« 『部落解放運動への提言』について5 | トップページ | 『部落解放運動への提言』について7 »

『部落解放運動への提言』について6

  『部落解放運動への提言』(2)一連の不祥事の背景の分析と問題点は、④手段(事業)と目的(解放)の本末転倒で、「何のための部落解放運動か。何のための同和行政か。その原点を忘れたところに、すべてが起因する」と述べている。

  十数年前に分裂した奈良県連の一方の「「部落問題に関わる行政と部落解放運動のあり方提言委員会(座長 八木晃介)」の「提言」を読んで」(2007年9月5日、奈良県部落解放同盟支部連合会理事長山下力)は、[奈良市の一連の「同和不祥事」の露見にあわてふためいて川口グループ(部落解放同盟奈良県連合会・委員長 川口正志)は、今後の自らの進む道を見失ったのか、それを「有識者」に丸投げしようとしてきた。その「提言」は、座長の八木晃介氏が自らの「試行通信」で吐露されているように、変革の対象と方法をズバリ提言するものとはならず、各委員の問題意識の中から出された課題を羅列して川口グループの執行部に投げ返すに止まっている。好意的な同伴者に甘え、自らの責任と任務を放棄してきた川口グループにふさわしい当然の帰結であると思う。私たちの経験に照らしても、部落解放運動の変革のすじ道を実践の試行錯誤をくぐらせずに明らかにしていくのは容易なことではない。この「提言」が、今日の部落解放運動を取り巻く状況の核心の部分で課題を取り違えているのでは、と思う視点をとりあげて今後の論議のたたき台にしていただきたい」と述べた上で「〔1〕、新たな解放理論の構築・整理がなければ何一つも始まらないのでは。「提言」は、いわゆる朝田理論における行政闘争論や「近世政治起源説、悲惨貧困史観」が崩壊したと指摘して、“差別は観念である”とする辻本理論を基軸にしたもう一つの解放理論の構築が求められている、と述べている。しかし、川口グループは自力でその構築が困難だとして今回の「提言」を依頼したのではなかったのか。だとすれば、もう一度、「有識者」にボールを投げ返すしかない。この提言を「催促もち」と承知して、早急に、学者・研究者など「有識者」にもう一度依頼して理論委員会を立ち上げてもらわねばならないだろう。これが概ね整理されない限り、運動の方針も綱領もあったものではない。ましてや、おおむこうの関心を呼ばんとしての「部落民」以外の人々の同盟員登録云々も意味を持たないことになる。新しい解放理論を構築するのであれば、少なくとも「部落とはなにか」「部落民とは誰のことか」「部落差別とは何か」「部落解放とはどういう状況をさすのか」が明らかにされることを期待したい」と『部落解放運動への提言』では前提とされている「部落とはなにか」「部落民とは誰のことか」「部落差別とは何か」「部落解放とはどういう状況をさすのか」といったイロハのイのレベルからのやり直しが必要だと述べている。

  『提言』は、「同和対策事業は、あくまで部落問題を解決するための一つの手段であった。目的は部落の完全解放にあったはずである」と述べているが、目的である部落の完全解放とは何を指すのかがよくわからないのである。

  「本来ならば、部落解放同盟、とりわけ幹部活動家によって部落大衆に一つひとつの事業の意義の徹底と部落の完全解放に向けての自覚を促す指導と学習が行われるべきだったのだが、それがおろそかにされたため、一部に甘えの構造を助長し、ひいては事業の私物化につながった」と言うのだが、そんなことができる幹部活動家を部落解放運動はどれだけ育ててきたのだろうか?

  もちろん、『提言』が言うように、「今回のような不祥事は、崇高な人間解放の運動とはおよそ無縁の、断じて許しがたい裏切りの犯罪行為であり、最大の被害者は他ならぬまじめな活動と日常生活を営む被差別部落の大衆」であるのは確かである。したがって、県連の連合体で、中央本部の指導が県連に対してしにくい状況であったにしてもやはり中央の責任もあるだろう。問題はすでに「山内:・・10年前、15年前に議論して整理しておくべき問題であったと思っています。何故それが出来なかったのかということを議論すべきであって、何を言うているんだと。そもそも法律ができることが何であったのかということから議論すべきであってね」部落解放運動の過去・現在・未来(1)――山内政夫氏(柳原銀行資料館)に聞く――(インタビュー記録/聞き手:山本崇記)という段階にあった。つまり、80年代には、藤田敬士氏の『同和はこわい考』や京都部落解放研究所長だった師岡祐行氏らによる問題の指摘があったのである。80年代には、朝田理論の総括議論もあったのだが、それもうやむやのまま、90年代に人権運動への転換がなされたのである。

  奈良県連(山下力理事長)は、「部落とはなにか」「部落民とは誰のことか」「部落差別とは何か」「部落解放とはどういう状況をさすのか」を明らかにすることから、新しい解放理論を構築しなければならないと述べているが、『提言』は、あくまでも人権運動という枠組みの中での人間解放運動という位置で語っていて、それではたして、部落解放運動の固有性やアイデンティティや特殊性を打ち出せるか疑問である。

  ④手段(事業)と目的(解放)の本末転倒

  何のための部落解放運動か。何のための同和行政か。その原点を忘れたところに、すべてが起因する。「同和問題の解決は国の責務であり、同時に国民的課題である」とした1965年の同対審答申、1969年の「同和対策事業特別措置法」の制定によって始まった同和対策事業は、あくまで部落問題を解決するための一つの手段であった。目的は部落の完全解放にあったはずである。
  目的と手段を混同した本末転倒の事業消化主義が、行政も、運動をも、同時進行で堕落させた。本来ならば、部落解放同盟、とりわけ幹部活動家によって部落大衆に一つひとつの事業の意義の徹底と部落の完全解放に向けての自覚を促す指導と学習が行われるべきだったのだが、それがおろそかにされたため、一部に甘えの構造を助長し、ひいては事業の私物化につながった。さらに、行政も、一般市民の理解と共感を得るための説明責任を十分果たさず、事業執行の不透明さが、いわゆる「ねたみ意識・逆差別意識」を生む要因となった。

  ⑤内なる敵に対する甘さ

  部落解放同盟は外の敵に対しては強いが、内なる敵に対して弱いのではないかという批判もある。部落解放運動は大衆運動であり、部落解放同盟組織は多様な人たちからなる大衆組織である。中には差別の結果から道を踏み外した人もおれば、逆にいわゆるアウトローから運動に参加して立ち直った人もいる。とりわけ、被差別部落において困難をかかえた底辺層の人びとを数多く救済してきたことは、部落解放同盟の誇りとすべきところである。
しかし、被差別民であるとの共通意識から、自然に、身内に甘いところはなかったか。いろいろな社会・経済層や内在的矛盾を抱えた大衆組織であるとしても、社会的責任を持つ部落解放同盟が、組織と運動の倫理性を欠いてもよいという理由にはならない。多様性を持つ大衆組織というようなことでの弁解は通用しない。
  なぜなら、今回のような不祥事は、崇高な人間解放の運動とはおよそ無縁の、断じて許しがたい裏切りの犯罪行為であり、最大の被害者は他ならぬまじめな活動と日常生活を営む被差別部落の大衆だからである。同時に、公金を「私」したということは、納税者である市民に被害を与えたという視点も忘れてはならない。

|

« 『部落解放運動への提言』について5 | トップページ | 『部落解放運動への提言』について7 »

「雑文」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 『部落解放運動への提言』について5 | トップページ | 『部落解放運動への提言』について7 »