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アメリカ現代思想理解のために(22)

 アメリカは、1933年に大統領となったローズヴェルトが、ニューディール政策を進めたことから、弱者にやさしい「福祉国家・大きな政府」を志向する知識人たちが、リベラルを名乗るようになった。彼らは、社会主義や社会民主主義に近い考え方の持ち主たちであった。

 50年代後半になると、リベラル派は、市民的平等を求める黒人や女性などの社会運動に理解を示した。「「リベラル」には、異なった文化や価値に対して寛容で、差別や排除に反対するという意味合いも含まれるようになった」(7頁)。

 ただし、60年代後半に登場してきた、市民社会の基本的な枠組み自体を解体することを標榜する急進的な黒人解放運動やラディカル・フェミニズムなどの運動と、「リベラルとの関係は微妙である。(同)

 リベラルは、あくまでも、アメリカ憲法の精神を実現すれば、自由が達成できるとしているので、この体制そのものを否定するラディカルな主張までは受け入れられない。

 文化、価値観、思想の違いに対する寛容な姿勢を“売り”にしてきた「リベラル」たちにとって、そもそも自分たちが拠って立つ基盤である自由主義的な政治・法・経済体制を根本から否定しようとする相手にどう対処すべきかは常に難問である。国内的には、黒人運動や女性運動などの穏健で“リベラル”な考え方の人と連携して、“リベラルなマジョリティ”を形成することで、矛盾を表に出さないという戦略を取ることもできるが、外交・軍事的に敵対関係にある国との関係においては、相手の存在を許容するか、対決路線を取るかの難しい選択を迫られる。ケネディ―ジョンソン政権にとって、「ベトナム問題」がまさにそれであった。(74頁)

 1964年8月、トンキン湾事件をきっかけに、アメリカはベトナム戦争の泥沼にはまっていく。ジョンソン政権は、65年末に18万人、67年には48万人、68年には58万人の兵力を派遣した。しかし、68年1月末、いわゆる人民軍と解放民族戦線によるテト攻勢で、戦局が転換した。世界的に、ベトナム反戦運動が高揚し、67年4月15日には、ニューヨークで、キング牧師も参加した40万人規模の反戦デモが起きた。

 このような時期に、マルクーゼは、フロイトの精神分析を基礎に、「過剰な抑圧や業績主義を取り除いて、性本能を「解放」すれば、遊びと労働が一致し、各人が自由に創造的な営みに従事することができる「抑圧なき文明」の到来が可能であると示唆し」(78頁)た。この時代から、すでに、半世紀経つ今日に、こうした議論がそのまま通用するというわけにはいかない。これは、フーコーの、性的なものの生産のメカニズムの追求として行われた仕事からもわかることである。性の主体は、社会的歴史的生産物であり、この主体は、解放されるとかされないというものではなく、その自由は、一つの権力作用によって操作され、社会的規範の維持・再生産を行うように主体化されたものの自由なのである。ここには、抑圧からの解放が同時に抑圧でもあるという弁証法的事態がある。性本能の「解放」に強迫的に駆り立てられることは、抑圧に転化するということがあるということだ。これは、仏教的な言い方だと、すなわち、解放されるのでもなく解放されないのでもない。性本能があると言っても間違いだし、それが無いと言っても間違いということになる。ヘーゲルの弁証法から言えば、ある、は、関係だからだということになる。これは、認識が、イメージ、像、そして、それを論理が写すからで、それは、レーニンが、『唯物論と経験批判論』や『哲学ノート』で繰り返し強調しているとおりである。それに対して、カントは、物自体は認識できないと言って、形式論理を認識の最高形態として固定することで、それらを事実上切り離してしまった。もっとも、カントは、『純粋理性批判』で、アンチノミーという形で、弁証法的対立の指摘までは行ったのだが。そして、これと判断力、ないしは構想力ということ、いわゆる第三批判と言われる『判断力批判』において、この矛盾の解決形態へ接近したという解釈で、スラヴォイ・ジジェクが、この難点を解決しようという試みがなされたということはあった。

 ミルズは、『ホワイト・カラー』『パワー・エリート』で、新中間層と呼ばれるホワイト・カラーや政府機関幹部・大企業幹部・軍幹部などの権力層の分析を行い、社会学の主流だったタルコット・パーソンズの機能主義的なシステム理論を、「個々の人間の多様性を捨象した抽象化であるとして批判し、社会の歴史やそこに住む人間の特性を視野に入れるべきだと主張した」(79頁)。

 このようなミルズの分析は、29年恐慌から戦間期に形成された国家独占資本主義体制が、半ば、官僚「社会主義」化していたことを示している。国家と独占資本の癒着、独占利潤による労働者の買収による上層労働者の育成、独占による安定、計画性等々によって、こうした層が拡大していったのである。そして、政府、大企業、軍幹部などの権力層が形成された事態を写している。

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