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アメリカ現代思想理解のために(9)

 次に自由の意味が変質した1940年代において最も「自由」の本質論として、社会心理学者のエーリヒ・フロムの『自由からの逃走』(1941)とフリードリヒ・ハイエクの『隷従の道』(1944)をあげる。

 フロムは、ドイツのフランクフルト学派で、ナチスの迫害を逃れて、亡命したユダヤ人である。ハイエクは、経済学者で、自由主義的思想家である。

 フロムは、近代の資本主義経済が、人間を伝統や共同体の絆から解放し、自由な個人を生み出したが、他方では、個人は孤独感を持ち、神経症的になり、「自由ゆえの孤独感、無力感に耐えきれなくなった個人は、自由から逃げ出し、命令を与えてくれる外的権威に進んで従おうとする権威主義的性格を示すようになる」(40頁)と主張した。それが、ファシズムを生み出すと彼は言うのである。フロムは、そうならないための方策を以下のように述べた。

 人間が社会を支配し、経済機構を人間の幸福の目的に従属させるときにのみ、また人間が積極的に社会過程に参加するときにのみ、人間は現在かれを絶望―孤独と無力感―にかりたてているものを克服することができる。人間がこんにち苦しんでいるのは、貧困よりも、むしろかれが大きな機械の歯車、自動人形になってしまったという事実、かれの生活が空虚になりその意味を失ってしまったという事実である。(・・・)デモクラシーは、人間精神のなしうる、一つの最強の信念を、ひとびとにしみこませることができるときにのみ、ニヒリズムの力に打ち勝つことができるであろうる(日高六郎訳『自由からの逃走(新版)』、東京創元新社、1965年、302頁)(41頁)。

 ハイエクは、『隷従への道』で、「社会主義者は、欠乏からの解放や社会的正義としての平等などを理想として掲げ、それを「新しい自由」と呼んで、計画経済を正当化しようとする。しかし計画化を進めていこうとすれば、どう(41頁)しても議会での討論を中心にして多数の人々の合意を得るという手順を経ることなく、中央で誰かが一元的に決定することが必要になってくる。計画化はデモクラシーと最終的に矛盾するのである」(41~2頁)と述べる。さらに、氏によれば、ハイエクは以下のように全体主義体制を批判したという。

 計画経済は経済活動の自由を制約するに留まらず、我々から基本的な選択の自由を奪うことになる。全体主義体制に生きる人々は、中央から与えられる計画に合わせて欲望を満たす生活を送ることを強いられるようになる、社会計画化によって単一の目的体系が出来上がると、各個人は社会または国家のような、より高次の目的に役立つ単なる手段でしかなくなる。そうした全体主義社会では、各人が、全体の目的を自分の目的であると考え、支配者が与える計画に対して不信を抱かないよう、思想の「画一化」に向けての宣伝・教育が行われる。(42頁)

 こういうことを言われると、すぐに納得してしまいそうになるのだが、ここで、個人という概念がわかっていないし、計画とか経済とか国家とか社会とか、なんだかわからないということに注意する必要がある。なんとなく、あれのことかと表象するものが頭の中に浮かぶが、それとここで言われていることが一致しているかどうかわからない。ここには、予め、高次の目的とかいう価値判断が入っていて、それは、問われなければならないことである。役立つというのもそうだ。誰にとって何の役に立つのか。つまり、ここには、効用が普遍的なものとしてすでに入り込んでいる。自分とは何か、それも問われていない。その上で、ハイエクは、以下のように言っている。

 はなはだしい窮乏に対して適当な保障を与えることや、避けえられる労力誤用の原因、したがってまたその結果としての失敗を減らすことが、政策の主要目的の一つであることについては問題はない。しかしこのような努力が成功し個人的自由を破壊しないためには、保障は市場の外で提供され、競争は妨げられずに作用するようにされなければならない。(・・・)自由を犠牲にして手にする保障を激賞する、知的指導者たちの現在の流行ほど致命的なものはない。われわれは自由というものが一定の価格を払って初めて得られるものであるということ、そして個人としてのわれわれが自由を保持するためには、きびしい物質的犠牲を払う用意をしなければならないということに、目を開くことを虚心に再認識する必要がある。(一谷藤一郎・一谷英理子訳『隷従の道(改版)』、東京創元社、1992年、169―170頁)

 これをよく考えてみると、ハイエクは、あらかじめ「個人的自由」「個人としてのわれわれ」という形で、個人主義を無前提に価値あるものとして設定して表明していることがわかる。そのためには、競争が妨げられないようにしなければならないし、自由には価格の支払いが必要だし、自由を保持するためにはきびしい物質的犠牲を払わねばならないというのである。こうした自由観は、カントの人間に先天的に備わる道徳律・良心の存在、そして、それが理性的格率であるが故に厳格に守られねばならぬとしたことを下敷きにしているものだ。これは、英米で主流である経験主義的・帰納主義的な道徳観とは異質である。もちろん、プラグマティズムとも異質である。ただ、カントの哲学は、折衷主義的であったために、その解釈には幅があることに注意する必要がある。われわれは、現実の市場が人を自由にするどころか、隷属を生むという現実を簡単に確かめられるので、こういういい方には引っかからなですむだろう。

 ハイエクがここで言っているのは、「欠乏からの自由」のことだけであり、それなら必要なものを金を払って買うべきだということだ。国から助けてもらったら、国の言いなりになって、その命令に従うだけの人間、隷属した人間が生まれるというのである。ハイエクは、ここで、権利という概念をまったく無視しているか、あるいは軽視している。もっと根本的に言えば、国家と個人を対立させることで考えるのを止めている。国家と個人の必然的な結びつき、その統一性、関係、関連、・・・この問題の多様な面を考え尽くしていないし、そうしようともしていない。彼は、お手軽に、国家と個人を対立させ、それも一面的、外的に対立させているだけである。これらの統一を理解するというところまで考えを進めていない。だから、国家と個人の対立の止揚、その歴史的転化というところに行かずに、せいぜいが、国家が個人に対して持つ現象的な悪影響の緩和という程度のことしか言わないのである。自由と必然が結び付いているように、国家と個人は結び付いている。国家の自由と個人の自由とは、それに団体・社会の自由もあるわけだが、それらの間の権利関係を言い表したのであって、それは、歴史的具体的な力関係などによって様々に規定されているのである。

 例えば、そのことは、アメリカ建国の過程での、憲法論争の中の、いわゆる憲法擁護派で中央集権派・共和主義派のフェデラリストの『ザ・フェデラリスト』(ハミルトン、マディソン、ジェイ)と分権派的なジェファーソンらの対立を見ただけでもわかる。

 ハミルトンらは、大統領制を君主制の原理に基づいて構想し、連合性を党派性と見なして、最終的には中央集権制の中心に君主=大統領という個人を据えようとした。しかし、この試みは、各邦の権利を主張する連合派による抵抗を受けた。それと、合衆国憲法は、奴隷制を否定する原理を掲げていたが、連合派は、奴隷制に依拠する南部などを中心に反対意見も強く、実際には、奴隷制は生き延びることになる。アメリカ憲法は、こうして、対立する意見の妥協として成立したもので、そのために、それは修正を前提としていたのである。その最初の修正が、権利章典と言われる10項目の修正項目であった。国家と個人という場合、国家君主=大統領と個人が、邦に優越し、連合性に優越するというのが、アメリカの個人主義の基本的な形式になるのである。この点について、在日米大使館HPに、『ザ・フェデラリスト』第10篇が載っているので、資料として下に貼っておく。

 ともかく、ハイエクの自由論は、自由論としても貧弱であって、せいぜいが「欠乏からの自由」を限定的に認めるだけであり、それよりも、商業の自由、市場の自由を優先し、しかもその自由のみを犠牲を払ってでも守るべきだという極めてイデオロギー的、あるいは宗教的と言っていいような、絶対的な価値として自己主張しているものにすぎないのである。



1787年

ジェームズ・マディソン

  憲法の起草は、フィラデルフィア会議への参加者と同じくらい著名な人々によって行われたが、起草されても憲法の採用を確実なものにはしなかっ た。各邦には憲法の批准に対する反対派と賛成派の両方のグループや利害関係者がいた。そして、アメリカ革命までの年月にやってきたように、アメリカ人は新聞を通じて、提案された新しい政府の枠組みの長所と短所について、意見を述べ合い論議した。

  憲法擁護派は「フェデラリスト(連邦主義派)」という名前をもらったが、むしろ「ナショナリスト(国家主義派)」と呼んだ方が正確だっただろう。彼らの主な論点は、強力な国民政府を作る必要があるということを中核としていたからだ。「アンチフェデラリスト(反連邦主義派」として知られる憲法反対派たちは、各邦の連合による政府を主張していたため、実は、真の意味でフェデラリストであったのは彼らのほうだった。フェデラリストが勝利したため、歴史は反対派たちを寛大に扱わなかった。最近まで、アンチフェデラリストたちは、ある有名な随筆の言葉を借りれば、「誠意に乏しい人々」として扱われてい た。

  もっと最近になって、歴史学者たちはアンチフェデラリストの主張を見直し、彼らが権利の章典の欠如や専制政治を防ぐための権力制限の問題などの、重要な問題を提起していたことがわかった。実際のところ、フェデラリストが国民に憲法批准を促す運動を始めたのは、新たな枠組みに利点があると見たと同時に、アンチフェデラリストが憲法に反対する論調を張ったためだった。

  この論争で最も有名なのは、「パブリアス」というペンネームでジェームズ・マディソン、アレクサンダー・ハミルトン、ジョン・ジェイが書き、 ニューヨークの新聞紙上で発表された、85篇の論文である。これらの論文は、これまでに書かれた憲法解釈の中で最も権威あるものとみなされており、今日で も、憲法の意味するものを理解しようと努めている学者や弁護士に引用されている。

  この論文のうち最も有名なものが、ジェームズ・マディソンが書いた「ザ・フェデラリスト第10篇」である。この中でマディソンは、共和政体についての古典的な分析を行っている。憲法反対派は、合衆国はあまりにも大きく、余りにも多くのグループ、つまり「党派」があるため、単一の政府が民主的に統 治することは不可能である、と主張していた。マディソンは、国内には確かに多くのグループがあることを認め、しばしば首を絞め合っているように見えること を嘆いた。古典的な憲法理論は、少数派の権利を犠牲にして多数派支配による統治を行うべきだと説いていた。

  マディソンは、憲法に体現された共和制という処方箋では、さまざまな党派に対して自分たちの意見を表明し、政府に影響を及ぼすための十分な余地 を与えている、と論じた。多数派が少数派を押さえつけるのではなく、さまざまな利害関係者が互いの相違点について交渉し、多数派が統治するが、少数派に十分な配慮と敬意が与えられるような解決策に到達する。多くの党派が存在するというその事実によって、1つの党派による専制的な支配を予防することができる。そして、そうした取引が行われる媒体が、政治、つまり統治術である―というのである。

参考文献:

ゴードン・S・ウッド「アメリカ共和制の成立、1776年-1787年(The Creation of the American Republic, 1776-1787)」(1969年)

ジョージ・ウィルス「アメリカとは―ザ・フェデラリスト(Explaining America: The Federalist)」(1981年)

S・ルーファス・デービス「連邦主義の原則―意味を追求するタイムトラベル(The Federal Principle: A Journey through Time in Quest of Meaning)」(1978年)

チャールズ・R・ケスラー編「共和制を救え―ザ・フェデラリスト・ペーパーズとアメリカの建国(Saving the Republic: The Federalist Papers and the American Founding)」(1987年)

ハーバート・J・ストーリング「アンチフェデラリストが目指したもの(What the Anti-Federalists Were For)」(1981年)

ダグラス・アデアの古典「ザ・フェデラリスト第10篇再考(The Tenth Federalist Revisited)」、ウィリアム・アンド・メアリー・クオータリー8巻(1951年):48

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ザ・フェデラリスト第10篇

  よく構成された連邦には数多くの利点が約束されているが、なかでもより正確に詳しく説明する価値があるのは、連邦が持つ党派の暴力を打破し、抑制する性向である。大衆政府の支持者たちも、それが党派の暴力という危険な悪に傾きやすいことを考えると、その性格や運命について大きな懸念を持たざるを 得ない。従って、彼らは、自分が信奉する諸原則を破ることなく、害悪に対する適切な是正をもたらす案があれば、必ずやそれを正当に評価するだろう。公的な 会議に持ち込まれる不安定、不正、混乱は、実際、いたるところで大衆政府が崩壊してしまう原因となった死に至る病である。なぜなら、依然としてこれらの問題は、自由に反対する者たちがもっともらしい熱弁を繰り広げるときに好んで使う、格好の話題になっているからである。アメリカ諸邦の憲法は古代や近代の人民による政府のモデルに価値ある改良を行ったものであるが、その功績はどれほど称賛しても称賛しすぎることはない。しかし、各邦憲法が、こちら側の危険も希望し、期待した通りに、効果的に除去したと主張することは、不当なえこひいきと言えるだろう。現に公私にわたる信念や社会的・個人的自由の支持者である、最も思慮深く有徳な市民の間から、至るところで不満の声が聞こえる。曰く、政府が余りにも不安定だ。党派間の争いの中で公共の利益が無視されている。 正義の原則や少数派の権利に沿ってではなく、利害を持つ圧倒的多数の優越的な力によって、余りにも頻繁に政策が決定されている―。これらの不満が根拠がな いものであってほしい、とどれほど切に願おうとも、明白な既知の事実を見れば、ある程度真実であることは否定できない。・・・これらの事実は、すべてではなくとも、主として、党派的精神が我々の民衆を汚すために用いた不安定と不正の結果である。

  私は、党派を、全体の多数派であれ少数派であれ、ほかの市民の権利あるいは社会の恒久的・全体的利益に反するような感情あるいは利害という、何らかの共通の衝動によって団結し行動を起こす、相当数の市民のことだと理解している。

  党派の弊害を是正する方法には2つある。1つはその原因を取り除くことであり、もう1つはその影響を抑制することである。

  党派の原因を取り除く方法も2つある。1つは党派の存在に不可欠な自由を破壊するであり、もう1つは、すべての市民に同じ意見、同じ感情、同じ利益を与えることである。

  第1の治療方法に関しては、当の病気よりもさらにたちが悪いとしか言いようがない。党派にとっての自由とは、炎にとっての空気のようなものであり、それがなければ死滅する栄養物のようなものである。しかし、政治生活にとって不可欠な自由を、党派を助長するからといって廃止するのは、動物の生命に 不可欠な空気を、それが火に破壊的な力を与えるからといって、消滅させたいと思うことに劣らぬほど、愚かなことだろう。

  第2の方法は、第1の方法が賢明でないのと同じくらい、実現性に乏しいものである。人間の理性が誤りを免れないものであり続け、そしてその理性 を自由に行使できる限り、さまざまな意見が形成されるだろう。人間の理性と自己愛の間に関連性が存在する限り、その人の意見と感情は相互に影響し合うだろう。そして、前者(意見)には後者(感情)がついて回るだろう。人間の才能の多様性は、財産権が生じる所以であると同様に、利害の均一化に対する克服しがたい障害でもある。こうした多様な才能を守ることが、政府の第一の目的である。財産を獲得する多様な才能を守ることから、直ちに、程度と種類が異なる財産 の所有が生じる。そして、それが個々の所有者の感情や見解に影響を及ぼすことから、さまざまな利害関係者と党派への社会の分裂がもたらされる。・・・

  ここから導き出される推論は、党派の原因を取り除くことはできず、救済はその影響を抑制する方法の中にのみ求めるべきであるということである、というものである。

  党派が過半数未満で構成されている場合には、救済は共和制の原則によってもたらされる。つまり、多数派は通常の投票によって、党派の邪悪な考え方を打ち負かすことができる。党派が行政滞らせ、社会を震撼させるかもしれない。しかし、憲法形態のもとでは、その暴力を行うことも、隠すこともできないだろう。これに対し、党派が多数派である場合には、大衆政府の形態によって、その支配的感情や利益のために、公共の利益と、ほかの市民の権利を犠牲にすることができる。このような党派の危険性に対抗して公共の利益と個人の権利を守りながら、大衆政府の精神と形態を保持することは、我々の探求が志向すべき大 きな目標である。付言すれば、それは強く望まれるものである。それによってのみ大衆政府は、非常に長い間苦しんできた不名誉から救出され、人類にそれを尊 重し採用するように推奨されることができる。

  どのような手段で、この目標を達成できるのだろうか。明らかに、その方法は2つに1つしかない。つまり、多数派の中に同じ感情や利益が時を同じ くして存在することを防ぐか、ないしは、このような感情や利益が共存している場合には、多数派がその数と地方の状況に乗じて、圧政の計画を立案し実行に移すことができないようにするのか、のいずれでしかない。衝動と機会が一致するように任せれば、適切な抑制手段として、道徳的動機も宗教的動機も頼りにならないことを、我々は良く知っている。これらは個人の不正や暴力を抑制するには不適切であることが分かっており、またそうした人数が多くなるにつれて、つま り、その効果が必要になるにつれて、効果を失うのである。

  このような観点から、純粋な民主主義国家、つまり寄り集まって自ら政府を運営する少数の市民で構成される社会には、党派の悪弊を是正する余地がない、と結論することができるかもしれない。ほぼすべての場合において、全体の過半数が、共通の感情や利益を持つことになるだろう。その政府そのものの形態から、相互の意志の疎通と協力が生まれる。そして、弱小の党派や気に入らない個人を犠牲にしようとする誘惑を、抑制するものは何もない。かくして、こう した民主主義諸国は常に社会的な騒乱や闘争を繰り広げ、個人の安全や財産権とは両立しないものと見られてきた。そして概してその命は短く、暴力的な死をとげてきたのである。この種の政府の後ろ盾となってきた理論派の政治家たちは、人間の政治的な権利を完全に平等にすれば、それと同時に、その財産、意見や感情についても完全に均一になり、同化するという、間違った前提を立ててきた。

  共和国は、すなわち私の言うところの代表の仕組みを持つ政府は、別の展望を開くものであり、我々が求めている治療を約束するものである。共和国が純粋な民主主義国家とは異なる点について検証しよう。そうすれば、連邦制に由来するべき治療の性質とその効力を理解することができるだろう。

  民主国家と共和国の間の大きな相違点は、第一には、後者では選挙によって仲間から選出された少数の市民の手に政府が委ねられているという点であり、第二には、後者の方がより多くの市民と、より広大な領土を包含できるという点である。

  第一の相違点の結果として、一方では、国にとっての真の利益を最もよく認識できる知恵を備え、愛国心と正義を持つ選ばれた市民の集団を経ることによって、公的な見解が、一時的な、もしくは部分的な検討しか国益に加えないといった可能性が最も小さい。このような制度のもとでは、人民の代表が表明する公的な声の方が、そのために集まった人民が個々に意見を言うよりも、公共の利益により一致することになるだろう。他方、逆の結果になることもある。党派 的な性向を持つ人々や、地方的な偏見や悪意ある企みを持つ人々が、陰謀、汚職、その他の手段によって、まず人民の投票を獲得し、次にその利益を裏切るかも しれない。ここから生じるのは、公共の福利の適切な守護者を選出するには、小さな共和国と大きな共和国のいずれが有利かという疑問である。そして結論は、 次の2つの理由から明白に後者である。

  第一に、共和国がいかに小さいものであろうと、少数者が起こす陰謀を防ぐためには、一定の数まで代表者を増やさなければならず、また共和国がい かに大きくても、多人数が起こす混乱を避けるためには、代表者を一定の数に抑えなければならない点を指摘しておかなければならない。つまり、この2つの事例における代表者の数は、選挙民の数に比例しておらず、相対的にみれば、小さい共和国の方が多いことになる。従って、代表にふさわしい人物の割合が、大きい共和国の場合でも小さい共和国に劣らないとするならば、大きい共和国の方がふさわしい候補者の選択肢が多いため、結果として適切な選択が行われる可能性 も高くなる。

  第二に、各代表者は、小さい共和国よりも大きな共和国の方が、より多くの市民によって選ばれることになるため、代表者としてふさわしくない候補者が、余りにも選挙につきものの悪質な手段によって当選するのが難しくなる。そして、人民がより自由に投票するため、最も魅力的な長所を持つ人物や、最も 知名度の高い、定評のある人物に票が集中する可能性が高くなる。

  この場合にも、ほかのほとんどの場合と同様に、中庸があり、どちらに行き過ぎても不都合が生じることを認めなければならない。選挙民の数を増やしすぎると、代表者が地元の事情や大して重要でない利益にほとんど通じていないということになってしまう。選挙民の数を減らしすぎると、代表者が選挙民と密着しすぎるため、大きな国家目標を理解して追求するのに余りにも適さなくなる。この点、連邦憲法は、うまく折衷した形になっている。大きな総体的利益は全国議会に、地方の個別の利益は州議会に、それぞれ付託している。

  民主国家と共和国の間のもう1つの相違点は、共和制政府は、民主主義政府よりも、より多くの市民とより広い領土を管轄することができるという点である。後者よりも前者の方が、党派的な結合の危険性が低くなるのは、主にこのような事情によるものである。社会が小さくなればなるほど、それを構成する個別の党派や利益の数もおそらく少なくなる。個別の党派や利益が少なくなれば、多数派が同じ党派に属することが多くなる。そして、多数派を構成する個人の数が少なくなるほど、そして彼らを含む領土が狭くなればなるほど、他を迫害する計画を協力して実行に移すのが容易になる。領域を広げれば、党派や利益をさ らに多様化することができる。全体の多数派が、その他の市民の権利を侵害する動機を共有する可能性が低くなる。あるいは、こうした共通の動機が存在して も、それを共有する全員が自分たちの力を認識し、互いに団結して行動を起こすのが難しくなる。それに加えて、不正な、ないしは不名誉な目的を意図している 場合でも、同意が必要な人の数が増えるにつれて、敵か味方かわからなくなり、意志の疎通が阻まれるという利点もある。・・・

  特定の州の中で、党派の指導者の影響が火をつけることもあるかもしれないが、ほかの州にまで大火を広げることはできないだろう。ある宗派が国家 連合の一部で政治的党派に堕落することがあっても、連合の全域にわたってさまざまな宗派が散在しているため、全国議会が宗派の脅威にさらされることはないはずである。紙幣、債務の破棄、財産の均等分割その他の、不正でよこしまな計画に対する怒りが、特定の州を超えて、連邦全体へ広がる可能性は低いだろう。 それと同じように、このような悪弊が特定の郡や地域を越えて州全体に広がることはないだろう。

  従って、十分な広さと適切な構造を持った連邦の中にこそ、共和制政府に最もありがちな病弊に対する、共和制的な治療法がある。そして我々は、共 和主義者であることに対して感じる喜びと誇りの程度に応じて、連邦主義者の精神を育み、その特質を支援することに熱意を示すべきである。

パブリアス

出典:クリントン・ロシター編、ザ・フェデラリスト・ペーパーズ(1961年)、77-84ページ。


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