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唯物論者マルクスと観念論者アナーキスト

 マルクス・ブームだというから、マルクスは唯物論者であるということをこの際強調しておきたいと思う。

  さきに検討した柄谷行人氏は、『at』の最新号で、以前には、エンゲルスとマルクスの違いを強調し、エンゲルスをほぼ全面否定していたのだが、エンゲルスから引用し、それを肯定している。たぶん、そのうち、レーニンについても同じようなことが起きると思う。

  かれらはみな唯物論者であり、それによって、歴史上の諸事象の分析・評価・判断をしたのであり、そのおかげで、現実の中の多様な傾向のうちから、重要な傾向を読み取ることができたのである。もちろん、かれらも読み違えや誤りを免れたわけではない。しかし、それよりもはるかに多くの正しい判断を下せたのである。

   マルクスには、『資本論』に代表される理論的な著作もあるが、それ以上に、『ライン新聞』『新ライン新聞』『ニューヨーク・デイリー・トリビューン』やチャーチストの新聞などに書かれた膨大な記事や評論があり、その中で、見事に当時起きた諸事件の分析・評価を行っている。その基礎に貫かれているのは、唯物論と弁証法である。エンゲルスも同様であり、彼は交霊術のまやかしの暴露までやっている。レーニンもそういう文章を多く書いている。3人とも純学問的なものは書いていないということである。実践的見地が彼らの共通点であり、それに対して、プルードン、バクーニン、クロポトキンは、学問の発展に強い期待を表明し、それに対して、人民の無知を礼賛している。例えば、クロポトキンは、「経済学において、アナーキズムが到達した結論は、次のようなものである。すなわち、真の害悪は、資本家が「剰余価値」ないし純利益をわが手に収めることにあるというよりは、むしろ、こうした純利益ないし「剰余価値」が可能となるという事実そのものにあるということ、これである。「剰余価値」が存在するのは、幾百万の人々がその労働力と知識とを純利益ないし剰余価値を可能とさせるほどの価格で売り渡すのでなければ、生活すべきなにものをも持たないからにすぎないのだ。だからこそ、経済学のなかでわれわれが第一に研究しなければならないのは、消費についての章であり、また、革命においてなすべき最初の義務は、衣食住が万人に保証されるような仕方で消費を再編成することでなければならない」と述べている。

  つまり、衣食住が万人に保証されているのならば、資本家が剰余価値を取得することは問題ではないというわけである。剰余価値のブルジョアジーの取得は、賃金奴隷制を支える力をブルジョアジーに与え続けるものである。衣食住さえ満たされれば階級支配はどうでもいいというなら、それは奴隷制を擁護することである。近代奴隷制たる賃金奴隷制を階級を廃止するというのがマルクスたちの基本的な考えである。アナーキズムの経済学は、剰余価値を資本家が取得するのは問題ではないという。マルクスは、剰余価値も労働者階級が生み出すものだから、労働者のものとしなければならないという。ソ連の経験は、資本家による剰余価値の取得を廃絶するだけで、膨大な余剰が生まれることを示した。それが膨大な官僚や軍事機構を長年維持するのを可能としたし、無駄な投資や公共事業や固定資本を可能にしたのである。質的にはともかく一応衣食住を可能にしたし、低廉な医療や教育を可能にした。もちろん、それまでに膨大な犠牲を払ったし、言論・表現の自由はほぼないなどの問題、民族抑圧等々の否定的な現実を伴っていた。

  他方で、賃金奴隷制という階級支配の根幹に触れるような労働者の自己解放闘争の発展に対しては、資本主義諸国では徹底的な弾圧が加えられており、抑圧されている。多少の賃上げや労働条件の改善には応じても、労働運動の経営や生産過程・労働過程の支配や管理の強化には弾圧を加えている。サッチャーは、炭鉱労組の闘いを徹底的に潰し、レーガンは航空管制官のストライキを徹底的に弾圧し、日本の中曽根は、国労を徹底的に潰そうとした。剰余価値を誰が取得しているかは、誰が支配する者かということを示すものであり、労働者大衆にとっては、誰に支配され、誰の奴隷かということを示している。

  クロポトキンが、誰が剰余価値を取得しているかは問題ではなく、消費≒分配を問題にしているのは、今の「連合」と同じで、奴隷として多少の豊かさがあればいいという奴隷根性を労働者に植え付けているということである。日和見主義であり、奴隷制度を事実上礼賛しているのと変わりがないのである。

  そうならないためには、唯物論的弁証法的に現実をしっかりと見れるようにならなければならないのである。

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