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ソヴィエト家族法について E・H・カー『ソヴェト・ロシア史1924―1926経済』から

  E・Hカーは、『ソヴェト・ロシア史1924―1926経済』(みすず書房)で、第1篇「背景」の冒頭で、連続と変化という相対立する原理のあいだの緊張を、歴史の基礎だと述べている。そして、トクヴィルのフランス革命評を引用している。トクヴィルは、心をもって、革命というものを評価しようとし、それに、カーは同意する。「ロシアの過去の伝統は、ボリシェヴィズムがその成分中に潜んだ反西欧的要素を展開し、そのマルクス主義的メシアニズムを古きロシアのメシアニズムのなかに合併するものを容易ならしめるような土壌を創り出した(20~21頁)。なるほど、彼は、ロシアのキリスト教こそが、ボリシェヴィズムの魂だったというわけだ。しかし、ここは、その問題を取り上げようというのではない。第1篇2「変化する考え方」(a)家族のところで、そこに、「アメリカ現代思想理解のために」の補足となることが書かれていると思うので、見ておこうというのである。

 まず、カーは、西欧のロマン主義文学に発する性関係と家族についての急進的な考えが、ロシアに広まっていたとして、1862年の秘密組織「若きロシア」の宣言から引用する。それは、「著しく不道徳な現象で、両性の完全な平等とは両立しない現象」としての結婚の廃止、女性の自由のために、子供の世話と教育は社会の機能にするべきだと主張した。ボリシェヴィキは、エンゲルスの『家族、私有財産および国家の起源』のなかで、エンゲルスが、「女性の解放は、全女性が公的産業に復帰することを第一の先決条件とし」、女性は公共の食堂と公共の育児所の制度によって家事から解放され、そして、個々の家族が「社会の経済的単位」たることをやめるであろうという考えを表明していたことを言葉としては承認していた。この本は、エゲルスが、マルクスのアメリカのインディオの研究成果を出版したモルガンの著書についてのノートを下敷きにして書いたものである。その共同体において、家事は共同であり、女性の共同の仕事であったが、女性の地位が高かったということが書かれている。また、人類学の成果として、例えば、ピグミー族の共同体では、男性が家事に参加することが普通に見られ、逆に男性の仕事とされている狩りに女性も出かけているというフィールド・ワークの報告がある。とにかく、女性の男性への従属の根拠が、公的産業からの排除と家事の負担という分業にあり、つまりは、家族が「社会の経済的単位」化されていることにあるということが、エンゲルスのこの本の基本的主張である。しかし、マルクス・エンゲルスは、このような理論的分析から、実践的結論を引き出さなかったと、カーは言う。(ここまで、26頁)

 社会主義者べーベルは、『女性と社会主義』のなかで、「性的衝動の充足は、その他の自然的衝動の充足とまったく同じように各自の個人的問題である」と書いたという。社会民主党の指導者たちの個人的生活は、ブルジョア的道徳規準と変わらなかったという。ボリシェヴィキのイネッサ・アルマンドは、1915年に、女性の要求のパンフレットを書いて、「恋愛の自由という要求」を含めたことを、レーニンは、ブルジョア的考えだと批判した。この手紙を引用する。

 dear freiend ! 小冊子のプランをもっとくわしく書くよう切におすすめします。そうでないと、かなり多くの点がはっきりしていないのです。
 一つの意見だけは、いまでも言っておかねばなりません。
 第三節―「恋愛の自由という要求(婦人の)」は、全文削除するようおすすめします。
 これは、実際には、プロレタリア的な要求ではなく、ブルジョア的な要求ということになります。
 実際、この言葉を、どう解釈していられるのですか? この言葉を、どう解釈することができるでしょうか?
 1、恋愛問題のうえでの物質的(経済的)勘定からの自由か?
 2、物質上のわずらわしさからの自由か?
 3、宗教的偏見からの自由か?
 4、ローマ法皇などの禁止からの自由か?
 5、「社会」の偏見からの自由か?
 6、狭い生活環境(農民あるいは小市民あるいはブルジョア・インテリゲ ンツィアの)からの自由か?
 7、法律、裁判所、警察からの自由か?
 8、恋愛にむきになることからの自由か?
 9、子どもを生むことからの自由か?
 10、姦通の自由か? 等々。
 たくさん(もちろん、全部ではないが)のニュアンスを列挙してみました。もちろん、あなたが解釈しているのは、第8―第10ではなく、第1―第7か、でなければ第1―第7ふうなものでしょう。
 だが、第1―第7のためには、別の表現をえらぶべきです。なぜなら、恋愛の自由は、この考えを正確に表現してはいないからです。
 ところで、公衆、つまり小冊子の読者は、かならず「恋愛の自由」一般を第8―第10のようなものの意味にとるでしょう。―たとえあなたの意志には反しても。
 近代社会では、もっとも冗舌で、さわがしい、「高いところにいるように見える」階級が、「恋愛の自由」を第8―第10に解釈しているからこそ、これはプロレタリア的な要求ではなくて、ブルジョア的な要求なのです。
 プロレタリアートにとってもっとも重要なのは、第1―第2であり、ついで第1―第7ですが、これは、元来「恋愛の自由」ではありません。
 あなたがこの言葉を主観的にどう「解釈したいとおもっている」かは、問題ではありません。肝心なことは、恋愛問題における階級関係の客観的論理です。
                   Frendly shake hands !
                  W.l.(全集35巻、大月書店、182~3頁)

 ソヴィエトの最初の家族・結婚についての立法は、宗教婚の廃止と世俗的届出義務制であったという。宗教婚、これは、イスラエルにおいて実施されているものである。結婚を神の代理として公認し、それによって、民衆を教会の下に従属させているものである。それには当然、神への捧げ物というかたちで備えられるものを教会が手にするという現世的な物的利益が伴っている。ユダヤ教では、それは、ラビの仕事とされている。それから、一方または双方の配偶者の自由意志による離婚を認める離婚法、1918年秋に、これらの原則が婚姻法としてまとめられた。これには、両性の平等、非嫡子と嫡出子の平等、「事実婚」の公認が含まれていた。1920年11月には、堕胎(中絶)が合法化される。

 ボリシェヴィキのフェミニストのアレクサンドラ・コロンタイは、「家族というものは必要でなくなる。それは、家庭経済がもはや国家にとって有利ではなくなるがゆえに、国家にとっては必要ではなくなる。家庭経済は婦人労働者をより有用な生産的労働から不必要にも分離しているのである。他方、それは、家族の別の任務―育児―がしだいに社会によって引き継がれるがゆえに、家族の成員自身にとっても必要ではなくなる」(29頁)と言った。戦時共産主義下では、彼女のこうした考えは党内にも拡がっていたという。しかし、彼女が、「労働者反対派」に関係し、10回大会で非難されると、影響力が急激に低下した。1922年10月の第5回コムソモール大会で、ブハーリンは、「行動の準則の分野でアナーキー」が拡がりつつあることを攻撃し、過度の飲酒や喫煙とならべて性道徳の弛緩に言及し、これらの弊害を非難する決議を採択した。

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