ロシアを世界の悪者にすることに成功した。南オセチアの州都ツヒンバリから素早く撤退を宣言し、南オセチアをロシア軍の「占領下」に置き、ロシアの侵略性を印象付けたのも、国際世論を意識した戦術とみられる。
  サーカシビリ大統領は、二〇〇三年十一月に当時のシェワルナゼ大統領を辞任に追い込んだ民衆による「バラ革命」を指導して政権の座についた。バラを持った支援者を率いて国会議場に乱入、シェワルナゼを追放した行動力は群を抜いていた。米国の法律事務所で働いていたインテリだが、扇動と挑発に長け、勝負どころで思い切った動きをする。シェワルナゼは「ミーシャ(サーカシビリの名前ミハイルの愛称)は危ない男」と言ったが、今回もその危うさと勝負勘が緒戦で発揮された。

▽情報戦

  軍事力で圧倒したロシアも当初の情報戦では分が悪かった。いくら南オセチアが事実上、ロシアの統治下にあっても、コソボとは異なり、国際社会の大方が独立を承認した訳ではない。国際法上は厳然たるグルジアの領土なのだ。そこに、軍隊を送り込んだばかりか、南オセチア以外のグルジア領も爆撃し一般市民の犠牲を出した。
ロシア外務省は、自国の行動の正当性を世界に訴えるよう各国の在外公館に指示した。東京の駐日ロシア大使館でも、ガルージン臨時代理大使が十一日に急きょ記者会見をした。大使は、南オセチアの住民の多くがロシア国籍をもっているので、自国民を守るのは、国際法で認められた当然の権利であると主張した。また、グルジア部隊はロシア軍将兵やオセチア人住民に対して「民族浄化」を展開していると非難した。旧ユーゴ紛争で欧米の軍事介入の根拠となった民族浄化を、今度は逆手に取って持ち出したのだ。
外交や防衛の実権を握るプーチン首相は、南オセチア以外での軍事行動を批判したブッシュ米政権に「白を黒とすり替え、侵略者を侵略の犠牲者にするシニカルな能力に驚く」と感情的に反応した。

▽ロシア化政策

  どちらが侵略者か、という問題を論じるためには、時計の針を旧ソ連崩壊前の一九九〇年まで戻さねばならない。民族問題が各地で噴出したこのころ、南オセチアでも住民のオセット人がロシア領の北オセチア共和国との統合を求めて、グルジアの武装部隊と衝突を繰り返した。ソ連が崩壊、ロシアもグルジアも独立国家となった一九九二年六月にようやく、ロシアのエリツィン大統領、グルジアのシェワルナゼ国家評議会議長に南北オセチアの指導者を加えた四者の和平合意が成立した。
  この合意でロシアとグルジアによる南オセチアの平和維持軍が創設されたので、ロシア軍の「合法的」な駐留が始まり、今に至っているわけだ。
  平和維持軍は本来、中立の国や機関の部隊が構成するべきだが、ロシア軍はそうではなかった。南オセチアがロシアへの編入を求めているのだから、平和維持とは建前ばかりで、グルジアと対立する南オセチア政府の守護者として機能するようになる。ロシア政府は南オセチアの「ロシア化」を進めるため、ロシア国籍を、ばらまくように住民に付与した。
  今回、ロシア軍が介入の根拠として挙げた「自国民の保護」は、グルジア領の南オセチアの住民でありながら、このような経緯でロシア国籍ももつようになった人々が対象なのだ。南オセチアの「ロシア化」は現在のココイトイ大統領の下でますます進み、通貨もロシアのルーブルが主に流通しているのが実態だ。南オセチアはグルジアの大統領といえども、自由に足を踏み入れることはできない事実上の治外法権地帯となっていた。
 
▽NATO加盟問題

  旧ソ連崩壊後、南オセチアでは、紆余曲折はあったものの、南オセチア政権を守るロシア軍とグルジア部隊の対立、衝突という基本構図が定着していた。とはいえ、実際の支配権は南オセチアとロシアが握り、グルジア側を押さえ込んでいた。しかし、最近はロシア部隊とグルジア部隊の挑発合戦がエスカレートしていた。グルジア軍のツヒンバリ進攻は、その延長線上に起きた。
  対立が沸騰点を超えたきっかけの一つは、コソボ独立に刺激された南オセチア独立気運の再燃である。しかし、さらに大きな力学はグルジアのNATO加盟問題に象徴される米ロの「縄張り争い」だ。旧ソ連圏で親欧米政権のグルジア、ウクライナのNATO加盟は、時間の問題となりつつある。資源をロシアに依存する欧州は、ロシアの顔色を見つつ両国の早急な加盟に慎重だが、米国のブッシュ政権は、両国のNATO加盟を急いで実現させようと露骨に動いてきた。グルジアでは米ロの合同軍事演習が行われ、米軍の専門家がグルジア軍の訓練を担当、ロシアを刺激している。
  こうした流れの中で、南オセチアは、同じようにグルジアから独立を目指す黒海沿岸アブハジア自治共和国とともに、グルジア政権をけん制する道具として、ロシアに重要視されるようになった。「NATOに入るなら、南オセチアとアブハジアを完全独立させる」とのメッセージが発せられ、駐留ロシア軍側からのグルジア部隊挑発も盛んになっていた。今回のツヒンバリ進攻は、今度はグルジア政権がロシアの侵略性を世界に示し、NATO加盟を急ぐ根拠にするために、南オセチアを利用した面を見逃すことはできない。

 ▽納得できない敗者 安心できない勝者

 ロシアにとって、ウクライナとグルジアのNATO加盟と、米ミサイル防衛の東欧配備は、絶対に超えて欲しくない一線なのだが、ブッシュ政権はその声に真面目に耳を傾けようとしなかった。ロシアから見れば「我々は共産主義を捨て、民主主義と市場経済の価値観を共有するG8の一員となったのに、ロシアを仮想敵国とみるNATOをなぜ、国境に近づけるのか」という反感と失望感が深まるばかりだ。
 南オセチアを超えて広範囲なグルジア本土攻撃に踏み切ったロシアには、できればサーカシビリ政権を倒して、もっとロシアの立場に配慮する政権に代える道を探る思惑もありそうだ。メドベージェフ大統領は南オセチア情勢に関し「ロシアは歴史的にカフカス諸民族の安全の保証者であったし、今後もそうであり続ける」と語っている。帝政期から受け継いだ旧ソ連の版図を自国の勢力圏とみる強烈な縄張り意識が、この発言には色濃く投影している。
 NATO拡大を急ぐ米国も、同盟国の拡大と伝統的なロシア「封じ込め」の戦略から脱却できていない。冷戦とは、ベトナム戦争のような代理戦争を除き、米国とソ連が直接、衝突することなく、ソ連の自滅で終わった「戦われなかった」戦争である。ロシアには敗者の実感が今ひとつ薄く、一方の米国も勝者として完全に安心できなかった。こうした大国の心理が、旧ソ連圏の縄張り争いに拍車をかけ、今回の「戦争」の伏線となった。
 最近、あるロシア人から「日本人は、米国との戦争は原爆で終止符を打たれたが、ソ連とは正規の戦争がなかったので、ソ連に敗れたとは考えていない。だから、勝者の権利のごとく北方領土を要求するのだ」と聞かされた。冷戦に本当に負けたとは思わないロシア人の心理も同じようなものかもしれない。(了)

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/

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グルジア紛争の背景

 現在紛争状態にあるグルジア問題について、ウィキペディアから基礎データを引用しておく。

 このカフカス地域の民族問題は、1917年第二次ロシア革命で政権を握ったボリシェビキを悩まし、いわゆるレーニン晩年の闘争の対象となったものである。

 グルジア出身のスターリンは、グルジア独立派を弾圧、レーニンは独立派の側に立って、スターリンを批判した。しかし、この地域の民族問題は複雑で入り組んでいて、解決は困難であった。スターリン時代になると、上からの押さえ込みにより、表面的には平穏であったが、実際には、強制移住などの強権的支配によってそれが保たれていただけである。

 今回の事態については、大国ロシアによる小国グルジアへの軍事攻撃と抑圧というように単純にとらえることはできないだろう。確かに、ロシアの後ろ盾がある南オセチアの独立派は、小国グルジアに対して優位に立っていると言えようが、グルジアのサーカシビリ大統領には世界一の核大国アメリカとEUの後ろ盾があるわけで、単純な軍事力の比較から言えば、欧米の方が強力であろう。

 コソボ問題のときのように、欧米は、人道のための戦争、人権のための戦争という名目で、戦争を行うことがある。それが、小国ユーゴスラビアだからやったというのでは筋が通らない。大国ロシアが相手でも、ひどい人権違反には戦争をもって制裁を加えるということができなければ、人権主義も看板倒れになる。

 大富氏の「チェチェン・ニュース」最新号に、主権国家グルジアに対するロシアの帝国主義的野望によるグルジア攻撃に反対する署名が紹介されていた。

 なるほど、ロシアは帝国主義である。しかし、米欧も帝国主義である。どちらの帝国主義が正しいかということになるが、そうなると紛争は全面戦争に転化しかねない。そこで、これらの帝国主義間対立から超越した外見を装った「中立」の国連停戦監視団の派遣が検討されているという。つまり、これが帝国主義間の代理戦争として拡大しないように押えようというのである。

 しかし、イラク戦争ではっきりしたように、多国籍軍は、結局は、アメリカのイラク支配に帰着した。コソボ問題では、コソボ独立が実現しそうである。そうなるとコソボのセルビア人は少数派となる。アルメニア人は、アルメニアとコソボの二つの民族国家を持つことになる。もちろん、同じゲルマン民族が、ドイツとオーストリアの二国に分かれているというケースがある。

 チベット独立運動に対して、右派の自由主義研究会のHPに掲載されている文章を見ると、民族自決権について何の言及もなく、ただ、平和的な解決を望むというだけの日和見主義的な主張が書いているだけである。

 下のウィキペディアの記事によると、国際社会は、南オセチア自治州のロシア連邦南オセチア共和国への編入という要求やアブハジアの独立を認めていないという。

 『毎日新聞』は、攻撃された双方の被害者の声を伝えているが、もちろん両者とも相手の理不尽さや残虐さを強調している。グルジア人:「露軍戦車が村破壊し尽くした」。オセット人:「グルジア大統領はヒトラーだ」。

 また、イスラエルが、グルジアへの武器売却を停止すべきという議論が起きているという。これまでの武器売却額は、約2億ドル(約220億円)にもなるという。

 12日、グルジアの首都トビリシで、バルト三国、ポーランド、ウクライナの首脳が参加した約10万人の反露集会が開かれた。市内に滞在中のサルコジ仏大統領は参加しなかった。アメリカ政府は、ライス国務長官を派遣することを決定した。グルジアによる南オセチア自治州への軍事侵攻が行われた日、北京オリンピック開会式に出席していたロシアのメドヴェージェフ大統領は、急きょ、南オセチア自治州に入り、被災者を見舞った。

 南オセチア

 南オセチア(みなみオセチア)はグルジアの中央に位置するオセット人の多住地域。

  現グルジアの行政区画でのシダカルトリ地区とその周辺だが、南オセチア『自治州』は1920年から1991年までのザカフカース・ソビエト連邦社会主義共和国及びグルジア・ソビエト社会主義共和国の時代に置かれた自治州で領域はシダカルトリ地区北半とその周辺だった。グルジア独立で「南オセチア自治州」が消滅したことにオセット人が反発して自治権を要求した南オセチア紛争で「南オセチア自治州」が再設立され、同じ領域をもって南オセチア共和国 (Республик? Хуссар Ирыстон、首都はツヒンワリ) として独立を主張し、グルジアからの分離、ロシア連邦への加入を目指している。ただし、独立は国際的には認知されていない。南オセチアと南オセチア自治州・南オセチア共和国の領域の相違は、カフカースの民族分布図と「南オセチア自治州」詳細図及びグルジアの行政区画(シダカルトリ地区)を参照。

  かねてから一部地域はグルジアの支配が及ばない状態が続いていたが、2008年8月8日、グルジア軍が「州」政府支配地区に侵攻、ロシア軍が反撃し、その帰属をめぐって対立状態にあったグルジアとロシアが戦争状態に入る。

グルジア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

グルジア
??????????
グルジアの国旗     グルジアの国章
(国旗)     国章
国の標語 : ???? ?????????
(グルジア語:力を一つに)
国歌 : 自由
グルジアの位置
公用語     グルジア語
首都     トビリシ
最大の都市     トビリシ

元首
        大統領     ミヘイル・サアカシュヴィリ
        首相     ラド・グルゲニゼ
面積
        総計     69,700km^(2)(118位)
        水面積率     極僅か
人口
    総計(2004年)     4,693,892人(113位)
        人口密度     67人/km^(2)
GDP(自国通貨表示)
        合計(Xxxx年)     xxx,xxxラリ
GDP(MER)
        合計(Xxxx年)     xxx,xxxドル(???位)
GDP(PPP)
    合計(2003年)     121億8,000万ドル(120位)
      1人当り     2,500ドル
独立
        ソビエト連邦より     1991年4月9日

通貨     ラリ(GEL)
時間帯     UTC +4(DST: なし)
    ccTLD     G国際電話番号     995

グルジアは、西アジア北端、南カフカース地方に位置する共和国。旧ソビエト連邦の構成国のひとつで、1991年に独立した。首都はトビリシ。ヨーロッパに含められることもある。

 カフカース山脈の南麓、黒海の東岸にあたる。北側にロシア、南側にトルコ、アルメニア、アゼルバイジャンと隣接する。古来より数多くの民族が行き交う交通の要衝であり、幾たびもの他民族支配にさらされる地にありながら、キリスト教信仰をはじめとする伝統文化を守り通してきた。また、温暖な気候を利用したワイン生産の盛んな国としても知られる。

ソビエト連邦の最高指導者、スターリンの出身地である。

ウクライナの主導で発足したGUAMにも加盟している。

  国名

  公式の英語表記は、Georgia、日本語の表記は、グルジア。

  1995年以来、正式名称・通称は同じである。独立直前の1990年から1995年までは「グルジア共和国」を正式な国名としていた。

  グルジア語では、??????????(ラテン文字転写 : Sakartvelo)という。サカルトヴェロは、「カルトヴェリ人(グルジア人)の国」という意味で、カルトヴェリは古代ギリシャ人の記録にもあらわれる古代からの民族名カルトゥリから来ている。

  日本語名の「グルジア」はロシア語名Грузияにもとづき、英語名のGeorgiaと同じく、キリスト教国であるグルジアの守護聖人、聖ゲオルギウスの名に由来すると言われる。

  なおグルジアを意味する英語のGeorgiaやフランス語のGe'orgieなどは、グルジアのほかにアメリカ合衆国のジョージア州も意味するので注意が必要である。

 歴史

  この地は、紀元前6世紀にはオリエントを統一したアケメネス朝ペルシャの一部となった。その後、紀元前1世紀にローマの支配に入った。グルジアの歴史は、主に西グルジアと東グルジアに分けられる。グルジア史は、大まかに分けると、ローマ時代以前は、主に西グルジアにあるコルキス王国(Egrisi王国)が栄えていた。ローマ支配紀頃から東グルジアにカルトリ王国(イベリア王国とも言われた)が勃興し、しばらくカルトリがグルジア史の主役となる。

  4 - 6世紀にキリスト教に改宗。6世紀頃に、この頃ラジカ王国として知られていた古代コルキス王国(この間ずっとEgrisi王国が正式名らしい)はビザンツ治下に、カルトリ王国はペルシャ支配下となる。その後、グルジアはアラブ支配下に入る。ラジカ王国は、9世紀にアブハジア人を主体としてアブハジア王国として独立した。イベリア王国は、同じく9世紀に、アショト・バグラトゥニによりアラブより解放された。1089年頃グルジアが統一され王国となるが、後ビザンツ帝国の属国になる。

  長い間ビザンツ帝国の一部であり、文化的にもその影響が大きい。その後、オスマン帝国、ペルシア、ロシアなどの支配を経て、ロシア革命後の1918年5月26日にロシアから独立を宣言するが、赤軍に首都を制圧され崩壊。ザカフカース・ソビエト連邦社会主義共和国の構成国となり、ソビエト連邦に加盟した。1936年には、ソ連邦構成共和国(グルジア・ソビエト社会主義共和国)に昇格する。冷戦下に耐えられるソ連を目指すため、民族問題が取り上げられることはなかった。またスターリンの故郷という側面もプラスに働いており、大きな問題に発展することも可能な限り抑えられた。

 しかし、ソ連後期から黙殺されてきた民族的な問題が表面化した。1991年にはソ連邦の解体により、グルジア共和国として独立したものの、多くの閣僚はソ連旧共産党員の天下りであることも手伝って、政局不安は改善されないままであった。1992年から2003年まで、エドゥアルド・シェワルナゼが最高権力者であった。

 2003年11月2日の議会選挙の開票には出口調査などによって不正の疑惑が指摘され、アメリカが非難を表明していたが、11月22日になって、選挙に基く新しい議会が召集された。これに対し、反対派の議員はボイコットした。議会前には25000人の反対派市民が集結していたが、開会の辞を読み上げられる最中、これらの市民は議場に乱入した。シェワルナゼ大統領は議会から逃亡し、11月23日には大統領を辞任した。代って、野党「ブルジャナゼ・民主主義者」の党首であるニノ・ブルジャナゼが暫定大統領に就任した。ブルジャナゼ暫定大統領は、従来の閣僚(ナルチェマシュヴィリ内相、ジョルベナゼ国務相、ゴジャシュヴィリ財務相、メナガリシュヴィリ外相など)を一掃した。

 旧野党勢力は、2004年1月4日に行われた大統領選挙では、野党「国民運動」のミヘイル・サアカシュヴィリ党首を統一候補として擁立した。しかし、「労働党」のナテラシュヴィリ党首が議会選挙のやり直しに反対し、「伝統主義者連盟」が離脱を表明するなどの動きもあった。ロシアを後盾にアジャリア自治共和国を事実上中央政府から独立して支配してきたアスラン・アバシゼ最高会議議長が非常事態宣言を発令し、暫定政権に反対するなどの動きを見せた。結局、大統領選挙の結果はミヘイル・サアカシュヴィリの圧勝に終わり、これに反対する野党勢力も一転して選挙結果を受け入れた為、一連の混乱も収拾した。

 3月28日に議会再選挙が行われた。結果は、国民運動が得票率75%で大多数の議席を獲得し最大与党に躍進した。一方、その他に議席獲得に必要な7%の得票率を超えられたのは新右派と産業党が連合して結成された右派野党だけであった。今回の選挙は独立後のグルジアで最も自由な選挙のうちの1つだったと考えられる。

 しかし、アバシゼ議長はこれらの選挙結果を依然として認めず、アジャリア自治共和国との交通路を封鎖するなどの措置を取り、中央政府との関係は一触即発の状態となった。3月18日にはアバシゼ議長とサアカシュヴィリ大統領との会見が行われ、一時は事態が収拾するかと思われたが、アジャリア側が4月末より橋を爆破するなどの措置に出てきたため、中央政府は国境や港湾を封鎖するなど圧力を加えた。更にアジャリアの首都バトゥミでは大統領支持派による議長退陣要求デモが1万数千人規模にまで膨れ上がり、ますます緊迫した状況となった。5月5日にはロシアのセルゲイ・イワノフ国防相がアバシゼ議長と会見し、辞任を勧告した。これにより議長は同日中に辞任しロシアに出国した。また、中央政府はアジャリアに大統領直轄統治を導入し、アバシゼ議長の元で続いてきた事実上の独立状態は終わった。

 2007年11月に与党サアカシュヴィリ政権に対する野党デモの鎮圧を期にグルジア全土で非常事態宣言が発令されるなど政情不安は続き、これに対するサアカシュヴィリ政権の強硬政策は、民主化の後退を位置付けるものとなった。2008年8月8日、親露派分離派地域である南オセチア自治州にグルジア軍が侵攻するが、2日後に撤退する。12日、トビリシにおいて、サアカシュヴィリ大統領がCISからの脱退を正式に宣言。今後は北大西洋条約機構(NATO)加盟と欧州連合(EU)加盟を視野に活動する意向が示されているが、現在両同盟からの勧誘の動きはない。

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グルジア紛争

 北京オリンピック開催日に、グルジア軍による南オセチア自治州都への軍事侵攻から始まったグルジア紛争は、サルコジ・フランス大統領の仲介によって、双方の停戦が成立した。
 
 グルジア軍の軍事侵攻にたいして、ロシア軍が、グルジアの首都トビリシへの空爆などの軍事行動を行ったものである。
 
 カフカース地域の民族問題は入り組んでいて複雑であり、それは旧ロシア帝国・旧ソ連時代を通じて、度重なる紛争を引き起こしてきた。
 
 旧ソ連解体以降、独立したこの地域の国々では、内部に少数民族の独立問題を抱え、それに、EU諸国やアメリカ、ロシアの介入によって、さらに複雑な様相を呈している。
 
 グルジアの場合、南オセチア自治州の独立派をロシアが支援し、グルジア政府をEUとアメリカが支援するという形の対立構造ができており、それは、カスピ海油田からのパイプライン問題と絡んだ利権と結びついている。
 
 南オセチアのオセット人は、90年、同族のロシア共和国北オセチア共和国への編入を求めて、グルジア共和国に対して蜂起し、92年にロシア・グルジアの和平合意が成立、その後、両国は、この地域に平和維持軍(500人)を派遣・駐留させている。それに、南オセチア独立派の平和維持軍500人。今回、軍事行動を起こしたのは、この平和維持部隊である。94年の停戦合意で、独立国家共同体CISの平和維持軍の駐留が決められたが、ロシアのみの派遣である。その後、ロシアは、2000人規模の部隊を駐留させ、今年5月には、1000人増派された。
 
 これに対して、グルジアの親欧米派のサーカビシリ政権(04年発足)は、NATO加盟を目指し、NATO諸国との兵器の共通化をはかり、「グルジアの軍事費は過去数年で30倍にはねあがった」(ラブロフ露外相)と言われるほどの軍拡を進めてきた。
 
 フランスのサルコジが仲介者として登場してきたのは、一体なぜだろうか? もともと、フランスは、ロシアと強い結びつきがあったのは確かである。もちろん、彼は、今、EU議長で、その立場から、こうした国際紛争解決のイニシアティブをとらなければならない立場にあるのは間違いない。カフカス地域で紛争が拡大すれば、カスピ海油田の利権に響いてくるということもあるかもしれない。周辺には、グルジアからの独立を目指すアブハジアがあり、ロシアからの独立を目指すチェチェン人のチェチェン共和国があり、さら、その近くには、イスラエルが軍事攻撃を示唆しているイランがあり、タリバンが復活したアフガニスタンがある。小さな火種が、相互に絡み合って、大火にならないとも限らないという不安定な地域である。要注意である。
 
 8月13日付『毎日新聞』国際欄には、次のような記事がある。
 
 「グルジア空爆地域
  ロシア軍は今回のグルジア攻撃で、首都トビリシや西部セナキの近郊など各地の  空軍基地を空爆した。アブハジア自治共和国で唯一グルジア側が支配するコドリ  渓谷も重点的に爆撃。さらにカスピ海の石油をアゼルバイジャンからトルコの地  中海沿岸に運ぶ、「BTCパイプライン」のルート周辺や、海軍基地を持つ黒海沿  岸のポチなど戦略的な要衝も狙い撃ちしているが、ゴリなどでは民間人にも多く  の犠牲が出た」

 南オセチア衝突:グルジアも和平案合意、仏大統領の仲介実る 武力衝突収束の見通し

 【トビリシ小谷守彦】グルジア南オセチア自治州をめぐる軍事衝突で、グルジアのサーカシビリ大統領は12日夜、トビリシで欧州連合(EU)議長国フランスのサルコジ大統領と会談し、ロシアとの紛争解決に向けた和平案に合意した。これに先立ち、モスクワでサルコジ大統領と会談したロシアのメドベージェフ大統領も和平案に合意しており、8日に始まった武力衝突は停戦実現に大きく前進した。

 紛争調停のためロシアとグルジアを連続訪問したサルコジ大統領によると、両国は軍事行動停止や両軍が戦闘開始前の位置へ撤退することなどの和平案で合意した。

 メドベージェフ大統領との会談で合意した6項目の原則には、グルジアからの独立を求める南オセチアとアブハジア自治共和国の「地位」に関する国際協議の開始が盛り込まれたが、サーカシビリ大統領は「両地域がグルジア領であることは疑念の余地がない」と強硬に反対。サルコジ大統領はメドベージェフ大統領に電話し、表現を「両地域の安全を保障する」と変更する修正案を示し、ロシア側も合意した。

 今回の和平案はEU外相理事会の承認を経て、国連安保理に提出される見通し。

 両国の衝突は8日、南オセチアの州都ツヒンバリにグルジア軍が進攻し、ロシアの軍事介入で本格化した。戦闘でロシア側は2000人、グルジア側は300人が死亡したと発表している。

 一方アブハジアで唯一グルジア政権の支配地域だったコドリ渓谷は12日、親露の独立派政府が完全制圧した。独立派政府のバガプシ大統領がインタファクス通信に確認した。

毎日新聞 2008年8月13日 東京夕刊

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イラク政府の腐敗

 先日、グルジア共和国の首都にロシア軍による空爆が行われた。南オセチア自治州の分離独立派を支持するロシアのプーチン政権が、仕掛けたものだという。他方で、グルジアの大統領は、アメリカの支援を受けているという。グルジア軍は、アメリカ軍の訓練を受け、イラクにも派遣されている。そのイラクについの情報があまりマスコミで伝えられなくなっている。

 以下は、イラクで、国際支援に群がる官僚や支配階級の腐敗・汚職が進行している実態を伝える記事である。パレスチナのPLOアラファト政府が腐敗し、イスラム原理主義組織ハマスに選挙で敗北する前と似た情況にあるようだ。  

  コラム:イラク政府による汚職、不正の構造 2008年08月09日付 al-Quds al-Arabi紙

■ イラク、飢餓と数十億ドルの間で  2008年08月09日付クドゥス・アラビー紙(イギリス)HP1面

 【アブドゥルバーリー・アトワーン(本紙編集長)】  イラクの光景は、そのほとんどが絶望的な格差に満ちている。その中で、先週私の注意を引いたのは、イラク人歌手カージム・アッ=サーヒルがシリアのイラク難民を訪問した事だった。集まった子供達の顔は喜びに輝いていた。この、イラク芸能の象徴ともいえる歌手が、自分達の間に入ってその苦難に同情してくれ、異郷にある痛みを和らげようとしてくれている。一方で、「新生イラク」の為政者達の誰かが、シリアあるいはヨルダンを訪れ難民達の状況を視察したなどという話は聞かない。両国へ脱出した避難民は約400万に登るのだが。国際機関や地域団体は、マーリキー政府が、国外避難民となった国民への援助提供を拒否している可能性を疑っている。

 前政権を倒しさえすればイラクの試練は終結すると、多くの人が考えた。豊かな資源、安定と人権の尊重をもって、その国は、国外に住む何百万ものイラク人に帰還を呼びかけるオアシスに変わるだろうと。しかし、全く正反対の事が起こった。我々は、何百万というイラク人が近隣諸国へ逃げていくのを目撃した。宗派、派閥間の暴力や抑圧から逃れるため、彼らは国連事務所や欧米各国の領事館窓口に列を成し、難民申請をするのである。

 「選出された」イラク政府であるが、今やうず高く積み上げられた金の山のてっぺんでふんぞり返っている。米政府報告によれば、イラクの石油収入は年間約1560億ドル、結果として790億ドルの黒字を出している。また、欧米の銀行にあるイラク政府資金は、現在920億ドルといわれる。  恐るべき数字である。しかし一方で、イラクの新聞各紙は、バグダードの路上で一片のパンを乞う子供達のニュースを伝えてくる。三つにもならないような子供らが、炎天下の中、通行人や車の後を追って物乞いをするのだという。ある新聞は、支援物資を得るため福祉団体事務所前に集まった人々について書いているが、女性達はぼろを纏い、絶望、貧困、困窮、病の兆しが感じられた。その支援物資も4ヶ月間渡されていないのだという。

 グリーンゾーンで、その豊かな暮らし、空調の効いた病院や食堂や住居を堪能している政府の太った猫たちが、この貧しき人々への同情を覚えているとは思えない。これら政府要人のほとんどは、亡命先から帰って来て、貧民の側に立つ、イラクを「プラトン式理想共和国」に変える、などという約束を散々誇張したのだった。  湾岸から北西アフリカまで、石油を有するアラブ国家の国民は誰でも、その富、つまり年々国庫に入る収益を享受している。イラク国民、その圧倒的多数だけが例外なのである。彼らは一片のパン、一箱の薬に事欠く暮らしをし、武装ギャング集団、宗派的民兵、あるいは米軍のため安全すら奪われている。

 イラクは現代史上最大の強奪計画にさらされているのである。盗人の中には占領軍と共に帰ってきた者達がいる。BBCのテレビ番組「パノラマ」(報道特集)が明らかにした米公文書の数字だけで充分な証拠となる。国の石油収入から230億ドルが彼らに掠め取られている。現在のイラクは世界で最も腐敗した国だと番組は断定した。

 この腐敗、汚職の結果は、ドバイの天文学的賃貸料の高層ビル、ロンドン、パリ、プラハといった欧州各都市の豪華なマンションや邸宅の形で、はっきりと目にすることができる。いずれも「新生イラク」要人の所有になるものである。それまでの彼らは、例えば英国で「社会保障」制度、あるいは貧困者救済制度に頼って暮らしてきたのだ。あたかも彼らは、富を盗み、自分達がかつて味わった貧困に陥れることにより、イラク国民に復讐しているかののようだ。  英国政府の難民支援に頼ってロンドンで暮らしていたイラク人一家をを個人的に知っているが、彼らは、故大統領の息子達や側近が贅沢にその富を浪費する祖国、イラクに涙していたのだ。この家族が、数百万ドルを自由にできるようになると、ダマスカスの一番贅沢なホテルで千夜一夜風の結婚披露宴を催すというので往復チケット付の招待状を知人らに送り、ホテルのワンフロアを全て招待客のために借り切ったというのに驚かされた。

このような人々に誰も清算を迫らない。法は不在で透明性などは存在しない。盗人が盗人に清算を要求するだろうか。尚悪い事に、誇り高い人々を飢えさせているこのような不正、腐敗状況を批判する人は、すぐさま「集団墓地に携わった者」などという糾弾を受ける。それも、イラク全土を集団墓地と化した人々によってである。

「民主主義、豊かさ、安全」というスローガンの元に破壊、腐敗、殺戮をもたらしたそのような人々を信じた時、イラク国民は彼らにとって史上最大の詐欺にあったのだ。5年がたち、気づけばその地域で最も惨めで貧しい国民になっていた。  イラクの債務を帳消しにするよう、米政権が湾岸諸国に迫った。UAEが一番にその圧力に屈し、要請に従った。クウェイト、サウジなどはまだこれを「検討中」である。うなるほど金がある国に対し、何故債務を免除しなくてはならないのか、その理由が問題である。一方で、イラクが2005年から07年までの間復興事業に費やしたのは40億ドルにも満たない。イラク国民に職を、医療を教育を、電気水道をもたらすはずの復興事業である。

 政府は、内外の国民には少しも関心を向けていない。彼らが熱心なのは、親戚を要職に就け、助成金だの渡航許可だのを与え、高い給料を払ってやることである。こうして役職と給与を与えられた人々は、かつての亡命先へ戻りたがる。もちろん難民としてではなく、上級公務員としてである。  新たな集団殺戮をおかし、様々に理由をつけ先人達を拷問や殺戮で打ちのめした罪人たちを裁くのと同じく、イラク国民は、これらの盗人、富を乱費し職権を乱用する人々をも裁くべきである。

 イラクの子供達が猛暑の太陽の下でパンを物乞いするなどという状況は、この気高い国が、13年以上にわたるアメリカの経済封鎖にあうまで発生しなかった。今、そのような子供達と彼らの家族について、アメリカの放送局「アル=フッラ(フリーダム)」がどのように伝えているかを見た人は、その為政者達と占領者達、双方によるイラクの悲劇の一側面を理解するだろ

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唯物論者マルクスの『フォイエルバッハ・テーゼ』

 前回は、資本主義という賃金奴隷制という現実を見抜くには、唯物論と弁証法を身に付けなければならないということを言った。

 唯物論についてのマルクスの基本である『フォイエルバハ・テーゼ』を参考のために以下に引用しておく。短いテーゼだが、ここからいろいろなことが考えられるし、有意義なものが導きだされる。

① いままでのすべての唯物論(フォイエルバハのをふくめて)のおもな欠陥は、対象、現実・感性をただ客体または直観の形式のもとにのみとらえられて、感性的な人間的活動、実践としてとらえられず、主体的にとらえられていないことである。したがって活動的な側面は、唯物論とは反対に抽象的に観念論―これはもちろん現実的な、感性的な活動そのものとしてはしらない―によって展開された。フォイエルバハは感性的な―思想客体から現実的に区別された客体を欲する。しかしかれは人間的活動そのものを対象的活動としてはとらえない。だからかれはキリスト教の本質のなかで理論的な態度だけを真に人間的なものとみなし、これにたいして実践はただそのきたならしいユダヤ的な現実形態においてのみとらえられ、固定される。したがってかれは『革命的な』、『実践的・批判的な』活動の意義をつかまない。

② 人間的思考に対象的真理が到来するかどうかという問題は―なにも理論の問題ではなく、実践的な問題である。実践において人間はかれの思考の真理性、すなわち現実性と力、此岸性を証明しなければならない。思考の現実性あるいは非現実性についての論争は、―この思考が実践から遊離しているならば―まったくスコラ的な問題である。

③ 環境の変更と教育についての唯物論学説は、環境が人間によって、変更されねばならず、教育者みずからが教育されねばならないということを、わすれている。したがって、この学説は社会を二つの部分―そのうちの一つに社会のうえに超越する―にわけなければならない。
環境の変更と人間的活動あるいは自己実現との合致は、ただ革命的実践としてのみとらえられ、そして合理的に理解されることができる。

④ フォイエルバハは宗教的自己疎外の事実、宗教的な世界と世俗的な世界とへの世界の二重化の事実から出発する。かれの仕事は、宗教的な世界をその世俗的な基礎に解消させることにある。しかし世俗的な基礎がそれ自身からうきあがって、一つの独立王国が雲のなかに定着するということは、この世俗的な基礎の自己分裂および自己矛盾からのみ説明さるべきである。だからこの世俗的な基礎そのものがそれ自身その矛盾において理解されなければならないとともに、実践的に革命されねばならない。だからたとえば地上の家族が聖家族の秘密として発見されたうえは、いまや地上の家族そのものが理論的および実践的に絶滅されなければならない。

⑤ フォイエルバハは、抽象的な思考には満足せず、直観を欲する。しかしかれは感性を実践的な人間的・感性的な活動としてはとらえない。

⑥ フォイエルバハは宗教的本質を人間的本質に解消させる。しかし人間的本質はなにも個々の個人に内属する抽象体ではない。その現実においてはそれは社会的諸関係の総和(ansenble)である。
   フォイエルバハは、この現実的本質の批判にたちいらないから、どうしても
   (1) 歴史的な過程を無視し、宗教的心情をそれだけとして固定し、そして抽象的な―孤立   し た―人間的個体を前提せざるをえない。
(2) したがって本質はただ『類』(Gattung)として、おおくの個人を自然的にむすびつける内的な、ものいわぬ一般性としてとらえられうるにすぎない。

⑦ したがってフォイエルバハは、『宗教的心情』(religioses Gesut)そのものが一つの社会的な産物であるということ、そしてかれが分析する抽象的な個人が一定の社会形態に属しているということをみない。

⑧ すべての社会的生活は本質的に実践的である。理論を神秘主義へさそいこむすべての秘蹟は、その合理的な解決を人間的実践およびこの実践者の提起のうちにみいだす。

⑨ 直観的唯物論、すなわち感性を実践的活動としてはつかまない唯物論が到達する最高のものは、個々の個人たちと市民社会との直観である。

⑩ ふるい唯物論の立場は市民社会であり、あたらしいそれの立場は人間的社会あるいは社会的人類である。

⑪ 哲学者たちは世界をいろいろに解釈してきたにすぎない。たいせつなのはそれを変更することである。
                   (『ドイツ・イデオロギー』岩波文庫より)

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唯物論者マルクスと観念論者アナーキスト

 マルクス・ブームだというから、マルクスは唯物論者であるということをこの際強調しておきたいと思う。

  さきに検討した柄谷行人氏は、『at』の最新号で、以前には、エンゲルスとマルクスの違いを強調し、エンゲルスをほぼ全面否定していたのだが、エンゲルスから引用し、それを肯定している。たぶん、そのうち、レーニンについても同じようなことが起きると思う。

  かれらはみな唯物論者であり、それによって、歴史上の諸事象の分析・評価・判断をしたのであり、そのおかげで、現実の中の多様な傾向のうちから、重要な傾向を読み取ることができたのである。もちろん、かれらも読み違えや誤りを免れたわけではない。しかし、それよりもはるかに多くの正しい判断を下せたのである。

   マルクスには、『資本論』に代表される理論的な著作もあるが、それ以上に、『ライン新聞』『新ライン新聞』『ニューヨーク・デイリー・トリビューン』やチャーチストの新聞などに書かれた膨大な記事や評論があり、その中で、見事に当時起きた諸事件の分析・評価を行っている。その基礎に貫かれているのは、唯物論と弁証法である。エンゲルスも同様であり、彼は交霊術のまやかしの暴露までやっている。レーニンもそういう文章を多く書いている。3人とも純学問的なものは書いていないということである。実践的見地が彼らの共通点であり、それに対して、プルードン、バクーニン、クロポトキンは、学問の発展に強い期待を表明し、それに対して、人民の無知を礼賛している。例えば、クロポトキンは、「経済学において、アナーキズムが到達した結論は、次のようなものである。すなわち、真の害悪は、資本家が「剰余価値」ないし純利益をわが手に収めることにあるというよりは、むしろ、こうした純利益ないし「剰余価値」が可能となるという事実そのものにあるということ、これである。「剰余価値」が存在するのは、幾百万の人々がその労働力と知識とを純利益ないし剰余価値を可能とさせるほどの価格で売り渡すのでなければ、生活すべきなにものをも持たないからにすぎないのだ。だからこそ、経済学のなかでわれわれが第一に研究しなければならないのは、消費についての章であり、また、革命においてなすべき最初の義務は、衣食住が万人に保証されるような仕方で消費を再編成することでなければならない」と述べている。

  つまり、衣食住が万人に保証されているのならば、資本家が剰余価値を取得することは問題ではないというわけである。剰余価値のブルジョアジーの取得は、賃金奴隷制を支える力をブルジョアジーに与え続けるものである。衣食住さえ満たされれば階級支配はどうでもいいというなら、それは奴隷制を擁護することである。近代奴隷制たる賃金奴隷制を階級を廃止するというのがマルクスたちの基本的な考えである。アナーキズムの経済学は、剰余価値を資本家が取得するのは問題ではないという。マルクスは、剰余価値も労働者階級が生み出すものだから、労働者のものとしなければならないという。ソ連の経験は、資本家による剰余価値の取得を廃絶するだけで、膨大な余剰が生まれることを示した。それが膨大な官僚や軍事機構を長年維持するのを可能としたし、無駄な投資や公共事業や固定資本を可能にしたのである。質的にはともかく一応衣食住を可能にしたし、低廉な医療や教育を可能にした。もちろん、それまでに膨大な犠牲を払ったし、言論・表現の自由はほぼないなどの問題、民族抑圧等々の否定的な現実を伴っていた。

  他方で、賃金奴隷制という階級支配の根幹に触れるような労働者の自己解放闘争の発展に対しては、資本主義諸国では徹底的な弾圧が加えられており、抑圧されている。多少の賃上げや労働条件の改善には応じても、労働運動の経営や生産過程・労働過程の支配や管理の強化には弾圧を加えている。サッチャーは、炭鉱労組の闘いを徹底的に潰し、レーガンは航空管制官のストライキを徹底的に弾圧し、日本の中曽根は、国労を徹底的に潰そうとした。剰余価値を誰が取得しているかは、誰が支配する者かということを示すものであり、労働者大衆にとっては、誰に支配され、誰の奴隷かということを示している。

  クロポトキンが、誰が剰余価値を取得しているかは問題ではなく、消費≒分配を問題にしているのは、今の「連合」と同じで、奴隷として多少の豊かさがあればいいという奴隷根性を労働者に植え付けているということである。日和見主義であり、奴隷制度を事実上礼賛しているのと変わりがないのである。

  そうならないためには、唯物論的弁証法的に現実をしっかりと見れるようにならなければならないのである。

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『部落解放運動への提言』について7

  『提言』は、運動の再構築の①として魅力ある運動の創出という項目を立てている。

  まず『提言』は、「従来、部落解放同盟の大会や諸集会では、「兄弟姉妹の皆さん」という呼びかけが行われていた。これは、全国の部落と部落民がおかれてきた差別の歴史と、共通した被差別の実態を基礎に形成されていたアイデンティティであったと言えよう」と述べている。要するに部落差別の被害被差別の共通体験がアイデンティティを形成してきたというのである。

  そして、「しかしながら、従来のアイデンティティ形成を支えていた「共通した被差別の実態」が、これまでの部落解放運動の取り組みや同和行政の実施によって、大きく変貌してきている。この結果、部落解放同盟の組織の現状を直視するとき、同盟員の減少、とりわけ若年層の結集が少ないという重大な問題がある」と述べている。これだけだと「共通した被差別の実態」が、どのように大きく変貌してきているのかがわからない。

  それにたいして奈良県連(山下力理事長)はホームページで以下のように述べている。

  部落解放同盟奈良県連(山下力理事長)

  基本理念

 部落差別の軛から自らを解き放つための21世紀初頭の新しい運動の基調
 Ⅰ いま、なぜ新しい運動路線なのか。 

 生活水準における部落内外の較差はなくなった。しかし、部落差別は存続している。故に、 '65同対審「答申」路線の時代的役割は終焉したと理解するしかない。これまでと同じ運動の繰り返しでは、人と人との新たな関係を再構築していける見込みがなく、「百害あって一利なし」として決別する。

① '65同対審「答申」は、近代社会における部落差別とは"市民的権利と自由の侵害に他ならない"と規定し、わが国の産業と経済がもつ「二重構造」と前近代的な社会風土や非合理的な偏見等がこれを支えてきたと根拠づけてきました。そして、同和地区住民に就職と教育の機会等を完全に保障し、同和地区に滞溜する停滞的過剰人口を近代的な主要産業の生産過程に導入することにより生活の安定と地位向上をはかることが、同和問題解決の「中心的課題」であると指摘したのであります。
  '69年に同和対策事業特別措置法が制定されて以降、約15兆円の公的資金が同和対策に投入され、わが国経済の高度成長の潮流に合流させて「答申」が指摘したところの「中心的課題」はほぼ達成されました。その結果、少なくとも50才以下の世代で、社会的、経済的、文化的な生活水準における部落内外の較差はほとんどなくなったのです。
②部落内外の生活実態における較差が見事に克服されたのに、あろうことか、周辺の人々の部落(民)への差別意識(「答申」が言うところの心理的差別)には見るべき顕著な変化がなかったのであります。 '93年総務庁「同和地区実態把握等調査」の結果にわれわれはがっかりしたというよりむしろ大きなショックを受けました。しかも運動体として「トリプルショック」でありました。
 一つめのショックは、部落民の被差別体験の多さです。「調査」で3人に1人が「被差別体験あり」と告白しています。細かく分析すると、調査のあった93年から溯ること10年の間に奈良県内で約5000件、毎年約500件の差別事件があったということになるのです。
 二つめのショックは、部落民が差別に真正面から向き合えていないことです。応々にしてわれわれは部落差別と唐突にでくわすものであります。そのとき「相手に抗議した」のが20%にすぎず、「黙って我慢した」とするものが46%強で最も大きな割合を占めているではありませんか。日本人の人権意識を識るための同様の調査で、人権侵害をうけたとき「黙って我慢する」と答えたものの割合が6%位であったことと比較して、その違いに言葉にできないほどのショックをうけました。
 三つめのショックは、われら運動体が差別問題の解決をめぐって部落大衆から頼りにされていない現実を見せつけられたことです。部落差別と遭遇して「黙って我慢した」ものが46%強で、「民間団体に相談」したものはわずかに4%強(奈良県2%)にすぎなかった事実は何をわれわれに語りかけているのでしょうか。 '65同対審「答申」路線を忠実に推進し"ムラぐるみの運動"を呼びかけ、水平社創立以来最大最強の組織建設を成し遂げてきたはずであります。税や融資、生活資金や奨学資金、就職や住宅等々の相談をわが運動体に持ちこむけれども、肝心要の差別問題の相談相手として頼りにしないとする部落大衆の選択をどう受けとめるのかが問われてきました。
 周辺の人々の意識が変わっていないことも問題です。しかし、それ以上に部落大衆の差別との向き合い方が曖昧で弱々しいこととわれら運動体が本質的に部落大衆の信頼をひき寄せられていない現実こそが深刻に問い直されねばなりません。口惜しくもつらいことではありましたが、この「トリプルショック」をうけてわれわれは自らの運動を根本から見直す道を選びました。この惨憺たる現実から目をそらし、自らの運動体を蝕む腐敗と堕落を自浄する力をなくした恥知らずのグループはどうでしょう。相も変わらずダラダラと、しかし、欲得だけは忘れずにいつもの道をあてもなく歩き続けるに違いありません。

  「① '65同対審「答申」は、近代社会における部落差別とは"市民的権利と自由の侵害に他ならない"と規定し、わが国の産業と経済がもつ「二重構造」と前近代的な社会風土や非合理的な偏見等がこれを支えてきたと根拠づけてきました。そして、同和地区住民に就職と教育の機会等を完全に保障し、同和地区に滞溜する停滞的過剰人口を近代的な主要産業の生産過程に導入することにより生活の安定と地位向上をはかることが、同和問題解決の「中心的課題」であると指摘したのであります」。ここには日本共産党同様に、近代化論から、停滞的過剰人口を「わが国の産業と経済がもつ「二重構造」と前近代的な社会風土や非合理的な偏見等がこれを支えてきたと根拠づけてきました」と前近代的なものと位置付けている。今日のワーキングプア問題に明らかなように、停滞的過剰人口あるいは相対的過剰人口は、近代的二重構造に根ざしている産業編成と労働階層の問題であり、その下層に置かれ、労働差別を受けているのであって、前近代的な差別ではない。部落はここに組み入れられたのである。つまり部落差別意識は、労働差別とダブっているのであり、労働差別は今も再生産されつづけているのである。

  かつて解放教育は、差別に負けない主体を育てることを目標としていたが、「近代的な主要産業の生産過程に導入する」ための受験教育に変貌していった。アメリカの公民権運動でも似たような事態が起きた。その結果、同朋の境涯よりも白人支配層に近づいたライス国務長官のようなエリートを生み出すにいたった。「近代的な主要産業の生産過程に」入った若い人々は、部落を出て行った。すでに1980年代には、部落の空洞化、高齢化が部落外の地域より急速に進んでいることが、師岡祐行氏などから指摘されていた。

  『提言』は、「1980年代の後半から、部落解放同盟は第3期の部落解放運動の展開を呼びかけている。その中で、全国水平社の時代の運動を第1期とし、この時期の運動の基本が糾弾闘争にあったと規定している。戦後、水平社運動を継承して直ちに再建された部落解放全国委員会から1955年に部落解放同盟と改称し、「同対審答申」や特別措置法を武器とした運動を第2期としている。この時期の運動の形態が行政闘争であったと位置づけている。その上で、第3期の部落解放運動の特徴は、国内外における共同闘争を運動の基本形態にすることを提唱している」としている。

  しかし、こうした区分はやや恣意的である。確かに水平社の運動が、糾弾闘争を基本としたのは確かだが、『提言』が書いているように、労働運動や農民運動などにも参加し共同闘争をも行っていた。第二期についても、「狭山闘争」という国家権力に対する差別糾弾闘争は運動の大きな柱であった。もちろん、糾弾闘争は数多く行われていた。問題は第3期の基本とされている反差別共同闘争で、80年代後半から解放同盟が提唱しているのに、それから20年以上たっているにもかかわらず広まらないのはなぜかということである。

  『提言』は、「この第3期の運動の提起は、基本的には有意義なものとして評価することはできるが、現実の部落解放同盟の運動を見たとき、第2期にとどまっているところが少なくない。このため、部落解放運動が人間の尊厳を基軸においた人間解放をめざすものであることを踏まえて、第3期の運動の内容をさらに明確にし、魅力ある運動の創出をはかる必要がある」と言っている。そして以下を提言する。

  「..今後、部落差別撤廃に向けた取り組みを実施する際、部落の近隣地域の要求実現と結びつける視点を重視し、さらにはより広範な市民社会の中でさまざまな人権課題に取り組む人々との連携を強め、人権のまちづくり運動として展開していくこと。部落解放同盟は、地域の共通の課題を結びつけ、ひとつの運動に発展させるコーディネーター的役割を果たすこと。
..人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(人権教育・啓発推進法)の具体化や活用、悪質な差別や人権侵害の禁止と被害者の効果的な救済などを可能とする法制度の整備をはじめ日本における人権法制度の確立に向けて積極的な役割を果たしていくこと。とりわけ、マイノリティ諸団体との意識的な連携を深め、マイノリティの視点からの反差別・人権政策の提言活動を強化すること。
..アジア・太平洋地域における差別撤廃と人権確立、さらには国連の差別撤廃や人権確立に向けた取り組みとの連携を強化すること。このため、反差別国際運動(IMADR)などとの連帯を強化すること。
..部落の歴史、部落解放運動の歴史を掘り起こし、部落と部落解放運動が日本社会の中で果たしてきた積極的な役割を明らかにすること。また、部落が担ってきた産業や被差別民が創造してきた文化を明らかにし、さらに発展的に創生していくこと。
..部落の中での相談活動を重視すること。高校や大学、さらには大学院への進学を高めるとともに、社会のさまざまな分野で活躍する人材を育てることに力を入れること。」

  「部落解放同盟は、地域の共通の課題を結びつけ、ひとつの運動に発展させるコーディネーター的役割を果たすこと」というあたりにうかがえる部落中心主義的な発想は、はたしてさまざまなアイデンティティが存在する地域や社会や世界の中で受け入れられるだろうか? 『提言』全体にある歴史=アイデンティティという認識は、複数の多様なアイデンティティが並存している世界において、排他的になりはしないだろうか? その点で言えば、『提言』が「被差別部落において困難をかかえた底辺層の人びとを数多く救済してきたことは、部落解放同盟の誇りとすべきところである」と述べているように、部落はどのような人々に対して開かれていたかということが重要であろう。アイデンティティ論については今、構築主義派からの議論があるので、それも見ていく必要があろう。

  2.運動論の再構築

  ①魅力ある運動の創出

  従来、部落解放同盟の大会や諸集会では、「兄弟姉妹の皆さん」という呼びかけが行われていた。これは、全国の部落と部落民がおかれてきた差別の歴史と、共通した被差別の実態を基礎に形成されていたアイデンティティであったと言えよう。
しかしながら、従来のアイデンティティ形成を支えていた「共通した被差別の実態」が、これまでの部落解放運動の取り組みや同和行政の実施によって、大きく変貌してきている。この結果、部落解放同盟の組織の現状を直視するとき、同盟員の減少、とりわけ若年層の結集が少ないという重大な問題がある。
  言うまでもなく、これからの部落解放運動を担っていくのは、若手の部落解放同盟員である。早急に部落に居住する若手の部落民、部落から出て部落外に居住する若手の部落民に対する働きかけを強め、部落解放同盟への結集を呼びかけることが必要である。その際、部落民としての自覚、部落解放同盟員としての自覚はいかにすれば形成されるかを、しっかりと踏まえた取り組みが求められる。
個人なり集団のアイデンティティは、他者によってどのように見なされているかということを契機に自覚されることが少なくないが、積極的には、個人なり集団がおかれている生活環境やたどってきた歴史についての理解、個人なり集団が将来何をめざしているかということの自己認識などによって形成される。
  このため、部落と部落解放運動の歴史、部落と部落民が置かれている現状を明らかにし、それを系統的に学ぶとともに、新たなアイデンティティの確立のためには、魅力ある部落解放運動の創造が不可欠である。
  1980年代の後半から、部落解放同盟は第3期の部落解放運動の展開を呼びかけている。その中で、全国水平社の時代の運動を第1期とし、この時期の運動の基本が糾弾闘争にあったと規定している。戦後、水平社運動を継承して直ちに再建された部落解放全国委員会から1955年に部落解放同盟と改称し、「同対審答申」や特別措置法を武器とした運動を第2期としている。この時期の運動の形態が行政闘争であったと位置づけている。その上で、第3期の部落解放運動の特徴は、国内外における共同闘争を運動の基本形態にすることを提唱している。
   この第3期の運動の提起は、基本的には有意義なものとして評価することはできるが、現実の部落解放同盟の運動を見たとき、第2期にとどまっているところが少なくない。このため、部落解放運動が人間の尊厳を基軸においた人間解放をめざすものであることを踏まえて、第3期の運動の内容をさらに明確にし、魅力ある運動の創出をはかる必要がある。その際、少なくとも以下の諸点が考慮されなければならない。
..今後、部落差別撤廃に向けた取り組みを実施する際、部落の近隣地域の要求実現と結びつける視点を重視し、さらにはより広範な市民社会の中でさまざまな人権課題に取り組む人々との連携を強め、人権のまちづくり運動として展開していくこと。部落解放同盟は、地域の共通の課題を結びつけ、ひとつの運動に発展させるコーディネーター的役割を果たすこと。
..人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(人権教育・啓発推進法)の具体化や活用、悪質な差別や人権侵害の禁止と被害者の効果的な救済などを可能とする法制度の整備をはじめ日本における人権法制度の確立に向けて積極的な役割を果たしていくこと。とりわけ、マイノリティ諸団体との意識的な連携を深め、マイノリティの視点からの反差別・人権政策の提言活動を強化すること。
..アジア・太平洋地域における差別撤廃と人権確立、さらには国連の差別撤廃や人権確立に向けた取り組みとの連携を強化すること。このため、反差別国際運動(IMADR)などとの連帯を強化すること。
..部落の歴史、部落解放運動の歴史を掘り起こし、部落と部落解放運動が日本社会の中で果たしてきた積極的な役割を明らかにすること。また、部落が担ってきた産業や被差別民が創造してきた文化を明らかにし、さらに発展的に創生していくこと。
..部落の中での相談活動を重視すること。高校や大学、さらには大学院への進学を高めるとともに、社会のさまざまな分野で活躍する人材を育てることに力を入れること。

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『部落解放運動への提言』について6

  『部落解放運動への提言』(2)一連の不祥事の背景の分析と問題点は、④手段(事業)と目的(解放)の本末転倒で、「何のための部落解放運動か。何のための同和行政か。その原点を忘れたところに、すべてが起因する」と述べている。

  十数年前に分裂した奈良県連の一方の「「部落問題に関わる行政と部落解放運動のあり方提言委員会(座長 八木晃介)」の「提言」を読んで」(2007年9月5日、奈良県部落解放同盟支部連合会理事長山下力)は、[奈良市の一連の「同和不祥事」の露見にあわてふためいて川口グループ(部落解放同盟奈良県連合会・委員長 川口正志)は、今後の自らの進む道を見失ったのか、それを「有識者」に丸投げしようとしてきた。その「提言」は、座長の八木晃介氏が自らの「試行通信」で吐露されているように、変革の対象と方法をズバリ提言するものとはならず、各委員の問題意識の中から出された課題を羅列して川口グループの執行部に投げ返すに止まっている。好意的な同伴者に甘え、自らの責任と任務を放棄してきた川口グループにふさわしい当然の帰結であると思う。私たちの経験に照らしても、部落解放運動の変革のすじ道を実践の試行錯誤をくぐらせずに明らかにしていくのは容易なことではない。この「提言」が、今日の部落解放運動を取り巻く状況の核心の部分で課題を取り違えているのでは、と思う視点をとりあげて今後の論議のたたき台にしていただきたい」と述べた上で「〔1〕、新たな解放理論の構築・整理がなければ何一つも始まらないのでは。「提言」は、いわゆる朝田理論における行政闘争論や「近世政治起源説、悲惨貧困史観」が崩壊したと指摘して、“差別は観念である”とする辻本理論を基軸にしたもう一つの解放理論の構築が求められている、と述べている。しかし、川口グループは自力でその構築が困難だとして今回の「提言」を依頼したのではなかったのか。だとすれば、もう一度、「有識者」にボールを投げ返すしかない。この提言を「催促もち」と承知して、早急に、学者・研究者など「有識者」にもう一度依頼して理論委員会を立ち上げてもらわねばならないだろう。これが概ね整理されない限り、運動の方針も綱領もあったものではない。ましてや、おおむこうの関心を呼ばんとしての「部落民」以外の人々の同盟員登録云々も意味を持たないことになる。新しい解放理論を構築するのであれば、少なくとも「部落とはなにか」「部落民とは誰のことか」「部落差別とは何か」「部落解放とはどういう状況をさすのか」が明らかにされることを期待したい」と『部落解放運動への提言』では前提とされている「部落とはなにか」「部落民とは誰のことか」「部落差別とは何か」「部落解放とはどういう状況をさすのか」といったイロハのイのレベルからのやり直しが必要だと述べている。

  『提言』は、「同和対策事業は、あくまで部落問題を解決するための一つの手段であった。目的は部落の完全解放にあったはずである」と述べているが、目的である部落の完全解放とは何を指すのかがよくわからないのである。

  「本来ならば、部落解放同盟、とりわけ幹部活動家によって部落大衆に一つひとつの事業の意義の徹底と部落の完全解放に向けての自覚を促す指導と学習が行われるべきだったのだが、それがおろそかにされたため、一部に甘えの構造を助長し、ひいては事業の私物化につながった」と言うのだが、そんなことができる幹部活動家を部落解放運動はどれだけ育ててきたのだろうか?

  もちろん、『提言』が言うように、「今回のような不祥事は、崇高な人間解放の運動とはおよそ無縁の、断じて許しがたい裏切りの犯罪行為であり、最大の被害者は他ならぬまじめな活動と日常生活を営む被差別部落の大衆」であるのは確かである。したがって、県連の連合体で、中央本部の指導が県連に対してしにくい状況であったにしてもやはり中央の責任もあるだろう。問題はすでに「山内:・・10年前、15年前に議論して整理しておくべき問題であったと思っています。何故それが出来なかったのかということを議論すべきであって、何を言うているんだと。そもそも法律ができることが何であったのかということから議論すべきであってね」部落解放運動の過去・現在・未来(1)――山内政夫氏(柳原銀行資料館)に聞く――(インタビュー記録/聞き手:山本崇記)という段階にあった。つまり、80年代には、藤田敬士氏の『同和はこわい考』や京都部落解放研究所長だった師岡祐行氏らによる問題の指摘があったのである。80年代には、朝田理論の総括議論もあったのだが、それもうやむやのまま、90年代に人権運動への転換がなされたのである。

  奈良県連(山下力理事長)は、「部落とはなにか」「部落民とは誰のことか」「部落差別とは何か」「部落解放とはどういう状況をさすのか」を明らかにすることから、新しい解放理論を構築しなければならないと述べているが、『提言』は、あくまでも人権運動という枠組みの中での人間解放運動という位置で語っていて、それではたして、部落解放運動の固有性やアイデンティティや特殊性を打ち出せるか疑問である。

  ④手段(事業)と目的(解放)の本末転倒

  何のための部落解放運動か。何のための同和行政か。その原点を忘れたところに、すべてが起因する。「同和問題の解決は国の責務であり、同時に国民的課題である」とした1965年の同対審答申、1969年の「同和対策事業特別措置法」の制定によって始まった同和対策事業は、あくまで部落問題を解決するための一つの手段であった。目的は部落の完全解放にあったはずである。
  目的と手段を混同した本末転倒の事業消化主義が、行政も、運動をも、同時進行で堕落させた。本来ならば、部落解放同盟、とりわけ幹部活動家によって部落大衆に一つひとつの事業の意義の徹底と部落の完全解放に向けての自覚を促す指導と学習が行われるべきだったのだが、それがおろそかにされたため、一部に甘えの構造を助長し、ひいては事業の私物化につながった。さらに、行政も、一般市民の理解と共感を得るための説明責任を十分果たさず、事業執行の不透明さが、いわゆる「ねたみ意識・逆差別意識」を生む要因となった。

  ⑤内なる敵に対する甘さ

  部落解放同盟は外の敵に対しては強いが、内なる敵に対して弱いのではないかという批判もある。部落解放運動は大衆運動であり、部落解放同盟組織は多様な人たちからなる大衆組織である。中には差別の結果から道を踏み外した人もおれば、逆にいわゆるアウトローから運動に参加して立ち直った人もいる。とりわけ、被差別部落において困難をかかえた底辺層の人びとを数多く救済してきたことは、部落解放同盟の誇りとすべきところである。
しかし、被差別民であるとの共通意識から、自然に、身内に甘いところはなかったか。いろいろな社会・経済層や内在的矛盾を抱えた大衆組織であるとしても、社会的責任を持つ部落解放同盟が、組織と運動の倫理性を欠いてもよいという理由にはならない。多様性を持つ大衆組織というようなことでの弁解は通用しない。
  なぜなら、今回のような不祥事は、崇高な人間解放の運動とはおよそ無縁の、断じて許しがたい裏切りの犯罪行為であり、最大の被害者は他ならぬまじめな活動と日常生活を営む被差別部落の大衆だからである。同時に、公金を「私」したということは、納税者である市民に被害を与えたという視点も忘れてはならない。

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『部落解放運動への提言』について5

  『部落解放運動への提言』(2)一連の不祥事の背景の分析と問題点は、④手段(事業)と目的(解放)の本末転倒で、「何のための部落解放運動か。何のための同和行政か。その原点を忘れたところに、すべてが起因する」と述べている。

  十数年前に分裂した奈良県連の一方の「「部落問題に関わる行政と部落解放運動のあり方提言委員会(座長 八木晃介)」の「提言」を読んで」(2007年9月5日、奈良県部落解放同盟支部連合会理事長山下力)は、奈良市の一連の「同和不祥事」の露見にあわてふためいて川口グループ(部落解放同盟奈良県連合会・委員長 川口正志)は、今後の自らの進む道を見失ったのか、それを「有識者」に丸投げしようとしてきた。その「提言」は、座長の八木晃介氏が自らの「試行通信」で吐露されているように、変革の対象と方法をズバリ提言するものとはならず、各委員の問題意識の中から出された課題を羅列して川口グループの執行部に投げ返すに止まっている。好意的な同伴者に甘え、自らの責任と任務を放棄してきた川口グループにふさわしい当然の帰結であると思う。私たちの経験に照らしても、部落解放運動の変革のすじ道を実践の試行錯誤をくぐらせずに明らかにしていくのは容易なことではない。この「提言」が、今日の部落解放運動を取り巻く状況の核心の部分で課題を取り違えているのでは、と思う視点をとりあげて今後の論議のたたき台にしていただきたい」と述べた上で「〔1〕、新たな解放理論の構築・整理がなければ何一つも始まらないのでは。「提言」は、いわゆる朝田理論における行政闘争論や「近世政治起源説、悲惨貧困史観」が崩壊したと指摘して、“差別は観念である”とする辻本理論を基軸にしたもう一つの解放理論の構築が求められている、と述べている。しかし、川口グループは自力でその構築が困難だとして今回の「提言」を依頼したのではなかったのか。だとすれば、もう一度、「有識者」にボールを投げ返すしかない。この提言を「催促もち」と承知して、早急に、学者・研究者など「有識者」にもう一度依頼して理論委員会を立ち上げてもらわねばならないだろう。これが概ね整理されない限り、運動の方針も綱領もあったものではない。ましてや、おおむこうの関心を呼ばんとしての「部落民」以外の人々の同盟員登録云々も意味を持たないことになる。新しい解放理論を構築するのであれば、少なくとも「部落とはなにか」「部落民とは誰のことか」「部落差別とは何か」「部落解放とはどういう状況をさすのか」が明らかにされることを期待したい」と『部落解放運動への提言』では前提とされている「部落とはなにか」「部落民とは誰のことか」「部落差別とは何か」「部落解放とはどういう状況をさすのか」といったイロハのイのレベルからのやり直しが必要だと述べている。

  『提言』は、「同和対策事業は、あくまで部落問題を解決するための一つの手段であった。目的は部落の完全解放にあったはずである」と述べているが、目的である部落の完全解放とは何を指すのかがよくわからないのである。

  「本来ならば、部落解放同盟、とりわけ幹部活動家によって部落大衆に一つひとつの事業の意義の徹底と部落の完全解放に向けての自覚を促す指導と学習が行われるべきだったのだが、それがおろそかにされたため、一部に甘えの構造を助長し、ひいては事業の私物化につながった」と言うのだが、そんなことができる幹部活動家を部落解放運動はどれだけ育ててきたのだろうか?

  もちろん、『提言』が言うように、「今回のような不祥事は、崇高な人間解放の運動とはおよそ無縁の、断じて許しがたい裏切りの犯罪行為であり、最大の被害者は他ならぬまじめな活動と日常生活を営む被差別部落の大衆」であるのは確かである。したがって、県連の連合体で、中央本部の指導が県連に対してしにくい状況であったにしてもやはり中央の責任もあるだろう。問題はすでに「山内:・・10年前、15年前に議論して整理しておくべき問題であったと思っています。何故それが出来なかったのかということを議論すべきであって、何を言うているんだと。そもそも法律ができることが何であったのかということから議論すべきであってね」部落解放運動の過去・現在・未来(1)――山内政夫氏(柳原銀行資料館)に聞く――(インタビュー記録/聞き手:山本崇記)という段階にあった。つまり、80年代には、藤田敬士氏の『同和はこわい考』や京都部落解放研究所長だった師岡祐行氏らによる問題の指摘があったのである。80年代には、朝田理論の総括議論もあったのだが、それもうやむやのまま、90年代に人権運動への転換がなされたのである。

  奈良県連(山下力理事長)は、「部落とはなにか」「部落民とは誰のことか」「部落差別とは何か」「部落解放とはどういう状況をさすのか」を明らかにすることから、新しい解放理論を構築しなければならないと述べているが、『提言』は、あくまでも人権運動という枠組みの中での人間解放運動という位置で語っていて、それではたして、部落解放運動の固有性やアイデンティティや特殊性を打ち出せるか疑問である。

④手段(事業)と目的(解放)の本末転倒

何のための部落解放運動か。何のための同和行政か。その原点を忘れたところに、すべてが起因する。「同和問題の解決は国の責務であり、同時に国民的課題である」とした1965年の同対審答申、1969年の「同和対策事業特別措置法」の制定によって始まった同和対策事業は、あくまで部落問題を解決するための一つの手段であった。目的は部落の完全解放にあったはずである。
目的と手段を混同した本末転倒の事業消化主義が、行政も、運動をも、同時進行で堕落させた。本来ならば、部落解放同盟、とりわけ幹部活動家によって部落大衆に一つひとつの事業の意義の徹底と部落の完全解放に向けての自覚を促す指導と学習が行われるべきだったのだが、それがおろそかにされたため、一部に甘えの構造を助長し、ひいては事業の私物化につながった。さらに、行政も、一般市民の理解と共感を得るための説明責任を十分果たさず、事業執行の不透明さが、いわゆる「ねたみ意識・逆差別意識」を生む要因となった。

  ⑤内なる敵に対する甘さ

  部落解放同盟は外の敵に対しては強いが、内なる敵に対して弱いのではないかという批判もある。部落解放運動は大衆運動であり、部落解放同盟組織は多様な人たちからなる大衆組織である。中には差別の結果から道を踏み外した人もおれば、逆にいわゆるアウトローから運動に参加して立ち直った人もいる。とりわけ、被差別部落において困難をかかえた底辺層の人びとを数多く救済してきたことは、部落解放同盟の誇りとすべきところである。
  しかし、被差別民であるとの共通意識から、自然に、身内に甘いところはなかったか。いろいろな社会・経済層や内在的矛盾を抱えた大衆組織であるとしても、社会的責任を持つ部落解放同盟が、組織と運動の倫理性を欠いてもよいという理由にはならない。多様性を持つ大衆組織というようなことでの弁解は通用しない。
  なぜなら、今回のような不祥事は、崇高な人間解放の運動とはおよそ無縁の、断じて許しがたい裏切りの犯罪行為であり、最大の被害者は他ならぬまじめな活動と日常生活を営む被差別部落の大衆だからである。同時に、公金を「私」したということは、納税者である市民に被害を与えたという視点も忘れてはならない。

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