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2008年11月

オバマ勝利演説について

 下の記事は、11月5日、大統領選の勝利が確実になった際に、地元のシカゴで行ったオバマの勝利演説の全文の訳である。

 ここでオバマは、アメリカの民主主義についていくつか語っている。

 最初に、オバマは、米国ではあらゆることが可能であるとか、建国者の夢が生きているとか、アメリカの民主主義の力、を並べて、投票した有権者の存在をその証拠としてあげている。

 言うまでもなく、アメリカではあらゆることが可能であるはずもないし、建国者がもしピルグリム・ファーザーズのような人たちを指すのだとすれば、その夢は実現していないし、アメリカの民主主義の力は、その強制力の強さで世界に押しつけられているだけである。最後の点については、ブッシュ大統領が、中東民主化を主張して、イラクに攻め込んだことで明らかになった。

 そして、オバマは、それらを投票による大統領の交代という意味で、チェンジが可能であるとして、それが、上の三点を証明したと述べている。なるほど、これによって、政策が変更されることは間違いない。それが、ブッシュ政権のような上層・金持ちへの露骨な優遇政策の多少の変更を意味することも間違いないところだろう。

 オバマは、「我々の選挙戦はワシントンの大会場ではなく、デモインの裏庭やコンコードの居間、チャールストンの玄関先で始まった。少ない貯金の中から5ドル、10ドル、20ドルを出してくれた、働く人々のおかげだ」と労働者に感謝し、続いて、「力を増したのは、無気力な世代という神話をはねのけた若者たちが、家族から離れ、少ない報酬と睡眠時間の仕事をしてくれたからだ。寒さにも暑さにも負けず、全くの赤の他人の家をノックして回ってくれた、そう若くない人々からも力を得た。ボランティアとして集まって組織を作り、(リンカーン米大統領の言った)「人民の人民による人民のための政治」は200年以上たっても滅びていないと証明した何百万人もの米国人から力を得た」として、これこそ、リンカーンの述べた「人民の人民による人民のための政治」の実現した姿であると述べる。そして、「これは、あなたたちの勝利だ」と、労働者や選挙ボランティアの若者などを讃えた。

 彼は、そのことを、アメリカの力として描き、「今夜、我が国の本当の強さが、武力や富の力ではなく、民主主義や自由、機会や希望といった絶えざる理想の力に由来することを改めて証明した」と述べた。かれは、オバマ圧勝に貢献した人々の力を、選挙でオバマに投票した人々の政治的実践力ではなく、民主主義や自由や機会や希望という理想という観念の力に帰している。それは、人々の行動による力、実践的な力ではなく、思想の力だというのである。そして、彼は、「これが米国の真の才能だ。米国は変化できる。我々の団結は完遂できる。これまで成し遂げたことから、明日達成できること、そしてしなければならないことへの希望が生まれる」として、思想の強さこそ、アメリカの真の才能であり、そうしてそれが、変化や団結、希望の源泉だというのである。これは、およそ、選挙で支持した人々をばかにした発言で、思想を生み出したインテリゲンチャの力を大いに持ち上げ、それに奉仕するために、選挙ボランティアなどが下働きでもしたというような言い方である。

 最後に、「アメリカン・ドリームを取り戻し、我々は一つであるという根本的真実を再確認しよう」と彼は言う。「我々」は、一つどころか、いくつにも分裂していたというのが、この間、世界中に明らかになったことである。この「我々」は一つであるというのは、根本的真実ではなく、理想である。億万長者ビル・ゲイツと移民労働者は、アメリカ国家内に生活していること以外に、どんな共通性があるというのだろうか? 同じ人間であるという抽象的な一面においてか? 根本的真実を語りたいなら、「我々」は一つではないという現実を率直に言うべきところである。アメリカン・ドリーム、それはたんなる夢にすぎない。それなら、これは夢であると述べることが人々に対して誠実であるということである。

 ここに、ブルジョア民主主義の欺瞞がある。この民主主義は、国家のことであり、制度であり、それへ、あらゆる人々を一つに融合することを意味しているのである。だが、投票では1票として平等であるが、投票後には、ブルジョアジーや官僚や政治家などの上層によって、彼らの利害に沿うように変えられてしまう。だから、下層の意志と利害は、オバマの言う「我々は一つ」の中に骨抜きにされて融解させられるのではなく、独自の政治代表を必要とするのである。ブルジョア的選挙民主主義では、下層は、文字通りの1票であるが、金持ちは、買収や持ってる力を使って、実質的に何人分何十人何百人分の投票権を行使している。

 アメリカには、いくつもの「我々」があり、お互いに対立し、闘い合っているのである。選挙は、その戦場の一つにすぎない。しかし、これまで絶望してこうした戦場にすら行かず、あるいは煩瑣な有権者手続きなどによって事実上排除されてきた下層の人々が、政治生活に入り、目覚めたことの意義は大きい。オバマがそうした行動を呼び起こしたことには、大きな意義がある。今後に注目である。

 とりわけ、今後、政治に目覚めた人々が、形式民主主義とは違う民主主義の現実的形態を発展させていくのかが気になるところである。それは、かれらが、どのように自分たちの意志を共同意志として形成し、どのような共同行動を行っていくか、その方法や様式や実際、行動の仕方において、そして、どのように平等を実現していくか、等々のことである。その中身が、具体的な民主主義であり、それは歴史的なものなのである。例えば、ギリシアのポリス民主主義は、特定の資格を持つメンバーに限られた民主主義であって、その資格のない人を排除して行われたものであった。

 日本の帝国議会は、最初は、高額納税者にしか選挙権を認めない身分議会であり、貴族院は天皇による任命制であった。当時の高額納税者の多くは、大土地所有者や大地主であったから、自然とかれらによって構成される身分議会になったのである。それに対して、村落共同体における民主主義があって、村は、三役などの半官僚層によって仕切られていたが、それでも、大人(長老)たちの寄り合いなどでは、限られた分野ではあっても、自治的な話し合いによる決定などが行われていたのである。決定方式は、多数決によることもあり、占いや神託などによる場合もあったようである。幕末の一揆の相談などには、ばくち打ちのような人も加わる場合もあったようで、一揆ば、必ずしも村代々の住民だけで、行われていたわけではなかった。江戸期の村は、次第に衰退して、人口減少するところも多く、また出稼ぎや今で言えば季節労働者みたいに渡り歩く渡り職人も出入りしたり、荒れ地を耕すために、よそから移住者を積極的に受け入れるなどのことがあったようで、村のメンバーは固定していなかった。何代も続く村人は少なかったようである。飢饉や領主の悪政に抗議して、村ごと逃亡する逃散もあったりして、意外に、村というのは、メンバーの変遷や変化があったのである。代々続く村人と流れ者の浪人が手を結んで、悪に立ち向かうという「7人のさむらい」のような話は、黒沢監督が作り上げたイメージであったようである。一揆の形態は様々で、村役が代表して役人と掛け合うような形もあれば、武装蜂起に至る場合もあり、その際に「一味神水」といって、連判状を焼いた灰を水や酒に混ぜて全員で回し飲みして、誓約の意志を固めるということを行う場合もあった。それは中世に始まったものである。もともと一揆は、ただ村の集団意志を寄り合いによって決定する団体をつくることであって、蜂起を意味するものではなかった。

 とりとめがなくなったので、ここまで。

11月6日付『朝日新聞』
「米国に変革が到来」 オバマ氏勝利演説(全文)

もし、米国ではあらゆることが可能であるということを疑ったり、建国者の夢がまだ生きているのか疑問に思っていたり、米国の民主主義の力を疑ったりする人がいたら、こう言いたい。今夜が答えだと。

 この答えは、(投票するために)全国の学校や教会の周りに行列を作ったこれまでにない数の人々、何時間も待ち続けた人々によって示された。これらは多くの人たちにとって初めてのことだった。今回は違うはずで、自分たちの声が変革になりうると信じていたからだ。

 若者と高齢者、富める者と貧しい者、民主党員と共和党員、黒人と白人、ヒスパニック、アジア系、先住民、同性愛者とそうでない人、障害を持つ人とそうでない人が出した答えだ。我々は決して単なる個人の寄せ集めだったり、単なる青(民主党)の州や赤(共和党)の州の寄せ集めだったりではないというメッセージを世界に伝えた米国人の答えだ。私たちは今も、これからもずっとアメリカ合衆国だ。

 米国人が達成できることについて、悲観的でおびえていて、懐疑的であるようにとあまりに長い間、あまりに多くの人から言い聞かされてきた人々に対して、歴史の弧に手をかけ、より良い明日の希望に向かって再びそれを動かすように導いた答えだ。

 長い時間がかかった。でも今夜、この決定的な瞬間、この選挙の日に私たちが成し遂げたことにより、米国に変革が到来したのだ。

 先ほど、マケイン上院議員からとても丁重な電話を頂いた。

 マケイン議員はこの選挙戦で、長い期間懸命に戦った。そして彼は、愛する国のため、もっと長い間、もっと懸命に戦ってきた。彼は米国のために、私たちの大半が想像もつかないほどの犠牲を耐え忍んできた。この勇敢で私心のない指導者の献身のおかげで、私たちはより良い暮らしを享受している。

 私は、マケイン氏とペイリン知事が達成したことについて、彼らを祝福する。これから、この国の希望を新たにするため、彼らと共に働くことを楽しみにしている。

 この選挙戦での私の相棒に感謝したい。心のこもった演説を行い、スクラントンの街で共に育ち、デラウェアへ帰宅する列車に乗り合わせた、そんな普通の人々のために発言してきた男、合衆国副大統領に選ばれたジョー・バイデンだ。

 さらに私は、過去16年にわたる最良の親友であり、家族の要、生涯愛する人、そして次のファーストレディーとなる(妻の)ミシェル・オバマの揺るぎない支持なくして、今夜ここに立つことはできなかった。(娘の)サーシャとマリア、君たちが想像する以上に私は君たちのことを愛している。新しい子犬と一緒にホワイトハウスに行こう。

 もうこの世にいないが、(母方の)祖母が、私をここまで育ててくれた家族と共に私のことを見守ってくれていることを知っている。亡き家族がここにいないのをとても寂しく思う。彼らへの恩義は計り知れないものだ。

 姉妹のマヤとアルマ、他のすべての兄弟姉妹たち、君たちの応援にとても感謝している。

 選挙事務局長のデービッド・プルフ、君はこの選挙戦の隠れた英雄だ。おそらく米国の歴史上で最高の政治運動の態勢を築いてくれた。

 最高戦略責任者のデービッド・アクセルロッド、君はあらゆる局面で私と共にいてくれた。

 政治史で最高の選挙チームが勝利を可能にした。このために君たちが払った犠牲に対して永遠に感謝する。

 しかし、何にもまして、この勝利が本当は誰のものかを私は決して忘れない。それは(米国民である)あなたたち、あなたたちのものなのだ。

 私は大統領の最有力候補であったことがなかった。十分な資金や多くの推薦と共に始めたわけではない。最初は資金も支持者も少なかった。我々の選挙戦はワシントンの大会場ではなく、デモインの裏庭やコンコードの居間、チャールストンの玄関先で始まった。少ない貯金の中から5ドル、10ドル、20ドルを出してくれた、働く人々のおかげだ。

 力を増したのは、無気力な世代という神話をはねのけた若者たちが、家族から離れ、少ない報酬と睡眠時間の仕事をしてくれたからだ。寒さにも暑さにも負けず、全くの赤の他人の家をノックして回ってくれた、そう若くない人々からも力を得た。ボランティアとして集まって組織を作り、(リンカーン米大統領の言った)「人民の人民による人民のための政治」は200年以上たっても滅びていないと証明した何百万人もの米国人から力を得た。

 これは、あなたたちの勝利だ。

 そして、あなたたちがこの選挙に勝つためだけに行動したのではないことを私は知っている。私のために行動したのでないことも。

 あなたたちは、これから待ち受けている膨大な課題を理解しているから行動したのだ。今夜は祝うにしても、明日から向き合う難題は我々の時代で最大級だ。(イラクとアフガニスタンの)二つの戦争、危機に直面した地球、今世紀最悪の金融危機……。

 我々は今夜、ここに集っていても、イラクの砂漠やアフガニスタンの山地で起床し、我々のために命の危険を冒している勇敢な米国人がいることを知っている。

 子供たちが眠りについた後も、多くの父親や母親が、住宅ローンや医療費、子供たちの大学の費用をどうやって工面したらいいか思い悩ませている。

 新たなエネルギーの開発、雇用の創出、学校の建設、脅威への対処、修復すべき同盟関係、といった課題が待っている。

 道のりは長く、険しい。1年、あるいは(大統領任期の)1期(4年)の間には達成できないかも知れない。だが、私は今夜ほどそこに到達できるという希望を持てたことはない。

 私は約束する。我々が、国民としてそこに到達することを。

 出だしのつまずきや失敗はあるだろう。大統領としての私の決定や政策のすべてに必ずしも賛成しない人もたくさんいるだろう。政府があらゆる問題を解決することはできないことも我々は知っている。

 だが、我々が直面する困難について私は常にあなたたちに正直にいる。特に意見が異なるときほど、あなたたちの声を聞く。そして何よりも、あなたたちにこの国の再建に加わってもらいたい。221年間米国がやってきた、ブロックやれんがを一つひとつ、硬くなった手で積み上げるという唯一のやり方で。

 21カ月前の真冬に始まったことは、この秋の夜には終わらない。

 この勝利だけが、我々が追い求める変革ではない。これは変革を行うためのチャンスに過ぎない。もし以前の状況に戻ってしまったら、変化は起きない。

 あなたたち抜きではできない。新しい奉仕、犠牲の精神抜きではできない。

 仕事に取りかかり、より懸命に働き、そして互いに助け合えるよう、新しい愛国の精神、責任感の精神を呼び起こそう。

 今回の金融危機が何かを教えてくれたとしたら、町の大通りが疲弊しているときにウォール街だけが栄えていることはできないということだと思いだそう。

 この国では、我々は一つの国家、つまり一つの国民として栄えたり衰退したりする。長い間この国の政治を害してきた狭量で未熟な党派主義に戻ろうという誘惑に耐えよう。

 初めて共和党からホワイトハウスに乗り込んだのは、この州の出身者だった。共和党は自立と個人の自由、国の団結という価値観に基づいて設立された。これらの価値観は我々も共有している。

 今夜、民主党は大きな勝利を得た。だがそれは、一定の謙虚さと、我々の進歩を滞らせてきた分断状態を正常化しようという決意を伴うものだ。

 リンカーンは、我々以上に分裂していた国民に対し、「我々は敵ではなく友人なのだ」と語った。感情は高まっているかもしれないが、好意のきずなを断ってはいけない。

 私を支持してくれなかった人たち、あなたたちの票は得られなかったが、あなたたちの声は聞こえている。あなた方の助けが必要だ。私はあなたたちの大統領にもなるのだ。

 今夜、米国の外で見守っている人たち、議会や王宮のみならず、忘れられた世界の片隅で、ラジオの周りに集まっている、あらゆる人々に対して言いたい。我々の物語はそれぞれ独自のものだが、行き先は共有できる。米国の新しい指導力の夜明けは近づいている、と。

 この世界を破壊しようとする者たち、我々はおまえたちを打ち負かす。そして、平和と安全を求める人々、我々はあなたがたを支援する。

 米国の(指導力の)灯台が今も明るく輝いているのか疑問に思っている人々よ。今夜、我が国の本当の強さが、武力や富の力ではなく、民主主義や自由、機会や希望といった絶えざる理想の力に由来することを改めて証明した。

 これが米国の真の才能だ。米国は変化できる。我々の団結は完遂できる。これまで成し遂げたことから、明日達成できること、そしてしなければならないことへの希望が生まれる。

今回の選挙で初めて起きたこと、そして多くの話が、何世代にもわたって語り継がれるだろう。しかし、今夜私の心に浮かぶのは、アトランタで1票を投じた女性のことだ。他の数百万人の有権者と同様に、行列に並んで投票した。ただひとつ他の人たちと違っていたのは、彼女、アン・ニクソン・クーパーさんが106歳だということだ。

 彼女は奴隷制が終わってわずか1世代後に生まれた。まだ道には車がなく、空には飛行機が飛んでいなかった時代だ。彼女のような人が、女性であるということと、肌の色という2つの理由で投票ができなかった時代だ。

 今夜、この1世紀に米国で彼女が見たすべてのことに思いをはせたい。傷心と希望、努力と進歩、「不可能だ」と言われ続けたことに対して、「我々はできる」という米国の信条を進めようとした人々。

 女性が声を出せず、希望が踏みにじられた時代もあったが、女性が立ち上がって発言し、投票を求める姿を、彼女は目の当たりにした。

 (30年代に中西部で起きた)土埃の嵐の絶望や全土の恐慌の時にも、この国がニューディール政策や新たな雇用、そして新たな共通目標の意識によって、恐怖そのものを克服するのを、彼女は見た。我々はできるのだ。

 我々の港が爆撃され、独裁体制が世界を脅かしたが、彼女は、一つの世代が立ち上がり、民主主義が守られるのを目撃した。我々はできるのだ。

 (黒人解放運動のきっかけとなったアラバマ州)モンゴメリーの通学バスのボイコットやセルマのデモ、「我々は勝利する」というキング牧師の言葉も聞いた。我々はできるのだ。

 人類が月に到達し、ベルリンの壁が崩壊し、世界は科学と想像力でつながった。

 そして今年、この選挙で彼女は指で画面に触れて一票を投じた。106年の生涯で良いときも暗い時代も経験し、彼女は米国がいかに変化するかを知っているからだ。我々はできるのだ。

米国よ、我々はここまで来た。いろんなものを見てきた。だが、やるべきことはまだまだある。だから今夜、自らに問おう。我々の子どもたちは次の世紀を見られるのか。私の娘たちがアン・ニクソン・クーパーのように長生きできたら、どんな変化を見るのか。我々はどんな進歩を遂げているのか。

 これらの問いに我々が答える好機だ。今は、我々の時代なのだ。

 人々に仕事を戻し、子どもたちに機会の扉を開こう。繁栄を再建し、平和の大義を推進しよう。アメリカン・ドリームを取り戻し、我々は一つであるという根本的真実を再確認しよう。希望を持つことは息するくらい当たり前だ。皮肉や懐疑心に出会ったり、「できやしない」という人に出会ったりしたら、米国民の精神を要約する不朽の信条で応えよう。「我々はできる」

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60年安保ブンド結成50周年記念集会への呼びかけ

時代の転換のただ中で、「50年」を振り返る
   ――60年安保ブンド結成50周年記念集会への呼びかけ―

 時代の大きな転換期が訪れている。サブプライム破綻~リーマン破綻から端を発した世界金融危機、そしてそれとともに一挙に露呈した実体経済の弱体化と世界的大不況期の到来は、再び三度激動の時代の到来を予感させている。それはこの20年以上にわたって世界を席捲してきた多国籍企業と金融権力の新自由主義グローバリゼーションの行き詰まり・破綻であると同時に、戦後世界と社会を根底から揺さぶらずにはおかない。
 イラク戦争の泥沼から基軸通貨ドルの凋落と大不況期へ・・・アメリカの世界的覇権は根底から崩れつつあり、それとともにそれを柱としてきた戦後世界も揺らぎつつある。そして各国も社会的格差・断裂の深まり、非正規労働・移民労働の形態での野蛮な搾取と貧困の拡大、医療・教育・住宅等社会的基盤のの綻びと軋み等々、「福祉社会」が「弱肉強食社会」へと変貌してきたその閉塞と軋みに喘ぎ、揺らいでいる。
この時代の転換は、前世紀89年の旧ソ連―東欧の崩壊よりより広く、深い、根底的なものとなるだろう。

 そうして今、人々は"変化""変革"を時代の課題へと押し上げている。"変革"を求める潮は、既にラテンアメリカ諸国の民衆運動の高まり等にくっきりと刻されてきたが、アメリカ大統領選におけるオバマの"Change=変革"の呼びかけは、民衆の"変革"への欲求を草の根から突き動かし、他方では支配階級の側での余儀なくされている"変化"への手探りをも敏感に反映するものであった。いずれにせよこの"変革"を求め、"変化"を志向するうねりは世界的な潮となっていくであろう。
   だが、この"変革"(あるいは"変化")はどのようなものなのか。またどこに向かってなのか。真の希望はどこにあるのか。それが時代の問いであろう。

 今の、時代の大きな転換の中で、ブント結成を記念し、60年安保世代の人達に歴史を振り返って頂きたいと思う。若き日の思いと情熱を、懐旧のなかに、過去の輝く歴史として共有したいと熱望しているのは私たちだけではないだろう。その中から何を学び、何をくみとるかは、参加する個人に帰属する。そのことを含めて、その後の50年を振り返り、そこからどれだけかの継承すべき経験と教訓を引き出し得れば、今を生きる私たちにとってのどれだけかの糧とすることができよう。
 この新しい時代の大きな転換期の中で、ブント50周年記念集会への参加を呼びかけます。

【日時】12月21日(日)13時~17時(12時半開場)
【主催】60年安保ブント結成50周年記念集会実行委員会
【場所】文京区民センター2A(地下鉄、春日駅)  会場費 ¥500
【呼びかけ人】石井暎禧、大下敦史、川音勉、蔵田計成、佐藤浩一、新開純也、長崎浩、       西村卓司、前田裕悟、槙渡、八木健彦
【連絡先】〒101-0065東京都千代田区西神田3丁目1番ウィンド西神田ビル502号、      ℡03-5213-3238 ファックス03-5213-3239 mail jokyo@cup.com(情況社)

■賛同人を募ります。上記連絡先に御一報下さい。

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当記事へのコメントについて

  下のようなコメントを頂きました。感謝します。

 しかし、このコメントは、残念なことですが、当記事の内容を理解されていません。とくに、このコメントの民主主義の定義は、形式的だと考えます。

 「政権交代を可能にする政治制度が民主主義」とうのが、このコメントの民主主義の定義である。ここにある一つ一つの用語、政権、交代、政治、制度、これらの内容が明らかでないと、この定義が、リアリティを持つのかどうかが明らかにならない。goo辞書の民主主義の定義はこうなっている。

 【民主主義】〔democracy〕人民が権力を所有し行使するという政治原理。権力が社会全体の構成員に合法的に与えられている政治形態。ギリシャ都市国家に発し、近代市民革命により一般化した。現代では、人間の自由や平等を尊重する立場をも示す。

 これにたいして、コメントの定義、「政権交代を可能にする政治制度が民主主義」が、民主主義の制度的一側面、政治制度という形態のみを一面的に定義として採用し、民主主義の中身について、ひとつも述べていないことは、明らかである。

 そして、そういう形式的民主主義に対して、共産党一党支配、プロレタリアート独裁権力は民主主義ではないという考えを対置している。つまり、先の形式的定義に、形式的な反対物を、それこそ、形式的に対置するということを行っている。これは、弁証法的な矛盾ではなく、形式的な矛盾である。例えば、権力の性格が、選挙によって、基本的に、交代するとすれば、それは革命的なことである。ところが、アメリカ大統領が交代しても、革命にはならない。なぜなら、それは、権力の内容、階級的性格を基本的に変更するものではないからである。だから、オバマ民主党が、ブッシュ政権に代わる次の政治権力を握ったとしても、権力の基本的性格は変わらない。政策はもちろん変わるけれども、それは権力の基本的性格を変えない程度の変更にすぎない。そのことは、アメリカの政治史の歴史を見れば、明らかである。

 それに対置されている反民主主義的な共産党一党支配・プロレタリアート独裁権力というのは、少なくとも、理論上は、一時的な権力のあり方にすぎないということは、マルクス・エンゲルス・レーニンなどの主張を読めば、明らかである。それは、権力の根本的な性格変更の時期というのは、ブルジョア革命、近代民主主義革命、の時期にも、様々な国で、共通して、あったような独裁期の権力のあり方であるにすぎない。日本の明治維新を見てもそうである。帝国議会ができるまで、薩長藩閥政府は、暴力に依拠して政権を維持していた。それに対して、ソ連はどうかというなら、私は、ことに、1920年代以降、プロレタリアート独裁権力からブルジョア的な権力性格に戻ったものと見ている。現に、ソ連では、様々な制度やものを、西欧諸国などから輸入した。それを、形式民主主義の衣であまり包まなかっただけである。その代わりに、かれらの内部では、事実上の政権交代、派閥抗争、などが行われたのであり、そういう意味での政権交代を繰り返している。それは、今の中国でも同じである。日本は、戦後長く、自民党一党独裁の時期があったが、内部の派閥抗争と合従連衡によって、権力の交代を繰り返してきた。自民党は、金や利権で、支持団体を広げ、政権を維持してきた。

 もちろんgoo辞書の定義も形式的であり、例えば、人民という概念は、無内容である。この場合、人民の中身は何かということがわからないと、人民の権力というのは何かもわからない。人民は、いろいろな階級・階層に分かれており、それぞれが別々の共通利害を持っている。どの層・どの階級の利害を政治的に代表するか、それがその政治の性格、内容を規定する。そして、権力の性格を規定するのである。だから、共産党一党支配、プロレタリアート独裁、が、プロレタリアートの利害を代表する政治的形態であることも、その内容の政治的性格を持つこともありうる。逆の場合もありうる。それは、こうした形式的定義、形式的対置、形式的矛盾、を、とらえることでは、とうてい理解できない。しかも、当記事では、共産党一党支配のことも、プロレタリアート独裁のことも、一言も述べていない。草の根民主主義、労働者民主主義、大衆民主主義について述べただけである。それを、共産党一党支配、プロレタリアート独裁につなげたのは、明らかに、形式的な民主主義の定義、観念、図式に無理矢理、あてはめて、裁断したものにすぎない。だから、やってもいないことを、ご都合主義かどうかと問われても、答えようがない。そういう設定自体が、形式的で、中身がないので、なんともしようがない。もっと、民主主義の中身について、しっかりと、考えましょう、もちろん、私もですが、という他はありません。

 オバマ選挙という事例から、その現実から、民主主義について考え、学ぶということが必要と考えたのが、当記事です。

  政権交代を可能にする政治制度が民主主義であり、それを阻むものを民主主義派と言わないとすれば、当然共産党一党支配、プロレタリアート独裁権力は民主主義でないはずで、それを矛盾なく捉えるのは御都合主義ということでよろしいか。

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日本の失われた10年から自由主義的な教訓を引き出した韓国中央日報

 サブプライム・ローン破綻に発する金融危機後の世界的景気後退は、中小諸国にとりわけ深刻な影響を及ぼしている。アジアでは、アジア通貨危機に際して国家破産に陥り、IMF管理下に置かれ、構造調整策を強いられて、苦しい生活を余儀なくされた韓国が、ふたたびウォン安による輸入物価の高騰、外貨準備の急速な縮小、金融部門の危機、自動車などの製造業の生産縮小などの経済的な危機に見舞われている。それに対して、『中央日報』日本語版は、社説で、自由貿易主義を主張しつつ、日本の「失われた10年」を教訓化しようという以下の記事を掲載した。

 アメリカ大統領選は、民主党オバマが、アメリカ初の黒人大統領となった。彼は、民主主義派であって、それもブルジョア民主主義派の一員である。とはいえ、彼を支持した下中層の中には、労働者的大衆的民主主義派が多数存在していた。いわゆる草の根と言われるようなマスの運動があった。そのこと、とりわけ、黒人下層、1960年代の公民権運動からも取り残され、その後も放置されてきた下層の人々まで、はじめて投票に行ったというようなエピソードによっても示されている。移民労働者もまたオバマを支持した。このようなアメリカ社会の下層の人々の選挙における投票という政治行動やその他の政治活動(インターネットによる支持や小口カンパ、等々)、こうしたオバマ支持の中下層の政治運動は、ブルジョア民主主義派として、上層に譲歩を重ねるオバマへのいっていの下からの圧力となるだろう。しかし、それだけではなく、下層の独自の利害を鮮明化し、その政治の実現を目指す独自の労働者的な政治の下に、かれらの多数を結集するイニシアティブを形成することが、求められている。民主主義派一般として、ブルジョア民主主義派と明瞭に区別のないまま、オバマを押し出した下層大衆の解放運動の独自の利害を鮮明化し、それを組織することが必要なのである。

 それにしても、このような中下層大衆の巨大な政治行動が現実政治を動かしたことの意義は大きいものがあり、歴史的といってもいいものだ。公民権運動は、結果的に言えば、一部を除いて、下層大衆の中から、一部エリートを社会の上層に引き上げたが、その中からは、下層大衆の搾取にたいして闘うことなく、支配階級入りする者もでた。その代表的な人物が、ブッシュ政権のライス国務長官である。それに対して、オバマの師であった牧師は、差別的なアメリカを公然と批判する戦闘的民主主義者であって、シカゴの下層社会で社会活動を組織している。若きオバマは、ハーバード大学で法律を学んだエリートだが、この下層コミュニティー活動のオルガナイザーとして活動した。彼は、実際に、下層の中で活動し、知識だけではなく経験によっても、その実際を学んだ人物である。このような人物だからこそ、ブッシュ政権によって痛めつけられ、搾取されてきた下層大衆の行動を引き出すことができたのである。もちろん、経験ばかりなく、その思想、感性、態度、等々によって、こうした層の利害を理解し、表現し、政治的に組織することはできるわけであるが。

 自由主義派にたいする民主主義派の勝利、そしてその中で、政治行動に立ち上がった下層大衆の力を見せつけたのが、今回のアメリカ大統領選挙のおおまかな政治的意味である。これは言うまでもなく出発点にすぎない。オバマは、自動車産業の公的救済など産業資本よりの政策を打ち出している。それによって、こうした層に多いブルーカラーなどの雇用を作ろうとしているわけだが、それが、すでに膨大に形成されているアメリカの下層大衆の全体の生活レベルをどれだけ押し上げられるかは不透明である。また、アメリカ政治が内向きになった時には、日米経済摩擦のような事態が起こる可能性もある。もっとも、アメリカにおける製造業の中心地は、南部に移りつつあり、自動車産業のような北部の伝統的な民主党の支持基盤である製造業労働者は減少しているし、根本的には、GMに典型的なように、アメリカの製造業では、製造業というよりは金融業化が進んでいて、国際競争の中で、再度、製造業を立て直せるかどうかはわからない。第二に、オバマ政権の政策は、大幅な財政支出をともなうだろうから、国債増発という事態もありうるわけで、その場合、米国債の買い手が必要となる。第三に、これまでのアメリカの世界経済のリーダーという位置から牽引してきた、IMF・世界銀行・WTOなどに代表されるブレトンウッズ体制が、これだけの規模の世界経済危機に持ちこたえられるかどうかということがある。すでに、アイスランド・ハンガリー・パキスタンが、緊急融資をIMFに申請しており、申請国、つまりは国家破産に陥る国はもっと増える可能性がある。IMFには約2500億ドルぐらいの準備しかないので、その場合は増資話が持ち上がるだろう。

 G20金融サミットは、各国に財政支出の増大による産業資本のてこ入れを合意するだろうという見通しが報道されている。下の『中央日報』記事は、韓国において、アジア通貨危機・IMF管理の教訓として、「ものづくり」を基本にした経済危機の克服という方向性を、日本の1990年代の長期不況の経験から学ぶように呼びかけている。これは、日本のバブル崩壊の時、経済のファンダメンタルズは健全であり、金融だけが問題があるというようなアナウンスが政府や政治家から繰り返し流されたことに比べれば、まっとうな主張ではある。その後の「失われた10年」の実際は、リストラ、労働強化などによる合理化の10年であって、大衆の多くにとっては耐乏と犠牲と生活条件の悪化の10年であった。おまけに、大企業正規雇用社員の組合として純化した「連合」は、企業のリストラ・合理化に協力することが多かった。そして、2000年代に入ってからの景気回復は、一部を除く多くの人々の生活条件の悪化をともないつつの企業業績のみを太らせ、一握りの金持ちだけをうるおしたのであった。

 下の記事は言う。「失われた10年」を克服するために日本人は自助努力をしたと。正確に言えば、多くの日本人は、「自助努力」を強いられたのである。政治的には、自らの真の政治代表をもてず、それに抵抗する力をそがれていた。支配階級は基本的にはやりたい放題という状態であった。『中央日報』は、基本的に、自由主義新聞であるようだ。その政治思想的立場からリストラや生産性向上のために自助努力することを、日本の教訓として引き出しているのである。この記事は、あの時代のトヨタのように、コスト・ダウンをはかり、「乾いた雑巾を絞る」ように自助努力につとめよと主張する。日本の経験は、この「乾いた雑巾」とは労働者大衆のことであり、労働者大衆を搾り取ることが、「失われた10年」の大企業の基本姿勢であったことは隠しようもない事実として、痛い経験として記憶されている。大企業や大金持ちたちは、それほど痛みも犠牲もたいして払わず、政府による手厚い支援を受けた。現在の景気後退局面にあっても、大企業には、これまで蓄えた莫大な蓄積が社内留保という形で残っている。消費よりも貯蓄という蓄積根性、節約根性は、ここに生きている。そして、「日本精神」たる「ものづくり」は、生産性向上、言い換えれば、人件費の削減ということになるが、それは、蓄積のための犠牲の大衆への転嫁を意味しているのである。そして、この記事は、ものづくりのために人間があるのであって、人のためにものづくりがあるのではないという転倒を称賛する。自助努力だって? こんな転倒した目的のための努力が自助努力に値するというのか? 自由主義者のこうした転倒した頭には、民主主義派とりわけ労働者民主主義派のまっとうな共同努力で置き換えることが必要だ。

 アメリカにおいて、そして日本でもやがてそうなるだろうように、自由主義に対する民主主義の勝利という政治的前進が、それを明らかにすることになろう。『中央日報』の自由主義もまた韓国の大衆の民主主義政治の前進によって退けられるだろう。

 

韓国中央日報日本語版11月6日

 日本の‘失われた10年’から学ぶ

 ‘ものづくり’で難局突破

 ‘失われた10年’は韓国でもよく知られている言葉だ。日本が1990年代初めからのバブル経済崩壊による傷を治癒するのにかかった時間を意味する。あれから10余年が過ぎたが、日本経済は以前の体力を完全に回復できていない。‘失われた10年’の間、日本政府がとった対策は致命傷の患者の命を救う‘ 大手術’だった。

  その間、日本の国民と企業が見せた自助努力は回復に向けた‘リハビリ’過程だと言える。歴史は繰り返される傾向にあるが、全く同じく再現されるわけではない。 登場人物と時代的状況が異なるからだ。しかし歴史の鏡を注意深く眺めると、それが教訓であれ反面教師あれ、学ぶ点は多い。 日本は‘失われた10年’に何をしたのか。

  ◇日本バブル‘手術費用’100兆円

  過去、日本がバブル経済崩壊による不良債権規模が把握できずに慌てている時、大蔵省や銀行は10兆円前後という安易な推定値を出した。 この時、少なくとも80兆円は超えると主張して世間の注目を受けた人物がいる。 三国陽夫氏だ。1963年に東京大学法学部を卒業した後、野村証券に勤め、現在は債券格付け会社の三国事務所を経営している。

  偶然かどうか分からないが、三国氏の推測はほぼ正確な値をとらえ、日本の不良債権規模は100兆円と表れた。その三国氏が最近、当時の計算方式を使って米国の不良債権総額を推算し、再び注目を浴びている。 3兆ドル。日本が‘失われた10年’を収拾するのに投じた費用の3倍だ。   

  その間、日本の国民と企業が見せた自助努力は回復に向けた‘リハビリ’過程だと言える。歴史は繰り返される傾向にあるが、全く同じく再現されるわけではない。 登場人物と時代的状況が異なるからだ。しかし歴史の鏡を注意深く眺めると、それが教訓であれ反面教師あれ、学ぶ点は多い。 日本は‘失われた10年’に何をしたのか。

 日本の‘失われた10年’から学ぶ(2)

  国際通貨基金(IMF)は9月下旬の時点で、世界金融機関の損失は総額1兆3000億ドルにのぼる、と推算した。しかしこの金額は今まで何度も修正されているため、さらに増える公算も大きい。市場関係者もこの程度の金額で収拾する状況ではないと悲観的に見ている。現在としては、米国発金融危機を収拾するのに必要な費用は過去の日本をはるかに上回るのは明らかだ。

  米国政府も危機を克服するのに‘失われた10年’の教訓を活用した。 過去の日本政府がとった治療法と似たものだ。速度は10倍速い。 日本が不良債権処理のために使った金融安定化対策は大きく3段階。まず資金を大量供給し、短期金融市場で銀行間の資金取引を円滑にさせる流動性供給を実施した。資金難のため銀行が連鎖破綻するのを防ぐための緊急措置だった。

  次は不良債権の買い取りだ。 民間銀行の共同出資または公的資金を投入する方法で不良債権回収機関を設立し、不良債権を銀行の貸借対照表から分離した。 最後の段階が、不良債権の処理過程で資本が減った銀行に公的資金を投入する措置だ。

  金融危機が膨らむと、米国が足早に世界各国の中央銀行と協調し、流動性確保を図ったのは第1段階に該当する。 しかし第2段階に該当する不良債権買取機構の設立過程でブレーキがかかった。 不良債権処理のために税金を投入することを良しとしない米国国民の考えからだ。

  7000億ドル規模の公的資金を投入する救済金融法案が下院で否決されたのだ。その後、法案を修正して通過したものの、公的資金投入に対する国民の不満は大統領選を控えた米政界でも大きな負担になった。1995年末、住宅金融専門会社の処理のために税金を投入することを閣議で決めたのは自民・社民・さきがけの連立政権の村山富一首相だった。

  しかし翌年初め、村山首相が突然辞任し、自民党の橋本龍太郎首相が銃帯を巻いた。 前途が険しい米国も当時の日本と同じく政治の空白が負担だ。 ブッシュ政権末に金融危機が浮上し、新しい大統領がこれを収拾するという状況が似ている。

 日本の‘失われた10年’から学ぶ(3)

  ◇製造業者が流した血涙

  米国発金融危機の爆風を待つ韓国も緊張を緩めることができない。不動産景気の沈滞が長期化する兆しがすでに表れていて、金融機関に不良債権危機をもたらす公算が大きいからだ。危機が迫っている時に慌てると、さらに大きな打撃を受ける可能性もある。米国と日本が金融危機をどのように扱っているのか慎重に観察しなければならない理由だ。

  日本が‘失われた10年’を克服したことから教訓を見いだす場合、見落とせないのが製造業者の血のにじむような自助努力だ。金融危機で深刻な不況に陥った日本の製造業者は‘ものづくり’の基本精神へ戻った。 消費者が望む品質の良い製品を安く作りだす職人精神だ。自動車業界を代表するトヨタが先頭に立った。

  1990年代初め、バブル経済崩壊による長期不況と円高の余波でほとんどの日本企業が莫大な打撃を受けた。トヨタも93年、経常利益が25.5%も減少するほどで、初めて危機に直面した。しかしトヨタはコスト削減プログラムを稼働しながらも品質改善に拍車を加えた。従来の部品の活用率を高め、設計期間を短縮することで、新車開発期間を18カ月も短縮した。

  また部品を標準化してモジュール生産体制を構築し、製造過程を大幅に減らした。事業改編と競合他社との部品協力で年間400億円の部品購入費を削減する努力も同時にした。‘乾いた雑巾を絞る’という言葉もこの時に出てきた。こうした努力で94年に13億ドルを下回った純利益は翌年また27億ドルに増え、現在は売上高はもちろん技術面でも世界自動車業界をリードする超一流企業に生まれ変わった。

  米国の金融危機は過去の日本以上に深刻だ。また本質的に異なる点はトヨタのような製造企業が存在しないという点だ。米国の不良債権は複雑な証券化商品となって拡散している。 これらは時価で評価されるため処理を遅らせることはできない。証券化商品は市場で価格が形成されなければ資産価値はさらに落ちる。買い取る人がいない証券化商品を大量保有している金融機関は評価損が急激に増え、流動性危機に直面し、経営危機に陥ることになる。   

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アメリカ大統領選、黒人初の民主党オバマの勝利

 アメリカ大統領選挙は、民主党オバマ候補がダブルスコア以上の大差をつけて圧勝した。

 オバマは、変革を呼びかけ、それがアメリカ人の多数の支持を得た。アメリカでは、自由主義派の共和党と民主主義派の民主党が政権後退を繰り返してきた。初の黒人大統領の誕生は、アメリカにおける民主主義派の自由主義者の勝利を意味している。

 弱者、労働者、被差別者は、ブルジョア的であろうとプロレタリア的であろうと民主主義派のもとに結集した。アメリカの多数者は、ブルジョア民主主義派を選んだが、その中に、労働者民主主義思想を打ち込もうとしたのだ。

 悪辣な黒人差別的なキャンペーンをもいとわなかったアメリカの自由主義者と共和党支持者は、アメリカ南部の黒人奴隷を差別してきた人種差別主義的な保守的地主や南部ブルジョアジーの強い影響を受けている。それに対して、アメリカの民主主義派は、平等を求めて、オバマを大統領に押し上げた。

 物質力や知名度に劣るオバマが、ヒラリーに勝ったのには、草の根の支持者の一人一人は小さいが集まると巨大なものになった支持・支援があった。小口寄付の積み上げでやボランティアによって、全米に数多くの選挙事務所を構えることができた。そして、インターネットを通じた支持キャンペーンが取り組まれた。黒人差別を批判し、差別的なアメリカを批判した教会の師との絶縁など、左翼・過激派・反愛国主義者と見られることを防ぐなど、融和的な策も取った。アメリカ大統領選挙ではしばしば見られるもので、大衆世論に迎合するために、政策を選挙中でも修正したのである。先の大統領選挙では、ブッシュが、民主党の政策にすりよっていき、最後には、どっちも似たような政策を訴えるようになった。もちろん、当選してしまえば、選挙中の約束など忘れられてしまう。

 オバマがどういう政治をするかをこれから見てみないと、実際のところはわからない。アメリカの大衆の多数が彼を支持することで何を期待しているかは明らかになった。平等・貧困からの脱出、平和、格差是正、経済再建、国際協調政治、などである。イラクからの早期撤退も求めたことは明らかである。

 

米大統領にオバマ氏、黒人で初…民主8年ぶりに政権奪回(2008年11月5日 読売新聞)

 【ワシントン=五十嵐文】米大統領選は4日夜(日本時間5日朝)、全米各地で順次、開票が行われ、民主党のバラク・オバマ上院議員(47)が共和党のジョン・マケイン上院議員(72)を破り大勝した。

 オバマ氏は来年1月20日、第44代大統領に就任、米史上初の黒人大統領が誕生する。大統領就任時43歳だったジョン・F・ケネディ、46歳だったビル・クリントン両氏に続き、戦後では3番目に若い大統領となる。副大統領にはジョゼフ・バイデン上院議員(65)が就任する。

 6年目に突入したイラク戦争や金融危機で米社会に閉塞(へいそく)感が充満する中、「変革」を訴えたオバマ氏に期待が集中し、人種の壁を打ち破った。民主党の政権奪回は、クリントン政権(1993~2001年)以来、8年ぶりとなる。民主党は、大統領選と同時に行われた上下両院選のうち上院でも過半数を維持した。

 オバマ氏は、04年の前回選挙で共和党が勝利したフロリダ、オハイオ、ニューメキシコなどの各州を制したほか、44年ぶりにバージニア州も奪還。NBCテレビによると4日午後11時(日本時間5日午後1時)過ぎの時点で、選挙人数は当選に必要な270人を大きく上回る333人に達した。

 オバマ氏は選挙戦で、米史上最低レベルの支持率にあえぐブッシュ政権との違いを強調した。外交ではイラク駐留米軍の早期撤退を公約。9月に金融危機が深刻化し、経済の立て直しが最大の争点となると、金融市場に対する規制強化など暮らしに配慮した政策を打ち出し、支持を拡大した。

 ケニア出身の黒人の父、米国人の白人の母の間に生まれたオバマ氏は、人種や党派の違いを超えた「統合」を訴え、若者を中心に「オバマブーム」を巻き起こした。

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緊急経済対策によせて

 世界金融恐慌の勃発で、日本の株価が下落、実体経済に影響が波及してきたことを受けて、麻生総理は、緊急経済対策を発表した。そのうち、30日に彼がぶちあげたのは、地方の高速道路料金の上限を1000円とすることや2兆円規模の「生活支援定額給付金」の年内支給案である。

 前者については、道路公団改革が実際にはたんなる見かけだけのものにすぎないことを暴露したものである。政府からの独立を掲げて行われた道路公団民営化の実態とは、政府官僚の道路公団支配を表向き隠すだけのものにすぎなかったわけである。政府は、高速道路料金を時の政策の都合でいくらでも自由にできるのであり、民間会社となったはずの道路公団は、市場の需要供給によって高速料金を決定できないのである。国は、道路に関する決定権を握ったままなのである。電力会社も似たような産業であるから、電気料金についてもわれわれは疑ってみるべきである。1970年代のオイルショック下で、大企業・独占企業が、物価上昇の中で高利益を上げたことがあったからである。

 われわれは、高速料金の算定基準や電力料金についての算定基準を具体的に知らされておらず、たいていは、企業秘密の壁があって、わからないようになっている。市場が決めるといっても、これらの業種は独占状態にあって、市場原理は純粋には貫徹していない。高速道路料金には、運送コストとして商品価格に入るし、電力料金もコストに入る。基本的には、他産業向けと個人消費者用とは料金体系が区別され、二重の価格体系になっている。一般に報道されるのは、個人消費用の部分であり、産業向けの料金については報道されることは少ない。価格改定の影響は、個人消費・貯蓄と産業状態との二つの経路で現れる。産業向けに比べて大きな比率で個人向けの電力料金が引き上げられるということも考えられる。

 最近は円高や原油穀物などの国際価格が低落しているので、日本では消費者物価の下落傾向が強まっている。賃金水準ではなく、物価水準が実質賃金水準を動かしているような状況では、消費者物価、それも生活関連の物価の動向に人々は敏感にならざるをえない。かつて、ケインズは、『一般理論』で、労働者は、名目賃金の騰落には敏感に反応するが実質賃金の上下にはあまり敏感に反応しないと言った。しかし、1970年代の日本での物価上昇にたいする反対運動の高揚は、ケインズのこうした見解をくつがえすものであった。彼は、当時の彼の目の前のイギリスの労働運動を見てそう思ったのだろう。しかし歴史は変わり、人間も変わるし、運動も変わる。こうした歴史的変化の動因を組み込んだ一般経済理論を構築しようとする試みが行われたが、そのような試みの一つであった不均衡動学は失敗した。その原因の一つは、近代経済学の前提としてある静態的な人間像であり、心理学である。変化する人間像を組み入れた歴史理論は、どうしたって、マルクスのような唯物史観に接近する。シュンペーターしかり、ワルラスしかり、マックス・ウェーバーしかりである。そして、哲学では、ハイデカーである。

 かれらは、まっすぐに唯物史観に行かずに失敗した。それでも、チャレンジしたことは評価されていい。それに対して、新古典派は、古くさい人間像に固執し、後追い的に現実を数字や表で帰納法的に解説することしかできない静態的な態度を基本とし、現実政策の上では、資本家向けのサービス政策しか提言できず、結局は、多くの人間を不幸に追いやることしかできない。サブプライム・ローン破綻に発した世界金融恐慌がその帰結である。それについて、アメリカの影響力のある近代経済学者の一部には、早くから危険性の認識があったにもかかわらず、それを事前に防ぐことはできなかった。政治権力は、実際の社会の支配者であるブルジョアジーによって支配されており、経済学者の多くはその子飼いのイデオローグにすぎない。社会的に力のない者は、政治的にも力がなく、イデオロギー的にも力がなく、経済学においても力がないのである。しかし、そのような状態をくつがえすことは可能であり、相対的な力関係は変化しうる。現に、アメリカ大統領選挙では、力の弱い者たちは、小口の寄付を数多く民主党オバマ候補に集中させることで、彼を通じて、力を拡大しようとしている。もちろん、アメリカの大統領選挙は最終的には大金持ちの二つの陣営による統治権の交代劇にすぎないのだが、それでも、その中で、多少の弱者の力の増大は可能である。

 それには、弱者の運動が新たに獲得した条件を利用して、さらに自らの力を増大させる団結した運動を発展させることが必要である。大統領選挙はその一ステップにすぎないのである。そのような形で運動を進められるかどうかが、次の時代の強者と弱者の力関係を形成するのである。もちろんその他の要素も絡んでの話であるが。

 麻生総理は、経済情勢を見て、3年後ぐらいには、消費税増税もありうるとしている。消費税は言うまでもなく逆進性の強い不公平税制であり、とくに、社会格差が増大している状況ではそれがより強く作用することは明らかである。もし、社会格差が小さく、所得の平等性が高い場合には、それは公平性が高い。しかし、それは、資産格差のこともあるし、全体的な再分配政策と絡む問題であり、先に使う2兆円の税金をそれで後から補填しようとような単純計算でどうこうすべき問題ではないことは明らかである。一度増税したら、取りやめるまで続くのである。2兆円増収になったら増税をやめるのかどうか、麻生総理はなにも語らなかった。この政策は、景気低迷に対して、政府としてのアナウンス効果を狙ったもので、この程度の規模では消費浮揚の効果は小さいということは経済アナリストの間からも出ている程度のことである。そして、さっそく、与謝野経済財政相は、高額所得者にまで金を配る必要はないとして、政策の手直しを求めている有様である。とにかく、麻生総理は、支持率低落傾向が各種世論調査に出たことで、総選挙先延ばしをはかり、景気対策をアピールすることで、支持率を上げることにやっきとなっているのである。

 日銀は、政策金利を引き下げている。ただでさえ低金利状態なのに、この程度の小さな金利引下げが、この経済状態を改善するのにたいした力はないことは自明である。とりあえず、悪化を防ぐ、あるいは悪化のスピードや規模を小さくするということなのだろう。基本的には、巨大なアメリカ市場の需要が回復しないとこの状態は収まらない。日本の円だけが上がっていて、独歩高である。その他の国々では、通貨安になっていて、それが、輸入物価の高騰を招き、財政悪化を引き起こしている。アジアでは、すでに、アジア通貨危機の際に国家破産し、IMFの管理下におかれた韓国の危機が深刻化する可能性が強い。ヨーロッパでは、アイスランド、ウクライナ、ハンガリーが、IMFに融資を求めている。かつてイギリスがIMF管理下に入ったことがあるが、ヨーロッパ諸国内で国家破産の危機に瀕する国が出てきているのは、世界金融恐慌の規模の大きさ、深刻さを表している。今後、アメリカが、比較的に金融恐慌の影響が小さい日本にたいして、減税などの経済対策予算の増大にたいして、アメリカ国債の買い増しを要求してくるかもしれないし、IMF融資が増大すれば、IMFへの出資を増額するように言ってくるかもしれない。行き場を失ったマネーは過剰となっている。金はあるが人々の生活が苦しくなっていく。それが資本主義の法則である。

 エンゲルスは、『住宅問題』で、いくらでも住宅はあるのに、プロレタリアートが狭く不衛生な小部屋で多人数の家族がすし詰めになって劣悪な住宅にすんでいるという住宅問題について書いている。物も金も有り余っているのに、多くの者が困窮するのが資本主義制度であると彼は述べた。社会民主主義がある程度うまく言っている国では、この制度の矛盾はある程度緩和されている。その場合には、大きな政府で、税金が高い。それらの国では、政府・労組・企業・住民の間で、負担と給付についての社会的合意が確立している。高負担だが高福祉である。労組の組織率は、8割に達する国もある。企業は、企業福祉の負担がなく、賃金は産別業種別の同一労働同一賃金であるから、個別企業ごとに決定する必要がない。企業負担が少なく、それを国と社会が負担している。企業は、投資に積極的である。失敗しても、生きていけるし、生活可能だからである。もちろん、福祉国家に問題がないわけではない。このような福祉国家共同体のメンバーに入るのは大変だし、経済状態によっては、高負担は、国家財政の危機を引き起こすこともある。グローバル化の中で、そうした危機に陥った福祉国家もある。だが長期的に見て、アメリカ型の新自由主義国家が、高成長によって社会的資源を短期間に最大限に使いきってしまって危機に陥るよりは、持続的な安定した社会体制であるということは言える。日本の社会民主主義は、このような北欧型福祉国家体制、ネオ・コーポラティズム体制を形成することができなかった。労働運動の中でも、こうした勢力は小さくなった。社民党は本来こうした方向を目指すべきだったろうが、そうした社会的合意を形成し、そうした社会体制を構築することができなかった。今後、それが可能かどうかはわからない。

 いずれにしても、この金融恐慌の中で、未来の選択肢について社会的な議論をやってもいい状況だ。ブルジョアジーの政治勢力がそれに成功する見込みは少ない。とすればより根本的な解決策が社会的に浮上してくる可能性が高い。それにたじろぐことなく、歴史・社会・情勢・大衆が指し示す方向に向かっていくことが必要である。

 麻生政権は、なりふりかまわぬバラマキで、政権浮揚をはかり、解散総選挙の引き伸ばしをはかり、小沢民主党は対決姿勢を強め、金融安定化法案に反対している。麻生政権の狙いは、金融安定化法を早く通して、公的銀行救済をはかることにある。それに対応したのが、日銀の利下げである。そして、アメリカ大統領選挙後には、国際金融サミットが開かれる。そこでは、新世界経済体制へのドクトリンが議論されるという。今のところ、新たな世界経済体制のプランは、どこからも出ていない。相変わらず、日本では、戦後世界を規制してきたブレトン・ウッズ体制を前提とした議論しか聞こえてこない。それに対するグローバリズム体制は、修正を迫られるだろうし、すでになし崩しに変化している。WTOは新たな合意を作られず、新ラウンドは挫折している。各国政府は、市場への公的介入を強めている。危機の時代はチャンスの時代でもあるということが言われるが、労働運動その他の大衆の力を増大させる機会にもなる。現在の支配者たちは、この危機に直面して動揺しているからである。

「定額給付に所得制限」 1千万円前後を経財相示唆
『読売新聞』(2008年11月1日)

 与謝野経済財政相は、1日に出演した民放番組で、追加景気対策の柱である総額2兆円の「生活支援定額給付金」について、一定の所得以下の世帯に支給対象を絞る考えを示した。

 具体的な線引きについては明言しなかったが、「いろいろな説がある。800万円とか、1000万円とか、1200万円とか」と述べ、おおむね1000万円前後を想定していると示唆した。

 麻生首相が10月30日に対策を発表した際には、「全世帯について実施する。4人家族で約6万円になるはず」と述べ、所得制限を設けず全世帯を対象に支給する内容だった。与謝野経財相の発言は「ばらまき」批判を受けたものと見られるが、今後論議を呼びそうだ。

 与謝野経財相は番組の中で、「年収3000万円とか4000万円とかもある人に支援が必要かという問題がある。高い所得層の人にお金を渡すというのは、普通の常識から言って変だ」と述べた。

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