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スピノザと唯物論

 スピノザは、『知性改善論』の冒頭で言う。

 一般生活において通常見られるもののすべてが空虚で無価値であることを経験で教えられ、また私にとって恐れの原因であり対象であったもののすべてが、それ自体では善でも悪でもなく、ただ心がそれによって動かされた限りにおいてのみ善あるいは悪を含むことを知った時、私はついに決心した、我々のあずかり得る真の善で、他のすべてを捨ててただそれによってのみ心が動かされるような或るものが存在しないかどうか、いやむしろ、一たびそれを発見し獲得した上は、不断最高の喜びを永遠に享受できるような或るものが存在しないかどうかを探求してみようと。

 しかし、我々は、この社会・経済生活において、価値によって動かされており、基本的に、そうした価値基準に沿って行動していかなければならない。しかし、それは、実に、不条理なものである。スピノザは、「すべての幸福あるいは不幸はただ我々の愛着する対象の性質にのみ依存するという事実から生ずるように思われた」と述べているが、それは、この世で、それを求めるように駆り立てている価値物には、例えば、貨幣という、今では単なる紙の印刷物であって、ただ観念上、社会的に通用する価値物にすぎないものがあるからである。このようなものを愛着するように強いられているというのは、いかにも不条理であるが、それでも、そうせざるを得ないのである。スピノザは、したがって、愛着の対象が滅ぶべきものであるから、不幸や争いや嫉妬や悲しみや心の動揺は生じないだろうと言う。だから、永遠無限のものに対する愛なら、純な喜びをもって精神をはぐくみ、あらゆる悲しみから離れられるので、望ましいと述べるのだが、「しかし私が、ただ真剣に思量し得る限りという言葉を用いたのは理由のないことではなかった。なぜなら、以上のことを精神でははなはだ明瞭に知覚しながらも、私はしかしだからといって所有欲・官能欲から全く抜け切るというわけにはゆかなかったからである」と、その限界についても指摘している。

 そこで、彼は、「若干の生活規則」を立てる。

 しかし我々はその目的に至ることに努め、知性を正しい道に返すように努力する間も、必然的に生活しなければならないのであるから、その故に我々は、まず何よりも先に、次のような若干の生活規則を、良きものとして前提しなくてはならない。すなわち、

  1. 民衆の知能に適合して語り、且つ我々の目標達成に妨げとならないことなら、すべてこれを避けないこと。なぜなら、出来るだけ彼らの知能に順応すれば、我々は彼らから少なからぬ利益が得られるし、その上、こうしておけば、我々が真理を説く際、彼らは喜んで耳を貸すであろうからである。
  2. 快楽は、健康を保つのに必要な程度において享受すること。
  3. 最後に、生命と健康を支え且つ国の諸風習-我々の目的に反しない限りの-に従うのに必要なだけ、金銭その他のものを求めること。

 これは古代の唯物論者エピクロスが立てた生活規則と似ている。一見すると、これは穏健な規則のようだが、現代のように、功利主義が支配している状況の中では、守るのがかなり困難な規則である。例えば、食の快苦ということでも、美味美食番組が流されたり、大食い競争の類が流行ったり、同時にダイエット・ブームが引き起こされているというアンバランスな状態があって、極端に、ぶらされる。大食い競争では、食べることは、快を越えて、苦に転じても、それよりも大きな快としての賞金を得るために懸命になるという具合に。適度というのは、現在の経済社会の中では、維持するのが難しいのである。

 他方で、近代唯物論者のフォイエルバッハは、こうした知性に対して、感性を対立させ、後者に真実性を与えていて、有限なものへの愛・情熱・衝動・意志・欲望・幸福欲を対置しているが、それはスピノザのように対象の認識からではなく、自然としての人間の主体的本性から出てくるのである。それは、資本蓄積の欲望に駆られて、欲望の解放を要していた当時のブルジョアジーの幸福欲を思想的に代表するものだった。そして、彼は、社会を、たんなる我と汝の共同体としてとらえる。そして、彼にとって、苦悩は感性的存在に付き物の必然として現れ、後は、対立する感性の間のバランスによって、快苦は相殺されるとされている。つまり、快苦のバランスゲーム、力関係が現れる。例えば、熱さの苦には、水のような冷たさの快が、対置される。また、共同体における我と汝の間の争いの苦は、愛という快によって消されると言う。対象の性質ではなく、主体の態度が感性を規定するという具合になってしまうわけである。スピノザの場合、快苦は対象の性質から来るのであって、対象性を持っている。つまり、それは外部に原因を持つ。そこで、対象的活動ということが出てくるのであり、それを指導するのは、明瞭な観念であり、完全性という目的への意志であり、そのような明瞭な観念が与える喜びなのである。

 フォイエルバッハは、結局のところ、我と汝の共同体を、感性的宗教的紐帯としての愛の共同体と思考的共同体としての国家に二分化している。それは、「われわれ」の構成において、基本を自我と他我という我-汝の二者関係に基礎を置くからである。彼は、明瞭なる観念としての他者を含む社会関係を捉えられないので、排他的な愛の共同体の限界を超えられないのである。人々は、社会関係の中で、個別的なものばかりではなく、抽象的なものをも愛する。つまり、価値という抽象に愛着を持つ。守銭奴、その他フェティシズムの存在は、それを証している。それが頭の中にしかない観念であろうとも。それは、同時に、価値の具体化としての富としての金銀や商品などの生身の表象として思い浮かべられるだけにすぎないとしても、愛着の対象となるのである。それは社会的な価値であって、個人的な価値ではない。

 それに対して、スピノザのように、この世のあらゆる価値を空しいものと感じてしまい、それに対して、別の生活規則を立てて、別の価値を追い求めることは、大変なことだ。

 なお、これは、宗教的と思われるだろうし、フォイエルバッハはそう言うのだが、そうではない。現代の、現代化された諸宗教は、すでに、「利」を中心価値にしていて、実質的には、宗教団体は、この世で富を追求するなどの現世利益を得るための人脈や資本獲得の手段として利用し合う利益共同体になっている。つまり、その実質的教義は、効用主義なのである。日本の新興宗教の大部分は、創価学会を始め、ほぼ、そうである。信仰には、必ず、現世利益、例えば、病気が治るなどの功徳という効用があるという具合に説いているのだ。

 スピノザは、ユダヤ教の一派やカルヴァン派の一派などから、無視論という非難を受けて、迫害されたために、屋根裏部屋に隠れ住むはめになった。フォイエルバッハも、1848年革命のフランクフルト国民議会に参加するが、反動が勝利した後、大学教職の道を絶たれ、田舎に隠棲することになる。しかし、ビスマルク反動の「社会主義者取締法」体制の中で、ドイツ社会民主労働党と労働組合は発展し続けており、彼もまた晩年にはドイツ社会民主労働党に参加するが、唯物論的な言辞をまき散らしたにも関わらず、基本的には、観想的生活を続けて、生涯を閉じた。これは、エピクロスが、当時の諸宗教と闘いつつ、一つの団体を形成し、共同生活を築き、残されているものは少ないが、膨大な文書を書いたと言われているのとは対照的である。スピノザが、隠棲を余儀なくされたとはいえ、レンズ磨き職人として働きつつ、大部の『エチカ』や政治論文も書いているし、当時、オランダの新興ブルジョア階級を代表していた政治家ヤン・デ・ウィットと親しく交わったこととも対照的である。

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