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アメリカ現代思想理解のために(25)

 ロールズは、フレーゲ、ラッセル、ウィトゲンシュタインとともに「分析哲学」の創始者の一人と言われているイギリスの哲学者ジョージ・エドワード・ムーアの『倫理学原理』(1903年)の影響で盛んになった「メタ倫理学」(分析倫理学)に反発し、規範倫理学に向かったという。

規範倫理学が、どういう具体的な行為あるいは属性が「善」あるいは「正義」とされるのかを直接的に探求するのに対し、メタ倫理学は「善」「正義」「徳」などの倫理的な概念、もしくはそれらを含んだ言明、判断がどのような意味を持っているか、どのように使用されるかを言語的に分析することに主眼を置く。いわば、倫理の領域における分析哲学である。(84~5頁)

 ロールズは、「最大多数の最大幸福」を目指す功利主義的な議論に不満だった。これでは、最大多数に含まれない少数者の犠牲を無視することになりかねない。そこで、例えば、少数者のための特例が設けられたりして、それが福祉と呼ばれている。功利主義の創始者の一人、ベンサムは、最大多数の快楽を図ろうとする俗物的唯物論者で、快楽主義者だった。彼は同時に一望監視型の監獄施設を考案したり、刑罰領域における功利主義原理による改革を唱えた。彼は、政治的には、フランス革命を支持するなど、ブルジョア急進主義者であったが、同時に君主制をも支持するという折衷主義者であった。これを支持したジェームズ・ミルは、そしてベンサム自身も、自らの功利主義倫理をキリスト教倫理と変わらないとして、キリスト教の伝統と折衷した。それが、ブルジョア革命が行われてずっと後の、効用学派になると、もはや遠慮無く、効用や快苦は数量的に計算可能であると断言するようになる。しかし、すでに、ニーチェが功利主義はイギリス的な俗物倫理だと批判したし、当時から、そんな計算は不可能だという批判があった。

 ロールズは、「「正義 justice」を「公正さ fairness」として捉え直すことを試みる」(85頁)ようになったという。彼は、50年代に、個々の行為が功利の原理(最大多数の最大幸福)を基準にするのではなく、一定のルールを守ることが功利の原理に適っているかどうかを問題にするルール功利主義が登場してきたのに対して、「ルールがもたらす社会的利益」から「ルールを守ることの哲学的意味」を焦点化していったという。それは、「みんながある特定のルールを「フェア」なもの、つまり「正義」に適ったものと見なして受け入れることのできる条件を探求する」(86頁)ようになるという。

 しかし、このことは、マルクス・エンゲルスは、『ドイツ・イデオロギー』の中で、共産主義社会における人々の生活についての一例を示している、分業による労働の分割、固定化ということを無視しては理解できない。そこで、彼らは、「これに対して共産主義社会では、各人はそれだけに固定されたどんな活動範囲をももたず、どこでもすきな部門で、自分の腕をみがくことができるのであって、社会が生産全般を統制しているのである。だからこそ、私はしたいと思うままに、今日はこれ、明日はあれをし、朝に狩猟を、昼に魚取りを、夕べに家畜の世話をし、夕食後に批判をすることが可能になり、しかも、けっして猟師、漁夫、牧夫、批判家にならなくてよいのである」(合同新書版 68頁)と言っている。分業による専門家、この場合は、ルールや正義、法に関する専門家の成立と、ブルジョアジーのイデオローグ化があって、倫理に関する議論が、衒学化していくのであり、そして、それが支配的ルールに対する被支配者の全般的反感や抵抗、拒否、疑問、懐疑、無視などの態度を再生産するようになる。

 例えば、われわれは、大国政府の指導者たちが、国際ルールは、自国に有利な条件を得るために、つまり、そういう功利、効用のために、押しつけ合うものであり、強い者が勝つようになっていると聞かされることがある。それは、俗物的唯物論でもあり、結局は観念論に帰着する。なぜなら、例えば、ベトナム戦争のように、圧倒的な強者のアメリカが、ベトナム人民解放運動に敗れるということがあるが、それを説明できないから、無視するか、ソフィスト的論法を使って、無理やり説明をこじつけなければならないし、それは観念の上でしかできないからである。その基礎に分業があるということを見逃してはならないのである。つまり、そういう大国政府の効用のために働くことから効用を得ているルールの専門家がいるのである。

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