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「骨太の方針09」が社会保障費抑制方針を撤回したことについて

 以下の社説は、これまで、新自由主義的な改革を推進してきた「骨太の方針」が、ついに、社会保障費の抑制方針を撤回したことについて、「政権のぶれを露呈した」と評している。

 「骨太の方針」は、小さな政府を目指し、教育や福祉などを市場に放り投げ、政府から切り離そうとしてきたわけであるが、それが、、衆議院選挙をひかえる自民党が、社会保障費の抑制に受け取れるような表現を取り除くように主張し、それにそったかたちで「骨太の方針2009」が修正されたのである。

 6月4日に4野党共同提案の母子家庭への生活保護費の加算を復活させる生活保護法改正案が衆議院に提出された。19日には、それと新たに父子家庭への児童扶養手当を新設する児童扶養手当法改正案が参議院厚生労働委員会に付託された。小泉政権時代の「骨太の方針」で、生活保護費の削減が打ち出されて、その中の母子加算は今年4月に全廃されたが、これを復活させようというものである。

 これまでの新自由主義的改革が、もっぱら政府機能として必要なものを、治安・外交に絞り、それ以外の機能を切り縮めようという方向性を持っていて、それの目的を市場ルールの保護に求めてきたことは明らかである。極端なかたちで、市場ルールが、ほとんど道徳的な意味まで持たさせるほどに、市場は神聖視されたわけで、それを守るために、治安・道徳の強制の強化が行われてきた。道路交通法改正による飲酒運転取締強化や各地での禁煙条例などの制定もそうした動きの一環としてある。もちろん、それに、ダイオキシン問題などの環境規制強化も絡んでいる。最後の例で言えば、埼玉県でのダイオキシン問題は、明らかに「朝日新聞」によるデータねつ造を含むイデオロギッシュな煽動キャンペーンを伴っていた。それで、まず生死に関わることなどありえないような小さなたき火まで禁止されるところまで出た。ダイオキシン発生物質を大量に生産している生産規制をしないで、どうして、個人道徳の方をきつくしたのか? 個人主義は、企業法人という団体の責任を曖昧にして、環境問題を一人一人の問題、個人の良心や道徳の問題にすり替えたのではないか。

 新自由主義に伴っていた個人主義イデオロギーの浸透の結果、これらの問題について、自己責任とか一人一人の良心や道徳の問題という言い方に対する疑問や抵抗感を多くの人が失っているように思われる。防衛費や治安費に比べて極めて小さい規模の生活保護費の母子加算分を削減したことに同意調達が可能だったというのは、こうして個人が蛸壺化され、ばらばらにされたからということもあるだろう。それに対して、銀行救済には巨額の税金が惜しげもなく投入されたが、その時には、公共性が強調された。パブリック(公)とブライベート(私)は、実は、セットであって、この枠内をぐるぐるめぐる出口のない閉域に、人々は閉じこめられているのではないか。だから、今の経済事情を反映して福祉制度が多少復活させられても、それはこうした閉塞状況を根本からなくすことにはならないだろう。

 しかも、ポスト・モダニストあたりから、言説決定論みたいなことが言われ、ものを言うことそれ自体が、何か抑圧を強めるようないいようが、知識人の間に感染したりして、どうもそれに異議申し立てをすることすら言いずらいような重たい空気があったりする。しかし、経験的に言っても、それは、よっぽど、言霊信仰にでもかぶれているのでもない限り、リアリティがない。言語ばかりを相手にしている知識人ならではの幻想じゃないかと思う。

 このニュースは、日本の政治は、新自由主義と福祉国家主義の二種類しかないということを示しているように見える。つまり、資本主義制度を前提とすると、これら二つのオルタナティブしかないという閉塞観、選択肢の不在を示しているわけだ。しかし、当分、経済回復は望めず、国家財政は悪化していくのは不可避である。他の出口を探すことが必要になっていることをこのニュースは示していると思ったのである。

 信毎web 6月24日、社説http://www.shinmai.co.jp/news/20090624/KT090623ETI090003000022.htm

 骨太の方針 政権のぶれを露呈した

 政府が「骨太の方針2009」をようやく決定した。論議となっていた社会保障費の抑制方針について、事実上撤回する内容だ。

 医療・介護などの安全網がほつれているところへ、世界不況の荒波が襲ってきた。社会保障分野の強化は急務である。

 ただ、またしても麻生太郎首相の理念と指導力が見えないまま、自民党内で異論が噴出する経緯をたどった。

 抑制方針は現実には形骸(けいがい)化しているものの、看板を下ろした意味は重い。なぜ変えるのか、どのような安心社会を目指すのか。首相が政権維持を目指すのであれば、公約にきちんと盛り込んで丁寧に説明してもらいたい。

 「骨太の方針」は、予算編成の基本的な方向を示す。政権にとって、経済財政運営の海図のようなものである。

 問題となったのは、社会保障費の自然増を2200億円抑制する方針だ。小泉政権が「骨太2006」に掲げて以来の基本姿勢である。政府の原案は、これらを踏まえて「歳出改革を継続」すると表記した。

 これに対して、自民党内から「待った」の声がかかった。この表現では、社会保障費を抑制する従来の路線を踏襲するように受け取られて衆院選を戦えない、といった批判である。二度にわたって総務会の了承を得られない異例の展開となった。

 結局、与謝野馨財務相・経済財政担当相が、10年度の予算編成には2200億円の抑制を適用しないと表明。さらに、原案に「社会保障の必要な修復をする」との文言を加えて、了承にこぎつけた。

 「骨太2009」をめぐる迷走は、首相のリーダーシップの欠如と政権基盤のもろさをあらためて印象付けている。

 社会保障費の抑制をめぐるぶれは、政府・与党が小泉改革のプラスとマイナスをきちんと総括してこなかった結果とみることもできる。政策の検証を欠いたま ま、総選挙向けに取り下げたと受け取られても仕方がない。十分な説明がないままの軌道修正は、政権の信頼を損なうだけだ。

 少子高齢化に対応した社会保障制度の構築は、最も重要な課題だ。総選挙を控えているだけに、与野党の「バラマキ合戦」に陥る心配が強い。負担と給付の関係に踏み込んだ政策でなければ、本当の安心は得られない。

 将来の国民に過大な付けを残さない責任ある姿勢を、与野党に求めたい。

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