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アメリカ現代思想理解のために(14)

 フランス革命とアメリカ革命の違いが次に取り上げられる。

 氏によれば、フランス革命は、ロベスピエールなどが、貧困に苦しむ人々に「共感」し、かれらを「貧困」から「解放」することを政治目標とした。貧困からの解放に共感し、偽善にみちた圧制者たちを倒すのが、人間らしさだと考えた。しかし、そういう[共感→解放]の政治にのめりこみすぎて、つまり、行き過ぎて、弱者の「解放」という名目の下に、人々の剥き出しの暴力衝動をも「解放」してしまい、「弱者に共感しない人間らしからぬ輩」を大量虐殺するすることになった。それが「恐怖政治」だという。

 フランス革命についてはいろいろな見方があり、ここでは詳しくは取り上げないけれども、ここで、「共感」という感覚・感情が、政治化し、それが、大量虐殺という具体的な結果を取ったという図式になっていることに注意が必要である。感覚・感情こそが、政治の原因だというのである。しかも、その感覚は、「貧困」からの解放という思想に基づくとされている。感覚・感情を基礎にするというのは、一見すると唯物論的なのだが、その前に、特定のイデオロギーがあり、それが、そうした感覚・感情を規定するというふうになっていて、つまり、これは、マルクスが、青年ヘーゲル派の特徴としてあげた観念論の特徴と一致している考えである。

 そうした[共感→解放]の“政治”を、カール・マルクス(1818―83)を経由して継承したロシア革命も、同じようなメカニズムで無制約の暴力を解放することになってしまった。アーレントは、そうした「解放の政治」の暴走をそのまま第三世界での解放運動に結び付けてはいないが、ラテンアメリカやアジア・アフリカの国々で貧困問題が深刻化していることには言及しており、これらの国における「解放」がフランス革命やロシア革命のような事態に繋がる可能性があることを示唆しているようにも取れる。(57~8頁)

 つまり、これは、例えば、ポルポト体制とかのことを言っているのだろうか? しかし、ポルポト政権の場合、貧困からの解放というよりは、むしろ、近代化の拒否という思想が強かったように思えるのだが。そして、フランス革命の場合、貧困からの解放とは、一つには、フレンチ・インディアン戦争やアメリカ独立革命支援などの相次ぐ戦費支出によって出来た借金の負担を下に転嫁したことに大きな要因の一つがあり、それに対して、マリー・アントワネットに代表されるような上層の奢侈、贅沢三昧の生活ぶりが、下層の不満を強めたということがあった。しかし、相次ぐイギリスとの戦争の敗北、そして、台頭してきた新興中産階級の利害、それが、フランス革命の原動力であり、それを正当化する理論として近代啓蒙思想があり、ロベスピエールらは、それを追求したということである。その際に、理神教を創設しようとしたような理性主義というものが問題になるわけだが、それについては、ここでは触れられていない。しかし、結局、ロベスピエールも打倒されるわけである。だが、このことは、フランス革命が、ブルジョア独裁の時期を必要としたブルジョア革命であったことを証明しているのであり、それとマルクスだの、弱者への共感などとは、頭の中だけでしか結び付けられないものであるということは指摘しておかねばならない。

 それに対して、アメリカ独立革命支援の場合は、

 アメリカ革命の場合、イギリスから独立したばかりの諸州が自分たちの「憲法constitution」を定め、それに基づいた「国家体制constitute」をゼロから構成(constitute)しなければならなかったということもあって、建国の父たちは、ポリス的な意味での「政治」の空間、「公的空間」を作り出すことの必要性を認識していた。個人がそれぞれの私的生活における幸福を追求するだけでなく、市民たちが公的空間で公的幸福を追求できるようにすること、言い換えれば、「公的自由」を維持し続けることが、アメリカ革命の課題になった。アーレントは、「建国の父」の一人であり、第三代大統領になったトーマス・ジェファソン(1743―1826)が、「解放」以上に「公的自由」の問題を意識していたと指摘する。(58頁)

 こうして古代ポリスに対するアーレントの思い入れの強さは、『政治の約束』においても一貫しており、そこで、人間論としての根源的複数性ということを強調している。

 トーマス・ジェファソンについては、民主党創立者となったわけだが、この民主党が、南北戦争時には、奴隷制維持を求める南部分離派を支持したということも忘れてはならないだろう。アメリカ独立革命については、それを、古代ポリスと直接比較することにはあまりにも無理がある。アーレントは、アメリカ独立革命が変質する可能性についても考え、次のように述べた。

 「公的自由」を維持し続けるには、「憲法」に基づいていったん「構成された権力」が硬直化して、巨大な暴力装置を備え、人民を抑圧して、自由な活動の余地を奪うようなことになってはいけない。フランス革命やロシア革命では、実際、そうした事態が生じてしまった。人民が常に自らの「国家体制」と「権力」を新たに「構成」し直し、「公的幸福」を追求し続けられるようにしておく必要がある。/アメリカでは、州ごとに異なった法・政治体制が採用され、州の代表たちからなる議会での討論によって連邦の政治が大きく変更される可能性がある。また州を構成する地区(districct)、郡(county)、軍区(township)などの単位では、古代のポリスのように、タウン・ミーティングに集った住民たちの公的な討論によって自治が行なわれた。それによって、アメリカの「国家体制」は、開かれたものであり続けることが可能になったという。(同)

 つまり、ここでも同じだが、これを古代のポリスと直接比較しようとするところにそもそもの無理があり、それは、彼女のカント主義的な図式主義の基本的な認識観に問題があるのである。このような、タウン・ミーティング的なものは、日本でもどこでも見られるものであり、アメリカのそれが特別に「国家体制」を開かれたものにしたというのは、こじつけであり、おかしな見方である。

 『革命について』でアーレントが示した、個人ごとの幸福追求の自由よりも「公的自由」を重視するような議論は、現代では狭義の「自由主義」、つまり個人主義的な自由主義とは区別して、「共和主義 republicanism」と呼ばれることがある。(59頁)

 しかし、他方で、共和主義republicanism は、中央集権主義であり、国家主義的な政治思想であり、それに対して、ジェファソンら民主主義者が対立したのであり、前者は、必ずしも、ポリス的な意味での政治空間=共和制を維持するために各市民がコミットすることの重要性を主張する思想とも言えない。それが、市民たちが政治に関心を失って公的生活から撤退することや、他人がやってくれる政治にフリーライド(ただ乗り)することをよしとしない思想だというのは、一方では、レパブリカンが、君主制を研究して、強力な権限を持つ大統領制を作ろうとしたことや、それに、後者は、むしろ、直接民主主義と呼ぶ方が正確だろうということで、それを無理やり、「解放」=物的というような規定を当てはめることはないだろうと思う。

 ここの最後に、「アーレントは、必ずしも現代アメリカの政治を手放しで称賛しているわけではないが、共和主義的な「自由」の伝統のおかげで、“解放の政治”に巻き込まれるのを免れてきた点は高く評価している(59頁)」とある。ここでの「巻き込まれる」という表現には問題があるし、おそらくは、そこには、アーレントの哲学を観照的態度として解釈するという観念論が潜んでいる。それは、労働を受苦性としてのみ捉える労働観の貧困さとかも反映しているのだろう。それについては、後でやや詳しく見てみたい。

 


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