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アメリカ現代思想理解のために(24)

 ここから、仲正氏のこの本の主題とも言うべき、ロールズの議論に入っていく。

 ここまで、「リベラル」には、ハイエクやフリードマンらの古典的自由主義や、アーレントのような共和主義的自由主義、あるいは新旧マルクス主義のような明確な政治哲学がなかったことを、仲正氏は指摘している。氏によれば、

リベラルが依拠するケインズ主義の経済学は、政府主導による有効需要創出のような、経済政策の基本的な方向性は示せるが、政治哲学までは提供してくれない。ハイエク、フリードマン、アーレントの議論は、それぞれの「自由」観と結び付く、「人間本性」論とでも言うべきものを持っていたが、「リベラル」の場合、「どういう風に生きるのが、自由な人間らしいあり方なのか?」がはっきりしない―それを敢えてはっきりさせないのが、「リベラル」の魅力だったのかもしれない。明確な哲学がないにもかかわらず、「ニュー・ディール」や「偉大な社会」というスローガンの下での“弱者及び弱者に優しい人たち”の取り込み戦略が一定の成功を収めたおかげで、勢力を伸ばしてきた「リベラル」であるが、それだけに、得意分野で「保守」とのはっきりした違いを見せられないとなると、求心力を失ってしまう(82頁)。

 そこに、「リベラル」のための政治哲学として、ロールズの『正義論』が登場したと仲正氏は言う。そこで、「リベラル」の復権が試みられたというのである。マルクスは、ごく初期の文書「『ケルン新聞』第179号の社説」で、ドイツ哲学の、孤独癖、体系に閉じこもる癖、熱情を書いた自己観照癖を指摘し、それと、当意即妙、時事問題を声高に論じ、報道だけを喜ぶ新聞の性格と対照させている。マルクスが、一方では、ドイツ観念論に関わりつつも、この頃の「ライン新聞」、その後の「新ライン新聞」、そして、パリの熟練労働者の新聞「フォルヴァルツ!」への寄稿など、ジャーナリズムを舞台にし続けたことは、ドイツ哲学のこれらの性格への反発ということもあったのかもしれない。この文書の中で、マルクスは、「もともと、現世の国のこと、国家のことに心をくばる権利は、あの世の智恵である宗教よりも、この世の智恵である哲学のほうに、より多くあるようにみえる」(マルクス・エンゲルス全集1 116頁)と述べ、「プロテスタンティズムにおけるように、教会の最高の首長が存在しないときには、宗教の支配とは、支配の宗教、政府の意志の礼拝にほかならなくなる」(同117頁)と、まるでアメリカのことを指摘しているようなことを書いている。これは、プロイセン政府による出版の自由の制限、検閲のことを論じたものであり、この後、「ライン新聞」主筆のマルクスは、プロイセン政府による検閲により、「ライン新聞」を去って、パリに移住することになる。

 ロールズは、いわば「リベラル」に欠けていた政治哲学をひっさげて登場した。彼が背負った課題は、「アメリカ」を構成する市民としての政治的アイデンティティを再定義することのできる「リベラルな政治哲学」(83頁)の構築ということであった。

 レーガンに代表される草の根保守は、伝統的価値に訴えて愛国心を回復するという戦略を取ったが、「リベラル」は、そうすることができなかった。

「リベラル」が「アメリカ市民」の共通のアイデンティテイの基盤として引き合いに出せる“伝統”は、「独立宣言」や「憲法」などの理念を中心に形成されてきた、自由、民主的な意志決定プロセスなどを守っていこうとする憲法的な伝統だけである(84~5頁)。

 なにやら、オバマの大統領就任演説を聞いてるような感じになってきた。あるいは、トクヴィル的なアメリカ観である。オバマは叫んだ! アメリカ市民は、アメリカ国家のために命を捧げて奉仕しなければならない、それがアメリカ市民たる要件であると。アメリカの国家意志、それを信仰せよ、それがアメリカの建国の精神であり、アメリカ憲法の魂なのだと。建国期、ハミルトンらの共和主義派は、中央集権的なアメリカ国家と大統領という君主に逆らう者を、宗派(セクト)と呼んだ。「リベラル」は、まさにセクトとして、自己主張する。リベラルな君主とは、絶対主義の啓蒙君主であり、個人=絶対君主ということを基礎にしている。そしてそれは、一つの信仰であり、近代国家においては、セクトにならざるを得ないのである。そして、ロールズを経て、同書の後の方では、それは、個人主義的リベラル宗派と共同体主義的宗派の対立に分かれ、そして、それが現在に至っているのである。

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