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アメリカ現代思想理解のために(17)

 ハイエクは、フランス系の「自由」とイギリス系の「自由」を区別した。

 仲正氏によれば、「フランス系の合理主義的な「自由」は、人間の普遍的な「理性」に基づく理想状態のようなものを予め設定し、それを目標として、社会全体をそこに誘導しようとする設計主義的な傾向がある。人間の普遍的な「理性」を想定しているので、実際にはごくごく少数のエリートによる設計であったとしても、最終的に全ての人民の合意を得られるはずだという社会契約論的な発想をする。したがって、社会主義、計画経済、全体主義的な民主主義に傾斜していく可能性を常に秘めている」(60~1頁)。

 ここでは詳しく述べないが、社会主義という概念をめぐっては、いろいろと議論があり、ここで氏が述べているようなものを社会主義と呼べるかどうかは疑問である。私は、計画経済をもって社会主義経済とする見方は採っていない。現に、1930年代にアメリカで成立した戦時経済体制は、ソ連の計画経済と基本構造がよく似ており、マルクスの『経済学批判・序言』の有名な公式を採って言うならば、土台は資本主義経済であり、それは国家独占資本主義であった。ソ連の場合、資本の運動に対する制限は強かった。しかし、国家独占資本主義という独占資本主義の小段階は、社会主義への入口であって、29年恐慌、37年恐慌の二度の恐慌をへて、1930年代アメリカもこの小段階に入ったのである。ローズヴェルトのニューディール政策は、一つの社会契約の組み直しであり、国家独占資本主義体制の創設だったのである。そして、それが、戦後のパックス・アメリカーナの基本となってきたのである。これは、過渡期の経済体制の特徴であり、別のものへの転化の途上である。この過程で、前進も後退も矛盾もあり、そうした動的な過程を経つつ、次の体制へと転化するものなのである。

 計画経済論者は、社会主義者に限らず、自由主義者にもいた。ジェームズ・ミルがそうだったし、その他均衡論的な経済学者が、計画経済論者や社会主義者になるというケースがあった。有名なのはパレートである。しかし、経済思想そのものの中に、古典派以来、今日まで、ブルジョア経済学には、均衡主義的発想は基本的に受け継がれていて、その意味では、計画経済論、社会主義的な傾向を含んでいるのである。弁証法家は、このブルジョア経済そのものにあるこの矛盾を極限にまで推し進め、展開させて、これを止揚して、社会主義へと転化させるわけである。

 それに対して、イギリス系の反合理主義的な「自由」は。人間の理性の限界、「無知」から出発するという。どのような状態が人間にとって好ましいか知っている人間、あるいは、未来の社会がどのようになるか確実に予見できる人間はいない。誰の持っている知識が正しく、有用なのか確実に知りようがない。したがって、各人が自らの自由を利用する機会をできるだけ多く持ち、様々な試行錯誤をし、体験を積めるようにしておくことが望ましい。様々な経験知が蓄えられ、多くの人によって活用可能な状態になっていることが「進歩」の条件である。(60~1頁)

 このようなイギリス系の反合理主義的な「自由」が花開いたイギリス植民地であったアメリカで、それがどのようなものになったかを、トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』から見てみる。

 例えば、ニューイングランドのマサチューセッツでは、1663年に、「ある既婚の女性がかつて若い男と恋愛関係にあったが、寡婦となってからこの男と結婚した。数年が過ぎ、公衆がとうとう、この夫婦は結婚する前から通じていたのではないかと疑うに至り、二人は刑事訴追された。彼らは刑務所に収監され、すんでのところで死刑判決を受けるところであった」(岩波文庫第1巻(上))(322~3頁)。

 コネチカットでは、1650年の法典で、冒頭、「主にあらざる神を崇める者は死罪に処す」と記し、涜神、魔術、姦通、陵辱、子の親に対する冒涜、を死刑と定めたが、それは、『旧約聖書』の「申命記」「出エジプト記」「レビ記」から持ってこられたものだった。さらに、未婚の男女の交際を禁止し、違反者には罰金、鞭打、強制結婚が科せられた。旅籠屋には、怠惰と酩酊に刑罰が科せられ、嘘つきには、罰金と鞭打が科せられた。礼拝への出席は強制であり、違反には罰金刑が科せられた。1649年には、ボストンで、長髪の流行を贅沢として防止する目的の結社まで結成された。禁煙法を定めたところもある。

 他方、コネチカットでは、「執行権の代表は総督に至るまですべて選挙で選ばれた」(同65頁)。16歳以上の市民は武装を義務づけられ、民兵隊が組織された。民兵は士官を任命した。ニューイングランドでは、当初から貧民に対する生活保障があり、道路の保全には厳密な措置がなされ、それを管理する役人が任命される。タウンには、公共の記録係である書記官がいて、住民総会の審議の結果、住民の死亡、婚姻、出生が記録されている。また、相続人のいない財産を管理する吏員、相続財産の限度を監視する吏員がいる。その他、治安に当たる吏員など様々な役があったが、それには、一定期間、有給で、交替で、住民が就いた。

 トクヴィルが、特に重要視しているのは、教育である。法律は、「人類の敵、悪魔はそのもっとも強力な武器を人間の無知に見出すこと、またわれらの父祖のもち来たりし知識を其の中に眠らせざることの重要性に鑑み、そしてまた、子弟の教育こそ主の助けを借りて国家のなす第一の関心事であることに鑑みて・・・」と記した後に、住民に学校をつくり維持する義務を課し、違反への罰金を定めている。自治体の長は、親が子を通学させるよう指導する義務が課せられ、それを拒否した親には罰金を科することができる。それでも従わないときには、社会が家族に代わって子供を引き取り、自然が与えた父権をこのように乱用した父親からそれを取り上げる(68頁)。トクヴィルは、「アメリカでは宗教こそ開明への導き手であり、神の法の遵守が人を自由に赴かせる」(同)と述べている。

 このように、アメリカの「自由」と言っても、ハミルトン・ジェイ・マディソンら『ザ・フェデラリスト』を書いた連邦派フェデラリストのような「自由」もあれば、宗教が理性を開発し、開明させるという理性主義、あるいは理神教とでも言えるような、宗教というか宗派コミュニティーの「自由」、これは、同時に、魔女狩り的な抑圧を伴っており、禁酒法時代にも繋がっていくようなかたちのものまである。奴隷制は、その最たるものであり、一大焦点であった。

 

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